教会

きょうのことば

 聖書の理想にはなかなか届かない自分ですが、しかし、聖書あってこそ、今の自分がこれぐらいに保たれているのも確かだと思われます。
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  先週のインマヌエル盛岡キリスト教会の説教は『キリストの奥義を』(説教:國光勝美牧師)、聖書引証はコロサイ書4:2~6。
4:2目をさまして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい。 4:3同時に、私たちのためにも、神がみことばのために門を開いてくださって、私たちがキリストの奥義を語れるように、祈ってください。この奥義のために、私は牢に入れられています。 4:4また、私がこの奥義を、当然語るべき語り方で、はっきり語れるように、祈ってください。 4:5外部の人に対して賢明にふるまい、機会を十分に生かして用いなさい。 4:6あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味のきいたものであるようにしなさい。そうすれば、ひとりひとりに対する答え方がわかります。

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きょうのことば

 先週は、地域行事の手伝いをさせていただき、教会は欠席。高齢の方々がスポーツで交流された後の食事設定の仕事でした。しかし、教会が日曜礼拝を休むということはなく、聖書は必ず開かれ、讃美歌が歌われ、おはなしがあります。
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 コロサイ4:2~6
4:2目をさまして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい。 4:3同時に、私たちのためにも、神がみことばのために門を開いてくださって、私たちがキリストの奥義を語れるように、祈ってください。この奥義のために、私は牢に入れられています。 4:4また、私がこの奥義を、当然語るべき語り方で、はっきり語れるように、祈ってください。 4:5外部の人に対して賢明にふるまい、機会を十分に生かして用いなさい。 4:6あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味のきいたものであるようにしなさい。そうすれば、ひとりひとりに対する答え方がわかります。

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きょうのことば

013
 先週のインマヌエル盛岡キリスト教会の説教は、コロサイ書3:22~4:1からで、題は『仕える者として』(説教・國光勝美牧師)でした。
3:22奴隷たちよ。すべてのことについて、地上の主人に従いなさい。人のごきげんとりのような、うわべだけの仕え方ではなく、主を恐れかしこみつつ、真心から従いなさい。 3:23何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。 3:24あなたがたは、主から報いとして、御国を相続させていただくことを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。 3:25不正を行なう者は、自分が行なった不正の報いを受けます。それには不公平な扱いはありません。
4:1主人たちよ。あなたがたは、自分たちの主も天におられることを知っているのですから、奴隷に対して正義と公平を示しなさい。
<メモ>

 

・イエス様は、父なる神の御前に、しもべの姿をとられたとすれば、まして私たちがどうあるべきか。主に倣うべきではないのか。

 

・ピリピ2:1、2がある。
2:1こういうわけですから、もしキリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、 2:2私の喜びが満たされるように、あなたがたは一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにしてください。」

 

この関係性で、すべての人との関係を築きなさい。

 

・自分を空しくし、死に至るまで。

 

マルコ10:44、45

 

10:44あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。 10:45人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」

 

・自分の立場・権利を放棄して徹底的に奴隷となること。

 

主は、最後の晩餐のとき、弟子たちの足を洗いました。裏切ると知りながらユダの足も洗いました。

 

キリストの恵みと憐れみを知っているなら、福音に生きているなら、これらはできます。そして、ケアを求め望んでいる人がいたなら、その人と同じ目線に立ってください。
 

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きょうのことば

 咳が治りきらず、かといって薬を服用するほどでもなく、一応のやるべきこと、主に終活といった片付けだったけれども継続的に実行した一週間を過ごすうちに、カレンダーは9月も残すところ8日、時の流れは速いはやい。

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 先週の教会の説教は『新しい人の生活』。引証は、コロサイ3:18~25でした。
3:18妻たちよ。主にある者にふさわしく、夫に従いなさい。 3:19夫たちよ。妻を愛しなさい。つらく当たってはいけません。 3:20子どもたちよ。すべてのことについて、両親に従いなさい。それは主に喜ばれることだからです。 3:21父たちよ。子どもをおこらせてはいけません。彼らを気落ちさせないためです。 3:22奴隷たちよ。すべてのことについて、地上の主人に従いなさい。人のごきげんとりのような、うわべだけの仕え方ではなく、主を恐れかしこみつつ、真心から従いなさい。 3:23何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。 3:24あなたがたは、主から報いとして、御国を相続させていただくことを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。 3:25不正を行なう者は、自分が行なった不正の報いを受けます。それには不公平な扱いはありません。

<心に留まったことば>
・聖書に書いてあるとはいっても、現実はそんなきれいごとじゃない、と言いたくなる私たちの口を封じるのは、十字架の贖い、つまり、7を70倍にするまでに、完璧に赦してくださる十字架の愛である。
・善意の批判というものはあり得ない。批判は相手をつぶす。しかし、忠告は相手を建てあげる。

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きょうのことば

 きょう一日どう過ごしたか、一応毎日備忘録に書いておいてはいるけれども、神様の前には、何を為したかよりも、神様に対してどういう想いをもって過ごしたかが大切なのかもしれない。日曜というと半ば自動的にこれを書いているが、自分の立場では、聖書に書き加えや削除はすべきではないのだろう。そういった意味で説教に関して書くことにも近頃畏怖を覚えてもいるところです。
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 先週のインマヌエル盛岡キリスト教会では、『新しい人の人間関係』  ( 説教國光勝美牧師)と題し、コロサイ3:18~21からのおはなしがありました。
 3:18妻たちよ。主にある者にふさわしく、夫に従いなさい。 3:19夫たちよ。妻を愛しなさい。つらく当たってはいけません。 3:20子どもたちよ。すべてのことについて、両親に従いなさい。それは主に喜ばれることだからです。 3:21父たちよ。子どもをおこらせてはいけません。彼らを気落ちさせないためです。
 國光ご夫妻は、日々ご夫妻で主に仕え、共に聖書を読み、皆様のために祈っておられますが、これが聖書にかなったすがたであるのだなと思いつつおはなしをお聞きしたことでした。

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きょうのことば

 先週は、地域行事のために教会を欠席。しかし、こちらが教会を欠席しても、神はどこをも欠席されることはないのでは。
 この7日間は、夏の疲れと風邪が重なり、最低限の家事以外は俯瞰。漸く一週間目のきょう人心地がついている。
 この間、北海道震度7。立て続く地震、豪雨、土砂崩れ。またしても、に心痛みつつ、ボランティアの方々の真心こもる支援に、臥せっていたこちらまでが温かさをいただいた。
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 けさ心に通った賛美歌があったが、何番であったか、探しあぐねているうちに、エゼキエル書の枯骨の谷が浮かんだ。干からびた骨からもいのちがふたたび息を吹き返す、こんなことがあるようなのだ。

37:1 主の御手が私の上にあり、主の霊によって、私は連れ出され、谷間の真中に置かれた。そこには骨が満ちていた。37:2 主は私にその上をあちらこちらと行き巡らせた。なんと、その谷間には非常に多くの骨があり、ひどく干からびていた。37:3 主は私に仰せられた。「人の子よ。これらの骨は生き返ることができようか。」私は答えた。「神、主よ。あなたがご存じです。」37:4 主は私に仰せられた。「これらの骨に預言して言え。干からびた骨よ。主のことばを聞け。37:5 神である主はこれらの骨にこう仰せられる。見よ。わたしがおまえたちの中に息を吹き入れるので、おまえたちは生き返る。37:6 わたしがおまえたちに筋をつけ、肉を生じさせ、皮膚でおおい、おまえたちの中に息を与え、おまえたちが生き返るとき、おまえたちはわたしが主であることを知ろう。」37:7 私は、命じられたように預言した。私が預言していると、音がした。なんと、大きなとどろき。すると、骨と骨とが互いにつながった。37:8 私が見ていると、なんと、その上に筋がつき、肉が生じ、皮膚がその上をすっかりおおった。しかし、その中に息はなかった。37:9 そのとき、主は仰せられた。「息に預言せよ。人の子よ。預言してその息に言え。神である主はこう仰せられる。息よ。四方から吹いて来い。この殺された者たちに吹きつけて、彼らを生き返らせよ。」37:10 私が命じられたとおりに預言すると、息が彼らの中にはいった。そして彼らは生き返り、自分の足で立ち上がった。非常に多くの集団であった。37:11 主は私に仰せられた。「人の子よ。これらの骨はイスラエルの全家である。ああ、彼らは、『私たちの骨は干からび、望みは消えうせ、私たちは断ち切られる。』と言っている。37:12 それゆえ、預言して彼らに言え。神である主はこう仰せられる。わたしの民よ。見よ。わたしはあなたがたの墓を開き、あなたがたをその墓から引き上げて、イスラエルの地に連れて行く。37:13 わたしの民よ。わたしがあなたがたの墓を開き、あなたがたを墓から引き上げるとき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。37:14 わたしがまた、わたしの霊をあなたがたのうちに入れると、あなたがたは生き返る。わたしは、あなたがたをあなたがたの地に住みつかせる。このとき、あなたがたは、主であるわたしがこれを語り、これを成し遂げたことを知ろう。――主の御告げ。――」

  

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きょうのことば

 いま時期の5時はまだ薄暗い。先ほど新聞受けに配達の音がしていた。いまから来るのは夜ではない。天気がぐずついているとしても、いまより暗くはならない。雲の向こうで、光がにじみ出ようとしている。
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 先週のインマヌエル盛岡キリスト教会では、『いのちなるキリスト』(説教國光勝美牧師)と題し、コロサイ書3:1~4からのおはなしでした。
3:1こういうわけで、もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。 3:2あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。 3:3あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるからです。 3:4私たちのいのちであるキリストが現われると、そのときあなたがたも、キリストとともに、栄光のうちに現われます。
〈説教の概要〉 
 人は、生まれながらに、自分の欲望のために、地にあるものを求める性質を持っています。いのちの二重性はみなが持っているものです。しかし、クリスチャンとなったとき、永遠のいのちであるゾーエーといういのちに変えられます。もともとのいのちはビオスというのですが、これがゾーエーとなる。
 キリストとともによみがえさせられた者はみな、このゾーエーのいのちを持っています。それで天にあるものを慕うようになります。天にあるまことの故郷をおもうのです。
 これは神に隠されてあるいのちです。私たちは神に愛され守られています。私たちが、危険から眸を守ろうとしてぱっと瞬きしますが、神は私たちを眸のように愛され、危険が迫ると、そのようにして、ぱっと私たちを守ってくださいます。
 主がこんど現れるのは、飼い葉おけではありません。主は御使いとともに再臨します。勝利の証人として、天から現れてくださいます。

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きょうのことば

 けさ心に過ったおことばは、イザヤ32:15「しかし、ついには、上から霊が私たちに注がれ、荒野が果樹園となり、果樹園が森とみなされるようになる」。これが神から与えられたものであるか、自分の記憶の中からついと出てきたものなのかはわからないけれども、何れ、さまざま思いめぐらすうちに、すっとやってきて、ああ、これかと思わせられ、すぐにPCを開き書きつけております。

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 先週のインマヌエル盛岡キリスト教会では、『キリストの平和』(説教國光勝美牧師)、聖書引証はコロサイ3:12~17でした。
3:12それゆえ、神に選ばれた者、きよい、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。 3:13互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。 3:14そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。 3:15キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。 3:16キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。 3:17あなたがたのすることは、ことばによると行ないによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。

 

・キリストの平和が心を支配するようにしなさい。喜びは間歇的なもの、キリストの平安は恒久的なものです。
・キリストのことばが、あなた方のうちに、豊かに生きるようにしなさい。それには、聖書購読、詩篇などを味わうこと、讃美することなどです。
・イエスの名によってすべてを為すこと。イエスの名にふさわしい行動をとること、行動にイエスの名を冠してもだいじょうぶな行動をとりましょう。

 大まかですが、このようなおすすめがありました。

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きょうのことば

 先週は、お盆や、そして多くの人たちに優しさ、気づかいのゆえに愛された方のお葬儀があるなど、慌ただしく過ぎました。
 暑いあつい夏も過ぎ、庭には秋の気配が。
 けさ起きがけに個人的に心にかよったおことばは、「凡(すべ)て勞(つかれ)たる者また重(おもき)を負(おへ)る者は我(われ)に來(きた)れ我(われ)なんぢらを息(やす)ません」でした。
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 先週の聖書個所はコロサイ3:12~17、説教題は『キリスト者の晴れ着』でした。
3:12それゆえ、神に選ばれた者、きよい、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。 3:13互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。 3:14そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。 3:15キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。 3:16キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。 3:17あなたがたのすることは、ことばによると行ないによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。
 この日の説教内容は、特に、神様がイエスさまの十字架のゆえに私たちの罪を赦してくださったのだから、私たちも互いに赦しあって、イエスさまの平和が心を支配するように、イエスさまの平和とともにあるようにというおすすめでした。

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きょうのことば

 けさ起きがけに心に浮かんだことばは、
「なんじら心を騒がすな、神を信じ、また我を信ぜよ。」
イエスさまのおことばだ。人生はよいことと自分にとってはあまり歓迎したくないこととの抱き合わせだ。よいことばかりではあり得なく、また悪いことばかりではない。ただよりよい人生は努力してつくりあげていかなければならないようだ。最悪にいたっても、そう努力することが肝心なようだ。どうもうまくいかないなというときには、こんなことばがある。
「なんじら心を騒がすな、神を信じ、また我を信ぜよ。」
ものの成り行きのすべてには、何ものかの意思が通っている。自分の思い通りにいかないときでも、そこにも何ものかの意思が通っている。だから
「なんじら心を騒がすな、神を信じ、また我を信ぜよ。」
なのだろう。
それにしても、よくここまで生きてこられたものだ、これが近頃の実感である。神さまのお蔭、そして、いままでに出会ったすべての方々のお蔭であると思う。
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 先週教会で開かれた聖書個所は、コロサイ書3;12~17でした。
3:12それゆえ、神に選ばれた者、きよい、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。 3:13互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。 3:14そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。 3:15キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。 3:16キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。 3:17あなたがたのすることは、ことばによると行ないによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。

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