教会

はじめにことばありき

 冬至までにはまだもう一息、けさも日差しが寂しい朝を迎えていますが、世の中はせわしく動いています。木々には融けずにのこった雪が。色彩のない庭に、なぜかこの無彩色が色彩を感じさせてくれます。

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きょうは第二アドベントです。

先週は、ルカ2:22~38から、國光牧師のメッセージがありました。

2:22さて、モーセの律法による彼らのきよめの期間が満ちたとき、両親は幼子を主にささげるために、エルサレムへ連れて行った。 2:23――それは、主の律法に「母の胎を開く男子の初子は、すべて、主に聖別された者、と呼ばれなければならない。」と書いてあるとおりであった。―― 2:24また、主の律法に「山ばと一つがい、または、家ばとのひな二羽。」と定められたところに従って犠牲をささげるためであった。 2:25そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた。 2:26また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。 2:27彼が御霊に感じて宮にはいると、幼子イエスを連れた両親が、その子のために律法の慣習を守るために、はいって来た。 2:28すると、シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。

2:29「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、
みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。
2:30私の目があなたの御救いを見たからです。
2:31御救いはあなたが
万民の前に備えられたもので、
2:32異邦人を照らす啓示の光、
御民イスラエルの光栄です。」

2:33父と母は、幼子についていろいろ語られる事に驚いた。 2:34また、シメオンは両親を祝福し、母マリヤに言った。「ご覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人が倒れ、また、立ち上がるために定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。 2:35剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。それは多くの人の心の思いが現われるためです。」 2:36また、アセル族のパヌエルの娘で女預言者のアンナという人がいた。この人は非常に年をとっていた。処女の時代のあと七年間、夫とともに住み、 2:37その後やもめになり、八十四歳になっていた。そして宮を離れず、夜も昼も、断食と祈りをもって神に仕えていた。 2:38ちょうどこのとき、彼女もそこにいて、神に感謝をささげ、そして、エルサレムの贖いを待ち望んでいるすべての人々に、この幼子のことを語った。

 ☆

下記のようにクリスマスの集いがあります。

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はじめにことばありき

 きょうは第一アドベントです。
 亡き舅が、自分の誕生日には、何かお祝いがあるだろうと思っている様子でした。しかし、80過ぎての誕生日を迎えようとしたときに、こう言いました。
「きょうは、じいさんの誕生日だ。だからきょうは、じいさんがみんなのために何かをする日だ」
 舅がなぜか変わったのです。
 イエスさまは、多くの人たちを罪から救うためにこの世に来たといわれています。みんなのために何かをするために生まれてきたお方。そのお方の誕生日がクリスマスです。

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 先週のインマヌエル盛岡キリスト教会の國光牧師の説教は『多くの主の民と』、聖書引証は「使徒の働き18:9~11」でした。

18:9ある夜、主は幻によってパウロに、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。 18:10わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから。」と言われた。 18:11そこでパウロは、一年半ここに腰を据えて、彼らの間で神のことばを教え続けた。

クリスマス関連の集会のご案内

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はじめにことばありき

 忙しいのと寒いのとで、更新がぐんと減ってしまいましたが、日曜日となると、朝にパソコンに向かっています。

 きのうも、雪景色、今朝も、きのう融けかねた雪が、屋根の上に、樹木の上にのこっています。空は、モスグレーがちょっとだけ鈍色を吸収したのかなという感じです。今しがた、雪がふってきました。これは積もりそうですね。

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 先週は、世界宣教のDVD視聴でした。
ヨハネ4:31~38

4:31そのころ、弟子たちはイエスに、「先生。召し上がってください。」とお願いした。 4:32しかし、イエスは彼らに言われた。「わたしには、あなたがたの知らない食物があります。」 4:33そこで、弟子たちは互いに言った。「だれか食べる物を持って来たのだろうか。」 4:34イエスは彼らに言われた。「わたしを遣わした方のみこころを行ない、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。 4:35あなたがたは、『刈り入れ時が来るまでに、まだ四か月ある。』と言ってはいませんか。さあ、わたしの言うことを聞きなさい。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。 4:36すでに、刈る者は報酬を受け、永遠のいのちに入れられる実を集めています。それは蒔く者と刈る者がともに喜ぶためです。 4:37こういうわけで、『ひとりが種を蒔き、ほかの者が刈り取る。』ということわざは、ほんとうなのです。 4:38わたしは、あなたがたに自分で労苦しなかったものを刈り取らせるために、あなたがたを遣わしました。ほかの人々が労苦して、あなたがたはその労苦の実を得ているのです。」
 

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はじめにことばありき

 夜明けが遅い。朝日を待つときが長い。冬至、ことしは12月22日頃、このいちばん夜が長い日をこえ、クリスマスを迎えると、厳しい冬はあるけれども、心にはまた明るみが兆してくる。
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 先週、インマヌエル盛岡キリスト教会に、ギデオン教会の方がいらっしゃいました。各方面に聖書をお配りしています。

 引証されたおことばは、ローマ1:16~17、『神の言・聖書』と題し、国光牧師からメッセージがありました。

1:16私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。 1:17なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる。」と書いてあるとおりです。

  

 

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はじめにことばありき

 今朝6時ごろには、東の空に黒い雲母のような雲が居座っていましたが、なかに空洞があり、そこに暁を知らせるかのような薄明かりがのぞいていました。6時40分、雲母の縁が茜色に照らされて白銀と輝いています。

 先週、インマヌエル盛岡キリスト教会では、この教会で亡くなられた方々の記念礼拝がありました。

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 『永遠の住まい』と題し、ヨハネ黙示録21:1~7から、国光牧師の説教でした。

21:1また私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。 21:2私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下って来るのを見た。 21:3そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、 21:4彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」 21:5すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」 21:6また言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。 21:7勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。

 説教によると、この世の次元で見ることが不可能であるものを、神は特別な使命のあるものには、瞬時的に見せてくださることがあり、ここに書かれているのがその一例である。このような天のエルサレム(神の平和)は、たしかに別次元にいま存在していると。
 

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はじめにことばありき

 

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中の橋の傍の某銀行の薔薇園。

  ☆

 先週のインマヌエル盛岡キリスト教会の國光牧師による説教は『神の言・聖書』で、宗教改革記念礼拝でした。聖書引証は第二テモテ3:14~17です。

3:14 けれどもあなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。あなたは自分が、どの人たちからそれを学んだかを知っており、
      3:15 また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。
      3:16 聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。

3:17 それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。

  特に病にある方々、困難にある方々のためにお祈りいたします。さしたる力にもなれずに申し訳ない気持ちです。 

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はじめにことばありき

 雨の日曜日、午後の3時ごろには、雨が強くふるのでしょうか。みなさまが守られますように!

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 トンネルの向こうにはまたトンネル。いくつものトンネルを潜るけれども、いつかは抜けるトンネル。

 ☆  ☆  ☆

 先週、インマヌエル盛岡キリスト教会では、『その信仰に倣う』と題し、国光勝美牧師が説教、ヘブル書13:7~8が開かれました。

13:7神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい。 13:8イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。

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はじめにことばありき

  台風がどう動くのか、21号、岩手では23日を中心に大雨、大荒れとなるようだ。きょうは投票日。期日前投票は長蛇の列だった。いま4時15分、新聞配達のバイクが通り過ぎていった。雨がふっている。

 先週は、この地域の行事が午前中にあったので、教会を欠席。
『百万人の福音』10月号で、宗教改革を特集していたので、たまにはこんな事を書くのもよいかと思う。

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 マルティン・ルターは1483年11月10日アイスレーベン生まれ。鉱山労働者であったハンスとマルガレータの二男。1546年2月28日没。
 最後の信仰告白は

ヨハネ3:16「神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子(みこ)を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

1501~05年 エアフルト大学で哲学を学ぶ。
1505年 21歳 落雷に遭い、死の恐怖から、修道士になることを誓い、誓いどおり2週間後に修道院にはいる。熱心に修道生活を送るうちに、行いでは人は救われないと気づく。ヴィッテンベルク大学の教授職を得、聖書講義を行い、また聖マリエン教会での説教を担当。
「神の義は、人間側の行いによって与えられるのではなく、神からの働きかけによって得られるものであること、人はそれを受け取ることしかできない」ということに目が開かれる。神がイエス・キリストという人間になって、この世に来られ、十字架で人間の罪を贖い、神の恵みによって罪びとを無条件に義と見なし、神と人間の関係を回復させてくださったという感動と喜びが、宗教改革にかける情熱の土台となった。教会や聖人を通してではなく、キリストを通して神の子とされる。この真理のために、多くの抵抗や攻撃の中で、すべてを失うことも覚悟で当時の教会に抵抗し、聖書のドイツ語翻訳に身を投じていった。

 (『百万人の福音』10月号から)

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はじめにことばありき

 先週、インマヌエル盛岡キリスト教会で、深川教会の川嶋直行先生をお迎えしての集会が開かれました。

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 聖書の中でも有名なルカ伝15:11~32の放蕩息子からのお話で、題は『神のもとに立ち返ろう』でした。

15:11またこう話された。「ある人に息子がふたりあった。 15:12弟が父に、『おとうさん。私に財産の分け前を下さい。』と言った。それで父は、身代をふたりに分けてやった。 15:13それから、幾日もたたぬうちに、弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して湯水のように財産を使ってしまった。 15:14何もかも使い果たしたあとで、その国に大ききんが起こり、彼は食べるにも困り始めた。 15:15それで、その国のある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。 15:16彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。 15:17しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。 15:18立って、父のところに行って、こう言おう。「おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。 15:19もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」』 15:20こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。 15:21息子は言った。『おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』 15:22ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。 15:23そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。 15:24この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』そして彼らは祝宴を始めた。 15:25ところで、兄息子は畑にいたが、帰って来て家に近づくと、音楽や踊りの音が聞こえて来た。それで、 15:26しもべのひとりを呼んで、これはいったい何事かと尋ねると、 15:27しもべは言った。『弟さんがお帰りになったのです。無事な姿をお迎えしたというので、おとうさんが、肥えた子牛をほふらせなさったのです。』 15:28すると、兄はおこって、家にはいろうともしなかった。それで、父が出て来て、いろいろなだめてみた。 15:29しかし兄は父にこう言った。『ご覧なさい。長年の間、私はおとうさんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと楽しめと言って、子山羊一匹下さったことがありません。 15:30それなのに、遊女におぼれてあなたの身代を食いつぶして帰って来たこのあなたの息子のためには、肥えた子牛をほふらせなさったのですか。』 15:31父は彼に言った。『おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。 15:32だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。』」

 
「自分で神の国に帰ることはできないが、十字架をとおって救いにはいることができる」、この一点が心に留まりました。

    ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

翌9日には聖会があり、神谷光一先生が、ルカ19:33,34からお話くださいました。

ルカ
19:33彼らがろばの子をほどいていると、その持ち主が、「なぜ、このろばの子をほどくのか。」と彼らに言った。 19:34弟子たちは、「主がお入用なのです。」と言った。

 

率直で謙遜なメッセージに共感!

 来会者の方々が熱心に耳を傾けてくださったことも、感謝なことでした。

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きょうは特別企画の会

 先週は地域行事への動員がかかり、教会は欠席。

 けさは、病気とたたかっている教会の方々や、友人、知人の方々が心を過った。八木重吉の詩に、「聖霊がなければいくら聖書を読んでもわからない」とあるけれども、聖霊は信じたときに与えられる。ことばが力となるのはそれから。
 医学も病気退治のために健闘しているけれども、何とかお力にと、「おだいじに」、「祈っています」というけれども、時として、そのことに齟齬を覚える近ごろ、一個人の心のうちに、ほんとうに励まし、力となることばがあったならと思わせられる。

 きょうは特別企画の集会の日です。

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