日記・コラム・つぶやき

追悼、語らい

 オバマ大統領の初来日のあった13日に実家の母の二年目の偲ぶ会があった。
インフルエンザで駆け付けることができない者もあったが、母の弟夫婦、姪、それに兄弟姉妹がそれぞれの子どもたち、孫たちを連れて出席し、亡き母を悼んだ。

 夜はみなで山の宿に宿泊。小学生から80代までが、近況を報告しあうなどして和やかに過ごした。

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 わたしにとってもこれまでで最も楽しい嬉しいときとなった。それは、これまで、どちらかというと、こういった集まりは苦手だった二男が、今回は心を開いて従兄弟や伯父、伯母、というよりも、居合わせたみなと、寛いで楽しそうに本音で談笑していたからだ。

 わたしは親族代表では勿論ないが、一人ひとりを見ながら一人ひとりのために心の中で本気で祈った。伯父伯母たちも楽しそうであり、みな健やかであることが嬉しかった。インフルエンザに罹ったものも回復するだろう。

 インフルエンザ大流行の年、オバマ氏来日の日の追悼会として生涯記憶にのこるだろう。

 
        しかし
        ついには
      上から霊が注がれ
      荒野が果樹園となり
   果樹園が森と見なされるようになる。
        イザヤ32:15

わたしはこのお言葉を拠り所に8年間息子たちのために祈りつづけてきた。

 

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亡き母を偲ぶ

 実家の母が亡くなって2年経とうとしている。

午後にはみなが集まって母を偲ぶことになっている。
ひと一人が地上から消えることがどれほどに重大なことか。
息が絶えからだが冷たくなっていくときの思いがどんなものか。

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あのときわたしは、母が今肉体から抜け出したと納得した瞬間があった。

水素、酸素、炭素、窒素その他の微量元素から成るものが命を帯びているという不思議さを思う。

「この土の器をも」

三浦綾子さんの著書名だが、人はみな霊を吹き込まれた「この土の器」なのだ。

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天に輝く

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  わがうえなる星の輝く空と……

 室温12度。湿度55。さてきょうは何を……と思いながらPCに取り込んだ写真を流しているうちに、星ではないけれども、この月の動きのある写真に心惹かれた。

 ガラス戸には結露。冷えていそうだが、開けると、近くの神社の前にそそり立つビルに整列する窓の灯。樹木は底に沈んでいる。天は雲に覆われているが、それでも天蓋の裾には瞬く星が二つ。この世界にこそ真実があると思われるこの夜だ。

   
   地の上の騒擾に遠く、 
   人の喧しさをきっぱりと退けて、
      遙かな闇のむこうに、

          瞬く

       星の一つひとつが、
         寡黙に、
     しかし雄弁に語りながら、

       広大な宇宙に    
    たしかな位置をしめている。

    暗闇のただ中に暗闇の力はない。

 ほんとうに静かだ。
  


  

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祈りはなつかし

 昨年末に、私は礼拝のときにパイプオルガンがいますぐそこで演奏されているように聞こえたことがある。これはほんとうに驚くべきことだった。その他にあと二つあるが、わたしはこのことは書いておかねばならないと思い、教会で出している「葡萄の樹」に書きのこした。

 今年になって、教会にパイプオルガンの音も出る電子オルガンが神様によって備えられた。ローランドだ。わたしはこれを見たとき、これがみなさんの心の慰め、癒しになるだろうとおもった。

 このローランドに教会員の方が礼拝が始まるまで、自動演奏で賛美歌を入れてくださることがある。その中の一曲に「祈りはなつかし」という賛美歌がある。わたしはこれを聴いたときに涙が出てしかたがなかった。ローランドはわたしを慰めわたしを癒している。これが神様の愛だ、わたしはそう分った。

 わたしは人にどのように誤解されよし憎まれようとも、わたしはわたしの魂を守ることを優先させる。踏み出してよいものか、はっきりと分らない事柄には分るまでは踏み出さないことにする。また踏み出すことによって自分に危うさを生じるとき、自分の側に問題を生じると予測されるときには、先ずは留まることにする。

 これまでたいして熟慮もせずに、弱さから、憤りから、あるときには自己弁護のために、あるときは誹謗するために、また気に入られようとするために、無責任な言葉をつかってしまったことが多々ある。慚愧に堪えない。神の前と人の前に深くお詫びいたします。

 こうして神が生かしてくださっている魂を大切にし、幾ばくかでも神様のお役に立つことが、長い間不義理をしてきた神様への愛の証しになると思っている。愛という言葉の解釈は人によってさまざまあると思うが、ある方は、聖書の中の「愛する」を「大切にする」と訳している。

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    祈りはなつかし

いのりはなつかし われをみちびきて
世のわずらいより しばしのがれしむ
なやみをしのぶひ ここにていくたび
こころむるものの てよりのがれしぞ

いのりはなつかし たましいをもやし
わがすくいぬしを したいもとめしむ
みそばにちかづき みかおのひかりを
まちのぞむときぞ こよなくたのしき

いのりはなつかし 主をしとうこころを
つばさにのせては みもとにつれゆく
よりすがるわれの おもにをのぞきて
なぐさめたもう 主のあいはかぎりなし




    

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めぐみ

  きょうは何を書こうかな、と気負わずに思い巡らせる。

 三森先生をお招きしたオープン・チャーチのとき、トーン・チャイム演奏やら昼食の準備があることはお知らせしたが、もう一つのお知らせを書き忘れ、とんだ片手落ちだった。それは、2人の若い姉妹と1人の兄弟のギター&キーボードの弾き語り。何しろ曲は著作権を取ることを考えたほうが良いほどの出来ばえ。ほんとうに恵みに満ちたすばらしさだった。こんどのクリスマスに再登板を期待。
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 午後から「青の会展」を見にでかけたところ、以前3軒隣に住んでいたWさんにばったり。展覧会にお誘いした。「青の会展」のメンバーのなかで面識のあるのは、OさんとSさん。お二人にご挨拶。会場をまわりながら「これだけの大作を描くのは大変でしょう」などと感心しながら観る。Wさんが私の背中をたたいていった「時間のたつのは早いわよ、あなた書きなさいよ。絵でも文章でも」。
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 コーヒーを手にWさんに昨年末から今までの不思議な数々をお話した。自分の歩む方向がこの一年で方向付けられたように思う。自分を生かすものは十字架以外にはない。私の失敗、欠点をも、神は赦された。私の中に何か価値があるものがあるとすれば、それは私自身ではなく、私の足りない部分を神が補填されたその部分、即ち神の恵みの総体というべきものだ。私にはそれが分った。そして私については、私がどれほどに小さなものであろうとも、十字架のもとにある限りは、神ご自身がその義と恵とを証明してくださるだろう。spade

 

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片付け

  田園風景が懐かしく思いだされベートーヴェンの「田園」をかけた。やけにテンポが早い。素っ気なくも聞こえる。好みの問題もあるだろうが、モーツァルトの40、41あたりが悠長だとしたら拍子抜けするが、「田園」はもっと空の明るさ、林をとおる光や鳥の声、そして空気を感じさせるややゆったりめぐらいでよいのではないか。よく確かめもせずに選択しクリックしたのだが、はて指揮者は? と見ればパーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィルハーモニーブレーメン。この快速は仕事のBGにはもってこいかもしれない。捗るだろう。まだ第一楽章、途中で切るのも……というわけで、聴きながらブログ書きを。

 ブルックナーを全曲聴こうとの意気込みは意気込みだけが停滞。これは何かをしながら聴くというわけにはいかない。ながらではよく理解できない。しかも長い。結局「9番」に「テ・デウム」で締め括る繰り返しとなっている。「テ・デウム」は自分には説得力がある。

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 きのうの雨がうそのよう。朝露の輝き。

 午前中は部屋の片付け。随分と時間がかかった。棚のものも全部取り出し、拭き掃除や配置がえをする。

 拭き掃除にサイカチを使ってみた。食器洗いにも試してみたがなかなか良い。油汚れがひどいときには予め拭き取ってからなら十分に落ちる。ただ家にサイカチの木が無いので、30リットル入れの袋一つ分のサイカチはすぐに底を突くだろう。その間だけでも河川に洗剤を流し込まずに済む。

 押し入れの中から息子が使った通学カバンや肩掛けカバンが出てきた。まだ捨てられない気がしてまた仕舞いこんだ。

 部屋にあるもので幾分か価値があると言えるものは音響類だろう。

 いつの間にか、自分が書いた作品もそれほど大切ではなくなった。もしこのPCから今全作品が消えたとしても、ちょっと惜しかったな、ぐらいで、無念の思いも3日は続かないだろう。ただ祈りながら書いた作品は、たとえ人の評価がどうであれ大切に思う。

 外の鉢植えをみな家の中に移動させた。植物の株が大きくなるたびに株分けをし鉢が増えていく。アガバンサスはすでに二人の方にいつかお分けする約束になっている。

 色々なものを整理しながら、自分が多くの方々に生かされてきたものであることを確認させられた。随分と不義理ばかりしてきたものだ。

 片付けなさいという夢をみたのは、こういうことを確認するためだったかもしれない。夢自体は、捜し物が見つからずに弱っている場面だったが。

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  こういうわけで、

     いつまでも残るものは

       信仰と希望と愛です。

    その中で一番すぐれているのは

          愛です。

        第一コリント13:13

 

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そこにもここにも

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 盛岡のきょうの気温は17時発表で最低8度、最高13度だったよう。
21時のこの部屋は16度、湿度60㌫。
 一日中雨。それでも午後の3時頃には晴れ間が。樹木の滴を撮ったところ蜘蛛の巣発見。

 それから自転車で買い物へ。朝から飽きるほど降った、もう降らないだろう。すくなくとも30分程度は晴れ間が持ってくれるはず。

 36年間の営業を終えた最寄りのスーパーには、大手の薬スーパーが入り店舗の灯が復活。新たに内装された店内は以前よりも広く見えた。照明がぐんと明るくなっている。この辺りが明るさを取り戻しすこしほっとした。

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 これよりさらにひと町むこうのスーパーで買い物をしているうちに雨が強く降ってきた。家人に電話をしようかとも思ったが、自分が濡れて帰れば済むことで、幸い濡らすと惜しい衣服は身につけていない。帰ったら洗濯槽に放り込めば済む。簡単なことだ。大きめのハンカチを目深にかぶり自転車で。ほんとうに空は不思議だ。こんなに立派な雨を間断なく降らせるとは。これだけ沙漠を濡らそうとすれば一大事業となる。5分ほどで町も人も木も草もびしょびしょに。自然体、野人であることの身軽さ、ずぶ濡れで帰る。

 けれどもこの時期に体調を崩している方々もある。「雪が降るまでが何となくいや」とも聞いた。ヴィヴァルディの「冬」が流れる。鋭く冷たい木枯らし。けれどもあたたかな暖炉の火。ほんのすこしのぬくもりがあれば凍てつく寒さもやり過ごせるだろう。

   だいじょうぶ?
   疲れてない?
   ゆっくりとやすんでね。
   あなたを守る天使が
   ほら
   そこにも
   ここにも。


 

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補填

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 きょうは文化の日。盛岡の最低気温は0度。最高は6度(ヤフー)。

 朝に霰(あられ)が降った。まるで白磁の細かなかけらを撒いたよう。

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 霰に打たれつつも咲くアンカーたち。

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ベルンケアはよくこのブログにも登場。ギャロップで咲きつづけている。

        
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     お向かいの塀の実。

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なかまたちはもうゴールイン。わたしはゆっくり咲くとします。

   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 一日の流れ、できごとを気をつけてみると、ほんとうに不思議に満ちているのを思う。そそっかしく、さして人様に秀でている何かがあるわけではないが、いつも誰かに何かに生かされている、つまり天の配在の妙に生かされているのを思う。
spade

 今朝見た夢は、「時間を守りなさい」「もうすこしきちんと自分のものを整理しなさい」という警告であったようだ。
heart

 ある会合に遅れていったところ、もう空いている席が一つしかなかった。左右をよく見もせずに慌てて座った。気づいてみると、そこが所謂世の中で言うお偉い方の隣だった。当然顰蹙ものとなったことがある。そんなわけで居心地の良さは末席が一番。これほど自分にぴったりの席はない。
club

 ところが教会には末席というものがないらしい。
教会の席はみな〝上席〟と知る。 はて、これは困った。けれども最近になって、わたしはやっと分った。それは自分の足りない分には神からの補填があり、〝上席〟につくに間に合うものにしてくださる。だから心配は要らないのだ。その補填を神の恵みというのだと。diamond

「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで」
   

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重量感

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 きょうはハロウィン。ケルトの人々にとっては、この10月31日が一年の締めくくりの日とか。ハロウィンは収穫祭とカトリックが結びついた祭らしい。

 デパート、菓子店には趣向を凝らしたハロウィンのグッズや菓子が出ているだろうけれども、やはり畑から収穫した重量感のある南瓜を細工してこそ味わいがあるように思う。

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23日岩手県公会堂を通りかかると、展覧会の立て看の前に南瓜が飾られていた。大きい方は径30㌢。ジャンボ南瓜は30㌔、40㌔にも育つようだ。

 この南瓜の重量感のような一日だったかどうか。

 朝目がさめるとすぐに「我が恵なんじに足れり」という言葉が浮かんだ。
 午前中は塀に絡まった蔦を、紅葉もおわり散りはじめたので、ぜんぶ引きはがしてきれいにした。枝の剪定もそうだが、こういった仕事はけっこう楽しい。塀の外回りだったので、通りかかった近所の3人の方が話しかけてくださった。

 ある方は、ガスのとろ火を消し忘れて寝入っていたところ、ガス会社から電話があり、ガスが点いたままです、と知らされた話。
 何か事故があるたびに、安全管理が叫ばれ責任が追及され対策が練られるのだが、一方いかに安全管理が行き届いた中に暮しているかの有り難さを思った。ある方は事故にあった話。ある方は来年からゴミの分別が変る話だった。何れも参考になった。

 午後は買い物がてら写真数枚を撮る。秋になったら撮ろうと思っていたダムの紅葉写真はあきらめる。ダム無用論に押されてしまったこともある。ただ出水量によっては必要なダムも多くあるはずだ。

 帰宅後、紫式部、ノウゼンカズラの枝を落とし、繁りすぎたアジサイを刈る。読書を短時間。音楽を聴く。

 南瓜の重量感とまではいかないが、一日机に座っていたり、物見遊山に歩き回るよりすこしはまともな過ごし方だったように思う。近頃は労働(と誇れるほどの労働はしていないが)に比べたなら文化の何という軽さよ、とさえ思うことがある。そして自分がどれほどに軽く過ごしてきたかを申し訳なく思うことがある。

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フジ子の「ラ・カンパネラ」

 我が家にあるタブローは一枚だけ。叔母が描いた魚の絵だ。花の絵もあるが飾ってはいない。わたしが20代で描いた油絵は実家(といってもたった一人の住人であった母は亡くなり、母の3回忌がもうすぐだ)の玄関に掛けてあるが、これは壁の穴を塞ぐためで本当はどこにも出せる代物ではないことは自覚している。実家には岩手の画家五味清吉に師事した伯父の花の油絵があるはずだ。すっかり忘れていたが今思いだした。
 今日はフジ子ヘミングの再放送を書こうとしていたはずが、どうして絵のはなしになったかといえば、椅子に座りブログを開いていざ書こうとしたとき、なぜか「タブロー」という言葉が浮かんだ。何の脈絡もなくだ。いま21時53分。

 先を急ごう。

 今朝起きがけに夢を見ていた。これは日記に書いておかなければならないと思った。日記というよりもメモしておかなければ、なのだが。緊張もした不思議な夢だった。書き留めようと思う事柄は二通りある。一つは、あとで何かを書いたりするときに参考になりそう。一つは、天がわたしに何かを語っている、と思われるときだ。訓告、訓戒、示唆ではないかと思われる場合もある。

 きょうは午前は電気関係の工事が入った。午後は障子戸二枚の張り替え。もっとも今日は戸をはずして外に出し、古い障子紙に霧吹きで水を噴きつけ剥がして、枠をきれいに拭いただけ。新しい障子紙を貼るのは明日に。カーテンを引いておく。
 こういった仕事をした日は、まともに暮したという満足がある。

 そのあと、日頃お世話になっている近所の方が教えてくれた「もりおかデジカメ散歩写真展」を見るためにマリオスの20階へ。会場で「○○さん」と声を掛けてくださったのは、何と、この写真展を教えてくださったその人。ちっちゃな奇遇。わたしが最終日を間違えていたところ、28日まで、と教えてくれたのもこの方。30分も会場に居なかったのだが、何故か会期中のきょうのこの時間帯に二人が同じ場所に。向こうはご主人の車で送られて、私はバイクという足の違いはあったけれど。

 20時に電話があった。友だちから。
「8時からフジ子ヘミング。また茶碗洗いしてるんじゃないかと思って」
見逃すと大変だと気遣ってくれたのだ。滅多にTV番組表を見ない。BS2だったかな、と思っていた。リモコンを押しながら「う~ん、出ない」と思っていた矢先。彼女の一声ですぐにNHK教育テレビに。
 
 フジ子。前回見たときとは違った部分が印象深く。
劇団の稽古場だった3階に9匹の猫と暮している。
ウィーンで買った椅子。「グスタフ・マーラーが座っていたかも」とフジ子。
ジャガイモがフジ子の命の源。
子どものときから人と同じことをするのが嫌い。
母のピアノはギターのような、チェンバロのような音。
父はスウェーデン人。父が離婚して去った後もスウッェーデン国籍のまま。スウェーデンに住んだ事がなかったので18歳で国籍を失う。赤十字の避難民パスポートで30歳で留学。
…このあとには有名なことがたくさん…
「天国に行ったとき、前にここで生きたことを思い出したい(生活圏の商店街を歩きながら)。天国には全部持って行ける。自分の才能とかも」。
「5しかないことを10に見せようなんてのは嫌い」。
コンクールで一曲抜かしたことがあった。
東京芸大旧ホールのステージに出る直前、胸に十字を切り祈っていたフジ子。
「ラ・カンパネラ」をもっとも得意とする。
「きょうはもうおしまい」
「とっても疲れちゃったわ」

 母が働いていたので一人でいることの多かったフジ子。夜に母の弾くピアノを毎日のように聴いていた。フジ子はいまも夜になるとピアノを弾いているだろうか。フジ子の波乱の人生を浮かべながら聴く最後の「ラ・カンパネラ」は何にもたとえようがなかった。ユニセフにも協力しているフジ子。いつまでも元気でいてほしい。

ラ・カンパネラで「きょうはおしまい」にしよう。

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テ・デウム

 22時半。夜型からの脱却をはかろうとしているが、なかなか。
外は雨。冷えている。室内気温16度。湿度53㌫。ストーブはまだ焚いていない。

 午前中は葡萄棚のあと始末。脚立にのぼって蜂にたべられて黒く様変わりした房や枝や黄葉を落としさっぱりと。

 台風19号のとき林檎の落下被害が心配されていた。そのとき葡萄の生産者が、葡萄は台風がきても落下しないと話していたが確かにその通りだった。残った房もまだみなしっかりと枝についていた。11時頃小雨がぱらついてきたので作業を一段落。今年最後の葡萄をいただく。とても甘く美味しかった。

 その後、催し物のご案内を発送したり届けたり。

 午後は部屋を片付けた。いつの間にか散らかってしまう。自分の領域の片付けは後回しになるので、出した本やら雑誌、紙類がすぐに堆積してしまう。
 しまっておいた絵画の写真3枚を取り出し、襖や壁に留めた。写真を飾るのは抵抗があった。飾るならアマチュアのでも描いたものの方をと思っていたがこうして貼ってみると悪くはない。子どもの頃、部屋に飾ってあったミレーの「落ち穂拾い」の写真に敬虔な想いになったものだ。こうしてみると写真もわるくない。

 外は雨。

「テ・デウム」をじっくりと聴いた。
テ・デウムはカトリック教会の聖歌の一つ。フルトヴェングラー、ベルリオーズ、ブルックナー、シャルパンティエ作曲のものがあるようだ。

 手持ちはDVD、ブルックナーのカラヤンの盤のみ。ウィーン・フィル。
テ・デウムは1884(明治17)年ブルックナー絶頂期の作品。
カラヤンは、1975~76年命に係わる脊髄の病気のため手術を受けた。身体の動きがよくとれず増し加わってくる痛みとの戦いがあった。テ・デウム撮影のときもそんな試練のまっただ中だった。

 このDVDでは、繰り返しも含めて邦訳の詩で92行もの賛歌だ。
カラヤンからもウィーン楽友協会合唱団の一人ひとりからも魂の叫び、願い、祈り、賛美がつたわってくる。

 胸を打つ、次つぎに

……聖なるかな/聖なるかな/聖なるかな万軍の天主/天と地は満ちている/御身の栄光の荘厳さで……白装束の殉教者の軍が/御身をたたえる……御身の民を救いたまえ……今日われらに罪を犯させず/我らをあわれみたまえ……御身に頼る我らに/惑いなき永遠を与えたまえ……頼るわれらに/永遠を与えたまえ……

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ゲラ

 文芸誌「天気図」vol.8 に載せていただく小説「雑魚」のゲラができたということで、18日に立川ゆかり編集長から手渡された。校正だ。

 3箇所程度直せば済むと楽観していたところ、誤字は無かったが(プロが見ればあるかもしれないが)、よく見るとルビを振ったほうが良い箇所、詰め、段下げ、改行、順不同と多々あることに我ながら呆れた。それだけならまだしも、指揮者と曲名を間違って書いてしまっていたのにはすっかり青くなった。

 しかしこれも、昨夜もしブルックナーを聴いていなかったなら今回も見落としていたかもしれないのだ。このこともちょっと不思議だった。昨夜どうしてもブルックナーが聴きたかったのも或いはこういうことだったかもしれない。マーラーと書くべきところをブルックナーと書いていた。確かに書いたのはわたしだ。寝ぼけていたのだろう。とにかく直すことができて良かった。

 立川さんの指示で、人様の作品の校正も預かった。脱字などは見ることができる。しかし内容に関しては、見解の相違ということもある。うっかり手を入れられない難しさがある。わたし段階の次は本人への送付だから、自分で判断されるだろう。この原稿の訂正箇所は少なかった。

 何れ本作りには細心の注意が要る。これまでのように「後で直せばいいや」ではなく、書く段階で一行一行をできるだけ確実に決めて行くことが、校正を最も短時間で済ませる方法のようだ。

   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 19~23日にオリオン座流星群が活発化する予測のようだが、見えなかった。今回は20日の国立天文台の速報画像で見たつもりに。

 オリオン座流星群はともかく、今夕の三日月があまりに煌々としていたので思わずカメラを持ち出したのだが、4枚ともに金属が溶け出したような輝きだけがのこり、肝心の月の形は捉えられなかった。久しぶりに見たすばらしい月の輝きだった。

 

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すっかり安心していなさい

「主があなたがたのために戦われる。
あなたがたは黙っていなければならない。」

            出エジプト14:14

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これは蔦田二雄師が昭和39年元旦に掲げた聖書の言葉だ。
いまの自分にそのまま当て嵌めてよいかどうかは分らない。
ただ、この言葉は、こう語っているように思う。

たとえおまえが
知恵に於いて
力に於いて
弱いものであっても、

おまえが弱いものであればあるほど、
おまえに代って
神であるわたしが
おまえのために戦う。
ただし
神であるわたしにたいする
おまえの愛と信頼が確かであるなら。

おまえがこれまで
どんな失敗をしたとしても
そんなことはすこしも問題ではない
それをおまえが確かに悔い
そして
神であるわたしにたいする
おまえの愛と信頼が確かであるなら

わたしは
最前線に乗りいだし
おまえに代って
完膚無きまでにこの戦いを戦おう

だから心を静かにして
すっかり安心していなさい

  ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ 

ニコラウス・アーノンクール&ウィーン・コンツェントゥスムジスクアルバム「ヘンデル:メサイア」を聴きながら

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タイムリー

 沿岸に住む友人から秋刀魚の直送便を頂いた。大してお役に立つ事はしていない。申し訳なさですっかり恐縮してしまった。そこで何か感謝の気持をお送りしなければと、毎日気になりつつ一週間近くも過ぎてしまった。最寄りのデパートに行き、あれかこれかと見て回るうちに、ある菓子が目に入った。これならいいかもしれないと、ささやかな物ではあるけれども発送を依頼。そうしたところ、今日その方から18日の消印が押された「三陸鉄道しおさいの旅」の絵はがきが届いた。そしてこのように文面が認められていた。

 「今朝……宅急便が届きました。……私事でございますが本日誕生日だったので『福あつめ』というお菓子に感動いたしました。福をあつめて歩みだそうそう思って居ります。……」

 私は届いた日が、その方の誕生日だと知っていたわけではない。また菓子の名に福という字が入っていたから選んだのでもなかった。だからこそこの一文が嬉しかった。わたしのした事は大したことではないが、天がこの方のためにこういった機会を用いてさらに祝福を加えて下さったと思われてならない。

 天が祝したもうお誕生日おめでとう!!presentbirthdaybook

 

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球根の不思議

 この辺りではいちばん見事な金木犀のあるお宅の前を通ったとき、いつしかオレンジ色の花は失せて緑一色に。残念な思いがした。もう10月も半ば。ほんとうに秋の到来だ。
 去年までは、花が尽きてしまうと秋に待ったをかけるかに花を買い求め植えていたが、今年は素直にその寂しい季節を受け入れた。といっても例年のように寂しいとは感じていない自分がある。
 昨日は半日以上かけて百合の植え替えをした。3箇所に分散させて球根を埋め込んだ。そのために移動させた花もある。
 球根は不思議だ。次の春が来るまで土の中でじっとしている。土をかぶせた球根が土の中で輝いているような気がする。幾片もの厚い額のような一枚一枚が中心からきっちりと重なる一つの球根の中には、すでに艶やかな白い花びら、おしべの臙脂色の花粉、めしべの黄色い先っぽや、形、数、香りまでが内蔵されている。時がくると段階を踏んでしだいに百合という形を成してゆく。これこそが決して解き明かされぬ壮大な種と仕掛けの手品だ。
 人の手によって植えられ育てられているかに見えるが、育て咲かせて下さる存在の不思議さを思う。
 ここまで書いてみると、金木犀の香りが無くなったことや、庭の花がほとんど終わったことは、すこしも寂しいことではなくなってしまった。
 土にはたくさんの種が落ちている。みんな生きている。上は立ち枯れても土の中では、根や球根が息をしている。そちこちの土の下は命でいっぱいだ。根の間、深い土の中には虫や動物たちも生きている。木の中の穴やトンネルにも生きている。見えないだけなのだ。これらの命の中には、先々環境の影響を受けるものがあるとしても、すでに花としての完全な姿が存在している。

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池津望奈美さんー演劇企画集団London Panda所属ー

 またまた上京したときの話ですが、そうたびたびはないのでお付き合いください。
11日の朝、教会に行ってみたいと、久我山に降りたちました。そこまではスムーズだったのですが。さて駅近くだという教会は……。この「駅近く」をわたしはどうも安易に考える傾向があり、かなり道が入り組みそう簡単には分らないと言われると、予めパソコンから地図を取り出すのですが、駅近くと言われると、それならすぐ分るだろうと即行動してしまう。

 時間のロスを防ぐためにも、地元在住と見える方に教会は二つあると聞いたが、こういう教会はどこですか? と尋ねた。指さしてくださった方向を進んだが見あたらなかった。そこでまた若く背の高いステキな女性が向こうから歩いてきたのを呼び止めて訊いた。一旦はさあ分りません、とのことだった。
 
 この辺で右折したほうがいいかなと思っていると、さっきの女性がまた駆け付けてくださって、「もしかすればあそこかもしれません。わたし今そっちに行きますから、一緒に行きましょう」と嬉しくも少しの間肩を並べて散歩となった。枝がこんもりとした紡錘形に美しく剪定された金木犀には、黄色い花が塗されたように咲いており、一面をよい香りで満たしている。駅方向に向かっていた。
「きょう演劇がありますけど」
「出られるんですか?」
「ええ」
「きょうはちょっと行けないですね」
「19時30分からもあります」
「芸名とかあるんですか?」
「池津望奈美」
一字一字聞きながら手帳に書き記す。書きながら最後の2文字が、最近私が書いた小説の中に登場するヴァイオリンの才能のある女性の名と同じである事にすこしわくわくした。「奈美」、それは愉快な一致だった。
「もし来れなくてもいいですから、これどうぞ」
【Rondon Panda  Vol.5  君の顔をうまく思い出せない】
チケット3枚下さった。
「劇団のホームページはありますか?」
「ええ」
「あとでコメントしますから」

 間もなく川に出て、橋を渡ると十字架のある建物があった。もう一つの教会もあるはずだが、今日はここに導かれたなとわたしは思った。その教会ではこの日特別に講師をお迎えしており、それが櫻井國郎先生だった。わたしは心の中で「僕聞くエホバ語りたまえ」と呟きながらメッセンジャーの登壇を待った。

 投宿先に戻ってから甥たちにチケットを見せて彼女の所属する劇団「London Panda」を宣伝したのだった。

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雑感

 ここのところニュースもまともに見ていなかったが、花巻東が県民栄誉賞を受賞したニュースが流れていた。菊池雄星くん(敬称を何とするべきかに迷うが)はプロ入りするだろうが、プロ野球までは見ないつもりだった。イチローが2000安打をマークしたときも見なかった。プロ野球まで見ていると、(たぶん見ないのは勿体ないことなのだろうが)次つぎに見てしまい時間を失ってしまうからだ。だが、この県出身の、しかも高校野球での活躍が焼き付いている菊池くんとなれば、応援せずにいられるかどうか。baseball eye baseball baseball

 9日、姉が取った東京の宿に兄弟姉妹(実、義理取り合わせて)とともにチェックイン。私の室の窓にすっきりと教会の十字架が見えたのには驚いた。これはそうと知って室を取ったのではなく、偶然だったろう。それがとても嬉しかった。しばし眺めてから5時40分にテレビをスイッチオンしたところ、NHK G が「夕どきネットワーク」という番組だった。何と、岩手県軽米町の雑穀料理の紹介だった。特にアマランサスに焦点が。白米に比べカルシウムが約32倍、食物繊維が約15倍、鉄分が約12倍、マグネシウム約12倍(下線部分はあとでネットで調べました)などと説明されていました。アマランサスがアレルギーによいとは聞いていましたがこれほど優れた雑穀であることを初めて知りました。アマランサスは貧血、骨を丈夫にする、アトピー性皮膚炎にもいいらしい。日本一の雑穀の生産量を誇る岩手県を再認識。この偶然にもまたまた何か不思議な思いがしたのだった。bellpc

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乗客

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10月9日10時41分発新幹線

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旅の道連れは台風去った青空に層を成す

       

棚には荷物。中身は…主婦ならば、学生ならば、営業マンならば…年齢別、性別、さまざまな職種を思いめぐらすが、この大きさでは中身にそう大差はなさそう。

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 この列車にいまこのときに乗客は何人か。同じ箱で移動はするがみな他人。同じ箱で移動し、いつかどこかの駅で離れ、またいつかどこかですれ違うか、隣り合わせになるかもしれない他人同士。これらの人々の配置を、もしかすれば神が楽しんでいるかもしれない。
 どこかの駅で列車に吸い込まれ、どこかの駅で列車に吐き出される夥しい人、人、人……。この一人一人を把握し、つぶさに知り尽くしている存在の目がある。

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完璧にはできない

 日曜日に、21時24分に駅に降り、さて、家の近くで停まるバスに乗ろうと停留所で時刻表を見ると、もうバスが無かった。急遽タクシーに。40分自宅着。一息つく。
 文芸誌用の原稿を送らねばと、車中でも気になっていた。上京前に出すつもりだったが、出発際にやらねばならぬことが増え、送信する暇も無し。
 とにかく今日中にと思い、ざっと見て、まあまあかなと、午前1時20分ごろ(翌日になってしまったのだが)に送信した。ところが送信後にまた一通り見ると、3箇所、やはりまずいところがある。校正のプロが見れば、恐らくはもっとあるだろう。一つは、直したが為に同じ意味の言葉が重複してしまった。一つは説明を入れないと言葉が唐突過ぎる。一つは「た」よりも「る」とした方が良い。この三つ。
 もしまた見直せば更に出て来るだろう。
 内容はともかく、校正を完璧にするのはとても難しい。
 完璧にはとてもできない。
 不完全でいいのだろう。自分が完全ではないので、人様を悪し様には言えないとの自覚も持てる。努力してたどり着いたなら失点があっても、それで良しとすることに。

   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 それにしても東京駅のテナントの飲食店、販売店の活況は・・・テナント料はいくらか、年商いくらなのか。これまで上京することがあっても、当たり前の光景としてきたのだが。

 東北の一都市の飲食店とはいえ、私の居住区の飲食店が閉店でシャッターを下ろしたときはほんとうに寂しかった。ご夫婦の活気ある仕事が見られなくなっただけで、この辺の空気が沈滞した。

 居住区隣の36年間営業し続けたスーパーも先月20日で閉店となった。このスーパーでは、姑、舅が毎日のように買い物をしていたのだ。私もお世話になっている。閉店には、大型スーパーが近くにできたという事情もあった。

 市内のガソリンスタンドも、あそこにもあったはずと行ってみると閉鎖となっていたりする。

 東京駅の活況に、テナント料はいくらぐらいかと検索してみたが…ズバリとはだせず、また夜分でもありその根気も失せている。

 手近に出てきた1例は
 新宿JR山手線徒歩3分。坪30万。1979ビル。
自分が今回歩いた久我山、台場、池袋と覗いてはみたが、千代田区丸の内一丁目を知るのはなかなか。「良い物件は出回る前に決まっています」だそうだ。もともと「単純ブログ}であってみれば、こんな程度で。

 中央と地方のこの落差。何を今更と言われそうだが・・・
なぜ? どうして? 

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上の橋ー擬宝珠400年三橋めぐり・その2ー

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 高欄にある擬宝珠はかつて南部氏十二代政行が在京中に加茂川の橋の擬宝珠を写す許しを得て領国三戸城に取り付けていたものである。1609年南部氏27代利直が城下町盛岡の整備で上の橋を架橋したときこの場所に移された。現在の橋は1935年架設。長さ54.0㍍、幅員12.04㍍。

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中津川の底には鮭の魚影が。中津川は北上川に注ぐが、北上川は盛岡から200キロ先の石巻港に注いでいる。河口からここまではるばる遡上してきた鮭だ。

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中津川散策ー擬宝珠400年三橋めぐり・その1ー

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 岩手銀行中の橋支店(旧盛岡銀行本店)です。1911(明治44)年建築。東京駅を手掛けた辰野金吾氏設計。国の重要文化財。
 東京駅丸の内駅舎の保存・復元計画が2010年度末の完成を目処に進行しているが、何と、この東京駅の設計図が無かったという。そこで建築業者は、この岩手銀行中ノ橋支店を調査し、これに基づいて工事を行ったらしい。

         

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 中津川の河川敷にはこんな遊歩道が。コンクリートには間伐材で作ったチップが練り込まれている。足に優しい小道だ。

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 川の中州とも見える花崗岩。河川敷整備のとき、撤去しようとしたが、石があまりに巨大で困難と判断され、川の中にそのまま残された。この辺りの花崗岩も盛岡城跡公園の石垣として使われたという。

 以上は、3日(土)午前、盛岡観光コンベンション協会による中津川三つの橋の説明会での一部です。

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 土手の向こうには中津川を見ながら食事・喫茶が楽しめる「喫茶深草」。店舗がすっぽりと蔦に覆われている。
 二つのグループに分かれて散策。写真、新聞、書籍資料など携帯しての解説であった。

 今回は、いつの間にかこの協会のガイドとして活躍していたGさんからの電話でのお誘いだった。えっ、なんで?毎日のように見ている所ばかりなのに……待てよ、新しい発見があるかも、と参加してみたところ、知っているようで知らない我が街だと分りました。盛岡中津川三つの橋周辺がリフレッシュされ、記憶が更新されました。

 このあと橋の説明が続くのです。

※説明はもっと内容のあるものでした。ここでは簡略して書いています。

    ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 きょう午後水曜デッサン会を見に喫茶ママへ。T子さんがいるといいな、と扉を開けるとカウンターに。実はママとは、昨日夕方某スーパーでお会いしご挨拶したのだった。そのときはいらっしゃらなかったがすこしして帰ってこられた。今日はきょうのご挨拶をして絵を見、コーヒーを頂く。

 小さな作品群。ずっと男性的なタッチで描き続けてきた友だちの人物は、今回、そんな特徴を残しつつ、色合いがとてもきれいで、乙女のような感じを受けた。モデルは若い女性だ。線にはどこまでもリアルさがある。

 絵も描きたいとは思いつつ、こんどは先頃の原稿の校正が待っている。推敲もして良いとの許可を頂いている。有り難かった。

 

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十五夜

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          十五夜

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真ん中に星が見えます。二本の木の間にあります。

ドビュッシーの「月の光」か、ベートーヴェンの「月光」か、シューマンの「月の夜」かと検索しているうちに、何だかそんな自分が可笑しくなった。一瞬、月をボールに見たてて、平安貴族よろしく蹴鞠をしてみる。しているうちに、畏れ多いと気付き、荘厳なままに鞠を夜空にお返し申し上げた。この月には安っぽい叙情詩、恋愛詩などははなはだ失礼と思われる。天体の不思議と敬虔な思いをもってしばし眺めた月、そして星であった。

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雑感

 夕方買い物に出るまで一日家にこもっていた。誰に強制されたわけでもなく、明日までに書いてしまわなければならない原稿があったからだ。文芸誌に載せていただく為なのだが。謂わば趣味のため。これは、時間ができたからすぐに浮かぶというものでもない。あと2枚書くと100枚(400字詰め)だ。

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 朝食後燃えるゴミを出したついでに、ハーブを増やしている一角だけを草取りする。こぼれ種が確実に増えるようにするため。

 3食だけは抜かすことができない。洗濯は洗濯機任せ。干す手間だけでよい。一番の手抜きは掃除だ。それでも買い物に出る直前には掃除機をかけた。

 昼食の麺をゆでる湯が沸くまで、台所前の草取り。草だけはよく育つ。草を取らないでいると花が絶えてしまう。それで草を除去している。ほんとうは草も個性があって良いのだが。

 ここ10年草取りを続けた結果、雑草の植生が大きく変ってしまった。庭のどこにも無かったねじり花が、どこから種が飛んできたものか、今年夏頃に一本だけ咲いていたのにはびっくりした。鳥の糞とか、風が運んだとか。ただこの近くでねじり花を見かけたことはない。鳥がねじり花の種を食べるかどうかも分らない。調べようもない。

 10年前に生えていた草の名をメモしまたいま生えている草をメモすれば、交替がどのように為されているか分るのだろうが、そこまでのマメさがない。

 夕方は久しぶりに素晴らしい夕焼けだった。新品ではないが、そう古くもないカメラ、息子が使うように置いていったカメラで写した。きょうのブログに載せたかったが、PCに入れてみて気づいたことは、MB数がこのブログの許容量をこえていた。残念。

   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 今日は友だちの息子さんが岩手県芸術祭彫刻部門で芸術祭賞。ご主人が奨励賞という良い事があった。そう、今朝朝刊に出ていた黒沼令さん、黒沼加津巳さんのお二人だ。友だちは、彫刻のためにテラスを作るなどして協力している。(木彫のときなど)削り屑の後始末なども大変らしい。

 新潟国体、花巻東高はきのう中京大中京に4-6で勝利。雪辱を果たした。久しぶりに菊池雄星くんの153キロを見た。あの春、夏の顔が卒業し去って行くかと思うと寂しい。岩手では100年に一度のチームとして記憶されることになるのではないか。雄星くんばかりではなく、頑張った一人一人にこの先幸運がついて回ることを祈りたい。

 どこぞの首相がオバマ夫人に失礼な発言をしたとか。本音で怒ってしまった。つい最近まで、わたしは外人とは付き合いたくないと思っていた。コンサートなどでは、それなりの敬意をはらいもするが。有色人種にたいする差別意識がどれほど根深いかが分っているからだ。ただゲオルグ神父にはお会いしたかったけれど。

 最近になって心境が少し変り、尺度も変った。どうしても白人と付き合わねばならない役回りがあるなら付き合うだろう。こういった心構えはできたものの、恐らく、神様はわたしにそういった役を振ってはこないだろう。それはともかく、ベルルスコーニという人、ほんと不愉快!

 10月は水曜デッサン会が楽しみだ。この会もみな画風という域に達している方々だ。そういえば、金木犀を絵に描きたいと思っているうちに、もう散り始めていた。草取りをした一角に、小さな小さな花が形を留めたまま地面にたくさん落ちていた。透明水彩、カラー鉛筆と準備したのだが、これまでに描いたのは一枚きり。道具が泣いていた。

 冒頭にアップしたのは、何のことはない、9月上旬の空の写真ですが、この空を眺めながら、きょうの一日を見送るとします。 

 

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顔・姿

去年の春に撮った九輪草です。
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 10月には姪の結婚式がある。これまでほとんど礼服で済ませてきたが、和服、それも所有してから30年間一度も袖を通さなかった和服があるのを常々気にしていたが、いまでも着られるかどうか呉服店経営の友だちがいるので見ていただいた。
 帯はちょっと若すぎるでしょう、ということでした。赤系の花柄が目立つ。もう無理であることには納得する。勿論新しいものを購入するつもりはない。

 慶弔あるたびに思うのは、男性であればスーツ一着で済んでしまうところ、女性の場合にはそうはいかない。そうはいかないところを、これまでそれに近く済ませてきている。
 洋品売り場を歩くことが億劫だ。どうしても必要が生じてからばかり買いにいくので、買ったあと後悔することが多い。センスが磨かれることもない。この年齢までこの有り様で来たので、この先もこれと大差なくいくだろう。センスのある女性をみると、ステキだなと思う。こうあるべきだと思う。1日2日は、そうあろうと努力する。しかしすぐに努力を怠ってしまう。

 同じ姉妹でもおしゃれ感覚はまったく別個だ。姉は高価なものを身につけはしないが、おしゃれというよりも、服装はきちんとすべきという意識を持ち合わせている。私に会う度に溜息をついている。いまだに鏡の前で顔を直されたりすることもある。

 鏡をじっくり見ることもないが、この連休にスカイプにカメラが付いた。発信先は限定で姉と息子の2件のみ。まるで私が姉のリビングに居て話している気分だ。映るテーブルの上に置いてあるお茶を私が取り上げて飲むふりをすると笑っていた。
 姉の顔ばかりでなく、私の顔も画面の左隅に小さく入る。姉の方には画面いっぱいに出ているだろう。じっくりと自分の顔を見る事もなかった。自分の顔をあまりに粗末に扱ってきたように思う。と気づいてもたぶんこのまま変らないだろう。せめてまともな顔になりたい。顔はいつも見ているものに似てくるという。

        主とその、御力を尋ね求めよ。
         絶えず御顔を慕い求めよ。
             詩篇105:4

 

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賢治忌

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今日は賢治さんが亡くなった日。1933年9月21日没。
モリーオでパソ上の賢治さんのお墓に。

詩を書こうか、童話の感想を書こうか等々考えるうちに、1933(昭和8)年って?ということに。

<この年に亡くなった方は>
小林多喜二(作家) 29歳  2月20日
吉野作造       55歳  3月18日
宮澤賢治       37歳  9月21日
新渡戸稲造      71歳  10月16日

<話題の本>   
春琴抄    谷崎潤一郎
女の一生  山本有三
国定忠治
にんじん

<京大滝川事件>
鳩山一郎文相が京都帝国大学教授滝川辰夫(赤化教授とされ)の辞職を総長小西重直に要求した。これに対して法学部では全教授の辞表をもって文部省に抗議。京大の学生は勿論、全国の大学生もこれを支援したが、文部省はこれを巧みに切り崩し、5月26日、滝川教授を休職処分にした。

以上【世界の出来事100年史】からですが、凄いことがあった年でした。筆頭は国際連盟脱退となっていましたが…
話題の本の中に賢治さんのはありません。認められるには時間のかかることも。勿論私の文藝は、これには入っていません。このように言うもお恥ずかしいのですが念のために。
滝川事件は…中途割愛で…最終的に教官の全3分の2が京大法学部を去ったという。学問の自由を守るべく進退かけた気骨のある教授陣がいた事に何かすっきりとした気分に。
小林多喜二がいま新しい。賢治さんもいまも活き活き。
賢治さんと新渡戸が亡くなった年が同年だったなんて! 気付きもしませんでした。

賢治さんがきょう私に教えてくれたことは、詩や童話のことではなく、このような事柄でした。

賢治さんのために、「主よみもとに近づかん」を賛美します。タイタニック号が沈み行くとき、あの楽士たちが最後まで…。妹のとしさんとも歌いましたね。今年の5月にタイタニックの最後の生き残りだったディーンさんが享年97歳で死去。彼女の父親は、事故に素早く対応し、自らの命と引き替えに母と4歳のディーンさんと2歳だった兄
救命艇に乗せたのでした。海に沈んだ1517人の一人でした。

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主こそ我が旗

 総務省の調べで今年の1月末現在で、ブロガーは2695万人という。ブログの市場規模は08年度で160億円と。市場全体の85㌫を占めるとか。

 このブログが篤志家に励まされ成り立っていることは、前にも言いました。一方事の初めがスポンサーのお陰で成り立っていることが、勝手ながら、いまはちょっと複雑な気分でもあります。

 さて、きょうの鳩山内閣の発足を、果たしてどれだけのブロガーが書いているのでしょう。

 何れ、このような小規模であっても、ここに書けば宣伝広告にもなるわけで、これは存外責任のあることだと初めて思いました。気軽にブログを楽しむことも悪いことではない。そのためにもブログはある。行動せずとも、多様なサロンも出来上がっている。重く考えすぎる事もないとも思うが、考えざるを得ない側面にも気づきます。           

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 そこできょうは、私にとって確かであることを。

 圧倒的な支持にある民主といえど、まことの意味で特定の政党の旗は我が旗に非ず。我が旗は主。主こそ我が旗。

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どれもみな大切な命

2009915_001 今朝は雨

    昼頃に晴れて  2009915_008

2009915_009 ベルンケアが咲き

小菊も咲いていました  2009915_011

水たまりは幾重にも輪を描き
そばには増えたたくさんのアザミ
一度刈り取ったところから生えでたツユクサ

雲のむこうは青空
たとえ雨がふっていても
いつもそこにある

ベルンケアは三度目の花を咲かせ
次つぎに増えている

小菊のうしろは
クリンソウ
いつのまにか
ここにも生え出たクリンソウ
そして
小さなクリスマスローズの鉢

秋とはいえ
それぞれに命が宿っている
花をつけていようと
花をつけていまいと
どれもがみな大切な命

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きょうのことば

「神は私たちを世界の基を置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。」
            エペソ人への手紙1:4
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   選んでもらうには、文学賞取らなくちゃ駄目かな。もっと優秀じゃなくちゃ駄目かな。ところが、今日の教会でのお話しでは、どうもそんなことは関係ないらしい。天の選抜は、もう本人が生まれるまえ、この世ができるまえから決まっているらしい。驚き!!

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津軽三味線

 行けませんでした。2009年いしがきミュージックフェスィバル。いまこの街でどんな人たちがどんな音楽を楽しんでいるのか、一通り見ておきたかったのですが、何しろ私的な懸案事項が終わっておらず、あきらめました。津軽三味線も聴きたかったのです。当地の若手としては藤原翼さんが活躍。去年肴町で聴くことができました。良い演奏でした。今年5月の全国大会は厳しかったようですが、頑張っておられるでしょう。

 津軽三味線の良さに気づかせてくれたのは、高橋竹山だった。誰にも立ち入ることを許さないとさえ聞こえるあの渺茫とした世界は、竹山独特のものと私には思われる。3歳で半失明、視覚障害のあった戸田重次郎から三味線を習っている。17歳ごろから東北、北海道を回っていたらしい。成田雲竹の伴奏をし、共に津軽民謡を発掘製作した。

 1963年キングレコードからLP『源流・高橋竹山の世界~津軽三味線』を出している。1986年のアメリカ公演のとき、ニューヨーク・タイムズは「まるで魂の探知機ででもあるかのように、聴衆の心の共鳴音を手繰り寄せてしまう。名匠と呼ばずして何であろう」と絶賛している。

 ピアニストの梯剛之さんや辻井伸行さんにはない凄み。これは津軽三味線という特質によるばかりでなく、また視覚障害であるばかりではなく竹山が辿った一通りではない苦い生活の体験からも生み出されているのではないか。どんな苦い体験も、創作に於いては必ず生かされる貴重な糧となりうる。竹山の響きに聞こえるこの凄みにどこまでも共感する自分がある。
 

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山頂に

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山頂に立てば眼下の雲海に煌めき注ぐ満天の星

                         ぶんな

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石の実

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 ノブドウかな?それにしては葉っぱにぎざぎざがないし、切り込みのカーブもノブドウとは違っている。もしかすればこういった葉のノブドウがあるのかもしれない。実がだいぶ落ちてしまっている。虫や鳥に食べられたのかもしれない。

 目に入ったとき思わず、ラピスラズリ(瑠璃)? クリソコラ(珪孔雀石)? 

植物というよりもまるで宝石です。原石を切断し研磨、加工しなくとも、すでに完全な美しさを持ち合わせている。そして葉陰に、いつもそうあったかに、あたりまえのように実を結んでいる。

    ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦

  深き海高き空よりこぼれたる青き石食む嘴は痛し  

                           ぶんな

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今日は何の日?ーマザーテレサの命日ー

        

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         マザー・テレサの言葉

              私は、
           社会に望まれず、
             愛されず、
   顧みられていないと感じているすべての人々、
  社会の負担となってみんなから避けられている人々、
         おなかをすかせている人々、
              障害者、
               盲人、
            ホームレスなど、
        こういう人々の名において
       ノーベル平和賞を受けることを
          ありがたく思っています。

      今日9月5日はマザー・テレサの命日です。
            
  

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外山にあそぶ

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 太田カルテットのメンバーが使った楽譜、楽器を所有しているYさんから、もう春先に、「外山に美味しい枝豆をゆずってくれるところがあるから行きましょう」とお誘いを受けていた。先週電話で、「4日はどうですか?」ということで今日、Yさんご夫妻に主人とわたしがご一緒した。
 以前、あらえびすのサイン入りの著書を下さったのは、このYさんである。
出しなに、主人がCDの棚からYさんのためにブラームスの交響曲第一番を持参。車の中で聴くためだ。
 天気はくもり。Yさん宅へは坂道を登らなければならないが、もう時間には坂の下まで降りて待っていてくださった。

 Yさんの近況に耳を傾けてから、CDをかける。Yさんが、「この曲はブラームスがベートーヴェンの影響を強く受けた作品で、ベートーヴェンの曲と思わせる」と。また「交響曲を油絵とするなら、カルテットは墨絵のようだ」とも仰った。そうすると私がこの頃聴いているリコーダーや教会の姉妹たちが最近取り組んでいるオカリナは、差し詰め透明水彩だろう。 

 外山は車道の高原の至るところにすすきが風に吹かれ、もうすっかり秋の気配。
とある農家の庭先に車を乗り入れた。

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軒先には冬に備えてストーブのための薪が積まれてあった。

 枝豆は大きくて甘いという。その他白菜、大根、ニンジン、夕顔を買い入れる。南瓜はサービスとして頂戴した。

 天峰山を見せたいとYさん。山頂では、岩手山、姫神山と対峙する。
石川啄木のふるさとである玉山区を一大パノラマと眺望できる。天気のよい日にはハングライダーやパラグライダーを豪快に楽しむ光景も見られる。
 頂上に差し掛かると、折しもガスが下界から盛んに登ってきて、景観はみな覆われてしまった。

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 「申し訳ないです。天気が悪くて」と奥様。
しかし私の考えでは、たとえ嵐であろうが雪であろうが、その状況ならではの見るべきものがある。腕が悪いかカメラの性能が追いつかないかで、記録された写真はこの程度だが、下から濃霧が力強く這い上がってくるさまはなかなかに見ごたえがあり、さまざまな連想を呼び起こすに十分な不思議に満ちている。
 帰りにはイヌワシが大きく弧を描いて悠然と飛ぶさまに出逢った。幸運だった。

 ご夫妻を自宅の門の前までお送り申し上げ、ご健康を祈りつつお別れをした。

 Yさんは、毎週火曜日に少人数ではあるが、最寄りの公民館で合奏を楽しんでいる。たしか13年目になると聞いた。大正、昭和の岩手のヴァイオリニスト赤沢長五郎の弟子である。

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ひつじ雲を一匙

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ひつじ雲を一匙とりてコーヒーに流しこみたし秋桜の窓

                        ぶんな

    ♠  ♠  ♠  ♠  ♠  ♠

 きょうは一日自宅にいて家事のあいまに文芸誌の原稿書き。今回は出せないと思っていたのです。締め切りは八月末、それが取りかかったのが先月18日。祈りながら書きました。小説です。書かない日もありました。きょうでちょうど35枚となりました。予定は30枚でしたが、もうすこし書かなければ形にはなりません。いまは書かせていただいているという感じがしています。推敲もしなければなりません。

 写真も底をつき、きのうなどはあまり出たがらないサルビアを強引にアップしてしまいました。栗のイガの方は出番が来て喜んでいたようです。

 団栗や秋明菊、秋桜、蜻蛉などなど、人様の前に自信を持って出られるように存在感のあるように撮ってあげたいのですが・・・できれば彫刻も撮りたいのです。

 

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ごうごうと

    ごうごうと民主の旗が翻る  ぶんな

この島、昨夜のうちに続々と旗が入れ代わった。壮観だった。民主の下、これから先、どこがどう変っていくのか、どこが何も変らないのか、これからの見ものはそれ。

このさ中、台風11号が発生、9時には三宅島。毎時15キロで北に向かっている。

   ♠  ♠  ♠  ♠  ♠

 いま23時。風雨が強くなってきている。昨日とはもう明らかに違う。寒いのだ。涼しいのではなく寒い。シャワーのような雨の音がしている。

8月はさんさ踊りがあり、教会の聖会があり、私の父の命日があり、舅の甥が亡くなり、息子の帰省があり、高校野球があり、お盆があり、姑の命日があり、衆院選挙があった。

 明日からは9月。暗記した詩篇23篇を口ずさんでやすもう。

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きょうのことば

        神は、
 ご自分の大きなあわれみのゆえに、
     イエス・キリストが
死者の中からよみがえられたことによって、
  私たちを新しく生まれさせて、
生ける望みを持つようにしてくださいました。
     ペテロの手紙第一1:3

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      【国光勝美牧師のおはなしより】

あなたがイエス・キリストを信じ、心から自分の罪を後悔して神にお詫びするなら、神はあなたの罪を赦し、赦すばかりではなく、罪をきれいさっぱりと忘れ、罪の記録を全部消去してくださる、フォーマットしてくださるのです。

   ∞  ∞  ∞  ∞  ∞

衆院選、政権交代は完了。自民歴史的惨敗。民主大躍進。
岩手県でも民主が全4選挙区で議席を獲得した。
  

    

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写真考

  ここであたたかい写真の一枚も載せたいと思いつつ浮かんだのが動物の写真。どれ写真家たちはどんな動物をどんなふうに撮っているかなとネットで岩谷光昭、原田純夫、小原玲、福田幸広、宮崎学、中山雄三各氏の写真を見たところ、とにかく必要な機材、時間、経費を駆使している。それ以上に忍耐、しぶとさ、好奇心、探求心、冒険心の持続がある。
 はなしはドンと落ちるが、自分に撮れるのはせいぜいペットか家回りの虫、鳥、それに野良猫の生態もできるかもしれない。つまりはこんな程度だ。ストロボ、広角、望遠と思ったが、自分のすることはそんな事ではないと分かってきた。自分で追うよりもプロが撮った一枚を見ている方がまともだ。
 
   「そうです。そのとおりです」

 さっき見たばかりの樹木の穴から顔を覗かせているリスや流氷に育まれるオオワシ、仲間と連れだったコヨーテたちが口を揃えてこういうのがいま聞こえた気が。

 私が撮る写真は、たまたまカメラを携帯したときに良い一場面に出くわしたならシャッターを押す、そんなあり方でいい、そう思った。そこで動物ではありませんが、こんな写真を。

     漆黒の樹木を貫きガラスに折れる朝の光です。

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雑感

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23日は雄大な姿をすっきりと見せてくれた岩手山。近頃は雲の緞帳に隠れてなかなか。
これは26日(水)の午前10:00頃。盛岡市の岩山に上り下りした所要時間は30分。撮影は5分で数枚。雲の動くまでは待ちませんでした。
 岩手山を撮るなら今日だと思う日は忙しく、今だというときにはカメラがない。せめて秋には見事な岩手山の紅葉を撮りたいものです。camera

 いま20時。選挙カーがそれぞれのお宿に帰ったらしい。やっと静かになった。
7月の完全失業率は過去最悪の5、7㌫。予測超す悪化速度、消費減退、悪循環・・・とか。
政権交代劇は大詰。
 やなせたかしのアンパンマンじゃないけれど、自分の顔をちぎってでも食べさせる、そんな気概を持った人たちに当選してほしい。sportsbread
house

 

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  ラムズイヤーは優しい葉っぱです。草取りのとき、増えすぎた分を抜いて捨てにかかるのですが、そのときですら人を憎まない。気にしないで引き抜いてください、かまいません、とさえいっている。ラムズイヤーはそんな優しすぎる葉っぱです。

 カンナは自信家です。まわりにどんなに艶やかにバラが咲きユリが品格を漂わせていても、自分が一番誇り高く美しいと思っています。あなたもきれいだけど他の花たちもとてもきれいでしょ、と言ってもびくともしません。カンナには競争という言葉がありません。自分には絶対的な美しさがあると満足しています。
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茗荷の花

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 茗荷です。夏から秋にかけて温度が高いときに稀に実をつけることがあるそうですが、まだ見たことはありません。茗荷を食べ過ぎると物忘れするという笑い話が。もはや救いようがないほど、味噌汁に、酢の物に、麺の薬味として食べてしまいました。
 昔はオコリの妙薬であったとか。文学には出てくるかなとネットを見ましたら、川柳、「茗荷でも馬鹿にはならぬ御家柄」がありました。

 隣との境の塀と小屋の間の狭い空間にすこしばかり生えていたのが、この10年の草取りで両側から増え広がり、いまでは5倍ほどの面積となっています。淡いクリーム色の花がきれいです。勿論花が咲く前に食べます。

 スーパーで見る限りは、茗荷にこんなにきれいな花が咲くなど想像もできないでしょう。胡瓜やトマト、南瓜の黄色い花、馬鈴薯や茄子の紫色の花、ニラや葱の白い花、白やピンクの花をつけるインゲンマメ。どの野菜の花もみな個性的で可愛かったり可憐だったりしますが、この茗荷は、土の上にちょんととんがりを出し、高い葉や茎に隠れたところで、こんなにたおやかな淡いクリーム色の儚くも見える花を咲かせるのです。そしておそらくはさほど見られることもなく萎れ、散る枯れるというよりは、べっとりとへたり込んで終わります。笑いの種ともなる茗荷ですが、その花は野菜とは思われぬ味わいがあります。

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きょうは何の日?

 唐突ですが、きょうはマザー・テレサの誕生日です。

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1910年8月26日生まれー1997年9月5日没。
1979年ノーベル平和賞。長期間による献身的な働きにより、苦しめる人々に安息をもたらしました。(Wiki)

 こういった働きの初めは、経済的な困難や様々な葛藤があるだろう。人に騙されることもある。最も手痛いのは、善をもって為した相手に誤解を生じ、或いは寧ろ憎まれる状況すらあるのだ。しかしたとえ感謝されようが、不満とされようが、憎まれようが、どんな状況にも善をなし続け、自らは貧しい人々の気持を忘れないために何ものをも受けなかった。どんな贅沢も、特別待遇も拒否しつづけ、アガペーを注ぎ続けたことに偉大さを思う。

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 きょう庭の葡萄の木に訪れたキアゲハです。

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 近くの蝶を愛づる夫人、蝶々夫人宅で新たに育っているキアゲハの幼虫です。鳥や虫の餌食とならないように、ネットをかぶせ保護しています。

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もしかすると、我が家に訪れたキアゲハは、蝶々夫人宅で先に巣立ったキアゲハの兄弟姉妹なのかも。






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おかえりなさい!!

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 花巻東高校が、きょうの午後5時まえに花巻市に帰還。もし花巻市に住んでいたなら市総合体育館の報告会にいっただろう。
 思えば、野球にまったく興味がなかったときに、甲子園で2回戦を戦った盛岡大付属高校を厨川駅に集まってきた人々とともに迎えたことがある。何時であったかを調べてみると2003年第75回選抜のとき。横浜とで0-10だった。
 その日厨川駅前だというH子さんの家を訪ねて行き、見つけかねて駅に置いた車を取りにいったところ、人が集まってきたので、何事?と考えてみたら盛岡大付が帰ると気付き、じゃ出迎えよう、と待ったのだった。
 花巻東は春は準優勝。そして夏の甲子園では4強入り。これまでに盛岡付(戦い終え帰還した姿を見たのはこの高校だけでしたが)他多くの高校があっての現在かと思う。球児たちのパワーはすごいものだ。
 花巻東、おかえりなさい!!

23日(日)岩手山が久しぶりにスッキリと姿を見せていました。岩手を象徴する雄大な写真の一枚も載せたかったのですが、忙しくて撮る暇がありませんでした。そこで花巻東のスクールカラーの花を選んでみました。

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雑感

 甲子園、きょう、中京大中京10-9日本文理で幕を閉じたようだ。わたしは見なかったが、これもまた感動の戦いだったらしい。 
 きょう岩手県営球場を通りかかった。思わずスクーターを止め見上げる。施錠され物音はしない。あの歓声が甦った。・・・甲子園のどよめきが遠くなるにつれて秋も深まりそう。もうすぐ写真集が書店を飾るだろう。spade

 カンナ3本のうちの2本目がいま教会に飾られている。土壌改良していないので、花はそれほど大きくはない。いまは花を切ることに抵抗はない。
 舅がたまにディーサービスに行くときに花を持っていく。皆に見せるためだ。自慢のためではなく、季節感や潤いを届けたいとの思いからだ。ある日のこと、やはり舅が花を持って行きたいといった。わたしは多く咲いている花の中から数種類切って持たせた。切ることを惜しんだ花があった。あとで、惜しんだことを悔やんだ。その次には、惜しんだその花を切って持たせると、舅の方が驚いてそれじゃなくて良かったと言った。けれどもスッパリと花を切ったとき、わたしはすっきりしていた。ここに咲かせていたところで、自分が悦に入って眺めるだけじゃないか、それよりは、そう思った。それで良かったと思う。
 何れ大層な花があるわけではない。執着を断つことの清々しさ、それを味わった。diamond

 米の中国寄り。日本では、この動きに応じた身の処し方、マニアルを持っているのだろうか。四川大地震と並んで敢行されたあのもの凄い北京五輪。選手の大躍進に次のアジアの覇権は中国と謳われた気分だった。日米安保の効力はいかほどか。勝手に日中安保という戯言、妄言を吐いてみる。あり得るだろうか。
 中国が天災に見舞われたとき、またウィグル暴動を見、一方で中国の新車販売台数は米を抜き世界一を見、インド海域に着々と援助という布陣を敷き軍事力を強化している。底辺をざっくり切ってのし上がる、が中国の印象だ。良い意味でも逆の意味でも虎視眈々と存在感に重量感を増し加えつつある凄い国だなと思う。
club


 

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感動をありがとう!!ーごくろうさま!花巻東ー

   感動を有難う!
       ごくろうさま花巻東!!


100年に一度の大不況の中、おそらくは岩手100年に一度の快挙。
感動のスライドショー。お陰でおばはんも随分と元気を貰いました。 
Cocolog_oekaki_2009_08_23_22_06
きょうの悔しさは、必ずや人生のパワーとなるはず。
2009の夏を永遠の夏と勝ち取った選手たちが眩しい!!



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これでいいのさ

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 きょうは姑の命日。朝6時の墓参。気温20度。人っ子ひとりいない墓地。山々が遠くに青く連なり、またその向こうに、またその向こうにと連なっている。涼しすぎる朝なのかもしれない。

 午後は食材の買い物がてら20分ばかり写真展に立ち寄ってみた。この会の活動日、活動時間を訊いてみたが、自分の都合と折り合わない。度々休むようでも足手まとい、迷惑ともなりかねない。今のところ入会は無理と半ば諦めている。
 やはり視点を変えては被写体を斬新に捉えようと模索している写真が強く印象に残った。

 それにしても報道写真というのはやはりすごい思う。マスコミを持ち上げるつもりはないが、今回の花巻東を見ても、まず逃すということがない。誰でもがデジカメ、携帯で手軽に撮っている。先日は小学生と見える子どもがゲーム機のカメラ機能で盛んに撮っていた。子どもでもスクープを掴めるかもしれない。新生物の証拠を提示できるかもしれない。とはいうもののこれほど世の中にカメラマンが溢れてはいても、よい写真は少ない。かく言う自分も傑作を撮る自信はない。・・・やはりそれなりのカメラが要るかな・・・あれだな、あれ・・・とは思うが・・・まずい?ことには、近頃は頭の冷やし方のほうに長けてしまった。・・・というわけで、これでいい。いまのカメラ、これぐらいでちょうどだ。

 明日は野球を見る時間が無いかも知れない。残念!eyesweat01残念!!eyesweat01sweat01
・・・うん? ここではたと気づいてみれば、盆であろうが正月であろうが、勤務中という人はたくさん居る。イチローが何やらかしても、ボルトが世界新を突っ走っていようと、世の中にはいつ何時でも働いていてくれてる人たちがいる。それで世の中が滞ることなく動いているのだ。それを思えば・・・うん・・・これでいい、やっぱりこれでいいんだ。
spadehappy01club

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花巻東8強入り!!-校旗掲揚、校歌斉唱ー

おめでとう!花巻東!!

   岩手県勢41年ぶり準々決勝進出!!

 午後の1時半ごろには、この界隈の路上から人影が消えた。ほんとうに歩いていないかを見ると、乳母車を押した女性が交差点をわたっていたのが一人とコンビニに入るために下車した営業マンらしき男性一人、そして切れそうなラジオの9V電池調達のために外に出た私だけだった。市の繁華街はどうだったろう。

 明豊ー常葉橘の延長12回のお陰で、電池買い出しも駆け足とならずに済んだ。

 東北地方同志の戦いとはいえ、岩手に居を構えるかぎり、応援するのは花巻東、この春の選抜からは何が何でも花巻東!!とこうなっている。

 6回裏からの快進撃はきょうも、とは限らない。T子さんからの早朝の「応援しましょう」との一筆もあっては、これはもう一回からの観戦だ!と。

 ラジオで様子をさぐり、花巻東ー東北の試合開始と同時にTVの前に。たしか14時54分(我が家の時計が狂っていなければ)の試合開始。戦いの運びは「2009甲子園」と打つだけで即座にでてくるわけで、くだくだしく書く必要はない。

 相手のエラーに生かされた場面もあったとはいえ、これも勝負運のうち。さしてハラハラドキドキもせずに応援。8回裏の得点で勝利を確信。岩手県勢としては実に41年ぶりの準々決勝進出!!この前は43年の盛岡一だったらしい。

斯くして待望の校旗掲揚。校歌斉唱。

水撒き作業の方々にも、帽子をとってきちんと感謝の挨拶をした花巻東。甲子園にまた清々しい風を吹き込んだ。

明日も応援します!!

   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 この良き日に、またまた明るいニュースが。

視覚障害支援学校の野球が開幕!!対戦の模様が伝えられていた。野球する心はみな同じ!!

17日に宮古港に水揚げされた今年度初のサンマ56㌧!!なぜか今日のTVニュースで流れていた。まさか花巻東の勝利に合わせた訳じゃ・・・

我が国最大級の胆沢ダム工事では、800人の人々が24時間交替で働いているらしい。5月に見学に行くつもりだったが逃してしまった。11月までには行ってみたい。明るいニュースに入れるか否かは見解の相違もあるかも。取りあえずはここに。

 

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稲は熟れたか秋風に

方十里の稲は熟れたか秋風に
米研ぐ音のごとく虫鳴く   ぶんな

ひからびた海星洗ひて潮かな   ぶんな

   ★  ★  ★  ★  ★

この夏は海にも行かないでしまった。放たれた窓からははや冷たい風が。

陽炎のたつ灼熱の砂。寄せくる波に飛びこむ子らの歓声。波にもまれるサーフボード。水平線に点とうごかぬ帆船。みな幻と消え、波だけが変らずにそしらぬ顔で砂浜を洗っているはず。

この涼しすぎる夕べにも

海星やウニや貝や蟹、
岩にゆらめく藻やこんぶ、
冷え冷えとした岩や砂浜が
波の永遠のリズムを疑いもなく受け入れて、
夜空を仰いでいるだろう

海の写真はこの記憶のなかにある。

五月の北山崎の岩に砕ける潮騒。

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畏るべきものの無きかに

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大きな芙蓉です。こんな蕾から毎日5つか6つの花が次つぎに咲いています。
風の通り道になっているらしく、花びらがなかなか静止してくれません。

畏るべきものの無きかに大輪の
芙蓉咲きたる炎天の道       ぶんな


花びらが幾分すぼんだかに写ってしまいました。

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芙蓉のすぐ傍にはバーベナが咲いています。

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ちっちゃな花の集合体。丈は1㍍ほどにもなります。

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

文芸誌「天気図」の原稿、なかなかエンジンが稼働せず提出を見送ろうかと思い、例の立川編集長にメールしたところ、返って来たのは強気メール。「野球の見過ぎ?」と喝を入れられた気がしたのは私の思いこみか。何れやっとポンコツのエンジンがカタカタと鳴りだした。1日3枚見当で書けば何とかなるかな。締め切りは実は今月末。エンジンが掛かるまでが長い。完結までの〝
障害〟は20日の花巻東戦。どうなる花巻東。どうなる原稿。両者の違いは・・・花巻東には岩手の悲願、東北の悲願が掛かっている。わが原稿への悲願は・・・いくら見回してもその気配すらない。これでいいのだ。

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野球ブログじゃないんだけれど-やっぱり,ー花巻東高、甲子園3回戦出場成る!!ー

 花巻東高等学校校歌note

         作詞 千田  玄
         作曲 太田代政男

      
みちのくの国原広く
     見はるかす高き城跡
     天傳う陽の出で立ちに
     鳴り響く暁の鐘


 花巻東は6回裏からだ。どういうわけか甲子園での試合時間帯は忙しい夕ぐれどき。7回裏からの観戦だった。横隼人に1-4で勝利。

    感動だった!!

 すでに言い古されたの感もあるが、この100年に一度の同時不況、まだ抜けきってはいないそのさ中、竜巻もあった。低温、日照不足、大雨、地震と、試合終了と同時に津波注意報までが出る始末だったが、とにかくこんなときに頑張る姿を見せてくれたことに大きな意義を覚える。

 この春まで野球を見たことがなかった。友人に、「野球の楽しさを知らないなんて、すでに人生の楽しみの3分の1損してるね」と言われていたのが、この年で何分の1かを一挙に取り戻した気分だ。

 校歌の作詞者、作曲者にとっても感無量だろう。9回表で高さ30㍍ばかりか、もっと高い位置からかもしれないが、カメラが一望に捉えたマウンド゙の美しさ。このマウンドに再びこの校歌が流れることを願う。

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終戦記念日


 終戦記念日。身近には、父が樺太帰り。叔父はシベリア帰りだ。いまだに戦争体験談を語り継いでいる三田照子さんは満州。梅村功二先生も満州。これらの人々から戦争の話しを聞く前は、「また反戦映画?もう食傷ぎみ」「またその話?もう聞いたからいい」、正直なところこう反応していた。十代の頃はよく戦争映画を観た。戦争映画は緊迫感のある多様なドラマ満載だった。しかし戦争はそんなものではないと知った。

 父はもともと寡黙であり、叔父は、母には「もし聞いたらお前たち、気が狂う」と話していたらしい。

三田照子さんの夫善右衛門さんは、敗戦後に残留の同胞を救うために、妻子を先に帰国させ現地に留まった人だ。真っ先に逃げ帰った関東軍もあれば、帰れるチャンスを目の前に多くの人々の惨状を見かね身の危険を覚悟で留まったこんな人もいたのだ。私などが語るよりも、図書館に「光陰赤土に流れて」という著書がある。照子さん自身も「再見」を著している。

 梅村功二先生は敗戦で捕虜となったとき、白昼敵の前を悠々と脱出することに成功した人だ。

 戦争は万人の人生をドラマティクにする。普通じゃない、平凡じゃない、平穏じゃない、それは大方地獄というべきものだ。人が作り出した地獄だ。

 終戦記念日の特番もあったかもしれないが、きょうはたまたま手近にあった文藝春秋9月特別号で「そのとき私は戦場にいた」を読んだ。

森光子さん: 訪問先(慰問先の戦地など)でお願いされる歌は、勇ましい『愛国行進曲』や『日の丸行進曲』ではありませんでした。むしろ高峰三枝子さんの・・・感傷的な歌詞の『湖畔の宿』に人気がありました。聴いてくださる皆さんの表情は笑顔を通り越して、泣きそうな顔だった・・・。

元「
大和」乗組員坪井平次さん: 敵の攻撃が収まり、死傷者の収容に手を貸すため甲板に出ると、いたるところ鮮血に染まり、手すりには二つに折れた兵隊の胴体がぶら下がり、腕があちこちに散らばっていました。私たちは四散した肉片を素手で拾い集め、大きなたらいに入れていくのです。血で汚れた手のまま、戦闘食のにぎり飯にかぶりついたのを覚えています。

やなせたかしさん: 唯一どこの国でも変らぬ正義は、「ひもじい人を助ける」ということ。

大塚初重さん: 寿山丸は舳先の方から沈んで・・・ロープが揺れながらズタズタになって垂れ下がってきたので・・・つかまった・・・懸命に上りはじめたら、私の胴体から足につかまる人がいて、ズルズルとまた下の方にずり下がっていく。何人も何人もつかまってくる。だからとにかく、生きたい、死にたくない、助かりたいという一心で、つかまってくる人を体をもがいて、蹴落としたんです。彼らは燃えている船底に落ちていった。

※簡略に過ぎ、筆者には失礼かもしれませんが、この特集から私が初めて知った惨状などを抜粋しました。

   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 ここのところすっかり夜行性になっている。昼間は落ち着いた時間が取りにくい。何とか自然なスタイルに戻したいと思いつつ、毎日午前0時のアラームを聴くことに。きょうはすこし早い目にブログを開けている。

 きょうは親戚筋に不祝儀があった。私は早朝、実家の墓参りのあとは終日自宅に。32度。庭で寒暖計を持ち歩いた結果、いちばん涼しいところは葡萄棚の下と判ったが、蜂が来ていた。その下と辺りの草取りをしたところ、いつの間にかサンショウがそちこちに芽を吹いている。大きなサンショウの木があるのに何故キアゲハが見あたらないのか。おそらく幼虫のうちに鳥や虫に食べられてしまっているからだろう。1㌢ばかりの黒い幼虫を見たことがあるが、緑色に脱皮した幼虫を見たことがない。
近所にキアゲハの飼育を16匹、20匹としている方がいる。私は蝶々夫人と呼んでいる。餌がたりなくなるといらっしゃる。ここのサンショウは専ら蝶々夫人宅の〝こどもたち〟の食事に供されている。家の玄関で飼っている。「無菌です」と標本を一羽いただいた。


 

 

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花巻東高校初戦突破!!

 掃除が苦手な主婦はいつも土壇場で忙しい。明日からは来客もありそう。来るかもしれない、もしかすれば来ないかもしれない、そんな4日間のために人並みに近いぐらいの掃き拭きに専念。

 4時からの甲子園。仕事の合間にのぞくうちに6回の表。やはりTVの前に座ってしまった。6回裏からの猛攻。そしてついに8-5で
花巻東高校、甲子園初戦突破!!

 花巻東が岩手県大会の頂点に立ったところで、もうブログに書くのは止そう、こんなことは分ではないと思っていた。ところが、ピンチに立たされてからの何という粘り、頑張り、この強さ!冷害が危惧される岩手。いったん座り込むと勝ってくれ、何とか勝ってくれ!この岩手に明るい話題を勝ち取ってくれ!と岩手の代表でもないどころか、それこそ何者でもないおばはんがそう応援していた。そして見せてくれた大勝利。心配事のないではないこの心中にも喜びをどんと投げ込んでくれた。もう理屈抜きに嬉しかった。傍目もはばからず拍手喝采。

今になって長崎事情はどうだったかな・・・長崎日大の選手等の涙。しゃがみ甲子園の土をすくう球児の前のカメラの激写。

花巻東高校、明日は郷土紙のトップを飾るのか・・・政権交代劇が先か・・・

22時半、雨が降っている。災害などがないようにと願う。他人事ではない。

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ペシャワール会 伊藤和也さんを悼む

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2004年4月22日アフガニスタンにて(「アフガニスタンの大地とともに」より/ペシャワール会編/石風社刊)

 伊藤和也さんの写真展。展示室に入り、大写しの伊藤さんの写真にお会いし、進むにつれ胸を揺さぶられ、落涙を防ごうと顔を堅くして回った。
 ペシャワール会の現地ワーカーとして2003年から5年間アフガニスタンに緑を取り戻すために貢献し、31歳で凶弾に倒れる。

 中村哲医師の弔辞が掲げられてあった。2008年9月9日付。
伊藤さんを悼む文面とともに、中村医師自身がキリスト教者であることを初めて知った。イスラム教の人々がイスラム教徒として存在して何が悪いかとし、伊藤さんの死後も単独で現地に入り水路を完成させている。自ら異教の地に入り、飢餓に直面している500万の人々に水と食べ物と医療を提供せんと命を賭けている。

 伊藤さんの農業ワーカーとしての働きを活字でしか知らなかったが、今回写真を観せていただくことにより、それがどれほどに人々を生かし人々に希望を与える内容であったかが分かった。

 簡略となるが


 2004年10月農業プロジェクトへ移動。試験農場のダラエヌールに移り、井戸の掘削作業に参加。底の見えない井戸をロープ伝いに降りてゆく伊藤さんの地上を見上げる顔。
 2004年1月30日用水路工事現場で日本人ワーカーとともに、中村医師の隣で腕組みをして立つ伊藤さん。
 2005年3月4日用水路5、4㎞地点までの通水を現地のショベルカー運転手とともに喜びあう姿。
 ダラヌエール診療所でスレイロン山脈を望み観た伊藤さん。
 2005年3月10日茶作り指導にあたる伊藤さん。3年後には茶摘みとなり、試飲で何度もトイレ通いを。
 2005年日本米の田植え。2007年9月10日収穫は日本を上回った。
 サツマイモの冬季保存に成功。2005年2月26日春の苗床作り。
 ブディアライ試験農場で菜種畑を。2005年3月20日。
 2005年3月10日ブディアライ試験農場で蕎麦打ち。
 除虫菊の栽培。(マラリアを媒介する蚊の駆除。農薬として有効)
 

子どもたちが大きなサツマイモを喜ぶすがた、ブディアライ村の完成した灌漑用井戸水でさっそく水浴びするこどもたち、その他たくさんの子どもたちの笑顔、すがたを伊藤さんは写真に撮りました。

        人がその友のためにいのちを捨てるという、
       これよりも大きな愛はだれも持っていません。
               聖書ヨハネ15:13

※本分は著書からの抜粋ではなく、写真展を観、心打たれたものを筆記しました。

伊藤和也さんの写真展は岩手県公会堂で8月14日(金)まで

    ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 けさ5時7分駿河湾を震源とする震度6弱の地震が。6時半頃に知り、静岡、東京方面に家族、兄姉、友人知人がいるため、大変心配しましたが無事でした。毎日新聞から「87人重軽傷」(13時54分配信)とヤフーに出ていました。お見舞い申し上げます。

 

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黒き樹海に

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  頂きに夜空仰げば流れ星

     いそぎて落ちぬ黒き樹海に

                  ぶんな

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賢治さんのお墓参り

     

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身照寺(日蓮宗)本堂の裏手にある宮沢賢治の墓。

 5日,聖会に参加するために花巻入り。花巻市には7年間暮らしたことがあり、土地勘があるので、昼休みのちょっとした時間に直行。お参りした。小さなお墓だ。

 盛岡市大慈寺にある岩手出身の平民宰相原敬の墓も、形はこれと異なり平凡だがこんな小さな墓だ。原は、たしか17歳でキリスト教の洗礼を受けている。原には戒名が無い。

 賢治をお参りしたのはもう十数年も前のこと。そのとき詩がうまくなるように祈るなどとんでもないことだ、と墓前に立ったのを思い出す。もっぱら彼の地での浄福を祈った。

 

 

 
 

 

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詩篇23篇

主は私の羊飼い。
私は、乏しいことがありません。
主は私を緑の牧場に伏させ、
いこいの水のほとりに伴われます。
主は私の魂を生き返らせ、
御名のために、私を義の道に導かれます。
たとえ死の陰の谷を歩くことがあっても、
私はわざわいを恐れません。
あなたが私とともにおられますから。
あなたのむちとあなたの杖、
それが私の慰めです。
私の敵のまえで、あなたは私のために食事をととのえ、
私の頭に油を注いでくださいます。
私の杯は、あふれています。
まことに、私のいのちの日の限り、
いつくしみと恵みとが、私を追ってくるでしょう。
私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。
            詩篇23編

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雑感

 きょうはさんさ踊りの3日目。午後の買い物の道すがら、きょう踊るらしい浴衣姿のお嬢さんや子どもたちとすれ違った。

 それにしてもよい写真を撮るのはなかなか難しい。思えばこちらの創意し意図した写真よりも、その人の個性、特徴などを謙虚な思いをもって引き出した写真、そんな一枚のほうが値があるかもしれない。

 買い物の帰り、4匹の犬を散歩させている人とすれ違った。動物も撮りたい。動物園でとも思ったが、狭いところに飼われている姿はどこか痛々しい。友だちの猫はどうしているかな。またあのガラス戸から四季折々の庭を眺めているだろう。ふつう猫は身勝手なのだが、友だちの猫は敏感に周りを察している。後ろを向けていても後ろにも目がある、そう思わせる猫だ。

 土曜日、子猫が迷い込んできた。痩せこけている。怒っていた。訴えていた。狂ったかのように。腹を空かせている。なぜか終戦直後の満州、チチハル方面からハルピンに流れ込んできた日本人の略奪し尽くされた姿が浮かんだ。そういえば終戦記念日が近づいている。いまは平和なのか。どうだろう。国内に見た目の戦いはないが・・・。東証はやっと今年最高値の1万円台となった。けれど景気が回復したという実感にはほど遠い。株価の推移にじりじりとするあいだに、半年で1万7千人もの人が、生きることよりも死ぬことの方を選んだ。こうしている間にも誰かが自殺している、そういう国だ。
 居着くなら居着いても構わない。そう思いながらトレイに夕食の残りをかき集めて入れ、軒下に置いた。逃げ込んだ車の下からなかなか出てこない。人の姿が消えたと見るや出てきて食べた。さんさ踊りを見に行くために出ると、空のトレイの前に座った猫がわたしを見た。穏やかな感謝の目だった。
 猫がたまに迷い込んでくるが、この猫の場合は、何か餓鬼のような凄みを覚えた。自分が何者かに問われている、そう感じさせられた。これが土曜日のこと。また来るだろうと思っていた。ところが翌日も、きょうになっても姿を現わさない。

 7月23日の日ロ友好ふれあいコンサートでラリサ・シャリナとエレナ・グルシェンコがロッシーニの「二匹の猫の滑稽な二重唱」をコケテッシュに歌い楽しませてくれたが、あの猫にもこんなふうに、こじゃれて生きる権利があるはず。

 まして人にはもっとその権利があるはず。
きょう何気なく見たTVで、ロシアの遊牧民の暮らしを見たが、金ですべての生活必需品を買う生活ではなく、暖房の為には木を伐りだし、肉を得る為に狩りをしそれを分け合って食べる。引っ越しは車ではなくトナカイ。
 もう資本主義に潰された自分たちに、こんな逞しさは残されていない。しかし金を得ようと思っても働き口がないという現実。ふと遊牧民の暮らしへの回帰を想ってみた。景気が回復したとして、以前と同じような資本主義の体系が維持されるとは思わない。最も資本主義がこういう結果をもたらしたのだが。もう何でも金で買おうとせずに自力で作り出す手だてを考えるべきときかもしれない。
 思えば、嵩む借金さえなければ、いま酪農、農業といった生産の手だてを持った人たちはそれだけで強味があると言えるかもしれない。

 いま自分に作れる自信があるものといえば、トマト、きゅうり、紫蘇、葡萄。それに形が多少流行遅れとなるが、簡単な服ぐらいは作れる。木も時間をかければ伐れる。練習すれば薪割りもできるだろう。友だちの中には女性でありながら、一人で材料を集め小屋を造ってしまったすごい人も。

 たしかに景気がよくならなければ困る構造だ。しかし景気の刺激をしてみたところで、その恩恵をうけるのはもはや我々ではない、というよりもその初めから我々であるはずがなかったのだ、そう思う。
 

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この空の色は・・・

               

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 けさは外の椅子でコーヒーをのみました。葡萄の実は硬く酸っぱく、すぐりは透明でまん丸な草色の小石。山際の雲はずるりと寝ころび、中空は青くとりすます。

 この空の色はセルリアンブルーでもなくオーシャンブルーでもなくスカイブルーでもない。どれもとても近いけれど、どれもほんのすこし違っている。ほんとうの空の色はパレットには無い。

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

きょうで7月も逝く。0時には顔をだすはずの8月。8月が出番を待ちきれずに、さっきから足踏みをしている。


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雨ぁふるども

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 夕方5時ごろの窓辺。ペチュニアの向こうは雨。いま(20時5分)急に強くなり、びちゃびちゃと地面をうちたたく音が。そして21時のいま小降りと。

 ラジオのニュース。この雨で北海道では麦の収穫ができないでいる。放置すると芽が出て出荷できなくなるらしい。農作物の病害も懸念されている。農薬を散布しようにも、泥濘で機械が入れないのだ。岩手でも低温、日照不足で警戒体制となっている。豪雨、竜巻と梅雨前線の容赦ない悪戯だ。一刻も早く立ち去って欲しい。

 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

雨の詩

     雨ぁふるども

雨ぁざんざどふって  風ぁ暴れでらども

おめだじゃ泣ぐな

ついだばりの愛んげ花っこ  びじゃびじゃど濡れでも

やっとなったばりの実っこ  びだびだど叩がれでも

おめだじゃ泣ぐな

やっとごさ張った根っこで  ぎっちりど土つかんで

堅ぐ組んだ手芝さ   蔓きづぐ絡ませで

ぜって倒れるな

童だったどぎ、ハ

そごらの堰さ入って   びょんびょんず蛙捕ったり

起ごしたばりの土さ  びろびろど動ぐ蚯蚓(みみず)捕った倅ゃ、ハ

街さ行ってしまった

今みてでなぐずっと広がった田さ

耕運機かげだった父さんも  遠ぐさ稼ぎさ出で居ねども

おればりぁ残ってらがらな

朝がら晩まで

背中さでっけ空しょって

草も取ってやる  水も肥料も入れでやる

腰いでったって  頭病めるったって

何じょなごどあったたて

畑ぁおれゃ護らねばね

あどべっこ待でば

こっただぼろ綿みでな雲ぁ裂げで  陽っこぁ出でくるべ

天気ずものぁ  いっつも同じでねがらな

陽っこさえ出れば

びっしりどくっついだ滴さ  光ぁまっすぐに落ぢで

そっちもこっちも、ハ

びがーびがど光るべな

誰も居ねたって  誰も見ねたって

ひび割れだとまとだの

しょぼくれだ胡瓜の花だの

くたびれだよんた菜っ葉だたって

もう、ハ

活ぎ-活ぎど光るべな

                  ぶんな作 (岩手県芸術祭賞)

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きょうのことば

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「わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。」ヨハネ15:4

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 こんどインマヌエル盛岡キリスト教会に新しいオルガンが設置される。イエスさまのオルガンだ。この地上にこの教会がたちつづける限り、神への讃美があふれるだろう。


  我らの罪とが

      (曲はチャールズ・コンヴァーズ作曲「星の世界」です)
われらのつみとが せおいたもう主に
いのりうることぞ いかにさちなる
やすきをうしない 日々かなしむは
なにごともきみに つげざるためぞ

こころみのときも たよりなき日も
気をおとさずして 主にもちきたれ
われらのよわきを 知れるきみこそ
われらとうれいを わかつともなれ

おもにをせおいて つかれしものよ
われらのかくれが 主にもちきたれ
ながともはみすて あなどるときも
主はみてにいだき なぐさめたまわん
         (
インマヌエル賛美歌140番)

教団について知りたい方は、Wikipediaで「イムマヌエル綜合伝道団」と検索してください。

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雑感

  もう21時過ぎてしまった。そとは雨が降っている。窓を閉め切っていたが、すこしでも空気の流れがあればと10センチばかり戸をすべらせた。

 ここのところ忙しく、「北の文学」の合評会事務局に欠席と出したところが、参加予定のもりおか童話の会の方からお電話をいただき、まだ文芸誌をよく読んでいなかった(最初の1作品のみ読了)が、急遽参加することに。
 14時から17時まで岩手日報社4階会議室にて、しんがりに。
 第58号での受賞者は出なかったが、過去の受賞者、入選者の方々がメモを取りながら熱心に学ぶ姿勢には触発された。文学賞を取りたい時はもはや過ぎたが、こういった学びの中に身をおくことは無駄ではない、そんな3時間であった。17時半帰宅。

 しかし言葉について考えるとき、言葉を不用意に用いた場合など、或いは注意深く用いてさえも誰かを傷つけたり悲しませたり不快感を与えることも。誤解を受けたり、そのことによって中傷されることさえある。逆に何気ない一言で勇気や優しさ励まし、元気や理想や気概を貰うこともある。
 音楽や絵画は言葉のない言葉だ。政治色、思想が見え聞こえしても言葉の繋がりよりは露骨ではない。気楽というわけにはいかないだろうし、また才能を異にすることでもあるが、いま音楽・絵画が遠くの芝生と見えてもいる。
 

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おめでとう!!花巻東高校!!

おめでとう!花巻東高校!!

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花巻東は7回裏で勝利を決めた。2-1。
2年ぶり5回目。春夏連続甲子園出場!!
花巻東の佐々木洋監督談「・・・無力さを痛感させられた、選手に助けられた」

7回の表、もしかすると・・・という思いが過ぎった。しかし大丈夫、花巻東は春の大会でも、もう駄目だという局面で最後まで希望を与えてくれた。大丈夫、ぜったい大丈夫。そしてそれはほんとうになった。
 盛岡一の菊池投手、七回でエラーをだしたものの、終始実に立派だった!!

 ほんとうに嬉しい!!

 この勝利を境に、おばはんは、ここでしっかりと頭を冷やすことにします。
甲子園に期待しつつ。  15時14分


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当ブログは花巻東高校を応援します!!

 これ以上野球のことばかり書くと、見てくださっている篤志家の方々には呆れられると知りつつも、やはりきょうも高校野球岩手県大会のこと

 準々決勝が終わったとき、わたしはなぜか決勝は花巻東高校と盛岡一高の戦いになると直感した。呆れたことに21日のブログに「決勝は 花巻東 対 盛岡一」と書き込んでしまったのだ。「盛岡一はがんばるだろう、とことんがんばるだろう。花巻東は持てるものを遺憾なく発揮してほしい」というようなことを書いてしまった。ところがそのあと私のブログを自分のPCで開いて読んだ主人が「あしたは決勝じゃない」と注意してくれた。何れ真っ青に。慌てて記事を削除しお詫びしたのでした。

 きょう9時ごろにでかけ、帰宅してみると、花巻東と盛岡中央の戦いが4回表。3-1。私は「もう勝ったな」と思った。しかし盛岡中央はこの裏で一点奪った。花巻東が慢心を突かれた瞬間だったろう。7、8回で花巻東に10点奪われた中、8回裏で盛岡中央が奪った1点には大きな価値がある。結果14-3。
 盛岡一対盛岡大附は、あれこれ別なことをしながら合間合間に見ていたが、とにかく点がはいらない。先に1点取ったほうが勝つ。誰しもそう思っていただろう。延長戦になるかと思いきや7回裏で盛岡一が得点 。結果1-0。

 実に、
決勝は 花巻東 対 盛岡一 となった。これまでの圧勝は花巻東の大きな自信となっているはずだ。

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 ここまで野球に興味を持つようになったのは、やはり春の選抜で花巻東が全国で準優勝してからだ。それまで野球の「や」の字にも興味はなかった。このおばはんですら覚醒された。まして花巻東の春の勝利が岩手の高校野球ファンの数をぐんと引きあげ、野球熱を高めたのは確かだろう。

 この花巻東高に是非とも勝ち抜いて欲しい。私は花巻東高に応援する!!

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お詫び

 30分ほどまえに書いた野球関連記事に誤りがあり削除しました。お詫びいたします。

               6月21日 21時50分

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きょうはほんとうに良い天気

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 けさやっとまともな青空が広がった。岩手山はすっきり見えているかな。近くの神社の階段をのぼってみると、半分雲に覆われていた。
 きのうインマヌエル盛岡キリスト教会では教会学校の夏のキャンプだった。夜には岩山動物公園が予定されていた。ホタルや動物の観察だ。駐車場、園内ともに無料公開。行きたかったが自宅にいることに。
 8月上旬の3日間に夏の聖会がある。申し込み期限が19日だった。うっかり忘れていたので、取りあえず20時ごろ電話で申し込むことに。この天候で動物園は取りやめになったろう、そう思った。ところが電話口に出たのはひろ子牧師ではなく、留守番の方だった。21時にひろ子牧師から電話が入った。
「行ったんですね?」
「行ってきました。もう星は出ているし、ホタルも」
 けっこう人が来ていたらしい。残念!!行きたかった!
 でも嬉しかった。子どもたちの喜ぶ様子が浮かんだ。ホタルや星も。
 きょうの今頃、教会学校の子どもたちは花巻市にある宮沢賢治記念館をあるいているはず。数々の鉱物、プラネタリウム、セロ、あの直筆の面白い文字。花壇。絵・・・・
 きょうはほんとうに良い天気だ。

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 去年の夏の聖会は網張だった。言いたいことは、マイマイガ。入浴のため廊下を進んでいくと遠くのガラスに模様が見えた。近づくにつれて夥しいマイマイガが照明に飛来しガラスに貼り付いているのだった。翌朝早く、同室の3人と連れだって散歩しようと正面出入り口に。遠目にはシャッターが下りているのかと思った。ところが全面余すところなくマイマイガが、とにかくびっしりと隙間無く貼り付いている。自動ドアの前に立つと、重そうに扉が開いた。がさがさと量感を呈して落ちてゆくマイマイガ。すごかった。動かないもの、羽をばたつかせているもの。踏まないように避けながらやっと爽やかな空間に移動したのだった。壮観だった。たぶんもう見ることもないだろう。となれば、もっとじっくり見ておけば良かったとも思う。


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花巻東高校 対 大野高校

 朝食後草取りをしていたが、「あっ、9時から花巻東と大野だ。ま、きょうも勝つでしょ」と鎌を置いてラジオに聴き入る。3回表1-1。ところが大野に押されている。何と言うことだ! だいじょうぶ、と思ってもあっさり覆ってしまうこともあるのが高校野球。だがこの回は何とか押さえ込んだ。
 3回裏。花巻東攻撃。1番柏葉2ベースヒット。すばらしい走塁だという。ラジオのほうが、それがいよいよ颯爽と想像せられる。ドラマチックだ。3番バッター川村。デッドボールが出た。1アウト、ランナー2、3塁。盗塁成功。4番猿川。フォァボール。1アウト満塁。5番横倉。タイムリー2ベースヒット。1アウト満塁。6番千葉。打球風にのったか、追い風。2点加点。7番佐々木。2ベースヒット。8番いとう。2アウト1、2塁。ここで気持はすっかり大野に移り、もう放送が耳に入ってこなくなった。
 この回終わって5-1。
 もうここでラジオ観戦をやめた。花巻東に応援していたはずだが、3回裏で花巻東が優勢になるたびに大野健児らの必死な気持がいたいほど伝わってくる。くだされてゆく大野を聴くに堪えない。私の中では10時に5分前で試合終了!
 勝ち抜くということはすばらしいことだが、負けを強いることでもある。大野に限らず75 校みな必死なのだ。涙も後の力となるだろうが、観戦はここで終わることにする。

 ただ花巻東には何とか勝ち抜き、全国の舞台でイーハトーヴの風を吹かせて欲しい。


※以下は17時50分の書き足しです。

このあと大野は試合終了までに1点をもぎ取り、花巻東は大野から4点貰ったが、これが大野から花巻東への祝儀となった。

結果9-2。大野は花巻東に準々決勝に進むチャンスを与えた!!

 
 

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雑感

 高校野球岩手県大会、花巻東高校は11対3で岩谷堂に勝利。観戦のひまはなかったが、どこまでいけるかが楽しみ。

                     

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 大信田時子さんが、このブログにのせた「ベルンケア」や「アガバンサス」をかなり詳しく調べてくださったが、少々疲れが・・・あしたすこしあたってみようかと思ったり、そこまで学問的に突き詰めるまでもないかと思ったり。時間のあるときに、といいつつきょうは何をしたかといえば、

 午後はついついまた例の「七番」を聴いてしまった。それにモーツァルトの交響曲29番。これが2回。モーツァルトのピアノ協奏曲23番はハードディスクに入っていないので、明日CDの棚を探してみよう。
                     2009616_040

 久しぶりに、あの慶長の擬宝珠のある上の橋そばの古書店に。郷土資料関係はやはり高い高い高い。目的の本は見つからず、結局予定外の「死海文書」を買って帰宅。さあて読み終えるのはいつの事やら。

 きょうこそはやくやすもうと思ったところが、もう23時半。

これだけでは画面が何か物足りないので数枚上に下に写真を足します。

         

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いつか八幡町や大通の裏通りの特集写真やらゴミをテーマにした写真特集をやりたいなどと思うのだが、実現するかどうか。裏通りは勿論昼どきに。 

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雑感ー日々感動ー

 午前は台所。薬罐、大鍋の磨き。雨降り。晴れ間を見ながら草取り。
 午後には晴れてくれた。草取りを続行。ユリのあいだに生えたシソを生かしておいたところ、いつの間にか大きく育ったシソの陰で、ことし初めてユリが咲いていた。写真に撮っておこうと思ったヒガンバナ科のアガバンサスが、いま撮らないと過ぎてしまいそう。

 ここのところ雨が降ると晴れ間を狙って草取りをしている。

 16時ごろだったろうか、軒下の椅子でコーヒーを飲んだが、雲がどんどん東に流れていた。風が強く樹木が大きく揺れ、刈り込んだ紅葉の葉が千切れんばかりに煽られている。樹木のことごとくが動いている。ふつう樹木は静止していると思っていたが、それは誤りで、静止していると見えるときでも、何らかの微かな動き、生命の営みがあるはずだ。つまり生きているものには動きがある。たとえば樹液が動いている。光合成をしている。これらは一見わからない。大昔に習ったことが、いまやっと起きだし、知識が自然と結びついた。習ったときには何の驚きも感動もなかった。
 いそぎ流れゆく白い雲。ひらけた真っ青な空。この雲の動きに、この抜けるような空に、この揺れ動く木々に、草に花にただ一枚の葉っぱにも、「在りて在るもの」はご自分を現わされる。何とすばらしい眺めだろう。
club

 春の選抜で準優勝した花巻東高校、試合が日曜に重なっていたのだ。そんなわけで観戦できなかったが、バッチリ勝ち抜いていた。春に監督が、野球に勝ち抜いたことで人生を誤ってしまうことがあるが・・・と語っているのを思いだし、この監督のもとにあるなら初戦を見くびるはずはないと思っていた。
 それにしても、報道された写真を初めて一枚一枚気をつけて見たが、「ここだ!」というところを逃さず確実に撮っている。シャッターを押すときの緊迫感が伝わってくる。プロだから当たり前といえばそうだが、すごいと思った。連写から場面を抜き取るのかもしれない。
 きょうは雨で野球は延期。天気ひとつもどこに不利となりどこに幸運となるか・・・
 夏の試合はテレビにかじりついて観戦というわけにはいかないかも。
good

 梅村保の子孫梅村隆一さんは、いまドイツのクレフェルド・メンヒェングランドバッハ市立歌劇場管弦楽団に在籍しているが、この2009年6月6日に指揮デビューを果たした。デュッセルドルフに日本クラブという大規模な日本コミュニティがあるが、去年アマチュアのオーケストラが発足。このオケの第二定期演奏会でのデビューとなった。

 曲目
モーツァルト 序曲 皇帝ティートの慈悲
レスピーギ  リュートのための古風な舞曲とアリア第三組曲
ベートーヴェン 交響曲第一番

 以上は梅村隆一ブログ「【うめ茶屋】徒然なるままに」からです。コメント、メールはしたことがありませんが、他(外だったかな)ならぬ梅村保氏の子孫なので、遙か彼方から応援している訳です。
notes

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雑感ー人名辞典に梅村ら〝上場〟&あらえびすー

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 「岩手人名辞典」(財団法人新渡戸基金)浦田敬三、藤井茂 共著
が2009年6月に刊行された。このなかで、梅村保が初めて人名辞典に登場しました。息子の功二先生も一行記されました。また赤沢長五郎、佐々木休次郎、館沢
繁次郎も辞典には初出です。
 赤沢長五郎の参考文献は、
      「太田クワルテット物語」佐藤信夫著
 梅村保、佐々木休次郎、佐々木
繁次郎の参考文献は
      
「太田クワルテット物語」佐藤信夫著
      「光炎に響く」中ぶんな著
 となっています。
 大変うれしい事でした。6月28日にニューウィングで出版パーティーがありました。

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あらえびす著「レコードによる古典音樂」が舞い込みました。定價金一圓七十銭。「野村胡堂」のサイン入りです。古書店で150円で売られた経歴あり。昭和12年12月15日發行。著作野村長一。發行所レコード音樂社。

これもまたとてもうれしいことでした。

復刻版は持っていましたが、まさかあらえびすのサイン入りにお目にかかるとは!!この著書で、あらえびすが最後に紹介したレコードは

『聖なる哉我が主』ファヴル指揮、ベルリン獨唱者聯盟、ビクター(JA504) 「シューベルトのミサの一節ですが、非常に美しい合唱曲で、これを合唱している團體も見事です。シューベルトの宗教音樂の代表的なものとして推せるでせう。」と。

 

 

 

 

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落選随筆ーその2-

きのうの落選した随筆「琴」のつづきです。 

三浦哲郎が日本経済新聞に『地唄(黒髪)の思い出』と題して随筆を寄せたことがある。それによれば、貴美恵さんの琴教室の演奏会で三浦自身も演奏している。貴美恵さんが、正式に習いもせずに見事に弾いた弟に驚いたという。ふとん店の二階の稽古場でも、おそらく見ていただけではなく弾いていたのではないか。美男であったというから、或いは貴美恵さんの弟子たちの憧れの的であったかもしれない。
 F子の姉A子がわたしを溺愛した。私はA子おばちゃんと呼んでいた。ふとん店の一角はA子おばちゃんの洋裁教室だった。最新型の子ども服を試作しては着せてくれたものである。
 ある日突然A子おばちゃんが私を抱きしめた。その力があまりに強く苦しかったのを覚えている。わたしは大人になってから、あのとき何か悲しい出来事があったのだと気づいた。
 母の伯父はとても愉快な人だった。客がふとんを注文すると、「いつまでに作ればいい? 初七日か? 四十九日か?」などといって笑わせていた。
 庭の奧の工場では綿を打つ機械音がしていた。人影がすると大型犬のジョンがけたたましく吠え立てる。このような家や庭で、私は思いのままに遊び回っていた。
 貴美恵さんはそんな私を呼び寄せては、琴を弾かせてくれたらしい。この子には素質がありそうだから是非習わせなさいと母に勧めたという。しかしわが家の家計は火の車、習い事どころではなかったのだ。
 それから20年もの歳月が流れ、貴美恵さんが選んでくれた琴は、さまざまな成り行きから母のもとに落ち着いたのだった。私はもう社会人となっていたが、今からでも習うようにと母に勧められ稽古に通った。ところが指がなかなか思うようには動かない。それでもどうにか練習曲をこなしていたが、ついに『六段の調べ』で躓き、以来琴はふたたび床の間の置物となってしまった。
 一戸町のふとん店はもういまは無い。店舗も庭も保証人となった形に人手に渡ってしまった。
 日差しに温もる飛び石をわたしはいったい何百回、何千回跳んだことだろう。一つ一つの情景が厚い人情とともに胸中を過ぎる。このような原体験が、わたしがものを書くときに、原動力の一つになってくれている。
 琴の音を耳にしゃがみこみ、飽かずにながめた松葉牡丹の花は今もって眩しい。ーおわりー

以下には、検証というよりも、書くときには見えなかったが、落選してやっと見えたアラ、欠点をひろってみました。

★琴の数え方はやはり一面、二面とすべきだった。ただここで琴の台数をいう必要はなかった。★母から見て孫が4人いるのに3人と誤記してしまった。★母と叔父一家、叔父の家族関係をもっと簡潔に書くべきだった。★弟嫁という呼び方はいまどきどんなものだろう。弟の妻とかそんな呼び方がよかったかも。★三浦哲郎は日本経済新聞にばかりではなく、他にも同じ内容を書いているので、ここでとくに出典を記す必要はなかったかも。★Aおばちゃんが登場したところで、「琴」から焦点がぼやけてしまい、どこか分裂気質的脈絡になった。★叔父の冗談はブラックユーモアであり、話しているときの表情、口調、ニュアンスそれと聞き手の性格、表情が見えていない場合は文として書くべきではなかった。★最後の4行が、どうにか巧みに恰好をつけておさめようとの意図が見え見えで、いま自分で読んでも気分がよくない。

と細かな反省はこんなところです。ただそんなことより何より、もっともなくてはならない肝心な事がないことに気づきました。私の作品の内容は、★私が持っている琴は、芥川賞作家の三浦哲郎の姉貴美恵さんが選んでくれた琴だ、どうだすごいだろう。★私は小さい頃、けっこう甘やかされて楽しかったときがあったんだ!まあその後はなかなかに厳しい暮しでしたから、ついこういうことも言いたくなったわけですが。これも読後気分のいいものではなかった。何れも真理に照らせば実にくだらない。

といった内容。一心に取り組んだ事柄もなく、あふれる愛情もなく、しみじみとした情感もなく、そういうわけで人の心を打つはずもないわけです。ざっと気づいただけで10個の黒星でした。

 ただそう気づいてみても、今後これらの欠点を克服した作品が書けるかとなると、何処にも何の保証もないわけです。方向転換するか、再び挑戦するか、それも何ともいえません。

 作品の中でちょぴり☆なのは、貴美恵さんは「この子には素質がありそうだから」と言ったのではなく、「この子には素質がある」と言ったと母はいいました。すこし控えめに書きました。それはいまでも私の誇りです。ただそれを努力して花咲かせなかったのは、わたしの怠け癖のせいでした。

 それやこれやで落選は当然の結果でした。

「エホバ与え、エホバ取りたもう。エホバの御名は讃むべきかな」(エホバの証人とは関係ありません)。しかし今の心境はエホバ与え、エホバ与え、エホバ与え・・・・なぜそう思うのかこれがわからないのですが、神はまた自分に必要なものを一つ加えてくださったと実感しています。感謝です。

こう書き終えたとたんに、ずっと降っていた雨が急に土砂降りになりました。洪水、土砂災害となりませんように。

「ふるきは過ぎ去り、見よ新しくなりたり」聖書

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こう書けば落ちるー岩手日報随筆賞、落選原稿を検証するー

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岩手日報随筆賞の発表が今日の朝刊にありました。
最優秀賞 小野まり子さんwinetulipclover題が何と「牛飼い、再び」
       単に家畜としての扱いではなく、牛への愛情がじんわりと伝わってきました。さまざまな意味でうれしい作品でした。
 優秀賞 神田由美子さんwine
 優秀賞 佐藤明美さんwine
 優秀賞 吉田真人さんwine

さて、「じゃ、あなたは投稿したの?」には「はい」。しかし、しかし落選してしまいました。トホホ。けれども選ばれた方々の内容を読んで、納得!!そこで、自分のをどう扱うかといえば、〝模範的落選作品〟として取りあげ、「こういうふうに書くと落ちます」(他の入選しなかった方々の作品については、受賞するか否かでは決められないこともありますが)と後々の方々のために、また自分のためにも、足りなかった点を検証することに。というわけで、以下はわたしの投稿作品です。検証は明日になります。

   琴

 実家の床の間に一台の琴が立てかけられている。私が20歳のころ稽古用に使っていたものだ。結婚した後にも置き所がなく預けたままだった。
 母は孫たちがきたとき琴をケースから出して遊ばせていた。まだ幼児だった姪二人と私の二人の息子たちが実家で合流したときにも、久しぶりに琴を取り出した。私は長い弦を持ち上げて駒を立て、音を合わせた。中指、人差し指、親指に爪を差しこむ。かつて汗だくになって取り組んだ『六段の調べ』の最初の三つの音を鳴らす。長い間放っておいたのだが、高音は明るく澄み、低音も荘重に鳴ってくれた。弦の音質を確かめるためにはこの三つの音を繰り返すだけで十分だった。
 母が孫娘に、古い和服から仕立て直した赤い花柄の着物を着せた。小さな指に琴の爪を押し込んだが、指が細すぎて爪がぐるぐると回る。母ははしゃぐ4人の孫を窘めながら琴の前に正座させた。琴を習ったこともない指がかき鳴らす弦は、ガシャガシャと賑やかに鳴り響いた。弟嫁がカメラを構える。シャッターがカシャとおりた。
 そのときの一枚を身近に飾りたまに眺めている。床の間を背中にして着物を着た女の子が弦を爪弾き、白と黄色のセーターに吊りバンドをした息子たちが、右隣でそんな従妹を見ている。満面に無邪気な笑みだ。
 数年後、私は、この琴を買うときに選んでくれたのは、『忍ぶ川』で芥川賞を受賞した作家三浦哲郎の姉貴美恵さんであることを母から聞いた。もっとも購入したのは母ではない。母は幼いとき父親を亡くし、親子で一戸町にあるふと店を営む叔父の家に身を寄せていた。この家の二階を、箏曲師範である貴美恵さんが、駅からも近いということで稽古場として借りていたのである。貴美恵さんから琴を習い買うときに琴を選んでもらったのは、母の従妹であるこの家の二女F子だった。当時早稲田大学を休学中だった三浦哲郎が、一戸町の広全寺住職春覚さんと連れだってよく稽古場に来ていたという。春覚さんは三浦家が墓を八戸市から一戸町の広全寺に移転させるときに手伝ったのが縁で三浦家との付き合いがある。春覚さんは尺八を奏したようだ。   ーつづくー



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雑感&虫のなまえ

  とにかく暑い一日でした。いまやっと涼しい風が窓から吹き込んでいます。昨日の集いでのお話やらトーンチャイムやらを思いだすと、つんけんした物言いが出てこない感じがします。賛美歌はたしかに単純。けれども霊妙さがあり、説得力のある慰めに心打たれます。notes

 真夏日の午後、きのう来てくれた友だちに立ち寄り、帰りに庭を見て、秋をめざす秋明菊の葉が、わが家のそれの二倍の大きさとなり、ブルーベリーはたわわに実をならせ、大きな梅の実が地面に一つ。白いホタルブクロ、地方名では「あめふりばなこ」とも呼ばれていますが、清楚に咲いているさまに、友だちの先々が必ずや守られてゆくであろうと、ほんとうに嬉しく思ったことでした。
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 近所の家々の窓も開け放たれているのでしょう。人の笑い声がしています。帰宅したらしい車のエンジン音がいまふつりと消えました。暗闇の中に木のシルエットがくっきりと浮かんでいる向こうには街灯が明るいくびを支えられて、後ろの白いモルタルの壁をぼうっと照らしています。空には紫がかった月がくもりはじめた空に輪郭をにじませています。いま路地に語り合いながら帰りゆく靴音がしています。
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   ☆  ☆  ☆  ☆

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 またまた毛虫くんの登場です。〝
本籍地〟となる樹木までは特定できませんが、名前がわかりました。実は日曜の夜にわかりました。

 最後の手段、ネットの「幼虫図鑑」を五十音に従って検索。「ス」で始まる幼虫で出会いました。「ワ」だったら、そこまで根気がつづいたかどうか・・・何れ「ス」で出てくれてホッと。
 その名は「スギドクガ」。終齢幼虫です。威嚇するときには、腹節の間の黒い部分を迫り出すらしい。食草は、スギ、ヒノキ、ヒマラヤシータ、カイヅカイブキ、テーダマツなどの針葉樹。成虫は細長の二等辺三角形で頭部は黒っぽく羽は白っぽい蛾です。30㎜前後。

 しかしすばらしい図鑑でした。ありとあらゆる青虫毛虫のオンパレード。まだまだすばらしい毛虫がたくさんありました。巨大化させたら人気者の怪獣になりそうな毛虫も。これだけ見つけ出し撮影できたなんて驚きです。
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きょうのことば

                  

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「わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためです。」ヨハネ14:16

 6月には青かったレッドカーラントの実もいまこんなに赤くなりました。
きょうの額田ご夫妻をお迎えしての集いには、たくさんの方々がいらっしゃいました。

 某通信関係でITエンジニアであった額田さん。日本で、またタイ、イタリアでのプロジェクトの責任者として勤務された職業人としての側面からのお話は興味深いものでした。

 額田さんは毎日一時間聖書或いは副読本を読み祈っています。

 タイに於いて
納期厳守、品質管理、利益やコストの確保。言葉、文化、宗教、習慣の違い。スケジュール管理。為替変動への目配り。小切手、為替決済(機械で読み取り、コンピューターで処理できるように加工するため、電子データーに入れて行う)の難しさ。特にこの電子処理があがらなかった。うまくいかず、銀行間の取り引きには必ず中央銀行が介在するが、試験が失敗に終わり、中央銀行から「失敗」の応答が相次いだ。そこで中央銀行頭取に相談しに出かけた額田さんの耳に、上記のヨハネ14:16が響き、神がこの一件に関与してくださっていることを実感したのでした。これは額田さんの感激とともに人生に特筆すべき出来事だったようです。
このときは、それでプロジェクトが飛躍的に進んだわけではないが、神から自らのうちに、遂行するうえでの必要な大きな励ましがあったといいます。

 イタリアに於いて
工場の生産ラインを再構築するパッケージソフトの導入をめぐり、窮地に極まったとき、サブコンで入っていたインドの会社の責任者と1対1で話し合うことになり、「わたしは何をどうしたらよいか分からない」と祈りながらミーティングルームに入っていったところ、インドの責任者の方が、間髪入れず「我々がパッケージをインストールする」と。こうしてラインが動くようになったそうです。これは成り行きから驚くべきことであったようです。

このお話しの中から、わたしは、二通りの神の回答を見ました。ある場合には、神は難題に直面している人の周囲にある人物の力を活用して、見た目奇跡的に解決してくださる。またある場合には、神は、周囲の人も事態も動かさず、難題に直面した本人の心、魂に働きかけることにより、逆境に耐えうる、または模索し続けるためのエネルギーを付加してくださる。
 こんなふうに思いました。

※語彙の聞き取りに若干の聞き違いがある場合もあり得ますが、ご容赦下さい。

 

 

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虫のいどころ

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「ああ、びっくりした!」
「キッモチ悪~い」
「何?これ」

さてご覧になってどう思われたでしょうか。

 一週間ばかりまえのこと。この毛虫が教会の玄関先を這っていたのです。わたしはすばらしいものだと思いました。こんなもの凄い輩がいたのかと感心したのです。「あ~、カメラがあれば」。すると出てきたのは国光牧師。「撮っておきましょう」。牧師ってそれほどひまじゃないんです。「いいえ、いいんです」とは言ったものの、こんなすごいのはそういないぞ・・・

 そしてきょうメールを開けると・・・ジャ~ン!

 どこをどう這ってきたか、メールの受信に侵入し、ドキュメントのピクチャに移動し、ついにブログにまで這ってきちゃったようです。つまり、けっこう出たがりやさんなんですね、この方。

「おなまえは?」と訊いたところ、ウンともスンとも返事がない。そこでネットじゅうを「教えてくださんせ」と扉をたたいて回ったのです。20時からただいま22時50分までも。ところがお目にかかれた方々のなかに似た方は一匹もおられませんでした。そんなわけで、名無しのままこのブログに保護しております。

この虫の所番地は

盛岡市大館町12の26 /インマヌエル盛岡キリスト教会玄関先℡019-646-2924

とはいうものの、この毛虫はいま保護されているので、教会の敷地内にはいないはず。苦手な方もご安心ください。



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雑感

 はやくも7月・・・6月も、5月も月初めに同じことを言ったような・・・。
7月といえば高校野球。このブログで野球は筋違いのようだが。

 花巻東高校が今年度初めを勝利でかざり、厳しい経済沈滞のさ中に元気をくれたのだった。決勝当日、「よーしきょうは勝利をマスコミよりも速くブログにアップするぞ」の勢いで観戦。試合終了と同時に急いで書き込んだ。こんなに急いだのは後にも先にもこのときだけだ。
 あれから3ヶ月。花巻東はどんなメニューをこなしてきたのか。スポーツに疎い私までがTVの前に座り込んだ日だった。

 こんどは第91回の夏の戦いだ。花巻東は12日県営球場で久慈か西和賀と対戦予定。すでに戦いの予測をたてたブログもあった。花巻東ばかりではない、久慈も西和賀も楽しみだ。

 ここで75校を待つグランドの写真の一枚も載せたいところだが、また際限がなくなりそうなので静かに待つことに。
 何れスポーツに興味の無かったこのおばはんをTVに釘付けにし、また見ようという気にさせた花巻東はこれだけでもすごい!!
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 カメラをさげてあるく方々を目にするとき、果たして写真には芸術的な欲求を満足させるものがあるのかしらん、と半信半疑だった。しかし自分で撮るようになって、これもまた奧が深いことがわかった。光、角度、時間等々・・・多様な要素をこなしてはじめて納得のいく一枚となる。

 広角、望遠もあればと一時期は思ったが、ここでしっかりと頭を冷やした。このデジカメひとつで自分にはちょうどよい。

 ほんとうは人物を撮りたい。人がいない写真ほど寂しいものはない。人の喜び悲しみ苦しみ怒りを撮らないでどうする? ところがこれには肖像権やらなにやら面倒な制約がついてまわる。いちいち「よろしいでしょうか?」と訊かねばならないかと思うとつい引いてしまう。写真の専門家ならそれもすべきなのだろうが。

 動くものを撮るのがいちばん難しい。鳥などもそうだ。自分がやってみてはじめて、バッチリ撮れた一枚のすごさがわかるようになった。

 とにかく写真は面白い。切り取った景色や花々を
パソコン画面いっぱいに再現するのが楽しい。写真と写真を合成したり、不快な電線を消したり、色合いを変えるソフトもあるらしい。便利で好都合だが、それはほんとうの写真とはいえないのではないか。camera

「つけ替える仮面の奧の顔一つ」
これは私がかなりまえに詠んだ川柳だが、いまならどう詠むか、というよりどう生きたいか・・・「仮面も仮面の奧もただ一つ」或いは「仮面取り素顔のままで生きてゆく」。肩の力を抜きこんなふうにありたいこの頃である。

ところで政界ではいま様々な〝仮面〟が売れているらしい。
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雑感ー言葉にしようかなー

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  シンフォニエッタ・盛岡の2010年春のコンサート用プログラムが決定した。同団のHPで知ったのだが。
 第一部モーツァルト「交響曲第29番」、同「ピアノ協奏曲第23番」。第二部お楽しみメドレー集ほか。
 この28日には初見を終えたという。この日、新入団2名。
 どうしてシンフォニエッタ・盛岡を書くの? それは一つは、わたしが長年興味をもってちょこちょこと調べた太田カルテットのメンバーだった赤沢長五郎の弟子が楽団の中にいる、つまり太田カルテットの流れを汲んでいるからです。今一つは、とても楽しい。それと「チャレンジ!」があるということです。おまけにチケットが手に入りやすい。
 他の地元の楽団をほとんど聴いていないので、比較でいうのではないし、評論めいたことなど言える筋ではないのです。

 地元こそぜんぶ聴きたいのですが何しろ時間が・・・時間は作り出すものよ、とは友人の言葉ですが・・・。
 
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 内田光子のピアノリサイタルがあるようだ。2009年11月24、27日、サントリーホール。発売と同時に完売でしょう。大予言「内田光子も行っちゃった」。恐らく無理でしょう。まっ、コンサートばかりが芸術、人生じゃないですから。

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 盛岡市の岩山にある漆芸美術館がいったん閉館となり、まえにこのブログに紹介しているので、閉館したことを書いておかなければと無精しているうちに、また8月1日にオープンする事に。〝残念ながら閉館ーこの後どうなるー〟などと書かなくてよかった!

 頭髪がひどいので〝頭屋さん〟に行った。この時とばかりに積まれてある女性週刊誌を次つぎに。「女性自身」だったと思うが、
 漆芸美術館館長のチョン・ヨンボク(全龍福)さんが、4月に韓国に行きペ・ヨンジュンさんに会ったらしい。この日がちょうどヨンボクさんの誕生日だった。そこでヨンジュンさんは、高級ブランドスーツを一着プレゼント。8月1日のオープンに、ヨンボクさんは、この細身のスーツを着る予定だという。ヨンジュンさんプレゼントのスーツを見たい方もオープンにどうぞ。もう誰もが知っていることですが、ヨンジュンさんは漆芸美術館の名誉館長になりました。

 小姑さんが他県から帰省したとき、美術館内の岩山茶廊でコーヒーを一緒に飲んだのですが、確か6日の3時半頃でしたが、このときは瀬戸内寂聴さんが来ていたようです。茶廊の方が、「4時に帰るから待っていれば会えるかも」と教えて下さったのですが、早々に帰ってきました。寂聴さんに会ったからといって、わたしの文章が一気にうまくなるわけでもありませんしね。晩ご飯も作らなくちゃなりませんし。

 漆芸美術館の関係者でもなく、関係者の関係者でもないのですが、さんさ踊りやちゃぐちゃぐ馬こばかりではなく、この機会にも、岩手に沢山の人たちに来ていただけたらと書きました。

 「ペ・ヨンジュン」の作品も展示されるようです。

 

 

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雑感ー言葉・言葉のない言葉ー

 いま22時すぎ。雨がびちゃびちゃふっている。天気予報では3ミリ。しかしそれよりも降っていそうだ。

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これは、先週金曜日、水曜デッサン会の帰りに撮った岩手銀行中の橋支店の薔薇園。よい匂いが満ちていた。写真を撮りおえて移動しようとしたところ、通りかかった人が。「あら、やっぱり」。七宝作家の天沼さんだった。この薔薇をみようと道の向こう側から渡ってきたところだった。一秒気づかずにいてもすれ違っただろう。天の配在とはイキなものだ。

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金曜日の上空。岩手県東警察署の屋上のヘリポートが宙にせり出していたので、ヘリがじき戻ってくると思っていたところ、15時ごろ上空に音が。

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中の橋付近から与の字橋を望む。ゆたかな緑をぬう中津川。

 水曜デッサン会の事務局の大信田時子さんが、たくさんの方々に自ら案内状を届けていらっしゃるが、当方にも忘れずに一枚置いてくださる。
 毎年拝見して、この会の熱心さには学ばせられる。プロの域という方々もいらっしゃる。真摯に取り組んでこられた方の絵には画風が備わっている。私の書く文章に、果たしてこの〝画風〟に相当するものがあるかどうか自信がない。絵画も言葉のない言葉だ。私は安井曾太郎の裸婦の背中のデッサンが好きだが、今回時子さんの作品2点が裸婦の後ろ姿だった。

 言葉のない言葉、といえば楽器の演奏もそうだ。内田さんのスタインウェイは4000万円(何年に購入されたか分からないが、そのときの時価でしょう)という逸品。音をより美しく紡ぐための散財を惜しまない内田さん。この方が何と口紅一本もっていないそう。自分をより美しくという考えはないようだ。「そんな時間が惜しい」のだそう。
 弦楽器の場合は財団などからの貸与が多いのだろう。

 私がずっと「いったいいま何処にあるのだろう」と思い続けていたストラディバリウス「マダム・レカミエ」のありかが分かった。検索しているうちにたどり着いた。音楽関係者はとっくに知っているのだろうけれど。気が向いた日に書こうと思う。

 雨が小降りになったようだ。
きょうは救急車のサイレンが聞こえない。平和だと思える。自殺者5年連続3万人。自殺であってもこの数には入らないでしまう事例もあると、よく検視に立ち会った看護師さんから聞いたことがある。そういった数もふくめたならどれぐらいになるか空恐ろしい。

 職場での欝なども増えているようだ。働きたいすべての人に職があり、安心して働ける世の中であって欲しい。

 
 

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きょうのことば&ある詩

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「主は私の羊飼い。
私は、乏しいことがありません。」
            詩篇23:1

以下に、国光ひろ子牧師のお話の中で紹介された詩をお伝えします。

  ◇  ◇  ◇  ◇


   神の慮り

大きなことを成し遂げるために
力を与えてほしいと
神に求めたのに
謙虚さを学ぶようにと
弱さを授かった

より偉大なことができるようにと
健康を求めたのに
より良きことができるようにと
病弱な体を与えられた

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして
権力を求めたのに
得意にならないようにと
失敗を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられていた
言葉に表されていない祈りが叶えられていたのだ

ああ、私はあらゆる人の中で
もっとも豊かで祝福されていたのだ

          (意訳 神渡良平)

※この詩は、ニューヨーク大学病院リハビリセンターのロビーに掲げられているある患者さんの詩です。
 

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きょうのことば&バン・クライバーン国際ピアノコンクール

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「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。それは、わざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」エレミヤ29:11

  ◆  ◆  ◆  ◆

 辻井伸行さん(20)が第13回バン・クライバーン国際ピアノコンクール(米)で優勝!
もうマスコミにもデカデカ。ネットでも関連記事がゾクゾクと。辻井さんを書くのはもう後追いの後追いになりそうなので割愛。

 で、バン・クライバーン国際コンクールって?
1958年に第1回チャイコフスキー国際コンクールで優勝した米国のピアニスト、バン・クライバーンの名を冠したコンクール。62年に創設。原則4年ごとに開催される。優勝者には約200万円の賞金のほか、CDの制作やコンサートの機会が与えられる。(西日本新聞)

 佐渡裕(ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。バーンスタインのアシスタントをつとめた経歴あり)はこう言ってます。
「いままで40年間、日本人が決勝に残ったことがなかった。非常に広い意味でピアニストとしての評価をされるコンクールです」

 そしてきょう、わたしが説教をきいた国光勝美牧師は、牧師になるまえは、某レコード会社に勤めていたそう。ちょうど40年ぐらい前のことですね。その国光牧師が言ってました。「当時、クラッシックでいちばん売れていたのは、イム・ジチ合奏団のヴィヴァルディの『四季』とバン・クライバーンのレコードでしたよ」。

 

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雑感ーグアンタナモ閉鎖なるかー

 オバマ大統領は1月22日、キューバ・グアンタナモ米軍基地内のテロ容疑者収容所を1年以内に閉鎖、またテロ容疑者への拷問を禁止する大統領令に署名した(1月23日AFP)が、5月21日の演説でその方針を強調した。
 一方、上院は20日の本会議で2009会計年度の補正予算案に盛り込まれていた収容所閉鎖に伴う収容者の米本土移送関連経費約76億円を認めない法案を、賛成90、反対6の圧倒的多数で可決した。(5月22日産経新聞)

 拷問は19世紀になって完全禁止が法制度化されるまでは、法整備され司法に組み込まれてまで〝
必要悪〟として各国で黙認されてきている(Wikipedia)。

  自国の安全のための拘束、残虐行為なら許されるという理屈はないはずだ。いまの時代にも、黙認したのはブッシュばかりではないはず。報道には載らない不当な拘束、暴かれてはいない拷問はまだまだあるだろう。

 昨年9月ごろから株が急落し、ついには100年に一度の経済危機といわれるまでの破綻をみた。
某書店での立ち読みであったため、どの著書と正確にかくことが出来ないのが残念だが、こういった背景にはモラルの低下があると指摘する著書があった。経済とモラル。この相関関係を数値、グラフで表すことが可能であるかどうかはわからないが、実際に試みたら非常に興味深いとも思う。何れ頷くものを覚えた。

 予算の動きに関し、たとえ議会の多数決がどうであれ、90㌫の人々が、或いは99㌫の反対があろうとも、収容所の閉鎖、拷問の禁止を明言したオバマ氏の改革は米連邦最高裁の判決にも沿うものだ。容疑者が裁判を受ける権利を回復する。アメリカの良心を取り戻そうとの姿勢がある。これもモラル回復の一環だ。
 いまのところアメリカの安全が日本の安全に繋がることでもあるが、テロ容疑者のこの扱いが、米の安全をどの程度揺さぶることになるのか、或いは適切な手段をとり、手続きを踏むことによって、危険性が回避されるものか、予算の成り行きではこの方針が棚上げに追い込まれることもあり得るのか、そこの見極めは分からないが、何れオバマ氏の姿勢にわたしは共感する。

 主婦感覚の単純さではあるが、1月の署名のときから何か感想なりとも書きたく思っていた。pencil 

 
 
 

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雑感ー日々感動ー蕨とりー

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昨日の午後は兄弟姉妹とともに、八幡平市方面へ蕨とりに行ってきた。道も判然としない山の中に入るとなると、やはり団体で動くに限る。

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 山には雨雲が停滞していたが、スキー場でもある山の勾配は十分明るく、冬にはゲレンデとなる草地にヤマオダマキが、緑潤う樹木の足下にはタニウツギが咲いていた。林の迫る笹藪のところどころに、蕨が小っちゃなこぶしをあげている。こどもの頃にみた野焼きのあとを持ち上げる青い芽がおもいだされる。いまだ新鮮さが損なわれずに記憶の箱に収まっている。

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 俳句では
「早蕨は愛(かな)しむゆえに手折らざる  風生」
 歌では万葉集に
「石走る垂水の上の
 さ蕨の萌え出づる春になりにけるかも」
民謡の外山節には
「妾(わたしゃ)外山の日かげの蕨
 誰も折らぬでほだとなる
 ・・・・」

とあるようだ。
 「石走る・・・」にわたしは共感する。

 収穫物を牛乳2リットル分の重さ、2㌔と手に提げ、眼下の赤い屋根や道を小さく見下ろしながら坂道をくだり、駐車場で8人と合流。

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「さか道のぼうぼう草をこぎゆける膝に早蕨こぶしをふりあぐ
                             ぶんな」

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肝心の蕨の写真がありません。記憶の中の蕨がいちばん鮮やかなのですが、どうしてもカメラにうまく収まらないのです。

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きょうのことば

「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのは、どうしたことです。」
                            マルコ4:40

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雨にぬれたアガバンサス。クリックして美しさをたしかめてください。

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「マーラー」はいっちゃった

 ストラディ・バリウス・サミットコンサート2009

 質からいえば、ことし、もっとも聴きたいコンサートだった。しかし今回は、もっとも聴きたいものを聴かずにやり過ごす醍醐味を満喫。もっとも欲しいものを買わず、もっとも観たいものを観ず、もっとも聴きたいものを聴かないことにする。そうしてみることで何か得られるものがあるような気がする。若干負け惜しみ的部分もないではないが、これでいいのだ。

 ストラディバリウスのヴィオラ「マーラー」は必ず再びやってくる。わたしはそうおもう。
 
 2009年公演は、5月20~30日だったよう。東京、大阪、名古屋、北海道、福岡、宮城、岩手、長崎の8公演、ということは、岩手が30日、つまり最終日。やっぱりもうあらかた疲れきったころだ。とはいうものの、きょうの夕刊をみれば、やはりベルリンフィルメンバーと名器の取り合わせは絶妙だったよう。う~ん、残念、無念、一瞬そうおもったが、これでいい、うん、これでいい。なんでもかんでも思うがままにするでない。聴衆1200のうちの一人じゃなくたっていいじゃないか。

 ストラディバリウスのヴィオラは、世界にたった10台しかないというけれど、この命は、こんな程度でも、この地球上にたった一人しかいない。この地球上にたった一人の命があるなら、これ以上なにも望むことはあるまい。
fullgoodhappy01

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一里塚

今日2009年6月1日、この日このときばかりの朝。6時起床。6時半にパソコンを開く。

 カーテンをあけると窓の内側には、冬の間命を失ったかに見えたマダガスカルジャスミンが、11枚の葉を力強く伸ばし、油をぬったようなつややかさ。確実に伸びている。

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 窓の外には小さな2鉢の金蓮花。捨て値で売られていたものを引き取り、毎日水やりと栄養補給をしている。塀の内側の樹木を背景に、際だつ黄色と朱色の花。

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 雨雲がこの街の頭上に大気のショールのように厚くかかっていたが、しだいに雲の縁が雲母のように鈍く光りだし、青空がすこしずつ押し広げられ、いまは明るい日差しが白い鉢に陰影をつくっている。

 今月中にどうしてもやらなければならない事が一つある。削岩機やショベルが、巨大な岩を切り崩そうと壁に対峙している、そんな気分だ。もうエンジンの音はしている。やろうとやるまいと社会的になにか影響を及ぼすなどということではない。きわめてささやかな課題ではあるが、自分のなかに自分の一里塚を築くためにやらなければならない、そういうことが人にはある。

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きょうのことば

   

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「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。」
                      使徒の働き1:8

   ◆   ◆   ◆   ◆

 午後7人集まりトーンチャイムの練習をした。わたしの受け持ちは3っつの音。「いかなるめぐみぞ」が澄みきって鳴る。

 きょうで5月がおわる。5月の慌ただしさ。演奏の合間にふと見ると、時計は二時半をさしていた。世の中のさまざまが脳裡を過ぎった。さまざまなドラマが、トーンチャイムに浄められてゆく。病、失業・・・一つ一つの場面がすべてが音に洗われていく。こんなにきれいでいいのだろうか。現実と音との不可思議な調和。たしかに、もしこの霊妙なエッセンスを帯びるならば、必ず光はさすだろう。必ず。

 響きに遠くに小さく大きく揺れる家族、友人、知人のために、わたしは思わず心の中で祈った。

 

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キングサリ

 

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 キングサリの別名について、図鑑、ネットで見てみましたが、今一つはっきりしないので、某出版社に葉書で問い合わせてみました。

 「キンレンカは一般的には別名がキバナフジとなっているが、別名キンレンカはどのような根拠からでたものか」という質問に対し、

「そもそも何を一般的とするかは学者のあいだでも意見が分かれます。標準和名というものがあります。その植物を日本名でなんと呼ぶかを決めたものですが、それ以外のものを別名として呼称していますが、図鑑によっては監修者の意見が異なるために、同じ植物でも異なる和名が採用されることも希ではありません。学問的に決められるラテン語の名前(学名)にしても、学者のあいだで意見が分かれることもあります。
 結論としては、キンレンカとも、キバナフジとも、キングサリとも呼ばれていますが、『カラー名鑑日本の樹木』ではキングサリを標準和名として採用し、キンレンカを別名としました。その根拠は、本書の監修者がすでにお亡くなりになっているため確認できません。」

「植物には学者の認める和名のほか、地方名も豊かにあり、それが文化の奥行きを形作っています。部位の呼び名(特に利用にかかわるもの)も豊富で、そのあたりも深く掘っていくとおもしろいかもしれません。」

 このような回答を頂戴しました。専門外のものにも分かりやすく、さまざまに考えるうえで、参考になると思い、許可を頂き掲載しました。

 地方名も学名、標準和名ではないからと、軽んじてはならないようです。気をつけていれば、味わいのある地方名をどこかで拾うことができそうです。 

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田中信生講演会

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 きょうマリオスで田中信生講演会があった。「自分に正直に生きるんじゃありませんよ。真理に生きることです」とはこの先生が仰ったことです。何も自分の意志を殺しなさいということではなく、自分自身をよく知り、その自分と上手に、そして周りと上手に関わって生きるコツを教えている。

  宮古市にいる友人一家、花巻市にいたときに近所だった、こどもたちがお世話になった友人2人にお会いした。懐かしかった。

「ブログ見てますよ」ということばも。足りない者ながら、このような篤志家、温い方々に励まされ、修正され、育てられているのを感謝した次第でした。


 

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きょうのことば

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                    タイム
 

「わたしが道であり、
真理であり、
いのちなのです。」
 ヨハネ14:6

2009523_nannjamonnja_031 クリンソウ

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カラタチー美しきとげー

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 カラタチのひこばえです。曇り空をすこし残念に思いながら撮るうちに、青空があらわれ、光がさしてきました。

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 たくさんのしずくが光っています。

 カラタチのとげは、まっすぐで清々しく、異次元に突きぬけています。美しい鋭さです。
 5月のはじめ、小さな5弁の白い花をいっぱいにつけていました。それもきれいですが、葉が出て、ひこばえが伸びたいまどきが植物としての風格を見せてくれます。葉はアゲハチョウがよく食べます。花のあとの緑色の実はまだ見えていません。実は3、4㌢の球形となり秋には黄色になります。

  notesからたちの花

  からたちの花がさいたよ
  白い白い花が咲いたよ
  からたちのとげはいたいよ
  青い青い針のとげだよ
  からたちは畑の垣根よ
  いつもいつもとおる道だよ

  からたちもあきは実るよ
  まろいまろい金のたまだよ
  からたちのそばで泣いたよ
  みんなみんなやさしかったよ
  からたちの花が咲いたよ
  白い白い花が咲いたよ
   
(北原白秋作詞、山田耕筰作曲)


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雑感ー言葉にしようかなー

  きょう午前は舅の定期検診のため、某病院に同行した。特に異常もなく、これまでと同じ薬を数ヶ月分処方されただけで済んだ。ただ待ち時間が長い。
 時間を空費するよりはと開いた雑誌に、矢崎鎮四郎のことが出ていた。

 矢崎鎮四郎の筆名は嵯峨の屋おむろ。
明治22年発表した「初恋」が好評で美妙、紅葉に伍する注目を浴びていたらしい。意外だったのは、彼が、内村鑑三の影響を受けてキリスト教に帰依していたこと。それで文学への執着が薄らいだというのだ。これは傍目から見ればということだろうが、そのあとは時代からも取り残されたかたちで困窮状態に。40過ぎで陸軍士官学校のロシア語教官になり、暮しを立て直している。

 矢崎鎮四郎に共なるパラクレイトスは、文学上の欲望、成功、名声を価値なきものとしてしまったのだろうか。

 たとえが適切かどうかはわからないが、
 天才的な贋作者エルミア・デ・ホーリーは1000点もの贋作を描き売りさばいていた。ルノワール、モディリアーニ、ドラン、デユフィ、ヴラマンクがお得意だった。彼はユダヤ人で同性愛者。ナチスドイツの収容所経験もある。
 その彼が描いた〝優れた〟贋作はけっこう売れた。買った美術家、コレクターたちは、専門家によって見破られるまでは、悦に入り満足していただろう。しかし、一たび、そこに贋作と鑑定できるものが現れたとき、忽ち贋作は贋作の正体をあらわし、それなりの扱いとなる。

 矢崎の文学への熱意、矢崎の作品が、贋であったとは思わないが、文学を生き甲斐とし、文学に満足していたところに、矢崎の前に、より本物が出現してしまい、これまで価値を置いていたものの価値が薄れた、そういうことではなかったか。

 傍からどのように不利益でマイナスに見えても、じつは本人は真理をはっきりと掴み取っており、決して揺るがされない、そんな場合もあるだろう。

 パラクレイトス。真理の御霊。spade

 やはり深夜ということで、言い回しがくどくなっている。もっとすっきりとまとめたかったのだが・・・

   ◆   ◆      

 マダガスカルジャスミンは順調に葉を伸ばしている。待望のアガバンサスは蕾がわれて、いまにも咲きそう。朱色のピエロは4つも大きな蕾がついている。もうよくよくの悪条件が重ならない限り死なないはず。クリンソウは白い花と赤い花が並んで立派な丸い花をつけている。アヤメは数えるのが億劫なほど花芽をいっぱいに。

 なるべく木を伐らないようにしよう。苛酷な夏にすこしでも涼しい居場所を提供してくれるはず。白いルピナスはもうそちこちに点在。そろそろ薄いピンクのルピナスも点在させるといいかも。てっせんや昼顔が伸び出している。スズランの色がくすみ、おきなぐさの実がぱやぱやと夕陽に光っていた。

 窓から涼しい風が吹き込んでいる。この風から花のメッセージが次つぎに届く。どんぐりからはマイマイガの一齢幼虫の報告。塀の外回りのバラからは、アブラムシ発生のお知らせ。塀の外回りのビオラは、頭上に松の木が茂って雨があたらず喉がからかららしい。night

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パラクレイトスーこの偉大なる方ー

「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。」使徒1:8

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 聖霊はギリシャ語で「パラクレイトス」。慰め主です。「励ます」という意味もあります。聖霊は、いつも私たちを励まし、内なる力となって私たちを強くして下さるお方です。

 

 

 

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雑感ー言葉・言葉のない言葉ー

 5月16日に初の感染確認された新型インフルエンザ。罹患の方が192人に達したらしい。慢性疾患がある場合は重篤になるという。罹患された方々は、治療を受けて回復に向かっている。国をあげて阻止撲滅に取り組んでいる。有り難いことだ。

 その同じ日本で、自殺者が3万人を超えている。これは交通事故による死亡者数を上回るという。3万人台は5年連続。昨年の自殺理由のうち半数近くが健康問題。増加が著しいのが、負債4143人、生活苦1168人、失業683人。

 「自殺」と括ってはいるけれど、負債、生活苦、失業は、経済が生み出した病と思われてならない。こちらの病の阻止、撲滅については、なぜか国をあげてという感触がない。eyesweat01

 きょうもケニアのテヌエック病院に送る包帯作り。古いシーツや浴衣、ワイシャツ、さらしなどを3~5㌢幅に長く裂いて巻いていく。
 先進国の都会は、いつでもふんだんに医療の恩恵を受けている。医療に限らずありとあらゆる贅沢は先進国が独り占めのごとく享受している。
 ケニアのようなところの貧しい人々には、僅かな援助物資さえも無事に届くかどうかもわからないのだ。
 布を巻きながらも、何か悲しい。
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キングサリ

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キングサリ(金鎖)。別名キバナフジ。やはり黄色いフジというのはキングサリのことだったかな、と。花言葉は「はかない美」。強く華麗に見えますが・・・

別名キンレンカと書かれている図鑑がありますが、そういった別名がほんとうにあるのか、まだ調べている最中です。

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きょうのことば

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一人静(ひとりしずか)

 「わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。」
             ヨハネ14:2

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きょうの予定

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今日の予定、須知氏の追悼会、シンフォニエッタ・盛岡コンサートを思いめぐらせていたが、そのとき、こんな言葉が心に響いた。

 
「御霊によって歩みなさい」聖書

 案じるな、このように歩むならだいじょうぶ、心配は要らない、そんなふうに諭されていると思った。

 コンサートのチケットは、先週の土曜日に主人が手に入れてきた。何しろシンフォニエッタのメンバーの一人が、現在主人の英語の師である。また須知氏と舅とは下の橋中学校で同僚だった。

 きょうはそれやこれやで、忙しい一日となりそう。


 

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きょうのことば&雑感

「あなたがエジプトから出てきたとき、わたしがあなたがたと結んだ約束により、わたしの霊があなたがたの間で働いている。恐れるな。」ハガイ2:5

    ◆   ◆     

 今日は母の日。息子たち二人は、この日を忘れてはいなかったようだ。主人と舅は夕方気づいたらしい。
「わが恵汝に足れり」。神に感謝す。
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 もう死んだと思っていたマダガスカルジャスミン。それでもからからに乾いた上のほうを切り落として水やりをしていた。変化がなくあきらめていたが、何と、ふと今夕見たところが、根元から10㌢の間の2ヶ所にきれいな若葉が出ている。scissorsの形が7、8ミリ大に。きれいな光沢を放っている。死んではいなかった。死んでいるかに見えていたが生きていた。命が保たれていたのだ。もしかすれば生きようと苦しみもしたかもしれない。生きようと戦い勝利したのかもしれない。生き抜いてくれた。これも天からのプレゼント。プレゼントに命を貰った気分だ。spade

 今日の午後はケニヤの宣教地に送る包帯作りに参加した。シーツ、ワイシャツなどを持ち寄り、幅3~5㌢に長く裂き巻いていく。この包帯が、アフリカの人々の腕や足に、或いは頭に腹部に巻かれる様子が浮かび、オバマ氏が浮かんだ。

 実父のバラク・オバマ・シニア(1936~1982)はケニアのニャンゴマ・コゲロの出身。ルオ族だった。オバマ・シニアはムスリム(イスラム教)だ。ただオバマ氏によれば「父はムスリムだったがほとんど無宗教に近かった」といっている。奨学金を受給していた外国人留学生だった。ハワイ大学のロシア語の授業でオバマ氏の母アン・ダナム(カンザス州)と出会いオバマ氏が生まれる。オバマ氏自身はプロテスタントのキリスト教徒だ。(Wikipedia)
 この包帯がどの範囲の部族に使われるのかは分からないが、この包帯を巻く人々の中からオバマ氏に続く人物が出るかもしれない。
search

 きょうの岩手日報18面に、花巻市の三田照子さん(91歳)が9日の講演会で満州で暮し引き揚げた体験を発表。「帰国して初めて自分たちが軍国主義の協力者で、日本軍がアジアなどの人々に大きな苦しみを与えたことを知った」「二度と(戦争という)過ちを繰り返さない平和な国をつくる責任を託され、私たちは生かされている」など平和を訴えた記事があった。

 9日夜から10日朝にかけスリランカ内戦で257人死亡、800人以上が負傷したという。91歳の三田照子さんの声が耳奧に甦った。music

 

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机浜漁村番屋群ーin 田野畑村ー

 5月4日盛岡市から早坂高原経由で三陸海岸に抜け、机浜漁村番屋群を訪れました。

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水産庁指定の「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」の一つ。
名勝北山崎から3㌔南にある。24棟の木造番屋が残されている。これは昭和8年の三陸大津波のときに再築されたもの。一戸の幅は約6㍍、奥行き約3㍍。漁の拠点。昭和50年ごろまでは、多くの漁師が寝泊まりし、出漁の準備や養殖ワカメの出荷作業にあたった。海産物や漁具の保管場所として使われていた。

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いか、ほたて、やまめ、しゅうりがいの炭火焼きです。殻付のまま焼いたウニもあります。美味しそうな煙がそこいらじゅうに。

(写真をクリックしてください。大きくなります。)

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早坂トンネル

 深夜に書いたものは、翌日見ると訂正箇所が多い。たいした事もせずに一日過ごすのだが、やはりどこかが疲労、摩耗しているのだろう。書くなら午前と思いつつきょうもあと5分で22時に。

 4日は上米内のしだれ桜を見てから、盛岡から岩泉町に抜ける国道455号に乗った。岩洞湖を左にして通過。初めて早坂トンネルを通った。かつては旧道で標高900㍍の早坂峠にのぼり、一旦車を降り白樺を見ながら一息ついたものだった。
 トンネル本体のみの全長3、115㍍。幅員9、5㍍。出口がなかなか見えてこない。まだかまだかと思ううちに、プチリとやっと小さな出口が。ところがこの出口がなかなか大きくならない。時間も距離も長く感じられた。走行中は気づかなかったが、玉山区の方からトンネルに入ったのだが、岩泉町側のトンネル入り口の方が200㍍低いらしい。トンネル本体のみの着工は平成12年12月。完成は平成17年2月。このトンネルのお陰で68ヶ所の急カーブが解消されている。

 
早坂トンネルを含む新早坂道路(4、170㍍)としての工事期間は平成10~19年。完成からもう3年経っている。牛に塩など背負わせ、急勾配を喘ぎ喘ぎ登り降りした時代がまた一つ遠くなったようだ。

 ◆  ◆  ◆

 昨日は500㌔遠隔地に住む姉一家が帰り、今日は8日間帰省していた息子が帰っていった。そしてさっき姉からメールに添付した上米内の桜の写真が届き、息子が向こうの住処に着いたという連絡が入った。

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姉が携帯で撮った写真
 

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ゴールデンウィーク絶好調!

 へやに置いてある人形が、さかんに「ゴールデンウィーク絶好調!」とおしゃべりしています。

 一昨日遠隔地に住む姉一家が盛岡入り。昨日4日、わが家と車を連ねての行楽となり、楽しい一日を過ごしました。

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盛岡市上米内浄水場のヤエベニシダレ(ヒガンザクラ)

 上米内のしだれ桜は、天の落口が開くやいなや、花びらが滝となって地上に落下したものです。

日帰りコースの行楽はこのあと早坂ルートを抜けて三陸海岸へとなる。

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きょうのことば

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りんごの花

「わたしはほんのしばらくの間、
あなたを見捨てたが、
大きなあわれみをもって、あなたを集める。
怒りがあふれて、ほんのしばらく、
わたしの顔をあなたから隠したが、
永遠に変わらぬ愛をもって、
あなたをあわれむ。」
   イザヤ54:7、8

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鬱金(ウコン)桜

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 鬱金(ウコン)桜です。風が強かったため葉がぼやけてしまいました。花がこれだけきれいに写ったのが不思議なぐらいです。

 バラ科サクラ属。サクラの栽培品種。花弁に葉緑体をもつなど御衣黄(ギョイコウ)に似ているが、色は緑色が弱く淡黄色である。数百品種ある桜のうちで唯一、黄色の花を咲かせるサクラである。・・・ショウガ科の鬱金と混同されないように、「鬱金桜」あるいは「鬱金の桜」と呼ばれることがある。(Wikipedia)

   ◆  ◆  

 こうすべきかなとおもい為したことが、実は相手にとってはたいへんな迷惑であったり、こうだろうと思ったことが本人の身になると心外であることも。失言も多々。何れ自らの足らざるをおもうこのごろです。眼に見えるところどのようでも必ずやそこにはなるほどという神の理由があるのかもしれません。人がこうだと確信することのうち、果たしてどれぐらいがそうであるのかも人には分からないことが多いのでしょう。

 いつでも肝心なのは人の理由ではなく神の理由だと思われます。なぜ神がいま自分をこう取り扱うか、人の理由を探るよりも、神の理由を知ることが辿るべき軌道を探り当てることに繋がる、そんな気がします。

 あすは日曜日です。

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5月スタート

 5月1日といえばメーデー。それがもうすっぽりと意識から抜け落ちている。労働者が経営者に要求できるときだろうか。しかしメーデーの中央集会はあったらしい。岩手城跡公園に労連系、連合の延べ人数5200人集結。こんなときだからこそなのだろう。
 連合の岩手会長が「はたらけどはたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざりぢっと手を見る」という啄木の歌を読みあげたとか。

 啄木先生は自己愛のためにはけっこう散財した方なので、大変だったんだという同情心はじつは薄い。けれども短歌だけを独立させて作品と読めば、ほんとうにどの短歌もうまい。真似ようとしても真似られない。柳青める北上を見ても中津川を見ても、「やはらかに柳あほめる・・・」などとは出てこない。そこで「岸邊めにみゆ笑えとごとくに」なぞとふてくされる。「たわむれに母を背負いてそのあまり重き(軽き、が啄木先生)になきて三歩あゆまず」とへそをまげている。これが天才と凡人の違いなのだろう。

 俳句となればもう森羅万象詠み尽くされていて、類似句が出ないのがおかしいくらいだ。それでも新鮮な句を詠まれる方がたくさんいらっしゃる。すごいことだ。

 個人的には川柳がおもしろいと思う。時事でもなく文学的なものでもなく、ちょっとした機微を捉えたものが楽しい。

 連合の岩手会長が啄木を読上げたことから、話がそれてしまった。なにかまともな落ちをつけたがり、

 景気に回復の兆しがあろうとなかろうと、経営者が潤っていようといまいと、働く人々が協調し事態を確認し、改善に向けて力を傾け、心身ともに健康で働くことのできる環境を守る必要が、・・・などといいつつ、何か歯が浮くようで、腑に落ちない・・・巧い言葉では、どこも何も埋まらないのがいまの現実かと思う。こんなときただ黙ってはいられない人たちがいるのは有り難いことだ。

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豚インフルエンザ

 お隣韓国にも、豚インフルエンザに感染したと推定される患者が出た。やはりメキシコから帰国した51歳の女性だ。メキシコでは28日で死者が152人に達したようだ。(時事通信)感染確認、或いは感染の疑い例のある国は16カ国にのぼった。

 花巻市に住んでいたころ、養豚をしている農家を見つけた。豚舎を仕切り、家族単位で飼育しているのだった。子どもたちに見せたいと思い、許可を取ってから後日また訪れると、こんどは別な方が世話にあたっていた。その方は、「豚舎に細菌が入っちゃ大変ですから」といった。一旦は許可されていたので内心がっかりした。子どもたちを連れて帰ろうとしたとき、「ちょっとだけいいよ」といって、子豚をだっこさせてくれた。そして1時間ちかくも、じぶんたちがいかに理論的に研究しながら取り組んでいるか、まだ余所では徹底されていないが糞尿をいかに公害にならないように完璧に処理しているか、病気感染がどれほどに怖ろしいかを話してくれたのだった。優れた経営者だった。

 最近になって次つぎにウィルス感染による大量死、被害が報道されている。医療の恩恵を受けにくい、またウィルスに関する知識を得にくいところほどいとも容易く発病や死者の数を増し加えることになるのかと思う。WHO、或いは各国、厚生労働省と、出だしに遅れがあった米の例もあるが、全力をあげて阻止、撲滅に取り組んでいる。

 いっときもはやい快癒と感染の阻止を祈りたい。

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これがわがまち

去年ユリ科のアガバンサスを半分株分けしてくださったAさんへのお礼に、ピンク色のシンビジウムを株分けして差し上げた。それが咲いたという電話をいただき、お邪魔してみることにした。

 いつも時間倹約のために、自転車かバイク、車だが、きょうは運動不足解消のため歩くことに。すこしでも季節を享受しようと、上の橋からは、中津川沿いに散策する。山の雪解けもかなり進んだろう。流れがひたひたと岸辺を洗っている。柳の緑がまぶしい。対岸の銀杏も芽吹き始めている。散り残った桜が曇り空に染みるように咲いている。
 右折。与の字橋を渡る。ここに架かる橋は、もとは旧第一銀行が架けたところから「銀行橋」といわれていたが、洪水で流失後、紺屋町消防「よ組」がかけ直したことから、「与の字橋」と呼ばれている。

 渡りきり左折。久方ぶりに官公庁街の樹木を見上げる。これまで気づかなかったが、県合同庁舎前のユリノキ・ケヤキ群がかなり剪定され、中空に切り口をさらしている。
何れもまだ葉っぱは出ていない。これらは裁判所のモミとともに盛岡市の保存樹木だ。トチの並木などを見上げながら歩く。鈍い銀の雲のしたに凹凸を成すビルに、裸木も意外によく似合う。

見あぐればまた新たなる空のあり
これがわがまちこれがふるさと   
             ぶんな

 Aさんの店先にはたくさんの鉢植えが並んでいる。シャクナゲ、シクラメン、サボテン類、ホタルブクロ、君子蘭等々。みなAさんの温かな人柄を慕い出入りする人々から送られたものだ。たしかにシンビジウムが二本咲いている。わたしが外で見ていると、Aさんが出て来られて、「よくきたごど、待ってだった」といいながら、わたしの背中を店の中へと押してくれた。きょうは小雨がぱらつきすこし肌寒い。椅子のそばに置かれたヒーターが温かかった。

   ◆  ◆  ◆  ◆

 散った桜のはなびらが街路に延々と。
一りんひろって帰る。

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きょうのことば

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 イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」

 ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです。」

 イエスは彼に言われた。「わたしの子羊を飼いなさい。」

 ヨハネ21:15

 

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翁草

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きょうは午前中、庭の草取りでした。姫踊子草が敷地を埋め尽くす勢いです。枝垂れ桜満開。チューリップの半分が開花。桜草は蕾。鈴蘭(またの名を君影草、谷間の姫百合)、百合、彼岸花科のアガバンサスは芽がでたばかり。

 10年前、この庭には真っ白なスミレがたくさんあったのです。それがいつの間にか花びらの中心に青い色を帯びたスミレばかりになってしまいました。勿忘草は、白は白、青は青のまま変わらずに咲きはじめています。

 そんな中で、翁草が咲きました。一昨年、朝市で買ったものです。茎も葉も花も実も、何ともいわれずものやわらかで優しげな花です。

 宮沢賢治は翁草をこう説明しています。
「うずのしゅげは植物学ではおきなぐさとよばれますが/おきなぐさという名はなんだかあのやさしい/若いはなをあらはさないようにおもひます。
  まっ赤なアネモネの花の従兄、/きみかげそうやかたくりの花のともだち/このうずのしゅげの花をきらひなものはありません。」

 うずのしゅげは、わたしには、天地宇宙の無限なるもののやさしさが咲きいでているように見えます。

 この優しげな翁草が毒草であり薬草でもあるようです。鈴蘭もアネモネも毒草だというのも面白いところです。外敵から守られるための術なのでしょうか。

  ◆   ◆      ◆   

「わたしは近くにいれば、神なのか。
ー主の御告げー
遠くにいれば、神ではないのか。
人が隠れた所に身を隠したら、
わたしは彼を見ることができないのか。
ー主の御告げー
天にも地にも、わたしは満ちているではないか。
ー主の御告げー」
      エレミヤ書23:23、24


  

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雑感

 きのう午後、市内の桜を2時間でぜんぶ見て回るには・・・と考え、50㏄バイクで先ず岩山に登った。盛岡市全体を盆地に見下ろしたが、曇天の下に桜の精彩が失せて、でかける前に期待した市街に点在し、或いはかたまって一区画を彩るさまを一望というわけにはいかなかった。展望台足下の桜はまだ早かった。しかし姫神山、岩手山、南昌山と連なる山々は潤み堂々と存在感があった。山を下りながらまだまだ飛散しそうな路上脇の杉花粉を見上げた。
 三ツ割から北山の裏通りに抜け、高松の池に出る。ちょうど夕陽が水の面にまばゆく映えている。下手な写真家でもいくらでも良い写真が撮れそうだ。近景にたわわな桜の枝を入れ、遠くに小さく黒く浮かぶボートと帰りそこなった一羽の白鳥が浮かぶ湖面。対岸には延々と桜が咲き、その外回りには、こぶしなどがハーモニーをなしている。美しい写真が撮れる条件が揃っているところだ。しかし残念ながら、来る途中に真新しい木の切り株や枝の切り口をたくさん撮ってしまったために、高松の池はたった一枚しか撮れなかった。
 きょうは終日小雨。23時半のいまも音を立てて降っている。せっかくの桜がびとびとにしょぼくれているだろう。
 岩手公園も気になったが、もうきょうはこれで十分として一気にバイパスを駆け抜けて帰宅。1時間ばかりの花見となった。
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 本来ならプロの作家のことはあまり書かないのだが、きょうはエッセイストで絵本作家でもある澤口たまみさんのことをすこし。
この方を、わたしは作家ではあるけれども自然科学者と意識している。花巻にいたとき、花巻農業高校での講演を聴いたことがある。虫への興味はやはりこの方の影響が大きい。spade ブログにすみれの見分け方が書いてあった。これがとてもわかりやすかった。嬉しいことに、ブログ訪問したことで、当方のブログにも目を通してくださったらしい。掲載のすみれに「園芸品種の野生化したもの」とのヒントを頂戴することができた。感謝である。この一言で、我が家のすみれがぐんと存在感をましたのは不思議であった。clovertulipclovertulip

 きょうの岩手日報夕刊。ことしも作家たちによる文章講座が始まるようだ。若く才能ある方々がこのような機会に熟達されてどんどん羽ばたいて頂きたいと、いまはこのようなかなりまともな心境となっている。「自分が、自分が」のときはもう要らない。自分は無理なくじっくりと文章の齢を重ねつつ、周囲の新しい才能、地道な書き手の存在を喜んでゆきたく思う。pencilaries

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きょうのことば

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「あなたのいのちを穴から贖い、
あなたに、恵とあわれみとの冠をかぶらせ、
あなたの一生をよいもので満たされる。
あなたの若さは、鷲のように新しくなる。」
          詩篇103:4、5

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これは何というすみれかな?

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  庭先のすみれです。咲いてからもう4、5日になります。はやく撮っておこうと思いつつ怠っているうちに虫に食べられたらしく、花弁にぎざぎざができていました。

 子どもたちが社会に出てしまったときに、置き所がなくて図鑑類を処分してしまいました。いまになって後悔しています。
 先日も、「ヒマラヤ雪ノ下」を間違えてしまいました。このときのブログを更新したあとで「おばかさん」という言葉が心に響き、あっ、やっぱり間違ったかなと思ったのでした。この「おばかさん」はたまに聞こえます。う~ん、怪しいな、というときに聞こえますから、自分の無意識からの警告とでもいうのでしょう。

 しかし救いの手もさしのべられ、友人の時子さんがすぐに気付き、あっ、これは大変、はやく教えてあげなくちゃ、と何と調べてくださったのでした。「友だちが恥をかかないうちに一刻もはやく」という温かさが伝わってきました。
 このブログはこのような善意の方々に支えられています。
 
 話は横道に逸れましたが、今朝でかけるまえに、なぜかきょうは撮らなければとカメラを向けたのでした。そして21時過ぎにアップ。

 近いうちによい図鑑を準備しなければなりません。

 もと県立短大校舎だった敷地にもすみれの群落が。

 子どものころに見たすみれの群落は、大人になってからも何度も夢に見、同じものを見たいと現地に行ってさがしたのですが、見つけることができませんでした。

 

 

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雑感

 スギ・ヒノキ花粉の飛散終息が例年より一週間はやまるとか。17日の環境省発表だからこんどこそ。東北は5月上旬。
 花粉症になり始めた年は、てっきり風邪だと思いこみ、やたらに風邪薬を飲んでいた。10日ほど経ったところで、これは風邪ではないなと。

 きょうは喫茶ママで、全国的な作品を次つぎに制作している天沼三津子さんの七宝焼の展覧会があった。マスクをして出かけた。それでも自転車をこぎながら、くしゃみが出て困った。涙、鼻水。
 花粉症がなかったなら、作品も、途中の桜も、ゆっくり見ることができただろうに。
eyesweat01

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大統領の年収

 んっ、と思って書き出すことの締めがどうなるか見当もつかないので、タイトル欄はあとで埋めることにして、っと。

 YAHOO!JAPAN海外トピックス
「オバマ夫妻年収2億6千万円」(時事通信)

 日本に軸足を置いてはいないことは明らかで、今後米から何らかの防衛面、経済面の〝恩恵〟を受けることがあるとしても、先ず日本側が米にそれ相当の提供をしている場合となりそう。というわけで、オバマ氏が日本に何かを計らってくれるとの期待は、わたしは持っていない。ただ日本にもこんなリーダーが欲しいと思う。オバマ氏がいま何をどのようにしているかには目が行く。ファンの一人だ。期待感をもって見ている。失言したときには正直がっくりきた。しかし期待感はそう揺るがなかった。

 昨年の年収2億6千400万円。なぜこの数字になっているのかが分からないので、見たときはびくっとした。読み進むと、ほとんどは著書「マイ・ドリーム」などのベストセラーの印税だという。税金8500万。米国援助物資発送協会、黒人大学基金連合などの慈善事業への寄付1700万。

 それに続くコメントが面白かった。
激務からすれば、報酬が安すぎる。
日本の政治家の年収は3400万だ。
恥知らずのウォール街。
倒れかけた会社が政府の援助を受けて役員は1億のボーナス。
AIG、金融、株屋の収入はおかしい。
たったそれだけ?プロ野球選手並。
ビルゲイツの方が上。

これからも貰いすぎといわれないように頑張って欲しい。

黒人大学だけに寄付をしぼるのはおかしい。
(これに対し)
貧しさ故に教育を受けられない黒人の苛酷な歴史を知らないからそんなことをいうのだ。
・・・・等々‥・・

ホワイトハウス入りを果たす犬が誰のプレゼントで何種かはどうでもいいけれども、(楽しい話題ではあるけれど)

 衣食足りて礼節を知る。これが足りなくとも立派に生きられる人が果たして何人いるだろう。わたしだって自信がない。誰もが住むところがあり、食べるものがあり、着るものがある、これは最低限の目標といわれるかもしれないが、しかしこれが徹底して達成されている国があるのだろうか。8億の飢餓に本気で取り組んでいるひとがどれだけいるのだろうか。すこし手を貸せば助けられるところには手を貸す人もある。しかし本当のどん底にある人々のことは、ほとんどの人が見て見ぬふりをしている。

 当初、オバマ氏にはこんなところの改革も期待できそうに思えた。・・・経済、環境、防衛などの難題のなかで、果たしてどこまで救いを求める人々に応えうるのか。どん底にある人々をも救いうるリーダーならば何億でも支払う価値があると思う。

 

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