文化・芸術

きょうのことばー三森春生先生のおはなし その2ー

 三森先生の説教要旨を書く前に、先生のお話しの中で、きょうになってぷかりと浮かんできたことがあります。それは、

 いくら良いことをしていても、どれほどに数々の善行を積み重ねていたとしても、その後で何かひとつ悪いことをすれば、まえに行った良いことがみな無になってしまう。逆に、どんなに悪いことを何度もしでかしたとしても、神の前に悔い改めるなら、その人はぜんぶ赦されて天国に行くことができる。

 教会ではよく聞くことです。しかし昨日はまったく新しい感覚で聞きました。

 天国での驚きは

 えっ、この人が天国に来たの
 あら、必ずくると思っていたあの人が来ていない

 どうもこんなことになるらしいのです。

      20091023_025

【1】論理的な比較(以下は説教要旨から)
1、科学者、思想家であるブレーズ・パスカル(1623~1662)の「賭けの論理」によって、神があるとするのと、神はないとするのとどちらが勝つか勝負してみましょう。
2、神があるとする方が絶対勝つのは、「神」の定義に理由があります。その定義によれば、「神」とは人間と自然を超えた存在、超越者であるからです。
3、「神」について現代の日本人には誤解があり、偏見があり、また無知でもあります。それも当然で、「カミ」という言葉自体があいまいなのです。漢字の「神」も中国語では聖書に示されるような絶対神だけを指しません。ある中国語訳の聖書では「上帝」となっています。
【2】物理的な探求
1、20世紀から21世紀にかけて人類の知識や技術は非常に発展しました。そのため、人間にはできない事はないかのように思い上がり錯覚しています。しかし大宇宙の中での人間孤独、自然の限界、特に地球環境の破壊について、解決は全くありません。
2、時間、空間、エネルギーの源泉はどこに求められるのでしょうか。すべて限りあるものばかりです。探求すればするほど悲劇的要素が増すばかりです。
3、結局は超越者に対する無知、無力、無為を思い知らされるのです。

【3】倫理的な必然
1、私たちは、創造主に対する被創造主の分際を知らなければなりません。

2、しかし人類固有の道徳観、(イマヌエル・カント。1724~1804)を思い起こしてみましょう。

3、最終的にはイエス・キリストによる神への回復(十字架、信仰)に期待するほかはありません。神を知らなかった罪、知ると知らざるとすべての罪の解決はキリストが十字架上で贖ってくださいました。あなたは信じますか?

【結】キリストこそ知恵の源  

「このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。」コロサイ2:3

教会はキリストをかしらとするキリストのからだであって、そこにつながることで神の知恵を得ることができるのです。

「主を恐れることは知識の初めである」箴言1:7


 

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きょうのことばー三森春生先生のおはなし その1ー

             事実、
   この世が自分の知恵によって
     神を知ることがないのは、
      神の知恵によるのです。
        それゆえ、
      神はみこころによって、
    宣教のことばの愚かさを通して、
        信じる者を
     救おうと定められたのです。
        Ⅰコリント1:21


 きょうは三森春生先生特集でした。

 三森先生は、インマヌエル綜合伝道団の創設者蔦田二雄牧師の薫陶を受けられた方です。同教団の王子教会(東京)を50数年牧会し、今年4月に80歳で引退。埼玉県在住。

 学生時代に夏期学校に参加。
参加者60人中3分の2がノンクリスチャンだったため、急遽講義内容が聖書研究から伝道説教に変更された。
月~金曜日の日程のうち二晩目が蔦田二雄師だった。

 蔦田師は「エリートも一皮下はみな罪人である。そこから救われるにはイエス・キリストしかない!」と説教。蔦田師がまるで自分のすべてを知っているのではないかと思わせるような鋭い説教だったという。

 「信じる者は手を挙げなさい」との呼びかけに20人ばかり挙手。その中に三森先生の手も。

 三森先生の同輩は、石川島播磨重工業などに就職、或いはフランス大使となった方もあるようだ。そのような社会的地位への可能性をも捨て、神の大使としての道を選ばれ、50年間教会と信徒とともに歩まれたことに感銘を受けた。また大学生伝道(KGK、OCC)、教団聖地研修旅行の指導にあたられ、母校聖宣神学院でも教鞭を執られた。

 三森先生は、蔦田師からこんなエピソードも聞いている。
蔦田師は歯科医蔦田顕理の息子としてシンガポール生まれる。青年時代日本の岡山で過ごした後、外交官をめざしロンドン大学に留学。ここの学生であったとき、若槻礼次郎の通訳をし謝礼に金時計をもらったことがあるという。聞き落としたかもしれないが1930(昭和5)年のロンドン海軍軍縮会議の関係かと思う。

 今回、三森先生は午前は「築き上げられる教会」、午後は「神との知恵比べ」と題してお話しくださったが、齢80まで牧師として初志を貫徹された三森師の姿そのものが、わたしには何よりのメッセージであった。

         20091023_034

 伝道メッセージは
【序】「神の愚かさは人よりも賢い」
日本人は宗教を持っていることを人格的に劣っているように考えている。しかし「宗教」とか「信仰」ということをまともに考えないと、ほんとうに人間らしい生き方を求めることはできない。(伝道会説教要旨より)    つづく

【1】論理的な比較
【2】物理的な探求
【3倫理的な必然
【結】キリストこそ神の源

【1】~【結】はあす書きます。

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秋のオープン・チャペルのご案内

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会場 spadeインマヌエル盛岡キリスト教会
住所 
diamond盛岡市大館町12ー26
電話
 club019-646-2924

note心安まる賛美歌をいっしょに歌いませんか。

bellトーンチャイムを演奏します。

happy01おいしいお昼もご一緒に。

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祈り

 子どもの頃、ミレーの「晩鐘」に敬虔な思いになったことがある。それはいま思うと何か祈りたいという気分だった。けれどもどう言ったらいいのかわからなかった。

 ところが聖書には、「そんなときはね、こんなふうに祈るといいんだよ」とでもいうように、ちゃんと書かれてあるのだ。それが「主の祈り」。

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        主の祈り

    天にまします我らの父よ。
 ねがわくは、御名を崇めさせたまえ。
    御国を来たらせたまえ。
   みこころの天になるごとく、
    地にもなさせたまえ。
     我らの日用の糧を、
     今日も与えたまえ。
   我らに負債(おいめ)あるものを、
     我らがゆるすごとく
   我らの負債をも赦したまえ。
   我らをこころみに会わせず、
    悪より救いいだしたまえ。
     国とちからと栄えとは、
  限りなく、なんじのものなればなり。
         アーメン

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秋のオープン・チャペルのご案内

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会場 spade インマヌエル盛岡キリスト教会
住所 
diamond 盛岡市大館町12ー26
      (上記の地図をご覧下さい)
電話 
club  019ー646ー2924

        ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 きょうは、昇天者記念礼拝でした。
人生のある地点で天国へと旅だった懐かしい方々を偲びました。

虫眼鏡を小さき文字にすべらせつ聖句読みたる愛姉懐かし
重度の障害にあり愛兄は税理士となり務め果たせり
生まれ来てまもなく逝きし幼児の笑いは届く天より今も
帰天せし一人ひとりに注ぎたる牧者の労をわれは今知る今さらに知る

道を全うせし兄弟姉妹に4首。拙さを詫びつつ。筆者。

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きょうのことば

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“For God so loved the world that He gave His only begotten Son, that whoever believes in Him should not perish but have everlasting life. JOHN 3:16

【国光ひろ子牧師のおはなしから】
 このヨハネ3:16の聖書の言葉を、大空に書いて世界中の人が読めるようにしたいと考えた人がいたらしい。スケールがでかい! 
 また大空を紙にして、海の水をインクにして、木の枝をペンにして神の愛がどんなものか、神がどれほどに世を愛されたかを書いたなら海の水もなくなるほどだと言った人がいたらしい。ルターかな? ザビエルかな? 蔦田二雄師かな? たぶんごくふつうの平信徒かも。ここでちょっと考え事をしてしまったお陰で、これがわたしの長所であり欠点なのですが、肝心の名前を聞き落としたようなのです。

 世とは? このあたりはちょっと耳が痛いんですけど、ひろ子師は、キリストを意識的に憎んでいるもの、とも説明くださった。悪意と反逆に満ちているもの、とも。 大いに耳は痛いはずで、うっ、それってちょっと前のわたしじゃないの。それから、「世」というところに自分の名を当て嵌めてご覧なさい、と。

「神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに○○○を愛された。それは御子を信じるものがひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」ヨハネ3:16

 ○○○さんも○○○○さんも○○さんも○さんも、信じるものは誰でも、つまりはこのわたしも。どうやらわたしも入っていたらしい。驚くべきことだ。

    ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 ある方にちょっとしたお菓子を差し上げた。ささやかというもささやか、これほどのささやかさはないというささやかなもの、つまり日頃お世話になっているわりにはお恥ずかしい程度のお礼ということなのだが。

 その方が仰るに、わたしは卯年、ということで喜んでくださった。そのお菓子の名には卯の字が入っていた。わたしはその方が卯年であることは知らなかった、とこういうちょっと不思議な嬉しいことがありました。

 目の前に課題がないわけではない。しかし神は日々、こんなちょっとした不思議をプレゼントくださることで「だいじょうぶだよ」と励ましていてくださる。

※写真の右側の紅葉している樹木は盛岡地方裁判所の石割桜です。石は見えませんが。また春にはきれいな桜を見せてくれるはず。

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きょうのことば

       神は、実に、
そのひとり子をお与えになったほどに
      世を愛された。
   それは御子を信じるものが
   一人として滅びることなく
   永遠の命を持つためである。
       ヨハネ3:16

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今日はインマヌエル綜合伝道団の創立記念礼拝でした。
pen
1945年10月21日spade蔦田二雄牧師によって創立。club64回目の記念日です。birthday

【盛岡教会の国光勝美牧師のおはなし】
eyediamond
何が神の真実から我々を遠ざけるのか。
頭ではこうするべきと分っていても
そうさせない力
即ち罪の力が
我々を神から遠ざけるのである。
typhoon
罪の力によって
マリオネットのように支配されていた者が
キリストの十字架に飛び込もうとしたとき、
悪魔はそう簡単に手放すはずがない。
danger


以上は、おはなしのなかで、なるほど、と思ったことを書いてみました。お話は柔道競技オリンピック金メダリスト井上康生さんや宇宙飛行士若田光一さんや国債の話などの例話がありけっこう面白かったです
!!

※写真は教団の建物ではありません。蔦田師がキリスト者である理由で投獄された巣鴨拘置所のあった場所(現サンシャイン60)です。

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きょうのことば

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「そのころ、イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行っていた。」  士師記17:6

11日のきょう午前中、たまたま案内くださった方があり、久我山にある教会に行ってきました。おはなしは、これもまた、たまたまでしたが、東京基督教大学教授櫻井國郎先生でした。

題 「『良かれ』と思ってしたこと」

正確なところで、「正しい」という言葉には意味がない。結果を見て判断されることが多い。「正しい」ことというのは自明であるという判断もある。
日本では「裁判官は良心に従って職務を行え」といわれる。宣誓も良心に従って行われる。欧米では、聖書がその基準となっている。聖書を基に宣誓を行う。聖書はキャノン即ち基準である。
良いことをするのに何故責められるのかと思うときがある。それは往々にして、善悪を自分の判断ですること自体に誤りがある。神の基準を無視し、自分の判断を基準とするところに罪人の姿がある。神を基準とするか、自分を基準とするか、ここに根本的な分かれ道がある。

以上は心に響き、自分がさまざまに考えさせられ、反省を促された部分を簡略に書いてみました。自分が良かれと思ってしたところがむしろ人様を傷つけてしまったり、自分自身が拘泥してしまっていることに気づいたり・・・きょうのメッセージはまさしく私が聴くべきおはなしでした。

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

姪の結婚式のために上京。また幾つかの不思議を更新しました。

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きょうのことば

    私たちが神を愛したのではなく、
       神が私たちを愛し、
      私たちの罪のために、
なだめの供え物としての御子を遣わされました。
      ここに愛があるのです。
         Ⅰヨハネ4:10

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 きょうは教会ではいものこ会もありました。
教会のみなさんの近況などを聞くことができました。
礼拝のお話しも楽しいですが、この会も和やかでした。

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八木重吉の詩ー素朴な琴/響ー

     素朴な琴

    この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
  秋の美しさに耐えかね
琴はしずかに鳴りいだすだろう

     ♪♭
♭♪

           響

      秋はあかるくなりきった
        この明るさの奧に
しずかな響があるように思われる

    
♪♭♭♪
 
      栗の実

   秋の林にさわさわと
  背中おされてざわざわと
     すぎゆく風に
    かきーんこきーん
   毬の住処をあとにして
     落ちる栗の実
    からーんころーん
      ーぶんなー

三浦綾子さんの好きだった八木重吉の詩。
私の詩も八木重吉とのせることをお許し下さい。
八木重吉の〝詩の音楽〟から浮かんだ詩です。

きょうで9月は去ります。惜しいです。寂しいです。けれども新しい10月がもたらされようとしています。新しい時間は無尽蔵です。この手にはかかえきれません。
感謝なことです。
  

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きょうのことば

      心の貧しい者は幸いです。
(別訳:ひたすら神に依り頼むものは幸いです)
    天の御国はその人たちのものだから。
          マタイ5:3

      ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

ある牧師は、巣鴨プリズンの跡地(いま池袋サンシャイン60)を通るたびに指さして言ったらしい。

     「あそこが私の大学院だった」

えっ、刑務所が大学院? 悪さに磨きでもかけたの? 
ではなかった。太平洋戦争の宗教弾圧で投獄されたのだ。もうどこまでも神に依り頼む以外に策がない!! 牧師はこの刑務所でとことんへりくだり、謙遜というものを学んだのだそう。そしてついに、ここでも神はわたしとともにおられると実感。

「インマヌエル(神は私たちとともにおられる)」      

   マタイ1:23

 釈放されてからイムマヌエル綜合伝道団を立ち上げた。これが初代主任牧師蔦田二雄先生だった。

    さて、私の〝大学院〟は?
       

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金子みすずの詩「星とたんぽぽ」

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青いお空のそこ深く
海の小石のそのように
夜が来るまで沈んでる
昼のお星は目にみえぬ

見えぬけれどもあるんだよ
見えぬものでもあるんだよ

散ってすがれたタンポポの
川原のすきにだぁまって
春のくるまで隠れてる
強いその根は目に見えぬ

見えぬけれどもあるんだよ
見えぬものでもあるんだよ

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

見えぬけれどもあるもの

どこに隠れているとも知られぬ空の地の上の地の中の空中の生き物たち。ウィルス、バクテリアも。
ヒトの臓器にも驚く。特に心臓の生々しい動き。心エコーの画像を見た。どっどっどっどっ・・・・・。生まれたときから死ぬときまで大凡決まったリズムを刻み動き続けている。赤ん坊でも、たとえば122歳の高齢者でもどっどっどっどっ・・・・・。鼓動は人類始まって以来ずっといまこの時にまで脈々と受け継がれてきているのだ。あたりまえのことだが、心エコーを見たときは感動した。専門的にはいえないまでも、幾つもの星雲。星の軌道。10000㍍以上の海溝。それとエネルギーといったものも。まだまだ、それこそ見えないが故に、知らないが故に挙げることさえできないものは、挙げることができるものよりも遙かに多い。

見えぬけれどもあるもの

悲しみ、不安、孤独、嘆き・・・。喜び、楽しみ、慈しみ、憐れみ・・・・

    そして

     神

「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。」マタイ5:4


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きょうのことば

   よい分別と知識を私に教えてください。
   私はあなたの仰せを信じていますから。
苦しみに会う前には、私はあやまちを犯しました。
   しかし今は、あなたのことばを守ります。
     あなたはいつくしみ深くあられ、
       いつくしみを施されます。
         詩篇119:66~68

        ひろ子牧師の笑顔
       一人一人を迎えている
      あっ、祈ってきょうを迎えたんだ
         私にはわかった

  心がくもっていたときには、これがわからなかった

      ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

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        このトンネルは長い
        だけどかならず抜ける
            

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金子みすずの詩「不思議」

   不思議

私は不思議でたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀に光ってゐることが。

私は不思議でたまらない、
青い桑の葉食べてゐる、
蠶(かいこ)が白くなることが。

私は不思議でたまらない、
誰もいぢらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。

私は不思議でたまらない、
誰に聞いても笑ってて、
あたりまへだ、ということが。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 友だちが金子みすず記念館に行くと言って、本を4冊読んでからでかけました。心洗われる詩がいくつもあります。「不思議」、ほんとうに、いつでも、いまでも、いつまでも、不思議に満ちたこのせかいです。
 

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音楽会のご案内ーーシンフォニエッタ・盛岡withフレンズー

  

 第三回「エンジョイアンサンブル」 

           出演  シンフォニエッタ・盛岡withフレンズ
     日時  平成21年9月19日(土)
          13時15分開演
          入場無料
     場所  マリオス小ホール
     主催  シンフォニエッタ・盛岡

      ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

とても楽しい内容のコンサートです。プログラムを知りたい方は「シンフォニエッタ・盛岡」をクリックしてください。
  ほんとうに行きたいのですが、今回どうしても時間が取れません。残念でなりません。このように遅くはなりましたが、せめてご紹介だけでもと。

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きょうのことば

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   主は私をきびしく懲らしめられた。
   しかし、私を死に渡されなかった。

         詩篇118:18

     ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

  ある先生がこどもたちに質問したそうです。

     「生きていますか?」
     「は~い。だって心臓が動いてます」
     「じゃ、心臓をとめてごらん」
     「とまりませ~ん」
     「じゃ、生かされているんだね」

  こんなお話しがありました。自分の力で生きているようでも、実は生かされている。生かしてくれる源につながっていてこそ、自分を生かすことができるんですね。

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きょうのことば

           わたしはぶどうの木で、
           あなたがたは枝です。
           人がわたしにとどまり、
      わたしもその人の中にとどまっているなら、
         ういう人は多くの実を結びます。
              ヨハネ15:5           

       200982217_043_3

                       【国光牧師のおはなし】

 とどまるということは、一瞬のことではなく、継続的にとどまるということです。
主にとどまるには、日々祈り、日々主と交わることです。交わりとはイエスさまのことばとの交わり、即ち聖書との交わりです。イエスにとどまっているかどうかは聖書にどれほど親しんでいるかでわかります。聖書を開き聖書との深い交わりがなければ、実を結ぶことはできません。

 神は聖書の言葉で不必要な枝の剪定をなさいます。御言葉をもって刈り込み、導いてくださいます。イエスさまにとどまるとは、イエスさまのことばにとどまることを意味します。
祈るとは、祈り求めて祈りの答えである結実を多く得ることにより、神の栄光をあらわすことです。「祈りなさい」は「求めなさい」ということです。

 求める思いを我々信仰者は、生涯の中でどれだけ持っているでしょうか。いい加減な信仰生活では求めることに真剣さがありません。イエスさまの御栄光をあらわす結実を得るために本気になって求めようではありませんか。祈ろうではありませんか。

※おはなしの内容は一部を抜粋してあります。

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きょうのことば

      

           2009817_002

    わたしはまことのぶどうの木であり
       わたしの父は農夫です。
   わたしの枝で実を結ばないものはみな
       父がそれを取り除き、
       実を結ぶものはみな、
     もっと多く実を結ぶために、
      刈り込みをなさいます。
        ヨハネ15:1、2

                  2009817_010


    【
国光勝美牧師のおはなし

 神はイエスにつながっているクリスチャンが、もっと多くの実を結ぶために、要らない枝を切り落とすという剪定作業をなさいます。関心が色々な方向に向いている場合、肝心の実を豊かに実らせることができない。良い葡萄を実らせるために、不必要な枝を切るのです。

 世の中からは、クリスチャンはあれをしてはいけない、これをしてはいけないとまるで制約づくめのように思われています。しかしそれは無駄なものを切っているだけなのです。

 パウロは病弱なテモテを慮って、「あなたは少量の葡萄酒を用いた方が良い」とすすめています。これを根拠にクリスチャンは飲酒してもよいと勘違いされている場合があります。

 宣教師は酒、タバコに手を出さないことに決め、夫婦の在り方についても高い倫理観をもって福音を広めていきました。ただここで勘違いしてならないのは、それをしないからクリスチャンだということではありません。他の人はしてもいいかもしれない。しかし貴方はそれをしてはならないという剪定作業なのです。神は多くの結実を期待するが故に、「他の人はやっていても、あなたはそれをしない方がいい」と剪定作業をなさるのです。

 クリスチャンの中には、御霊の性質を持っていると同時に、肉による性質をも持っている場合があります。そこで肉に根ざした様々な性質が出てきてしまうのです。ふさわしくないと切っても、また同じものが出てきてしまう。またこれではいけないと思い、また御霊の実を持ってくる。クリスチャンにもしこの二つの要素があるならば、何とかしてこれを解決しなければなりません。どうでもいいことではない。イエスさまが豊かな実を結ぶことができるために、肉なるものから、神は肉の根になるものを除去することができます。この除去が〝
潔め〟といわれるものです。この〝潔め〟をきちんと受けないと、クリスチャンはやがては落ちてしまうのです。

 「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストがわたしのうちに生きておられるのです。」ガラテヤ2:20 を信じ、しっかりとこの御言葉に立つことが神の選定作業に自らをゆだねることであり、肉を剪定して頂き、肉を火で焼いていただくことなのです。

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主よみもとに

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  主よみもとに近づかん

  のぼる道は十字架にありとも

  など悲しむべき

  主よみもとに近づかん

   ーインマヌエル賛美歌25番ー

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きょうのことば

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「しかし、わたしが与える水を飲むものはだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」    ヨハネ4:14

    ∽  ∽  ∽  ∽  ∽

夜7時56分ごろ地震が。洗面所のガラス戸に微かな揺れがあった。地震だとおもった。東京都、関東各県、福島県で震度4とヤフーに。首都圏内の息子に訊くと、「怖かったよ」。窓を開けて身構えたらしい。棚からの落下もないとのこと。

岩手には大雨、洪水、雷、濃霧、低温と注意報が盛りだくさん。稲、野菜、果樹はどうなっていることか。

    ∽  ∽  ∽  ∽  ∽

 きょう教会で朱色のカンナと白ユリと斑入ススキを生けました。球根を三つ植え、最初に咲いたカンナです。

 教会の皆さんの祈りが叶えられたローランドが礼拝で初めて鳴りました。講壇に向かって左側に置かれています。機能満載、音も良く、しかも楽しいオルガンです。

 講壇の右側にはかつて下ノ橋教会が使用し善隣館で保管していたオルガンが置かれています。購入当時は高級オルガンだったそう。貰い受けたとき、オルガンは埃にまみれニスもボロボロにはげ落ちていた。これを国光牧師と教会員の方が整備、塗装したのだった。ー国光牧師による「盛岡教会オルガンものがたり」よりー

 晴れた日にも、曇りの日にも、土砂降りの日にも、雪の日にも、オルガニストの指は鍵盤に。そしてイエスの足元に人々の心に、明るいときにも暗いときにも賛美歌は流れつづける。  

          
     

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伊藤和也さん追悼写真展のお知らせ

    伊藤 和也 さん
        追悼 写真展


        岩手県公会堂

      8月8(土)~14日(金)
         10:00~18:00


         ペシャワール会主催

      ∽  ∽  ∽  ∽  ∽  ∽

アフガニスタンの農業指導などの活動中に兇弾に倒れた伊藤和也さんが撮りためた写真が展示されます。
伊藤和也さんの事故以後は中村医師が一人で、個人の資格で現地に残り活動を続け、水路もこのほどようやく完成したということです。

※ただいま上記のように大信田時子さんより御連絡を頂きました。

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きょうのことば

                  

          2009716_012                        
             

         

              主は
             私の口に
             新しい歌
        われらの神への賛美を授けられた

            多くの者は見そして恐れ
            主に信頼しよう

               ー詩篇40:3ー

きょう12時半にオルガンが教会に届き、教会オルガン献別の時が持たれました。

        
威光・尊厳・栄誉(ひむなる10)

          せかいじゅう どこででも
          あたらしいうたを ささげよ
          しゅにうたえ ほめたたえよ
          みすくいの しらせをつげよ
          まことにしゅは おおいなるかた
          さんびされるべきかた
          いこうとそんげんとえいよ
          こうえいとちから
          ただしゅだけを れいはいせよ
          てんをつくり ささえているしゅ


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石を彫る

 一戸町小鳥谷から優れたものは何もでない。これは自分のことを顧みておもっていたこと。しかし後になって彫刻家の船越保武先生が小鳥谷出身と知ったのです。                              

 以下は船越先生の彫刻と著書「石の音、石の影」からインスピレーションをいただき創作した詩です。

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 石を彫る

石を切りだす
名もなく
見ばえもない
朴訥の塊を。

角をそぎ
粗を落とし
石を生かせば
眠る命が微かにめざめる。

鑿(のみ)をたて
槌をふるう
語りかける
鑿がはずれ皮膚を破る
削る
ひたすらに削る
整いはじめる顔の輪郭。

語りかけ
磨き
語りかけ
磨けば
ついに現れる無垢な頭像。

その額に
慈しみを傾け
霊を注げば
空洞の目に涙はあふれる。

     「詩とメルヘン」やなせたかし選

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オープン・チャーチのご案内

   

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額田夫妻がやってくる!!
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インマヌエル盛岡キリスト教会℡019ー646-2924
 

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オープン・チャーチのご案内-光よあれー

「光よ。あれ。」創世記1:3

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世界のベストセラーである聖書からのお話です。

会場はインマヌエル盛岡キリスト教会。
  〒020ー0147
  盛岡市大館町12-26
    ℡019-646-2924

 ふだんは、国光勝美牧師夫妻が牧会しています。気軽に訪れてみてください。

※新興宗教とは一切関係ありません。         

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オープン・チャーチのご案内

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 聖書からのお話です。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Sakura/8422/bible.htm

上記を見て頂くと、聖書が各国の法制の土台にもなっていることが分かります。パレスチナ問題を知る上でも、絵画、音楽、文学をより理解する上でも聖書を知っておくと、理解が深まります。

 世知辛いこの頃ですが、たまにはほっとするお話をどうぞ。

※新興宗教との関わりは一切ありません。

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絵画展ー水曜デッサン会ー

      

        第32回
   水曜デッサン会展
         2009
  6月16日(火)ー19日(金)
AM10:00~PM5:00 最終日PM4:30
   テレビ岩手ロビー(1F)
後援 岩手日報社・テレビ岩手・盛岡タイムス

       会員名簿

厚谷淑恵/神成正子/志賀志津子/掘米英子

荒井さとみ/木村茂男/主濱友三/松阪ゆり子

大信田時子/工藤文枝/菅原恭子/湯浅俊行

大槻修一/熊谷達央/瀬川睦子/横田嘉明

小田島進朗/久米智子/大光隆/吉田律子

小原陽子/佐々木範子/田澤和子

川上裕孝/佐々木玲子/飯田節子 (五十音順)


  デッサンと絵画あわせて60点展示いたします。

事務局 大信田時子 盛岡市天神町13ー9 ℡623ー1636

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須知徳平先生を偲ぶーその6-

ダブルクリックでご覧ください。

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サンデー毎日の連載のもようです。

 先生もご多忙であり、お話を伺うときがあまりなかったので、主に図書館資料からの紹介となりました。
 
 もりおか童話の会のとき興味深く聴いたのは、先生が吉川英治賞受賞されたあとのことですが、甘粕正彦(大正12年の甘粕事件に関与)が訪ねてきたことがあるそうです。彼も文学青年でしたが・・・旧満州での文化政策の立役者、ハルピン交響楽団にいた朝比奈隆も何らかの接触があったはずです。もっと詳しく聞いておくのだったと悔やまれます。

 やはり柳田国男、民俗学に関し多く語られたものです。会でご指導頂きながら、なんらお役に立つこともなく、今年の一月、東日本ホテルでの会合でお会いしたのが最後となりました。ご逝去の報のとき、ご遺言により近親者のみでの葬儀となると伺いました。

 須知先生と同じく岩手日報社発行の文芸誌「北の文学」の選考委員であった
光瀬龍先生(1999年7月没。「百億の昼と千億の夜」のSF作家)と「彼とはなにかこう気が合うんだ」と仰っていました。光瀬先生がご病気のとき須知先生はかなり長い手紙をいただいたようで、みなの前でそのことを感に堪えない面もちで語られていました。いまごろは、彼の地で、光瀬先生と談笑されておられるでしょうか。

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須知徳平先生を偲ぶーその5-

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「ミルナの座敷」受賞当時の著者

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「昨日、森影で」出版当時の著者      

 著書紹介(Wikipediaより)
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上記の他(岩手県立図書館検索)
〈文〉
おむすびころりん 集英社
雨月物語  ぎょうせい
〈監修〉
かきつばた もりおか童話の会 1999(平成11)
つぼっけ  もりおか童話の会 1994(平成6)
〈訳〉
Bushido
新渡戸稲造 講談社インターナショナル
伊達騒動(下) 教育社
伊達騒動(上) 教育社

その他多数雑誌、文芸誌などに執筆されました。

「春来る鬼」は映画化されました。
    監督 小林旭
    出演 松田勝、ハナ肇、津島恵子
        三船敏郎、鈴木ヤスミ    
       1989年11月17日VHSビデオ発売
       アマゾンで購入可


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須知徳平先生を偲ぶーその4-

  須知先生が奥様の介護などで来盛が厳しくなったとき、わたしは童話会から一旦退いた。これには私個人にも、今後数年間は家庭中心にすべきという理由があった。復帰したのは昨年。仲間を持たずに書いていると独りよがりに陥りやすい。はてどうしたものかと思案していたところ、代表者の菊池尋子さんが声をかけてくださったのだ。この声がけがなければおめおめと戻れはしなかった。6、7年ぶりの復帰である。この年月、もりおか童話の会は主に菊池尋子さん、浅沼誠子さんによって守られ、私が復帰したときには常時集う方が6、7人となっていた。

 須知先生が1985年日本農業新聞に連載した大作「昨日、森影で」が2006(平成18)年12月、ツーワンライフから出版となった。これは菊池尋子さんが須知先生から原稿を預かり、もりおか童話の会の会員である浅沼誠子さん、原田武信さん、古川一矢さんの編集協力を得て出版に漕ぎ着けた一冊である。この出版に協力していないことが申し訳なく、せめて先生の軌跡を顕わしたく、拙いながら紹介申しあげている次第である。

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須知徳平先生のプロフィール

1921(大正10)年岩手県盛岡市生まれ。旧制盛岡中学卒業後、旧満州吉林省の農事合作社に勤務。帰国後国学院大学専門部国文科で国文学を専攻。戦後岩手県庁に勤務ののち、盛岡市下の橋中学校、岩手女子高校、北海道深川西高、岩手の高田高で教鞭をとる。

29年上京。昭和37年夏、「ミルナの座敷」で講談社の第3回児童文学賞、38年「春来る鬼」で第1回吉川英治賞受賞。

岩手郡史、九戸郡史を編纂、とくに九戸郡史に書いた民俗史を柳田国男氏からほめられたという現県議会史編纂員佐川盛造氏を父にもち、幼いときから郷土の歴史や民俗学、考古学にふれる環境でそだった。(昭和38年1月4日の岩手日報より)


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須知徳平先生を偲ぶーその3-

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須知徳平氏の第一回吉川英治賞表彰式の記事です。毎日新聞縮図版からのコピーです。ダブルクリックすると楽に読むことができます。

この4日は、1964(昭和39)年第18回夏期オリンピック東京大会の組織委員会会長に安川第五郎氏が決まった日でもありました。須知氏が亡くなったこの年に2016年東京オリンピック構想があるのもまた不思議です。

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 正賞の置時計に刻まれた吉川英治氏の座右の銘、

「我以外偕我師」

今後この言葉を自分も肝に銘じようと思う。

 

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須知徳平先生を偲ぶーその2-

  須知徳平先生(本名佐川茂)を一気にご紹介しようと、先ず一枚目をスキャナにかけたが、古い新聞の活字をなかなかきれいに拾ってはくれない。弱った。じっくりと手書きということになりそうだ。

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 須知先生が「初の吉川英治賞」と毎日新聞に大きく(朝刊16面の半分の大きさ)報道されたのは、昭和38年1月3日(木)だった。「春来る鬼」の受賞。この日、ソ連のフルシチョフ首相がブレジネフ議長と連名で、31日夜にケネディ大統領宛に平和を希求する新年のメッセージを送ったことや、池田首相の新春の抱負、また皇居の国民参賀の模様などが紙面をかざっていた。映画は、吉永小百合、高橋英樹、浜田光夫出演の「青い山脈」絶好調。
 雪の多い年で、特に福島、石川、兵庫、島根、鳥取では雪崩の被害が相次いでいた。

 審査委員は井上靖、大佛次郎、獅子文六、丹羽文雄の各氏。
 井上靖氏は「出色の面白さ」とし、「候補作六編を読んだ。六編ともそれぞれ達者に書いてあって、最後まで面白く読ませる力を持っていた。これだけの候補作が並ぶことは珍しいのではないかと思う。しかし作者の個性を強く打ち出した作品となると、「春来る鬼」一編をあげる以外仕方ないようである。・・・どこか泥臭く素朴であるが、作品全体に脈々と波打っているもののあるのが感じられた。作者は書きたいものをはっきりと書いていて、それを熱情をもって書いている。そうした点が作品の上にぴいんと張った緊張となって他の作品にない楽しさを見せている。・・・・・何れにせよ、第一回吉川賞の受賞作品として恥ずかしくないもので、この作品を得たことは喜ばしい。」と評している。

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デジカメで撮ってみました。

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 当時、毎日新聞では、井上靖が「城砦」、遠藤周作が「聖書の中の女性」、夕刊では飯沢匡が「紙の星」を。朝日新聞では橋本忍「悪の紋章」、海音寺潮五郎「西郷隆盛」、石坂洋次郎「光る海」。読売新聞では永井龍男「幸吉八方ころがし」、富田常男「江戸無情」、舟橋聖一「寝顔」、獅子文六「可否道」をそれぞれに連載中であった。

 このような世相、作家の活躍を背景とする正月三日の発表である。授賞式は二月四日午後一時から東京の赤坂プリンスホテルの3階クイーンホールで行われた。

 もりおか童話の会にお世話になりながら、須知先生の文学者としての功績をよく知らず、晴れ舞台も今になってこのような形で知った。受賞の先生の万感の想い、表彰式に列席された御尊父盛造さん、徳子夫人の胸中が伝わってくる。いま気づいたが、徳平先生の「徳」はもしや奥様の名前の一文字を取られたのではなかろうか。 

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須知徳平先生を偲ぶーその1-

 新緑が目に染みます。
作家須知徳平先生が2009年3月17日、心不全で亡くなられ(享年89歳)、早、仏教でいうところの四十九日を過ぎました。今月の半ば、もりおか童話の会では、須知徳平先生を偲ぶ会を持つことになっています。

 1994年に発行された須知徳平先生監修のもりおか童話の会 童話集№5「つぼっけ」の中で、現在の代表である菊池尋子(つぐこ)さんが、「平成4年の夏、エフエム放送が『
遠野民話博』のイベントの一つとしてずっと放送し続けていた、童話番組の公開録音を行うことになりました」と述懐しています。平成4年がそのスタートとなったようです。この放送終了後、引き続き学びの場として、須知先生監修のもとに発足したのがもりおか童話の会です。放送のあったころは30人ほどの会員が。そして放送終了後は真摯に学びたい方々が残りました。
 
 わたしがこの会を知ったのは、平成10年に初めて岩手日報社の「北の文学」の集まりに出たときです。先生方にお話を聞きなさいと、どなたかが背中を押してくださったのでした。近くに居られた須知先生に「文章が速く上達するための秘訣は何でしょうか?」と尋ねますと、「それなら童話会にいらっしゃい。みんなでやってますから」と仰るので、翌月より、花巻から通いました。

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会場はいつも盛岡市中央公民館の別館控室でした。

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先生は月一回東京から新幹線で盛岡にいらっしゃいました。いつも奧の席に着かれ、脚を組んで向かって右手にある窓に顔を向け、目を閉じて、集い来る6人ほどの会員の原稿朗読に耳を傾けられたものです。

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童話、小説、随筆などを朗読し、批評しあい、先生からのコメントを頂くのです。わたしが参加した当時は、代表の菊池尋子さん、(以下50音順)浅沼誠子さん、小笠原桂子さん、ブログ筆者、作山一枝さん、米内アキさんといったメンバーでした。
 ある日、講評を終えられた先生が、「この中から次つぎに『北の文学』の受賞者が出ます」と仰いましたが、「北の文学」で或いは岩手県芸術祭で、童話部門、小説部門、詩部門での入選者、受賞者が相次ぎました。

 次は、このようにもりおか童話の会を導かれた須知先生の経歴、吉川英治賞受賞のようす、先生の作品を、当時の新聞縮図版、新聞マイクロ、週刊誌から集めた資料を参考にご紹介いたします。

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天沼三津子 the 8th 七宝に遊ぶ展

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ブローチ

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ペンダント

これ以外にも指輪、可愛い猫の顔のペンダント、蝶のブローチなど多数展示しています。

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「木槿通信」から

墓前に金瓜たてまつりて捧ぐる歌一首

  瓜食めば 父を憶ほゆ

  黍食めば 母を偲はゆ

  豆・黍は 馬の餌ぞと

  ののしりて 瓜に目がなき

  父母の 昼のうたげは

  ステテコに 団扇 涼風

  遙かなる 夏のひと日よ

  瓜をば剥かむ

個人誌「木槿通信」の吉田美和子さんの作品です。 自分の両親が思い出され、こんな詩も書きたくなったことでした。   

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大信田時子 人物画展 3

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松見秀甫(英子)日本画展ー卒寿記念ー

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シンフォニエッタ・盛岡 第3回春のコンサート

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展覧会のお知らせ ー七宝焼ー

       天沼三津子
   
七宝ジュエリー展 XXI
       SIPPO&SILVER

         2008
    
11月3日(月・祝)~8日(土)
  11:00  AM~6:00 PM(最終日5:00PMまで)
       ギャラリーラヴィ

         

       

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カラバッジョー「ダヴィデとゴリアテ」ー

 火曜日にTVで、イタリアのバロック絵画、ミケランジェロ・メリージ・カラヴァッジョ(1573~1610)を観た。番組の最初の部分だけだったが、このときはそれで十分だった。新聞などでも特集されたことがある。
 「徹底した写実性・・・劇的な明暗対比や感情表現。自らの眼で見る現実だけを唯一の手本とした」という。
 1606年35歳のとき喧嘩がもとで一人の男と決闘になり相手を刺し殺す。殺人犯として追われローマから逃亡。マルタ共和国に逃れ、そこで1608年「洗礼者聖ヨハネの斬首」を描き、認められ教皇から罷免される。しかし数ヶ月後には些細なことで決闘し投獄される。脱走を試みるも数日後には逮捕される。「洗礼者聖ヨハネの斬首」の前で斬首刑を宣告されている。享年38歳。

 カラヴァッジョの一連の作品のある一側面にはデカダンを感じる。彼の暴力性、残虐性といった強烈な一面が、「暗」の底を成している。ただこの番組の中で、1599年ごろに制作された「ダビデとゴリアテ」が映し出されたとき、色々な作品を観ても滅多には涙しないが、涙が止まらなかった。

 「ダビデとゴリアテ」は、ダビデが、イスラエルの敵ゴリアテの額に、小石を命中させて倒したという聖書の故事が題材となっている。ダビデがゴリアテの首を斬ろうとしているのだが、ゴリアテの顔はカラヴァッジョをモデルとして描かれている。これは神の裁きの前に首を差しだしているカラヴァッジョの姿なのだろう。使徒行伝にあるパウロの「わたしは罪人の頭です」という言葉が浮かぶ。それはとりもなおさずわたし自身の言葉でもある。自分のなかに確たる正義はない、といつかこのブログにも書いたが、まさしくその通りである。自分に多少なりとも義があるとしたら、キリストの血によってあがなわれた義だけである。キリストによる義、神による義しか持ち得ない自らをカラヴァッジョも自覚していたに違いない。ついに追われる身となるがその先で「洗礼者ヨハネの斬首」をもって罷免されるも一年もたたぬうちに再び罪を犯し投獄される。「ダビデとゴリアテ」はカラヴァッジョが図らずも自らの末路を予言した絵であったと思われてならない。

 どうしようもない自らを画業に投じ、制作するときにのみ、つかの間の充足、喜び、安息を手にしていたのではなかろうか。カラヴァッジョが神に赦されたかどうか。私は人生のある地点でまことの悔い改めがあるなら、神には赦されると考えている。それは「洗礼者ヨハネの斬首」においてではなく「ダビデとゴリアテ」の制作のときであったように思う。ただこれは見識もないわたしが言うことであって、カラヴァッジョが神に赦されたかどうかは、やはり神に訊いてみるより他ない。

 本物の絵を観ずして書く非常識で手前勝手な感想を綴ってみました。

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水曜デッサン会 展覧会のお知らせ

    水
   
第7回  絵画小品展
    
2008年10月1日(水)~15日(水)
     
 画廊 喫茶 ママ
         
盛岡市本町通り 1ー8-10
         
℡622-5576

出品 
大信田時子    小田島進朗
    佐々木範子    佐々木玲子
    瀬川睦子      大光隆
    志賀志津子    飯田節子
    堀米英子      松阪ゆり子
    湯浅俊行      吉田律子
    横田嘉明

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蝸牛(かたつむり)

 午前中は晴れ間がみえましたが、午頃からまた降ってきました。
昨日は、朝の7時15分ごろからもの凄い稲光と雷が。
梅雨は明けたのでしょうか。梅雨の最中も、いきなり地面を打ち叩くように降ってきたりもします。
今ひとつ釈然としない気象の中ではありますが、不安のないゆったりとした歩み営みをしたいものです。こういっている間にも、いま微弱な揺れを感じました。余震がまだ続いているようです。

   
ジューシーさ 葉末にしずく 蝸牛    ぶんな

 庭ではまだ蛙を見ていませんが、草を毟る傍らで、蝸牛が時とは無縁であるかのようにゆったりと動いておりました。

 北上山系、奥羽山脈に連なる緑。梅雨の晴れ間には、空の至るところにもくもくと浮かぶ雲の切れ間切れ間から、まっしぐらな光が迸り出て、はち切れんばかりに露を含んだ緑を潤沢に輝かせていました。

 こくこくと しずく飲み干し 緑かな    ぶんな

 この句を書きだしてすぐにまた余震がありました。雨がそしらぬふりで、しとしとと降っています。

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天才画家エミリー・ウングワレーー民族の叫びー

 アボリジニの固有文化の中で、文明(何をもって文明というかは分からないが一応)からは隔絶された限られた生活空間の中で描き続けているエミリー。またまた手軽な知識源からで申し訳ないのですが、オーストラリアに囚人を含む移民が入り彼らがハンティングの対象にされることから始まり数々の不幸な過去を1時間ばかり読むうちに気づきました。エミリーは文明という存在を知っている。知っているが寧ろそれを選ぶことをせずに生粋のアボリジニとして生きることを選択しているのだと。だからこそあのような絵を描くことができるのかもしれないと。
 書籍、音楽、絵画がアルハルクラにどれだけあるか分からないが、とにかくそういったものに触れようが触れまいが彼女の中からはあの色彩がわき出てくるかのようだ。ヤムイモ(サツマイモに似たいも)のつるやヤムイモが熟すときに割れる土のひびやボディ・ペインティングの縦縞などが彼女の線。色彩は、あの色彩はほんとうにどこから?
 
 毎日音楽というものを聴き、たまに絵画というものを観る機会にも恵まれているはずが、このブログの管理人は自分がこの程度であることを思い知った次第でした。
 
 

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エミリー・ウングワレー展ー国立新美術館にて7月28日までー

 上京三日目(9日)は姉も共に国立新美術館へ。国立新美術館は亡き黒川徽章氏の設計です。ダイナミックに円盤を持ち上げその上に喫茶やレストランを載せている。外観は曲線を生かしたガラス張り、などと下手な説明をするよりもちょっと検索すれば風変わりな建造物がすぐに出てくるのですが。コレクションを持たない1400㎡の展示スペースを持った美術館です。
 奇しくもモディリアーニの最終日でした。入場者は5月29日時点で20万人を突破したようです。時間節約と見所を素早く掴むため音声ガイドを耳に巡りました。当たり前のこととはいえ印刷物とは大違い。それは素晴らしいものでした。彼のパトロンが当時、ピカソの絵の二倍はする、といったそうです。ほんとうにそうかどうかは別として、芸術は値段ではないとはいえ、その評価には納得するものを感じました。1919年のジャンヌなどの人気が高いようですが、わたしは1918年のバラノフスキーがいいと思いました。
 モディリアーニ展、いまは大阪です。

 今ひとつの展覧会エミリー・ウングワレー展は、絵画を理解するに時間がかかりました。一見包装紙や和服地のようでもありましたから。
 エミリーが描いているときの姿、映像には打たれるものがありました。オーストラリアの先住民族アボリジニとして生まれ、固有の文化の中に生きながら、作品が確固たる評価を受け数億を売り上げる存在になってからも、アトリエも持たず、変わらずに赤土の上に座って赤土の上にアクリルカンヴァスを広げひたすらにに描き続けている異色の作家でした。ろうけつ染めのバティック、点描画など。色彩の豊かさには驚かされます。あの色彩を彼女はいったい何処で見たのか。彼女の住む周りアルハルクラには赤土とその上にやっと生え出たかの低木、そしてボディペインティングの縦縞、エミュー、ヤムイモの色彩の他にないように見えます。
 ドリーミング。解説によれば「アボリジニの宇宙観や創世、祖先、宗教的及び社会的な行為に関する掟、彼らの生活を支える霊的な力、それらに関連する物語を包括的にさす」。理解するにも何やら現実味に遠いのですが、エミリーの体内にあるこのようなモードから、100点余の膨大な作品群のなかに、あの摩訶不思議な色彩がとくとくと流れ込んでいるような気がします。圧倒されつつ見て回るうちに、しまいには、この色彩は、エミリーをアボリジニの代表者として、すべてのアボリジニの人々、アボリジニの民族の熱き祈り、熱き望みが溢れ輝き出たものであるとも思われてきたのでした。

 

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展覧会のお知らせ ー七宝焼ー

   

      天沼三津子さんの
         七宝に遊ぶ展 

       2008年4月16(水)ー4月30(水)
         11:00amー9:00pm(日曜休)
       
 喫茶ママ
         盛岡市本町通り1ー8-10
          019-622-5576

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展覧会のお知らせ ー絵画ー

  大信田時子さんの人物画展

   
 5月1日(木)~5月15日(木)
      AM11:00~PM9:00

              (4、11日休)
   
 画廊喫茶ママ
      盛岡市本町通1-8-10
             622-5576
   
   

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ヴァイオリン制作者宮本金八

 さっき宮本金八のことをちょっと書きました。もうそんなのとっくに知ってるという方もいれば、えっ、いったい誰なの? と思った方もいるかもしれないので。
 宮本金八は1878(明治11)年西洋建築の大工の家に生まれたそうです。多くの日本のヴァイオリン演奏家を育てたヴァイオリンニスト、アレクサンダー・モギレフスキーも彼の楽器を愛好し3挺も所有していました。かの偉大なヴァイオリン製作者ストラディバリウスに匹敵するという方もいるようですが、おばちゃんには分かりません。
 宮本は、自作のヴァイオリンを高く売ったことで有名らしい。
 岩手との関係では、大正時代の岩手初の弦楽四重奏団太田カルテットのメンバーだった赤沢長五郎が、彼の「倅」(宮本が自分の息子のために、特に精魂こめて製作したヴァイオリン)を買い取ったことや、赤沢が、自分のヴァイオリンを、ちょくちょく彼のもとに修理に出していた事実があります。自作のヴァイオリンを高く売っていたところから、音にはかなりの自信を持っていたのですね。してみると、修理を依頼したなら、どれほどに高額であったかも分かります。代金を書いた葉書などもありますが、いまちょっと取り出すのが億劫なので、ごめんなさい。
 ついでに、太田カルテットですが、演奏が上手かったかというと、? となるのです。ただ、太田カルテットの果たした文化貢献、そうです、この文化貢献が大きかったのです。この文化華やかなりし頃のことを、拙書
「光炎に響く」 中ぶんな著 新風舎刊 に書いておきました。
 

 ついでにというか、 おばちゃんが出版した新風舎が、ニュースに大々的に。新風舎がこんな形で、こうも有名になるとは思ってもみませんでした。ついに落城。何ともドラマチック です。
 おばちゃんが出版した時点では、文芸社をじきに追い越すかもというのが、おばちゃんの観測でした。が、大きく外れました。実はね、刊行後おばちゃん も訴えたいくらいの気分はありましたよ。いまだから言うわけじゃありませんけどね。待っても本屋さんに本が並ばないので、自分の足でせっせと本屋さんを 回って頭を下げてお願いして歩いたのでした。新風舎が言ってる事とちと違うなあ、と思いましたが、無名の新人じゃ仕方がないという自覚もありましたから。でもまあ、それもこれもいまでは楽しい思い出となっています。よーし、セールスマンになりき
って頑張るぞ! と決めてからは、がんがんと歩きました。読んでくださった店長さんの判断で、平積みにしていただいたときは感激しました。

 ただ、今はね、本への執着はあまりありません。それを失ったからってどうだろ、という心境です。人を失ったわけじゃありませんからね。 

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