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2026/05/10聖日礼拝 説教 インマヌエル綜合伝道団秋田・盛岡キリスト教会(兼牧) 神谷光一牧師

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『はたしてそのとおりかどうか』 使徒の働き17章1~12節
(説教題をクリックしてお聞きください)
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1
パウロとシラスは、アンピポリスとアポロニアを通って、テサロニケに行った。そこにはユダヤ人の会堂があった。
2 パウロは、いつものように人々のところに入って行き、三回の安息日にわたって、聖書に基づいて彼らと論じ合った。
3 そして、「キリストは苦しみを受け、死者の中からよみがえらなければならなかったのです。私があなたがたに宣べ伝えている、このイエスこそキリストです」と説明し、また論証した。

4 彼らのうちのある者たちは納得して、パウロとシラスに従った。神を敬う大勢のギリシア人たちや、かなりの数の有力な婦人たちも同様であった。
5 ところが、ユダヤ人たちはねたみに駆られ、広場にいるならず者たちを集め、暴動を起こして町を混乱させた。そしてヤソンの家を襲い、二人を捜して集まった会衆の前に引き出そうとした。
6 しかし、二人が見つからないので、ヤソンと兄弟たち何人かを町の役人たちのところに引いて行き、大声で言った。「世界中を騒がせてきた者たちが、ここにも来ています。
7 ヤソンが家に迎え入れたのです。彼らはみな、「イエスという別の王がいる」と言って、カエサルの詔勅に背く行いをしています。」
8 これを聞いた群集と町の役人たちは動揺した。

9 役人たちは、ヤソンとほかの者たちから保証金を取ったうえで釈放した。
10 兄弟たちはすぐ、夜のうちにパウロとシラスをベレアに送り出した。そこに着くと、二人はユダヤ人の会堂に入って行った。
11 この町のユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも素直で、非常に熱心にみことばを受け入れ、はたしてそのとおりかどうか、毎日聖書を調べた。
12 それで彼らのうちの多くの人たちが信じた。また、ギリシアの貴婦人たち、そして男たちも少なからず信じた。

神谷牧師による説教の要約
 ベレアの町の人々が、パウロの語るみことばが果たしてその通りかどうかを調べたとは、キリストの十字架と復活が、本当に聖書に書かれている預言であるかどうかを確かめたといえる。
 そのように、パウロがキリストを伝えた時、それを信じた人と信じない人の違いは聖書を読んだ結果、自ら正しくあるために努力するか、自分が持つ罪の事実を悟って救いを求め、それをキリストに任せてゆくかの違いである。
 聖書を読み進むとき、神が私たちに願っていることは、私たちの罪が赦されるために、十字架にかかってよみがえったキリストを信じることである。

<ブログ管理人のひとりごと>
 11日、葛巻まで行ってきました。凡そ40年前に盛岡市の日赤病院産科病棟の一室で、私の隣のベッドに入院していたTさんに会いに。是非葛巻高原を見に来てくださいと招いてくださったのだ。息子たちが中学校当時のいわばママ友であるIさんを8時に拾い、一路4号線を281号線を駆けること1時間半、Tさんの待つ小屋瀨中学校に到着。それ以上の運転は自信がないという私の健康を気遣ってくれ、途中まで迎えに出てくださった。そこからTさんのクルマに乗せてもらい、袖山高原に。途中の白樺林の新緑はすばらしく、白樺の樹下には一面に二輪草の白い群落、ところどころに紫の花が点在。何の花かは後で調べよう、そう思い写真を撮らずに来たところが、花の名はいまだ特定しかねている。樹間には躑躅の堅い蕾、ややに開きかけた蕾が開花に向けて待機。瑞々しく清々しい景観の連続でした。Tさんとは数十年ぶりの面会。北上山系開発の入植者として、50年の人生をこの岩手につぎ込まれた方だ。女性ながら巖のように不屈で堅い意志が刻まれた日に焼けた面差しに、私は深い感慨と感動を覚えていた。
 北上山系開発というのは、国土開発が北上山地にブルドーザーを入れ高原に牧場を切り開き、住居、搾乳機械、バルククーラー、サイロ、牧草地等などの設備をワンセットに入植者の方々を募った。これは農水省の事業として行われたが、当時の私には国土開発と農水省のやりとりまでには考えが及んではいなかった。この事業は確かに農水省の夢だったのだ。夢の酪農団地。結果的にこの事業で儲けたのは誰か、損をしたのは誰々かにまでには考えが及んではいなかった。しかし、のちの乳価の暴落が夢を打ち砕いた。借金は酪農家の方々の肩にのっちりとのしかかり、県への陳情での回答は、利子の一定期間の先延ばしがせいぜいであったと思う。資料はしまい込んでしまいまた取り出すには時間を食うので、曖昧な書き方になっている。どこぞの指摘があるやもしれない。何れ元金そのものの肩代わりは一切一円たりともなかったはずだ。入植者の方々の死に物狂いの戦いがそこから始まる。その一連を知っていただかないと、Tさんに数十年ぶりに会った瞬間の感情は理解してはいただけないかと思う。もしかすれば彼女に会う最後の機会であったかもしれない。
 日赤病院で隣だったTさん。私はもう一つの聖書のことばを話していたらしい。何も彼女の助けになることが出来ない、その力もない、私にあるのは聖書のことばだけと思われた。「神さまにゆだねなさい」と私はいったらしいが。お子さんの心配、お子さんのことは神さまにおゆだねすれば、とたぶん言ったかもしれない。それを聞いた時、思い煩いから救われたとTさんが語ってくれた。神のことばである聖書には確かにそういう力があるのだ。私自身が縋り付く思いで言ったのに違いなかった。そしてそれから50年、不屈の努力で借金は返濟なさったと聞いている。これは世の中に公にされていることでもあり、書いても差し支えないかと思う。何よりもT夫妻が過去に病気や怪我を潜られはしたが今はお元気で働かれている。そして二人のお嬢さまが今お幸せでいらっしゃることが嬉しかった。

 実はその翌々日、珍しく夜中に7度7分の熱。ちょっと疲れが出たのだろう。それでも翌朝には6度3分に。コロナやインフルではなさそう。木曜日の祈祷会のYouTubeで元気をもらって、この週のクラシック倶楽部が何とバッハの古楽器演奏。カンタータ125番「安らぎと喜びをもって私は行く」、そして1番ではキリストのすばらしさ。金星、明けの明星よ、「輝く暁の星の麗しさよ」。2台のナチュラルホルンの自然に透っていくような高らかな響きが心地よかった。その翌日だったか、やはり古楽器。チェンバロとフルートトラヴェルソ。バッハの「アンダンテによるファンタジア」、今朝の演奏者であるロマニウクとトラヴェルソの柴田さんの編曲、これが華やぎを感じさせてくれた。
 この頃は、バッハが流れてくると無条件にほっとする自分がいる。毎週礼拝に間に合わせて作曲をしていたバッハ。何か神の霊感がスピリチャルさが安心をくれるのだ。

 そして水曜日の祈祷会のYouTubeで元気をもらい、この土曜日に何とか滑り込んでいる。

 

 

インマヌエル秋田キリスト教会  https://localplace.jp/t100303888/
インマヌエル盛岡キリスト教会 https://sites.google.com/view/igm-morioka/

 

⏰20時45分更新

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