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2026年2月

2026/02/22 聖日礼拝 説教 インマヌエル秋田・盛岡キリスト教会(兼牧) 神谷光一牧師

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『わたしの家は祈りの家』 マタイの福音書 21章12~17節
(説教題をクリックしてお聞きください)
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12
それから、イエスは宮に入って、その中で売り買いしている者たちをみな追い出し、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒された。
13 そして彼らに言われた。「『わたしの家は祈りの家と呼ばれる』と書いてある。それなのに、おまえたちはそれを『強盗の巣』にしている。」
14 また、宮の中で、目の見えない人たちや足の不自由な人たちがみもとに来たので、イエスは彼らをいやされた。
15 ところが祭司長たちや律法学者たちは、イエスがなさったいろいろな驚くべきことを見て、また宮の中で子どもたちが「ダビデの子にホサナ」と叫んでいるのを見て腹を立て、
16 イエスに言った。「子どもたちが何と言っているか、聞いていますか。」イエスは言われた。「聞いています。『幼子たち、乳飲み子たちの口を通して、あなたは誉れを打ち立てられました』とあるのを、あなたがたは読んだことがないのですか。
17 イエスは彼らを後に残し、都を出てベタニアに行き、そこに泊まられた。


 

神谷牧師による説教の要約
 キリストが神殿から商売をしている人たちを追い出したとき「わたしの家は祈りの家」と語ったのは、ユダヤ人からは汚れているとみなされていた異邦人の祈りの場が、不当に占拠されていることへの憤りが背景にあった。
 また商売人を追い出した後、キリストのもとにやって来た、目の見えない人や足の不自由な人、また子どもたちに共通しているのは、当時の社会から何ら顧みられることなく、大切にされていないことであった。
 私たちがキリストのように、謙って下に、下に向かう心を頂くとき、周りで私たちを必要とする、弱さを抱え、困っている人たちのもとに行き、親切にすることで、キリストの願う、神のみこころを行うことができる。

<ブログ管理人のひとりごと>
 17
時に15分前、明るい夕景がまるでこぞり立ち上がったかに活き活きと輝いている。閉め切ったへやの通気口から花粉が侵入しているらしく、鼻水が出る。私の自宅のこの辺りは杉が多い。今しがた光がトーンダウン。夕暮れの気配が幾分濃くなって、気分の反転を企てているようでもある。
 ほんとうは先週のことは先週に書かなければ、記憶のモザイクのいくつかが欠け落ちるか剥げ落ちるかしてしまっている。惜しいことだ。余生幾許かを数える身にはどれかが欠け落ちてしまうのは悔しい。
 三日間は孫たちと過ごす時間があったことは至福だった。自分もまだ何かの役に立つことができるという満足感。教会の牧師夫人は、自分が今後どの程度の事ができるかの不安を述べたときに、「何が出来なくてもいてくれるだけでいい」と仰ってくださったのは有難かった。しかしできないよりは何かができる方がやはり自分自身の張り合いが違うというものだ。そして今日も一通りの家事、買い物、またこのように書きとめることができている。余力があれば、もうちょっと書き物というほどのものかどうか、少しは書いて、何かを書けたという満足が欲しいところだ。
 そして書きとめておきたいのはさまざまあるが、ここは、教会のこと。これは兼牧の牧者に支えられているともいえるのだが、信徒の方々が、だからできない、ではなく、しかし何かができるはず、という視点に立っておられるということ。誰かがこうした方がいいと提案すると、もう誰かがそれを製作してくるという具合。この日、教会の礼拝を知らせるポスターか何かを掲示した方が良いという意見に応じ、早速お若い方のS兄が写真のような立て看板を作って持ってきてくださった。ポスティングのチラシは遠慮していただきたいねとの意見には、M兄がすでにテプラを作ってくださった。
 何とか讃美歌のピアノ伴奏をしたいとM姉が、朝教会に行くと、練習をしておられた。もっとも学校時代にある時期ピアノを習っておられたようでもある。ほんとうはこの方、ギターが得意、近頃はサキソフォンもなさっている。教会で音楽練習をと。平日にも教会に讃美歌が流れていたならどんなにすばらしいだろう。
 レジェンドというにはまだまだお若いS姉、冬のお花を私に代わって続けてくださっている。そして今朝も朝いちばんに会堂を温め、水道を開栓し皆を迎えてくれたT兄姉。帰りは火の始末、施錠までを引き受けて下さっている。そして休日出勤でもいつも教会を忘れず、注意を払ってくださっているY姉。夫妻で目立たない奉仕を陰でやってくださるK兄姉。いつもリモートで集会に参加くださっている方々。健康上の理由ですこしの間お休み、しかし教会の管理のことではこれまで十分にご奉仕くださったお若いI姉。昔はオルガンの塗装をしてくださったり多くの貢献をくださったそれこそレジェンドT兄。来週にはご活躍くださる予定のA兄姉。「そして何ができなくてもいるだけ」となりつつある私の良きアドバイザーK姉、A姉。そして何かに心配して教会に駆け付けてくださるT姉。挙げればきりもない感謝、感謝のオンパレード。教会は生きている。
 朝起きる事ができた感謝、こうして一日を締めくくることができる感謝と、ほんとうに神さまありがとうございます。
そろそろ夕食の支度をしなければならない。こうして予め書いておけば、遅くとも21時前にはブログ更新できるだろう。


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 写真はS姉のお花、そしてお若い方のS兄製作の立て看板。

 

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⏰19時45分更新

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2026/02/15 聖日礼拝 説教 インマヌエル秋田・盛岡キリスト教会(兼牧) 神谷光一牧師

『王があなたのところに』 マタイの福音書 21章1~11節
(説教題をクリックしてお聞きください)

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1
さて、一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山のふもとのベテパゲまで来たそのとき、イエスはこう言って、二人の弟子を遣わされた。
2「向こうの村へ行きなさい。そうすればすぐに、ろばがつながれていて、一緒に子ろばがいるのに気がつくでしょう。それをほどいて、わたしのところに連れて来なさい。
3 もしだれかが何か言ったら、『主がお入用なのです』と言いなさい。すぐに渡してくれます。」
4 このことが起こったのは、預言者を通して語られたことが成就するためであった。
5 「娘シオンに言え。『見よ、あなたの王があなたのところに来る。柔和な方で、ろばに乗って。荷ろばの子である、子ろばに乗って。』
6 そこで弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、
7 ろばと子ろばを連れて来て、自分たちの上着をその上に掛けた。そこでイエスはその上に座られた。
8 すると非常に多くの群集が、自分たちの上着を道に敷いた。また、木の枝を切って道に敷く者たちもいた。
9 群集は、イエスの前を行く者たちも、後に続く者たちも、こう言って叫んだ。「ホサナ、ダビデの子に。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。ホサナ、いと高き所に。」
10 こうしてイエスがエルサレムに入られると、都中が大騒ぎになり、「この人はだれなのか」と言った。
11 群集は、「この人はガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言っていた。

 

神谷牧師による説教の要約
 キリストがエルサレムの町にやってくるのを見て人々が「ホサナ」(お救いください)と叫んだのは、死人をよみがえらせる力を、持った方が、当時自分たちを支配していたローマから解放することを期待したからである。しかし、そのキリストが子ろばに乗って進むことは柔和と謙りを表しており、それは十字架での最期へと向かう行進であった。
 十字架のキリストが、ののしられてもののしり返さず、苦しめられても脅すことをせず、死後三日目に復活されたことは、究極の絶望である死を打ち破り、それまでに受けたすべての悪に対する静かな勝利を示す。
 このお方を受け入れ、心の王座に迎えるとき、私たちの歩みもまた、それに倣うものとなる。


<ブログ管理人のひとりごと>
 この日は、説教の前に、インマヌエル秋田教会のI姉の信仰の体験談をお聞きできました。
I姉は東京出身。インマヌエル深川教会に所属するクリスチャンホームの三女として育たれた方。小学校1年のとき、姉妹から「(あなたは)救われてないから天国へは行けない」と言われ、教会に行き、Y先生に個人伝道により救いに導かれる。その後、人生の分岐点に差し掛かるたびに助言者が与えられ、聖書のおことばに立ち返りながら、信仰の道を真実に歩み続けておられます。
 クリスチャンの若者たちの集いが必要であることを重荷とされ、その後にユースステーションが立ち上げられています。
 米農家の嫁として信仰によって幾多を乗り越えられ良き証しをたてておられます。どうぞお聞きください。

 礼拝が始まる前も、礼拝を終えてからも、それぞれの方々が準備、そしてあと片付けを淡々とこなしていてくださる。A姉が御手洗いの掃除をなさっていたが、これなら自分もできるなと思い拝見。眼に見える奉仕、見えない奉仕と常に陰に回ってもこなしていてくださる方々。まだ受洗していない方もが会員以上に動いてくださる。感謝は尽きない。


「ののしられてもののしり返さず、苦しめられても脅すことをせず」このようなキリストのお姿に倣うことができるかどうか、これが深刻な人権がらみのことである場合にも忍従と寡黙であるべきなのか、神さまの前に、 これもまた一生の課題であるように思う。
 

 

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⏰21時14分更新

 

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2026/02/08 聖日礼拝 説教 インマヌエル秋田・盛岡キリスト教会(兼牧) 神谷光一牧師

『天の神ご自身が私たちを成功させ』 ネヘミヤ記 2章17~20節
(説教題をクリックしてお聞きください)

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17
私は彼らに言った。「私たちが直面している困難は見ての通りだ。エルサレムは廃墟となり、その門は火で焼き払われたままだ。さあ、エルサレムの城壁を築き直し、もうこれ以上、屈辱を受けないようにしよう。」
18 そして、私に恵みを下さった私の神の御手のことと、また王が言ったことばを彼らに告げた。すると彼らは、「さあ、再建に取りかかろう」と言って、この長い仕事に着手した。
19 ところが、ホロン人サンバラテと、アンモン人でその部下のトビヤ、およびアラブ人ゲシェムは、これを聞いて私たちを嘲り、蔑んで言った。「おまえたちのしているこのことは何だ。おまえたちは王に反逆しようとしているのか。」
20 私は彼らのことばを返して言った。「天の神ご自身が私たちを成功させてくださる。それで、そのしもべである私たちは、再建に取りかかっているのだ。あなたがたにはエルサレムのうちに何の取り分も、権利も、ゆかりもない。」

 

神谷牧師による説教の要約
 ネヘミヤが皆に城壁の再建を告げ、その働きを始めようとする際に「主に反逆するのか」と反対された時「天の神ご自身が~成功させてくださる」と答えたのは、この件が、王権をも動かす神から出たものだと信じていたからである。
城壁の再建後も、ネヘミヤが神殿礼拝や奉仕する祭司、レビ人、民が律法を守ることにまで力を尽くしたのは、かつてイスラエルが持っていた、神との親しい関係を回復し、且つそれを失うまいとする願いからであった。
 そうした諸々の課程の中でネヘミヤの祈りが「天の神」から「私たちの神」「私の神」へと変わっていったのは、問題の渦中で共にあり、そこに働く神を信じたからである。
 神を計算に入れて取り組む現実の課題は、いよいよ私たちを神に近づかせる。


<ブログ管理人のひとりごと>
 教団発行の2月の「イムマヌエル教報」に、50年もの間この盛岡教会を牧会してくださった國光勝美先生の「老いに生きる自分を」が掲載されている。國光ご夫妻は引退して今広島の呉におられる。今は広島教会の講壇でご奉仕を分け持っておられる。
50年といえば、一生を盛岡教会に捧げてくださったともいえる。50年前、盛岡教会の信徒はたった3人だった。たったという言葉は不適切だろう。信じたものには神の靈が与えられている。そのことを思えば〝たった〟などというべきではない。それをわかっておられたのは國光先生方で、よくわかっておらず、自覚に乏しかったのは私であった。理屈では分かっていても、決して神さまに捧げ切ってはいなかったのだ。この3人のために先生方が心を合わせてどんなに祈ってくださっていたことか。2000年前の十字架の贖罪が現実に自らのためとまことに知るまで、私はとにかく祈られた信徒であったのだ。感謝の思いを新たにする。
 その後信徒の數は増えてゆき、会堂が手狭となり、近くの家屋を借りて移転、そこも手狭となり、いよいよ会堂が新たに建てられたのだった。この時にも不思議な逸話が残っている。50年目に近づいた時、國光ひろ子先生の病気に伴うやむを得ない事情から引退を決意され呉へ。呉に着くまで命がもつかどうかという際どい状況下であった。「次にお会いするのは天国で」がひろ子牧師の思いであられたようだ。私自身、見送りで新幹線のデッキに立たれたひろ子牧師に手を振りながら、お葬儀にはいけるだろうかと、これが今生の別れになると覚悟していたのだ。それが盛岡を離れ呉に移られてからひろ子牧師の癌が消えるという実に不思議な成り行きがあった。
 國光牧師夫妻が去って後、無牧となったわけではなく、秋田から神谷牧師夫妻が月一回いらしてくださり、他の週には説教の配信がある。ただ礼拝の準備など信徒たちが担うことも出てきた。そうなってから、何か緊張感があり、自分に何ができるだろうかと考えるようになった。そしてそのことが信仰者としての自立、自らの建て上げにつながったように思う。そしてたとえ無牧になったとしても、神はおわします、この確信を持つに至った。
 我が家の近くにカトリック教会がある。たまに会堂を、これは興味本位ではなく、扉のところからイエスさまの十字架が見えるので、開堂の時間帯にちょっと覗いて祈ることがある。先日は閉まる4時ぎりぎりであったけれど、ちょっと覗いたら、私よりも先輩とお見受けする女性が出てらした。「またどうぞ」と言ってくださった。勿論私には転会しようとかそのような思いはないのだけれども、この方はほんとうに神さまを知っていると直感。またいつか行って、たとえ教会があろうとなかろうと、そこに牧者がいようといまいと、神はおられる。この驚き。このことについてあの方と話してみたいと思っている。
 明日は日曜日。説教題は毎週土曜日には全会員にラインで届く。この土の器に持ち帰ってきたい。
教会に着く頃にはまた恐らくT兄姉が早くにいらして、会堂を温めてくれているだろう。先だっては凍ったトイレの水道管を解凍してくださっていた。こうして書きながらも愛兄姉のお一人おひとりに感謝の思いが湧いてくる。神さまへの感謝が満ちる。

 

 

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⏰20時55分更新

 

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2026/02/01 聖日礼拝 説教 インマヌエル秋田・盛岡キリスト教会(兼牧) 神谷光一牧師

『聞いたとき~泣き~悲しみ~祈った』 ネヘミヤ記 1章1節~2章8節
(説教題をクリックしてお聞きください)

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1
ハカルヤの子ネヘミヤのことば。第二十年のキスレウの月に、私がスサの城にいたときであった。
2 私の兄弟の一人ハナニが、ユダから来た数人の者と一緒にやって来た。私は、捕囚されずに残された逃れの者であるユダヤ人たちについて、またエルサレムのことについて、彼らに尋ねた。
3 彼らは私に答えた。「あの州で捕囚を生き残った者たちは、大きな困難と恥辱の中にあります。そのうえ、エルサレムの城壁は崩され、その門は火で焼き払われたままです。」
4 このことばを聞いたとき、私は座り込んで泣き、数日の間嘆き悲しみ、断食して天の神の前に祈った。
5 「ああ、天の神、主よ。大いなる恐るべき神よ。主を愛し、主の命令を守る者に対して、契約を守り、恵みを下さる方よ。
6 どうか、あなたの耳を傾け、あなたの目を開いて、このしもべの祈りを聞いてください。私は今、あなたのしもべイスラエルの子らのために、昼も夜も御前に祈り、私たちがあなたに対して犯した、イスラエルの子らの罪を告白しています。まことに、私も私の父の家も罪を犯しました。
7 私たちはあなたに対して非常に悪いことをして、あなたのしもべモーセにお命じになった、命令も掟も定めも守りませんでした。
8どうか、あなたのしもべモーセにお命じになったことばを思い起こしてください。『あなたがたが信頼を裏切るなら、わたしはあなたがたを諸国民の間に散らす。
9 あなたがたがわたしに立ち返り、わたしの命令を守り行うなら、たとえ、あなたがたのうちの散らされた者が天の果てにいても、わたしは彼らをそこから集め、わたしの名を住まわせるためにわたしが選んだ場所に連れて来る』
10 これらの者たちこそ、あなたがその偉大な力と力強い御手をもって贖い出された、あなたのしもべ、あなたの民です。
11 ああ、主よ。どうかこのしもべの祈りと、喜んであなたの名を恐れるあなたのしもべたちの祈りに耳を傾けてください。どうか今日、このしもべに幸いを見させ、この人の前で、あわれみを受けさせてくださいますように。」そのとき、私は王の献酌官であった。


1 アルタクセルクセス王の第二十年のニサンの月に、王の前にぶどう酒が出されたとき、私はぶどう酒を取り、王に差し上げた。それまで、私は王の前で気持ちが沈んでいたことはなかった。
2 すると、王は私に言った。「病気でもなさそうなのに、なぜ、そのように沈んだ顔をしているのか。きっと心に悲しみがあるに違いない。」私は非常に恐れて、
3 王に言った。「王よ。永遠に生きられますように。私の先祖の墓がある都が廃墟となり、その門が火で焼き尽くされているというのに、どうして沈んだ顔をしないでいられるでしょうか。」
4 王は私に言った。「では、何を望んでいるのか。」私は天の神に祈ってから、
5 王に答えた。「もし王が良しとされ、このしもベにご好意をいただけますなら、私をユダの地、私の先祖の墓のある都へ遣わして、それを再建させてください。」
6 王は私に言った。王妃もそばに座っていた。「旅はどのくらいかかるのか。いつ戻って来るのか。」王はこれを良しとして、私を遣わしてくださることになり、私は予定を伝えた。
7また私は王にこう言った。「もしも王様がよろしければ、ユダに着くまで私が通行できるように、ユーフラテス川西方の総督たちへの手紙をいただけるでしょうか。
8 そして、宮の城門の梁を置くため、また、あの都の城壁と私が入る家のために木材をもらえるように、王家の園の管理人アサフへの手紙もお願いします。」わが神の恵みの御手が私の上にあったので、王はそれをかなえてくださった。


 

神谷牧師による説教の要約
 ネヘミヤが城壁の崩されたエルサレムの都のことを聞いて泣き、悲しみ、そして祈る中で、自分たちに与えられている、神の約束による罪のさばきと回復へと思いが至り、心には城壁再建への具体的な思いが与えられた。
そうしたネヘミヤの祈りは、単なる心の思いに留まることなく、献酌官として王の前にその願いを申し述べる機会が与えられたことで、形を取って進み始める。
 私たちの心の悲しみや痛みを神に祈ることは、その状況を神が見ておられるように見、心を通わせることにつながり、それは具体的な行動となり、見える形となって実現してゆく。
 時に心を揺り動かす思いを、祈りの中で申し述べてゆきたい。


<ブログ管理人のひとりごと>
教会でお花の係がある。S姉が「冬の間は私がやるから」と私の分を担ってくださった。感謝して安心して代わっていただいている。25日の朝の雪かきのときも二、三人の方が言ってくださった「無理しなくていいからもう休んでて」。そしてきょうひさしぶりに川柳が一句できた「労わられいたわられて知るおのが齢」。みなさまの温かさに、じ~ん、だけどちょっと待って、わたしそこまで弱っちゃってる?とはいうものの齢を認めざるを得ない自分を発見。
スマホから何とか画像を取り込もうとしたが設定がうまくいかない。そんな操作も昔は速やかだった主人もしばし戸惑い「M兄に電話しよう」。パソコントラブルのお助けマンだ。この道路状況だし悪いかな~といいつつ連絡。「いいですよ」。ボランティアで来てくださった。感謝、感謝。こうして日々の感謝が尽きない。
 こんな時にわたしがやるべきことは、ここは大丈夫?こっちの部屋は散らかってない?奥の隅っこに埃はないかしらん。心の中にある幾つもの部屋の扉をあけては、チェック、チェック。ちゃんと十字架のイエスさまに心が向いてるかしらん。向かせないようにする何かが散らかっていないかをチェック、チェック。崩れかけた、壊れかけた城壁がないかをチェック。
 今晩は昼間に孫と遊び楽しく過ごしたけれど、夕方4時から昼寝?でぐっすり。気づけばいつもの夕食時も過ぎて7時に目覚め、電気炊飯器では時間がかかると急遽圧力釜で炊飯。何とか7時半には夕餉に着く。まずまずのスピード感。そしてこのページに取り掛かり、ふとPC右下を見るとすでに22時13分。昼寝はしてもやっぱり眠い。
 雪道は歩きにくい。疲れる。けれどもこの雪の白さ、美しさは!

 そうそう、2月1日には、月一回盛岡に来てくださる神谷牧師夫妻がいらっしゃった。朝早く秋田からクルマでいらしたのだ。この日いらっしゃった新しい来会者の方が、美津子先生と来会者の友人の3人で談笑している姿に心が揺れ涙がにじんだ。わけはわからないけれども、心が動かされたのだ。
 この日はA兄姉が皆様のためにカレーを作ってくださった。ホアグラ、キャビア、トリュフがあるわけではない。しかしこの美味しさ楽しさはなんだろう。何々がなければ、何々がなければ、と思わずともキリストここにあれば、何がなくても、カレーも、M姉、K姉が添えてくださった野菜料理は極上のグルメとなるのです。

 

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⏰22時32分更新

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