このブログは、日曜日ごとに、一週間遅れて説教をおつなぎしております。
2025年7月27日(日)
説教題 『ギリシア語を話す人たちにも』 (←クリック)
聖書朗読 使徒の働き11章19~26節
19 さて、ステパノのことから起こった迫害により散らされた人々は、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで進んで行ったが、ユダヤ人以外の人には、だれにもみことばを語らなかった。
20 ところが、彼らの中にキプロス人とクレネ人が何人かいて、アンティオキアに来ると、ギリシア語を話す人たちにも語りかけ、主イエスの福音を宣べ伝えた。
21 そして、主の御手が彼らとともにあったので、大勢の人が信じて主に立ち返った。
22 この知らせがエルサレムにある教会の耳に入ったので、彼らはバルナバをアンティオキアに遣わした。
23バルナバはそこに到着し、神の恵みを見て喜んだ。そして、心を堅く保っていつも主にとどまっているようにと励ました。
24 彼は立派な人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。こうして、大勢の人たちが主に導かれた。
25 それから、バルナバはサウロを捜しにタルソに行き、
26 彼を見つけて、アンティオキアに連れて来た。彼らは、まる一年の間教会に集い、大勢の人たちを教えた。弟子たちは、アンティオキアで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。
【神谷牧師による説教の要約】
迫害のために各地へ散らされた信仰者たちの中で、キプロス人、クレネ人が、それまでユダヤ人以外には語られなかったキリストのことをギリシャ語を 話す人達に伝えることができたのは、彼らが同じ外国人で、ギリシャ語とその文化への理解を持っていたからだといえる。
神がパウロのことを「わたしの名を異邦人~の前に運ぶわたしの選びの器」と呼ばれたのも、パウロがエルサレムにいた弟子達と違い、キリキヤのタルソという外国で生まれ育った背景があった。
私たちもまた、それぞれが辿る人生の途上で、神が出合わせてくださった人たちに対し、相手への理解を通して、キリストのことを伝えることができる。
―ブログ管理人のひとりごとー
大変な暑さが続いている。いまこの時にも救急車の音、比較的近くで停まったようだ。熱中症だろうか。干上がっていくダムや河川。農作物の被害も懸念されている。不安材料の多い生活環境ではあるけれども、やはり心深くうなずかれる神の存在が、自分を落ち着かせてくれている。「主はわが旗」。詩篇23篇が浮かぶ、たとえ36度予報であっても。
1 主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。
2 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。
3 主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。
4 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。
5 私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。
6 まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。
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⏰7時12分更新
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