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2025年8月

すこしのあいだブログ更新をおやすみいたします。

 病気治療のため、一定期間、更新をおやすみいたします。あければ実りの秋。主はいったいどんな実りの数々を見せてくださるでしょうか、楽しみです。
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♪キリストにはかえられません

1.キリストには
かえられません
 世のたからも また富も
  このお方が わたしに
 代わって死んだゆえです
 
※世の楽しみよ 去れ
 世の誉れよ 行け
 キリストには
かえられません
 世のなにものも
 
2.キリストには
かえられません
 有名なひとになることも
 ひとのほめる 言葉も
 この心を惹(ひ)きません
 
♪ 世の楽しみよ 去れ
 世の誉れよ 行け
 キリストには
かえられません
 世のなにものも
 
3.キリストには
かえられません
 いかに美しいものも
 このお方で 心の
 満たされてある 今は
 
♪ 世の楽しみよ 去れ
 世の誉れよ 行け
 キリストには
かえられません
世のなにものも

インマヌエル秋田キリスト教会  https://localplace.jp/t100303888/
インマヌエル盛岡キリスト教会 https://sites.google.com/view/igm-morioka/

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きょうのことばー『主の前で力の限り跳ね』ーインマヌエル秋田・盛岡(兼牧)キリスト教会牧師  神谷光一師の説教ー

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このブログは、日曜日ごとに、一週間遅れて説教をおつなぎしております。
2025
年8月10日(日)
説教題 『主の前で力の限り跳ね』 (←クリック)
聖書朗読 サムエル記第二6章12~23節

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12「 主が神の箱のことで、オベデ・エドムの家と彼に属するすべてのものを祝福された」という知らせがダビデ王にあった。ダビデは行って、喜びをもって神の箱をオベデ・エドムの家からダビデの町へ運び上げた。
13 主の箱を担ぐ者たちが六歩進んだとき、ダビデは、肥えた牛をいけにえとして献げた。
14 ダビデは、主の前で力の限り跳ねまわった。ダビデは亜麻布のエポデをまとっていた。
15 ダビデとイスラエルの全家は、歓声をあげ、角笛を鳴らして、主の箱を運び上げた。
16 主の箱がダビデの町に入ろうとしていたとき、サウルの娘ミカルは窓から見おろしていた。彼女はダビデ王が主の前で跳ねたり踊ったりしているのを見て、心の中で彼を蔑んだ。
17人々は主の箱を運び込んで、ダビデがそのために張った天幕の真ん中の定められた場所にそれを置いた。ダビデは主の前に、全焼のささげ物と交わりのいけにえを献げた。
18 ダビデは全焼のささげ物と交わりのいけにえを献げ終えて、万軍の主の御名によって民を祝福した。
19 そしてすべての民、イスラエルのすべての群集に、男にも女にも、それぞれ、輪型パン一つ、なつめ椰子の菓子一つ、干しぶどうの菓子一つを分け与えた。民はみな、それぞれ自分の家に帰った。
20 ダビデが自分の家族を祝福しようと戻ると、サウルの娘ミカルがダビデを迎えに出て来て言った。「イスラエルの王は、今日、本当に威厳がございましたね。ごろつきが恥ずかしげもなく裸になるように、今日、あなたは自分の家来の女奴隷の目の前で裸になられて。」
21 ダビデはミカルに言った。「あなたの父よりも、その全家よりも、むしろ私を選んで、主の民イスラエルの君主に任じられた主の前だ。私はその主の前で喜び踊るのだ。
22 私はこれより、もっと卑しめられ、自分の目に卑しくなるだろう。しかし、その女奴隷たちに、敬われるのだ。」
23 サウルの娘ミカルには、死ぬまで子がなかった。

 

【神谷牧師による説教の要約】
 サウル王に代わって、ダビデが神の箱を荷車に載せて運ぼうとしたとき、箱に触れた人が神に打たれたのは、祭司やレビ人以外に神の箱に触れてはいけないというルールが忘れられるほど、それらが軽んじられていたことを示している。
 ダビデが祭司やレビ人たちを神の前に賛美をささげる人として奉仕を与えたのは、サウル王のように力で国を守ろうとするのではなく、神がこの国を支えてくださると考えていたからである。
 また、サウルの娘であるミカルが、民の前で喜び踊るダビデを見下ろし、心の中で蔑んだのは、神よりも権力にすがり、周りからどう見られるかが大事だったサウル王と同じである。
 見えない神の視点に重きを置く人は、周囲の評価から自由にされて生きることができる。

―ブログ管理 人のひとりごとー
 この日の説教、人の目より、神の視点に立って行動すべきであること。顧みると、神がどうご覧になるかよりも、人がどう思って見るか、人の視点の方を計算に入れて行動することが多かった自分であったなと思う。
 一人暮らしの実家の母の介護をしていたときのこと、特に母が人工透析になってからは、週3回、母が病院へ行くときには介護タクシーをお願いしていた。驚くほど安かった。今負担割合を「盛岡市の介護タクシーの負担割合は?」と入れてみると、1~3割と出ている。何れそんな金額であったと思う。福祉って有難いと思った最初だった。4時間の透析の後、迎えに行って、買い物をし、簡単に身の回りを片付けて帰るのが私の役目。時には気晴らしにクルマで郊外の景色を見せに連れていったこともある。母は小岩井が好きだった。ほかはヘルパーさんに来ていただいていた。ヘルパーさんが来る日は、何か母が動く。「今日はヘルパーさんが来るからきたなくしておくと恥ずかしい」というのだった。そんな母の気持ちも分からないではなかったが。
 夕方になって私が帰ろうとすると、「あっち(嫁ぎ先)でも待ってるだろうしね」とポツリ。本音は泊ってゆっくり母と過ごしてやりたかった。しかし毎日のように母のところには来ているのだし、同じ市内に居ながら泊るまではしなくともいいだろうと思った。それと、私は、外泊には抵抗感がある。これには世間体が悪いという意識がないではない。
 今朝母の夢を見ていた。デパートの人混みの向こうに母が歩いている。夢の中で、あら、母は死んだはずなのに。母は平成19年に88歳で亡くなっている。ただ単純にそんな夢だったけれども。しかし思った。あの時、泊ってやればよかった。勿論、年越しの日は泊りに行った。兄弟たちが連れていったときもあったが、本人が家にいる方がいいと言うので、こんな日に一人にしてはおけないと私が行っていた。舅は「我が家の年とりは30日である」と明言。「31日はそれぞれ好きなようにしなさい」。それで30日は小姑さん一家と共に〝年越し〟ができ、31日は私は実家に泊りに行くことができたのだった。
 しかし今になって、もっと泊ってあげればよかったという思いがのこっている。母は私が帰るときに、それを言いたかっただろうと思う。母が亡くなってから私は気づいた。母は、死ぬことは覚悟していたなと。叔父(母の弟)が母を「天才的な忍耐力の持ち主」と言ったことがある。まさしくそうだった。 
 嫁ぎ先の思惑と人目を気にして動いていた自分。「今日は泊っていきます」と電話を入れたとしても、主人も舅姑も「ああ、そう」と言っただろう。ダメだと言う人はいない。今思えば家に帰った方がいいと思っていたのは私だけだった。
 結局母は病院で最期は弟と私に見守られながら息を引き取った。私はあのとき、心肺停止の前に人の霊魂は先に出て行っているのではないかと思った。心肺停止の前に、母の明るい顔が中空に見えるように浮かんだからだ。「ほら、ここにいるよ」、母はそう言っているようだった。

 15日には、主人の病院もあったが、お盆という事で、午後は両親の仏壇を預る兄のところに、私の兄弟、甥、姪らが集まった。やはり日本は仏事で人が集まることになる。両親は仏式で葬られている。そして午後の2時ごろには孫が誕生。16日は夕食に息子たちを呼ぶ。孫が窓から遠くに上がる花火を見ていた。あれこれ取り混ぜて、この先まだまだ忙しくなりそう。

 

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きょうのことばー『天からの雨と実りの季節を』ーインマヌエル秋田・盛岡(兼牧)キリスト教会牧師  神谷光一師の説教ー

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このブログは、日曜日ごとに、一週間遅れて説教をおつなぎしております。
2025
年8月3日(日)
説教題 『天からの雨と実りの季節を』 (←クリック)
聖書朗読 使徒の働き14章8~18節
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8 さてリステラで、足の不自由な人が座っていた。彼は生まれつき足が動かず、これまで一度も歩いたことがなかった。
9 彼はパウロの話すことに耳を傾けていた。パウロは彼をじっと見つめ、癒されるにふさわしい信仰があるのを見て、
10 大声で「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」と言った。すると彼は飛び上がり、歩き出した。
11 群衆はパウロが行ったことを見て、声を張り上げ、リカオニア語で「神々が人間の姿をとって、私たちのところにお下りになった」と言った。
12 そして、バルナバをゼウスと呼び、パウロがおもに話す人だったことから、パウロをヘルメスと呼んだ。
13 すると、町の入り口にあるゼウス神殿の祭司が、雄牛数頭と花輪を門のところに持って来て、群集と一緒にいけにえを献げようとした。
14 これが聞いた使徒たち、バルナバとパウロは、衣を裂いて群集の中に飛び込んで行き、叫んだ。
15 「皆さん、どうしてこんなことをするのですか。私たちもあなたがたと同じ人間です。そして、あなたがたがこのように空しいことから離れて、天と地と海、またそれらの中のすべてのものを造られた生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えているのです。
16 神は、過ぎ去った時代には、あらゆる国の人々がそれぞれ自分の道を歩むままにしておられました。
17 それでも、ご自身をあかししないでおられたのではありません。あなたがたに天からの雨と実りの季節を与え、食物と喜びであなたがたの心を満たすなど、恵みを施しておられたのです。」
18 こう言って二人は、群集が自分たちにいけにえを献げるのを、かろうじてやめさせた。

【神谷牧師による説教の要約】
 パウロは異邦人であるリステラの人たちが聖書を知らなかったので、直接、聖書やキリストという言葉は使わず、彼らが知っている自然と季節の収穫を通して福音を伝えようとした。
 私たちの周りの山や海といった自然の中にいると、心が落ち着いたり、元気になるのは、それが私たちとこの世界を造られた神につながることになるからである。
 聖書は神が造られた自然やこの世界と私たちの関係を明らかにし、創造主である神が遣わされたキリストを信じるとき、それはいよいよ確かなものとなる。

―ブログ管理人のひとりごとー
 この日は伝道礼拝の日。牧師家庭に育った姉妹がお証しをされました。いつも礼拝のオルガンを弾いてくださり、また母の日、敬老の日の贈り物の準備、そして皆さまのお誕生日には、丁寧なきれいな文字で美しいお祝いのカードを出してくださっています。幾度心温もったことでしょうか。
 またこの日は秋田から神谷先生ご夫妻が来てくださいました。毎月一回は来てくださるのですが。真っ先に教会の駐車場に着いたつもりがもう、先生方のクルマがありました。そして駐車場に降りると、何と、取らなければならないなと思っていた草が消えている。どうもここに到着してすぐに取ってくださった方が。スミマセン! ついとりかねていたところが、やっていただいた形に。
 待望の雨が降ったとき、大喜びしたものの、ああ、またどこかで水害やら土砂災害が。鹿児島だった。九州が大変。神が刻々と進めておられる時。崖っぷちのような世界が。しかし、イエス・キリストの十字架、神のシェルターにあることに感謝する。このシェルターにあっての、こなさなければならない労苦は、物の數ではないのだ。
 

 

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⏰6時36分

 

 

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きょうのことばー『ギリシア語を話す人たちにも』ーインマヌエル秋田・盛岡(兼牧)キリスト教会牧師  神谷光一師の説教ー

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このブログは、日曜日ごとに、一週間遅れて説教をおつなぎしております。
2025
年7月27日(日)
説教題 『ギリシア語を話す人たちにも』 (←クリック)
聖書朗読 使徒の働き11章19~26節

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19 さて、ステパノのことから起こった迫害により散らされた人々は、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで進んで行ったが、ユダヤ人以外の人には、だれにもみことばを語らなかった。
20 ところが、彼らの中にキプロス人とクレネ人が何人かいて、アンティオキアに来ると、ギリシア語を話す人たちにも語りかけ、主イエスの福音を宣べ伝えた。
21 そして、主の御手が彼らとともにあったので、大勢の人が信じて主に立ち返った。
22 この知らせがエルサレムにある教会の耳に入ったので、彼らはバルナバをアンティオキアに遣わした。
23バルナバはそこに到着し、神の恵みを見て喜んだ。そして、心を堅く保っていつも主にとどまっているようにと励ました。
24 彼は立派な人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。こうして、大勢の人たちが主に導かれた。
25 それから、バルナバはサウロを捜しにタルソに行き、
26 彼を見つけて、アンティオキアに連れて来た。彼らは、まる一年の間教会に集い、大勢の人たちを教えた。弟子たちは、アンティオキアで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。


【神谷牧師による説教の要約】
 迫害のために各地へ散らされた信仰者たちの中で、キプロス人、クレネ人が、それまでユダヤ人以外には語られなかったキリストのことをギリシャ語を 話す人達に伝えることができたのは、彼らが同じ外国人で、ギリシャ語とその文化への理解を持っていたからだといえる。
 神がパウロのことを「わたしの名を異邦人~の前に運ぶわたしの選びの器」と呼ばれたのも、パウロがエルサレムにいた弟子達と違い、キリキヤのタルソという外国で生まれ育った背景があった。
 私たちもまた、それぞれが辿る人生の途上で、神が出合わせてくださった人たちに対し、相手への理解を通して、キリストのことを伝えることができる。

―ブログ管理人のひとりごとー
 大変な暑さが続いている。いまこの時にも救急車の音、比較的近くで停まったようだ。熱中症だろうか。干上がっていくダムや河川。農作物の被害も懸念されている。不安材料の多い生活環境ではあるけれども、やはり心深くうなずかれる神の存在が、自分を落ち着かせてくれている。「主はわが旗」。詩篇23篇が浮かぶ、たとえ36度予報であっても

1 主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。

2 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

3 主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。

4 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

5 私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。

6 まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。

 

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⏰7時12分更新

 

 

 

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