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2025年7月

きょうのことばー『神がきよめた物を』ーインマヌエル秋田・盛岡(兼牧)キリスト教会牧師  神谷光一師の説教ー

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2025
年7月13日(日)
説教題 『神がきよめた物を』 (←クリック)
聖書朗読 使徒の働き11章1~18節
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1 さて、使徒たちとユダヤにいる兄弟たちは、異邦人たちも神のことばを受け入れたことを耳にした。
2 そこで、ペテロがエルサレムに上って来たとき、割礼を受けている者たちが、彼を非難して、
3 「あなたは割礼を受けていない者たちのところに行って、彼らと一緒に食事をした」と言った。
4 そこで、ペテロは彼らに事の次第を順序立てて説明した。
5 「私はヤッファの町で祈っていました。すると、夢心地になり、幻を見ました。大きな敷布のような入れ物が、四隅をつり下げられ、天から降りて来て、私のところに届いたのです。
6 その中をよく見ると、地の四つ足の動物、獣、這うもの、空の鳥が見えました。
7 そして、『ペテロよ、さあ、屠って食べなさい』と言う声を聞きました。
8 しかし私は、『主よ、そんなことはできません。私は、きよくない物や汚れた物を、まだ一度も口に入れたことがありません』と言いました。
9 すると、もう一度天から声が返ってきました。『神がきよめた物を、あなたがきよくないと言ってはならない』
10 このようなことが三回あって、すべての物が再び天に引き上げられました。
11 すると、なんとちょうどそのとき、三人の人が私たちがいた家の前に立っていたのです。カイザリアから私のところに遣わされた人たちでした。
12 そして御霊は私に、ためらわずにその人たちと一緒に行くように言われました。そこで、ここにいる六人の兄弟たちも同行して、私たちはその人の家に入りました。
13 すると、その人は、御使いが自分の家の中に立っているのを見たこと、そして次のように語ったことを私たちに話してくれました。『ヤッファに人を遣わして、ペテロと呼ばれるシモンを招きなさい。
14 その人が、あなたとあなたの家の者たち全員を救うことばを、あなたに話してくれます』
15 そこで、私が話し始めると、聖霊が初めに私たちの上に下ったのと同じように、彼らの上に下ったのです。
16 私は主が、『ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは聖霊によるバプテスマを授けられる』と言われたことばを思い起こしました。
17 ですから、神が、私たちが主イエス・キリストを信じたときに私たちに下さったのと同じ賜物を、彼らにもお授けになったのなら、どうして私などが、神がなさることを妨げることができるでしょうか。」
18 人々はこれを聞いて沈黙した。そして「それでは神は、いのちに至る悔い改めを異邦人にもお与えになったのだ」と言って、神をほめたたえた。

【神谷牧師による説教の要約】
 ペテロが異邦人で百人隊長のコルネリウスのところに行ったために非難されるのは、ユダヤ人は外国人を汚れた人たちと考えてつきあいをしなかったからである。かつて、キリストも取税人と一緒に食事をしたために同じようなことを言われており、それはユダヤ人にとって律法を守ることが大切なことだと考えられていたからである。
 ペテロが異邦人の百人隊長コルネリウスのもとでキリストのことを話した時、ペンテコステと同じように彼らに聖霊が与えられたことは、律法によって人を差別するのではなく聖霊によって、すべての人の造り主で救い主キリストに心を向けることが大切だということを示している。

―ブログ管理人のひとりごとー
 宗教、というよりも神に心を寄せる人々が少なくなってきている。だからといって神が立ち消えてしまったかというと、そうではない。それが摩訶不思議なところ。私が毎週礼拝に与っているこの教会、集まる人数もそう多くはないけれども、それぞれの方々がベストを尽くしている。というよりも神の恵みに生かされてある。来会された方が、「ここに来ると気持ちがやすまり心がきよめられる」とおっしゃるのを聞いて、教会存在の意味を納得したことだった。
 大船渡火災にも「支援をしようと」との呼びかけに「さんせい!」「さんせい!」の応答がグループラインに鳴りつづけたことを嬉しく思い出す。このほど、有志の方々の奉仕によってケニヤのテヌウェク病院への包帯の発送も行われた。
 教会はある意味人がどれだけいるか、礼拝人数は何人か、献金がどれだけあるのか、奉仕をどれだけしているのかは最重要ではないなと思わせられる。それよりも、それぞれがどれだけはっきりと心に魂に汲み上げられる泉、イエス・キリストという水脈を明確に持っているかどうか、肝心なのはこのこと。今にして、自分はキリストの血によって神に買い取られた者であるという認識を深くしている。何ができるかできないかではなく、その自覚をことあるごとに更新していくことがたいせつなのだろう。
 盛岡、いまはくもっている。鳥の囀りも聞こえる。ひばりのから鳴きにも聞こえるがどうだろう。雀でも何でも朝の元気さが聞こえるのは心地よい。12時から15時前までは日が照るようだ。きょうも32度にはなるらしい。

 

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きょうのことばー秋田教会60周年記念伝道礼拝『新しく生まれる』ー日本アライアンス教団名古屋キリスト教会牧師  田中忍牧師説教ー

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2025
年7月13日(日)
説教題 新しく生まれる』(←クリック)
聖書朗読
 ヨハネの福音書3章1~16節

1 さて、パリサイ人の一人で、ニコデモという名の人がいた。ユダヤ人の議員であった。
2 この人が、夜、イエスのもとに来て言った。「先生。私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神がともにおられなければ、あなたがなさっているこのようなしるしは、だれも行うことができません。」
3 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに言います。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」
4 ニコデモはイエスに言った。「人は、老いていながら、どうやって生まれることができますか。もう一度、母の胎に入って生まれることなどできるでしょうか。」
5 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに言います。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません。
6 肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。
7 あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。
8 風は思いのままに吹きます。その音を聞いても、それがどこから来てどこへ行くのか分かりません。御霊によって生まれた者もみな、それと同じです。」
9 ニコデモは答えた。「どうして、そのようなことがあり得るでしょうか。」
10 イエスは答えられた。「あなたはイスラエルの教師なのに、そのことが分からないのですか。
11 まことに、まことに、あなたに言います。わたしたちは知っていることを話し、見たことを証ししているのに、あなたがたはわたしたちの証しを受け入れません。
12 わたしはあなたがたに地上のことを話しましたが、あなたがたは信じません。それなら、天上のことを話して、どうして信じるでしょうか。
13 だれも天に上った者はいません。しかし、天から下ってきた者、人の子は別です。14 モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子も上げられなければなりません。
15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」
16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

 

―ブログ管理人のひとりごとー
きょうのメッセージは、インマヌエルの秋田教会開設60周年記念の礼拝に、秋田教会がお招きした特別講師、アライアンス名古屋教会の田中忍先生の説教をズーム配信で、盛岡教会にあってお聴きしました。田中先生は秋田大学に在学中に導かれて、秋田教会で受洗されたとお聞きしています。
https://www.facebook.com/shinobu.tanaka.771/に飛びますと、田中先生のFacebookに着きます。天文雑誌星ナビ7月号のギャラリーに「M81 Bode’s Galaxy 」のタイトルで掲載されたという「おおぐま座の渦巻銀河 M 81」の写真が出ています。ぜひご覧になってください。先生のお写真も載っています。
 しかししかし、このページの本題はやはりイエスさま。イエスさまの救いのことです。ヨハネ3章16節は超だいじな神さまのおことばです。「一人として滅びることなく」、ということばからは、どうも滅びる人も残念ながらあるのだという神の嘆きが感じられます。だけれども、あの人も、その人も、この人も、こういう人も、ああいう人も、こんな人も、そんな人も、さらにいうならこんなあなた(私)も。「滅びてはほしくないんだ」と神は願っておられる。「一人として滅びることなく」。「あなたがそれぞれの人となりをどうおもうかは関係ない、神は「一人として滅びることなく」、こういっておられるんだと、この日神さまは私に語られている、こう思われたのです。



 

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きょうのことばー伝道礼拝『読んでいることが分かりますか』ーインマヌエル秋田・盛岡(兼牧)キリスト教会牧師  神谷光一師の説教ー

 

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2025
年7月6日(日)
説教題 読んでいることが分かりますか』(←クリック)
聖書朗読
 使徒の働き8章26~40節

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26 さて、主の使いがピリポに言った。「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。」そこは荒野である。
27 そこで、ピリポは立って出かけた。すると見よ。そこに、エチオピヤ人の女王カンダケの高官で、女王の財産全部を管理していた宦官のエチオピア人がいた。彼は礼拝のためにエルサレムに上り、
28 帰る途中であった。彼は馬車に乗って、預言者イザヤの書を読んでいた。
29 御霊がピリポに「近寄って、あの馬車といっしょに行きなさい」と言われた。
30 そこでピリポが走って行くと、預言者イザヤの書を読んでいるのが聞こえたので、「あなたは、読んでいることがわかりますか」と言った。
31 するとその人は、「導いてくれる人がいなければ、どうしてわかるでしょうか」と答えた。そして、馬車に乗って一緒に座るよう、ピリポに頼んだ。
32 彼が読んでいた聖書の個所には、こうあった。「ほふり場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている小羊のように、彼は口を開かない。
33 彼は卑しめられ、さばきは行われなかった。彼の時代のことを、だれが語れるだろう。彼のいのちは地上から取り去られたのである。
34 宦官はピリポに向かって言った。「お尋ねしますが、預言者はだれについてこう言っているのですか。自分についてですか。それとも、だれかほかの人についてですか。」
35 ピリポは口を開き、この聖書の箇所から始めて、イエスの福音を彼に伝えた。
36 道を進んで行くうちに、水にある場所に来たので、宦官は言った。「見てください。水があります。私がバプテスマを受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。」
38そして、馬車を止めるよう命じた。ピリポと宦官は二人とも水の中に降りて行き、ピリポが宦官にバプテスマを授けた。
39二人が水から上がって来たとき、主の霊がピリポを連れ去られた。宦官はもはやピリポを見ることはなかったが、喜びながら帰って行った。
40それからピリポはアゾトに現れた。そして、すべての町を通って福音を宣べ伝え、カイザリアに行った。

【神谷氏による説教の要約】
  ピリポが迫害のために散らされた先のサマリヤの町に「大きな喜び」があったのは、その伝道を通して人々が病気の癒しや奇跡を経験したことをきっかけに、キリストを信じたからである。後にガザへと向かう荒野で出会ったエチオピアの宦官にも宦官が読んでいた聖書を通してキリストが伝えられ、喜びが届けられていった。
  聖書の内容が科学や歴史と比較され、そこに矛盾や食い違いを指摘されるのは、その目的が科学や歴史を証明するためのものではなく、神が与えようとしている贈り物であるキリストを受け取るための、宝島の地図のようなものだからである。
  私たちがその聖書を伝えるために必要なことは、キリストを信じた時に持つ喜びを心に持っていることだといえる。

 

―ブログ管理人のひとりごとー
 隣の室でMLBの音がしている。いまのところ2点リード。何しろ岩手出身者大谷出場ということで、試合の成り行きをたしかめにイニングごとの頻度でのぞきに。ちょっと不謹慎かなあ、礼拝だったらとてもこんなことはできないけれども、等など思いつつ。故障者が次々に。「故障」ということばに、ほんとうは野球に疎いけれども、物でもあるまいにと何か違和感。こんなことをぬかしている筆者にむしろ違和感という方もあるかも。プロの世界は極限まで自分を酷使。感動もこんなところから。すごい世界だ。
 信仰の世界も、ほんとうにそこに生きようとすれば、すごい世界。けれどもイエスさまは、人がそうつよくはないことを知っておられ、そんなあなたのためにわたしは十字架にかかったんだよと。ただ聖書には聖霊に逆らう罪はゆるされないとある。これは厳粛なことだ。
 今しがたジャイアンツ満塁。Dodgers、一点取られる。人生にたとえれば、こんな危機はあまた。表に見える勝ち負けはともかく、とにかくこの道を行く。ねじ伏せられても、故障者リストから抜けられなくなろうとも、最期、目を閉じたときに、イエスさまがそこにおわせばそれでいい。

 

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きょうのことばー伝道礼拝『人の子が神の右に』ーインマヌエル秋田・盛岡(兼牧)キリスト教会牧師  神谷光一師の説教ー

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2025
年6月29日(日)
説教題 人の子が神の右に』(←クリック)
聖書朗読
 使徒の働き7章44~60節

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44 私たちの先祖たちのためには、荒野にあかしの幕屋がありました。それは、見たとおりの形に造れとモーセに言われた方の命令どおりのものでした。
45 私たちの先祖たちは、この幕屋を受け継いで、神が自分たちの前から追い払ってくださった異邦の民の所有地に、ヨシュアとともにそれを運び入れ、ダビデの時代に至りました。
46 ダビデは神の前に恵みをいただき、ヤコブの家のために、幕屋のとどまるところを求めました。
47そして、ソロモンが神のために家を建てました。
48 しかし、いと高き方は、手で造った家にはお住みになりません。預言者が語っているとおりです。
49 『天はわたしの王座、地はわたしの足台。あなたがたは、わたしのためにどのような家を建てようとするのか。
―主のことば―
わたしの安息の場は、いったいどこにあるのか。
50これらすべては、わたしの手が造ったものではないか。』
51 うなじを固くする、心と耳に割礼を受けていない人たち、あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖たちが逆らったように、あなたがたもそうしているのです。
52あなたがたの先祖たちが迫害しなかった預言者が、だれかいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを前もって告げた人たちを殺しましたが、今はあなたがたが、この正しい方を裏切る者、殺す者となりました。
53 あなたがたは、御使いたちを通して律法を受けたのに、それを守らなかったのです。」
54 人々はこれを聞いて、はらわたが煮え返る思いで、ステパノに向かって歯ぎしりしていた。

55
しかし、聖霊に満たされ、じっと天を見つめていたステパノは、神の栄光と神の右に立っておられるイエスを見て、
56 「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」と言った。
57 人々は大声で叫びながら、耳をおおい、一斉にステパノに向かって殺到した。
58 そして彼を町の外に追い出して、石を投げつけた。証人たちは、自分たちの上着をサウロという青年の足もとに置いた。
59 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで言った。「主イエスよ、私の霊をお受けください。」
60 そして、ひざまずいて大声で叫んだ。「主よ、この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、彼は眠りについた。

【神谷氏による説教の要約】
 律法学者ガマリエルの助言によって、一度は収まっていた教会への反対が、再びステパノの勝利へと発展したのは、知恵と御霊に満たされたステパノに対し、外国から来たユダヤ人たちが議論に対抗できず、偽りの証人を立てて訴えたからである。
 ステパノが大祭司の前で神殿と律法について批判した後、天上のキリストを示したのは、キリストが十字架にかかったことで、神殿の役目は終わり、律法を通して明らかにされる罪のために、今は天の大祭司として知られていることを示したのである。
 聖書を通して明らかにされる自分の内面に気づかされる時、目を背け、言い訳をするのではなく、そのために十字架にかかったキリストに、手つかずの自分を差し出して正直に祈る時、解決のつかなかった問題を委ねることで「キリストの血(いのち)に憩う」ことを経験することができる。

 

―ブログ管理人のひとりごとー
 あしたのblog更新のために写真がないなと昨日のうちに、柿の青い実の写真を撮ってこようと思いながら、優先順にあれこれやっているうちに、つい忘れてしまった。もう5、6年前にもなろうか、玉山区で撮った写真を編集し載せてみた。いつまでもこんな豊かな田んぼが広がっていて欲しい。

 この日の説教からは、ステパノの最期のことば
主よ、この罪を彼らに負わせないでください」。イエスさまが十字架の上でおっしゃった「父よ。彼らをお赦しください」と重なる。十字架の周りには、いつもののしり嘲る人々がいる。今なら或いは酒を呑みながら、或いはラインを手にしながら、或いは進化論をかざしながら。しかし主イエスはいう「父よ、彼らをお赦しください」。これがキリストの永遠の祈りであることをおもう。赦し、これがキリスト者に課せられている永遠の課題であるのだろう。

 

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