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2023年10月

きょうのことば 説教「神のことばはつながれていません」ーIGM秋田・盛岡(兼牧)教会 神谷光一 牧師ー

 この秋も絵画展が目白押し。長年の研鑽で独自の画風というものにたどり着いた多くの作品に対面することができる。眼にするたびに自分も描いてみたいなという思いに駆られる。遠い昔、今はない画廊で一枚の絵が欲しくなった。その時に思った。「待てよ、これぐらいだったら自分で描けるかもしれない」。絵画教室に通った。絵具。筆、パレット、カンバス、イーゼルを準備、絵画教室に入門。一枚目、二枚目、三枚目とできた油絵を眺めてみる。描けるだろうと思った絵にはほど遠い。その後も何枚か描いているうちにさまざまな事情が出来し、私は絵画を止めた。何があってもとにかく続けるという覇気に欠けていた。結局モノにはならなかったという結果だ。
 絵画はいい。言葉、神のことばではなく人の言葉は往々にして人を傷つける。しかし絵画は無言にして雄弁。無言で心のうちに訴えかけてくる。
 いつか夢でキュビズムで描かれたイエスさまの横顔をみたことがある。いまだ忘れず心のうちに留まり続けている。最近の着想はどんなところにもおわしますイエスさま、十字架。たとえば中空に高く掲げられた十字架もあるだろうけれども、むしろ誰も踏み込まない茨の暗い片隅、間隙に、鬱蒼と繁茂するつる草の奥に、降り積もる腐葉土の中にも、ひっそりと、小さく、しかし確かな光を放つ十字架のイメージがしきりに浮かぶ。描けるか描けないかは分からないが、もし絵を描けるどなたかがこれを画布に実現してくれたならとも思っている。(以上は盛岡教会の会員であるこのブログ管理人のつぶやきです)

 

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インマヌエル秋田キリスト教会・盛岡教会(兼牧)の神谷光一牧師の説教をおつなぎします。
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2023年10月22日(日)
説教題 『神のことばはつながれていません』
聖書朗読 テモテへの手紙第二 2章1~13節

1 ですから、私の子よ、キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。 2 多くの証人たちの前で私から聞いたことを、ほかの人にも教える力のある信頼できる人たちに委ねなさい。 3 キリスト・イエスの立派な兵士として、私と苦しみをともにしてください。 4 兵役についている人はだれも、日常生活のことに煩わされることはありません。ただ、兵を募った人を喜ばせようとします。 5 また、競技をする人も、規定に従って競技をしなければ栄冠を得ることはできません。 6 労苦している農夫こそ、最初に収穫の分け前にあずかるべきです。 7 私が言っていることをよく考えなさい。主はすべてのことについて、理解する力をあなたに与えてくださいます。 8 イエス・キリストのことを心に留めていなさい。私が伝える福音によれば、この方は、ダビデの子孫として生まれ、死者の中からよみがえった方です。 9 この福音のために私は苦しみを受け、犯罪者のようにつながれています。しかし、神のことばはつながれていません。 10 ですから私はすべてのことを、選ばれた人たちのために耐え忍びます。彼らもまた、キリスト・イエスにある救いを、永遠の栄光とともに受けるようになるためです。 11 次のことばは真実です。「私たちが、キリストとともに死んだのなら、キリストとともに生きるようになる。 12 耐え忍んでいるなら、キリストとともに王となる。キリストを否むなら、キリストもまた、私たちを否まれる。 13 私たちが真実でなくても、キリストは常に真実である。ご自分を否むことができないからである。」


 

※10月29日(日)の教会週報に掲載されたこの説教の要約を掲載します。お忙しい方は、この要約だけでもご覧ください。
「神のことばはつながれていません」とパウロが言うのは、神のことばである福音は誰もが運ぶことができ、どんな環境にも左右されないことであり、そのためにパウロがテモテに勧めていることは、パウロがテモテに語ったことを、他の人にも教える力のある信頼できる人にゆだねることである。
 また、パウロが自分の生涯を振り返って、「勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通した」ということができたのは、誰かと自分を比べるのではなく、心をイエスさまに傾けて奉仕をしてきたからだといえる。
 私たちもまた、各自が置かれた立場で主に心を傾けて生きることで、主を証しし、それが次の一人に福音を渡すことになることを覚えたい。

 

6時22分更新

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11月5日(日)午後2時開演 H.ヴィンシャーマン・メモリアルコンサート

 11月5日のお楽しみは、というよりも今当日のプログラム順に第27番、93番、140番をユーチューブで聴きながらこれを書いているけれども、曖昧模糊とした雑念の中から霊的なエッセンスを選り分け、そこに風通しのよさをくれる。
 このような曲を日々にか、週一の練習かはわからないが、このようなカンタータを演奏できる合唱団があることは、わたしにとっては一つの驚異である。芯の通った、また悩める者も悩まぬ者も悲しむ者も笑う者をも広く両腕に搔き抱き、希望へと携挙する響き。このカンタータの生演奏、岩手は滅多にないはずのこのチャンスがある、これは僥倖ともいうべきもの。11月5日が間近に!

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きょうのことば「御霊の望むことは」ーIGM秋田・盛岡(兼牧)教会 牧師 神谷光一師ー

 17日に岩手山に初冠雪があったが、きのう雲間から望むと、ああこれはもう本格的と冬への覚悟を促すように山容に雪がさらに積まれてその雪の裾が伸びていた。明日の朝は冷えそうと心備えをしつつ迎えた今朝の室温は19°。
 このブログは1週間遅れでメッセージを繋げさせていただいているが、今日は教団創立記念日、先ずネットに出ている蔦田二雄先生の短いメッセージを聞いた。実は蔦田先生のメッセージは決して短くはなかったようだ、それどころか延々と続くことも。落ち着かない信者の気配を察すると、「霊の糧よりも肉の糧を気に掛けている者がいる!」、たぶん12時過ぎて昼が気がかりな方がいらしたのだろう。切れ味鋭い名説教であったと聞く。
 この教団は新興宗教ではない。法外な寄付は強制しない。だからそれに続く先生方は清貧さの中に使命を全うすべく働きをしておられる。ゴマすりか? そうです。ゴマはすります。大いにすります。とこれは冗談。ただ同じゴマするなら世の中の権威にゴマをするよりは余程ましというもの。
 他教団にもすばらしい先生方は多くいらっしゃる。カトリックの奉仕にも学ぶべき点がある。だからこの教団だけがだいじなのではない。ただ、この教団の先生方、特に身近に毎週毎週説教下さる先生方はご自分の教会員たちのため、世界の為に365日、日々祈り、そしてこのような信者のためにまで祈り、祈り続けてくださっている。何があろうとも、これを裏切ることはできない。それはイエス様を裏切ること。そして今尚祈り続けている仲間たちがいる。

 

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インマヌエル秋田キリスト教会・盛岡教会(兼牧)の神谷光一牧師の説教をおつなぎします。
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2023年10月15日(日)
説教題 『御霊が望むことは』
聖書朗読 ガラテヤ人の手紙5章13~26節

13 兄弟たち。あなたがたは自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕え合いなさい。
14 律法全体は、「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」という一つのことばで全うされるのです。
15 気をつけなさい。互いに、かみつき合ったり、食い合ったりしているなら、互いの間で滅ぼされてしまいます。
16 私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、肉の欲望を満たすことは決してありません。
17 肉が望むことは御霊に逆らい、御霊が望むことは肉に逆らうからです。この二つは互いに対立しているので、あなたがたは願っていることができなくなります。
18 御霊によって導かれているなら、あなたがたは律法の下にはいません。
19 肉のわざは明らかです。すなわち、淫らな行い、汚れ、好色、
20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、
21 ねたみ、泥酔、遊興、そういった類のものです。以前にも言ったように、今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。このようなことをしている者たちは神の国を相続できません。
22 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、
23 柔和、自制です。このようなものに反対する律法はありません。
24 キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、情欲や欲望とともに十字架につけたのです。
25 私たちは、御霊によって生きているのなら、御霊によって進もうではありませんか。
26うぬぼれて、 互いに挑み合ったり、ねたみ合ったりしないようにしましょう。

 

6時46分更新

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クラシック倶楽部 ジャスミン・チェイ

  ジャスミン・チェイ、いまクラシック倶楽部でドップラーの「ハンガリー田園幻想曲」を聴いている。ここのところ体調に気がかりなところがあり落ち着かなかったが、薬効ありきのうは無事6回目のコロナワクチンも終えてじっくりと休んだ今朝、スイッチ・オンでこの響き。すーっと気分のいい風が吹き抜けるように入ってきた。見るとジャスミン・チェイ。ソウル出身。ウィーン交響楽団の首席奏者であった時期もあるらしい。聴き逃すまいとせずとも自然に入り込んでここに、わたしの心のうちに寛いで喜び語らってくれる。名演奏だ。今の自分の心境に合っているとも。プーランク「フルート・ソナタ」、押しつけがましさはない。恩師のジュリアス・ベーカーはチェイに言ったらしい「生涯あなたと一緒なのはあなただけです」。そしてボルコム「グレイスフル・ゴースト・ラグ」のちょっと陰影のある軽快なリズムに乗りながら、そうか、生涯の自分の師は自分なのだな」と言い聞かせてみる。何とクラシック倶楽部は生涯教育のコツも教えてくれている。ボルヌの「カルメン幻想曲」、暗めの情念が浄化された響き。ここで写真の一枚も撮りたいと、まあTV画面からのはなしなのだが、今はそれをパソコンに取り込んで整形する手間にまで時間をかけてはいられない。何しろこの番組が終わるまでにはこのページを書き終えたいのだから。アンコールはビゼー「アルルの女」からメヌエット。
2023年8月に収録分の放送が終わって5時55分。ここのところ続いたフルートシリーズはきょうのチェイで一区切り。
 こんどは名曲アルバムのタンゴを聴きながらだ。ちょっと濃厚な感じだけれども、バンドネオンのリズムが心地よい。
 

 6時、チャンネルはニュース。ガザの問題にまた引き戻される。一週間前かに、真夜中の3時ごろ、おしゃべりが聞こえてくるので、カーテンを開けてみると、漆黒の暗闇にすっと背筋を伸ばす向かいの14階のマンションのちょうど屋上に寛げるソファーが置かれていたようで、切っ先シャープな三ケ月と金星、この日の二人はほんとうに異次元の光をまとって存在感をくっきりきっかり際立たせていたけれども、この二人のおしゃべりが聞こえてきたのだ。「人間たちは毎日喧嘩だ。ウクライナとロシアが片付かないうちに、イスラエルとガザ。私はもう愛想が尽きたよ。もう見たくない」「ほんとに残念だね。見ると悲しくなるばかりだ」「ここはいい、地球からずっと離れたこの宇宙の椅子に寛いでいたいね」「もう人間には何も期待しないよ」「武器を捨てれば済む、この単純なことができない」「利害、欲望の支配」。「小難しいことは考えない。ここで光っていることが我々の役目なんだから」

 

⏰6時16分更新

 

【曲目】ハンガリー田園幻想曲(ドップラー) フルート・ソナタ(プーランク)ほか 【演奏】ジャスミン・チェイ(フルート) 碓井俊樹(ピアノ) 【収録】2023年8月29日 東京文化会館 小ホール(東京都)

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きょうのことば「真理はあなたがたを自由に」ー説教・インマヌエル秋田・盛岡(兼)教会牧師 神谷光一先生ー

 何だ、これはずたずたにやられるな。よく見ると斬りたくる相手の太刀にはまったく刃こぼれがない。まあ、こんなものだろう。そう思ったところで、戦時中に天皇は神ではない、イエス・キリスト様が神であると主張し巣鴨プリズンにぶち込まれた蔦田二雄師が浮かんだ。終戦直前に釈放され療養期間を経て、この教団インマヌエル(神われらとともにいます)を創設した方だ。話すことを禁じられていたために、出所した後も、話すことができなくなっていたという。しかし獄中で神がともにいて下さることを体験し、この教団を建てられた。
 これほどの神の器がこれほどひどい目に遭っているのだから、ここでは、これほどの器だからこそ屈した多くの人々の中で屈することなく、ひどい目に遭わされたということもできるのだけれども、何れ、不出来な自分が揚げ足とられ痛い目に遭ったからといって「ガタガタ言うんじゃない」、と私のどこかが言うのだ。これまでしばしば語られた、そして今も語られている「悔い改めと信仰」、これに生きるのみ。初めて悔い改めたときに、両腕を広げわたしを迎えてくれたイエス様が、私の最期にも必ず迎えに来てくださる。

 

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インマヌエル秋田キリスト教会・盛岡教会(兼牧)の神谷光一牧師の説教をおつなぎします。
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2023年10月8日(日)
説教題 『真理はあなたがたを自由に』
聖書朗読 ヨハネの福音書 8章31~36節

31 イエスは、ご自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「あなたがたは、わたしのことばにとどまるなら、本当にわたしの弟子です。
32 あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」
33 彼らはイエスに答えた。「私たちはアブラハムの子孫であって、今までだれの奴隷になったこともありません。どうして、『あなたがたは自由になる』と言われるのですか。」
34 イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに言います。罪を行っている者はみな、罪の奴隷です。
35 奴隷はいつまでも家にいるわけではありませんが、息子はいつまでもいます。
36 ですから、子があなたがたを自由にするなら、あなたがたはほんとうに自由になるのです。

 

⏰6時15分更新

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きょうのことば 「どうして怖がるのか」ーインマヌエル秋田・盛岡教会牧師 神谷光一先生ー

 奇蹟の話が出てくるといかなる名説教を聞く最中にも白けてしまうということがあるだろう。しかしほんとうはそこが肝心で、聖書の中に記されているこの奇蹟をそのまま信じるという事は、いついつまでに何々をいくらいくらで売って来いといったノルマを課し、その達成にこそ功徳があるといった説法よりも、どれほどにまともであることか。クリスチャンであってもそう奇蹟は多くは起こらない。な~んだ、やっぱり。信じたって無駄じゃないか。しかし、しかし毎週聖書のメッセージに触れることによって、自らの心のうちに、暮らしに、なにか清涼な空気、息が吹き抜け、おっ、血圧が高い! これはどうなるかなという事態に立たされても、だいじょうぶ、主ともにませば恐れはあらじ。あの十字架に架かられたイエス様の十字架に一緒に自分も張りつけられておれば心配はない、事実追い詰められたときに、私はイエス様の十字架に自分の両腕を広げて共にはりつけられます、と意思表明したときに安息というよりは真っ新な心境に自分の内容物が入れ替えられた思いがしたのです。どうも安心はそこから来るようです。ですから毎週の説教を聞いてそのたびごとに軌道修正することは何かの時に自分を重大な危機から救ってくれる、私はそう思うようになりました。
 ということで、きょうも自分が毎週聞いている説教をおつなぎします。


インマヌエル秋田キリスト教会盛岡教会(兼牧)神谷光一牧師の説教をおつなぎします。
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2023年10月1日(日)
説教題 『どうして怖がるのか』
聖書朗読 マタイの福音書 8章23~27節

23 それからイエスが舟に乗られると、弟子たちも従った。
24 すると見よ、湖は大荒れとなり、舟は大波をかぶった。ところがイエスは眠っておられた。
25 弟子たちは近寄ってイエスを起こして、「主よ。助けてください。私たちは死んでしまいます」と言った。
26 イエスは言われた。「どうして怖がるのか、信仰の薄い者たち。」それから起き上がり、風と湖を叱りつけられた。すると、すっかり凪になった。
27 人々は驚いて言った。「風や湖までが言うことを聞くとは、いったいこの方はどういう方なのだろうか。」

 

 

⏰6時29分更新

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きょうのことば 「様々な試練にあうときは」ーIGM秋田教会 神谷光一 牧師ー

 まだ大丈夫、まだ動けるとあれこれ用足に動き回っていたところが、金曜日の朝に気づくと血圧が急上昇。またしても年寄りの冷や水。慌てるな、治る、すぐに治る。しかし慌てたのは、その日予定の学校時代の友人の一人の転居に伴う4人の送別食事会のこと。キャンセルせざるを得ない。私は重要メンバーではないけれども。学校時代関連はみなそうなのだが。それはそれとして連絡がつかずに少々焦った。折しも向こうから電話が入ったところで事情説明、詫びに詫びてほっと。血圧は食事に気を付け安静にし、主人に家事を任せてリラックスしたところ夕方には回復。友達に失礼してしまったほかには事なきを得た。連日あまりにはやく起きだしガタガタしていたのがまずかったかと、昨日きょうは6時起床。そんなときに心の慰め励ましになるのはオペラでもジャズでもない。讃美歌。弱り加減のときにこそ、それがよくわかる。「いつくしみふかき」や「わが君イエスよ」を心の中で口ずさんでいた。自らの内にある琴線が神の世界から紡ぎ出される音の響きを待っていたかのように旋律に安らいでいく自分がある。

 つないでいる説教は一週間遅れです。きょうは秋田から神谷先生ご夫妻がいらっしゃいます。今年は秋田、これまでにない豪雨に見舞われ、この行き帰りの路も守られるよう皆さんが祈ってらっしゃいます。はなしは飛びますが、ニューヨークも100年に一度の豪雨で冠水。ふと「世界沈没」でしたかニューヨークが沈みゆくシーンが過りました。しかし「最後までのこるものは信仰と希望と愛」と聖書にはあります。この中で最も大切な愛が自分には足りないな、と。♪「とうときわが主よ罪の身は」、主よどうぞ御赦しください。

 

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インマヌエル秋田教会・盛岡教会(兼牧)の神谷光一牧師の説教をおつなぎします。
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神谷光一・美津子 牧師夫妻

2023年9月24日(日)
説教題 『様々な試練にあうときは』
聖書朗読 ヤコブの手紙 1章1~18節
1 神と主イエス・キリストのしもべヤコブが、離散している十二の部族にあいさつを送ります。
2 私の兄弟たち。様々な試練にあうときはいつでも、この上もない喜びと思いなさい。
3 あなたがたが知っているとおり、信仰が試されると忍耐が生まれます。
4 その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは何一つ欠けたところのない、成熟した、完全な者となります。
5 あなたがたのうちに知恵に欠けている人がいるなら、その人は、だれにでも惜しみなく、とがめることなく与えてくださる神に求めなさい。そうすれば与えられます。
6 ただし、少しも疑わずに、信じて求めなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。
7 その人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。
8 そういう人は、二心を抱く者で、歩む道はすべてにおいて心が定まっていないからです。
9身分の低い兄弟は、自分が高められることを誇りとしなさい。
10 富んでいる人は、自分が低くされることを誇りとしなさい。富んでいる人は草の花のように過ぎ去っていくのです。
11 太陽が昇って炎熱をもたらすと、草を枯らします。すると花は落ち、美しい姿は失われます。そのように、富んでいる人も旅路の途中で消えて行くのです。
12 試練に耐える人は幸いです。耐え抜いた人は、神を愛する者たちに約束された、いのちの冠を受けるからです。
13 だれでも誘惑されているとき、神に誘惑されていると言ってはいけません。神は悪に誘惑されることのない方であり、ご自分でだれかを誘惑することもありません。
14 人が誘惑にあうのは、それぞれ自分の欲に引かれ、誘われるからです。
15そして、 欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます。
16 私の愛する兄弟たち、思い違いをしてはいけません。
17 すべての良い贈り物、またすべての完全な賜物は、上からのものであり、光を造られた父から下って来るのです。父には、移り変わりや、天体の運行によって生じる影のようなものはありません。
18 この父が私たちを、いわば被造物の初穂にするために、みこころのままに真理のことばをもって生んでくださいました。

 

⏰7時更新

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