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2023年8月

きょうのことば「

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神谷光一・美津子牧師夫妻

インマヌエル秋田教会・盛岡教会(兼牧)の神谷光一牧師の説教をおつなぎします。

2023年8月20日(日)
説教題 『ここまで主が私たちを助け』
聖書朗読 サムエル第一 7章1~13節

1 キルヤテ・エアリムの人々は来て、主の箱を運び上げ、丘の上のアビナダブの家に運んだ。そして、主の箱を守るために彼の息子エルアザルを聖別した。
2 箱がキルヤテ・エアリムにとどまった日から長い年月がたって、二十年になった。イスラエルの全家は主を慕い求めていた。
3 サムエルはイスラエルの全家に言った。「もしあなたがたが、心のすべてをもって主に立ち返るなら、あなたがたの間から外国の神々やアシュタロテを取り除きなさい。そして心を主に向け、主にのみ仕えなさい。そうすれば、主はあなたがたをペリシテ人の手から救い出してくださいます。」
4 イスラエル人は、バアルやアシュタロテの神々を取り除き、主にのみ仕えた。
5 サムエルは言った。「全イスラエルを、ミツパに集めなさい。私はあなたがたのために主に祈ります。」
6 彼らはミツパに集まり、水を汲んで主の前に注ぎ、その日は断食した。彼らはそこで、「私たちは主の前に罪ある者です」と言った。こうしてサムエルはミツパでイスラエル人をさばいた。
7 イスラエル人がミツパに集まったことをペリシテ人が聞いたとき、ペリシテ人の領主たちはイスラエルに向かって上ってきた。イスラエル人はこれを聞いて、ペリシテ人を恐れた。
8 イスラエル人はサムエルに言った。「私たちから離れて黙っていないでください。私たちの神、主に叫ぶのをやめないでください。主が私たちをペリシテ人の手から救ってくださるようにと。」
9 サムエルは、乳離れしていない子羊一匹を取り、焼き尽くす全焼ささげ物として主に献げた。サムエルはイスラエルのために主に叫んだ。すると主は彼に答えられた。
10 サムエルが全焼のささげ物を献げていたとき、ペリシテ人がイスラエルと戦おうとして近づいて来た。しかし主は、その日ペリシテ人の上に大きな雷鳴をとどろかせ、彼らをかき乱したので、彼らはイスラエルに打ち負かされた。

11 イスラエルの人々は、ミツパから出てペリシテ人を追い、彼らを打ってベテ・カルの下にまで行った。
12サムエルは一つの石を取り、それをミツパとエシェンの間に置き、それにエベン・エゼルという名をつけ、「ここまで主が私たちを助けてくださった」と言った。
13ペリシテ人は征服され、二度とイスラエルの領土に入って来なかった。サムエルの時代を通して、主の手がペリシテ人の上にのしかかっていた。


☆  ☆  ☆

 

 今4時42分。葬儀があり、7時には盛岡を出発しなければならない。このところ、不可解と思っていたことは、見えるところの死の表れのこと。いろいろな死のありさまが浮かんでいたが、あり得ないほど軽く無造作に扱われてしまう死、大仰にということばは不適切かもしれないが、権力、財力に飾られた死。以前は世の中こんなもの、とあきらめ、小難しいことは、どうにもならないことは脇に寄せておいておいたこともあった。しかし、人の死はその表われはどうであれ、神のまえには個々に相応しい取り扱いがある。そういう確信めいた思いを今朝また新たにしている。
 一週間の〝仕事〟はペン書きの日記に簡略に記してあるけれども、ブログの日記はつい滞らせてしまった。まだまだ暑さは続きそう。神のことばを拠り所に一週間の歩み、歩みといえるほどの歩みになるかどうか、しかし、神に信頼して今週のこの一歩を踏み出す。

 

⏰5時3分更新

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きょうのことば 「どうぞ披露宴に」ー説教 IGM秋田・盛岡教会牧師 神谷光一師ー

 台風は通過したか。土砂災害があるたびに、泥を掻きだしている姿を見る。「またか!」、私はつい吐き捨てるように言ってしまった。どうにもならない無力感、苛立ち、怒りがずんと心の底に堆積している。はたと思った。こんな捨て鉢に近いことばを傍で聞いている人の気分はどんなものだろう。それでも明るくなれるような、励ませるような言葉はないものか。心の中で言い換えてみる。「頑張れ、頑張れ、負けるな、負けるな」。これは自分自身をも励ましてもいる。すこし力を得た思いにはなる。しかし現地ではみんな頑張っている。ぎりぎりまで頑張っているのだ。そしてたどりついたことばは、やはりこれだった。
「視(み)よ、我は世の終まで常に汝らと偕(ともに)に在(あ)るなり」
心配するんじゃない、世が崩れ落ちようとも、わたしがおまえたちにしっかりとついている。イエス様のおことばだ。

 

 


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神谷光一・美津子 牧師夫妻

インマヌエル秋田教会・盛岡教会の神谷光一牧師の説教をおつなぎします。

2023年8月13日(日)
説教題 『どうぞ披露宴に』
聖書朗読 マタイの福音書 22章1~14節

1 イエスは彼らに対し、再びたとえをもって話された。
2 「天の御国は、自分の息子のために、結婚の披露宴を催した王にたとえることができます。
3 王は披露宴に招待した客を呼びにしもべたちを遣わしたが、彼らは来ようとしなかった。
4 それで再び、次のように言って別のしもべたちを遣わした。『招待した客にこう言いなさい。「私は食事を用意しました。私の雄牛や肥えた家畜を屠り、何もかも整いました。どうぞ披露宴においでください」と。』
5 ところが彼らは気にもかけず、ある者は畑に、別の者は自分の商売に出て行き、
6 残りの者たちは、王のしもべたちを捕まえて侮辱し、殺してしまった。
7 王は怒って軍隊を送り、その人殺しどもを滅ぼして、彼らの町を焼き払った。
8 それから王はしもべたちに言った。『披露宴の用意はできているが、招待した人たちはふさわしくなかった。
9 だから大通りに行って、出会った人をみな披露宴に招きなさい。』
10 しもべたちは通りに出て行って、良い人でも悪い人でも出会った人をみな集めたので、披露宴は客でいっぱいになった。
11 王が客たちを見ようとして入って来ると、そこに婚礼の礼服を着ていない人が一人いた。
12 王はその人に言った。『友よ。どうして婚礼の礼服を着ないで、ここに入って来たのか。』しかし、彼は黙っていた。
13 そこで、王は召使いたちに言った。『この男の手足を縛って、外の暗闇に放り出せ。この男はそこで泣いて歯ぎしりすることになる。』
14 招かれる人は多いが、選ばれる人は少ないのです。」



 

6時55分更新

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クラシック倶楽部に反戦を聴く

 

 

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 816()のクラシック倶楽部は、山田耕筰に認められ昭和初期に活躍したが、太平洋戦争で30歳で亡くなった作曲家尾崎宗吉の特集だった。小弦楽四重奏曲、幻想曲とフーガ、バイオリン・ソナタ第2番、バイオリン・ソナタ第3番、「夜の歌」。これらの曲を、渡辺玲子さん,古川展生さん,黒岩航紀さん,クァルテット・インテグラがよみがえらせた。特に1943年召集の直前に作曲したピアノとチェロの「夜の歌」は胸に沁みた。抗いがたい大きな力によって、今まさに自分が潰されるかもしれない、潰されかけている無念の思い、悲しみ、寂しさ、無力感が漂う。
 長野県上田にある「無言館」館主窪島誠一郎氏は語る「今も地球の裏側で起こっているあらゆる紛争や戦争の中で、多くの表現者たちが命を落としていることを考えるとたまらない。人間には他者の自己表現を重んじ、しかも自分も何かを通じて自分にしかないものを表現したい、そういうものなのですよ、人間は。」
 戦後シベリアから帰還したチェリストの井上頼豊は、遺された尾崎宗吉の自筆譜を入手し、亡くなった尾崎の作品の演奏を「義務」と語り、「夜の歌」を生涯演奏し続けたという。


 

15日は「ライヒによる反戦へのメッセージが託されたテキストを最新のCG技術で再現し、演奏とともにお届けする」という内容。プログラムは弦楽四重奏曲ニ短調作品76第2「五度」(ハイドン)、ディファレント・トレインズ(ライヒ)。【出演】タレイア・クァルテット【収録】2023年6月12日/NHK
CT-104スタジオ【出演】山田香子,二村裕美,石崎美雨,渡部咲耶

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「ディファレント・トレインズ」は、戦争の渦中にある特殊な人生のドラマを汽車をモチーフに展開。弦楽器によるズラし反復手法(ヴァイオリン・フェイズ)でリアルな、そしてただ事ではない特別な汽車のイメージ。ユダヤ人狩りから焼却炉へと忌まわしい記憶を忘れさせてなるかと演奏と共に手あかのついたパターンを投げ捨てた新たな映像が反戦を迫る。

 

⏰5時35分更新

 

 

 

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きょうのことば 「上にあるものを求め」ーIGM秋田・盛岡教会牧師・神谷光一師説教ー

 昨朝、起き上がって、さすがに疲れた~。この異常な暑さ。連日だ。地球沸騰、政治家は科学者には耳を貸さないのか。わかっても1票がだいじか。もう万策は尽きたか。こんな事態にも戦争、資源獲得争い。何か虚しい。その時、これは忘れないように書いておくのだけれども、戦争抑止策がひらめいたなどという大層なことでもなく、勿論ひらめくはずもないないのだけれども、自分に何か行動につながる爆発が起こったというのでもないのだが。瞬間、霊的な覚醒を覚えた。こんなことを持ち出すと、何だか怪しげだとこうなってしまいかねないのだが、ほんとうだ。「誰かがわたしのために祈っている」。瞬時心が押し広げられ、煩いの一切がすっと消えた。「祈ろう、私も」。背筋を正した。現実はどうであれ、祈ることには余人には知られないエネルギーがある、そう思った。こんなときは習慣的に時計を見る。6時20分。はは~ん、さして立派でも真面目でもない自分が、辛うじてここまで保たれてきたのは、やはりどこかで誰かが自分の為に祈っていてくれたからなのだな、そう思った。だいたい一人の為に真剣に祈れる人は、多くの方々の為に、多くの問題、課題の為に祈れるものだ。「皆さんのお祈りのお陰で」と聞くたびに、実は「どこまでほんとうかしらん」、慣用句じゃないの、と勘ぐってしまったこともある。しかし、昨朝の覚醒が、この勘ぐりに悟りを与えてくれたようだ、ようだではなく、祈りの大切さを教えられ、「これを忘れるな」と刻印された思いがしている。

 

     ☆  ☆  ☆

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神谷光一・美津子牧師

 

インマヌエル秋田教会・盛岡教会の神谷光一牧師の説教をおつなぎします。

2023年8月6日(日)
説教題 『上にあるものを求め』
聖書朗読 コロサイ人への手紙 3章1~17節

1 こういうわけで、あなたがたはキリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。
2上にあるものを思いなさい。地にあるものを思ってはなりません。
3 あなたがたはすでに死んでいて、あなたがたのいのちは、キリストとともに神のうちに隠されているのです。
4 あなたがたのいのちであるキリストが現れると、そのときあなたがたも、キリストとともに栄光のうちに現れます。
5 ですから、地にあるからだの部分、すなわち、淫らな行い、汚れ、情欲、悪い欲、そして貪欲を殺してしまいなさい。貪欲は偶像礼拝です。
6 これらのために、神の怒りが不従順の子らの上に下ります。
7 あなたがたも以前は、そのようなものの中に生き、そのような歩みをしていました。
8 しかし今は、これらすべてを、すなわち、怒り、憤り、悪意、ののしり、あなたがたの口から出る恥ずべきことばを捨てなさい。
9 互いに偽りを言ってはいけません。あなたがたは古い人をその行いとともに脱ぎ捨てて、
10 新しい人を着たのです。新しい人は、それを造られた方のかたちにしたがって新しくされ続け、真の知識に至ります。
11 そこには、ギリシヤ人もユダヤ人もなく、割礼のある者もない者も、未開の人も、スキタイ人も、奴隷も自由人もありません。キリストがすべてであり、すべてのうちにおられるのです。
12 ですから、あなたがたは神に選ばれた者、聖なる者、愛されている者として、深い慈愛の心、親切、謙遜、柔和、寛容を着なさい。
13 互いに忍耐し合い、だれかがほかの人に不満を抱いたとしても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。
14 そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全です。
15 キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのために、あなたがたも召されて一つのからだとなったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。
16 キリストのことばが、あなたがたのうちに豊かに住むようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、忠告し合い、詩と賛美と霊の歌により、感謝をもって心から神に向かって歌いなさい。
17 ことばであれ行いであれ、何かをするときには、主イエスによって父なる神に感謝し、すべてを主イエスの名において行いなさい。

 

6時8分更新

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音楽雑感 クラシック倶楽部、名曲アルバム まぜこぜ

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 ここのところクラシック倶楽部は日々ピアノ。昨日は広瀬悦子さん、小菅優さん。広瀬さんと小菅さんのベートーベンの17番を聴きながら、私はいったいこの優しさに何を聴いているんだろう。河村尚子さんの32番にも。

 そして、きょうの伊藤恵さんのコメントを聞いていて、一言なりとも書く気になった。伊藤恵さんのベートーベン愛。言い方がちょっと違うけれども、「ひとは優劣ではなくその存在そのものが尊い」、そして、「ベートーベンの音楽の中には神さまがいて、それに自分が包まれるような感じがある」。32番を弾き終えて、「この曲はつい自分のために弾いてしまう。だからこそ他のかたがたのために弾きたい。ベートーベンが時を超えてこれから後1000年も生き続いて欲しい」。その32番を聴きながら、神の愛、ベートーベン愛に包まれながらキーを打つうちに、TV画面は名曲アルバムに。これが「田原坂」、キーは打たねばならぬ、「田原坂」は聴かねばならぬ、解説も見なければならぬで忙しいのだが、最後に「これが日本赤十字社の発祥」と聴き、あらら、これは書きながら聴いている場合ではなかったと悔やむは悔やむのだけれど。「田原坂」、これは何回も再放送があるはずと次を待ち構える心境に。「命は平等である」。これは医療でのことをいってるのだが、すべてにほんとうにそうあって欲しい。あって欲しいのに、なぜに人はそうではなくしてしまうのか。ひと一人の命は盤上のゲームのコマの一つではないはず。

 

⛳6時40分更新

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きょうのことば「神がこれほどまでに愛してくださったのなら」ー説教・世界宣教局長/聖宣神学院教会牧師 田辺寿雄ー

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 ロマ書13章:10に「愛は律法の完全なり」とあります。「レ・ミゼラブル」を見るとき、このおことばを思い出します。それだけに、この愛が自分の中にあるかどうかをいつも問われる。どこかがチクリとする。まだまだ神に自分の全存在をあけわたしてはいないなと思う。私の場合、これは一生をかけての課題であるようです。生涯「悔い改めと信仰」を更新してゆくこと。これが神が自分に求めておられ、備えておられる道であると、今更ながら自分の内にその自覚を促しております。

 

     ☆  ☆  ☆

 この日は、インマヌエル秋田教会をホスト教会に、インマヌエル綜合伝道団の東北聖会が開かれました。盛岡教会から秋田に駆け付け参加された方々がいらっしゃいますし、盛岡教会に集いズームで参加した方々がいらっしゃいました。

 

世界宣教局長/聖宣神学院教会牧師 田辺寿雄・師の説教をおつなぎします。
田辺寿雄先生についてはこちらです。
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2023年7月30日(日)
説教題『神がこれほどまでに愛してくださったのなら』
聖書朗読 ヨハネの手紙第一 4章7~12節

7 愛する者たち。私たちは互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。
8 愛のない者は神を知りません。神は愛だからです。
9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちにいのちを得させてくださいました。それによって神の愛が私たちに示されたのです。
10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた、互いに愛し合うべきです。
12 いまだかつて神を見た者はいません。私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにとどまり、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。

 

6時35分更新

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音楽雑記、クラシック倶楽部、名曲アルバム まぜこぜ

 

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ショパンのノクターン変ホ長調、新鮮!あらら、クララが捧げられた「献呈」じゃない、幸福感踊ってると思ううちに、曲は搾りたてのレモン果汁がせわしく透明な容器に落ちてゆくような香気と爽やかさを放って「ロンド・カプリチオーソ」。これが高松国際ピアノコンクールで日本人初優勝の古海行子さんのピアノ。これで書く気が湧いて。そして小林壱成さん、上村文乃さんとの共演でメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第一番。この曲、最初の聞かせどころでぐんと掴まれてしまえばもう向こうの思うつぼ、最後まで耳が離せなくなる。この時間帯の名曲アルバムはヴィヴァルディ「四季」の「夏」、一昨日かに雨がしぶいていた。記憶の片隅で雨を浴びながら、ここ一週間のクラシック倶楽部を思い出す。そう昨日は遠藤真理さんがサウンド・オブ・ミュージックを鳴らしてくれたっけ。シェックの取り上げあり、そして遠藤さんに弾いてほしかったという「花詠み人」。名曲の方はバッハでした、バッハの「フーガの技法」、そしてライプツィヒ映像。
その前の日は、山形テルサでのチェロアンサンブルXTC。楽しいじゃないとHPをググったところ、「20236月をもちまして、TERU(西方正輝)はチェロアンサンブルXTCを卒業します」と。卒業、忙しくてアンサンブルとの掛け持ちが厳しくなったものか。その直前には仲間を27歳で亡くして「レクイエム」で追悼。アンサンブルはこうした過程を踏みながら強くなっていくものなのか。それもこれも何するものぞ、心の中でエールを送る。続く名曲はヨハン・シュトラウスの「トリッチ・トラッチ・ポルカ」。この曲には作曲者自らへのゴシップへの意趣返しもこめられているとか。何があってもこれぐらいの笑い飛ばす心のゆとりが無ければ作曲家は務まらないか、はたまた、作曲でそれができるからこそ、またそこから力を得て、創作を続けられるものなのか。 山形テルサ、文翔館、懐かしい、といっても行ったことがあるわけではなく、作曲家木島由美子さんのブログで何度か拝見し、いつか見てみたいなと。その前日はズーラシアン。絶滅動物たちがステージにすがたを復元させるという面白さ。今や絶滅危惧種には真っ先に挙げられるのはヒト? そしてこの日の名曲は郡上踊りか、間違っているかもしれない。もう記憶が怪しい。しかし、この郡上踊り、TV画面で見る限りは下駄、下駄、下駄。廃れつつあると思っていた下駄なのだ。その前週間、声楽だった。甲斐栄次郎、澤﨑 一了、ソプラノの小林厚子。そしてその前日は加納悦子。その前、天羽明恵、その前、森谷真理、その前、妻屋秀和。声という〝楽器〟は不思議だ。ここでもう時間、時間、、これから先はちょうど記憶もあやふやで、切り上げるが無難。かくして主婦は忙しい。朝食だけはスパッと出さずばなるまい

 

⏰6時55分更新

 

 

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