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2023年1月

230131 クラシック倶楽部を聴く 古海行子 小林壱成 上村文乃 ピアノ&トリオ・コンサート 愛媛県新居浜市公開収録

高松国際ピアノコンクールで日本人初の優勝を成し遂げた古海行子の独奏と、世代の近い二人の弦楽器奏者、小林壱成と上村文乃を迎えたピアノ・トリオの演奏をお届けする。
【収録】2022年11月27日 新居浜市市民文化センター大ホール(愛媛県)
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古海行子(ピアノ)
(途中から)プログラムについては、ほとんど同じ年に生まれて同じ時代に生きた作曲家を取り上げていて、こうして並べてみると、どの作品にも歌の心が見えて、その歌から作曲家それぞれが持つ音楽だったりとか、その微妙な違いというのがすごく感じられるプログラムになっているかなと思います。
小林壱成(バイオリン)3人の丁々発止というか、そのやり取り、会話というか、そういうものを楽しんでいただけたらいいなと。
上村文乃(チェロ):だいたい同世代の3人なので、同じ目線で3者3様の表現がミックスされて素敵なストーリーになるといいなと私は思います。
古海行子(ピアノ):3人のそれぞれのパッションというのがどんなふうに変化してどういう風に混ざり合っていくのかすごく自分でもどきどきワクワクしてるんですけれども、そういうエネルギーというのを感じてもらえたら嬉しいなと思います。
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【曲目】
☆ノクターン 変ホ長調 作品9 第2(ショパン)
☆献呈(シューマン作曲/リスト編曲)
☆ロンド・カプリチオーソ ホ長調 作品14(メンデルスゾーン)
☆ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 作品49(メンデルスゾーン)
☆アンコール ちょうさじゃ(和田香苗・作曲/ニウ・ナオミ編曲)

🎵ショパンがプレイエル社の社長夫人に曲を献呈していたとは! 3人の丁々発止とコメントでおっしゃっていたが、たしかに古海さんのピアノが三重奏に入ってから別物に聞こえだし、それにバイオリンとチェロの熱のこもった掛け合いが耳にのこった。

🎧名曲アルバム。服部良一「蘇州小唄」

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ーこのページは番組の解説を参考に自分用のメモとして書いていますー

⛳けさ4時。除雪車の出動かとおもわれる車輛の音が側を通過して行った。真っ白な雪景色に青く陰が映じている。清々しく爽やかな町並み。白くまっすぐに延びた路に原付が器用に走っている。新聞配達。明治以来かと思うが、新聞事業が始まって以来、アンカーが各戸に配達して回るやり方は変わってはいない。その姿までが雪の白さに洗われ浄められていくように見える。窓外は氷点下10度近かった朝の光景だ。

17時58分更新

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230130 クラシック倶楽部を聴く イリーナ・メジューエワ ピアノリサイタル 〜ラフマニノフが愛したピアノとともに〜

2023年に生誕150年を迎えるラフマニノフ。ロシア出身のピアニスト・イリーナ・メジューエワが、ラフマニノフが生前愛奏したピアノで珠玉のピアノ作品を演奏する。【収録】2022年11月23日 京都コンサートホールアンサンブルホールムラタ 【語り】川﨑理加アナウンサー

ピアノには、ラフマニノフ自身が書いたサインが残されている。ラフマニノフの作品を数多く演奏してきたメジューエワさん。作曲家自身が愛用したピアノでの演奏は今回が初めて。ラフマニノフのピアノはアメリカの倉庫で長期間保管されていたが、虫食いやひび割れで演奏できない状態だった。20204月、ピアノは日本に運び込まれ、調律師の高木裕さんが約1年かけて修復。一つ一つの部品が修理されよみがえった。ラフマニノフが弾いていた当時の音を響かせる。

 

イリーナ・メジューエワのコメント
生き物ですね。生きてる。まだちょっと寝てるかもしれません。これからですね。やはりどこかでラフマニノフ自身のタッチを覚えている楽器だと思います。温かい音色を持っている楽器ですね。古い楽器ですから、調子がね、今日は機嫌が悪い。お爺さんですからちょっと腰が痛いとか、きょうはちょっと乗れないとか、あるいは時間とともに機嫌がよくなってどんどん様々な音色を出してくれる素晴らしい楽器だと思います。
 ピアニストとしてのラフマニノフを私はもうほんとうに尊敬しておりまして、今回はほんとうに神様みたいな方が使っていたピアノで演奏できるのはとても名誉なこと、そして畏れ多いこと、その楽器が覚えているラフマニノフのタッチを教えてもらいたい。楽器と仲良くなって楽器とのすばらしい対話ができたらいいなと思っております。
ラフマニノフのピアノ作品を代表するピアノ・ソナタ第2番について
ラフマニノフの作品の中でも非常にスケールが大きい曲なので、ドラマティックで、エモーション的に豊かな世界を持っている。感情的に。そして技術的にもラフマニノフのエッセンスがよく現れている作品と思います。特に表れてると思います。ピアニズムそのもの、技術的に、技術そのものが大変スケールが大きいので、私自身は、正直ちょっと距離感があったんです。私の手にとって無理がなくはないです。ちょっと弾きにくいところがあるかもしれません。でもこの機会に弾きたいなと思っていて、ちょっと自分の中でもチャレンジ的なものでもあります。

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【曲目】
(ラフマニノフ作曲)
☆幻想的小品集 作品3
ラフマニノフがモスクワ音楽院を首席で卒業した19歳の時の作品。このピアノを弾いていた時期と重なる。
☆練習曲集「音の絵」から ハ長調 作品33第2
☆ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 作品36


🎵ラフマニノフをめぐる“ピアノものがたり”をおもしろく聴く。こういった修理を経た、それもかなり激しくガタついていたピアノの修復跡、後を引き受けて弾くことはどれほどの冒険であるかと思う。決して安定的な音は望めない中から引き出されたラフマニノフ。

🎧名曲アルバム。ハイドン「告別」。外山雄三&東京フィル
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ハンガリーのフェルトゥ―ドに18世紀初め壮大なエステルハージ家の宮殿が築かれた。ハイドンはエステルハージ家の宮廷楽長だった。エステルハージ家は夏の間はオーストリアの居城を離れ、ここに滞在。ニコラウス・エステルハージは熱烈な音楽愛好家。ハイドンを楽長に迎え、宮廷楽団を夏の離宮に同行させた。滞在が次第に長引くようになり、家族を残してきた楽員たちは家に帰りたい。そこでハイドンが一計を案じ、演奏者が徐々に減る交響曲を書いた。演奏を終えた楽員は次々と会釈をして去っていくという趣向。早く家に帰りたいという願いを音楽で伝えたのだという。楽員たちの心情を知ったニコラウス侯は、即座に帰郷を認めたという。

⛳21時23分更新

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きょうのことば「あなたの前に道を開く」

インマヌエル盛岡キリスト教会2023年122日の礼拝メッセージをお伝えいたします。國光勝美牧師、ひろ子牧師は、現在、広島県呉市に在住。呉からのズーム配信です。

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説教題 「あなたの前に道を開く」
聖書引証 箴言4章12節

あなたが歩むとき、その歩みは妨げられず、走っても、つまずくことはない。

 

《メッセージ》

きょうの聖書の箇所は箴言4:12です。

新改訳 2017)あなたが歩むとき、その歩みは妨げられず、走っても、つまずくことはない。
(文語訳) 歩くとき汝(なんぢ)の歩(あゆみ)は艱(なや)まず趨(はし)るときも躓(つまづ)かじ。

 

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これはアラム語訳が英語に訳されたおことばです。
あなたが歩む 一歩一歩 わたしはあなたの前に 道を開く(シリア訳)

これをテキストにメッセージをと導かれております。上の写真は、このおことばを、焼き絵のように大きな板に彫り込んだものです。

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 写真の後列中央が渡邉佐次郎さん。ご夫妻で盛岡においでくださったことがあります。渡邉さんが焼き絵をなさるので、私が勝手に、渡邉さんが、このシリア訳をウェブスター・スミス先生に記念として作って差し上げたのだろうと推測しております。その左の方が後藤牧人先生です。こんど私がこのように呉の方に来たということを牧人先生に連絡したとき、最初は驚かれたんですけれども、心から祝福を祈ってくださいました。前列の女性の方がウェブスター・スミス先生。どういうわけか私その隣に座っていますが、座らされたのであったかどうか、そんなことを思いますが。

 皆さんがたご存じの通り、私は松本で育ち、東京の大学に進みました。そして、お茶の水学生キリスト教会館で信仰に導かれました。その時にはもう既に就職先は内定していたのです。お茶の水学生キリスト教会館の集会のチラシを持って会館に行った、その1枚のチラシを通しての神様の導き、また雪谷大塚駅でいただいた一枚のチラシの導きで丸の内教会へ、インマヌエルへと導かれたことを思います。

あなたが歩む 一歩一歩 わたしはあなたの前に 道を開く

 open、「開く」はわかります。でも、これが、open upという動詞で使われるときに、これはただ窓を開けるというような意味のopenではなく、「切り拓いていく」「切り開いていく」。これがオープン・アップという言葉なんだそうです。これを知ったときに恵みをいただきました。まさに「あなたが歩む 一歩一歩 わたしはあなたの前に 道を開く」。これを思いつつ今ご用に与らせていただくことであります。

 

私は三つの聖書のことばによって道がオープン・アップされました。

一つのおことばは、創世記12章1節でした。

(新改訳2017)主はアブラムに言われた。あなたはあなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、私が示す地へ行きなさい。
当時は文語訳聖書でありましたので、
(文語訳)爰(ここ)にヱホバ、アブラムに言(いひ)たまひけるは汝(なんぢ)の國(くに)を出で汝の親族に別れ汝父の家を離れて我が汝に示さん其(その)地に至れ

 このおことばが、私にとって一つの開かれた道でありました。

 ここに私宛の古い書簡があります。宛先は「日本ビクター第一清和寮」。差出人は「雪谷伝道所」から。毎週送られてくる集会案内の葉書に書いてありました。「創世記12章1節、2節」、「神様が一歩一歩導いておられるかに思われます。お祈り申し上げています」。私がちょうど丸の内教会で真剣に自分の将来を祈り求めていたときでした。雪谷伝道所での祈祷会の後、國光幾代子先生が、「祈って葉書に書いたおことばだけれども、何を書いたか忘れたから、帰ったらきっと届いていると思いますから」ということでありました。このおことばが道を切り開いてくださった。まさに、国を離れ、親族を離れ、父の家を離れ、というできごとでありました。
 雪谷伝道所は今から10年ほど前に幾代子先生のご高齢から閉じられましたが、ほんとうに多くの働き人たちがここから起こされました。その末席を汚しているのが私たちなんですけれども。多くの伝道者を送り出しております。たとえば、私は教会総会が終わると盛岡教会を正式に引退しますが、それをご存じの広島教会の宮島先生から一か月ほど前に連絡がありました。「先生、是非2月の第二日曜日、もう皆さんにアナウンスしますからぜひメッセージお願いします」と。この宮島先生も実は雪谷伝道所出身の先生でらっしゃいます。そんな雪谷の使命が10年ほど前に終わりました。

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 その雪谷伝道所の片付けに盛岡からクルマを走らせて二回、三回と行きました。これでいよいよだいたいケリがついたかなあという時に3人で撮った写真です。真ん中が國光幾代子先生です。後ろの高い位置にある額「栄光全地に満つ」、これは、雪谷が献堂されたときに蔦田二雄先生が揮毫された額です。それから、幾代子先生の背後にある額ですが、光って一部見えませんが、これは幾代子先生のお母さんにあたる國光良子という方の書です。この方は國光家の信仰のルーツでアブラハムというべき存在であります。この國光良子という人は非常に達筆でした。「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます」(ヨハネ12:24)と書かれています。

 幾代子先生の妹の美知子も献身し、戦前の蔦田二雄先生が寮監をしておられた茂呂の神学校に学びましたが結核に罹りまして結局退学を余儀なくされました。戦後しばらく療養していたのですけども、ほどなく天に召されなさいました。
 この献身をした國光美知子を記念して、雪谷伝道所が國光によって神様に捧げられました。ご婦人の先生方がご高齢になられた時の住まいにという趣旨もあったようです。二階と会堂のすぐ横には何人か住もうとすれば住めるスペース。二階もそれなりの小さなスペースでしたが何人かは宿泊できました。これが雪谷伝道所のそもそもでした。しかし、もう10年ほど前に解体されて、今は別の世の中のものが建っております。その雪谷伝道所にあった記念のみことばの額二つが、皆さんご存じの通り、今は盛岡に飾られております。

 

もう一つのおことばが創世記17:1であります。

(新改訳2017)主はアブラムにあらわれこう言われた。「わたしは全能の神である。あなたは私の前に歩み、全き者であれ」
(文語訳)エホバ、アブラムにあらわれてこれに言いたまいけるは、「われは全能の神なり。汝我が前に歩みて全かれよ」

 このおことばは、鞍掛山の頂上で祈っております時に与えられ、私は大きな励ましと導きをいただきました。いつごろから鞍掛山に登っていたのだろうかと振り返ってみたのですが、たぶん25年ぐらい前からです。以来、私は盛岡での牧会生活で、鞍掛山の道ほど神様にお取り扱いをいただき、恵みをいただいた道はございません。25年ぐらい前という決め手は、野田秀(しげる)先生が東北聖会でご用をして下さったときが2回ありましたが、そのうちの一回で、私が司会をすることになったり、やはり現地であり若手でもありましたから、いろいろと準備をしていくときに、聖会のために祈らなければと鞍掛山の上で祈りました。後日野田先生に「朝に鞍掛山で聖会のために祈っていた時に、熊にばったり遭ったんです」と申し上げたことを思い出します。そんなことから親しく、ことあるごとに祈りました。

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そして何よりも、私が神学校の同窓会の責任を持たせられていた時期、大きな祈りの課題がありました。この時に与えられたのが、創世記の17章1節

我は全能の神なり汝我前に行(あゆ)みて完全かれよ

 解放をいただきました。そしてまた、最近のことでいうならば、ひろ子先生の大きな病を得た時、私はこの鞍掛の道で、どれほど祈り、また力をいただいたか。


 鞍掛山について書いた投稿をラジオの音楽番組「きらくら」に取り上げていただいたこともございました。
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 盛岡の「山好きかっちゃん」(國光牧師のブログ名)さんです。
パッサカリアの道というのがあるのをごぞんじでしょうか。おそらくどの地図にも掲載されてはいません。しかしそれは確かにあるのです。2019年6月10日の朝、前日の本放送を聴き逃し、スマホに取り込んであるきらくら美作市公開録音を楽しみに聞きながら鞍掛山の道を登りました。木々の新緑が朝日に輝いて木漏れ日がその道に彩を添えています。バイオリン松田理奈、チェロ遠藤真理によるヘンデルのパッサカリアが流れてきました。その第一音を聴いた瞬間からすっかりパッサカリアの世界に引きこまれてしまいました。私を囲んでいる木漏れ日がパッサカリアとともにおどりだしました。演奏が終わったときには、私はうっすらと涙をたたえ、美作の公開会場の皆さんと一緒に拍手をしました。それ以来私は、この道をパッサカリアの道と呼ぶようになりました。春に、夏に、秋に、パッサカリアの道は私に慰めや励ましを与えてくれます。鞍掛山の頂上から見る岩手山はなかなかの存在感があります。近くには有名な酪農の牧場があり、牛や羊たちがあそんでいるようです。盛岡でのきらくら公開は残念ながらありません。たのしい番組をほんとうに有難うございました。ー以下省略。

 このように紹介していただきました。
ほんとうに一歩一歩歩むとき、神様はその祈りの課題に豊かにオープン・アップ、切り開いてくださるということを思います。

 

 そしてもう一つ、私にとりましては、詩篇の138:8、

主はわたしのためにすべてを成し遂げてくださいます。主よ、あなたの恵みはとこしえにあります。あなたの御手のわざをやめないでください。

 これは私にとりまして、今も、そしてこれから盛岡がまた新しい新発をいたします。私もまたこちらの方で新しい歩みを始めることになります。この二つのことを思いつつ、

ヱホバはわれに係れることを全うしたまはん ヱホバよなんぢの憐憫(あわれみ)はとこしへにたゆることなし願くはなんぢの手のもろもろの事跡(みわざ)をすてたまふなかれ

 このおことばは、まさに其のとおりであります。この度のこのような突然と思われる神様のお導き、これは、私たちにとりまして、突然のことではありますけれども、神様の前では突然のことではなく、主がなさったこと。

 私どもの引退に際し、神様は、Iご夫妻を、この教会の会堂の管理者としてくださり、パソコンの機器の設定、操作のためには大曲から素晴らしいYさんが指導してくださっております。またお別れの時には新幹線ホームにも駆け付けてくださいました。それらの恵みを一つ一つを思いながら、神様は道を開いてくださるってこういうことなんだ。呉に導かれ、そして、ご存じの通り、ひろ子先生が、この前の月曜日に最終的な、首の方のペットCTで肝臓の方には転移していない。そして間質性肺炎の方も大丈夫。ただ首の方に要注意のサインがある。耳鼻科の方で生検というんでしょうか。実際にその細胞を採りだして悪質か良性かを確認する、結果を見ていただくことになったのですが、結果、この前の月曜日、大丈夫悪性のものは見つかりませんでした。ただ数年前にこのリンパの耳下をやっていたので検査、しかしこれも悪性のものは見つかりませんでした。

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 繰り返しのようになりますが、工藤弘雄先生が夏に東北、盛岡においでくださったときに、先生が真史さんと一緒に常念岳をご覧になった話しが。真史さんが、ここからがいちばんきれいに見えると仰ったという話しを、聖会が終わってお帰りになる別れ際に聴いた時に、私にとっても常念岳は特別な山ですから、それが一層思い出深くなったのですけれども。まさかその常念岳の絵が、呉の病院で出会うことがあるとは! ほんとうに驚きました。

あなたが歩む 一歩一歩 わたしはあなたの前に 道を開く

 スミス先生を導いてくださったというおことば、シリア語訳の聖書を私もアーメンと心から肯きつつ、これを皆さんにもご一緒にアーメンと肯いていただき、皆さん方も同じこの道を共に歩ませていただきたいと思います。

 

※データは國光牧師に申し出、お借りしました。
文責:中ぶんな

6時15分更新

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230127 クラシック倶楽部を聴く ワルター・アウアー フルート・リサイタル

ワルター・アウアー(フルート)のプロフィール
ケルンテン州立音楽院、モーツァルテウム音楽大学で学び、ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者を経て、2003年よりウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/ウィーン国立歌劇場管弦楽団の首席奏者に就任。「ウィーン・クリムト・アンサンブル」を結成し室内楽でも活動しているほか、ソリストとしては、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ニュルンベルク交響楽団など世界の著名なオーケストラと共演。指導者として世界各地でマスタークラスを開催するなど、多彩な活動を続けている。

沢木良子(ピアノ)のプロフィール
桐朋女子高等学校音楽科卒業、同年渡仏。パリ国立高等音楽院ピアノ科を最優秀で、そして室内楽科を満 場 一致の最優秀で卒業。同時にエクリチュール科に於いて高等ディプロム取得。文化庁在外芸術家研修員となり、更に研鑽を積む。1989年および19 94 年、P TNAピアノコンペティション金 賞受賞、サンマリノ音 楽 祭に招 待される。19 9 9年、For u m de Nor m a nd ie室内楽コンクールにて第3 位 入 賞、2 0 02年、ブルガリア・アルベール・ルーセル国 際コンクール第3 位 入 賞、翌年ヴィットリオ・グイ国 際 室内 楽コンクールのファイナリスト。ウィーン・フィルのメンバーとの共演も多い。
【収録】2022年11月15日 ハクジュホール(東京)
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【曲目】
☆コンチェルティーノ作品107(シャミナード)
☆忘れえぬ記憶の中に(一柳慧)
一柳慧はジュリアード音楽院に学び、」ジョン・ケージなどアメリカの前衛音楽を日本に紹介した現代作曲家。阪神・淡路大震災の記憶を描いたこの作品は、神戸フルート国際コンクールの課題曲として作曲された。素早いパッセージや打楽器を思わせる持続的な連打など特殊奏法が散りばめられている。
☆フルート・ソナタ ロ短調 BWV1030(バッハ)
バッハのライプチヒ時代のチェンバロとフルートのための作品。フルート・ソナタの中の最高傑作と評される。
☆フルート協奏曲 作品30b(尾高尚忠/尾高惇忠 編)
昭和初期の日本音楽界の中心的存在として活躍。作曲家・指導者であった尾高尚忠の最晩年の作品。1948年に小編成のオーケストラ版として作曲された後、大編成への改定を進めている中、病に倒れ未完に終わった。尾高の死後、愛弟子の林光によって完成され、その後長男の惇忠によってピアノ伴奏版が作られた。

 

ワルター・アウアーのコメント
Q
フルートの魅力
フルートの最大の魅力はサウンドです。形而上学的な異次元の響きを持つ楽器です。言葉では表せず感じることしかできない感情を伝えることができます。どんな楽器でもできることですが、フルートは特にそれが得意だと思います。私にとってとても重要で大切な楽器です。音に変化を与えるのはあくまでも体です。リードもマウスピースも使いません。音はすべて自分の体で作っていきます。非常に音の安定性が高い楽器です。何かがうまくいかないとき、それは楽器ではなく自分のせいです。分解ができて持ち運びが便利という利点もありますね。
Q
後進の育成について
若い演奏家が大学を卒業するまで自立に向けた準備期間を支えることはとても重要です。演奏面だけでなく精神面も支えていく必要があります。調子のよい時も悪い時も、ずっと寄り添っていてあげなくてはなりません。人生は山あり谷ありですからね。それでいいんです。私にとって若い人への指導は何にも勝る大きな喜びです。私が「響き」の質と音色を最も重視していることは、学生たちもわかっています。完璧なテクニックも大切ですが、音楽家の感情や魂は「響き」を介してしか聴き手に伝わりません。後進に伝えている一番大事なことです。

🎵たとえプロであっても、ステージに上がる前に用意周到な準備を重ねても尚、いざ、ステージに上がってみると、何か演奏しにくいということもあり得るのではないか。それでも一定の水準はこなすところがまたプロのすごいところだと思うのだが。けさは若干それを感じてしまった。しかし、プログラム中に日本人作曲家の曲を2曲も入れて下さったと思う。
 

🎧名曲アルバム。「アニー・ローリー」スコット夫人・作曲/上柴はじめ・編曲

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「アニー・ローリー」(オーボエ)渡辺克也,(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)梅田俊明 ~イギリス・スコットランド各地~
アニー・ローリーは17世紀末に生まれた貴族令嬢。生家はスコットランド南部マクスウェルトンの丘にある。スコットランドきっての美人で崇拝者が後を絶たなかったという。彼女はダグラスという男性と将来を誓い合っていた。しかし父親の反対に遭い引き裂かれてしまう。数年後別な男性と結婚。当時スコットランドは動乱の時代で、大きな内戦が続いていた。アニーの父とダグラスの政治的立場が異なったのが破局の原因だった。悲嘆にくれたダグラスはアニーへの熱い思いを詩に託した。後にスコットランドの音楽家スコット夫人がメロディーをつけて「アニー・ローリー」という歌ができた。19世紀後半には英国全土に広まる。
⛳芸術家がよくパトロンや恋する女性に作品を献呈している。それはいったいどんな人? と顔写真なりとも見てみたい、その人について知りたいと思ったものだ。しかし最近になって、確かにその曲のように、その詩のように、美しく素晴らしい相手である場合もあるだろう、けれども、完璧な人物はいないわけで、実は献呈するに値しない相手である場合もあるのだ。完璧な人間はどこにもいないのだ。つまり、曲や詩に表されている美しさ、素晴らしさは、他でもない作曲者自身の内に内蔵されているものであり、献呈しようとする対象とはほとんど無関係である場合もあるのでは、今はそんな覚めた、冷めた感覚で受け止めている。

⛳21時55分更新

 

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230126 クラシック倶楽部を聴く エマニュエル・パユ フルート・リサイタル

89年神戸国際フルート・コン優勝以来、鮮やかな技術と流麗な音楽性で人気を博してきたパユ。今回はドイツ・バロックのテレマンと現代作品を交互に組んだ意欲的な公演。
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エマニュエル・パユのコメント
今回のプログラムでは古典の曲と現代の曲を組み合わせてみました。古典と現代を交互に演奏することで、フルートの曲が時代を超えて作られてきたことがわかります。スピリチュアルな目的や舞踏のため、それを聴き取ることができるのです。テレマンとオネゲルやヴァレーズとの対比は聴衆にとっても興味深いはずです。いわば作曲家たちによる対話です。あなたの音楽の聴き方にも変化をもたらすでしょう。私にとって舞台にあがることは大道芸をすることとは違います。徹底的に集中します。ソロ演奏のときはなおさらです。音符の一つ一つに私の息と心を吹き込まなければ音楽は生まれません。責任は重大です。ですから演奏会は常に真剣勝負です。全身全霊を注ぎます。しかし音楽が楽しく踊り飛び跳ねていたら私の心も踊ります。その喜びが私の演奏を通じて皆さんに伝われば嬉しいです。

曲目
「無伴奏フルートのための幻想曲 第1番」→「比重21.5」(ヴァレーズ)
「無伴奏フルートのための幻想曲 第10番」→「スクリーヴォ・イン・ヴェント」(カーター)
「無伴奏フルートのための幻想曲 第5番」→「めやぎの踊り」(オネゲル)
「無伴奏フルートのための幻想曲 第6番」→「ソナタ・アパッショナータ」(カークエーレルト)
「無伴奏フルートのための幻想曲 第7番」

 

🎵テレマンの第1番の次に「比重21.5(ヴァレーズ)、この次にテレマン第10番といった以上のような配列。「比重21.5」はプラチナの比重。尺八の節回しも感じられ、尺八の音域の事はわからないが、このような現代曲を尺八でやってみたら面白かろうと。「スクリーヴォ・イン・ヴェント」は「風に書く」の意。風がざわつく叢林に明滅させる光の屈折を写実的にとらえている感じが。異次元に足を掛けたかなと。「ソナタ・アパッショナータ」のカークェーレルトって、と思ったところに、ドイツの作曲家でありオルガニスと。この曲は1917年第一次世界大戦で知り合った友のために作られた曲と当意即妙な字幕解説。曲の終わりは「無伴奏フルートのための幻想曲 第7番」で、フルートの音が遠ざかっていくかに演奏しながらパユがステージの袖にすがたを消す。全曲無伴奏演奏という実力。ベルリン・フィルの首席であってみれば、当たり前といえばあたりまえなのだが、知見によるプログラム編成、音の質の高さに心地よさを。無伴奏フルートのための幻想曲は第10番がいちばんよかったが、この10番を次のベースに入れたことで、テレマンはこんなにいいものだよ、だから続けて最後まで聴きなさいというパユのお勧めが。

🎧名曲アルバム。「バレエ音楽“マ・メール・ロア”から妖精の園」ラヴェル作曲

(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)北原幸男 ~パリ・フランス~
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⛳けさも盛岡は大型冷蔵庫にストーンと入れられたような。どこを押し開けたら春うららの快適な野山に出られるものか。それにしてもドラえもんのどこでもドアの着想はすばらしい。目の前に10の扉があって、さてそれぞれがどんな世界につながっているのか、マラルメの家か、はたまたモンセラートの修道院か、そんな想像だけでも心たのしく何か温かい。
6時33分更新


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230125 クラシック倶楽部を聴く 上野星矢 フルート・リサイタル

19歳でランパル国際フルート・コンクール優勝、国際的な活躍を展開する上野星矢。20世紀に書かれたフルートの名曲を軸に、ポップスやオペラまで多彩な曲目を披露する。 【出演】上野星矢(フルート)、岡田奏(ピアノ)【収録】2020年12月2日 NHK大阪ホール

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曲目
パンの笛(ドビュッシー作曲)
  パンの笛はギリシャ神話の精霊の名を取って「シランクス」とも呼ばれる。揺れ動く   神秘的な響きは同時代の作曲家に大きな影響を与えた。
カルメン・ファンタジー(ビゼー作曲/上野星矢・内門卓也編曲)
 歌劇「カルメン」の名旋律で構成された幻想曲。上野星矢自身が編曲に携わった。フルートの多彩な音色とテクニックが随所に散りばめられている。
春よ、来い(松任谷由実作曲・上野星矢・内門卓也編曲)
☆REGRETS AND RESOLUTIONS-
後悔と決断-(ショッカー作曲)
フルート・ソナタ ニ長調 作品94(プロコフィエフ作曲)

 

🎵「パンの笛」、ドビュッシーは従来を破壊し、新たなる構築であるらしい。それが最先端、前衛といわれるようだけれども。旋律が霊妙に曳かれ曳かれする。繊細でピュアな響き。「カルメン・ファンタジー」、ピアノの方の編曲が流麗に、優雅に仕立て直されたという感じが。「春よ来い」、これはアンコール用として演奏するなど、上野さんが気に入っている曲らしい。ショッカーはフルーティストであると同時に200曲にも及ぶフルート曲を作曲しているとか。「フルート・ソナタ」、この曲の持つ美しさが繊細な緻密なところまでこの演奏で具現。
 改めて聴いていて、この演奏には、人の心に沈潜するものを、クッションのある次元に押し付けがましくなく引き上げてくれる。そういった奥深さのある演奏。

 

🎧名曲アルバム。モーツアルト「ジュノム」
ピアノ:津田裕也、円光寺&東京フィル
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ザルツブルクの古い街並みにモーツァルトの生まれた家が残っている。ザルツブルクの南東30キロのところに、母の生地がある。この曲はモーツァルト21歳のとき1777年ザルツブルグでの作曲。良い理解者だった大司教が変わり、やがてモーツァルトは新天地へと旅立つ。ヴォルフガングはモーツァルトの母の故郷のオーストリアにある湖の名で「狼とともに行くもの」の意味であるとか。
聴こえさえすれば気分を即座に愉快な気分へと変えてしまうモーツァルトのすごさ。

ザルツブルクの旧市街では朝市にさえこんなれっきとしたアンサンブルが出て演奏もしているらしい。

 

⛳けさは⁻9.5。意地の悪い寒さと感じてはいない。ここに引っ越す以前の家では、年に一度は水道管が凍って業者さんに来ていただいた。その点は今の集合住宅は気楽。この位置から建物の間に、国道106号線を走るクルマが見えている。今のところ渋滞はない。しかしあと1時間もすれば数珠つなぎとなるだろう。進みたくても進めない、折り返したくても折り返せない、しかしもはやイライラするようなこともない今。
7時3分更新

 

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230124 クラシック倶楽部を聴く MAGNUMTRIO ―福岡県春日市公開収録―

世界が注目する次世代型フルートアンサンブル「MAGNUMTRIO」が登場多久潤一朗、神田勇哉、梶原一紘による、超絶技巧を駆使した圧巻のパフォーマンスちくわ笛歌劇「ルスランとリュドミーラ」序曲(グリンカ)、コロブチカ(ロシア民謡)、アヴェ・マリア(バッハ/グノー)、童謡メドレー、クロック・アラーム(多久潤一朗)、ミニマルアニマル(多久潤一朗)、剣の舞(ハチャトゥリヤン)、交響詩「死の舞踏」(サン・サーンス)、ハイランドパーク(多久潤一朗)、ブラックバード(マッカートニー&レノン)、くまばちは飛ぶ2020年9月福岡県春日市公開収録80歳を迎えたホリガーは言う。「時計の針は人生を計るものではない。私は続けられる限り、演奏し、指揮し、作曲する。」信頼する仲間との絶妙なアンサンブルを放送するー番組紹介よりー
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コメント
多久:我々マグナムトリオ、ご存じの通りフルート3本の編成です。フルート3本ですから同時にたてる音は三つまでなんですね。でも3つということは、ピアノでドミソと弾いたら、これでもう終わっちゃうんです。ですから、もう3人でしっちゃかめっちゃかになって動かないと曲が成立しませんし、またコンサートを通すと、もうずっとフルートしか出てきませんから、やはりいろんなアイデアが必要になってくるんですね。ですので、私たちは自分たちの事をこう呼んでいるんです。フルートを突き詰めすぎた団体。きょうはこれをテーマに私たちがどれだけ突き詰めているのかを皆様に紹介したいと思います。
先ずは、ふつうのフルートをコンサートフルートといいます。そして音が4つ低くなったアルトフルート、そして、1オクターブ低くなったバスフルート。さらに1オクターブ低くなったコントラバスフルートがあります。フルートは楽器が大きくなればなるほど音量がすこしまろやかになって音色がやさしくなるんですけれども、この低音フルートだけでグノーの「アヴェ・マリア」をお贈りします。

 特殊奏法というのは、簡単にいうと普通じゃない奏法です。フルートという楽器は特殊奏法が非常に多い楽器なんです。なぜかというと、口でできることを増幅するシステムだからなんです。口で弾けば、それがフルートで反響して打撃音になりますし、管の中に息を吹き込んでひゅーっと流したり、いろいろな特殊な音響を生み出すことができます。特殊奏法を極めたきっかけは、私はもともと現代音楽を専門にやっていたからなんです。現代音楽では特殊奏法の音を出すことが非常に多い。ただ特殊な音で特殊な音楽をやってるから、結果ふつうになっている。なので、この僕は、この特殊な奏法で普通の音楽をやったら、これがいちばん特殊なものになるのではないかなと、それがアイデアの発端です。
神田:音楽大学で楽器を学ぶということは、クラシックのレパートリーをきちんと吹けることが前提になってくるんですが、現代音楽の曲を演奏してくれと依頼が来たりですとかコンクールの課題曲になったりしたときに特殊奏法が出て来て、皆さんはそれをとりあえずできるようにするまで習得するというところが普通のルートなんですけれども、私たちはその特殊奏法がぼこっと一つだけ出てきたのを、こんなに面白い音がするのをただその音楽のためにだけ一回使うのはもったいないと、これをいかに形を変えて面白い音楽にできないかと、特殊奏法というのは非常に重要な私たちの活動の軸になっています。


多久:「ミニマルアニマル」では、パーカショニストを招いて共演したい。ただこのパーカショニストはちょっと癖が強い。謎のリズムを叩くのでいつも崩壊してしまうんですけれども、きょうはうまくいったらいいなと思っています。

多久:(SNSに投稿した「ちくわの吹き方講座」は12万回以上の再生があった。実際ちくわで鳥のさえずりを演奏)。特殊ということを売りにしてやっていた我々が見落としていたのは、フルーティストがフルートを吹くのはふつうだな。ほかのものを吹いたほうが受けるんだということに何で気づかなかったんだ。なのでこれから仲間の二人はいばらの道を歩まされることになると思います。

演奏にはいろいろな頭部管を使う。Bee モードヘッドジョイントは頭部管に穴をあけてラップを貼っている。音は懐かしさという感じ。多久は中華風な音と。グリッサンドヘッドジョイントはフルートではできないポルタメントとかができる頭部管を使ったり。またアルトリコーダーの頭の部分をフルートに挿してみたら、何と挿さってしまった。こういう楽器を使って「「剣の舞」、「死の舞踏」を、さらに「ハイランドパーク」を演奏します。

 

曲目

「歌劇「ルスランとリュドミーラ」序曲」グリンカ:作曲、多久 潤一朗:編曲
「コロブチカ」ロシア民謡:作曲、多久潤一朗:編曲
「アヴェ・マリア」グノー:作曲、多久潤一朗:編曲
「童謡メドレー」多久潤一朗:編曲
「クロック・アラーム」多久潤一朗:作曲
「ミニマルアニマル」多久潤一朗:作曲
「剣の舞」ハチャトゥリヤン:作曲、多久潤一朗:編曲
「交響詩「死の舞踏」」サン・サーンス:作曲、多久潤一朗:編曲
「ハイランドパーク」多久潤一朗:作曲
アンコール「ブラックバード」ポール・マッカートニー&ジョン・レノン:作曲、多久潤一朗:編曲
アンコール「くまばちは飛ぶ」リムスキー・コルサコフ:作曲、多久潤一朗:編曲

🎵フルート実験工房といった感じ。あっと言わせずにはおかないという企みと好奇心がいっぱい。
多久さんの編、作曲にはぜんたいに遊び心が感じられる。自分が楽しく愉快になる旋律を編み出し組み立てるという感じが。

「童謡メドレー」では機関車が蒸気を噴き上げる音、滴がしたたる音、ぞうの鳴き声、小鳥のさえずり、にわとりの鬨の声、ウミネコの鳴き声。蜂の羽音、茶摘みの忙しさ爽やかさの音までを追求する愉快な自然描写。

「剣の舞」は改造フルートでの演奏。グリッサンド・ヘッドジョイント、リコーダー・ヘッド・ジョイントと、移動式の吹き口にはびっくり。

「ハイランド・パーク」ではタップ、足踏み、アンコールの「ブラックバード」では口笛。可能な限りの模索、試行錯誤。「くまばちは飛ぶ」は、いたずらなくまばちが、どこにどんな悪戯できるところがあるかと好奇心いっぱいな目を光らせながら飛ぶさまが浮かぶ。これがまさしくMAGNUMTRIOの好奇心に相通じると思われた。

「クロック・アラーム」は目覚ましに覚醒を促されながらの夢うつつでの作曲らしいのだが。

ちくわばかりではなく、ねぎ、空心菜も吹いて見せるのには驚き! ちくわで演奏したのは「大きな古時計」。ちくわではない何かピッコロかを吹いて音を合成したのではとさえ思われるのだが、正真正銘のちくわと見た。ほとんど手品か魔術のよう。
 ほとんど手品でも見ているような、聴いているような、音の世界の手品かと思わせられるようなステージ!


 

🎧名曲アルバム。「“モンセラットの赤い本”から“母なるマリア”」中世写本

歌・波多野睦美、アンサンブル音楽三昧
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スペイン北東部バルセロナ郊外にカタルーニャ地方第一の聖地モンセラット(のこぎりり山)。ここに千年の歴史をほこるモンセラット修道院がある。80人ほどの修道士が、今なお共同生活をおくる。修道院付属の少年聖歌隊は700年以上の伝統を持つ。
この修道院にある「黒い聖母」は独自の文化と言語を持つカタルーニャ地方の守護聖人とされている。「マリヤよ、この世の避難所よ、われらを守りたまえ」と歌われるこの歌は、「黒い聖母」にささげられた平和への祈りである。巡礼たちの歌と踊りを記録した14世紀の手写本がある。「母なるマリア」の楽譜がある。幾多の戦禍をくぐりぬけたこの本は、19世紀末に赤い布で装丁され、以来「モンセラットの赤い本」とよばれるようになった。カタルーニャ精神の象徴「黒い聖母」と「赤い本」はモンセラット修道院の至宝として大切に受け継がれている。

 

⛳ウィーン少年合唱団は、」1498年に神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世が、宮廷礼拝堂少年聖歌隊として創設、約500年の歴史に当初は驚いたけれども、モンセラットの合唱団の方は700年を経ている。創立当時の修道院での歌声がどんなものであったろうかと考えたが、想像は実像に届くべくもない。

8時11分更新

けさは4時半にはこの辺り一帯の除雪は完了していた。雪景色にビルや家々の灯りが映じているさまは清浄そのもの。

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230123 クラシック倶楽部を聴く ハインツ・ホリガーと仲間たち

80歳を迎えたホリガーは言う。「時計の針は人生を計るものではない。私は続けられる限り、演奏し、指揮し、作曲する。」信頼する仲間との絶妙なアンサンブルを放送するー番組紹介よりー

ハインツ・ホリガーは1939年生まれ。スイス出身のオーボエ奏者、指揮者、作曲家。演奏家としてバロック音楽から現代音楽までの作品に取り組む。作曲家としてさまざまな楽器の可能性を追求した作品を発表。

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ホリがのコメント
80を超えての活動のエネルギーは>
 私にとって音楽は呼吸と同じように重要です。音楽がなければ窒息してしまいます。ヨーロッパでは若い人たちが物事への興味を失い、心が老いてしまっています。一方では精神がとても若い高齢者がいます。私たちは年月を時計の針で計りますが、人生や世界をそれと同じように計ることはできません。音楽は最高のエネルギーの源です。私は続けられる限り演奏し指揮し作曲します。年齢とは驚くほど相対的なものなのです。
<「結び」について>
 私は俊夫がドイツで学んでいるときから彼を知っています。俊夫はこの作品で日本の「結び」の儀式、つまり、贈り物を特別な形で包む様を私のオーボエ、そしてイングリッシュホルンのマリー=リーゼ・シュプバッハのために書いてくれました。シュプバッハは長年バイエルン放送交響楽団のソロ奏者を務め、バーンスタイン、クーベリック、マゼールなどと共演しています。オーボエとイングリッシュホルンどちらの楽器にも絡み合いや装飾がたくさんあり、演奏に卓越した技術が求められます。
<ゼレンカについて>
 ゼレンカはバッハと同時代の作曲家でバッハと同じように別の時代の生き残りといえます。晩年のバッハとゼレンカの時代にはすでにロココと感傷的な音楽が流行していました。その中で二人は複雑な音楽を書いていましたので、まったく違う時代の生き残りのようでした。バッハはゼレンカの音楽に興味を持っていて、作品を研究するために息子に写譜させています。ゼレンカもバッハを何度も訪ねています。特にバッハがドレスデンにいるときによく訪ねていました。ゼレンカの死後、彼の作品は印刷が認められず、バッハと同じようにほとんど忘れられてしまいました。バッハの「マタイ受難曲」を上演したメンデルスゾーンのように、ゼレンカを宣伝する人は多くありませんでした。最初にゼレンカのオーケストラ作品を指揮したのは作曲家のスメタナでした。オーケストラのための序曲です。有名な音楽辞典にはすでに1830年にこう書いてあります。「ゼレンカの玉座は天国で偉大なバッハの玉座すぐ隣にある」と。つまりゼレンカはバッハの同時代人としては最も偉大な作曲家なのです。

 

<演奏者>       
オーボエ、指揮:ハインツ・ホリガー
オーボエ、イングリッシュ・ホルン(*):マリー=リーゼ・シュプバッハ
ファゴット:ディエゴ・ケンナ
コントラバス:エディクソン・ルイース
チェンバロ:桒形亜樹子

<曲目>
J.S.
バッハ:トリオ・ソナタ第1番 変ホ長調 BWV525
細川俊夫:『結びハインツ・ホリガーの80歳の誕生日を祝して』(2019)
ハインツ・ホリガー:『Klaus-Ur(クラウス・ウール)
ゼレンカ:二つのオーボエ ファゴットと通奏低音のためのソナタ第5番 

 

🎵バッハとゼレンカを主に。バッハとゼレンカは交流があり、バッハがドレスデンにいた頃には、ゼレンカはバッハをよく訪れていたという。バッハの方もゼレンカには興味を持ち、バッハの息子にゼレンカの曲を写譜させていた。才能がある者同士は互いにその存在を意識し合うものかと思う。ただ、バッハの曲にはやはり神へのささげものである軸からの片よりは感じられず、ゼレンカの曲からは、世俗的な、「俗」という文字を当てはめるのは行き過ぎかとも思うが、同じような華やかさ、空気感、音の通りの良さでも、世に一脈通じるような気配、気分が感じられる。バッハとゼレンカの時代には、ロココ、感傷的な音楽もあったらしく、そちらの影響が入ってきていたのかとも。あとでそちこちのブログをぐぐっているうちに、ゼレンカの5番を「貴族的遊戯」と評していた方がいたが、まさしくの感。バッハ、ゼレンカが亡くなった後は信じられないことだが世に忘れられたふたり。バッハのマタイ受難曲を世に出したのがメンデルスゾーンだったが、ゼレンカを世に出したのはスメタナであったようだ。
 細川俊夫の「結び」。こんどはどう感じるだろうと興味津々で。ホリガーが贈り物をするときに布の端と端を結び合わせる、これは風呂敷のことかと思ったが。これがホリガーの80歳の誕生プレゼント曲。オーボエとイングリッシュホルンのデュエット。出だしには雅楽のような感じ。しだいに能楽を聴いている気がして、能面がイメージに現われると、それが脳裡から容易には去らず、ついに最後まで舞い続けていた。ところどころに和楽器の鼓が入っても不自然ではないと思われた。笙や篳篥をきいているような気分にも。ただこの和楽器、オーボエとイングリッシュホルンとの性能には格段の差があり、音域や技術的なことはよくわからないが、現代の楽器だからこそこの曲のように緻密で細やかな演奏も可能であり、幽玄ではあるけれども且つ現代的な仕上がりとしても聴かせるものになっているとも思われた。ホリガーの「Klaus-ur」、たえず炸裂するもの、大きくも小さくも火花を散らすもの、明滅するものの表現か。うめきというよりも見えないもの掴めない空間の呻きに意識の明滅とも。すごい感性の持ち主と。いちど聴いたら忘れない。譜面はいったいどう表記されているのだろうと。通常連なりうる旋律の埒外に見出した音符というには乾いた現代的な衝撃的な音なのだが、何れ平板と平板との間隙から拾い弾き集めたかのよう。最後部分のそれが点のように遠景となり締めくくられる。異形の造形なのだ。

ホリガーは音楽がなければ窒息するという。彼の肺呼吸は音楽。ヨーロッパの若者たちは物事への興味を失い老いている。人生は時計、時間では測れないものらしく、年齢はといったか、それは相対的なものであると。以前にも聴いてはいるのだが。何れ音楽がホリガーの人生のエネルギー源となっている。

相対的な齢を重ねるホリガー、そして仲間たちを、今朝も新鮮に聴いた。
今回も、以前聴いたときと感想が全く違わなかったことに自分でも驚いている。

 

🎧名曲アルバム。バッハ「目をさませと呼ぶ声が聞こえ」、上柴はじめ編曲
高関健&東京フィル
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1723年、バッハはライプツィヒの聖トーマス教会の音楽監督に採用され妻や子どもたちを連れて移住してきた。この教会は権威があり、人々はこぞって礼拝に参列したという。バッハの仕事は毎週の礼拝で演奏する教会音楽の作曲だった。「目をさませと呼ぶ声が聞こえ」もそうしたカンタータ(声楽曲)の一つ。この曲はバッハ自身がオルガンのために編曲するほど会心の作だった。今日でもさまざまな編曲で演奏され、広く親しまれている。理想の教会音楽を追求し晩年まで奉職したバッハは、今もこの教会で神に捧げる音楽を聴きながら静かに眠っている。

 

⛳昨夜のクラシック音楽館で台湾のヴァイオリニスト、レイ・チェンの楽器がドルフィンと聞いて、えっと。諏訪内晶子が貸与されているはずとググってみると、諏訪内が2020の秋に返却し、次にレイ・チェンに貸与されたものらしい。名器の素性が時として人の素性よりも詳しいのには驚く。
 名曲アルバムで、ちょっとライプツィヒへ旅。実はこの盛岡でもライプツィヒへの旅があるのだ。

写真の説明はありません。

20時41分更新

 

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きょうのことば「栄光の王の入城」

インマヌエル盛岡キリスト教会、2023年1月15日の礼拝メッセージをお伝えいたします。國光勝美牧師、ひろ子牧師は、現在、広島県呉市に在住。呉からのズーム配信です。

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説教題 「栄光の王の入城」
聖書引証 詩篇24篇

ダビデの賛歌
1 地とそこに満ちているもの、世界とその中に住んでいるもの、それは主のもの。
2 主が、海の地の基を据え、川の上に、それを堅く立てられたからだ。
3 だれが、主の山に登り得るのか。だれが、聖なる御前に立てるのか。
4 手がきよく、心の澄んだ人、そのたましいをむなしいことに向けず、偽りの誓いをしない人。
5 その人は、主から祝福を受け、自分の救いの神から義を受ける。
6 これこそヤコブの一族。神を求める者たち、あなたの御顔を慕い求める人々である。
7門よ、おまえたちの頭を上げよ。永遠の戸よ、上がれ。栄光の王が入って来られる。
8栄光の王とは、だれか。強く、力ある主。戦いに力ある主。
9 門よ。おまえたちの頭を上げよ。永遠の戸よ、上がれ。栄光の王が入って来られる。
10 栄光の王、それはだれか。万軍の主、この方こそ栄光の王。

《メッセージ》

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 きょうは詩篇の24篇を、ともに味わわせていただこうと思っております。

 すでに、私たちは詩篇23篇を中心にこの年恵みをいただいております。ここで、もう一歩下がって、この詩篇を見ますと、実は22篇、23篇、そして24篇と、これは一連の詩篇として学ぶことができる。するとまた一層味わいが増してくる。しかもそれは、イエス様に関わる、つまり、メシア、油注がれたもの、メシアに対する預言の詩篇でありメシア詩というように、学ぶ人たちは呼んでおります。メシア詩であるひとつが、実は、22篇に、はっきりと出てまいります。23篇は現在の良き牧者であられる救い主、メシアのこと、そして今日開こうとしているのは、未来に関わるメシアのすがたについてです。ですので、この23篇をとらえようとしておりますとき、22篇と24篇と、ちょうど23篇を間に挟むメシアに関わる詩、メシア詩をまとめて味わうということは、とても大切な意味のある事だろうと思うのです。

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さっそくですけれども、三つの詩篇のうちの22篇。これは受難のメシアをあらわしていることを誰も疑うことができません。22篇の始めの部分に、

指揮者のために。「暁の雌鹿」の調べにのせて、ダビデの賛歌。

 とありますからこれは歴史的な事実として、ダビデが詠った詩であることは間違いありません。彼は自分のことを述べている詩篇の中に、さらに自分がメシアしての預言をする、そのようなことばであり、決してダビデ個人のことだけをいっているものではない。それ以上の意味を持つおことばとして1節をご覧ください。

1わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか。私を救わず、遠く離れておられるのですか。私のうめきのことばにもかかわらず。


 これはもう、あのゴルゴダのイエス様の叫びの声です。つまりイエス様ご自身がこの詩篇22篇をご自分の預言のおことばとして理解をしておられたと見ることができます。

 7節からをご覧ください。

7私を見る者はみな、私を嘲ります。口をとがらせ、頭を振ります。
8「主に身を任せよ。助け出してもらえばよい。主に救い出してもらえ。彼のお気に入りなのだから。」

ここに十字架をとり囲む人々の嘲りが記されています。

18節ご覧ください。

18彼らは私の衣服を分け合い、私の衣をくじ引きにします。

 もう福音書で親しんでおられる方々は、22篇がまさに受難のメシアを指さしているものであることをご理解いただけると思います。
 私たちのメシアは、このような十字架のお苦しみを受けて救いを成してくださった。みこころを成し遂げてくださった。イエス様は十字架上で聖書が成就するために言われました「わたしは渇く」(ヨハネ19:28)。詩篇22篇15節の預言の成就です。

15私の力は、土器のかけらのように乾ききり、舌は上あごに貼りついています。

 見かねた兵士なのか、酸い葡萄酒を含んだ海綿をヒソプの枝につけてイエス様の口もとに差し出しました。すべてこれらのことを、私たちの救いのために成し遂げてくださったお方が22篇のイエス様なのです。

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 そして私たちが23篇に学んでいるお方は、この救いを成し遂げてくださったお方は、今も良き牧者として羊をねんごろにお取り扱いくださる。

1主は私の羊飼い。
4たとえ、死の陰の谷を歩むとしても、……あなたが、ともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。
5私の敵をよそに、あなたは私の前に食卓を整え、頭に香油を注いでくださいます。私の杯は、あふれています。
6まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みが、私を追って来るでしょう。私はいつまでも、主の家に住まいます。

 この23篇、私たちが今生きているときに、メシヤなるお方は、私たちが苦しむとき、私たちが渇くときに、知っているよ、あなたの苦しさを、あなたの辛さを、そう、私は知っているよ。イエス様はこれらすべてを経験して下さったお方です。そのお方がほんとうに今共に歩んでいてくださる。何とすばらしい23篇ではありませんか。

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そして24篇のこのお方は、特に24篇7節以降をご覧ください。

7門よ、おまえたちの頭を上げよ。永遠の戸よ、上がれ。栄光の王が入って来られる。

 これは贖いを成し遂げて、そして私たちが地上にあるときに、私たちと共に居たもうお方は、やがて私たちを王の王、凱旋の王として来られる。父のみこころを全うするために来られたお方が見事にその使命を成し遂げ全うされたのは、この福音を信じ救われた方々を、つまり私たちを、勝利の証しとして凱旋の王の宝物のように、もっと世俗的な分かりやすい言葉で言えば、凱旋の王は捕虜を引き連れて、私たちは実際にそういう時代に生きてませんけれども。凱旋の王が、これだけのものを捕らえてきたという捕虜を引き連れて凱旋してくださる。どうぞこれを憶えてください。
 主イエス様の凱旋の捕虜は、宝は何でしょうか。それは私たちなのです。イエス様が、尊い十字架の血潮の贖いを成し遂げて、私たちを罪の泥沼の中から、死と滅びの中から引き上げて捕虜として、凱旋の王として天に帰っていかれる。そのことを24篇の栄光の王の凱旋として私たちは味わうことができるのです。
 もちろんこの詩篇24篇の1節2節は

1地とそこに満ちているもの、世界とその中に住んでいるもの、それは主のもの。

その時、さあいよいよ、この凱旋の主が、私たちを誇らしく、

7門よ、おまえたちの頭を上げよ。永遠の戸よ、上がれ。栄光の王が入って来られる。

 このさっき1節2節をお話しし、そして、3節、4節、5節、
3
だれが、主の山に登り得るのか。だれが、聖なる御前に立てるのか。
4 手がきよく、心の澄んだ人、そのたましいをむなしいことに向けず、偽りの誓いをしない人。
5 その人は、主から祝福を受け、自分の救いの神から義を受ける。


 ここで、羽鳥明先生がこの24篇をどのように扱っておられたかを調べてみました。すると、すごい実話が紹介されていました。
 1960年だったそうです。南方のある島で、せいぜい10名の人たちが集まる小さな教会で起こったリバイバルのことが紹介されていました。24篇の3節、4節、5節

3 だれが、主の山に登り得るのか。だれが、聖なる御前に立てるのか。4 手がきよく、心の澄んだ人、そのたましいをむなしいことに向けず、偽りの誓いをしない人。

 このところを朗読していたクリスチャンの一人が、涙を流しながら、私はこのような者ではない。相応しくない者だったといって、イエス様の十字架の前に悔い改めのお祈りを捧げたというのです。そうしたらその僅かな10人ほどの人たちからリバイバルが始まったということです。すごいなーと改めて教えられたことでありました。
 そうです。この小さな礼拝、この小さな私たちの集いですけれども、聖書のおことばの一つが皆さんのお心の中にしっかりとどまって、悔い改めが為されて、ほんとうに主の前に礼拝を捧げるものとなったのならば、何と幸いなことでしょう。


 
そして、いよいよ7節、これこそ実際のこの詩篇の歴史的なことでいうならば、ダビデがようやくサウロの跡を継ぐ王朝として、統一王朝として、エルサレムに自分は入れたけれども、しかし契約の箱はまだ入って来なかったという時、オべデ・エドムという所にその契約の箱がまだ置かれていたのですが、そのオべデ・エドムの家から契約の箱をいよいよエルサレムに入れるというそのときのことが、背景にあると多くの注解者はいっていますけれども。そのときに7節から10節を見ると、これは、ほんとうに一つのパターンですね。一つの流れのように。契約の箱を担いでいる行列の先頭の者が

「7 門よ。おまえたちの頭を上げよ。永遠の戸よ、上がれ。栄光の王が入って来られる。」という。すると中の方から「8 栄光の王とは、だれか。」と。入ろうとする者の方が「8強く、力ある主。戦いに力ある主」と応じて、そして、「9 門よ。おまえたちの頭を上げよ。とこしえの戸よあがれ。栄光の王が入って来られる」。するとまた中から「栄光の王、それはだれか」。応じて「万軍の主、この方こそ栄光の王」
 このようなやりとりがされている。私はその光景を、この小さな頭で思い切り想像しながら、ああ、イエス様が十字架の贖いを成して私たち一人ひとりを捕虜としてイエス様につくものとして宝物のようにして栄光の王が帰ってきた。栄光の天に、さあ、上がれ。私たちもその中にある、イエス様の凱旋した捕虜の中に入ってるんだ。もうほんとうに嬉しくて仕方がありません。

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 そして私は、今日のお話の締めくくりに、これを今の私たちに当てはめていきたい。それはどういうことかといいますと、先ほどメッセージに入る前に、ホサナ、ホサナという讃美歌を歌いましたけれども、皆さんご存じの通り、十字架に架かられる前に、イエス様はロバの子に乗ってホサナホサナと迎えられ、エルサレムに入城したのです。けれども、イエス様は人々からのけ者にされ、そして嘲られて十字架にお架かりになるのですけれども、まさにイエス様は平和の主としてエルサレムに入城されたわけです。そのとき、どうでしょうか。聖霊様は、私たちの心に

9「 門よ。おまえたちの頭を上げよ。とこしえの戸よあがれ。栄光の王が入って来られる」

 私たちの心に、このお方が、22篇のこのお方が、23篇のこのお方が、私に「さあ、あなたの心を開きなさい。あなたの心を開きなさい。栄光の王が入って来られる」。私たちはこたえます「主よ、お入りください。ここにあなたの御座があります」。

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コロサイ書1章27節「この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです」
これは、ほんとうに奥義だと思います。私たちの心の中に、このお方が、王としてお入りくださる。かたじけないことであります。

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 このお方は凱旋の主として、私たちの罪を滅ぼしてくださった。私たちは罪の虜になっておりましたけれども、罪の鎖を解き放ってくださいました。往々にして、何々したなら救われる、何々をしなければ救われないというように言いがちです。しかし、そうじゃない。救いは恩寵による。律法ではない、恩寵による救い。これがまさに福音です。そして私たちを惑わすところのサタン、それらのものをぜんぶ打ち滅ぼして、そして凱旋の主として宝物のように捕虜として私たちをたなごころにに刻んで握りしめて入って来てくださる。まさに「慈しみと恵みが私を追って来る」(詩篇23:6)
 私は間もなく盛岡の主任牧師を離れますけれど、私は皆さん方にこの福音を是非心の中にしっかりと捕えて、ともに生きていただきたいと心から願っております。どうぞ、23篇の主は、22篇そして24篇、栄光の主であるということを思って、共に地上生涯を歩ませていただきたいと思います。

 

文責:中ぶんな
⏰5時41分更新


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230120 クラシック倶楽部を聴く  エスメ弦楽四重奏団

韓国人の女性4人で結成し、今若手で注目のエスメ弦楽四重奏団。彼女たちが2022年11月に武蔵野市民文化会館(東京)で開いた演奏会をお送りします。【収録】2022年11月14日 武蔵野市民文化会館 小ホール

以下は紀尾井ホールのページから転載
2016
年、ケルン音楽舞踏大学に学ぶ韓国人メンバーにより結成。「エスメ」という名前は、愛や尊敬といった意味の古フランス語の単語に由来する。2018年のウィグモアホール国際弦楽四重奏コンクールにて、ベートーヴェンのベスト賞など4つの特別賞を得て優勝。エクサン=プロヴァンス国際アカデミーへの招待とECHO選出、トロンハイム国際室内楽コンクール入賞、ハイデルベルクの春弦楽四重奏コンクール特別賞など多数の受賞歴を誇る。
結成以来、ウィグモアホール(ロンドン)、セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ教会(ロンドン)、エステルハージ宮殿(オーストリア)などで演奏しているほか、エクサン・プロヴァンス音楽祭、フラジェ音楽祭(ブリュッセル)、プロ・カルテット・アカデミー(フランス)、ユニシス国際室内楽アカデミー(ドイツ)、またエクサン・プロヴァンス音楽祭のレジデント・カルテットとしてマギル大学国際弦楽四重奏アカデミーなどに出演。また、ウィグモアホール国際弦楽四重奏コンクールの優勝者として、ルツェルン音楽祭への出演のほか、イギリスやイタリアへのツアーやレジデント・アーティストとしてロッテコンサートホールへの出演、ドイツ・リューベック市でのブラームス音楽祭、エステルハージ音楽祭、モントリオールの国際弦楽アカデミーへの出演を果たす。
2020年には名門アルファ・レーベルよりベートーヴェンやチン・ウンスク、ブリッジの作品を収録したデビューCDが発売され、仏ディアパソン誌より5つ星を獲得。アメリカ東海岸最大のクラシック音楽専門ラジオ局WQXRの2020年クラシック・ベストアルバムに選出された。
2022年には北米と日本への初ツアーを開催。また、エルプフィルハーモニーやシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭への出演など、その活躍の幅を世界中に広めている。
これまでにアルバン・ベルク四重奏団のギュンター・ピヒラーをはじめ、アルフレッド・ブレンデル、エバーハルト・フェルツ、アンドラーシュ・ケラー(元ブダペスト祝祭管弦楽団コンサートマスター)、クリストフ・ポッペン(元ケルビーニ四重奏団/元ミュンヘン国際音楽コンクール芸術監督)、ジョナサン・ブラウン(カザルス弦楽四重奏団)、ハイメ・ミュラー(アルテミス弦楽四重奏団)など、優れた奏者に指導を受け、現在はオリヴァー・ヴィレ(クス・クァルテット)のもとで研鑽を積み、さらなる高みを目指している。
http://www.esmequartet.com/

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コメント
Q
エスメ弦楽四重奏団の結成と成功の理由
ペ・ウォンヒ(第1ヴァイオリン):そもそも私たちは4人とも弦楽四重奏が大好きだったのだと思います。音楽への情熱だけでなく同じ文化的背景を持つ女性が4人集まったら素敵だろうと思いました。
ハ・ユナ(第2ヴァイオリン):それぞれの解釈から生まれたアイデアが形になっていくのはとても楽しいものです。私たちは1年の内300日くらい顔を合わせていると思います。一緒に食事をして練習をして生活をする。それが結成間もなく成功をつかんだ理由だと思います。
Qどんな弦楽四重奏団をめざしているか
ペ・ウォンヒ(第1ヴァイオリン):
私たちがベートーベンの「大フーガ」を演奏した時の新聞の批評に、タキシードを来た4人の白人男性奏者が弦楽四重奏曲を演奏するのは当たり前だが、アジア系の女性4人がベートーベンのような難易度の高いドイツのレパートリーを演奏する様子にかなり興味を持ったとありました。私たちは伝統的な弦楽四重奏曲を演奏するだけでなく、あらゆるジャンルの作品を取り上げ、さまざまな側面を見せていきたいと思っています。また女性グループとしては、女性作曲家の作品も演奏したいですね。弦楽四重奏の未来には、私たちのような存在が必要だと思います。
Q
「死と乙女」のなかで好きなところは?
ペ・ウォンヒ(第1ヴァイオリン):
変奏曲で様々な感情や気持ちを表現できる第2楽章が一番魅力的でおもしろいです。
ハ・ユナ(第2ヴァイオリン):
私は第4楽章です。歌のような主題が、死神が「こっちにおいで」と少女を誘惑しているかのようです。この部分に親しみを感じます。
キム・ジウォン(ビオラ):
私は第一楽章の第2主題が大好きです。この美しく甘い旋律に合わせて演奏するのが非常に味わい深いのです。ビオラの旋律やビオラ奏者の伴奏に注目するとおもしろいですよ。
ホ・イェウン(チェロ):私も第2変奏に大切なメロディーが登場する第二楽章が好きです。私はチェリストなので個人的にはチェロの響きや優しさを聞いてもらいたいです。だから聞いてもらいたいと思うのはこの楽章です。

 

【曲目】
☆弦楽四重奏曲 作品71 第2から 第2楽章(ハイドン)
☆弦楽四重奏曲 ニ短調 D810「死と乙女」(シューベルト)

🎵韓国女性4人による弦楽四重奏は初めて目にし耳にする。予告を見た時から楽しみに待った。美しさの核心部分にもしっかりとした芯のある響き。そうとらえてからは弾き進むごとに愉快でならなかった。聴き手に斬りこんでくるような気構え、気魄がある。最後まで失速しない強さ。硬質な美しい響きを随所に最後までしっかりと楽曲を届けくれた4種の弦に、奏者に感謝。




🎧名曲アルバム。ヴィヴァルディ、「四季」から「冬」
千住真理子、高関健&東京フィル
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 ヴィヴァルディは1678年ベネチア生まれ。サン・ジョバンニ・イン・ブラゴラ教会で受洗。現在も洗礼版と洗礼証明書が残っている。ヴィヴァルディはピエタ教会の祭司を務めながら、今日付属の養育院の少女たちにバイオリンを教え、作曲もする。ウィーンに活路を求めるが挫折して帰還。失意のうちに亡くなる。彼が亡くなって間もなくベネチア共和国も崩壊する。

 

⛳8時46分更新

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230119 クラシック倶楽部を聴く カルテット・アマービレ 演奏会

2016年にミュンヘン国際音楽コンクール入賞を果たした注目のアンサンブル、カルテット・アマービレ。恩師、堤剛(チェロ)、磯村和英(ビオラ)が参加した公演を放送。
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コメント
篠原:私たちが桐朋学園大学に在籍中に今回のゲストでもある磯村和英先生に指導していただいていたんですけれども、2016年のミュンヘン国際音楽コンクールを是非受けてみませんかと先生が勧めてくださったことがきっかけとなり、それが私たちカルテット・アマービレの演奏活動の始まりです。
中恵:アマービレはイタリア語で優しくとか愛らしくという意味があるんですけれども、最初はなじみきれないというか、そんな思いがあったんですけれども、最近はだんだん板について来たというか、カルテット・アマービレという名前にフィットしてきたんじゃないかなと思っております。
北田:コンクールが終わってから有難いことにたくさん演奏会とかすばらしい音楽家たちと共演させていただける機会をいただき貴重な経験ができて感謝しています。
笹沼:僕たち4人はカルテット以外の活動でソロであったりオーケストラであったりとかまだ全員20代ということもあって色々な活動をしておりますので、それを4人がいちばん気持ちいい形で一つの響きに混ぜ合わせていく、それが聞いている方にも伝わったらいいなというのがポイントです。

曲目
弦楽四重奏のための緩徐楽章」ウェーベルン:作曲
(演奏)カルテット・アマービレ
「弦楽六重奏曲 第1番 変ロ長調 作品18」ブラームス:作曲
(演奏)カルテット・アマービレ、(ビオラ)磯村和英、(チェロ)堤剛

🎵 ウェーベルンは前衛音楽に強い影響を与えた作曲家なようだ。このウェーベルンの曲は1905年に作曲されたにもかかわらず生前には出版されず、ウェーベルンの死後17年経てやっと研究者によって見出され公開され出版され、1962年になってから初演されたようだ。最後部分夜空の星に染みとおっていくような音の消失が魅力的。
 ブラームスの六重奏の第2楽章、ここにくるともう有無をいわさぬというところ。これがクララ・シューマンの意見を求めつつ書き上げたと解説があった。第2楽章の極めつけの部分にももしやクララの助言がなどと想像。曲にクララのイメージが溶け込んでくるような気がし、はてクララはどんな作曲をしていたのかと興味が。
 アマービレの恩師の磯村、堤と全員20代のアマービレの演奏。音楽を伝えてくれた方々と、伝えられた方々が同じステージで弦を和するという調べは妙なるかな。

 

🎧名曲アルバム。ヨハン・シュトラウス「美しく青きドナウ」
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】沼尻竜典
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 11か国を潤し黒海に注ぐヨーロッパ第二の大河ドナウ。「美しく青きドナウ」は、男声合唱付きワルツとして作曲された。シュトラウスは欧州欧州各地の舞踏会で自作のワルツを演奏し、その調べはヨーロッパを席巻。この曲はオーストリア第二の国家と言われる。

 

⛳盛岡今朝の最低気温は⁻7.5。朝から大らかな明るい日差しに室内が温もっている。
目線まっすぐの位置、見えるところ数えてみれば66枚のガラスが嵌められた三階建ての集合住宅の後ろに抜きんでているのは、杉の木。さらに向こうに連なる稜線に、春はまだかと。まだまだ、あともう一山越えないとね。これからが寒の本番。そこはかとない寂しさを控えめな光に紛らわせて、ぽつんと寡黙に春を待つ一本の杉の木。

11時45分更新

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230118 クラシック倶楽部を聴く  エール弦楽四重奏団 躍動のアンサンブル

 メンバー4人が国内外の著名なコンクールに上位入賞歴をもち、それぞれがソロ活動も行う。2011年高校生の時に結成され、現在最も期待を集める若手アンサンブルの一つ
【収録】2021年2月19日 紀尾井ホール(東京)

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バイオリン 山根一仁
バイオリン 毛利文香
ビオラ   田原綾子
チェロ   上野道明

Q4人にとってエール弦楽四重奏団とは
山根一仁:久しぶりに今回このメンバーで弾いてるんですけど、リハーサルのときとかもやっぱり室内楽っていいなと思う瞬間がたくさんあったし、音楽家としても友達としてもすごく尊敬できて、楽しい仲間なので、そういった仲間と室内楽ができる自分、それが幸せでした。
田原綾子:よく話すのは、コノカルテットはエール弦楽四重奏団という名前はついているけれども感覚的にはファミリーみたいだよねとよく言ってます。
毛利文香:カルテットとして、常設のカルテットみたいにすごく頻繁に一緒に弾いているというわけではなくして、やっぱりそれぞれの勉強、ソロだったり別の室内楽やったりとか、そういうのをしながらたまに集まってカルテットを弾く感じなので、ちょうどいい頻度で演奏のために集まれてるのかなと、私自身はそういう感じがしてます。
上野道明:みんなそれぞれ違うところにいて違う場所で違う先生について、違う音楽のしゃべり方などを身につけてるから、久しぶりに集まったときは正直同じ音楽を作るのに楽ではない。みんなけっこう別の感じだから。だけどそんな中でお互いその違いを楽しみながらというか、その違いに影響を受けて刺激し合いながら作れるのがすごいいいと思います。

今回みんながそろったのは3年ぶりで、集まると昨日も会ったみたいなテンションでまた合わせの日々が始まるという感じなそうです。

曲目
弦楽四重奏曲ニ短調「死と乙女」D.810  シューベルト
 シューベルト自身が作曲した歌曲「死と乙女」の旋律を第2楽章の主題に用いていることから同じ名前で呼ばれている。当時シューベルトは病に侵されており、死を感じていた心境を表現したとも言われている。
弦楽四重奏曲ト短調 作品10 第14楽章 ドビュッシー
 当時は否定的な意見が多かったが、作曲家デュカスは自由ながらも明確な構成と大胆な和声を絶賛した。己の独立性を確立した第一歩となる。

ここからはネットからの引用です。
 ドビュッシーは古い教会旋法などを活用することで、今までの誰もが気づかなかった繊細で茫漠とした響きを音楽の中に導入したのです。
当然の事ながらそれらの響きは当時の聴衆にとっては「不協和音」の一種として受け取られたはずです。
ですから、この作品が発表されたときの聴衆の反応は極めて冷淡だったと伝えられています。
しかし、多くが冷淡な態度を取る中で、この作品に新しい時代の到来を見いだした人もいました。「魔法使いの弟子」で有名なポール・デュカスもそんな一人で、彼は「ハーモニー自体も非常に大胆であるがいささかも耳障りではない。こうした不協和音は不快どころか全体の複雑な流れの中では協和音よりもかえって調和しているほどだ。」
「こうした不協和音は不快どころか全体の複雑な流れの中では協和音よりもかえって調和しているほどだ。」という言葉は、この作品の本質をもっとも見事に言い当てています。

🎵「死と乙女」、急こう配をすべり下りるようなところでの小気味よさ。シューベルトは死を見晴るかしながら、出来上がっていく楽曲にはほくそ笑み、こうだ、これでいい!と芸術的な満足にも浸っていたのでは。今回結成10周年のエール。3年ぶりに整合性を模索しての演奏は若さ、小気味よさがあった。

 

🎧名曲アルバム。大阪府民謡「淀川三十石船舟歌」、三宅一徳・編曲
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 京都、伏見を出発する人気の観光船が当時をしのばせる。
江戸時代に淀川を行き来した三十石船を再現している。当時大阪までは約45㎞の船旅。下りは6時間、上りは12時間かかった。旅人、商人などが利用する重要な交通手段だった。この旅路で船頭の歌だったのが「淀川三十石船舟歌」。川沿いの地名や風景名物が唄われる。

⛳今TVで「英雄たちの選択」の再放送か、「森鴎外」を取り上げた映像が流れている。生まれた歳を偽って11歳で東大受験したようだ。衛生学を学ぶべくドイツに派遣の辞令。細菌学の父コッホに師事。真剣に学びに取り組む鴎外、真面目な鴎外に、真剣に取り組んでいない留学生たちの揶揄。ダンテ、ゲーテなど読み、自由の概念に目見開く。帰国、軍医学校に。傍ら小節「舞姫」発表。翻訳も手掛ける。そして平野啓一郎が今コメントしているところで、このページの更新を終えよう。

8時17分更新

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230117 クラシック倶楽部を聴く ウェールズ弦楽四重奏団 演奏会

桐朋学園の学生により2006年に結成されたカルテット、ウェールズ弦楽四重奏団。三人のゲストとともに演奏した「変容(弦楽七重奏版)」を中心にお送りする。

ウェールズ弦楽四重奏団
ヴァイオリン﨑谷直人、ヴァイオリン三原久遠 、ヴィオラ横溝耕一、チェロ富岡廉太郎。桐朋学園の学生により2006年に結成。2008年ミュンヘンARD国際音楽コンクールにて第3位入賞。これまでメナヘム・プレスラーやポール・メイエなどの著名な音楽家と共演。2017年よりベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲録音プロジェクトを開始。その名の示す通り真の音楽を誠実に追及する姿勢が高く評価されているカルテットである。
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ウェールズ弦楽四重奏団のコメント
「今回の演奏会のテーマが変奏と変容ということで、一曲目は第3楽章にとてもユーモアにあふれて美しい変奏曲を持つベートーベンの第5番を演奏します。メインはリヒャルト・シュトラウスのメタモルフォーゼン(変容)を演奏します。いまできる曲をバーンとやってるだけじゃないから、うちの場合。三原が考えてますけど、きょうのもちゃんと全体を通してストーリーがありますし、それと僕ら今ベートーヴェンを全曲取り上げるというのを軸にやっていて、それプラスアルファで何ができるかなということをすごく考えてくれてます。」
「三原がもってきて、まず僕がファーストは難しいのでスケジュールとにらめっこして間に合うかなとか、﨑谷からNGが出たことも過去にはある。﨑谷がやるといったら、それはもったいないから俺たちは何もいわない。」「言ったことないよね、直前になってやめときゃよかったとか」「いつも見事よね」「うん。無意味なプログラミングは僕らはぜったいにしない。それはもう見事、手前みそですが。」「仲悪くはなく友達という感じでもない。それぞれ各オーケストラで仕事もしてますし、いろんな現場で別な方と弾く機会もあるんですけど、各自が経験したものを持ち帰ってきて、ああでもないこうでもないと、一定の緊張感のある現場なので、持ち帰って論議しあう、そういう関係ですね。ずっと一緒に成長してきたし変化もしてきた仲間なので、演奏家としての自分をいちばんわかってくれていると信じているし、音楽的なつながりが強い仲間かなと思います。」「もちろんここで自分がこう弾きたいと思っても、話し合いの末却下されることもありますが、オーケストラになると、より自分の意思だとか表現したいものはどうしても薄まる。人数も多いですし。より自分がナチュラルに表現できる、だから自分にとっては、やはり帰る家みたいに思っています。」
「ここまで弦楽四重奏に打ち込むことは、たぶんこのメンバーに出あわないとしなかったことなので、よく出会ったなと、ほんとにメンバーにはすごく感謝してて、僕が個人的にすごく成長できたのも、このメンバーといるときがほとんどだったので、ついてる人生だったなと思っています。」

「弦楽四重奏曲 イ長調 作品185から 第3楽章・第4楽章」ベートーベン:作曲
ウェールズ弦楽四重奏団

この曲は若きベートーヴェンによる弦楽四重奏曲で、第3楽章は主題と5つの変奏で構成されている。

「変容(ルドルフ・レオポルトによる弦楽七重奏版)」リヒャルト・シュトラウス:作曲
ウェールズ弦楽四重奏団、(ビオラ)佐々木亮、(チェロ)横坂源、(コントラバス)池松宏

🎵ベートーベンの全曲演奏のリリースにも漕ぎつけたベートーベンに通じるウェールズが選んだベートーベンの「弦楽四重奏曲イ長調」は、やはり「変容」を念頭に置いた選曲。4人がそれぞれの意見を提示し、否定されることがあってもそれこそ変容を遂げつつ邁進中かと。ベートーベンの弦楽四重奏曲イ長調」は、ここでは第34楽章。
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+池松宏、佐々木亮、横坂源の弦楽7重奏はリヒャルト・シュトラウスの「変容」。これが何とシュトラウス80歳代での作曲。ほんとかな? ぐぐってみるとほんとうだった。第二次世界大戦の末期に作曲されている。自分が初演した劇場が次々に焼け落ち瓦解していく状況下での作曲。哀惜、悲しみと怒りが昇華され、本来は23の弦のための作曲でもあったようだが、ここでは7つの弦が、まるで叫びをのど元に抑え、音符に落とし込んで浄化させたような各々の響きが相和している。表現しよう、表現したいと、絵筆を取ったり、楽器を取ったりする、そして楽譜や画布に、或いは彫刻にとその枠の中に表出を修めることの技術というか、能力というか、想いというか、これらの才能が不思議に思われてならない。戦争による変容、苛酷さ、悲哀。変容の段階、或いは変容させ形と成した段階にもたらされるカタルシスも感じられる。感情のエッセンスが集められ濾過され凝縮せられる芸術の不思議さ。動物と人間はこんなところでも違うのだ、そんなことを思わせられた。

「変容」はまず弦楽七重奏の形で構想が練られたらしい。1990年になって初期の七重奏の楽譜が発見され、現代の音楽家が手を加えて弦楽七重奏版の「変容」が完成したという。

🎧名曲アルバム。「歌劇“蝶々夫人”から“ある晴れた日に”」プッチーニ作曲
「歌劇“蝶々夫人”から“ある晴れた日に”」(ソプラノ)木下美穂子,(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)現田茂夫 ~長崎県長崎市~
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明治期、長崎の外国人居留地の東山手十二番館に、キリスト教布教のために来日したサラ・ジェーン・コレル女史が出入りの商人から蝶々さんのエピソードを耳にし、その話をもとにしアメリカに住むコレル女史の弟がこれをもとに短編小説を執筆した。これをもとにプッチーニがオペラ「蝶々夫人」を書く。
 蝶々夫人はついに夫がもどらないと悟り、自ら命を絶つ。

 

⛳争いの多くは利害から発生して、戦争も、途中から平和交渉で話し合いで平和解決したという例は幾つあるのだろう。とにかくやっつけられればやっつける。この繰り返し。殺戮と破壊。どちらかが壊滅するまで、もはやこれ以上は戦い不能となるまで叩き潰す。無駄なことの繰り返しだ。この有様を日々メディアで目にしない日はなく、メンタルまでおかしくなりそうだったが、しかし生きて行かねばならない。それでも日々生きるための力がまだ生きよと命じている。この力は、私という一個人と神との間の平和が成り立っているときに、自らの内に働いているのを覚える。

6時38分更新

 

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230116 クラシック倶楽部を聴く ノトス・カルテット演奏会

2007年にベルリンで結成された世界でも珍しい常設のピアノ四重奏団、ノトス・カルテット。マーラーとバルトークのピアノ四重奏曲が演奏された。マーラーは16歳、バルトークは17歳で作曲された若き日の作品。バルトークは楽譜が失われていた知られざる作品で、ノトス・カルテットが再発見し、今回の日本初演が実現した。2019年7月2日、京都コンサートホール アンサンブルホールムラタでの収録。

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シンドリ・レーデラ:ヴァイオリン 
アンドレア・ブルガー:ヴィオラ 
フィリップ・グラハム:チェロ 
アントニア・ケスター:ピアノ アントニア・ケスター

発見した楽譜に関する コメント
レーデラ:バルトークの「ピアノ四重奏曲ハ短調」、この作品の存在はバルトークの作品一覧で知りました。「楽譜もどこかにあるに違いない」。そう思い私たちは楽譜を探しました。そしてブダペストの公文書簡で見つけたのです。しかしその楽譜は持ち出しもコピーもできず、演奏することができませんでした。私たちはどうしてもその曲が演奏したくて楽譜を探し続けました。ようやく発見した楽譜を手にしたときは信じられない思いでした。初めて演奏して作品に命を吹き込んだ瞬間は何ともいえない最高の気分でした。
グラハム:私たちはこの作品への理解を深めてきました。成熟期以降のバルトークのモダンな作風と異なりロマンチックで若々しく情熱的です。17歳の彼が、その後どのように成長していったのかを知ることができて気持ちが高ぶりました。
―TV
解説1898年の作曲当時、バルトークはギムナジウム(中等教育)で学ぶ17歳の学生だった。前年に亡くなったブラームスからの影響を強く受け密度の高い作品に仕上がっている。

🎵マーラーが16歳で作曲した現存する唯一の室内楽曲「ピアノ四重奏曲イ短調」、歌心あふれる抒情性に富み、瑞々しい、それに加えてドラマ性も。とても16歳とは思われない老成した部分も。レーデラであったか、我々はオーケストラのようにも23人で弾くようにも演奏できると語っていたが、もうこの曲からにして、ピアノが入っているという理由からばかりではなく、オケ並みの量感、質感を感じさせる。第一楽章からが終章のような豊かさがあり、この楽章だけでも事足りるかの満足感。曲が進むごとに、調和という目標はすでに眼下、気づけば各パートが完全に前面に躍り出て各々の個性を存分に発揮している。これがノトスならではの響き、滋養の豊かさであるかと。

バルトークの「ピアノ四重奏曲ハ短調」、これがまたすばらしかった。ノトスの誇りとする曲。終始聴く者の意識を逸らせない演奏だった。

アンコールはブルガーの日本語での紹介で、クライスラー「愛の悲しみ」エルガー「愛のあいさつ」2曲が。

 

🎧名曲アルバム。「おいしい水」。アントニオ・カルロス・ジョビン作曲。ヴィニシウス・ヂ・モライス作詞、住友紀人・編曲
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  ブラジルのリオデジャネイロがボサノバのふるさとである。ボサノバの名曲を数多く残したのが作詞家ヴィニシウスと作曲家のジョビン。「おいしい水」は彼らの代表作の一つである。1965年二人は新首都ブラジリアを訪れていた。散歩をしながら新作の構想を練っていた二人の足を止めたのは川のせせらぎ。その小川の水を飲んだとき、この曲がひらめいたという。
ヴィニシウスは酒豪でも知られる。生涯結婚、離婚を繰り返し破天荒だった。外交官、ジャーナリストとさまざまな顔を持つ。人気はあったらしい。

⛳21時56分更新

きょうは前のページも更新。ちょっと疲れ気味。そろそろ休止にと思った次の日に限って、というより、最近は音が以前にも増して研ぎ澄まされ、冴え冴えとリアルに聴こえるようになっているのは、これは恩寵かもといったけれども、ほんとうにそんな気がする。記憶することは厳しくなっても、その分、何か感性的なものが引き出されてきているのでは。

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230111 クラシック倶楽部を聴く Piano duo Sakamoto 姉妹が奏でるデュオの名曲 & 230110クラシック倶楽部を聴く 山宮るり子 ハープ・リサイタル

230111 クラシック倶楽部を聴く Piano duo Sakamoto 姉妹が奏でるデュオの名曲

姉の坂本彩は4歳から、妹のリサは3歳からピアノを始める。幼い頃から姉妹でデュオを組んで演奏活動を続けてきた。2021年のミュンヘン国際音楽コンクールピアノ・デュオ部門で3位入賞および聴衆賞受賞。
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【演奏】坂本彩、坂本リサ
【曲目】エロールの歌劇「マリー」の主題による変奏曲(シューベルト)
    5つの絵画的小品(マックス・レーガー)
    モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ(マックス・レーガー)
【収録】2021年10月12日 目黒パーシモンホール。

 坂本彩、坂本リサは幼いころからピアノ・デュオで演奏してきた。姉妹は福岡県出身。姉の彩は桐朋学園音楽大学音楽学部を卒業後、東京芸術大学大学院を修了。第11回ルーマニア国際コンクールピアノ部門で最高位獲得。地元の九州交響楽団と共演するなどソリストとしても活躍。妹のリサは東京芸術大学卒業後、大学院に進学。第7回エレーナ・リヒテル国際コンクール第一位。芸大フィルハーモニーと共演のほか、ラフォル・ジュルネと共演するなど、多岐にわたって活躍中。二人はともにドイツ、ロストック演劇大学のピアノ・デュオ科で学ぶ。2021年にはミュンヘン国際音楽コンクールピアノ・デュオ部門で第3位、同時に聴衆賞も受賞。

お二人のコメント:
私が4歳で、姉が6歳のときから初めて二人で連弾をして、それからずっと続けてきました。二人で一つの音楽をぴったりと、でも自由に演奏できた時がとても幸せで、やっぱりこの数年で今まで気が付かなかったようなピアノデュオの奥深さというか、その魅力にとっぷりハマっているので、そういう魅力をたくさんの人に伝えられるような演奏ができたらいいなと思います。
 「エロールの歌劇「マリー」の主題による変奏曲」は、すごくユーモアたっぷりで、ほんとうにかわいらしいメロディーが演奏曲の主題になっているんですけれども、登場人物が次つぎと、いろいろな表情で歌っているように、そんなイメージで二人で演奏しています。
 ミュンヘン国際コンクールについては、課題曲が多くて、私たち的にも見たことも聞いたこともない曲があって、準備期間ほんとうに大変でした。やはり大きなコンクールなのでいつか挑戦できたらいいなと思っていて、ピアノ部門は6年ぶりの開催だったので、ついにという気持ちで参加しました。(受賞は)本当に光栄ですし、やはりその準備期間もですけど、ミュンヘンに行ってからやはり独特なコンクールの緊張感とか、ふだんとかけ離れた生活の中で、私たちなりにいろんなことを感じて吸収しての本番。本番まで、その期間のあいだですごく成長できたかなと思います。今回聴衆賞いただけて、それが私たちの演奏が聴いてくださった方の心にすこしでも届いたのかなと思うと一番嬉しかったです。やはり受賞してピアノデュオに向き合う時間が長くなって、二人でほんとに些細なことまでイメージや気持ちを共有しながら日々過ごしてたんですけれど、私たちの先生が、とにかく内側からオープンになれるようなレッスンをいつもしてくださって、そこで何かが、私たちの音楽がはじけたのかなと思います。音楽に対する考え方も曲に対する考え方もすこし変わって、ピアノデュオを演奏することも前より好きになりましたし、たぶん愛情が増えたのかなと思います。
「つの絵画的小品」、この作品の題名に絵画的とあるように、私たち自身で5つの絵を想像しながら弾いているんですけど、一曲一曲の演奏時間はすごく短いんですけど、その中で、気分の浮き沈み、気分の浮き沈みに私たちが演奏していて置いて行かれそうになるようなそんな感じで、もうころころと表情が変わって、そういうドラマティックな魅力がたっぷりかなと思います。

🎵 華やかな連弾。視覚も魅せられた連弾。

 

🎧名曲アルバム。「アニー・ローリー」スコット作曲、上柴はじめ編曲
オーボエ渡辺克也、梅田俊明&東京フィル
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アニー・ローリーは17世紀末に生まれた貴族令嬢。生家はスコットランド南部マクスウェルトンの丘にある。スコットランドきっての美人で崇拝者が後を絶たなかったという。彼女はダグラスという男性と将来を誓い合っていた。しかし父親の反対に遭い引き裂かれてしまう。数年後別な男性と結婚。当時スコットランドは動乱の時代で、大きな内戦が続いていた。アニーの父とダグラスの政治的立場が異なったのが破局の原因だった。悲嘆にくれたダグラスはアニーへの熱い思いを詩に託した。後にスコットランドの音楽家すこっと夫人がメロディーをつけて「アニー・ローリー」という歌ができた。19世紀後半には英国全土に広まる。

 

    ☆  ☆  ☆

 

230110クラシック倶楽部を聴く 山宮るり子 ハープ・リサイタル
4歳からアイリッシュ・ハープ、8歳からグランドハープを始める。ハンブルク国立音楽演劇大学を首席で卒業。2011年リリー・ラスキーヌ国際ハープコンクールにて日本人初の優勝。以来、国内外で活躍を続けている。【演奏】山宮るり子(ハープ)【曲目】幻想曲(シュポーア)映像 第4集(トゥルニエ)ほか【収録】2021年11月12日 武蔵野市民文化会館 小ホール
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コメント(途中から)
 演奏については、作品によって、その作品に合った音を出したいなというのもありますし。ちゃんと自分の音を作っていきたいなと思います。あとは、ハープのために書かれたオリジナル曲を弾く場合、たいていお客様にとっては、その曲を初めて聴くことが多いんですね。でも初めて聴いた方でも、その曲の魅力が伝わるようにということは心掛けています。あとはアレンジものだったりしたら、オリジナルを超すような気持ちで弾くようにしています。
 「映像 第4集」、この曲はハープのために書かれた曲なんですけれども、そういった曲は自身もハーピストだったという作曲家が多いんですね。トゥルニエ自身もハープを弾く方で、そういった作曲家の中ではとても個人的にトゥルニエが大好きです。で、この曲はタイトルの通り、映像や情景が目の前に広がるようなすごく豊かな曲で、私自身弾いていても世界に入り込んでしまうような曲で、とても好きです。

曲目
幻想曲 ハ短調 作品35(シュポーア)
「セビリアの理髪師」から「静かに静かに」によるロンド(ボクサ)
ノクターン(グリンカ)
「わが祖国」から交響詩「モルダウ」(スメタナ作曲・トルネチェク編曲)
(ドビュッシー)
「ベルガマスク組曲」から「月の光」(ドビュッシー)
映像 第4集 作品39  
(トゥルニエ)
 

🎵淡彩の絵筆が動き、透明感を損なわずに弱く強く細く太く、緻密に繊細に描写されていくような。

 

🎧名曲アルバム。バレエ音楽「マ・メール・ロア」から「妖精の国」。ラヴェル作曲
北原幸男&東京フィル
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「マ・メール・ロア」は子どもたちの好きな童話の世界が描かれる。
バレエ芸術の殿堂パリ・オペラ座がある。名ダンサーや振付家がバレエを格調高い芸術に磨き上げる。20世紀初頭、このオペラ座で新しい幕開けを告げるバレエが上演された。それロシアのバレエ団バレエ・リュスによる「火の鳥」で、これが初演だった。その斬新な舞台は人々を驚かせた。
新進気鋭の作曲家ラヴェルもバレエ・リュスの依頼を受け、新たなバレエ音楽づくりに取り組んだ一人だった。
パリ郊外にある詩人マラルメの家を、ラヴェルは曲想をねるためにしばしば訪れた。「マ・メール・ロア」は当初子どものピアノ連弾曲として作曲された。生涯独身でありながら無類の子ども好きだったラヴェル。自ら台本を書き編曲したのが子どものためのバレエ音楽「マ・メール・ロア」だった。

 

⛳放送当日に載せないでしまい気になっていた演奏家たちを、1月16日の今日になってもやはり気になり、更新してみた。
21時16分

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きょうのことば 「いつくしみと恵みの生涯」

インマヌエル盛岡キリスト教会2023年1月8日の礼拝につきまして簡略にお伝えいたします。國光勝美牧師、ひろ子牧師は、現在、広島県呉市に在住。呉からのズーム配信でした。

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説教題 「いつくしみと恵みの生涯」
聖書引証 詩篇23篇
ダビデの賛歌
1 主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。
2 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われます。
3 主は私のたましいを生き返らせ、御名のゆえに、私を義の道に導かれます。
4 たとえ、死の陰の谷を歩むとしても、私はわざわいを恐れません。あなたが、ともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。
5 私の敵をよそに、あなたは私の前に食卓を整え、頭に香油を注いでくださいます。私の杯は、あふれています。
6 まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みが、私を追って来るでしょう。私はいつまでも、主の家に住まいます。

 

《メッセージを聞いて》


 この回のメッセージは、ひろ子牧師が病を癒されたこと、そして、勝美牧師が、遠く自分の故郷から離れてしまったはずが、ご自分の最も好きだった常念岳の絵が、国立がんセンターの地下の1階に掛けられてあったことで、ひろ子先生への神様ご愛ばかりでなく、勝美先生への神様のご愛をも深く覚えられたことが語られ、確かに詩篇にあるように「まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みが、私を追って来る」事実を証しされました。そしてこれほどのご愛をいただいた神様への愛、この神様を措いて、この神様以上に他のもの、これは世に着くものという意味かと思いましたが、他のものを愛するなどということはきないと語られました。

そして次のみことばを引かれました。
イザヤ49:16見よ、わたしは手のひらにあなたを刻んだ。
 
「てのひらに刻む」、ある方が仕事上絶対に忘れてはならないメモを自分の手のひらにボールペンで書きつけているのを目にし、あたかも神はこのように、私を、私たちを手のひらに刻んでおいてくださっている。


詩篇93:5聖なることが、あなたの家にはふさわしいのです。
 聖霊なる神様は私たちの心に宿っていてくださるのだが、その神様が宿るにふさわしく、きよいものであるべきこと。それには、罪をきよめる力のあるイエス・キリストの血、イエス・キリストが十字架上で血を流されたのは、私たちの罪をきよめるためであったが、この贖罪の真理をしんじることである、このように理解しました。

 従い行くなら「いつくしみと恵みが、私を追って来る」、この事実を、神様は人生のどこかで必ず納得させてくださると思われました。

 

※この日、このブログ筆者は、司会のお役目があり、教会に出向き教会でズーム配信で礼拝をまもりました。ICレコーダー携帯を忘れてしまうという始末。今回データなしで、このような形で掲載させていただきました。
ただ当初から行く行くはブログを書くことが年齢的にも困難になって来る予測はありました。
 昨年、今年にかけて神様は
あなたがたは、世にあっては患難があります。
しかし、勇敢でありなさい。
わたしはすでに世に勝ったのです。
ヨハネ16:33
 このように、私に言っておられるのではないか。つまり「わたしはすでに世に勝ったのです」、だからあなたはもう目に見えることで作業に自分で自分を追いこんだり汲々とすることはない。勇敢であってほしい、しかし、もう今は何も恐れずにリラックスしてもいいんだよ。こう言っておられるように思います。これまで、自分にできる限りをさせていただいた、そんなふうにも思っています。

⏰7時48分更新

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230113 クラシック倶楽部を聴く アン・セット・シス ピアノ・デュオ〜北海道北見市公開収録〜

人気の管弦楽作品、映画音楽を豪華絢爛な2台ピアノ版にアレンジ!山中惇史と高橋優介による気鋭のピアノ・デュオ「アン・セット・シス」の情熱あふれる演奏をお届けする。【演奏】アン・セット・シス 【収録】2022年6月15日 北見市民会館(北海道北見市) アン・セット・シス…山中惇史高橋優介により2019年に結成されたピアノ・デュオ。自ら作曲・編曲を手がけた独自のレパートリーで注目を集めている。-番組紹介よりー
Img_20230113_055104 Atsushi Yamanaka Yusuke Takahashi
コメント
髙橋:ジョン・ウィリアムズについては、難しい音楽じゃなくて分かりやすいメロディーなのに、そこにけっこうびっくりするような  つくって言うのがジョン・ウィリアムズの魅力じゃないかな。
山中:ぼくが小学校の頃ハリー・ポッターが大ヒットして、音楽にやっぱり衝撃を受けて、映像以上に物語を語ってしまう。当時習ってるピアノの曲といえばソナチネとか、そこから逸脱した聞いたこともないような和音とオーケストラの音に衝撃を受けて、もう一回大人になって聴いて観たら、やっぱりそのすごさが色あせてない。これは「ローマ」に続いてテーマにできうる題材じゃないかと思ってこれを選びました。
髙橋:レパートリーの部分ってけっこうたとえばオーケストラの作品なんか、話せばたくさんあるし、そういうのを二人でやっていきたいなと思っています。他でもない山中さんと。

山中:僕たちにしかできないこと、それはレパートリーにしてもそうですし、演奏内容についてもそうですし、唯一無二のピアノ・デュオになれたらなあと思ってます。


【曲目】
交響詩「ローマの祭り」(レスピーギ作曲、山中惇史・高橋優介編曲)
「時代」(中島みゆき作曲、後藤元信編曲)
Opening」(山中惇史作曲)
映画「ハリー・ポッター」シリーズから(ジョン・ウィリアムズ作曲、山中惇史編曲)
「スターウォーズ」から「メイン・タイトル」(ジョン・ウィリアムズ作曲、山中惇史編曲)

🎵「ローマの祭り」、二台用ピアノに編曲しての初演であるという。「ハリー・ポッター」、不思議な未知への歩み、そのワクワク感。

 

 

 

🎧名曲アルバム。「蘇州夜曲」、服部良一・作曲、服部隆之・編曲
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中国の水郷であり「東洋のベニス」と呼ばれる蘇州。家々の間を水路が網目のように走る。今も昔も人々の暮らしは水と共にある。運河が富をもたらし、14世紀、明代には、経済・文化の中心として栄えた。富を得た者たちは競って町に庭園を造ったという。水と緑に彩られた蘇州の美しさがこの曲を生んだ。服部良一は中国が好きで、度々訪れた。旅の途中目にした水辺の風景から曲想を得たのがこの「蘇州夜曲」。服部良一が最も愛した曲である。名勝「寒山寺」がある。詞に詠み込まれた鐘の音は今も町に響きわたる。たゆたう小舟のようなはかない恋を描いた蘇州夜曲は、夢幻にゆらめく水都の印象とともに歌い継がれている。―番組解説通りー
🎵5分間の絵画的な映像に惹きつけられた。


⛳LEO,山宮るり子のハープを聴いたあたりから、なぜか音が実にきれい。一音一音が輝きを帯び、冴え冴えと聞こえるようになった。
前の日には、5時起きなんてやめた方がいいかな、真冬にこんな不自然な……と思っていたのだが、精神的に何か透過されることによるこのすっきりとした自らの存在を意識しながら、耳に入るものも夾雑物が取り除かれて流れこんでくる、これはやはり朝特有の恩寵というべきものなのかもしれないとも思った。

 
14時45分更新

 

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230112 クラシック倶楽部を聴く 近藤嘉宏&外山啓介 ピアノ演奏会

日本を代表する二人のピアニスト、近藤嘉宏と外山啓介が初共演。ブラームスの交響曲第4番の2台ピアノ版という大作に挑んだコンサートをお届けする。 【曲目】組曲 第2番 作品17から タランテラ(ラフマニノフ)、交響曲 第4番 ホ短調 作品98 {2台ピアノ版}(ブラームス)。【演奏】近藤嘉宏(ピアノ)、外山啓介(ピアノ)。【収録】2022年2月8日 ハクジュホール(東京)。

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コメント
近藤:この作品はもともとオーケストラなんですけれども、お互いの音を聴いて連動しますよね。それを聴いてますとやっぱりオーケストラが浮かぶ。そしてオーケストラが浮かびつつも2台ピアノのまた新たに作り直されたオーケストラの響き、そしてピアノの本来の音の響き、魅力、そういったものを重ね合わせてかんじることができるというところがすごく魅力的だなと僕は思います。
外山:きょうこの演奏を聴いてくださって、オケ版は聴いたことなかったけど、こんなに素晴らしい作品があるんだね。じゃこんどオケ版も聴いてみよう、他のブラームスも聴いてみようとなったら一番理想的だなと思いました。

近藤:ピアノってどう弾いてもピアノの音じゃないか。そこからいろんな彩を感じるような、ははりイマジネーションを呼び起こさせることだと思うんです。そういったものを起こさせることができるような演奏、彩とりどりの世界に浸らせてあげられたらなというふうに思ってます。

 

🎧名曲アルバム。ハイドン「告別」。外山雄三&東京フィル
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ハンガリーのフェルトゥ―ドに18世紀初め壮大なエステルハージ家の宮殿が築かれた。ハイドンはエステルハージ家の宮廷楽長だった。エステルハージ家は夏の間はオーストリアの居城を離れ、ここに滞在。ニコラウス・エステルハージは熱烈な音楽愛好家。ハイドンを楽長に迎え、宮廷楽団を夏の離宮に同行させた。滞在が次第に長引くようになり、家族を残してきた楽員たちは家に帰りたい。そこでハイドンが一計を案じ、演奏者が徐々に減る交響曲を書いた。演奏を終えた楽員は次々と会釈をして去っていくという趣向。早く家に帰りたいという願いを音楽で伝えたのだという。楽員たちの心情を知ったニコラウス侯は、即座に帰郷を認めたという。。

🎄6時50分更新

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230109クラシック倶楽部を聴く LEO 箏 

9歳の時に箏と出会い、箏曲家のカーティス・パターソン沢井一恵に師事。14歳で全国小中学生箏曲コンクールでグランプリ16歳で「くまもと全国邦楽コンクール」コンクール最優秀賞・文部科学大臣賞受賞。時代やジャンルを超えて箏の魅力を発信している【演奏】LEO(今野玲央)【収録】2021年2月25日ハクジュホール
八橋検校(16141685)
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曲目
すばるの七ツ 作品78 (吉松隆)
みだれ  (八橋検校)
無伴奏バイオリン・パルティータ 第2
 ニ短調 BWV1004からアルマンド
  (バッハ)
ドリーム (ジョン・ケージ)
  (沢井忠夫)
さくら替手五段 (半田弘)

🎵「すばるの七ツ」、これは吉松隆の作曲。吉松隆は「1981年に「朱鷺によせる哀歌」でデビュー。以後、現代のクラシック系音楽創作界(いわゆる「現代音楽」)の非音楽的な傾向に異を唱え、調性やメロディを全面的に復活させた独自かつ異端の路線を貫き、作曲活動を展開する。」とホームページにある。これには共感するところがある。型を破ろう、既成を破壊しようとの曲には意外性や、ある時には奇異な独創性、次にはどんなふうにやってくれるかと一種怖いもの見たさに通じる期待感がある。あるときには感心もし、独自性を賞賛する想いにもなることもあるけれども、その後に、ああ、あの曲をもういちど聴いてみたいという思いになることがない。振り向いてみたときに、それはそれで遠い彼方のある一時点に音の輪郭を際立たせて確かな明確な型を持って一つの存在としてある。そういう感じなのだ。しかし、そういう改革が後の作曲に影響力を持ち、なにがしかの普遍的な楽曲をもたらすということはあるのかもしれない。
 「すばるの七ツ」を聴いて、平安のドラマ背景が彷彿とし、しかしちょっと言いかねる、言ってしまってよいものかと戸惑っていたが、吉松が「平清盛」も手がけていると、実際に放映されているときには気づきもしなかったのだが、それを知り、あながち違ってはいないなと。鳥が聴こえると言いかけて、また「鳥か」、自分の想像力が乏しいのではないかと思っていたところが、これまた<鳥のシリーズ>も。自分の思うところを思うがままに言えばよい。そう思わせられた。
「みだれ」の八橋検校、彼の「六段の調べ」には音階、間の取り方をも含めて格調の高さを感じるのだけれども、この「乱」にも。
「アルマンド」、これには落涙。何度かコマを調整しながら弾いていたけれども、この演奏自体がバッハに通じると思わせられた瞬間。
「ドリーム」、「単旋律が白昼夢のよう」と番組の解説にあったが、琴で演奏しているとは思えない東南アジア、或いはインドあたりの楽器だろうかとも思わせる響き。
「楽」、沢井忠夫1988年作曲。1無窮動。湧きに沸く華麗、流麗。解説のように「心の高ぶり」。2変奏曲。さざ波に追懐、にれ食み、追憶。3輪舞
「さくら替手」無心に聴くに心に染み、すでに沁みこんでいる。これもまた華麗な桜はなびらの乱舞、音の渦、箏の波間に。
 
 今回は特に八橋検校という作曲家に興味が湧いた。筝曲の定番といった認識しかなかったのが、江戸のはじめにこのような作曲家がいたことに改めて感じ入る。じっくりと聴くと、この間合いの絶妙さ。けさはその間合いに、心休まる時の流れをにれはんだ。八段の最後が絶妙。すごい作曲家がいたことに驚く。

🎧名曲アルバム。モーツァルト ピアノ協奏曲「ジュノム」
ザルツブルクの古い街並みにモーツァルトの生まれた家が残っている。ザルツブルクの南東30キロのところに、母の生地がある。この曲はモーツァルト21歳のときの作品。良い理解者だった大司教が変わり、やがてモーツァルトは新天地へと旅立つ。(簡略に記載)

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⛳もう人生のまとめをしなければと思いつつ、5時には目が覚めいつもの習慣で音楽を聴いている。いい演奏を耳にすると書き留めておきたくなるのだけれども。しかしペースを落とさないと。時間が有限であることを思ういま。限られている地上時間。ブログの不安定さを気に掛けつつ20時47分更新。


きょう、11日になって書き足してみた。一応全部録ってあるけれども、なかなか表記が間に合わなくなっている。「無言館などは、ことにも資料を駆使してあらゆる角度から感動的に制作されており、これこそは曲の選択から資料映像から戦没画学生の想いまでをそう簡単には書けないという思いから後回しにしたところが、後回しがさらに後回しになり、さてどうなる?となっている。しかしそれはそれで、記録としては名曲アルバムとともに取り置いているので、取り出し観ることには何ら差支えはない。きょうの名曲アルバム、アニーローリー、上柴はじめさんの編曲は、こういった浄化された澄んだ旋律に得も言われぬドラマを秘めさせて聞かせてくれる。つい落涙。それに押されて、またこのページをいじってみた次第。 11日19時51分。

 

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きょうのことば「いつも共におられる主」ー元旦礼拝ー

インマヌエル盛岡キリスト教会2023年元旦(日)の礼拝メッセージをお伝えいたします。國光勝美牧師、ひろ子牧師は、現在、広島県呉市に在住。今日はインマヌエル呉キリスト教会の講壇から呉・盛岡への同時ズーム配信です。

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説教題 「いつも共におられる主」―2023年元旦・聖日講壇 國光勝美牧師
聖書引証 詩篇23篇
ダビデの賛歌
1 主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。
2 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われます。
3 主は私のたましいを生き返らせ、御名のゆえに、私を義の道に導かれます。
4 たとえ、死の陰の谷を歩むとしても、私はわざわいを恐れません。あなたが、ともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。
5 私の敵をよそに、あなたは私の前に食卓を整え、頭に香油を注いでくださいます。私の杯は、あふれています。
6 まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みが、私を追って来るでしょう。私はいつまでも、主の家に住まいます。

《メッセージ》
改めて新年明けましておめでとうございます。私は岩手県盛岡市で凡そ50年牧師をしております國光勝美と申します。どうぞ宜しくお願いいたします。
 今日はズームという手段を用いて、呉教会の皆さんと盛岡教会を結んで礼拝を共にさせていただいておりますが、なぜこのような機会が与えられたのかを、ご挨拶と共に進めさせていただきます。

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 私の家内であるひろ子牧師が、いまこの呉教会の会堂の後ろに座っておりますけれども、私とひろ子牧師は、今年の11月から呉のベタニヤホームにお世話になっております。
 現在私は盛岡教会の牧師でありますので、ベタ二ヤホームの私の部屋からこのような機材を用いまして、盛岡の方々とは日曜ごとには礼拝を、そして週の半ば水曜日には、祈り会のような集いをずっと持たせていただいておりました。しかしご存じの通り、内山先生の休養ということで、その代役としてご用を務めさせていただくことになりました。


 実は、ひろ子牧師が膵臓癌に罹りましたのは2019年夏のことでありました。それから約半年を経て2020年1月に岩手県立中央病院で摘出手術を受け、それから抗癌剤の治療を受けるようになりました。順調に行くはずでしたが、やがて肝臓の方にも転移があり、またそれを抑える薬の副作用で間質性肺炎というすこし厄介な症状も起きてまいりました。それが2020年、そして、2021年の盛岡に於ける私たちの生活でございました。
 年を越えましたので去年ということになりますが、2022年の5月末に、私たちのインマヌエル綜合伝道団の厚生局主催による「一歩先の将来を考える研修会」がございました。私たち二人とも後期高齢者になりましたので、それに参加をし、特に家内のことを思います時、これは現実問題どのようにしたらいいのか祈る中に、ほんとうに不思議なようにこのベタ二ヤホームへの道が開きました。まさに雲の柱が動いたと感じたのはこのことでありました。約50年近く、盛岡の開拓から動いたことが無かったことでした。勿論盛岡の皆さん方も突然の事でありまして、非常に驚き戸惑いを持つのは当然のことでありました。しかし会員の方々はひろ子先生の状況はよくよく知って祈っていてくださる皆さん方ですので、それでしたら、先生、行ってくださいというご了解を、好意的に頂戴いたしまして、本当に突然、雲の柱が動き、それに従ってまいりました。
 聖書に、「信仰に由りてアブラハムは召されしとき嗣業として受くべき地に出で往けとの命に遵ひ、その往く所を知らずして出で往けり」(へブル11:8)。文語訳ですとちょっとカッコいいんですけれども。まさに私は、呉という所がどういうところか全く知らないままに、しかし、これは神様が導いてくださったところなのだという確信をもって移らせていただきました。ベタ二ヤホームに引っ越す前にグーグル地図を開いて、さて治療のことを考えねばならない、それがある意味一番大切なことですから調べたところ、国立がんセンター、正式名はもうちょっと長いのですが、大きな病院があることが分かりました。しかも歩いても行ける距離にあることを発見いたしました。ああ、これも神様が導いてくださったなあ。こういうことなんだ。このがんセンターがあるからここに来たんじゃなくて、ここに導かれて、さあて病院はどこに、と思ったときに、この大きな病院が歩いて行けるところにあると分りました。
 呉に引っ越して1週間後、すこし落ち着いた時に、さっそくがんセンターに行きました。担当医の先生が感謝なことに膵臓癌を専門に扱っていてくださるお方でございました。盛岡から引き継いでくださったデータをよくご覧になって、「分かりました」。また「膵臓癌というものがどういう癌であるかはよくご存じでしょうから」ということで、最初は緊張しました。こちらも緊張していましたけれども、先生も緊張して患者に接して下さっていたんですけれども、私たちが牧師だと聞きましたら、オーバーじゃないですけれどのけぞられまして、そして急にフレンドリーに気安くお話しくださるようになりました。つまり、こういう病気を扱っておられる先生は、死と隣り合わせの患者さんをもう日常的に扱わざるを得ないお仕事の中にいらっしゃる。それがこんどは私たちがある意味違った意味で生きるということを専門に扱わせていただく牧師ということですから、ある意味何の気兼ねも要らない。「そうですか。じゃ、こちらでもう一度精密な検査を致しましょう」ということになりました。それから11月の半ばから下旬にかけて詳しい検査をしていただいたところ、不思議なように「見つからないなあ」と仰ってくださったんです。膵臓癌が肝臓の方に転移したということで行った検査結果をよくよく見てくださった先生が、「見つからない。CTでもMRIでも見つからない。がん治療の必要がありません」と仰ってくださったのです。こんなことってあるんでしょうか、ほんとうに信じられないような、でもクリスチャン、皆さん方が祈っていてくださっている、そのことを覚えて、ほんとうに感謝を覚えたことでした。

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 まず私がこのような経緯で、背景でここに導かれている、こうなっているというご紹介とともに、私の今回のことを通して、詩篇の23篇をもう一度しっかりと捕え直してみたい、このように導かれております。
 23篇はもう皆さん方よくご存じの「主は私の羊飼い」で始まる。何とも麗しい、クリスチャンたちならばほんとうにこの23篇は心に慰めと励ましと希望を与えてくれるものであることを、よく知っております。
 私はこの「 主は私の羊飼い」ということばを過去と現在と未来という角度からすこしお話をさせていただこうと思います。

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 過去を見るとき、私は失われていた羊飼いのもとから離れていた者でありました。しかし、よき羊飼いでいらっしゃるお方は、私の東京での学生生活のときに、憐みのゆえに見出してくださって、初めてイエス様のお救いというものを経験し、「ありがとうございます」。イエス様の羊として、主が私の羊飼いとなってくださったことを経験いたしました。これは皆さん方もきっと人生のどこかで、過去においてそのような経験をなさったに違いございません。ある時、主は私の羊飼いになってくださいました。

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 またこれを、現在というところに心を向けてみましょう。どうぞ23篇をご覧ください。2節「主は私を緑の牧場にふさせ、いこいのみぎわに伴われます」。このときに、主がほんとうに一緒にいてくださる幸いを私たちは永遠の日々の中に感じております。
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 また3節のところを見ますと「主は私のたましいを生き返らせ、御名のゆえに私を義の道に導かれます」。これは今私たちが歩んでいるときに、何らかの弱さのゆえに誘惑に負けてしまい誤った方向に行ってしまう。そんなときに魂を生き返らせ、ほらほらそっちじゃないよと言って私を義の道にいつでも導いてくださる。主は私たちが誘惑の中にあるときにも導いてくださるお方です。
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 続いて4節を見ますと、たとえ死の陰の谷を歩むとしても、私は災いをおそれません。あなたがともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。ここに死の陰の谷という非常にそうぞうしただけでも辛い厳しい試練だな、そういうところを    たとえ通ったとしても、主は「あなたと一緒にいる」、このように主は仰られます。
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 そしてまた5節を見ますと、「私の敵をよそにあなたは私の前に食卓を整え頭に香油を注いでくださいます。私の杯はあふれています」。敵が攻め寄せて、まさにそこまで敵がきているその時に平然として神様からの祝福の宴、喜び、交わりの中に身を置いている。
 この2節3節、平安の時、あるいは誘惑の時、あるいは4節、死の陰の谷を歩むというような熾烈な試練の中にあって、あるいは滅ぼそうとする敵が何千人現れてまさにその戦いのさ中にも関わらず、それをよそにあなたは私に豊かな交わりの食卓を整えてくださる。

 私はこのことを、去年実際に経験させていただいたことで証しさせていただきたいと思います。ひろ子先生の摘出手術のときのことです。
 ひろ子先生が手術室に入って、けっこう長い時間がかかった手術でありましたので、その間、さまざまなことを考えました。もう手術が終わっていい頃だなあ、知らせがなかなか来ないなあ。そう思っているときに、我活くれば汝らも活くべければなり、文語訳聖書でですが、このおことばが与えられました。「我活くれば汝らも活くべければなり」。イエス様が生きておられるから、そのいのちにあなたがたも生きるんだ。大きな励ましをいただいたことを覚えております。ほんとうに私にとっては厳しい試練のときでしたけれども、そのことを思います。

 

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さて、去年私たちは5月に、呉のベタ二ヤホームの方に移ることに決まっていました。50年近くにわたる盛岡の最後の大きなご奉仕は夏の東北聖会でした。講師は工藤弘雄先生。教団は違いますけれども塩谷の神学校の校長を長らく務められ、香登というあの岡山のバックストンの流れを汲む教会ですばらしい働きをしておられる工藤弘雄先生ご夫妻が、このコロナの時にも関わらず、インマヌエルの東北教区、夏の聖会においでくださるということになりました。9つの教会の中で、ズームの設備の整っている所であればどこにでも伺います。そういう情報がありました時に、私は、思い切って手を挙げて是非盛岡に来ていただきたいと立候補いたしました。それは私の心にも、盛岡に於ける最後のこの講壇に工藤先生をお迎えして扱っていただきたいという切なる思いもございました。教区の先生方もほんとうにご理解くださいまして、ご夫妻を盛岡教会の講壇にお迎えすることができました。
 その時、実は私たちは牧会を離れて11月には呉の方に移ることになっています。それは家内が膵臓癌ということで、と工藤先生にお話をしました。まだ6月の時点です。そして工藤先生方に7月の最後においでいただきました。
 私は工藤弘雄先生のご息女真史さんとおっしゃるピアニスト、良い証しを立てられていらしたところ、癌で召されたことは知っておりました。2020年1月3日に召されなさった工藤真史さん。癌で愛する者を失くするということを誰よりもよくご存じの工藤先生ご夫妻が、私たちの今の状況をよく受け止めてくださって、「先生、祈りましょう」とお別れの時に切にお祈りくださいました。
 三日間の集会があっという間に終わって、いよいよ盛岡駅にお送りするとき、そのぎりぎりまでひろ子先生はご夫人と、私はご主人の工藤先生と別れを惜しんでおりましたときに、いよいよお別れというときに、工藤先生が、「國光先生、常念岳ってご存じですか」とおっしゃいました。実は私は長野県の松本で育った人間なんです。松本の人間にとって常念岳はとても懐かしい。きれいな山なんです。工藤先生が、もっと正確に言うと「浅間温泉ってご存じですか?」。それを聞いた時にびっくりしてしまいました。私は浅間温泉出身です。「そこから一寸行ったところに真史も一緒に行って見た、きれいな常念岳があるんですよ。先生知ってます?」。どうしても常念岳に登りたくなって、私は盛岡での聖日礼拝が終わってから長野に走り、常念岳に登って帰って来たことがあります。その  お別れの寸前の時なんです。こちらの方では家内とご夫人先生が、もう最後の別れを惜しんでいる。工藤先生が仰いました「先生、大丈夫ですよ。治りますよ。先生は抜けていらっしゃるから」。それは良い意味の信仰が抜けているという意味のほめことばでいらっしゃるんですけれども。そこにひろ子先生がジョークで、「そうなんです、わたし抜けてるんです」。大爆笑になりました。何で私こんなお話しをしたのでしょうか。
Img_20230101_111751  私が国立がんセンターの建物の造りが少しわかるようになってきたとき、地下の1階のところにこんな絵があったんです。私これを見て、驚愕しました。おいおいこれ常念岳じゃないか。なんでここに常念岳が。この病院の地下の通路のところにこんなに大きく掲げてある。びっくりしました。神様はこの病院でひろ子先生の癌を癒して下さり、そして、工藤弘雄先生が「常念岳ご存じですか?」と仰った。「知ってますよ~私の一番好きな山ですもの」。まさかその常念岳の絵ががんセンターの地下通路の廊下に掲示されているとは夢にも思いませんでした。神様は導いてくださいました。

 呉に移ってから、このベタ二ヤホームに、ちょうど12月26日に弘雄先生からお電話が掛かってきたんです。クリスマスの翌日夜。「工藤です。先生有難うございました」という中で私は「先生、家内が全く癒されたんです。」「そうですか。良かったですね~」。電話近くで奥様の「良かったですね~」という声が聞こえました。私はこの時、勇気を出して一度聴いてみたいと思ったことがありました。愛するお嬢さんを乳癌で、そして最後には肺に水がたまって苦しい中を。実は2019年12月26日に真史さんの病室にいてご夫妻は祈った夜でした。このことを聞くのは今しかないと思ってお聞きしました。
「真史さんは天に召されました。家内は癒されました。先生、これをどう折り合いをつけたらいいんでしょう。ほんとうに牧師として嬉しいことともう一つの、愛する者を天に送られた悲しみをとことん知っておられる先生、いったいこれをどう折り合いをつけましょう」と。私が言い終わるや否や工藤先生が仰いました。
「先生、癒されることも恵み、召されることも恵みなんですよ。真史が5年間、胸の水が溜まって、苦しい中、苦しい中証しをして、そして最期のクリスマスの病床を迎えた」「そうです。そうです」奥さんの声も聞こえてくるんです。「そして神様の恵みがここにある」。
 皆さんどうですか。「たとえ死の陰の谷を歩むとしても、私は災いをおそれません。あなたが私と共にいてくださいますから」。そして5節「私の敵をよそにあなたは食卓を整え、頭に香油を注いでくださいます」。

 最大の敵とは何ですか。人間にとっては死でしょう。死というものがそこにいても、まさにハレルヤ真史の手を一緒に握っては最後のクリスマスを守った。よく頑張ったね真史といって。これが奇跡の5年間だった。そして召されたその時、「私の敵をよそにあなたは私の前に食卓を整え、頭に香油を注いでくださった」ということが。主がともにいてくださった。どんな時にも主がご栄光を取ってくださる。あらわしてくださる。最後のこの6節「私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みが、私を追って来るでしょう。私はいつまでも、主の家に住まいます」。

 「私の命の日の限り慈しみと恵みが私を追ってくるでしょう」。この良き牧者に従い続けていくのならば、恵みと慈しみが私を追ってくる。私が常念の絵を見た時に、神様分かりました。工藤先生と一緒に「先生、常念岳知ってますか」。「知ってますよ私が登った山ですよ」。主は私を追いかけてきてくださる。慈しみと誠が私を追って来るでしょう。

 どうかここに「主は私の羊飼い」という、皆さん方もこの良き羊飼いに導かれた2023年を共に歩ませていただこうではありませんか。

 

 

文責:中ぶんな

⏰6時50分更新

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230104クラシック倶楽部を聴く ミーシャ・マイスキー チェロ・リサイタル

収録2022年10月サントリー・ホール
ピアノ マキシミリアン・マイスキー(ミーシャ・マイスキーの二男):ベルギーでソリスト、室内合奏者として活躍。
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曲目(オールバッハ)
☆無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008
☆無伴奏チェロ組曲 第6番BWV1012
☆アンコール コラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659


ミーシャ・マイスキーのコメント
カザルス・ホールが開館した年に来日したチェリスト全員でバッハの組曲を全曲を演奏しました。以来日本でこの曲をほかのどの国よりも頻繁に演奏してきました。こんな言い方が許されるのなら、音楽はある意味私の宗教です。どんなに長生きしても、どれほど頑張って演奏し録音しても終わることのない道のりです。実際に存在しないかもしれない理想に少しでも近づこうとする試みです。理想を言えば毎日少しでもバッハを弾くことができたらすばらしいことだと思います。残念ながら実際にはそう簡単ではないのですが。私は「1日1曲のバッハの組曲はチェリストを良いコンディションに保つ」といつも言っています。尊敬する師ロストロポーヴィチは55年ほど前にこう言っていました。「どんなに演奏しても圧倒的に難しいプログラム、それはバッハの組曲だ」。ここで再挑戦する機会を得られ嬉しく思います。
(息子との共演は)とても自然な流れであった一方、子どもたちとの共演は私の長年の夢でもありました。私の10歳近い姉がピアノを、兄がバイオリンを弾いていたころに、末っ子の私がチェロを始めたからかもしれません。家族でトリオを結成できたのに、それは実現しませんでした。おそらくそれで子供と一緒にトリオを組むというのが私の夢になり、そして実現しました。長女のリリーとは18年前にデュオで、長男のサーシャとはトリオで、最近益々頻繁に共演しています。さらにマキシミリアンとも共演できるなんてこんなすてきなことはないです。ピアノは全員弾きます。幼い子もちょこちょこと。でもこのような舞台でマキシミリアンと共演できるなんて信じられないぐらい特別なこと、本当に感激しています。夢が実現したのです。
マクシミリアンのコメント
私も父と同感です。とても興奮していますし、光栄なことです。特にこのすばらしいホールで演奏できるのは本当に嬉しいです。

🎵身の回りにも世代交代を多く目にする。ミーシャ・マイスキーは74歳。チェロはまだまだ現役とひびいているけれども、二男の登場。バッハの時代に遡ってチェロを聴いたという実感。何かこの春の皮切りには相応しく思われ一音一音に耳を澄まし聴いた。
  

🎧名曲アルバム。 「美しく青きドナウ」ヨハン・シュトラウス」

沼尻&東京フィル
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⛳たった今背後で2023年ウィーン・フィル、ニューイヤーコンサートの最後ラデッキー行進曲が拍手に賑々しさを添えられて軽快な演奏を聴かせている。指揮者が今指揮台から降りた。

16時40分

1月4日分を本日7日に更新

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きょうのことば「成し遂げてくださる神」

明けましておめでとうございます!

2023年元旦

あなたがたは、世にあっては患難があります。
しかし、勇敢でありなさい。
わたしはすでに世に勝ったのです。
ヨハネ16:33

 これは、昨年末から、私の心に通っているおことばです。ことしは、このおことばを支えとして、一日一日を歩んで行きたいと思っています。本年も、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

☆  ☆  ☆

きょうは新年初の聖日礼拝ですが、このブログは説教を一週間遅れで掲載しておりますので、昨年末最終聖日分をお伝えいたします。

インマヌエル盛岡キリスト教会2022年12月25日(日)の礼拝メッセージをお伝えいたします。國光勝美牧師、ひろ子牧師は、現在、広島県呉市に在住。呉からのズーム配信です。
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説教題 「成し遂げてくださる神」―クリスマス・年末感謝礼拝― 國光勝美牧師
聖書引証 詩篇138篇1~8節 
1 心を尽くして、私はあなたに感謝をささげます。御使いたちの前で、あなたをほめ歌います。
2 私は、あなたの聖なる宮に向かってひれ伏し、恵みとまことのゆえに、御名に感謝します。あなたがご自分のすべての御名のゆえに、あなたのみことばを高く上げられたからです。
3 私が呼んだその日に、あなたは私に答え、私のたましいに力を与えて強くされました。
4 主よ、地のすべての王はあなたに感謝するでしょう。彼らがあなたの口のみことばを聞いたからです。
5 彼らは主の道について歌うでしょう。主の栄光が大きいからです。
6 まことに、主は高くあられますが、低い者を顧みてくださいます。しかし高ぶる者を、遠くから見抜かれます。
7 私が苦しみの中を歩いても、あなたは私を生かしてくださいます。私の敵の怒りに向かって御手を伸ばし、あなたの右の手が私を救ってくださいます。
8 主は私のためにすべてを成し遂げてくださいます。主よ、あなたの恵みはとこしえにあります。あなたの御手のわざをやめないでください。

《メッセージ》
 皆様おはようございます。改めてクリスマス礼拝、そして年末感謝の講壇を守らせていただけますことを感謝しております。
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特にクリスマス礼拝というときに、私たちはこのイザヤの9章の6~7節
6ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。7その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に就いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これを支える。今よりとこしえまで、万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。
 ここに「万軍の主の熱心がこれを成し遂げる」とございます。ひとりの神の御子が受肉してくださるという驚くべき神様のみわざは万軍の主の熱心による。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。ここに非常に大きな意味を感ずるのです。
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 「万軍の主の熱心」ということば、これは原語に遡って解説を読みますと「妬む」という動詞が使われている。「妬む」。ふつう妬むという言葉は、良いことにはあまり使いませんが、しかし、出エジプト記に、「神は妬む神である」と自己紹介し、ご自身を表しておられる。これは良い意味で使われるのならば、これを独占して決して他の者には譲れない。もしそんなことがあったらもうこれを妬む。妬むほどの愛が万軍の主の熱心。これほどに神様はご自分の民をご自分のものとしてほんとうに慈しむ。それを思ったとき、神様はご自分のみからだである教会、また御子イエス様がこの岩の上にわが教会を建てると仰ったあのイエス様のみからだである教会を、神様は妬むほどに極みまで愛してくださっている。そのことに心を向けました時、私は今回このような形で呉に来ましたこと、そして皆様方と物理的には離れましたけれども、しかし、私どもも皆様方も同じ教会。神様がこの教会を妬むほどに愛されたというときに、このような形になることを神様は教会の為にこれをなさったのだ。よくも悪しくも私はずっと開拓から盛岡教会と一つになってご奉仕をさせていただきました。その時に、今回、教会を離れてみて分かったのですけれども、教会の管理、運営、あるいは教会の事務。こういったことどもに、私はどれだけ真実なことができていたのだろうか。これは、牧師が1代、2代、3代、4代と変わっていけば、その節目節目に、きっと管理或いは事務にいたしましてもそれをきちっと、ある意味まとめざるを得ないという形で来たと思うのです。

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 しかしこれが表裏一体になっているとき、これがはっきりしてまいりましたのは、いよいよ牧師が引退をする、引き渡すという時に、神谷先生に入っていただき、あるいは会計の面ではS姉が中心となっていろいろな引継ぎをして下さった。今、教会の事務がクリアに為され、管理がされ、運営がされております。それを見まして、このままの状態であっては確かにいけなかったということを私は客観視させていただいた気がします。
 私どもの働きはもうここまででいいよ、さあ、今度は教会のためにあなたは引き下がって、教会員によって適正に、みんなの思いでこれが為されていく、いよいよクリアに透明にこのことがなされていくということを、神様は教会を妬むほど愛されるがゆえに、今回このことをしてくださった、このように私には思えるのです。そしてこの大きなことをするためには、これは牧師がこのような形でも離れざるをえないというか、牧師が離れるということを神様が最も良いようにして下さる、それが、この2022年のプロセスではなかったのかと思われます。

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 私はこの年、ずっと詩篇の138:8、この最後の

主は私のためにすべてを成し遂げてくださいます。主よ、あなたの恵みはとこしえにあります。あなたの御手のわざをやめないでください。
文語訳ですと
エホバはわれに係れることを全うしたまはん。
エホバよなんぢの憐憫はとこしへにたゆることなし。
願はくはなんぢの御手のもろもろの事跡(みわざ)をすてたまふなかれ。

 このおことばが今回、呉へと主が導いてくださったベースにあったように思うのです。
どうでしょうか。主は私のためにすべてを成し遂げてくださいます。とらえようによってはずいぶん虫がいいという見方もできるかもしれません。
主はわたしのためにすべてを成し遂げてくださいます。あなたの恵みはとこしえにあります。だからあなたの御手のわざをやめないでください。
 今回のこのことを合わせて考えますと、
エホバはわれに係れることを全うしたまはん。
 ここにもし私の、所謂私心と言ったらいいでしょうか、利己的な或いは肉的なわれに係るということがすこしでも入っていたのならば、このような大胆な祈りはすることができません。しかし、今回のこのことは、私に係れることを全うしてくださるということを100パーセントピュアな心でいられるということは、教会の事務管理のことでも何にしてもいろいろな面で足りなさ、欠けの多いそれらのことは、十分、分かっておりますけれども、ほんとうに何の曇りもなく、神様を愛し神様に仕えてきたという、仕えるというこのきよめの証しが心の中にあるからこそ、またきよめの証しを持っている人だから、私はこの8節のおことばが、アーメンということができるのではないかと、このように思っているのです。

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 呉での憐みのみわざを主はお見せくださいました。ひろ子先生の事情が一番の動機でありましたけれども、呉に移ってきました。まさかこのようなことが、神様の憐みのみわざをあなたのみこころに、もう何回もいいますけれども、拙い歩みのこの者ですけれども、動機に何の穢れもなく、あなたに従っていきたいという思いでいくのならば、わたしに係るすべてを成し遂げてくださる。そして神様の恵みはとこしえにある。ですから私に係ることは、実はあなたの御手のわざに他ならない。とするのならば、呉で憐み深い神様は、いわんや盛岡に於いて憐みのみわざをなさらないはずは決してございません。あなたの御手のわざをやめないでください。願わくはなんぢの御手のもろもろの事跡を捨てたもうことなかれ。
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万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。妬むほどに教会を愛する神様ご自身、盛岡教会に係るお一人おひとり、また呉にやってまいりましたこの者の一つひとつ、これはあなたの御手のわざではないでしょうか。あなたの御手のもろもろのみわざではないでしょうか。万軍の主の妬むほどまでの、もう教会を愛して、きよめの恵みに歩ませていただいている乏しい者であるとしても、あなたを愛しているよ、お一人おひとりに、万軍の主が一人の御子をも与えてくださるほどにこのクリスマスの恵み、御子をお降しくださったこの神様の妬むほどまでの愛がお一人おひとりに豊かでありますように、このことを私の今年の年末の感謝、そして、クリスマス礼拝のみことばのご用とさせていただきます。

 

⏰5時48分更新

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