221206 クラシック倶楽部を聴く イゴール・レヴィットのベートーベン
ザルツブルク音楽祭2020 イゴール・レヴィットのベートーベン▽生誕250年を記念して行われた、ベートーベンのピアノ・ソナタ全曲演奏会の最終公演
【曲目】
ピアノ・ソナタ第31番変イ長調作品110(ベートーベン)
ピアノ・ソナタ第32番ハ短調作品111(ベートーベン)
【収録】2020年8月21日 ザルツブルク祝祭大劇場大ホール
イゴール・レヴィットは1987年、ニジニーノヴゴロド生まれ。8歳のときに家族と共にドイツ移住。2009年ハノーファー音楽演劇メディア大学において、理論・演奏の両方で大学史上最高の成績でピアノの学業を修める。これまでにカール=ハインツ・ケマーリング、マッティ・ラエカッリオ、ベルント・ゲーツェ、ラヨス・ロヴァトカイ、ハンス・ライグラフに師事。2005年、テルアヴィヴのアルトゥール・ルービンシュタイン・コンクールに最年少で参加し、銀メダル及び最優秀室内楽演奏賞、観客賞、最優秀現代音楽演奏賞を獲得した。
居住地のベルリンでは、サドラーズウェルズ・インディペンデント・オペラ管財人団の厚意により与えられた、スタインウェイDグランド・ピアノを使用している。
31番に関し、作曲者はチェロソナタ第5番にみられるように、後期の作品ではフーガの応用に大きく傾いている。この曲の終楽章は、最後の3曲のピアノソナタの中では最も典型的にフーガを用いたものである。ドナルド・フランシス・トーヴィーは「ベートーヴェンの描くあらゆる幻想と同じく、このフーガは世界を飲み込み、超越するものである」と述べた[3]。(wikiから)
🎵32番、宇宙を注意深くしかし肩の力を抜いてめぐり、旋律を探し求め、にわかに知覚される旋律を間髪おかず手繰り寄せ、わしづかみにしてデフォルメ。そして新たな境地、新世界に一歩抜きんでるという、そんな感じをもった。このソナタ、次は? と期待するごとに異世界の新しさが展開されていく。
🎧名曲アルバム。「ニュー・シネマ・パラダイス」エンニオ・モリコーネ、アンドレア・モリコーネ作曲、栗山和樹・編曲
東京フィル&円光寺雅彦
イタリア、シチリア島から望むティレニア海。映画「ニュー・シネマ・パラダイス」の冒頭、青い海をバックにこのメロディーが流れる。
シチリア島中央に位置するパラッツォ・アドリアーノ。ここにある広場が映画の舞台の中心となった。広場の様子は、今も撮影が行われた1988年当時と変わってはいない。
映画「ニュー・シネマ・パラダイス」は、老映写技師と映画の世界に魅せられた少年との心の交流を描いた。主人公の少年の家として撮影された家もある。成長した少年が町を離れることになり映写技師と別れた駅が映る。時の流れが止まったかのようにそのたたずまいはずっと変わらぬままだ。
今もパラッツォ・アドリアーノの市民は、夕刻になると広場に集まり、撮影当時の話しを交わす。シチリアの地方都市であるこの町が、世界的な映画の舞台になったことは、彼らの誇りであり続けている。名シーンの数々を彩ったメロディーは人々の心に深く刻まれている。
🎵一時期私は、今は滝沢市になっている滝沢村、駅近くに住んでいたことがある。私の中にある原風景は、南北に遠く走り遠景に緩やかに湾曲し点と消える線路、そして昼時になると煙突からたくましく力強く無遠慮に蒸気を吐き、大車輪と客車や貨車の軋みを響かせ極めつけの存在感で地を圧しながら小さな駅のホームに堂々入城してくる列車であり、そして住宅に迫る国有林の奥から響いてくる人が聞き耳を立てずにはいられない遠慮なく響くカッコウの誇らしげな自己主張や、遠慮がちなヤマバトのくぐもった呟き。そして冬ともなれば、てかてかに凍てついた坂を陽に大理石と磨き上げて見知らぬ世界につながっている馬車も通る道。しかし後年、大人になってから訪れてみると、そのどこもかしこも宅地化の波に多くが損なわれ押され失われて跡形もなかった。線路や駅舎の位置さえすっかり変わってしまっていたのだ。甚だしい喪失感に見舞われたことがある。
それが、このパラッツォ・アドリアーノは今も昔と変わらないままの景色が残っているというのだ。自分の原風景とは全く違うけれども、まるで失われた自分の一部でも辿るかにこの一連の風景に目を凝らした。
⛳8時30分更新
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