221227クラシック倶楽部を聴く ペーター・レーゼル(ピアノ)
1945年ドレスデン生まれ。チャイコフスキー国際コンクール入賞。ベルリン・フィルやニューヨークフィルなどと頻繁に共演。ドイツを代表するピアノの巨匠の一人。 1945年ドレスデン生まれ。チャイコフスキー国際コンクール入賞。ベルリン・フィルやニューヨーク・フィルと長年共演を重ねてきたドイツを代表するピアノの巨匠。日本では2008年から4年に渡って開催したベートーベンのピアノ・ソナタ全曲演奏会が高い評価を得た。【演奏】ペーター・レーゼル。【収録】東京・紀尾井ホール(2021年10月13日)
【曲目】
ソナタ変ホ長調 Hob.XVI:52 (ハイドン)
ピアノ・ソナタ第32番ハ短調作品111(ベートーベン)
「ペーター・レーゼルはドレスデン(旧東ドイツ)生まれだが、ドレスデン音楽大学で学んだあと、モスクワに留学し、モスクワ音楽院に学んでいる。
2005年にはドレスデン音楽祭で紀尾井シンフォニエッタ東京との共演によりベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を演奏した。この縁がもととなり2007年4月に日本では30年振りとなるコンサートを紀尾井ホールで開催した。さらに2008年10月からはベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲を同ホールにて4年にわたり演奏するプロジェクトが進行中である」とwikipediaにある。
また「ぶらあぼ」には21年10月のインタビュー分として「キャリアの初期にはルドルフ・ケンペを深く敬愛しました。一番長く、頻繁に共演したのはマズア。真に世界レベルの実力者と言え、内面の深いところで一致していました。1980年代にはザンデルリンクとの仕事が増え、中でも87年、ロサンゼルス・フィルハーモニックに連れて行っていただき実現した『皇帝』は生涯、忘れられません。高貴なまでに洗練されて輝き、貴族的な解釈と響きに満ちた管弦楽でした」「そろそろ本当に弾きたい作品だけに絞り、より深める道を静かに歩みたい」と語るレーゼル。目下は日本公演と同じく「2020年に重なった2つの節目、ベートーヴェン生誕250年と私自身の75歳祝いにちなみ計画されながら、コロナ禍で延期を余儀なくされたドイツ、スイス、ポルトガル、韓国、中国、日本などでの演奏日程を少しずつ、回復させる作業が続いています」と出ている。
今朝、最初の方のコメントは撮り損ねたのだけれども、
二回目のコメントは
ペーター・レーゼル:2020年、音楽家は予定されていた公演が中止となりました。ベートーベン・イヤーで素晴らしい1年になるはずでした。長い間やりたいと思っていたことが突然できなくなったのは本当に残念です。その一方で「生涯でやりたいことはほとんどやった」と思いました。新しい若い演奏家のことも考えなくてはなりません。期待を込めて未来に注目していきましょう。
🎵ベートーベンの32番、第二楽章で何かしら天に抜けた、閉塞の底にありながらそこにあって視界が開けたという感じがし、終楽章では確信、これはこの曲が未来に脈々と生き続けるという作曲者の確信、自信が、それが静かなしかし確固たる確信と伝わってくる。今の混迷の底に光がさした気がした。
🎧名曲アルバム。「ある天使の思い出に」ベルク作曲
バイオリン渡辺玲子、渡邉一正&東京フィル
ウィ―ンの作曲家アルバン・ベルクが1935年に、愛する少女の死を悼んで書き上げたバイオリン協奏曲。少女の死と時を同じくしてベルクもこの世を去る。ベルクはウィーンの裕福な家庭に生まれた。初めての恋の相手は召使だった。身分の違いから引き離される。しかし彼女が産み落としたのはベルクの娘だった。その後数々の恋愛を重ねたベルクだったが、心の底から満たされることはなかった。自殺未遂、婚姻関係の破綻。ベルクは占いの一つ数秘学にとらわれる。自らの運命を暗示する“23”をバイオリン協奏曲に刻み込む。曲の終盤ではバッハのカンタータを引用。その歌詞が楽譜に書き記された。「もうたくさんです主よ御心にかなうなら私の戒めを解いてください」。
「ある天使の思い出に」は、生前に完成させた最後の曲であり、人生観や死生観が色濃く練り込まれている。
⛳15時22分更新
きょうは暖かな光が今も差し込んでいる。
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