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2022年3月

220331クラシック俱楽部を聴く 悠久薫る 歴史の響き〜横坂源 無伴奏チェロの調べ〜

 2020年日本遺産に認定された牛久市にあるワイン醸造場「牛久シャトー」。レンガ造りの旧醸造場の建物を舞台に、チェリスト横坂源が、無伴奏チェロの名曲を奏でる。
【曲目】
無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV1010(バッハ)
無伴奏チェロ・ソナタ(リゲティ)
無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008(バッハ)
【演奏】横坂 源(チェロ)
 
【収録】2022年1月28日 牛久シャトー 神谷傳兵衛記念館(茨城県 牛久市)
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横坂さんのコメント
 ワインと音楽にまつわる思い出は、自分の小さいころ、生まれ育ったのは新潟なんですけれども、そこにワインを造ってる場所が、家の近くにあって、なので、当時はワインが飲めなかったですけど、ぶどうジュースとか、それから周りの広場、自然がたくさんあって畑があるので、その周りの景観を楽しみながらよく遊んでいた記憶があります。
ワインは、家ではあまり飲まないんですけれども、コンサートの後とか、友人とは食事に行ったときによくワインのおいしさを知ってる友人についていって一緒においしいワインを自分も飲んで楽しむという形で楽しませてもらってます。
 リゲティの無伴奏チェロ・ソナタは、2つの楽章なんですけれども、合計でも8分~9分ぐらいのすごく短い曲で、その一つ目と二つ目というのはすごくコントラストをなしていて、一つ目はどちらかというと広いロマンティックで、明るい未来が見えてくるような、それからすこしこう冒険の始まりとかそういう予感めいたものが一つ目には感じられて、二つ目になってくるともうすこし具体的な音の動きというのが出てきます。チェロだと無窮動で動いていく忙しい動きがあったり、それからそれがダンスの要素として聞こえてきたり、或いはすごく無機質なもので聴こえてきたりして、わりと聴いてくださるお客さまによってもいろいろと変化することができるすばらしい曲なんじゃないかなと思っています。
 やはりこのバッハの無伴奏というのは、プレリュード、1番から6番まで6つあるんですけど、プレリュードの性質というのが非常にドラマティックに書かれているんですね、この2番というのも特にそうで、最初ほんとうにひとりでつぶやいて、そこからどんどん展開していくんですけど、その中でもすごくきひょうが激しくて、それがアルマンドやクーラントにもどんどん飛び火していくような、力強くはないんですけど、意志の強さと、それからやっぱり孤独というのはすごくワードとしては自分の中で出てくるものだと思います。

🎵プログラムについてのコメントを録り落とした。というのもTVオンしてワイン工場が映り、あららら、きょうはいつもとはちょっと様子が、と考えているうちに、大したことも考えてはいないのだけれども、その1、2分のブランクを生じたというわけだった。
並んでいる樽の中のワインは、チェロを聴いているのかいないのか。無伴奏は重みがあり、ほの暗く、空間を満たす空気の温度はわからないけれども、この建物にはよく似合う気がする。この歴史ある醸造所の敷地内には200本の桜があるらしい。無伴奏はいつ聞いても落ち着く。

🎧名曲アルバム。ハイドン「弦楽四重奏曲 皇帝」。クァルテット・エクセルシオ
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ハイドンはナポレオン戦争の激戦下である1809年に亡くなっているが、占領下の混乱でその死は広くは知られなかったという。

⛳気づかなかったけれども、更新カレンダー、木曜空欄となっている。何か週の半ば息切れしてしまっていたようだ。
はや3月末の夕暮れ、きょうは夕焼けはない。朝焼けよりも夕焼けをまもってきた方にはすこし寂しい日となっている。朝陽派、夕陽派、どちらもあっていい。17時15分更新

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220330 クラシック俱楽部を聴く 辻井伸行 ピアノ・リサイタル I

ピアニスト辻井伸行が「今の自分を出し切れた」と語る渾身の演奏会の第1回。ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールから10年あまり。30代になった辻井の音色とは。
 
【曲目】
こどもの領分(ドビュッシー作曲)
演奏会用組曲「くるみ割り人形」(チャイコフスキー作曲プレトニョフ編曲)
アンコール:亜麻色の髪の乙女(ドビュッシー作曲)
アンコール:花のワルツ(チャイコフスキー作曲)
【出演】辻井伸行(ピアニスト)

【収録】2022年2月24日 サントリーホール 大ホール 音楽への思い、ピアノの音色で表現したいことについての情熱を語った貴重なインタビューもご紹介。

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辻井さんのコメント
今回は13公演ありましたので、ぜんぶで13回ひきましたけれども、やはり、千秋楽に向けて、もっともっといい演奏をしたいという欲が出て来て、どうしたら、やはり、こう自分が一番これだと思う演奏ができるかなって、いつもいろいろ試行錯誤して、特に千秋楽はすごく自分の納得のいく演奏ができて、今できることはすべてこのツァーの中でもできた本番だったんじゃないかなと思います。
  ドビュッシーの「こどもの領分」については、すごく大好きな曲ですけれども、 特に、4曲目の「雪は踊っている」とかは、ほんとうに雪がこうちらちらちらちら上からこう振ってくるような感じ、ほんとうに雪が舞っている、そんなイメージを思い浮かべて演奏していますし、一曲一曲のキャラクターを弾き分けるということもすごく難しいですし、この曲ってほんとうに音が少ない分いろんなことにこだわらないといけないので、それがすごく難しくもあり、そういうところがいろんな自分の音を追及できる曲だなって思います。
「くるみ割り人形」については、
 ピアノ一台でいろんな音色が出せるというのを皆さまに知っていただきたいなと。ピアノで音を押せば勿論音は出ますけれども、その中でもやはりピアノの圧し方によって音も違ってくるし、ペダルの使い方一つでも音っていうのは変わりますし、ピアノ一台で繊細な音から壮大な音までいろんな音が表現できて、この「くるみ割り人形」もやはりオーケストラの原曲を聴くと、もうほんとうに最後の7曲目に向かってどんどんどんどん盛り上げていって迫ってくるような感じで、そういうところとか、特にピアノでこの曲を表現できるようにいろいろ研究しました。

🎵きのうは番組予定を見ないでしまったが、今朝、寝坊しないでよかった。辻井さんだ。どうしてらっしゃるかと思っていた。30歳になられた響きだ。コメントでおっしゃっているから言うのではない、実際に聴いていて、「こどもの領分」の「雪が踊っている」、辻井さんはこの雪を見ている、そう思った。静かめの曲の方が辻井さんの澄んだ空気や明るさ、心地よく温かい輝きといったらいいか、そんな音がよく聴こえるのだ。それがあって、強く激しい旋律も深く刻まれる。「雪が踊っている」、絶品、というとちょっと即物的な感じにもなるだろうか、すばらしいといえば月並み、ならば何といえばいいのか、まだことばが見つからない。演奏会用組曲「くるみ割り人形」、この曲を辻井さんはチェレスタを実際に演奏するなどして音を詳細に研究してから演奏に挑んだと解説があった。チェレスタ、いまユーチューブで聴いてみたけれども、ちょっと甲高い電子音、これが識別とかニュアンスをつかむことに役立つのかもしれないと勝手に思ったが、違っているかもしれない。「くるみ割り人形」は4番の「間奏曲」が沁みた。それと7番の「アンダンテ・マエストーゾ」、これが辻井さんの真骨頂も聴こえ、辻井さんの心の代弁も聴こえ、聴きごたえがあった。
辻井さんにはもう一つ、ほかのピアニストにはまねできない感動があり、たいしたことのない一人の音楽愛好家のことばで申し訳ないのだが、辻井さんにはほんとうに未来に向かっていよいよ輝き続けていただきたいと切望している。
 今回がⅠ、ということはⅡがある。楽しみだ。


🎧名曲アルバム。プッチーニ「歌劇 ジャン二・スキッキ」
「フィレンツェは花咲く木のように」テノール与儀巧
「私のお父さん」ソプラノ砂川涼子

飯森&東京フィル
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フィレンツェを舞台に繰り広げられる富豪の相続争いの物語。

⛳今からコーヒータイム。8時8分更新

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220329 クラシック俱楽部を聴く フェデリコ・アゴスティーニ バイオリン・ソナタを弾く

元イ・ムジチ合奏団コンサートマスターのフェデリコ・アゴスティーニ。2019年から愛知を拠点に活動する彼が、ドビュッシーやフランクなどのバイオリン・ソナタを弾く。
【曲目】
バイオリン・ソナタ(ドビュッシー作曲)
バイオリン・ソナタ イ長調(フランク作曲)
バイオリン・ソナタから第2・3・4楽章(ヤナーチェク作曲)
【演奏】フェデリコ・アゴスティーニ(バイオリン)、練木玲子(ピアノ)

【収録】2022年2月17日 長久手市文化の家・森のホール(愛知県)
【出演者プロフィール】フェデリコ・アゴスティーニ・・・イタリア・トリエステ出身。愛知県立芸術大学 客員教授。
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フェデリコ・アゴスティーニのコメント
日本での暮らしについては、日本、特に愛知県に住めて光栄に思います。愛知は海に近いところが気に入っています。私の生まれた街も海沿いだったので居心地がいいです。海辺や知多半島のあたりに行くのが好きで、家族を連れてよく行っています。
 ドビュッシーのソナタは彼の最高傑作です。素材の使い方が卓越しています。第一楽章は物思いにふけるような雰囲気があり、第二楽章はパントマイムを思わせます。第三楽章はタランテラ風の楽し気なダンス。本当に素晴らしい大好きな作品です。
 フランクのソナタは定番ですね。もっとも有名で愛され演奏されている作品の一つです。このソナタは特性を適切につかむことが重要です。4つの楽章からなり、ある種の物語性を持っています。つまり4つの章で構成された物語。素敵な本を読んでいるかのような曲なのです。

🎵フェデリコ・アゴスティーニが愛知県立芸術大学の客員教授になったのはいつ頃? とググってみると、2019年からなようだ。それまでには多くの大学で教鞭を執り、今は10か国以上の国でマスタークラスを開講しているらしい。いまだに人気が高いイ・ムジチのメンバーだった方が日本にいらっしゃったとは!
 ドビュッシーは病にある1917年、これは亡くなる前年にこのバイオリン・ソナタを作っている。フランクはイザイの結婚祝いにバイオリン・ソナタ イ長調を作曲。循環形式で書かれているとの解説が。ヤナーチェクはチェコのモラビア地方出身で、この地方の民俗音楽の研究者。バイオリン・ソナタは60歳で完成させたとか。
 映像、無観客なのだけれども、その観客席を背景に用いての収録、品格の高さを感じさせる収録だった。

🎧名曲アルバム。グリーグ「孤独なさすらい人」「春に寄す」
(ピアノ)小山実稚恵 ~ノルウェー・ガイランゲルほか~
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この2つの曲は「叙情小曲集」におさめられている。ロフトフース村に小さな作曲小屋を建てて、亡くなるまでこの「叙情小曲集」を書き続けたという。

⛳後で、後でが、やっと今頃。
そういえばきょうジャーナリストの多賀幹子さんが、定年退職後の男性の孤独を救うイギリスでの取り組みについて語っていた。イギリスの取り組みといってもボランティアなどの段階ではなく行政が孤独に照準を当てて対策をしているというのだった。
 私が
民生委員をしていた時に私の知る範囲での孤独死はみな男性で、女性は一人もいなかった。その方々は老人クラブにも顔を出さない方々だった。私に責任がある範囲では一人の男性の方の孤独死に遭遇。この面で大してお役に立たなかったことをいまだに私はその方に手を合わせてお詫びしつづけている。判断の甘さもあった。また訪問しにくいということもあった。ほんとうに申し訳ありませんという思いばかりがある。今にして多賀さんに教えられるところ多々あった。著書も出ているようだ。孤独死は孤独な暮らしからの延長、死自体よりも孤独で生きなければならないことの方がしんどい期間が長いとも言えるかもしれない。
孤独は社会問題~孤独対策先進国イギリスの取り組み~ (光文社新書)
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21時51分 更新



 

 

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220328 クラシック俱楽部を聴く 須川展也 サクソフォーンの神髄

オーケストラとの共演をはじめ国際的に演奏活動を続ける須川展也。クラシック・サクソフォーンの第一人者がサクソフォーンの魅力あふれる名曲をお届けする。
 
【曲目】
シーガル(真島俊夫)
ファジイバード・ソナタ(吉松隆)
枯葉シークェンス(コズマ/本多俊之)
美女と野獣(アラン・メンケン/西邑由記子)
アディオス・ノニーノ(ピアソラ/啼鵬)
天使のミロンガ(ピアソラ/小松亮太)
日本民謡による狂詩曲(石川亮太)
【演奏】須川展也(サクソフォーン)、小柳美奈子(ピアノ)

【収録】2022年3月7日 武蔵野市民文化会館大ホール(東京)
                  ー番組HPより
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須川さんのコメント
サックスの魅力は、人間の声と思いますね。人間の声のような楽器というのはたくさん美しい楽器がいっぱいあるんですが、サックスは美しいだけじゃなくて、叫びもあったり、怒ったりもするし、ちょっと割れたような声、怒ったような声も出る楽器だと思うんですな。人間そのものを表すというところの楽器としてとても魅力があるので、その人間の魅力をそのまま音楽で表現したいなというのが今のずっと続けているスタイルなんですかね。
「ファジイバード・ソナタ」の演奏のポイントは、やっぱりこの「あ・うん」の呼吸ですかね。小柳さんとのもう何回も演奏しながら、拍を数えるだけじゃなくて、気配でこう出るぞ、こう行くよというような感じ。一回たりとも同じような演奏にならない魅力がこの曲にはあります。即興的な部分がいっぱいあるので、その即興性も生かしながら、ジャンルを混ぜた、ミックスした美しさやカッコよさなどを表すというところ。ですからその時に呼吸を共にするということがこの曲の一番の魅力だと思う。その呼吸がうまくいって演奏になっているんじゃないかなと思ってます。
「枯葉シークェンス」は、サキソフォンという楽器のイメージであるジャズ、ジャズというのはよくよく聞いていくとバッハにもつながるなということを感じるんですね。バッハの多用したバッハの芸術の一つであるシークェンス
のところですね。循環進行ともいったりするんですけど、そこと、ジャズのつながり、サックスとのつながりを感じて、「枯葉」という曲もシャンソンの曲ですけれども、ジャズのスタンダードナンバーとしても大名曲でありますので、本多俊之さんにバッハから始まってジャズに行ってバッハに戻る「枯葉」を作曲のような編曲をしてくださいって頼んでできた曲です。
音楽のちからについては、コロナにしてもいろんな厳しいことがあると心は沈みますよね。やっぱり家の中でじっとしてると何となく寂しい気持ちになると思うんですけど、そこでふと聞こえた音楽の音で救われたりすることがあると思うんで、それは自分もそうであるから皆さんもそうじゃないかなという思いがいっぱいあるので、やはりまずは音を届けたいな。聞け、じゃなくて耳に触れて心地よくなったらいいなという思いはいつもあって、それで届けたいなと思ってます。それで温かい気持ちになったなという人が、このコロナの時にもあったら、コロナがもっともっとよくなって、世の中がまた活気を持ってきたときにコンサート会場に来てもらえたらいいなという思いは持っています。

 

※古典的な楽典では、反復進行を意味する。ドイツ語で「ゼクヴェンツ」ともいう。ある楽句を音高を変えながら反復させることをいう。(wikipedia)

🎵
須川さんの、というと何か親し気な感じもしておこがましいので、きょう使用の楽器とでもいっておこう。何とこれが普通の金管色じゃない。色合いと音の関係なぞは分からないけれども、あれはライトの関係ばかりじゃない。写真よりは赤っぽい。電気メッキからざっと上げられて今出てきたばかりという感じの光沢。「ファジイバード・ソナタ」、おもしろかったな。ジャングルに息づく鳥たちを思い出してしまった。ちょっとヒンズー教なんかも思い出したり。

 

🎧名曲アルバム。シューベルト「未完成」
飯守泰次郎&N
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歳で没したシューベルトの生前に演奏されることはなかったこの曲。どうもきょうも大事なところを見落とした気がするが、ベートーベンが亡くなって気落ちしている彼を、友人たちが元気づけようとグラーツに招くのだが、と書きながら、ほんとうにグラーツの仲間だったっけ、と見直してみる。たしかに、30歳の時に訪れている。グラーツの友人たちだ。この曲はその友人たちの誰かに献呈されたものだったかどうか、聞き落したのはそこ。
楽譜はシューベルトの死後40年後にグラーツで発見された。これは前にも書いた気が。初演は1865年ウィーンで。シューベルトの生存年代は17971828。グラーツのどこで、どういう形で発見されたものか、気になるところだけれども。
写真はシューベルトが招かれた友人宅。

⛳きょうは気持ち的にもゆったり。天気もいい。旧式の掃除機でが―ガ―とそう広くはない家じゅうを一回りしてからの更新。
11時56分

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きょうのことば「地にては旅人」

インマヌエル盛岡キリスト教会2022年320()のメッセージをお伝えいたします。國光勝美牧師、國光ひろ子牧師は、岩手で49年目のご奉仕をしておられます。

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説教題 『地にては旅人』(國光勝美 牧師)
引証聖句    創世記1214
1 主はアブラムに言われた。「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。
2 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。
3 わたしは、あなたを祝福する者を祝福し、あなたを呪う者をのろう。地のすべての部族は、あなたによって祝福される。
4 アブラムは、主が告げられたとおりに出て行った。ロトも彼と一緒であった。ハランを出たとき、アブラムは七十五歳であった。

<メッセージ>
 この朝は「地にては旅人」と題しまして、年会のある週に向かい、講壇のみことばの御用をさせていただきたく導かれております。

1 主はアブラムに言われた。「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。

 何度か週報でもお知らせしておりますが、3月23、24日の両日には教団の第77次年会がございます。聖会、宣教会が開かれ、最終日には宣教師、牧師の任命式が執り行われます。非常に意味のあるものです。
 このようなコロナの影響がなかったときには、私はだいたい年会のある週に、盛岡教会で発行しております文集「葡萄の樹」を作りあげてから年会に出発したものです。昔の年会の会場は九段会館でした。だいたい最終日曜日が年会でした。桜は満開です。青山学院の講堂をお借りしての年会がしばらく続いたことも思い起します。盛岡からも九段会館や青山学院講堂での年会に出席された方が多くいらっしゃいます。あの桜の咲いている下でお弁当を使いながらということもありました。
 すこし横道に逸れますけれども、年会に行くときは子どもたちも一緒です。盛岡での日曜礼拝が終わりますと、さあ年会にいくぞということで、車の屋根にスノータイヤを積み、高速道に入るときにスタッドレスに交換。慣れない自動車道でしたけれども、だいたいは車で、家族そろって年会に出席します。そして任命式が終わった後は、年に一度のこういうときなので、私の実家の松本の方に車を走らせ、そして、松本で数日過ごしました。帰りは、松本からこんどは軽井沢の方を通り、碓氷峠を通って、群馬の方へ出ます。それから東北自動車道に乗って帰ってきました。
 
年会となりますと、教会もそうですけれども、牧師たちにとりましても、また格別な意味合いがあります。それは、自分がご奉仕させていただく任地、私の場合には開拓からずっと盛岡に任命をいただいて今に至っているわけですけれども、この時に、もうひとたび自分自身の原点を確認させていただく、それが年会を前にしたきょうの任地における最後、これは年会に行くにあたってのという意味なのですけれども、それを締め括る講壇でもあります。
 このとき、自分が牧師となったきっかけのおことば、それを確認させていただきたいと導かれまして、創世記12章1節のおことばを選ばせていただきました。ここに、私の牧師として遣わされ、奉仕をさせていただいた原点があり、またこれによって今に至らせていただいた信仰の証しでもあるとこのように思っているわけであります。

振り返りますと、1968年に私は大学の4年を迎えておりました。その6月に、一応自分の希望していた会社に内定いたしました。そんな中に不思議なことに、神様から恵みをいただいたのでしょう、自分はこれからの生涯をこの会社で過ごすことになったけれども、しっかりとした自分の生き方を確立してはいない。しかし私はどうしても、聖書というもの、これをしっかりと自分なりに向き合ってそれから社会人として踏み出したいという思いでした。これは神様の導きとしか言いようがありません。
 そんな中に、11月に、お茶の水の当時の学生キリスト教会館でダビット・マーチン先生の集会がありました。そのときに住んでおりました場所が大田区の雪谷です。小さなアパートでの自炊生活でした。そして雪谷伝道所に導かれました。
 翌年に卒業して新入社員となったわけであります。どこに配属されるかはその時点ではまだ分からなかったのですけれども、会社の人事の方に、「お出しした履歴書の中で、一つだけ訂正するところがあります」と申し出ました。「何だね」。「宗教欄に、仏教と書いたはずなんですが」。日本では仏教がふつうですので仏教と書けば間違いないだろうと思って書いたのが6月の内定が決まったときのこと。それからいきさつでクリスチャンになったものですから、「すみません、キリスト教と書き直してもらいたいのです」。こうお話ししました。配属がどこになるか。営業所は日本全国あります。「じゃ君はどこに配属されてもいいんだね」。「はい。いいです。ただ行っている教会が丸の内教会ですので、敢えて希望といえば、丸の内教会に通えるところがいいなあと思っています。それが私の希望です」。「君はこれを見ると、実家が松本の方で、実家はお姉さんが継いでいるとなっているからどこでもいいね」。「はい、いいです」。そういうことで、そのあと何と決まったところが有楽町の一つ隣の山の手線の新橋というところ。新橋レコード営業所というところに配属されました。ですから、もしあのときに違うところに行っていたなら、信仰を持ったばかりのまだハイハイの段階の自分がどうなっていただろうかなと今でも思うのです。丸の内教会、そして、雪谷伝道所というところで、薫陶をいただき、そこで、ほんとうの福音というものを叩きこまれた、こういう言い方がいいかどうかわかりませんけれども、本物のキリスト教というものに、福音というものに養われたときでありました。
 

 そして、これは折々に今まで申し上げたことがあるのですけれども、そこでの働きの中で、ほんとうに私はこの会社で、一生を送っていいものなんだろうか、どうだろうかという突き詰められた自分自身の選択を真剣に祈り求めていたときに与えられたおことばが、この創世記の12章1節からのおことばでした。
1「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。

 これを当てはめてみるのならば、松本から離れて横浜の神学校に入った。離れました。親族からもその意味で離れました。父の家からも離れました。そして神学校でご訓練を いただいた後、いよいよ年会がありまして、1974329日がその年会の時でした。任命式では北から呼ばれます。4番目に「盛岡、國光勝美」と呼ばれ、そこで、「ハイッ」と返事はしました。そして任命が終わった後、呆然としておりましたときに、その当時の東北教区の教区長であった河村襄先生が私の所に近寄って来られて、そして「宜しく。君に渡したいものがある」と言われました。「何でしょう」。河村先生から分厚い封筒を手渡されました。私はお札が重なって入っている封筒というものをそれまでの人生で受け取った経験がなかったのです。「ここに盛岡開拓のお金がある」と、その時50万円だったと記憶しています。「ここにアパートのカギがある。これで盛岡の開拓をお願いします」。
 ですから、年会を牧師が意識するのはそういうことが経験として原体験としてあります。そしてあとは皆さんご存じの通り、この約半世紀、この場所でご奉仕をさせていただきました。

 

 これからが、導かれているきょうのみことばをお取り次ぎしたいところでありますけれども。
 私たちはこの地上の旅人であるということ。この地上における旅人というとき、これは一人の人間として皆さん方が、この地上における旅人である。改めてそのように思うのです。
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イザヤ書の46章の3~4節にありますが。
3 胎内にいたときから担がれ、生まれる前から運ばれた者よ。
4 あなたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたが白髪になっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。わたしは運ぶ。背負って救い出す。

 私が胎内にいたときから、神様はこの者を担いで、生まれる前から神様のご用をする牧師として選んでいたのだ。畏れ多いような言い方になってしまいますけれども、私はこの神様のおことばをかたじけなくアーメン、有難うございます。神様はこのような者を胎内にいたときから担いで、生まれる前から選んでくださった。そしてあなたが齢をとっても、つまりこれまでと同じようにする。あなた方が白髪になっても私は背負う。私はそうしてきたのだ。私は運ぶ。背負って救い出す。これは、ただに私個人を自分で励ましていることだとそれだけではけっしてなく、これは皆さんがたお一人おひとりに適用されるべきものです。皆さん方自分で好きこのんで生まれてきた人は一人もいません。気が付けば、私が生まれていた。それが、例外なく。でもその時に、あー、神様はこの私をこの世における旅人して胎内にいるときから、そして白髪になっても、ずっと神様はともにいてくださる。つまり、いちばん上の所に書いてある
「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい」。
 神様のお示しになるところに行くというそのコンパスで、その通りに歩んでいくのならば、この世の旅人として神様が必ず責任を取って導いてくださる。わたしはそれを断言させていただきます。神様のお声に従って、神様の教えに導かれて、信仰を持って進んで行くこの地上の旅人。神様が責任を持って私たちを導いてくださいます。そしてどうでしょうか、私も皆さん方も、この地上における旅人として苦しい時がありました。しかし、この地上においては苦しいこと辛いことがありますけれども、「彼らが苦しむ時には、いつも主が苦しみ、主の臨在のみ使い、これはイエス様のことですが、イエス様が彼らを救ってくださる」。その愛と憐れみによってイエス様は彼らを贖い、昔からずっと彼らを担い背負ってくださった。

 マーガレット・F・パワーズの「あしあと」という詩があります。

ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、
わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
 あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、
 わたしと語り合ってくださると約束されました。
 それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
 ひとりのあしあとしかなかったのです。
 いちばんあなたを必要としたときに、
 あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
 わたしにはわかりません。」
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
 わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
 ましてや、苦しみや試みの時に。
 あしあとがひとつだったとき、
 わたしはあなたを背負って歩いていた。」

 歩んできたあしあとがある。これが今まで歩んできたあしあとだよ。そこにいつも自分のあしあとと一緒にイエス様のあしあともあった。わたしはあなたと一緒にいただろう。ありがとうイエスさま。けれども私が自分の人生の中でいちばん辛かったとき、そこには私一人のあしあとしか見えませんが。いちばん私があなたを必要としていた時だったのです。どうしてあそこが二人のあしあとではないんですか。そのときは、わたしがあなたを背負っていたのだ。だからひとりのあしあとだけなのだ。このような意味の詩です。
 彼らが苦しむときにはいつも主も苦しみ、主の臨在のみ使いであるイエス様ご自身が彼らを救い、愛と憐れみによって彼らを贖い、昔からずっと彼らを背負い担ってくださった。
 この地上における旅人、それはイエス様が差し示していてくださるその場所に行くそのプロセスのことです。わたしが示す地へ行きなさいという旅の中で、いつでもイエス様がこのようにしていてくださるのです。


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 最後に異次元世界の旅人などというちょっと持って回った言い方をしてしまいましたが、それが一番言いたいところなのですが。
 私たちは異次元世界への旅人としてこの地上を歩いているのです。人それぞれのコースがあります。あの人のようにではない、この人のようにではない。神様はその人その人に別々のプロセスの人生を用意しています。そして今のようにイエス様の行けという道を歩んでいくときに、主はともにいてくださいますが、一番の究極は何でしょうか。 それは私たち例外なしに訪れる死という、この世を締めくくって、そして次の別の次元へ旅立つとき。

今日はへブル11章13節だけをご紹介いたしますけれども、
13
これらの人たちはみな、信仰の人として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるか遠くにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり、寄留者であることを告白していました。

 この地上にいろいろな歩みを、人生をおくられた人たち、私たちも含めて、一番の究極は何かというと、その一番最期の時に、この世とは別の次元、そこへ旅立つ者たちなのです。その祝福された天国という、天国というのは、私たちが歩んでいるこの世ではありませんから、その意味で異次元ということばを敢えて使わせていただきました。この世にある私たちの今の次元の中に、天国、イエス様が用意していてくださるすばらしい天国がある。
 そこには、この次元において何をどう極めても、その異次元に行くことはできない。どんなに人間があがいてもその次元に行くことはできない。
 ただ一つ、その天国という異次元のところから非常手段のように神の御子が、この次元、私たちの世に道を付けてくださった道があるだけです。「わたしが道です。いのちです」と、イエス様が、異次元からその道だけを通って行ける道を、つまり異次元に通じる、その穴を、ブラックホールのようなことを言ってしまいますけれども、通じるその道をイエス様が作ってくださった。私たちには、このイエス・キリストが、神の御子がすべてを注いで開いてくださった異次元に向かう通り道がある。それを入ることができるのはただ信仰です。私たちがただ信仰をもってその異次元に通じるその道を行くとき、そこにほんとうの私たちの行くべき道がある。私が示す地というのはそこなのです。神様が私たちに、あなたが行くべきところはどこかと。はい。それはイエス・キリストの十字架によって開かれた異次元に通じる道をイエスキリストの十字架の贖いを信じるその信仰によって、そう、「わたしが示す地」へ行きます。

13これらの人たちはみな、信仰の人として死にました。約束のものをこの世においては手に入れることはありませんでしたが、はるか遠くにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり、寄留者であることを告白していました。

 地上ではそう、私は旅人ですよ。ここが究極的にいるところじゃない。私がほんとうにいるべきところはあそこです。神様が示される祝福される場所、その異次元への道を、私は畏れ多くも水先案内人のように、こんなものが盛岡に来て、さあ、ここに道がありますよ。こう示させていただいたのです。どうか、皆さん方が、この皆さん方に示されるほんとうの究極の場所、「わたしが示すこの地」、それは栄光の天国です。イエス様と共にある祝福されているところです。そこに行かせていただこうじゃありませんか。このご奉仕をさせていただいて私は物理的にはこうやって盛岡にいますし、任命がまた盛岡ということもありますけれども、しかし、一つの大切なけじめといいましょうか、それとして、私が示すその地へ、皆さん方と一緒に、信仰を持って進ませていただきたいと願っております。

※スクリーンショット、音声データは教会からお借りしています。
⏰5時54分更新

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J-MERO やら 山本直純やら

J-MERO
ゲスト超特急、なかねかな
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一通り聴かせていただく。

 

 


はなしは変わって


 今朝の朝日新聞に山本直純の記事があった。彼ほど破天荒な音楽家は知らない。殊にも東京藝術大学にいたときに、岩城宏之としでかしたエピソードの数々には大笑いした。朝日文庫『森のうた』(岩城宏之著)に出ている。暗いニュースばかりが多いけれども、読めば抱腹絶倒請け合いだ。絶対音感を持っていながら、思った音程を声に出せないというのも奇態だ。音の聞き分けは素晴らしく、「和音の中の上から3番目の音の5度下の音」と言われると即座に分かったという。とにかく指揮をしたくてあの手この手。学生オーケストラを作ってブラームスの第4番であったか、指揮本番という前日の夕方までスコアが手に入らなかったはなし。このスコアは藝大の図書館に1冊だけあったらしいが教授が借りていた。神保町の音楽古書専門店にもなかった。前日の夕方にやっと手に入れて、当日振ったという。それほどにスコアを手に入れるのが大変な時代があったのだ。N響のチケットを買いたくないので首尾よくコンサートホールに潜り込んだはなし。さすがにいつもではなかったようだけれども。いつも何かをしでかそうと企んでいたのだ。

 そんな彼らの学生時代を知り、そして、きょうの紙面、彼の作品のおびただしさに驚く。当時、ドリフの時代には、誰が何を作曲しているかなど気をつけたこともなかった。読者ランキングで、1位「8時だヨ!全員集合のテーマ」、2位「男はつらいよ」、3位「一年生になったら」、以下省略。実はみな初めて知ったのだ。「マグマ大使」や「こぶたぬきつねこ」も10位以内に入っていた。没後20年。では私にとっての山本直純の曲はとなると、「さあ太陽を呼んで来い」。石原慎太郎との仕事だ。何か先が見えない、しかし毎朝はやくに起きだして、とにかく歩き続けていた。朝日に向かって、曙光を仰ぎながら歩き続けた。56年は続けたと思う。そのときに口を衝いて出てきたのがこの「さあ太陽を呼んで来い」だった。私にとっては石原慎太郎の芥川賞作品よりもありがたい詩であり、さっそうと元気の出る山本直純の曲なのである。

 

1.
夜明けだ 夜が明けてゆく
どこかで誰かが 口笛を
気持ち良さそに 吹いている
最後の星が 流れてる
暁(あかつき)の空 明けの空
もうじき若い 日が昇る
(以下、口笛またはラで歌う)
ララララ ララ ララララ ラ
ララララ ララ ララララ ラ
ララララ ララ ララララ ラ
ララララ ラララ ララララ ラ

2.
みんながみんな 歌うんだ
あの口笛に 合わそうよ
流れる雲が 輝くぜ
若いみんなの 歌声で
暁の風 朝の風
すばらしい朝を 作ろうよ
(以下、口笛またはラで歌う)
ララララ ララ ララララ ラ
ララララ ララ ララララ ラ
ララララ ララ ララララ ラ
ララララ ラララ ララララ ラ

3.
この世に夜は いらないぜ
みんながこの手で 暁の
扉を空に 開くんだ
さあ太陽を 呼んでこい
暁の雲 朝の雲
望みの鐘を 鳴らそうよ
(以下、口笛またはラで歌う)
ララララ ララ ララララ ラ
ララララ ララ ララララ ラ
ララララ ララ ララララ ラ
ララララ ラララ ララララ ラ

⛳22時18分更新

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220325 クラシック俱楽部を聴く チェロアンサンブルXTC演奏会〜山形県山形市公開収録〜

気鋭のチェロ軍団XTCによる熱いチェロ・アンサンブル!クラシックからポップスまで名曲の数々をチェロならでは音色で。2022年2月4日山形テルサ(山形市)公開収録
【曲目】
XTC EXPRESS(阿部俊祐作曲)
ピアソラ・メドレー(阿部俊祐編曲)
トリッチ・トラッチ・ポルカ(ヨハン・シュトラウス作曲)
BLOODY STREAM(大森俊之作曲)
ボヘミアン・ラプソディ(フレディ・マーキュリー作曲)
JACK THE RIPPER(ダミアン浜田作曲)
ほか
【出演】チェロアンサンブルXTC(小野木遼、夏秋裕一、山澤慧、西方正輝)、横山桂(ゲスト・チェロ)
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 最後部分を聴きながら、おもしろいと思った。観客の受けの良さ。いわば〝企業努力〟を怠ってはいない。エネルギッシュ。
山形テルサは作曲家木島由美子さんのブログで知り、いつか見たいものとおもっていたけれども、この番組できょう観客席のようすなども見ることができた。


🎧名曲アルバム。青森県民謡「津軽じょんから節」
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🎵津軽じょんから節、昔は民謡酒場で酔った客を相手に賑々しくかき鳴らすものだと思っていた。それをくつがえしたのが高橋竹山の三味線だった。見える風景が一転した。思い出すだに小気味いい。なぜかそれが琵琶の連想につながっていくのだけれども。

⛳北朝鮮のミサイル、国民は飢えていても兵器開発にだけは余念がない。作り所有するからには、必ずいつしか使うことになるのかもしれない。広島、長崎に投下された原水爆のように、莫大な資金をつぎ込んだからには、その〝威力、効果〟を実証して見せる日がくるのだろうか。


もうじき桜が咲くだろう。このあたりだと盛岡城跡公園、高松の池。ありがたい。ほんとうにありがたい。きょう3回目のワクチン接種、その帰りにそちこちの軒下に福寿草が咲いていた。明るい。ただ明るい。どこかの庭にはスノードロップも咲いていたっけ。ほんとうに真っ白でかわいらしい。白むく姿だった。
21時16分更新

 

 

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220324 クラシック俱楽部を聴く 豊嶋泰嗣バイオリン・リサイタル 〜奈良県生駒市公開収録〜

演奏活動35周年を迎えた日本を代表するバイオリニスト豊嶋泰嗣が、デビュー・リサイタルでも弾いた名曲、フランクのソナタを再び取り上げ、円熟の演奏を聞かせた。 演奏活動35周年を迎えた日本を代表するバイオリニスト豊嶋泰嗣が、デビュー・リサイタルでも弾いた名曲、フランクのバイオリン・ソナタを再び取り上げ、円熟の演奏を聞かせた。北欧の作曲家アウリンの可憐な小品集とともにお送りする。【出演】豊嶋泰嗣(バイオリン)、上野真(ピアノ)
【曲目】
4つの水彩画(アウリン作曲)
バイオリン・ソナタ(フランク作曲)
【公開収録】2022年2月5日たけまるホール(奈良県生駒市)

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🎵天羽さんだったと思うが、これは歌についてだろうけれども、精神的な部分は齢重ねてさまざまな成長を遂げると。これが円熟という言葉でよくいわれるのだが、安んじてどっしり構えて演奏を聴いていられる、そんな滋養ある喉越しのよいフランクを聴いた。中途からの視聴で、コメントを聞き逃す。
 

🎧名曲アルバム。「アルフォンシーナと海」。フェリックス・ルナ作詞、アリエル・ラミレス作曲。歌:松田美緒、ギター:レオナルド・ブラーボ
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未婚の母であったアルフォンシーナは追い詰められ、ひとりの息子と八つの詩を残し、46歳のとき海で自死。
アルフォンシーナのページはこちら。これがれっきとした研究のページなのだ。
抜粋は

おお、海 よ、大 い なる海 よ、不規則 に脈打 つ、
残忍 な心 よ、悪 しき心 よ、
私 はお前 の波 に囚われて朽 ちてい く
あの哀 れ な帆柱 よ りもや わなのだ。
おお、海 よ、お前 の激 しい怒 りをお くれ、
私 は許 しなが ら生 きて きて しまった、
海 よ、私 は理解 していた、私 は与 えてい った、
「憐みを、憐みをもっとも私 を傷つける者に」

このフレーズだけでも、あまりに痛々しい。

⛳昨日の分を本日20時44分更新。

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220323クラシック俱楽部を聴く 加納悦子 近代ドイツ歌曲を歌う

日本を代表するメゾ・ソプラノ加納悦子。オペラや歌曲など幅広い分野で活躍する加納が、ドイツ歌曲の詩の魅力を届けたいと自ら選んだ近代ドイツ歌曲の演奏を紹介
【曲目】
これはひとつの歌(ウェーベルン)
夏の夜(ウェーベルン)
モーリス・メーテルリンクによる6つの歌(ツェムリンスキー)
ヘルダーリン断章(アイスラー)
ヘルダーリンによる「四季」から 春(ロイター)
ヘルダーリンによる「3つの歌」から 運命の女神に寄せて(ロイター)
【演奏】加納悦子(メゾ・ソプラノ)、井出德彦(ピアノ)

【収録】2022年2月24日 彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール
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加納悦子さんのコメント
やはりシューベルトの歌曲などは聞いていて、すごく明快で和音の展開の仕方とかも非常にきれいで、起承転結はっきりしているけど、今日のプログラムのは、もしかするとそういう観点から見ると、ちょっととめどもない感じになってしまうかもしれないけど、やはりまあ20世紀の人間として思えば、やはり生きざまとか生きていることとか世界で起こっていることとか、そんなに簡単に解決できるものでもないし、だいたい歌われているものがほとんど恋愛のものではないんですよね。やはり20世紀は男女の愛を語るというより何かもっと違うものを語りたくなってきた。作曲家もそうだと思うし、私たちもそうじゃないかなと思うので、私はこういう時代の作品にとても傾倒しています。

🎵「モーリス・メーテルリンクによる6つの歌」の詩からの抜粋


すべての泣いている魂と全ての近づく罪に
 私は星の環の中で
慈しみの両手を開きます
愛の祈りの前に全ての罪は消え
泣いて求める魂は死にません

あるブログによると、「宿命感や死への諦観がこの作品の中にはみることができる」と。
また別なブログでは、「マーラーに共通する実に美しい歌曲である。最近はこの歌曲も色々と聞けるようになったけれど、かつてはこれくらいしか無かった。少なくとも叙情交響曲の他はこれしか知らなかった時代が長く続いたけれど、この歌を聞いて、どこかシェーンベルクなどの作品にも共通する世紀末の、不思議な響きが聞こえて来る」。
参考に録音も何度か聴いてみた。

🎧
名曲アルバム。
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1590年生まれのヤコブ・ファン・エイク。ユトレヒトで音楽活動。カリヨン奏者でありリコーダーの名手。盲目であったが街の音楽の指導者となる。彼が亡くなったときに、街中のカリヨンが鳴り続けたという。さまざまな音楽家の死を知るにつけ、何と素晴らしい葬送を受けたものであろうか。澄んだ笛の音がよぎる。


昼過ぎにある方が電話をくださった。連日のウクライナ報道に、ほんとうに鬱になりそうだとのこと。実は私も同じ心境なのだ。その方は心を痛めて、そう近くはない郵便局まで歩いて義援金を送ったとのこと。一瞬心がぬくもった。これこそ明るいニュースだ。金額が幾ばくであるかは問題じゃない。これほどに心を痛め、足腰も若い時のようではない中を、財布から身を切って送ってくれる人がいる。ただの傍観者ではない。嬉しかった。22時7分更新。

 

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220322 クラシック俱楽部を聴く  天羽明惠 美しきドイツ歌曲の調べ

ドイツリートの巨匠エルンスト・ヘフリガーの薫陶を受けたソプラノの天羽明恵。円熟期を迎えた彼女自ら選んだ今届けたいドイツ歌曲を歌った演奏をお送りします。
 
【曲目】
歌曲集「乙女の花」 作品22(リヒャルト・シュトラウス)
別れの歌 作品14(コルンゴルト)
春のまなざし 作品5第3(シェック)
4つの最後の歌(リヒャルト・シュトラウス)

【演奏】天羽明惠(ソプラノ)、江口玲(ピアノ)
【収録】2022年2月21日 すみだトリフォニーホール 小ホール。
対訳 広瀬大介

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天羽明惠さんのコメント(抜粋)
歌い手って、からだの旬と心の旬がずれるんです、どうしても。からだの旬というのは若い時の筋肉の柔らかさというのは俄然いいじゃないですか、若い時は。だけれども、心の旬というのは精神的にいろんなことを経験したうえで、こういう情感が出てくるとか、こういう感情が湧き上がるとか、そういうものって、絶対に齢を重ねてきたときの方が出てくる。深かったり豊かだったり温かかったりすると思うんです。でもこれをいつか歌えるからと思ってずっと取って置いたら、ひょっとしたら70になっても80になっても間に合わないかもしれない。どこかの時点でここって決めてやらないと無理だろうなと思ったので。だからまだまだこれからもっとあたためて、もっと豊かにいい歌になりたいなと思っています。だからもっともっと歌い込んでもっと私がやりたい音楽にできるように努力していきます。

🎵書き留めたコメントは、「4つの最後の歌」にかける想いであったかと思う。この曲はピアノがけっこう曲の前後に大きく曲想を連想させてくれる。江口さんのピアノだ。最後などは遠ざかり消えゆこうとする幻をどこまでも諦観した思念が不可能と知りつつ追ってゆくような印象がある。天羽さんはこの番組ではイ・ムジチとの共演などで、その声質は記憶に新しい。天羽さんのコメントから、「4つの最後の歌」はもっか研究中の作品ということに。
「4つの最後の歌」の内容は1、春 2、9月 3、眠りの前に 4、夕映えに
詩としては2番の「9月」が共感された。

🎧名曲アルバム。アメリカ民謡「時には母のない子のように」
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ミュージック・シティと呼ばれるテネシー州ナッシュビルには、南北戦争後に建てられた黒人のためのフィスク大学がある。大学が運営困難に直面したとき、学生たちはジュビリー・シンガーズを結成し、全米巡業で黒人霊歌などを演奏し資金集めをした。イギリス女王の前でも演奏したらしいけれども、私は以前エリザベス女王かと短絡したが、エリザベスの戴冠は1953年で当然エリザベス2世ではない。1873年にやはり巡業の収益でジュビリー・ホールが建てられ、大学のシンボルとなっている。何れジュビリー・シンガーズは黒人霊歌のすばらしさを広める役割を担ったのだ。


⛳きょうのクラシック倶楽部は20分遅れて視聴。かりかりとせずにゆっくりと。無理をせずに音楽を楽しむことにする。何はともあれ、聖書を毎日必ず読んで、祈りにくい日があるとしても、お題目のようにでも祈る。それにしてもイザヤ書44章などは、とても人が記述したとは思えない。すべて神の霊感によって記された書物というのはほんとうだと思う。ウクライナのこともあり、こんなことを。
 戦争が始まって最初のうちはプーチンの顔をみるたびに「こいつめ!」と腹の底から思った。しかし今はプーチンのこと、ロシアの国の人々のことも、ロシアの人々も犠牲者だ。ウクライナと共に祈るようになった。憎しみの量産、罪のない人たちが惨い目に遭う構図はもうたくさんだ。誰しもがそう思い嘆きながらもまだまだ止められそうにない。止みそうにない。おそるべきは国益。それはいったい誰のための国益なのか。

22時23分更新

 

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220321 クラシック俱楽部を聴く  櫻田亮 イタリアを歌う

東京芸術大学教授でバロックオペラや歌曲の分野で世界的に活躍を続ける櫻田亮。円熟期を迎えた櫻田が自ら選曲したイタリア歌曲の名曲の数々をお届けする。
 
【演奏】櫻田 亮(テノール)古藤田みゆき(ピアノ
【収録】2022年2月24日 江東公会堂 ティアラこうとう大ホール
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コメント
やはり僕はイタリヤで長くイタリヤ語で歌うことを勉強してきましたので、せっかくこういう機会をいただいたので、まずは自分がイタリヤ語を駆使して表現をする演奏をするというプログラムを組みたいと最初に思ったんです。徐々に時代が進むようになっておりまして、前半ではイタリヤ古典歌曲集からスタートして、ベルカントの作曲家の作った歌曲、それから19世紀後半20世紀初頭にかけてのイタリヤの近代歌曲というものですよね、そのイタリヤの近代歌曲の創始者のひとりと目されているトスティまで。時代が進むにつれて徐々にドラマティックな要素が増えていく。そういうふうに表現の幅がどんどんどんどん変わっていくというか、その曲のようすというんですかね、曲のそのキャラクターというものも少しずつ変化していく、そういうプログラムになればいいなと思って。
 

曲目
お願いだ 私の愛する美しい人よ(カッチーニ)
いとしい絆よ(ガスパリーニ)
あこがれの人に(チェスティ)
ガンジス川に太陽がのぼり(スカルラッティ)
カロ・ミオ・ベン(ジョルダーニ)
麗しのアマリッリ(カッチーニ)
燃えたつ情熱(ベッリーニ)
優雅なる月よ(ベッリーニ)
喜ばせてあげて(ベッリーニ)
お願いだ私の愛する美しい人よ(ベッリーニ)
ああ私の愛する人の(ドナウディ)
いつまた君に会えるだろうか(ドナウディ)
おもかげ(ドナウディ)
そうなってほしい(トスティ)
(トスティ)
君なんかもう(トスティ)
最後の歌(トスティ)
     ―対訳 広塚洋子―
 
🎵取り上げの順番がおもしろく、比較的時間にもゆとりがあったのでぜんぶ記してみた。内容はすべて愛の歌なのだけれども、スカルラッティの「ガンジス川に太陽がのぼり」だけは自然の輝きを身に浴びるようすが彷彿とし希望が感じられるので、歌詞を一部拾ってみる。ガンジスといえばあの赤く濁った水、濁流。その最中に美しさ、醜悪、腐敗、とにかく人の営みから生じるありとあらゆるもの、人の営みの最初から最期までもを受け取り受け容れ流し去るというイメージが強くある。それがスカルラッティが音に生じさせたガンジスのイメージには強く興味が引かれた。

どんどん明るく光り輝き
そして夜明けのすべての滴を拭い去る
すでにガンジス川に太陽がのぼり
明るく光り輝く
どんどん明るく光り輝く
金色の光で
あらゆる草木を輝かせる
あらゆる草木を
宝石のように輝かせる
そして空の星たちを草原に描く


 底にある人間の現実が見えるとき、この詩は宗教的な大きな受容を思わせる。ほんとうに生きとし生けるものがみな輝く、そんな思いがこめられていると私には思われた。

 

🎧名曲アルバム。ラフマニノフ「チェロ・ソナタ」。チェロ遠藤真理、ピアノ上原彩子
イワノフカはラフマニノフに数々のインスピレーションをくれた土地。1901年の夏、ラフマニノフは、写真のピアノを用いてこの「チェロ・ソナタ」を作曲する。クルマはラフマニノフの愛車。
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⛳日中はどこかに出かけたいような明るい日差しが。オミクロンか美術館かと葛藤し、結局安全策で自宅に。ICレコーダーを繰り返し聴きながら、きょうも音楽のありがたさを思う。TV,すもうが始まっている。17時50分更新。



 

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きょうのことば 「御霊の証」

インマヌエル盛岡キリスト教会2022年313()のメッセージをお伝えいたします。國光勝美牧師、國光ひろ子牧師は、岩手で48年目のご奉仕をしておられます。

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説教題 『御霊の証』(國光勝美 牧師)
引証聖句 ローマ人への手紙81417
14
神の御霊に導かれる人はみな、神の子どもです。
15
あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは「アバ、父」と叫びます。
16
御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子どもであることを証ししてくださいます。
17
子どもであるなら、相続人でもあります。私たちはキリストと栄光をともに受けるために苦難をともにしているのですから、神の相続人であり、キリストとともに共同相続人なのです。

<メッセージ>

 先週は、聖言」と「導き」について語らせていただきましたが、ある意味それと同じような「御霊の声を聞く」ということ、神様に導かれるということを、もうすこし掘り下げていきたいとこのように導かれております。

 御霊の証(あかし)、聖霊の証といいますと、ある方々にはこれは要注意だろうなと警戒される向きもあるでしょう。聖霊の証ということをあまりに強調いたしますと、たとえば聖書の中に異言を語るというできごとが出ていますが、極端になるとそれこそが聖霊に満たされた証拠であるという立場になりかねない。使徒の働きの2章に書いてあるので、弟子たちが聖霊に満たされて異言を語ったのはたしかにその通りですけれども、聖霊に満たされるということが、異言を語るという一つの現象に現れねばならないとするのならば、それは前回お話しさせていただきましたように、地図を頼りに山歩きをしているとき、自分たちの居場所を間違えて読んでしまう。あの山の上のてっぺんに今私たちはいるのだというような間違いをしてしまう。でもその本人たちにすれば、聖書にそう書いてあるからということで、それを見てしまう。そういう恐れがあります。
 御霊の証ということはある意味ほんとうに慎重に扱わなければならないことであります。注意深く健全に理解していかなければならないところです。
 信仰というものが御霊の証をないがしろにするのならば、それは、キリスト教神学を学ぶことにはなるのかもしれませんけれども、福音に生きる、クリスチャンとして生きるということとは違ってきてしまうからであります。

 10数年も前のことです。私は教団の本部の仕事で上京、御茶の水まで出向くことがありました。その仕事を終えて、夕刻の東北新幹線で帰るまでに1時間ほど時間があります。それで東京駅近くにある八重洲ブックセンターに行ったものです。そこの4階に宗教関係の書物があります。こちらではなかなか目にすることができないような本がずらりと書架に並んでいる。すこしでも刺激を受けたかった。敢えてここで著者は申しませんけれども、分厚い興味深いエッセイの本を手にしました。おもしろそうだと思って開いたんですけれども、どうも内容がピンとこない。学問的には大きな地位を占めているのでしょうが、ピンとこない。知的な面は豊かです。この著者が文中で、「ある熱心なクリスチャンたちは、いのちのことば社というような出版社から出ている新改訳聖書なるものを用いているけれども、あれはそいうのを好んでいる人たちに任せておけばいいのであって」といっているのを見たときに、うん? びっくりしました。なるほどこれじゃ分からないはずだ。著者のプロフィールを見れば、神学者として代表的な人物でしょう。しかしこの方に「あなたは聖霊の証というものを持っていますか?」と尋くとき、彼はどのように答えるだろうか、そう思ったのです。印象的でした。
 ですから今日これからお話しすることを、ほんとうにアーメンと皆様方に肯いていただけるかどうか、或いは、皆さん方にどのように取られるかは、私自身の試金石であるような気がいたします。すこし前置きが長くなってしまいました。

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 御霊ご自身、これは聖霊ですけれども、
16
御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子どもであることを証ししてくださいます。
 ローマ人への手紙8章15節にある「アバ、父」というのは、「親愛なるお父さん」という意味の愛と信頼をこめた神様への呼びかけです。つまりイエス様が父なる神様に向かってお呼びになるそれと同じ心で、今私たちは「天のお父様」と親しく呼びかけることができる。そしてロマ書8章17節、
17
子どもであるなら、相続人でもあります。私たちはキリストと栄光をともに受けるために苦難をともにしているのですから、神の相続人であり、キリストとともに共同相続人なのです。
 私たちがイエス様と同じように、天の世継ぎとなっている。この喜び。私たちはそういう者たちなのです。
 救われているとき、罪赦されて神の子となっているその私たちの霊は、「アバ、父」と呼ぶことができ、そして御国の世継ぎとなっている。このことをほんとうに心からアーメンと肯くことができるのです。そして、そのことは、私たちの生まれ変わった心の中にある霊と共に、「これはそうだよ、その通りなんだ」と御霊ご自身が私たちにこの霊の真理を証ししてくださいます。これは「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません」(ヨハネ3:3)。そして「聖霊によるのでなければ、誰も『イエスは主です』と言うことはできません」(1コリント12:3)とありますように、生まれ変わった経験を持っている私たちの霊が、そうだよその通りなんだよと肯かせてくださる。しかも、聖霊ご自身が、これは決してこれから先の死後の祝福のことだけををいってるんじゃなくして、今現在、今私たちはアバ父、そして御国の栄光ある世継ぎとされているのだというこのことを、ご聖霊様が私たちに豊かに証ししてくださっている。
 そのことを思い浮かべながら、私は皆さん方にどういうチャートを準備しましょうかと思ったのです。

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これが私たち一人ひとりとしましょう。生まれ変わった私は実は売約済み。たまに販売店にいくことがあります。お、いいのがあるなと見ますと、そこに売約済みという札が貼られていることがある。これはもう売約済み、売れてしまいました。残念だなと思うことがあります。私たちはもう売約済みという札が貼られている。そして私たちを買ってくださった購入者、それはイエス様なのです。イエス様が、もうこの者は私のものだ、他の誰にも渡さないと仰る。イエス様が尊い血潮をもって買い取ってくださった。この地上にいる今は、私たちは天国の前味わいのようにイエス様と一緒に天の父なる神様をアバ父とお呼びして、御国の世継ぎとなっている。何たる幸いでしょう。皆さんと一緒にこの救われている喜びを確認したいなとこのように思っております。

 

皆さんご存じのように私はたった一回しか外国にいったことはありません。私は日本のキリスト教会しか知りません。唯一行ったことがあるのがケニヤ、20年も前のことです。ケニヤの教会は、もう礼拝の何時間も前からそこで楽器が鳴らされ、人々が賛美している。にぎやかです。ケニヤの教会はほんとうに歌う教会でした。
 ところがケニヤに行きましたときに、せっかく日本から牧師が来たので説教をするようにと頼まれました。何とか説教を文章にして、わたしは英語が苦手ですから、それを日本に来ている宣教師に英語に直してくれるよう頼みました。お安い御用と引き受けてくれ、私の説教を英語に直してテープに録音してくださった。そして無事にお役目を果たしてきたんですけれども。そんな楽しい思い出があります。
 帰国してから、私のケニヤにおける説教がどうだったかを、翻訳してくれた宣教師に訊きますと、「だいじょうぶ」と彼は喜んでくれました。やったー、僕の説教がケニヤに通じた! 嬉しく思いました。英語にはそんな思い出があるんですけれども。

きょうは、英語で、ファニー・クロスビーという人の讃美歌を皆さま方と一緒に賛美したいと願っております。皆さんよくご存じの讃美歌。右側に直訳があります。この詞でファニー・クロスビーが何を謂わんとしているのかがわかります。
 祝福された保障。イエス様はわたしのものだ。私はイエス様の売約済みだとされているんですけれども、何という神聖な栄光の前触れだろうか。救いの相続人。そして神様の贖い。主の霊によって生まれ、主の血潮によって洗われきよめられる。これがわたしの物語、これが私の証しなのだ。これがわたしの歌なのだ。ひもすがらわたしの救い主をほめたたえ、これが私の証し、これが私の歌。ひもすがら私の救い主をほめたたえる。それから2番になると、全き服従、そして全き喜び。それから再臨。再臨の時にぱっと天にあげられる、携挙です。バースト、これは爆発するような、ですが、このファニー・クロスビーは盲人の方なんです。その彼女が、イエス様がいらしてその再臨のようすは、ばーんと心の中で弾き飛ばすといったらいいのか、飛び込んでくるといったらいいのか、それどんなことかというと、み使いが現れて、これは第一テサロニケに書いてあります。再臨の時にみ使いがラッパの音と共に、そして、天からの贈り物を携えてくる。それはあわれみの恵みの響きである。そして、愛のささやき、その心がファニー・クロスビーの心の中に、突然爆発するような喜び。此れなんですね。これはクリスチャンのほんとうに大きな喜びですね。それから、3番、全き服従。神様に従うとき、まったき安きがある。全き救い主の中にある私は、何という幸せであり、祝福でありましょうか。
 御国を見つめ、私は上を待ち望んでいる。神様のイエス様の善意、これにあふれ、愛に陥るというまさにそのこと。われもなくただ主のみいませり。これがクロスビーの讃美歌です。この直訳のようなものが、インマヌエルさんびかにもあります。イ510番。「あなうれしわが身も」、これも歌ってみましょう。

1、イェスの血に洗われ 
御霊(みたま)にて生まれる
イェスは今 わがもの 
揺るぎない確信(かくしん)
 
♪,救い主たたえて 
日々歌が あふれる
救い主たたえて 
主のあかし あふれる
 
2,主に全(また)く従い 
再臨(さいりん)を 
待つ身は
御使いのもたらす 
喜びに あふれる
♪,救い主たたえて 
日々歌が あふれる
救い主たたえて 
主のあかし あふれる
 
3,主に全く従い 
こころ今 安らぎ
主の愛に いだかれ 
待ち望む その日を
♪,救い主たたえて 
日々歌が あふれる
救い主たたえて 
主のあかし あふれる


「イエスの血に洗われ」ユーチューブにつながっています。お聴きください。
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※データは教会からお借りしています。
⏰8時35分更新

 

 

 

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何が何やら

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J-MEROのゲストのクレージーケンバンド、これまで楽曲が枯渇したことがないという。歌詞は夢や幻想ではない。「混沌料理」の歌詞は行く先々のまったくのありのまま、ありていのラップリズムが闊歩する。どんな人かはしらないけれども、遊び人とも見えながら、つっころびもせず世間をけむに巻くこの人60歳。

 あっと。知らずに眠っていた。盛岡も揺れたはず。それが感知していない。岩手沿岸がこんなに揺れていたとは。

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 子どもの時分は幸せだった。揺れるといえばブランコ。つま先に届いた青空とねむの花。そんなわけで、息子たちにもブランコだけは付き合った。疲れてもどこまでも付き合った。
 これからの子どもたちは、根底から揺さぶられるのかと思うと……命の危険と隣り合わせ。それに遭遇しなくとも、どこかに起きる惨事を見せつけられる。
 安息、安らぎ、平和のあらわれが尊く思われる。

⛳9時45分更新

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220318 クラシック倶楽部を聴く 小川典子 ドビュッシーを奏でる

イギリスと日本を拠点に世界的に活躍するピアニスト小川典子。今回は小川が愛してやまないドビュッシーの作品を集めた演奏を紹介する。
【曲目】
ベルガマスク組曲から「月の光」、喜びの島
映像第1集から「水に映る影」
前奏曲集 第2巻(以上、ドビュッシー作曲)
【演奏】小川典子 
【収録】2022年2月28日 かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール

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コメント
「映像第1集」ですけれども、私が子どものときに、NHKのリサイタルでアンドレ・ワッツが弾いていたんですよね。この映像第1集の「水に映る影」を聴いたときに、この世の中にこんなにきれいな曲があるのか、ほんとうに驚いて、それ以来この曲を弾いてみたいと思ってきた、私がドビュッシーを好きになるきっかけになった曲なので、映像第1集は今日入れたいなと思いました。
 私は子どものころは、やはりバッハ、ベートーヴェン、ショパン、リストなど勉強をしてそういうものを積極的に練習しましょうと先生にも教えていただいたんですけれども、ドビュッシーはぜんぜん演奏する機会がなかった。だからこそ魅力があったかと思いますね。だからレッスンに関係なくドビュッシーの楽譜を開いて聴いたことのある曲をちょっと弾いてみたり、一人でほんとに隠れて弾いておりました。
 弾く機会がありそうでなかなか無いのがドビュッシーで、特に前奏曲集 第2集というのは、機会がないんですね。やっぱりあの曲はほんとうに弱音が多くて、ずっと静かな曲が続くので演奏会でプログラムに入れると、やはりお客さんにとってもかなりハードなきょくになるので、どっちかっていうと大衆の方でというお話が多いんですね、それなので今回は好きな曲を弾けるということで、第2集を中心にプログラムを考えました。曲のタイトルが楽しそうでも、たとえば「月の光」のような前期の作品の耳馴染みのいいというよりは、音楽のアイデアを好きなように放り込んでいるようなそういう曲想になっているので、それは私にとって非常に魅力的です。題名は非常に映像を感じさせるような画集を読んでいくようなタイトルになっていますけれども、曲の音楽のつくりはかなり抽象的になっていっている。それが、その対比が私にとってはとても魅力があります。

今日の聴きどころはやはり前奏曲集第2巻ということで、内容をWikiから引いてみた。
1曲 霧 - Brouillards
白鍵の和音と黒鍵の分散和音との短2度の衝突が生み出す響きを中心とした大胆な音量が模糊した情景を映し出す。このような技法で書かれた時期では、ドビュッシーがちょうどストラヴィンスキーのバレエ音楽『ペトルーシュカ』に感銘を受けており、その影響が見られる。
2曲 枯葉 - Feuilles mortes
季節の秋、そして人生の秋の寂しさが映し出されたものと思われる。この曲では半音と全音の組み合わせによるオクタトニック(後年メシアンにより「移調の限られた旋法」第2番と名付けられた)をやはり曲中のほとんどで使用している。第1巻の『ヴェール(帆)』と同様の、その他全般的に五音音階の使用が多い。
3曲 ヴィーノの門 - La Puerta del Vino
ハバネラのリズムのうちに激しい情熱と甘美さが交錯するスペイン情緒豊かな曲。ドビュッシー自身、スペイン風の曲をスペイン的に作曲するのが得意だったように、グラナダのアルハンブラ宮殿にあるワインの門をイメージして作曲された。
4曲 妖精たちはあでやかな踊り子 - Les Fées sont d'exquises danseuses
妖精の軽やかな動きを変化溢れる音の運動のうちに表し出した曲で、ジェームズ・バリーの戯曲『ピーター・パン』のアーサー・ラッカムの挿絵からヒントを得たという。スケルツォ-ワルツ-スケルツォの三部形式の構成からなる。
5曲 ヒース - Bruyères
牧歌風の旋律が美しく織り成された雰囲気豊かな佳品。この曲は、第1巻の『亜麻色の髪の乙女』と同様の、はっきりした調(変イ長調)で書かれており、装飾的で上品な曲に仕上がっている。なお、題名の『ヒース』は花の名前でもあるが、そのヒースが茂る荒野のことも意味する。
6曲 奇人ラヴィーヌ将軍 - Général Lavine - excentrique
1巻の『ミンストレル』と同様の、ケークウォークのリズムが用いられている。そのリズムを生かしつつ、アメリカの道化俳優の動きを巧みに捉えた機知に溢れる曲である。曲の冒頭のそれぞれ調の違う3和音の連続は、ストラヴィンスキーの音楽とも共通した「モダニズム」を表している。
7曲 月の光が降り注ぐテラス - La terrasse des audiences du clair de lune
デリケートな和音と音の動きが月夜の情景を現出する。冒頭に現れる動機は童謡『月の光に』の引用である。複合旋法を用いている。
8曲 水の精 - Ondine
ラッカムの挿絵に霊感を得て書かれたもので、多様に変化する細かな音の運動による幻想的な曲。冒頭に「スケルツァンド」と書かれてあるように、スケルツォ的な曲となっている。
9曲 ピクウィック殿をたたえて - Hommage à S. Pickwick Esq. P.P.M.P.C.
チャールズ・ディケンズの小説『ピクウィック・ペイパーズ』の主人公をパロディ風に描いた曲で、イギリス国歌「神よ女王を守りたまえ」が引用される。
10曲 カノープ - Canope
古代エジプトの壺・カノープから喚起される悲し気な幻想が平行和音の神秘的な響きの中から浮かび上がり、第7小節からは呟きや嘆きの声も聞こえてくる。時々使わう平行和音の連続は、死者への悲しみを表現している。
11曲 交代する三度 - Les tierces alternéesこの曲のみ、他の楽曲のように叙情的な題名がつけられておらず、無機的な運動からなる曲である。これは後年のドビュッシー最後のピアノ独奏曲集となった『練習曲集』を予感させるものとなっている。フランス・バロック風のトッカータ的に書かれた曲。
12曲 花火 - Feux d'artifice
本曲集の最後に飾る曲は、第1巻の『西風の見たもの』と同様のヴォルトゥオーソに書かれた難曲。714日のフランス革命記念日の情景。素早い音の動きのうちにドビュッシーの大胆な音響実験とピアノの名技性とが結び付いた曲で、「遠く lointain」の賑わいに始まり、夜空に炸裂する花火の投影を表している。最後の部分に、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」が引用される。

🎧名曲アルバムはマスネ作曲「歌劇“ウェルテル”から 前奏曲~春風よ なぜわたしを目ざますのか」
(テノール)福井敬
,(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)現田茂夫

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ゲーテの恋の舞台、ドイツ中部にあるヴェッツラー

⛳網羅しかねながらも20時16分更新

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クラシック倶楽部も大切だが  一昨日夜中の地震に関連して

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  これが昨日のクラシック倶楽部の時間帯の別チャンネル。この日のクラシック倶楽部は上江隼人のバリトンだったのだが。伴奏はピアニスト河原忠之。これはまた聴く機会があるだろうと思う。
 いったいロシアがこんどはどこの国を戦いの遂行のために巻き込んで、どのような動きをするだろうかで、気分が滅入っていた。ここのところエゼキエル書38章が通っていた。神の時間的なスパンに猶予と憐れみを祈るばかりだ。殺戮、破壊が止まない。
 そこに一昨日の夜の、震度6強。その時点で自らの足元には恐怖感はなかったけれども、仙台の友だちが憂慮された。後で無事とわかったけれども。さまざまな事態に、人の側の感情、事情が天に勘案されていないと思わないまでも、万力でぎりぎりと締めつけられていくような厳粛さを覚える。
 朝一番に聖書を読み祈ることを本気になってすべきであることを、自らの必要としても覚えている。ある意味、音楽に耳を傾ける以上にそのことを為すべきように思う。

⛳17時9分更新

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220316 クラシック俱楽部を聴く 大村博美 〜今届けたいオペラ・アリア〜

プッチーニの歌劇「蝶々夫人」のタイトルロールをはじめ、世界中から高い評価を得ているオペラ歌手、大村博美。彼女が今届けたいオペラアリアと歌曲を集めてお届けする。
曲目】歌劇「ファウスト」から トゥーレの王~宝石の歌(グノー)、歌劇「アンナ・ボレーナ」から あなたたちは泣いているの?~私の生まれたあの城へ(ドニゼッティ)、歌劇「オテロ」から 柳の歌「泣きぬれて野のはてにただひとり」~アヴェ・マリア(ヴェルディ)ほか
【演奏】大村博美(ソプラノ)、熊谷邦子(ピアノ)
【収録】2022年1月24日、めぐろパーシモンホール 大ホール(東京)ー番組紹介よりー
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大村さんのコメント
 今何が歌いたいかなあと考えて、まず私はフランスに住んでずいぶん長くなるので、ちょっとフランス語のものも聴いていただきたいなと思って、そこからその次に私は喋々夫人とかプッチーニでいっぱい舞台に育てていただくことが多いんですけど、もともとはベルカントのものをイタリアに留学してる時代とかも勉強していて、アンナ・ボレーナとかもイタリア留学時代によくオーディションとかコンクールで歌っていたので、そういう私のベルカントのものを歌う面も聴いていただきたいなと思って、そして最後はベルディの長大な柳の歌とアヴェ・マリアを、これはもう私、オペラの中で、いちばん好きなシーンをあげよと言われたらこのシーンはぜったい入るんですけれど、これをぜひ。アヴェ・マリアはよくコンサートとかでも歌いますけれども、柳の歌からというとけっこう長いので、なかなか歌う機会がなかったんですが、今回ぜんぶつなげてできたので嬉しかったです。
 20代の時にイタリアに留学したんですけれども、そのときに、いろんな先生にもついたんですが、今すごく役に立っている発声のテクニックというのはやはりモンセラート・カバリエさんが教えてくださったことが、当時はあまりにもほかの先生と違うことを教えて、独特だったので、へーっという感じでピンとこなかった。えーっという感じだったんですけど、彼女のすごいのは、ほんとうに腹筋を使ってきゅーっと筋肉を上手に結びつけて上半身と下半身をほんとに胸郭も広げてすごく響く楽器に作り上げるんですね。それを言葉を語ることで、しっかりとしぼまないようにする、響く楽器をずーっと保ち続けるという、ほんとうに復帰分がすごく必要な発声なんですね。そのテクニックで歌うと声を壊すことなく、息の上でゆったりと漂うような声で歌うことができるんですよね。ガンガン、フォルテでわーっと歌うだけではなく、ぱっと優しい声に切り替えたときに、劇場の一番後ろにいる一番高いところにいる人にピアニッシモの弱い響きの優しい響きが自分にささやいてもらってるように思ってもらえるように、聞こえるようにというのをいつも目指しているんですけれども、それをやるときに、カバリエさんの教えがすごい役に立ってます。

🎧名曲アルバム。ガーシュイン「パリのアメリカ人」
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1928年ガーシュインは観光でパリを訪れる。パリの喧騒からこの曲を着想したという。当時パリは自動車の大量生産時代に入っていた。ガーシュインはクルマの警笛を曲に取り入れることを思いつき、理想の音が出る警笛を探し歩いたらしい。ガーシュインはパリでストラヴィンスキーを訪ね教えを請うたところ、ストラヴィンスキーは「むしろあなたのように稼ぐ方法を教えてほしい」と答えたとか。


ロシアの芸術家たちの動向がどうなっているかをググってみると、東京新聞、ニューズウィークに。やはりウクライナ侵攻がらみの排斥が続いている。それでも、ロシアの芸術家たちと仕事をしたいと希望する劇場があっても、ロシアへの経済制裁によって国際的な決済ネットワークが使えず、芸術家への報酬の支払いに問題が起きているという。
 そんな渦中、ドイツ人ピアニストのダビデ・マルテロさんは、ポーランド国境の町メディカでウクライナから避難してきた人々のために演奏している。これまでも、平和のために世界各地で演奏してきている。

不備ながら16時31分更新




 

 

 

 

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220315 クラシック俱楽部を聴く 近藤嘉宏&外山啓介 ピアノ演奏会

日本を代表する二人のピアニスト、近藤嘉宏外山啓介が初共演。ブラームスの交響曲第4番の2台ピアノ版という大作に挑んだコンサートをお届けする。
 
【曲目】
組曲 第2番 作品17から タランテラ(ラフマニノフ)
交響曲 第4番 ホ短調 作品98 {2台ピアノ版}(ブラームス)

【演奏】近藤嘉宏(ピアノ)、外山啓介(ピアノ)
【収録】2022年2月8日 ハクジュホール(東京)

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🎧名曲アルバム。グリーグ「孤独なさすらい人」ピアノ小山実稚恵
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⛳15日の分を今日の更新。14時39分
以下は書き足し
ロシア選手団の欠けたパラリンピックも終わって。
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220314 クラシック俱楽部を聴く 新国立劇場合唱団 華麗なるオペラ・コーラス

日本のオペラ界の合唱を牽引する団体のひとつ新国立劇場合唱団が、イタリアオペラやドイツオペラの合唱の名曲を歌った演奏をお届けする。
 個人写真はネットからのコピーです。
 SHALONE株式会社 代表取締役/ピアニスト 水野 彰子氏インタビュー
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【曲目】
歌劇「タンホイザー」から 大行進曲「歌の殿堂をたたえよう」(ワーグナー)
歌劇「ナブッコ」から「ヘブライの捕虜たちの合唱」 「行けわがおもいよ金色の翼にのって」(ヴェルディ)
歌劇「マクベス」から(ヴェルディ)
歌劇「さまよえるオランダ人」(ワーグナー)
歌劇「魔弾の射手」から「狩人の合唱」「狩人の喜びは」(ウェーバー)
歌劇「オレンジの花は香り」(マスカーニ)
歌劇「トゥーランドット」から「カラフと結ばれる」(プッチーニ)
歌劇「トゥーランドット」から「斧を研げ」(プッチーニ)
歌劇「アイーダ」から「エジプトとイジスの神に栄光あれ」(ヴェルディ)
歌劇「トゥーランドット」から「斧をとげ」~「おお太陽よ 命よ 永遠よ!」(プッチーニ)

【演奏】新国立劇場合唱団(合唱)、水野 彰子(ピアノ)、三澤 洋史(指揮)
【収録】2022年1月15日 めぐろパーシモンホール 大ホール(東京)

三澤さんのコメント
私が新国立劇場の合唱指揮者になったのが2001年なんですね。ちょうどもう20年以上経つわけなんですけれども、その間に何をやってきたのかと言いますと、一つは発声法ですね。ベルカント唱法というのがありますけど、そのベルカント唱法、ほんとうはそれを極めるとオペラでもコンサートでも或いは歌曲とか歌うときでもぜんぶその応用で生かせるというのがあります。合唱というのはバレエで言う群舞みたいなもので、一人ひとりが自分の限界を出しちゃうと揃わないですよね。ですから、私はいつも言ってるんですけど、100パーセント出すのと98パーセント、95パーセントができるようにしなさいと、これは毎日ぐらい言ってるんですけれども、完全に自分がコントロールをとれている状態でないと揃えるところまで回らないというのがありますね。だから、揃える部分と舞台上ではじける部分がないとおもしろくないので、そこのせめぎ合いだと思います。

🎵10曲ほどであったろうか、というのは、正確に取りかね、曲目の表記も若干曖昧であるからだ。きちんと調べ直してと思っていたけれども、これもなかなか時間を費やしてしまうので後回しにしたところが、後回しはどこまでも後回しになりそうで、キーを打ち始める。マスカーニなどはあまり聴く機会はない演目であるらしい。「トゥーランドット」はすばらしいページがあったのでこちらをご覧ください。
 朝からこんなに歌劇のハイライトを耳にできた。意外だった。新国立劇場合唱団、どんな合唱団かと興味もあったので、ラッキーだった。
 合唱は響きの構築と思っているけれども、群れが醸す、それも立体的に音域を膨らませて響く、団員相互と、演奏者と観客とのあいだに、また響きそれ自体が容れ物を凌駕して響きあうという感じがある点で、特にオペラはありとあらゆる人の声、語らい、人の持てる感情のすべてに接したという充足感が得られる。

 

🎧名曲アルバム。プッチーニ「歌劇ジャンニ・スキッキ」からソプラノのアリア「私のお父さん」、テノールのアリア「フィレンツェは花咲く木のように」。

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⛳写真もちょっとどころかあまりに不出来で、この回の更新はよそうかとおもったのだけれども、今日思い直して更新してみた。


ウクライナ、ニュース画面からは臭いや被弾した残酷場面、人肉飛び散った場面、地獄の底からのうめきは聞こえて、見えてはいないのだけれども、人をみな殺人鬼に駆り立てる、いやがおうでも殺戮、殺傷へと引き立てる戦争の無意味さ、虚しさは!
昨日の分を22時3分更新

 

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きょうのことば 『聖言』と『導き』

インマヌエル盛岡キリスト教会2022年36()のメッセージをお伝えいたします。國光勝美牧師、國光ひろ子牧師は、岩手で48年目のご奉仕をしておられます。

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説教題 『聖言』と『導き』(國光勝美 牧師)
引証聖句 イザヤ301824
18 それゆえ主は、あなたがたに恵みを与えようとして待ち、それゆえ、あわれみを与えようと立ち上がられる。主が義の神であられるからだ。幸いなことよ、主を待ち望むすべての者は。
19 ああ、シオンの民、エルサレムに住む者。もうあなたは泣くことはない。あなたの叫ぶ声に応え、主は必ず恵みを与え、それを聞くとき、あなたに答えてくださる。
20 たとえ主があなたがたに、苦しみのパンと虐げの水を与えても、あなたを教える方はもう隠れることはなく、あなたの目はあなたを教える方を見続ける。
21 あなたが右に行くにも左に行くにも、うしろから「これが道だ。これに歩め」と言うことばを、あなたの耳は聞く。
22 あなたは、銀をかぶせた刻んだ像と、金をかぶせた鋳物の像を汚れたものと見なし、不浄の物としてそれをまき散らし、これに「出て行け」 と言う。
23 あなたが土地に蒔くあなたの種に主は雨を降らせてくださる。それで、その土地の産する食物はみずみずしく豊かである。その日、あなたの家畜の群れは広々とした牧場で草をむ。
24 土地を耕す牛やろばは、シャベルや熊手でふるい分けられた味の良いまぐさを食べる。

<メッセージ>

この朝は『聖言』と『導き』という題です。私たちの信仰生活において、極めて現実的な、ある意味、日々このことについて教えられ、考えさせられる『聖言』と『導き』、これに焦点を合わせたく願っております。きょうは特にイザヤ書3021節、このおことばだけに集中して恵みをいただきたいと願っております。


21 あなたが右に行くにも左に行くにも、うしろから「これが道だ。これに歩め」と言うことばをあなたの耳は聞く。
 
これは聖書だからこういう表現なのか、これを自分の問題としてとらえるときに、いったいこれは何を意味するのだろうか。ここでもう一つ思い起すおことばは、
「わたしの羊たちはわたしの声を聞き分けます。わたしもその羊たちを知っており、彼らはわたしについて来ます。」(ヨハネ1027)

「わたしの羊たち」の「わたし」というのは主イエス様ですから、主イエス様というよき飼い主に属し導かれている私たち羊は、イエス様のお声を聞き分けることができる。そして「彼らはわたしについて来ます」とイエス様は仰る。
「イザヤ30:21なんぢ右にゆくも左にゆくもその耳に これは道なりこれを歩むべしと後邊(うしろべ)にてかたるをきかん」(文語訳)と合わせ考えますとき、私たちは主イエス様のお声を聞くことができる。また、もっといえば聞かなければならない。

 その道を右か左かちゃんとわきまえるように。そして、「その道」にまた思いをいたしますとき、
ヨハネ146節わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません
 このおことばが深く心に留まるのです。「わたしが道なんだ。右に行くにも左に行くにも、うしろでこれが道である、これを歩みなさい」という声がする。これに聞こうではないかと仰るイエス様。私たちはイエス様と共にイエス様のお喜びになる、イエス様が指し示してくださるその道を、つまり、それは天国に通じる、父のみもとに続いている道です。地上における旅路の選択肢をきちっとわきまえて、「これは道なり、これを歩むべし」と選択をし、導かれていきたいものです。

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 先ほどまで申し上げましたことは、イエス様の導きについて考えるときの前振りとでもいうべきものです。きょうの大切なポイントの前振りをさせていただきました。
 それはわかった。じゃ、自分自身の現実問題として、どうしたのならば実際にこちらを選ぶべきか、もう一つを選ぶべきか、もうすこし詳しく聴きたくなるでしょう。

 私が救われて信仰生活を始めたまもないころを思い出します。日曜日の午前礼拝は丸の内教会で、週半ばの祈祷会、そして日曜夜の伝道会は雪谷伝道所でまもり、養われ導きを受けておりました。雪谷伝道所の責任者は國光幾代子先生です。そういうこともあり、雪谷伝道所は女子神学生の実地訓練のような場所となっておりました。
 よく「救いの証し」が語られました。入学した女子神学生の何々さんが自分の救いの証しを、或いは、あの時にはこうこうでしたと自分のきよめの証しをお話をする。そういう訓練をする場所であったわけですから、必然的に私はそういうことを聞く機会に恵まれていたわけです。するとある方々は、珍しくなく、「神様がこのように私を導いてくださいまして」、「このような導きの道を歩んでおります」という類の話しがめずらしくない。
 神さまは私を導いてくださってると軽く仰るけれども、いったいそれどういうことなのかな。真剣に考えれば考えるほど、私には分かったようで分からない。そんなときでした。丸の内教会では、第3日曜日の午後に、近隣の諸教会、たとえば富士見台だとか、船橋とか、深川だとか、王子教会もそうでした。みんな第3日曜日の午後には丸の内教会に集まって、きよめのメッセージに耳を傾けるのが恒例でありました。
 そのきよめということをまた真剣に聴衆の一人として聞くのですけれども。私は神様のおことばに従って道を選択し、祝福を受けるということに反対する気持ちはさらさらないし、いや、そうありたいと心から願っている。だけども、その神様が、「私をこう導いてくださった」と証ししている意味が私にはよく分からない。そのジレンマがありました。

 2月の礼拝で、サウル王様とダビデ王様のことを例に、「聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる」(第一サムエル1522というメッセージを取り次ぎました。そのときに、サウル王様は神様のお声に聞き従わなかった。しかしダビデ王様は神様のお声に聞き従った、そういう前提が当然あるわけなんですけれども、私はたまたま聖別会でサウル王様のことが扱われたとき、神様から捨てられた惨めな最期を遂げたサウル王様をおもいながら、勿論ああはなりたくない。当然です。

 ああいう選択はしたくないと思いながら、こうも思ったのです。
 私はサウル王様が羨ましい。もし私が神様の声を聞いたなら直ぐに従いたいと心から思っているのに、それができていない。だけどサウル王様はとにかく従わなかったけれども、神様のお声を聞くということをちゃんと経験してるじゃないか。聴いて従わなかったのは彼の結末をみれば分かることであるけれども、そうはなりたくないけれども、しかし、サウル王様は神様のお声を聞いたという事実。従う従わないは別問題として神様のお声を聞いた。ああ、私はそれができていない。そう思ったのです。このことを今でも皆さんにお話しできるのです。
 それほど「これは道なりこれを歩むべしと後邊(うしろ)にてかたるをきかん」とはどういうことなんだろうか。 

 今このみ言葉を信じ歩んでいる中に、私はこのようにまとめてみました。
消極的に表現するのならば、これはいわゆるカミサマのお告げではない。私は異教社会の中に育ちました。郷里の長野県の両親の家には一般的な神棚もある、仏壇もあるというような家庭でありました。占いもおみくじも当たり前のようにあった。やれ大吉だとか、こちらの方向がいいだとか悪いとかいうようなことも耳にしました。私の母が何か悩んでいたらしい。長野にはいわゆる御嶽信仰があります。御嶽山には天狗がいる。探し物だとか右か左かというときに天狗に尋く。母の課題がなんのことかもすっかり忘れましたけれども、母がお天狗様に聞いてみたいというので、ついて行った記憶はあるんです。うちだけが特別なことではなく、日本の家庭はけっこう日常的にしている方が多いと思いますね。
 聖書のこのイザヤ書3021は、お告げではありません。右に行きなさい、左ではないよというようなお告げのようなものが神様からあり、それを期待するということでは決してない。「これが道だ、これに歩め」というこれは決して今わたしが例話にしたそういう意味合いで絶対に捕らえるべきではない。
 どういうことなのかというと、クリスチャンとして極めて合理的な判断をすべきである。信仰というものを考えるとき、何かに取りつかれたような、おどろおどろしさでは全くなくして、ほんとうに健全な信仰、極めてクリスチャンとして合理的な導きを求めていいものなのです。
 ちょっと付け加えますけれども、雪谷の神学生たちの証しを聞いて、私はどうしてもわからない。「神様がこう導かれたので」という表現がしばしば出てくる。それで私が先生に聞いたんです。「これいったいどういうことなんでしょうか」。先生は「そうねえ」とちょっと困ったようでした。そして、私に、「クリスチャン的な一つの表現であって、何か神秘的なことがらをいっているのではない」と仰った。その後、女子神学生たちに、「こういう表現は誤解を与えるから、あまりしないように」とご指導なさったということを聞きました。
 私たちクリスチャンの世界であたりまえのように話している事柄が、ほかの人たちには違和感を感じさせる、そういうことがあり得るのです。

 さて、話を戻しますが、
  クリスチャンとして極めて合理的な判断をする。
 画像に小さく田中陽希さんの判断と書き込んでおきました。参考になりそうなので、お話ししたいと思ったのです。
 みなさん、アドベンチャーレーサー田中陽希さんの番組をご覧になったことはありますか。200名山、300名山と自分の足だけで、海峡や湖はカヤックを使うのですが、道なき道をたどることもある。コンパスや地形図で行き先を読める。そのような人なんですけれども、その田中陽希さんが笹薮に踏み込んだ。登山の初心者にとって一番危険なのは笹薮なんです。これは経験した人でないと分かりません。視界を遮ってしまうような背丈を超す笹薮に迷い込んでしまうと、もうどちらに進んでいいのかわからない。その恐怖心を、私も一度美ヶ原で経験したことがあります。私の場合には迷うもまだ序の口だったんですが、田中陽希さんは、ほかの人なら絶対に分からなくなってしまうような道なき道をいくときに、ちゃんとコンパスを持っている。コンパスで、方角、自分のいる位置というものをしっかりと確認して、それからもう一つは地形図というのを見て、斜面がこちらになっている、或いは、登りがこちらになっているなどなど総合的に判断して、目指す山はこちらの方だと、笹薮をかき分けてかき分けて、それこそ1時間、2時間、歩いて、そして、その先にちゃんと目指す標識を見出す。さすがすごいなと思いました。彼は地図の読み方、地形図の読み方、コンパスの読み方というものをちゃんと経験して総合的に判断して、ここだという道を選んでいくことができました。それにはよほどの熟達、訓練があったでしょう。
 もう一つ、愉快なコントを思い出しました。子どもたちが小さかったころ、ドリフターズの「8時だヨ!全員集合」という番組がありました。ドタバタながら忘れられない山登りのコントがあります。あれは秀逸だったと今でも思っていますが。
 とにかく仲間たちが山登りに来た。道に迷ってしまいます。さあ、私たちはどこにいるんだろうか。わからない。みんなが慌てふためいているときにリーダーのいかりや長介さんが「あわてるな。こんなことがあるかもしれないと思ってちゃんと地図を持ってきてる。だいじょうぶだ。迷うことはない」。そしてコンパスを持ち出し地図を見て、「よし、いまオレたちのいるところが分かった。ほら」と指さす。向こうに高い山の絵があるんです。「ほらオレたちが今いるところは、あの山のてっぺんなんだ」。
 みなさんこのロジックのおもしろさが分かるでしょう。自分たちがいるところはまさにここなんですよ。まさにここにちがいないんですけれども、その地図を見たときに、そして、一生懸命に長介さんが読んで、「分かったぞ、オレたちがいるところは今前に見えるあの山のてっぺんなんだ」。このコントの秀逸さ、ユニークさ。
 同じことを私たちはやりかねない。地図の読み方が分からない。聖書の読み方が分からない。聖書をどう読んでいいかわからない。そして、聖書はこういっているからと短絡してしまうことがある。ある人は、笑い話のようですけれども、聖書を開いて、「ユダ首をつれり」、ああヘンなとこ開いちゃったな。こんなところ欲しいんじゃないんだ。また、聖書を開いたら、よきサマリヤ人のところが、「汝も行きてそのごとくせよ」。笑い話と言えばいえるのですが。聖書のおことばで、「これは道なりこれを歩むべし」「後邊(うしろべ)にてかたるをきかん」を本気になって自分の信仰生活に当てはめようとするとき、私たちはクリスチャンとして、最も合理的で的確な判断をし、歩んでいくべきであります。

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自分の行くべき道が右か左か迷う、これまでもきっとそうだったでしょうし、これからも現実に問題に突きあたることがあり得る。右か左かに迷うときの判断に、自分自身に与えられた願い、願望、これは大切な導きの一つであろうと思います。何をしたいのか。どうなりたいのか。それからもう一つ、自分を取り巻く環境。果たしてどうなんだろうか。これを冷静に客観的に見ること。それと同じ神を畏れて歩んでいる信頼できる友人の意見を聞くことです。そしてこれらの思いめぐらしに聖書のことばが後押しとなり保障となるということがあります。
 唐突ですが、パウロの船が難破したときの話しをします。彼はローマの囚人となり、護送されて、地中海を渡っておりました。もう航海には危険な時期になっていました。囚人たちを乗せ、そのほか穀物、或いは商取引のための物資が積まれている。そういったところにパウロが乗っていたわけですけれども。パウロも、今この時期に航海するのはよくない、留まった方がいいと進言したのでしょう。けれども、船主たちは出帆してしまう。船乗りたちは、自分たちはプロだ。ちょうどいい風が吹いてきた。こんなチャンスに、船のことなど何も知らないド素人のこんな男の意見を聴くことはない。こういって自分の経験を最優先し、船主の意見を優先して航海に出てしまい、とんでもない災難にあうことになるわけです。

私たちがどう行動すべきかを決めるとき、自分の健全な希望や願望は何か、節理的に今自分が置かれている立場はどうであるか、そして信頼できる信仰者にどちらがいいと思いますかと尋ね、そして励ましとして神のことばをいただくこと。

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私は、これらのことが一つにまとまっていくとき、「わたしの羊はわたしの声を聞く」「彼らはわたしについてくる」。イエス様、どうか私の歩む道、選択したこの道に主がともなってください。そして、私の選んだ道が主イエス様の微笑みのある道であること。これを大切な要素として、この道が正しい道であったのか、そうでなかったのか、自分自身歩んできた道を振り返りながら、神様のご臨在、イエス様の微笑みのある道を、今自分が歩いているというそのことが一番大切なことであって、そして、これからも一番大切なもう一つの要素なんでしょう。
 けれども、もし私たちが誤って別の道を行ったのなら、神様はご自分を愛して、ご自分を信じて歩んでいた人が誤った方向に行ったとするならば、神様は必ず責任をとってストップをかけてくださる。さきほどパウロの話しをしましたけれども、パウロは、伝道旅行をしていたときに、自分がアジアの方に行きたかった。当時のアジアというのはトルコの方を指すのですが、そちらの方に行こうとした。彼らは何回もそれを願うんですけれども、そのたびに「イエスの御霊これを禁じたまえり」。聖霊がこれを禁じられた。

そしてやがて、結局パウロはこの道もダメ、この道もこの道もダメで、残った道はマケドニヤ。「マケドニヤに渡りて我らを助けよ」という夢を見てエーゲ海を渡って初めてピリピの方へ進んで行った。これが、福音がヨーロッパ経由になった理由であり、これが神様の節理の中にあったということを私たちは思います。私たちが、これこそが神様の微笑みの道だと思って選択をして、もし、それが間違っていたのならば、神様は責任を持ってストップさせてくださるし、そのことのゆえにかえって、祝福が与えられるということがあります。ですから今私たちがいるこのところが、イエス様の臨在の微笑みの、御顔の光の中に、「わが臨在、汝と共にあるべし」とというところにあるかどうか。私が信仰を持った当初、これが分からなくて、先生にどういうことですか聞きました。「神の声を聞く、導かれるってどういうことですか」というところから始まって、今日までいろいろと歩ませていただいた今、私が皆さん方に申し上げたい。それは、

イエス様という道を踏み外さないようにしっかりと歩み続けること。そして今でも遜(へりくだ)って、もし違っていたのならば、神様がちゃんと責任を取ってストップをかけてくださるから、感謝してストップを受ける、その謙遜さをもつことです。これが非常に大切なものであろうと私は思っております。

神様は私たちにご自身の御名のゆえに、その道にある私たちの祈りに必ず必ずお応えくださいます。

 

※音声データ、スクリーンショットは教会からお借りしています。
⏰6時00分更新

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雑感

いまBS3では呑み鉄本線三陸鉄道が流れている。六角さんが訪問先で呑み、立ち止まっては呑み、昼間でも呑むという具合で、巷にアル中が増えるのではとちょっと心配。私も早朝などカフェが映っていたりすると飲みたくなりコーヒーを淹れに立つことがある。主人は滅多にアルコールは呑まないので、結局わたしも呑むという習慣はない。年に3、4回ワイン、そして風邪をひいた家人に付き合って玉子酒を飲む程度。六角さんがアル中になるのではないかと心配。ただもしかすると、番組の翌日、翌々日、或いは以降3日は呑まないなどと、自分をコントロールしているかもしれなくて、アル中にならないかは余計な心配、とんだ老婆心ということにも。宮古市も映っていた。懐かしい。宮古市から転居するときに詠んだ歌は「この丘に 住みて六年 木蓮のつぼみ愛でつつ 去りゆかんとす」
私が住んだ西が丘の裾野の千徳には、3・11以降、仮設住宅がびっしりと。

山田湾のカキの豪快な料理法が映っていた。テーブル大の鉄板にスコップでがらがらとカキをまいて、というように見えたけれども、スコップから巨大プレートにカキをあけて、これが食べ放題。山田湾のオランダ島には子ども達を連れて行ったことがある。友人の子ども達も。釜石には3・11以降に親戚の葬儀のために訪れた。仮設の葬儀会館だった。友人の娘さんが、たまたま会議のために釜石にその日に行っただけのその日に津波にさらわれ、鵜住居でご遺体が発見されたというその鵜住居も訪れ黙とう。ほんとうにあたたかい人間味のある方で盛岡の自宅の前で一緒に夕日を見たことがある。「きれいですね」。そのことばが忘れられない。TVには飲み屋街が映っている。震災前にあったところか、震災以降にできたところかは見落とし。今、震災のとしの8月にオープンしたと言っている。


終点の盛駅には降り立ったことはない。

三陸に婦人部の研修でも訪れた。見ながらさまざまを思い出す。




番組途中ながら、けさのJ-MERO は
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実はけさはJ-popが賑々しすぎてのぞいただけ。齢のせい、「この齢のせい」とは実に便利な言葉だ。理解不能であるときも「齢のせい」と言っておくと許されるのではという甘い考えが。何れ齢のせいか、その直前にこれはDVD販売のためのコマーシャルなのだが、
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モンテヴェルディの「聖母マリアのための祈り」などこれ系をうんうんと聴いたばかりで、J-MEROは若さはじけるも強すぎ。

さて六角さんは今どこに、と後ろを見れば、かつての大船渡線の跡に立っている。今はバス路線だとか。最後にまたワンカップのふたを取った六角さん、呑む前に三陸海鮮の宣伝をしてくれたけれども、そしてぐびり。だいじょうぶかなあ。これでおわりかと思ったら、こんどは水仙酒造に立ち寄った。ここの先代であったか奥様は盛岡市旧太田村の戦前の素封家、佐々木休次郎の血筋であると聞いている。六角さんはまた冬季限定の原酒を一杯飲みほして。だいじょうぶかなあ。

明日更新分の説教はもう9割出来上がっている。というわけで、三鉄を見るゆとりも。

22時29分更新

 

 

 

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220311 クラシック倶楽部を聴く クンウー・パイク ピアノ・リサイタル 

ソウル生まれ。10歳で韓国国立オーケストラとの共演でデビュー。15歳の時に米国に渡りジュリアード音楽院で学ぶ。1969年ブゾーニ国際ピアノコンクールで金賞。1982年からパリを拠点に移し、世界的なピアニストとして活躍中。今回のプログラムは全てショパンのノクターンで組まれた。75歳の今も第一線で活躍。【演奏】クンウー・パイク(ピアノ)【曲目】ノクターン変ホ長調作品9-2ほか【収録】2021年7月13日王子ホール(東京)番組紹介よりー
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クンウー・パイクのコメント
<全曲ショパンの「ノクターン」というプログラムについて>
実はかなり長い間ショパンのノクターンを演奏していませんでした。演奏するのが難しいといつも思っていたからです。「ポロネーズ」「マズルカ」「バラード」「スケルツォ」には華麗さを伝え人々を幸せにし感動させるという目的があります。しかしノクターンは自分との対話です。ショパンも自分と対話していたのでしょう。ノクターンはその様を巧みに表現しています。ノクターンはショパンと最も親密な関係が築ける作品です。今回はノクターン全21曲の中から選曲し演奏します。

 

曲目 オールショパン
ノクターン 変ロ短調 作品9第1
ノクターン 嬰ハ短調 (遺作)
ノクターン 変ホ長調 作品9第2
ノクターン ハ短調 作品481
ノクターン 変ホ長調 作品552
ノクターン ロ長調 作品621
ノクターン 嬰へ短調 作品482
ノクターン 作品151
ノクターン 作品481


🎧名曲アルバム。ラフマニノフ「チェロ・ソナタ」
チェロ遠藤真理、ピアノ上原彩子
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ラフマニノフは、1917年にロシアを去るまで、モスクワ中心部トヴェルスカヤ通りに住んでいた。子供のころから頻繁にイワノフカにある叔母の屋敷を訪れていた。成人してからは別荘のように夏に滞在し、作曲に集中。1901年夏にここで「チェロ・ソナタ」を作曲。

 

⛳3・11、午前はそのお見舞いに。いま15時30分だけれども、なにか重みがとれない。阪神大震災の早朝も、あのときは花巻在住だったが、何かが起きている。何だろう、何かが起きていると、起きだしたことを思い出す。弟が大阪に出張中であることを後日に知ったのだった。弟は命からがら無事東京に帰還。

最近になって「貧しき人々」などを読んだ。ドストエフスキー。この戦争で貧しくなるウクライナ。ロシアもこれで貧しくなる。ただただ人が殺され、ただただ建物が壊され、医療、食料も奪われ、人の心がずたずたになる。ほんとうに一刻もはやく終わってほしい。
15時51分。

 

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220310 クラシッククラブを聴く  上野通明 チェロ・リサイタル

1995年パラグアイで生まれ、幼少期をスペイン、バルセロナで過ごす。2021年ジュネーヴ国際音楽コンクールで日本人として初優勝。現在注目の若手チェリストの一人。
【曲目】
ビオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第2番 ニ長調 BWV1028(バッハ)
チェロとピアノのための3つの小品 作品8から第2曲(ヒンデミット)
チェロ・ソナタ 作品143(プーランク)

【演奏】上野通明(チェロ)、須関裕子(ピアノ)
【収録】2022年1月20日 東京・紀尾井ホール
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上野コメント
チェロを始めたきっかけは、4歳ぐらいのときにヨーヨーマのインスパイアド・バイ・バッハというビデオをたまたま見まして、チェロの低音の太い音が大好きになって、両親にチェロをやりたいってお願いしまして1年間待っても気が変わらなかったらっていうことだったので、それからずっとお願いし続けて、5歳の時にいろいろな偶然が重なって、先生が見つかってやっと始められるようになった感じです。
ジュネーブ国際コンクールについては、大きなコンクールなのでいろんな人が注目する聴いてくださる、ばーっとしてそこで自分の演奏ができるのはいいことかなと思って臨みました。
正直ファイナルにのこった時点でもルトスワフスキ のコンチエルトを弾きたいというのもこのコンクールを受けた理由の一つでもあったので、それが確実となった時点でよかったなあと思って、やっぱりコンサートのように楽しもうと思って演奏して結果発表が出たときに、さらに運よく1位までいただいて信じられないくらい嬉しかった。これを一つの節目というか、皮切りにして、これからより多くの人に聴いていただけたらなと思ってます。

🎧名曲アルバム。シューベルト「未完成交響曲」
飯森泰次郎&N響
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「未完成交響曲」の楽譜はウィーンのグラーツで発見される。2楽章までしかない。生前は演奏されていない。シューベルトは30歳でこのまちを訪れている。未完成の理由はなぞ。

⛳1日ずつずれ込んでいるけれども、昨日の分を本日6時43分更新。

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220309クラシック俱楽部を聴く ティモシー・リダウト ビオラ・リサイタル

2014年セシル・アロノヴィッツ国際コンクール優勝。イザベル・ファウストら著名ソリストと共演。ピアノの加藤洋之は1990年ジュネーヴ国際音楽コンクール第3位。 2014年セシル・アロノヴィッツ国際コンクール優勝。著名なソリストや指揮者と共演を重ねる注目の若手ビオラ奏者。ピアノの加藤洋之は、1990年ジュネーヴ国際音楽コンクール3位入賞。室内楽の分野でも活躍。【演奏】ティモシー・リダウト(ビオラ)加藤洋之(ピアノ) 【曲目】ビオラ・ソナタ第1番から抜粋(ブラームス)詩人の恋・ビオラ版(シューマン)。【収録】2021年6月4日 王子ホール(東京)番組紹介よりー 

ティモシー・リダウト:1995年ロンドン生まれ。英国王立音楽院を最優秀で卒業。2016年ライオネル・ターティスビオラ国際コンクールでイギリス人として初の優勝。以後世界各国のオーケストラと共演。ルツェルン音楽祭、ロッケンハウス音楽祭などヨーロッパの音楽祭に出演。世界を舞台に活躍。
加藤 洋之

加藤洋之:東京芸術大学を首席で卒業。大学院在学中の1990年ジュネーブ国際音楽コンクール第3位。ハンガリー国立リスト音楽院で研鑽を積み、国内外のオーケストラと共演。室内楽奏者としても篤い信頼を寄せられ、ウィーン・フィルの元コンサートマスター、ライナー・キュッヒルとは1999年以来共演を重ねる。 

ティモシー・リダウトのコメント
ビオラというよりとにかく音楽が好きで4歳のころからいつも歌っていました。合唱団にも入りましたしミュージカルにも大変興味がありました。そういう私の音楽の歩みの中で、ある時からビオラが加わりましたが(ビオラに関しては)ひどい生徒でした。ビオラは8歳か9歳の時に始めたのですが、練習が嫌いで外で遊んだりコンピューターゲームをするのに夢中でした。でも歌はよく歌っていました。そして11歳か12歳の時に声変りが始まりました。きれいな声ではなくなってしまいました。ビオラのレッスンは毎日続けていましたが、歌ほど熱心ではありませんでした。ところがそれまでは歌にしか熱が入らなかったのに、突然ビオラに目覚め一生懸命練習するようになりました。歌のレッスンも続けていたので歌にも戻れたのですが、そのころはなぜかもうビオラと恋に落ちていたのです。それが私の人生になりました。
 この1年自宅で過ごす時間が増えましたが、以前はあまり興味がなかったピアノを弾いたりしています。音楽のさまざまな可能性を感じます。そしてビオラは私の音楽の「声」となりました。とても興味深い声です。
「詩人の恋」について、歌うことは幼いころからずっと生活の一部でした。ですから歌曲を組み入れたかったのです。「詩人の恋」の音域がビオラにぴったり重なることに気づき、歌曲の性格をうまく表せると思ったのです。「詩人の恋」の(ビオラ用への)編曲プロセスは非常に興味深いものでした。テノールが歌うように弾くところもあれば譜面に書かれたままビオラで弾くところもあります。オクターブの(上か下かの)選択はより人間の声が出るような感じにしました。歌手の音域はかなり限られていて、低音域の音は優しく甘い感じを持つ高音域とはまったく違う性格です。それをビオラの音色でなぞり、心の痛み、気持ちを表現しようと思いました。この美しい原曲の悲しみと喜びをうまく捉えられていればと願うばかりです。

曲目
ビオラ・ソナタ第一番へ短調 第1、3,4楽章 作品120第一 ブラームス作曲
作曲活動を中断していたブラームスが制作意欲を取り戻し完成させた最晩年の作品。19世紀後半に活躍したクラリネットの名手ミュールフェルトの演奏に刺激されクラリネット・ソナタとして作曲。後にブラームス地震がビオラ用に編曲した。
詩人の恋  シューマン作曲、ティモシー・リダウト編曲
くららとの結婚が決まり喜びに包まれる中に書かれたシューマンの最高傑作といわれる歌曲をティモシー・リダウトがビオラ用に編曲

🎵「詩人の恋」、この編曲は歌うことにこだわりを持つティモシーならではの編曲。ー美しい五月に/私の涙からばらに/ゆりに、はとに/あなたの瞳をみつめるとき/私の心をゆりのうてなに/神聖なラインの流れに/私は嘆くまい/鳴るのはフルートとバイオリン/恋人の歌をきくとき/若者は乙女を愛し/明るい夏の朝/夢の中で私は泣いた/夜ごとの夢に/昔話の中から/いまわしい思い出の歌ーそれぞれ淡彩で描かれた淡い短詩の歌をきいているような。「神聖なラインの流れに」が何かぐいと魂がつかまれれ、「明るい夏の朝」澄んだ一音一音が惜しまれながら心に落ちた。

 

🎧名曲アルバム。「津軽じょんから節」
映像が懐かしかった。去年10月に、出不精な主人とクルマで津軽にでかけてきたけれども、津軽三味線会館に立ち寄るか否か迷って立ち寄らずにきたが、その三味線のことも映像で見ることができた。鉄道ホームに立っている駅名板の字体がおもしろく、クルマで歩いているとこんなところまでは見られないわけだ。弘前城の映像は桜、桜の季節。
それにしても斜陽館のごつい感じの西洋風までが思い出された。あれから太宰作品「老ハイデルベルヒ」「新樹のことば」「禁酒の心」、そして「正義と微笑」、実はこれは、きのう読み終えたばかりなのだが、「人間失格」や「斜陽」だけを読んで、太宰をさも分かったかのように思い込んでいるのは大間違いと知らされたのだ。「正義と微笑」、聖書からの引用が多くあるからいうのではないが、主人公である青年芹川進の真面目さ爽やかさ。清新でもあり、読後感もいい。音楽からかけ離れてしまったけれども、太宰もまた音楽はかなり聴いている。ベートーヴェンの言葉も幾度か引用している。「善く且つ高貴に行動する人間は唯その事實だけに據っても不幸に耐へ得るものだといふことを私は證據立てたいと願ふ」。「津軽じょんから節」から「金木町」を思い出し、「太宰」を思い起し、つい、そのはなしになってしまった。

⛳聴き入っているうちについ写真を撮り忘れ、はたと気づいたときには音楽タイムは終了、ベイクオフ、岩合さんの猫番組へと。写真は鏡を見ている猫。自分が映っているとわかっているのだとか。
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この更新は昨日の分。きょうはほんとうに暖かかった。あすは3・11。時を経ても薄らぐことのない悲しみがある。ウクライナ、こんな悲しみが日々作り出されている。21時27分更新

 

 

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220308 クラシック俱楽部を聴く つもりだったけれど 

オーレン・シェヴリン チェロリサイタル

2001年ロストロポーヴィチ国際コンクール第2位。ケルンWDRの首席奏者を務める。ピアノの芦川真理子は、チャイコフスキー国際コンクールで最優秀伴奏者賞を受賞。 2001年ロストロポーヴィチ国際コン第2位。ケルンWDRの首席チェロ奏者。ソロ活動を積極的に行いヘルシンキ・フィルやパリ管弦楽団などと共演している。ピアノの芦川真理子は、チャイコフスキー国際コンで最優秀伴奏者賞を受賞。【演奏】オーレン・シェヴリン(チェロ)、芦川真理子(ピアノ)【曲目】民謡風の小品集(シューマン)、ル・グラン・タンゴ(アソラ)ほか【収録】2021年3月1日武蔵野野市民文化会館

曲目
民謡風の小品集 作品102  シューマン作曲
1849
年シューマンがドレスデンで創作活動をしていた時期にわずか数日間で完成させた。
チェリストのグラーバウのために作曲されたが現在はさまざまな楽器で演奏されている。
チェロ・ソナタ第一番 ホ短調 作品38 ブラームス作曲
ブラームスは生涯に2曲のチェロ・ソナタを残した。第一番は186532歳のときに完成。3つの楽章すべてが短調で書かれ、全体を通してチェロの低い音域が際立った重厚な雰囲気を持つ。
ル・グラン・タンゴ  ピアソラ作曲
アルゼンチンの作曲家でバンドネオン奏者のピアソラが1982年チェロの巨匠ロストロポーヴィチのために作曲した。ピアソラは当時「ピアノのパートは綿密なタンゴの語法で書いた」と語っていたという。

🎵

🎧名曲アルバム。相馬御風・作詞/弘田龍太郎・作曲/上柴はじめ・編曲
NHK
東京児童合唱団、円光寺&東京フィル。
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御風は早稲田大学で学び1916年に糸魚川に戻り、1950年に亡くなるまでふるさとの魅力をつたえ続けたとか。1914年発表の「カチューシャの唄」は歌謡曲史上にのこる大ヒットだった。

⛳夜中に震度4の地震があったようだ。石川県能登。その後うつらうつら。考え事というほどの大層なことではないけれども、つらつら考えていた。飢えているわけではない。寒さに凍えているわけではない。これ以上何をのぞむことがあるだろうか。人生トータルすれば、何とかこれまで生きられた、生かされたということだけでも、私の場合はもう十分なのだ。聖書のあの場面、この場面が浮かんだ。
 両親が戦争を潜ってきたように、たとえばウクライナのように戦車、ミサイル、弾丸に見舞われることがあるだろうか。それは何ともいえない。放射能には……。5時までにはまだ間がある。時計を見もしないでそう思っていた。
 それが、もうそろそろかと見たところ、5時55分。きょうはチェロだったのに。名曲は相馬御風。糸魚川が映るはず。とび起きた。御風を見、次はブリティッシュ・ベイク・オフ。きのうレア・チーズケーキ成功、これがけっこう美味しいのだが、それに気をよくしてさらにネタをと菓子作りのポイントを2つ、3つ。レモンの皮とベーキングパウダーは相性が悪いとか、シュークリームにはレモンカードとカスタードを入れると美味しいのだとか。銀行員だった男性が優勝。
 そして7時が近づくにつれ気が重くなった。
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 TVで軍事を語る人によると、戦争に突入してから経済制裁を発動しても屈した例はあまりないのだとか。核の脅威から迂闊には連合で攻撃はかけかねている。会話のテーブルを模索しつつも、殺戮を傍観している現実。世界中でメディアを通して、怒り心頭、涙しても、止められない。ほんとうに止められないのか。何ということだろう。

22時34分 

 

 

 

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220307 クラシック俱楽部を聴く イ・ムジチ合奏団 演奏会

1952年に活動を開始したイ・ムジチ合奏団は、長年にわたり様々な音楽家と共演してきた。今回は日本を代表する歌手の一人、ソプラノの天羽明惠との共演をお送りする。

イ・ムジチ合奏団 演奏会
2019
102日 サントリーホール 大ホール
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「ディヴェルティメント ニ長調 K.136」モーツァルト:作曲
「歌劇「ジュリアス・シーザー」から「つらい運命に涙は流れ」」ヘンデル:作曲
(ソプラノ)天羽 明惠
「歌劇「クセルクセス」から ラルゴ「なつかしい木陰」」ヘンデル:作曲
(ソプラノ)天羽 明惠
「ディヴェルティメント 第2番 変ロ長調 TWV50:23」テレマン:作曲
「モテット「踊れ、喜べ、幸いな魂よ」K.165」モーツァルト:作曲
(ソプラノ)天羽 明惠

🎵1952年の結成。ウィキからの転載で「イ・ムジチ合奏団演奏による『四季』は1995年時点の日本において、6種の録音の合計で280万枚を売り上げている[1]。特に3回目の録音は日本で初めて(レコードとしては今も唯一)の、クラシック音楽でのミリオンセラーを記録した」。浸透しつくしている。楽団は当年70歳。天羽明惠との共演。ソプラノを引き立てる自在さ、並び立つ柔軟さも。演奏はどこまでも心地よい。
ヘンデル、多田茂史・訳の抜粋「草木がつくりだすかけがえのなく愛おしいこれほどの陰は存在しない」、温暖化でいよいよ夏の暑さが厳しくなり、有難さが思われる。
「モテット」のコロラトゥーラ、ハレルヤ、ハレルヤ、自然体で愉しく天を神をともに讃える。
テレマンの「ディヴェルティメント」、1767年、彼の最晩年の作曲らしい。テレマンはアマチュアの音楽団体も組織していたというから、宮廷、教会ばかりではなく市民の音楽の楽しみにも寄与していたようだ。

🎧名曲アルバム。ラミレス作曲、フェリックス・ルナ作詞「アルフォンシーナと海」
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アルゼンチンの女性詩人アルフォンシーナを讃えた曲。歌・松田美緒、ギターはレオナルド・ブラーボ

⛳村岡桃佳が金メダル。森井大輝が銅メダル。ハンディを称賛に変えるまでの精神的肉体的な闘いがいかばかりかを思うとき、今一つのメダルがあってもと。片やロシア選手団帰国。いまだにスターリン的体質に国の人々がしんどい目に遭わされている。いよいよ激化するウクライナ攻撃。朝に昼に夕に流れる殺戮場面に暗たん。
10時31分更新

 

 

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きょうのことば 『神を畏れる人』

インマヌエル盛岡キリスト教会2022年227()のメッセージをお伝えいたします。國光勝美牧師、國光ひろ子牧師は、岩手で48年目のご奉仕をしておられます。

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説教題 『神を畏れる人』(國光勝美 牧師)
引証聖句 伝道者の書121314
13  結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。
14 神は、善であれ悪であれ、あらゆる隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからである。

 

 この朝は「神を畏(文語訳)れる人」と題しまして、みことばのご用をと導かれております。
 早いもので今日は2月最後の礼拝となります。そして私たちの群れインマヌエル綜合伝道団では3月23、24日と年会が開かれます。いつもですと東京に集まるのですが、このような時ですので、去年に引き続きズームでの開催となります。このインマヌエル綜合伝道団の1年の働きを振り返り、そして主ゆるし給わば、またこれからの1年、どのような営みをどのような体制で進めていくかを話し合う大切な教団の会議です

 これまでの年会で思いだしますのは、私が神学院を卒業した1974年の年会です。最後に任命式というのがあります。北は北海道から沖縄まで、その当時はまだ沖縄は返還されていませんから、沖縄に任命される先生方は特別な思いがあられたかと思います。何れにいたしましても、北の方から、奉仕者を任命する教会と名前が発表される緊張感は、半世紀近く経った今でも覚えております。
 1974年に盛岡に任命をいただきました。さあ、これで伝道者としての奉仕、働きがスタートする。ついこの前のような気がいたします。小さい働きでありましたけれども、真実な方々に恵まれて、喜びも悲しみもともに歩ませていただき、今日に至っております。

 どうして改めてこのことをお話しするかと申しますと、つい数日前に盛岡市から郵便が届きました。封を切って見たところ、後期高齢者医療費保険者証です。この名称は色いろなメディアで何度も耳にし知ってはいるのですが、いよいよ私にも。後期高齢者医療費保険者証。改めて時の流れを感じざるを得ません。
 その時私は、この盛岡で何をしてきたのだろうか、こう自問しました。勿論、福音を語らせていただく以外に私は何もできないし、これだけをやってきた者であり、ひたすら福音を語らせていただきました。最初のころはクルマもありませんから、自転車の荷台に手作りの教会の案内表示を載せ、チラシを配りながら、一生懸命盛岡のまちに福音を語らせていただいた、その若かりし頃を思いだします。
 そしてそんな中に、ほんとうに福音の恵みに与って、心から悔い改めて、神のいのちが与えられたクリスチャンの方々を神様が備えて、お与えくださいました。その方々の真実な変わらないご奉仕をいただきながら今日まで歩ませていただきました。長い間には、私の未熟さから、つまずきを与えてしまった方々もいらっしゃいます。心ならずも痛みや苦しみを与えてしまったそのことを思うと、ひたすら神様の前に憐みと赦しを請い願うものであります。それにも関わらず、この半世紀、きょうまで教会のために共に歩んでくださったまさに宝物のような方々です。この方々は、福音の救いを受けて神と共に歩む方々です。これこそわたしのこれまでのご奉仕の大きな感謝、主からのお報いであるような気がいたします。
 そして、共に労させていただいておりますひろ子先生も4月で75歳。私は3月で75歳となりました。ひろ子先生にも間もなく後期高齢者保健証が盛岡市から送られてくるでしょう。
 私共のことは、みなさんよくご存じで、ほんとうにみなさんで祈っていてくださいました。どれほどこれが大きな恵みであり特権であるかということ、もうそれは言い表すことができないほどの恵みでありました。そしてそれを通して、私自身ほんとうに神様から扱われました。あなたが伝えている福音とはいったい何なのか。いろいろな表現があるだろうけれども、それは、死というものに対する確かな勝利。死の恐れにたいする圧倒的な勝利、これを伝えてきたし、この福音のなかに私たちは今いるのだ。そのことを思わせられます。

 ☆

 先週の復習は、きょうは以下をご覧いただき、ああそうだったなと思い返していただくだけで十分であります。
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 今日のところに入ります。
 
私は、先ほどから、「福音」ということを言っております。福音を皆さんと一緒にこの50年間語らせていただいたし、この福音を伝えてきました。その中味は何かといえば、「罪の赦し」「罪は赦される」ということです。神学校で「救いとは何ですか」と問われて、これを書いたのならば所謂合格点となるのでありましょう。でもそういう意味を超えて、ほんとうにそうだなと皆様方お思いになりませんか。罪は赦される。これは神様の主権のもとで、「わたしはあなたを赦す」ということなのです。
Dsc08321-2  大きな大きな大きな返すことなど到底できないような負い目を持っておりますこんな者に、神様は「あなたの罪は赦された」(マルコ2:5)と言われる。皆さんこのことばの持つ意味がどれほどのものか、私は今このように語りながら、かつてあの神学生時代、半世紀前にクラスで学んで、謝罪とはどういうことであるかを先生がクラスで語ってくださったことなども思い出しながら、その時はその時で精一杯なんですけれども、確かにここまで生きてきて、神様から「あなたの罪は赦された」、或いは、ここにはきよめということは直接述べてはおりませんけれども、この罪が赦されるということがほんとうにわかったときに、もうわたしはあなたの罪を探そうと思っても見つからない。御子イエス様の十字架の血潮によって罪の問題は見事に解決して、海の最中にあなたの罪はもう沈められてしまう。 

 ミカは7章「18あなたのような神が、ほかにあるでしょうか。あなたは咎を除き、ご自分のゆずりである残りの者のために、背きを見過ごしてくださる神。いつまでも怒り続けることはありません。神は、恵みを喜ばれるからです。19もう一度、私たちをあわれみ、私たちの咎を踏みつけて、すべての罪を海の深みに投げ込んでください
イザヤは1章で「18たとえ、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとえ、紅のように赤くても、羊の毛のようになる

 御子イエス様の尊い血潮のゆえに、このひと文字「血潮」を見ただけでも、福音、それから義認という言葉があります。ずっと以前に聞いた羽鳥明先生のラジオからのメッセージで思い出すのは、このような内容でした。「私たちがこの世を終えて人はみな裁きの前に出なければならない。その時に、サタンはやって来て、この男は、この者はといって、生まれた時から今に至りますまでのあらゆる真実なこと、ぜんぶサタンは述べあげつらう。その時に、御子イエス様は『お父様、彼の言っていることはその通りです。だけれど私は彼のそれらのぜんぶを背負って、わたしのすべてをあの十字架の上で罪の裁きを受けました。この者はそのわたしの十字架のみわざを私の罪が裁かれたものとして受け入れています。ですから、わたしの十字架に免じてこの男は無罪です』とこのように御子イエス様が力強くとりなしてくださる」
 神さまの前に正しい者と認められる。そしてヨハネの3章3節に「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません」。神の御子を信じる聖霊によって、聖霊が、ほら罪を悔い改めて十字架を仰いでご覧。そのときに新しく生まれる。神のいのちが与えられる。そのいのちが与えられているという喜び、確かさ。ですから私たちは天国にあるところのいのちをまったく知らない者じゃない。むしろその手付金といったらいいか、同じものがもうすでに私たちの心に与えられている、この新しく生まれるというこの生き方、そして、それと密接に関わっておりますけれども、天にある驚くべき嗣業。黙示録を見るとき、もう想像を絶するような、私たちの有限な頭ではとても考えることができないような、ほらこれはあなたのために御子イエス様がいのちに代えてあなたのために備えてくださった天の譲り、すばらしいものですよと啓示されている。それを思うときにもういう言葉がありません。これが私たちに与えられている福音というもので、そしてこういうものが、たとえば2年半前にある方がいよいよ手術に行く、そのときに、待っているときに、「われ活くれば汝らも活くべければなり」(文語訳 ヨハネ14:19)という神様の、聖書のおことばが心の中に与えられました。ああ、これこそ福音だな。「わたしが生き、あなたがたも生きることになるからです」(新改訳2017 ヨハネ14:19)イエス様と同じいのちの中にある。このようなことがある。これまでのそれぞれの信仰生活の中で、謝罪、義認、新生、そして、嗣業。このいかばかり豊かなものがあるかという、これをだんだんと知り続ける。宇宙は膨張しているといいますけれども、福音もまたほんとうにそうです。何という恵みでしょう。

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 死の恐れに対する圧倒的な勝利。これがもし神学院の試験で、福音の究極をあなたはどう思いますかといったら、私はこれを書きたいのです。「主の恐れに対する圧倒的な勝利」。これが福音です。もしかしたらば神学院のテストでは、辛うじて合格点といわれるかもしれませんけれど、そうではない。わたしにとって50年、その神学院のときから今まで主のご奉仕させていただいている中で、福音、あなたにとって福音とは何ですか。「われ活くれば汝らも活くべければなり」。よみがえってくださった主イエス様、この圧倒的な勝利、このように申し上げたいのです。そして、もしきょうのこのメッセージに、そうです、その通りですと、おそらく皆様方の心に鳴り響く、共鳴しているものがあると思うのです。この鳴り響く共鳴するものがあるということ即ち皆さん方の心の中に同じ神のいのち、福音のいのち、福音の恵み、それが、皆さん方の心の中にあるのです。クリスチャンの共鳴するそれが福音なのです。

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 その私たちはこの世界にこの世に生きておりますから、サタンが必ず私たちにこういう語り掛けをしてきます。たとえばヨブという敬虔な人物。きょうはそれを十分に扱うことはいたしませんけれども、そこに書かれていることはまさに生きるということを根本から揺すぶられ、考えさせられるものです。ヨブはほんとうに神様を信じていた人物であるのにも関わらず、試練という試練をことごとく受けた人物であります。その背景でサタンはいつでも言うのです。
「神様はね、ヨブはあのように神様を恐れる敬虔な者だといってるがね、なあに、彼の持ち物を失わせてごらんなさい。彼は神様を呪うに違いない。なあに彼の健康を打ってごらん。なあにあんなに敬虔なことを言ってても、彼は神様を呪うに違いない。そう、ご利益があるうちは人はみんな神様神様と言ってるんだ。人はいたずらに神を恐れるものか。」
 これがサタンがいつも私たちの心の中に、隙あらば、「なあに今の事業をつまずかせてごらん。彼はもう信仰なんてやめたというに違いない。やってごらん」。サタンはいつでもこのことばで私たちに襲いかかってきます。
 神様は私たちをどのようにご覧になるでしょうか。これをきょう一か所だけではこれだけじゃわからないよと言われたらば、すみませんと言うより仕方がありませんけれども、それを前提に分かっていながら申し上げさせてください。


 アブラハムという旧約聖書を代表する人物が創世記に出てまいります。このアブラハムがどんなに子どもが欲しかったか。待ち望んでようやく子どもが与えられた。それがイサクです。アブラハムはイサクをほんとうに可愛がっていました。けれども神様はアブラハムを試み言われた。「アブラハム、そのあなたの宝物のイサクをいけにえとして私に捧げてごらん」。これはアブラハムにとって大変な試みでした。しかし、アブラハムが神に祈ってやっと与えられたこのイサクです。神様はそのイサクを屠れと仰った。アブラハムは神を微塵も疑わなかった。
 いま彼の心臓に向かって私は刃を突き立てる。神は死者をもよみがえらせてくださるお方なのだ。そして、今まさにイサクを屠ろうとしたときて、ほんとうに殺そうとしたときに、神様のお声が。「待て、ようくわかった。今私はあなたが神を恐れていることがよくわかった」
 神様は、人間にとって何が一番大切であるかを教えられた。神を畏れるという気持ち、このことを私たちに一番大切なこととして教えようとしておられた。 

 もう一つ、神を畏れるということばを思い巡らす中に思い浮かんだのは、あのイエス様の十字架、イエス様が十字架に架けられたとき、その右と左には、同じくその日に死刑にされる強盗が架けられていた。真ん中に主イエス様です。
 イエス様が、「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです」(ルカ23:34)と、自分を十字架に架けた者たちをとりなしているのを、この二人の強盗たちは聞いているわけです。崇高な使命を全うされるイエス様を物理的にも心理的にもイエス様の一番近くで同じ苦しみに遭いながら聞いている。まさに自分たちも、これから死にゆくときに、一人の強盗は最後まで悔い改めませんでした。けれども、一人の方が彼をたしなめて言った。「おまえは神を恐れないのか、おまえも同じ刑罰を受けているではないか。おれたちは、自分のしたことの報いを受けているのだから当たり前だ。だが、この方は、悪いことを何もしていない」(ルカ23:41)そして「イエス様。あなたが御国に入られるときには、私を思い出してください」(ルカ23:42)。この強盗は、ほんとうに神を畏れるべきことを知ったのです。 

 お開きした伝道者の書12章13節には、きょうのこれまでお話しの結論がございます。
 私がこれまで半世紀、福音を皆さんとともに語り、そして教会生活をさせていただいていた皆さん方に、いちばん最後に、いいですか、神を畏れるこのこと。神を畏れ、神の命令を守る、これが人間にとってすべてである。伝道の書云々のことをきょうは申し上げません。しかし、結論、結局のところは、もうすべてが聞かされていることだ。神を畏れ、神の命令を守れ。聖書、これが私たち人間にとってすべてなのだということを神の聖言はのべているのです。

伝道の書121214
12わが子よ、さらに次のことに気をつけよ。多くの書物を書くのはきりがない。学びに没頭すると、からだが疲れる。本を作ることには、限りがない。多くのものに熱中すると、からだが疲れる。
13結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。
14神は、善であれ悪であれ、あらゆる隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからである。

結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。
神を畏(恐)れよ。
神の命令を守れ。
これが人間にとってすべてである。

 

※音声データ、スクリーンショットは教会からお借りしています。
⏰6時14分更新



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クラシック俱楽部を聴く ジャパンシリーズ Takemitsu Alone 〜武満徹没後25年〜

草月会館イサム・ノグチの石庭に静かに響く武満徹の音楽「巡り」「海へ」など代表作から武満の愛したビートルズまでフルート工藤重典・ギター鈴木大介2021年収録 武満徹作曲「巡りーイサム・ノグチの追悼に」(フルート工藤重典)武満徹編曲「ギターのための12の歌」全曲・「ロンドンデリーの歌」「オーバー・ザ・レインボー」「サマータイム」「早春賦」「星の世界」「ミッシェル」「ヘイ・ジュード」「イエスタデイ」他(ギター鈴木大介)「海へ」(アルト・フルート工藤重典 ギター鈴木大介)2021年草月会館 花と水と石の広場「天国」(イサム・ノグチ作)で収録

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コメント
工藤重典:武満さんが雄大な海を鯨のような頑健な身体を持って自由に泳ぎ回りたいんだと仰ってたように、時間とか空間とかいったものをすべて超えて解き放たれた命のありようというか、そういったものが非常に凝縮された音楽ですね。改めてその一つひとつの音楽が自分にどんなものをもたらしてくれるのかということを皆さんがとてもニュートラルな状態と言うか真摯な気持ちで接しておられるなというのは、コロナ禍になってからの自分の演奏体験を通じて強く感じるところです。
そうなってくるとこの起承転結というものがあるようなないような終わり方も、まあ、いわゆるブラボーって声がかけられない、ジャンと終わらない曖昧模糊とした終わり方の多い、武満さんの音楽というのは。すごくそれを目的として音楽を聴かないという状態においては真実の姿が皆さんに受け取ってもらえると思います。
鈴木大介:リズムとかそういうのもすごく複雑なんですけど、彼の書いている作品はだいたいすごく複雑ですね。だけどなんか、その中のこう僕らが探し求めているものがまた発見されるんじゃないかなあという気がするんです。考古学の  が一生懸命掘り起こして
何か見つけるみたいに、わかってんだけどまだ何にも出てこないなあみたいな感じで一所懸命やるでしょ、ああいう感じでこの作品を掘り下げて一生懸命演奏したり気持ちを入れて、ま、本番も重ねていくと、独特な精神性の違うもの、深いものというんですかね、出てくるような気がする。それが僕たちを支えるような気もして、これからたぶん、これからの時代、別な意味をもって接するということにだんだんなってくる。僕はそう思います。
鈴木大介:「ギターのための12の曲」、何でも書ける人だったですね、武満さんは。そういうのが一切ご自身のコンサートピースの中には顔を出さないんですけれども、非常にジャズでも何でも書けた。だからその割烹なり料亭をやってる世界的に有名な板前さんが、実は中華作ってもステーキ焼いても一流だみたいなはなしですね。そういうバラエティーに富んだ方なんですよ。12の歌というのは、ギタリストの荘村清さんのために武満さんがアレンジした12の世界中のポピュラーソングですね、とはいえ、世界中から集めたのに、なぜかビートルズが4曲も入っている。どんだけビートルズが好きなんだという、ほんとうにビートルズが好きでらした。一つひとつの曲に、その曲に対する思い入れとか愛情が感じられて、その一曲一曲のもとの世界観というか、原曲の世界観を大切に思ってらっしゃるんだなということがわかります。特にギターの曲は、武満さんの編曲作品もそうですけれども、オリジナル作品も非常にロマンティックな部分が強いのでそういった映画音楽の巨匠武満さん、そして、現代音楽の武満さん、前衛芸術の武満さんという色々なn武満さんがちょうどうまくバランスをよく顔をのぞかせている、武満さんの音楽の中でも最も、ある意味では武満さんらしい音楽がギターのための音楽だと思います。

曲目
「巡り」
 工藤重典フルート演奏。イサム・ノグチへの追悼曲
ギターのための12の曲
 すべて武満の編曲版。クラシックギターが「今日」とふれあい生きたものとなるなるようにとの願いがこもる。
1
、ロンドンデリーの歌 (アイルランド民謡)
2
、オーバー・ザ・レインボー (ハロルド・アーレン作曲)
3
、サマー・タイム (ジョージ・ガーシュイン作曲)
4
、早春賦 (中田章作曲)
5
、失われた恋 (ジョゼフ・コスマ作曲)
6
、星の世界 (チャールズ・C・コンヴァース作曲)
7
、シークレット・ラヴ (サミー・フェイン作曲)
8
、ヒア・ゼア・アンド・エヴリウェア(ジョン・レノン/ポール・マッカトニー作曲)
9
、ミッシェル(ジョン・レノン/ポール・マッカトニー作曲)
10
、ヘイ・ジュード(ジョン・レノン/ポール・マッカトニー作曲)
11
、イエスタディ(ジョン・レノン/ポール・マッカトニー作曲)
12
、インター・ナショナル(ピエール・ドジェイテール作曲)
海へ
 ギターとフルートのための曲。環境保護団体からのリクエストにより作曲。
1
The Night
2
Moby Dick 白鯨
 ハーマン・メルヴィルの小説「白鯨」に因む
3
Cope Cod 鱈岬
 アメリカのケープゴットに因む

🎵「巡り」輪廻転生を思い巡らしながら聴く。フルートがいつの間にか尺八に重なるのだけれども。魂が次の嵌りどころを求め揺らぎながら旅しているような。「ギターのための12の曲」、武満のうちにある音楽の蔵に広く深く網を差し掛け下ろしたときに、武満の感性に引っ掛かってきた曲が手繰り寄せられての12曲かと。編曲により穏やかな揺らめき懐かしさ、色彩感によってリニューアルされた感じが。この曲目の中でちょっと驚きだったのは「インターナショナル」。労働歌、革命歌の系列。この歌詞をたどって、武満の思いを知ろうとしてみた。
 ここからが今日の書き足し。32日にBSプレミアムで映画「乱」があって、これが音楽が武満ということで釘付けに。映画音楽だけでも100曲はあるらしい。「乱」では、仲代のあの怨念も地獄も見たという凄絶な形相に流れる虚無の響きが何とも。世界的な武満だけれども、本人は、「世界で演奏されるとか何とかはたいしたことじゃない。そいつらしい仕事をやってればいい、国際性とか何とかこだわってる限りだめなんじゃないか」と。また武満の暮らしぶりについては、井上陽水が狭山湖にある武満の家を訪問したとき、「世界的な音楽家があんな家、これはアパートなんだけれども、あんな家に住んでいると外国の人が知ったら驚くだろうね」とつぶやいたとか。どちらも筑紫哲也著「旅の途中」にある。名声を得てもとんと頓着せずに気取らず自然体で、純粋に内側から湧き出てくる音に耳を澄ませ汲み上げ五線譜に書きつけた一作曲家のすがたが浮かぶ。
 

🎧名曲アルバム。「時には母のない子のように」アメリカ民謡/挾間美帆・編曲

故郷を失った奴隷の身の上を母親のいない子どもに重ねて歌う黒人霊歌の名曲。黒人霊歌の魅力を世界に知らしめた黒人学生たちの聖歌隊がたどった苦難の物語とともに味わう。
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大学建設の資金集めのために合唱団を結成し全米を回り、イギリス女王の御前演奏も行ったフィスク・ジュビリー・シンガーズは黒人霊歌を世界に広める。

 

⛳6時41分。眩い曙光が。7時2分更新。

 

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220303クラシック俱楽部を聴く 小曽根真×富士山

日本を代表するピアニスト・小曽根真と日本最高峰・富士山のコラボレーション!富士山からのインスピレーションとアドリブ満載の熱演で、クラシックとジャズを披露する。 日本を代表するピアニスト・小曽根真が、日本最高峰・富士山をバックにクラシックとジャズの熱演を披露する。即興演奏を得意とする小曽根が、富士山からのインスピレーションを得て紡ぎ出す音楽とは 【曲目】マズルカ イ短調(ショパン作曲)、「クープランの墓」から前奏曲(ラヴェル作曲)、Asian Dream(小曽根真作曲)ほか【収録】2019年2月4日 ハイランドリゾート グランドバンケット富士
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小曽根真のコメント
4
曲、クラシックの演奏をしましたが、僕はもともとクラシックプレーヤーではまったくないので、クラシックを始めてそれでも145年演奏させていただいてるんですけど、まず何とか弾ける曲を選びました。クラシックの場合一番大事なのは譜面に書いてあることをちゃんと弾かなくちゃいけないので。それがそのジャズとクラシックではあまりにも奏法が違うので、ジャズでいくら弾けても、クラシックのリクワイアメントしなければいけない弾かなければいけない音を弾けるかどうかというのとまた全然違うんです。ですからあまりその高度な超絶技巧の曲、弾きたいんですけど、何とか弾けるけれどもTVに収録できるだけの技術があるかどうかちゃんと吟味しなければいけないだろうがまず一つ。その中で、即興の要素ってしっかりいただける曲、コンポーザーとの対話が面白いんですけど、モーツァルト、僕が音を変えようとすると、楽譜の向こうから「どうぞ、どうぞ、どうぞどうぞ」っていう、「ここがその場所だよ」と投げてくる感じがする。バッハもショパンもスカルラッティも。ラヴェルはご自身でも即興されてたと思うんですけど、要素がいっぱいあるんで。あそびしろっていうんですかね、それがいっぱいあるんです。なので今回は僕が弾く意味をちゃんと出せる曲を選ばせてもらいました。あとは自分が好きな曲ですけど、最終的には。

最近よく僕が口にする言葉がボーダレスとかビヨンドボーダーとか、要するにその音楽という言語にはジャンルは必要ないというふうに本当に思うんですね。特にこの15年、クラシックという自分の中でもジャズのある意味対極にある音楽をやらせていただいて、クラシックの音楽家の方にいっぱい助けていただいてもらってコンサートをやっていく中で、すごく感じたことはやっぱり言語の表面的なものがぜんぶ違うんですけれども、すべて表現したいものは同じ。人間の気持ち、感情、物語りというのがあって。ですからまずジャズと一口に言ってもラテンジャズもあれば、クラシックに影響を受けたジャズもあるし、ブルースからきたジャズもありますし、今のラップとかヒップホップというのがありますが、あれはもうジャズから完全に来てる音楽なんですよね。弾むリズムという自体がそうですから。ですから自分の中でやっぱりそのボーダレスで作ってきた自分のコンポジションを代表するような(自作のジャズ)4曲を選びました。

曲目
クラシック小曽根真編曲でショパン「マズルカ イ短調作品17第4」、スカルラッティ「ソナタ ホ長調」、バッハ「シンフォニア 第7番」、ラヴェル「クープランの墓 から」
後半4曲はすべて小曽根真作曲によるジャズ作品。「NO SIESTA」「My Witch's Blue」「Mirror Circie 」「Asian Dream」

 

 🎵なぜこの選曲? と思っていたところ、小曽根氏、何とか弾ける曲、これはジャズアレンジに耐える曲、ジャズアレンジをゆるす曲という意味かと。クラシックとジャズでは奏法がまったく違うらしい。即興の要素をいただける、あそびしろの個所がたくさんある楽譜から選んだのが今回の曲であるという。遮るものなく、頂の冠雪からすそ野の広がりまでをすっぽりと容れる床から天井、天井には建築用語があるのだろうが、このハイランドリゾートグランドバンケット富士の設計者は誰だろうと、思いも到るのだが、とにかく総ガラスの向こう、輝かしい冠雪の青く美しい富士を奏者は左横に置きながらの演奏。清新な富士、ピアノの黒いシルエット、奏者の青いシャツ、ガラスを支える建材の絨毯に長く伸びる陰が視覚的条件も満たしている。
 意匠を生かしてのジャズ化を遂げた響きに、思わず、ショパンさん、バッハさん、こんなに小曽根さんに遊ばれちゃっていいの? と冗談が浮かびはするものの、アレンジは実は、作曲者を軽んじたり茶化したりしてはいない。ただ、クラシックがジャズに淘汰されてしまったかと感じた部分も。それがまた新しい境地が開拓されたかの感じも。
 コラボというけれど、ピアノを弾くときに、富士は見えてないじゃないの? しかし、後で小曾根氏が言った「弾いている間は富士は見えないが、富士からパワーをもらった」と。「きょうはメロディーが次つぎに湧いてきた。自分が弾いていながら自分が弾いていないような感覚だった。富士山、ありがとうございました!」。取り囲む収録の機材、スタッフからもエネルギーをもらうのだという。
 小曽根作品、12曲とも、最初の部分、ショパンじゃないかと思うほどクラシカル。意外だった。そしてジャズもクラッシクも人間の想い、感情の表出という点では底にある、流れるものは同じなのだなと。3曲ともに、底にある詩が感じられ、特にも2曲目は、氷筍に滴る水の音が聴こえたような、実に素晴らしかった。「Mirror Circie 」、最初は「鳥のカタログ」かと思いきや光の移ろい姿を変えて。4曲目、「Asian Dream」、車窓に夕映えを流しているうちに山際に陽は沈みゆき静けさが忍び寄った。何というタイトルであったか。

🎧名曲アルバム。エイク/江崎浩司・編曲「涙のパヴァーヌ」
笛の楽園から涙のパヴァーヌ」(リコーダー)江崎浩司,(チェロ)高群輝夫,(チェンバロ)長久真実子 ~オランダ・ユトレヒト~
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ヤコブ・ファン・エイクはアムステルダムから90キロ南にある小さな町ハウスデンで、名士の家に生まれた。生まれながらの盲目であり、音楽を目指す。1625年に学問・芸術を育むユトレヒトに出る。16世紀に、オランダの教会の鐘はメロディーを奏でるカリヨンに変わっていく。エイクは街中のカリヨンの監督を任され、ユトレヒトの音楽の指導者となる。エイクはカリヨンとともにリコーダーの名手でもあった。「涙のパヴァーヌ」はリコーダーの曲集「笛の楽園」の代表作。当時の流行曲を集めまとめあげた彼の音楽人生の集大成である。彼は「ユトレヒトのオルフェウス」と讃えられた。彼が亡くなった日、街中のカリヨンが鳴り続けた。

⛳ブログは前回のに加筆、補筆。
辻井さんの「それでも生きていく」が今心に通った。さらに新たな作曲を待ち望みつつ。6時59分更新

 

 

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220302 クラシック俱楽部を聴く  パク・キュヒ ラテンの風〜古民家に響くギターの調べ〜

国際的に活躍するギタリスト、パク・キュヒのリサイタル横浜市の文化財である古民家「横溝屋敷」からスペイン&中南米ギター音楽の傑作を集めたスペシャル・コンサート 韓国と日本で育ち国際的に活躍するギタリスト、パク・キュヒのリサイタル江戸~明治時代に建てられ横浜市の文化財として保存・公開されている古民家「横溝屋敷」からスペイン&中南米ギター音楽の傑作によるスペシャル・コンサートソナタ(スカルラッティ作曲)ワルツ第3番(バリオス作曲)ソナタ(ヒナステラ作曲)カタルーニャ奇想曲(アルベニス作曲)練習曲(ソル作曲)旅人のソナタ(ブローウェル作曲)ほか
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パク・キュヒのコメント
 まず最初にお話しいただいたときに、古い民家で撮影するということを聞いて、そもそも野外で演奏したことがあまりなかったので、どういう響きになるかすごく楽しみにしていました。いつもコンサートの前はコンサートホールで演奏するということをイメージしながら練習してるんですけれども、今回来る前まであまりイメージが湧かなくてそういった部分がちょっと心配だったんですけれども、お家で  弾くような感じかなというイメージが湧いたので、そういう感じで演奏できたかなと思っています。
 ヒナステラの「ソナタ」は、アルゼンチンのリズムを使った曲になっています。マランボというのはアルゼンチンの男性が踊るリズムのことで、すごく男性的なかっこ良さを表しています。この曲の聞きどころは、特殊奏法がけっこうある。たとえばギターを弾くだけでなく、板や弦をたたいたり、弦をはじくという奏法が駆使されている楽しい曲かなと。特に4楽章では日本人ギタリストが名付けた奏法があるんですけれども、「猫パンチ」という奏法がはいっていまして、これは猫のように指を丸めて一回たたきます。たたいてラスゲアードという一気に弦をはじくという奏法なんですね。これが合わさってリズムを表す、そういう奏法になっています。そこを聴いていただけたらと思います。
 ブローウェル「旅人のソナタ」はこの曲はブラジルの巨匠のオダイル・アサドさんに献呈された曲です。彼がブラジルの方なので、ブラジルをイメージして旅をするような形で、4楽章になっている曲です。スペインに留学していた頃にオダイルさんにレッスンを受ける機会があって、特徴としてはオダイルさんの人柄にすごく似ているかなという感じがしました。彼の言葉でいちばん記憶に残っているのは「この曲はロックン・ロールだ」。オダイルさんはとてもワイルドな方で自由な方なんですね。それがこの音楽にまさに入っていて、その自由さそしてワイルドな感情をもって演奏することを心がけています。

 曲目
☆「ソナタ ト長調 K.391」スカルラッティ:作曲
「アランブラ宮殿の思い出」タレガ作曲
「フリア・フロリダ(舟歌)」バリオス:作曲
「ワルツ 作品8 3」バリオス:作曲
「ワルツ 作品8 4」バリオス:作曲
「ソナタ 作品47ヒナステラ:作曲
「カタルーニャ奇想曲」アルベニス:作曲
「練習曲 ホ短調 作品6 11」ソル:作曲
「旅人のソナタ」ブローウェル:作曲
「愛のロマンス」作者不詳:作曲

 🎵1896年に建てられたという横溝屋敷。横浜にこのような豪農が存在したことの驚き。ヒナステラの「ソナタ 作品47」、ブローウェル「旅人のソナタ」、解説を踏まえて興味深く。
 「アランブラ宮殿の思い出」、「愛のロマンス」、この二つの曲は、ほかにどんな曲があろうとも、他を良い意味で駆逐してしまう。有名な曲、誰でもが知っている、私でさえ知っている、超有名な曲、しかしこの1音1音に耳を澄ませてみると、それがいかにいかに大切に奏でられているかは驚くばかりだ。
 ギターのラテンの響きが時を超えて16世紀の古民家に届きそこで鳴り、同時にいまのこの古民家のたたずまいに響いている不思議さ。
 何度か聴いているけれども、今回はソルの練習曲がぴしっと感覚に入ってくれた。
 また「旅のソナタ」、聴くうちにこれがギター演奏であることを忘れてさまざまなイメージが浮かんだ、そこではたと、きのう番組の中で小菅さんが言ってたことはこのこと、と。

🎧名曲アルバムはマスネ作曲「歌劇ウェルテルから「春風よなぜ私を目ざますのか」」
(テノール)福井敬,(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)現田茂夫
 福井敬のテノールの説得力は!
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次の写真は20日の「クラシック音楽館」を撮り置いた福井さんの一枚。この方は岩手出身。
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⛳左顔面に朝日が眩しい。6時49分更新

 

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220301クラシック俱楽部を聴く 語るように奏でる 〜吉田誠と小菅優の世界〜

世界的に活躍するクラリネット奏者・吉田誠とピアニスト・小菅優。長年、音楽を通じて対話を重ねてきた2人が奏でるクラリネットの名曲、そして「歌」
 
【演奏・語り】吉田誠(クラリネット)小菅優(ピアノ)
【曲目】
クラリネット・ソナタ 第2番 変ホ長調 作品120第2(ブラームス)
「こもり歌」(ブラームス)
「3つのロマンス」作品22から第1曲(クララ・シューマン)
「3つのロマンス」作品21はクララが34歳、シューマンが精神病院に収容される前年の作品である。広い音域とポリフォニーが深い悲しみに沈む気持ちと張り裂ける心の叫びのように聞こえる第1曲。突然メルヘンの世界に誘われるような、愛らしさあふれる第2曲。絶えず渦巻く激情のようなテーマと憧れが駆け上るようなテーマの交錯が印象的な第3曲は、穏やかな中間部にも絶えず不穏な楽想が見え隠れして、病状が悪化していくシューマンを見守るクララの心を映し出しているいるかのようである。第1曲はシューマンへの誕生日プレゼント、作品全体は当時、クララを献身的に支えたブラームスに献呈された。
「鐘」(サン・サーンス作曲、ユゴー作詞)
クラリネット・ソナタ 変ホ長調 作品167(サン・サーンス)
 「クラリネット・ソナタ」は、サン・サーンスが亡くなった年に作曲された。当時85歳。この曲には作曲家として賞賛と批判を受けた日々、そして42歳で愛する息子を失った波乱万丈の人生が描かれていると感じます。
【収録】2021年12月22日NHK大阪ホール(無観客)

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コメント
吉田:優ちゃんのサロンコンサートの打 ち上げで出会い、たまたま遊びで演奏したことが共演のきっかけです。初めて会って合わせただけなのに、ここまで音を通して会話ができるんだと。ピアノという楽器とここまで音楽的な対話をすることができるんだと思ってすごく衝撃的でした。小菅さんとだったら音を通して語り合うことができる、やっぱり確信したんですね。
小菅:一緒に音楽をやるに、何れすごく色んなアイデアが浮かんでくる、なので、自分も色いろ言うけれども、そっちからもインスピレーションがすごくお互いあるなと話しているだけでも感じました。
まずは二人が初めて演奏した曲、ブラームスの「クラリネット・ソナタ」をお届けします。

吉田:続いては三つの歌、「こもり歌」(ブラームス)、「3つのロマンス」作品22から第1曲(クララ・シューマン)、「鐘」(サン・サーンス)をお届けします。僕たちはここ数年、たくさんの歌曲を演奏してきました。二人で何度も演奏するうちに、クラリネットは語ることができる楽器だと気づいたからです。
吉田:言葉の意味を音で表現することは、演奏の幅を広げてくれました。3曲やるってことは言葉の意味を調べないといけない。ブラームスの歌曲はやはりドイツ語で書かれているのでドイツの詩ですしね。小菅さんはもうドイツ語ペラペラだし、そんな中で彼女にいっぱい教えてもらったんです。言葉の意味であるとか、ドイツ語でしゃべる時には、こういうふうにしゃべるとか。
小菅:サン・サーンスはフランス語だから誠君はフランス語が得意なんで、ムコビエ、Mucobieとかここは発音しないだろうとフレーズもそういうふうにっていう
吉田:うわーとしゃべって最後ふっと言葉も最後単語をしゃべり切らなかったりするじゃないですか、そういう風になってるんですよ。ドイツ語はきちっと最後までしべるじゃないですか。だからちゃんと言葉のフレーズも音楽もきちっと最後までお話しするということが大事になってくるんだと思う。そういった微妙な国によっても違うことばのニュアンス、表現というのも音を通して表現されるべきだし、それがパーンとハマったときにはじめてその音楽は自然に聴こえてくると思うんです。
小菅:歌というのは、詩の朗読を向上させたものだとサン・サーンスが言っているように、詩と音楽というのが助け合ってできているものなんで、そういうのがサン・サーンスの音楽からもすごく感じ取られるし、ピアノっていうのは歌をサポートして、雰囲気とかその場の風景とか質感とかも、最初の序奏とかで表して、そこにクラリネットが加わって。最終的にピアノだとかクラリネットだとかそういう楽器が見えてくるんじゃなくて、曲の感情とか曲に対するメッセージとかそういう根本的なものを表してるわけじゃないですか音楽で。なのでやはり今ピアノとかクラリネットを聴いているということを忘れて詩の世界に皆さんを連れていけたらなと思います。

「クラリネット・ソナタ 変ホ長調 作品167」(サン・サーンス)について
吉田:死を前にして、これだ、という哲学というか、これだ、っていうのが特に入ってる気がする、サン・サーンスの最後のメッセージとして。人生とはこれだよというみたいな。
小菅:いつもサン・サーンスというのは感情的ではないと色いろ言われてたんですけれども、すごい感情的。ほんとうは彼の正直な気持ちがわーっとあふれ出るみたいなところがあるんじゃないかと。85歳まで抑えてたものとか。
吉田:たとえば4楽章とかも、appassionata、情熱的にと。音楽はほんとうに情熱的な部分もあるし、短いフレーズに突然わっと。それが人間でしょ、といってる気がする。それを最後楽章に、1楽章のテーマが最後に出てくる。まるで自分で自分の本を閉じるかのような、こうでした、パタ、という感じ。前もこうやって楽しく、ある意味深刻というよりもすごく明るいポジティブな気持ちで彼が人生どうだったかと考える余地を与えられているわけですよね。

🎵昨日番組予告を見た時点では、クララ・シューマンの曲が入るということで、ただそれだけを楽しみに観たところが、番組自体が小菅さん、吉田さんというお二人の音楽家の会話の中に自分も加われたような楽しさをくれる制作、内容だった。日常会話的なコメントを聞きながら興味深く聴くことができ、画像も照明に飽きさせない変化が。三つの歌、対訳がブラームスの子守歌は小菅さん、鐘は吉田さんの対訳。演奏家による対訳であるところ、訳には曲から汲み上げられた読み込み、解釈もあろうかと思われた。何しろメモっている私自身が語学は全くダメ、ネットで今は単語の発音まで出してくれるので、不十分と知りつつ何とかコメントを記してみた。音作りの場面で、小菅さんが「オンブラというのは陰でしょう、ここのとこもうちょっと」などと言っている場面に、小菅さんのピアノのすばらしい音作りのプロセスのほんの一断片をのぞいた思いがした。

🎧名曲アルバム。ハイドン
Dsc08537-2
少年のころはシュテファン大聖堂聖歌隊で活躍するも、変声期を迎え一人で生きて行かなければならなくなったというから過酷。それでも作曲家として大成功。晩年には彼が大成功を収めたこの「皇帝」を弾くのが日課だったとか。聴きながら彼の最盛期に思いを馳せていたのだろう。

⛳炊事を終えてはボツボツボツ、掃除を終えてはボツボツボツ、洗濯を終えてはボツボツボツ。3月の第一日目は気長に焦らずゆっくりゆっくり、キーを打ち、19時34分の更新。

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