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2021年7月

雑感

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 8月の最終日。J-MEROはゲストSHISHAMO、NMB48
NMB48 、「床の間正座娘」、海外用に床の間と正座の解説入り。自分たちはそんなに安くないのよ、といった感じか。SHISHAMO,恋にはまった女の子の気持ちをサウンドに託して。

 ☆

 台風被害、感染の急拡大下でのオリンピック。ついに海外からのブーイング。

 ☆

 この関係でというのではないけれども、たまたま手近に置いてあった「松田甚次郎の周辺 吉田六太郎との交歓」を読み直してみて、きょう意識に止まった賢治の詩は、

 厳に日課を定め
 法を先にし
 父母を次とし
 近縁を三とし
 農を最後の目標として
 只猛進せよ
 利による友
 快楽を同じくする友
 盡くこれを遠離せよ

 世の中はこの逆方向に流れてきていた、コロナが大腕振って跋扈するまえまでは、などと書こうとしてはたと立ち止まる。大方が楽な方、安逸にと流れがちではあったが、真面目な人々は存在し、やはり真面目だった、と書いてまたしも、真面目とは何ぞやという声が聞こえた気が。今時点に立っては愚問と類別。真面目は真面目、、真面目をがたがたいう者は不真面目である、がいつの間にか自分の中で公式化している。まさか全員小作農にというつもりでは……そういうつもりは毛頭ないし、いえる立場でもない。どうして今朝この詞が心に留まったか。とりあえず「農」を「まず自分のやるべきこと」に置き換えてみる。これがなかなか進展していないという現実もあるはある。
 それにしても、最後の三行に賢治の潔さと教えとが思われる。

⏰9時57分更新

 

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210730 クラシッククラブを聴く ズーラシアン・オーケストラ

「ズーラシアンフィルハーモニー管弦楽団」は、動物たちによるオーケストラ。独自のアレンジやユニークな演出で子供たちに大人気の演奏会をお届けする。 【出演】ズーラシアンフィルハーモニー管弦楽団【曲目】祝典序曲 作品96(ショスタコーヴィチ)どんぐりころころ ~オケにはまってさあ大変!~(高橋宏樹 編曲)行進曲「威風堂々」第1番(エルガー)ほか【収録】2020年10月23日 東京オペラシティ コンサートホール

ー番組紹介よりー

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曲目
☆祝典序曲 Op.96 (作曲:ドミートリイ・ショスタコーヴィチ)
☆どんぐりころころ〜オケにはまってさあ大変! (編曲:高橋宏樹)
☆ソーラン・ブラス (作曲:北海道民謡/ 伊藤多喜雄 編曲:山口尚人)
☆この素晴らしき世界 (作曲:ジョージ・デヴィッド・ワイス/ ジョージ・ダグラス 編曲:石川亮太)
☆悲愴 第2楽章 (作曲:ベートーヴェン)
☆きらきら星 (フランス民謡 編曲:高橋宏樹)
☆闘牛士のマンボ (作曲:モンテルデ・ベルナルディノ・バウティスタ 編曲:高橋宏樹)
☆行進曲「威風堂々」第1番 (作曲:エドワード・エルガー)
☆アンコール 幻想曲「かごめ」(石川亮太)

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🎵どこがどう演奏されたかよりも、とにかく楽しく癒される楽団。服装は一般的なクラシックスタイルなのだが、頭にはみなすっぽりと動物の仮面。ズーラシアンブラスのときには絶滅した動物だけが登場。しかし、今回のオケでは弦ウサギや打楽器担当でナマケモノも登場。まだほかにも絶滅していない動物がいたかもしれない。今は生き物すべてが絶滅危惧種の観を呈している昨今ではある。

 「どんぐりころころ〜オケにはまってさあ大変!」、なにが転がり出るかと思いきや、ベートーベン5番シンフォニー、展覧会の絵、ブラームスのハンガリー舞曲、ヴィヴァルディの四季、ヨハン・シュトラウスのトリッチ・トラッチポルカ、ドボルザークの新世界、パッヘルバルのカノン、チャイコフスキーの序曲1812、エルガーの威風堂々、ビゼーのカルメン前奏曲、この10曲の超有名なフレーズがどんぐりコロコロの節々の間に転がり込んでいた。ズーラシアンの「悲愴」は何と優しく夢見るような世界!「きらきら星」ではなぜか度々現れては雑音を鳴らして演奏をかき乱す。ずっこけそうな指揮者、演奏者。会場からカバを呼んでいるか、子どもの声がしていたが、とてもじっとして見てはいられない楽しさ温かさ。ぜんたい包む空気のあたたかさに子どもばかりではない大人も楽しみ癒される楽団。ひとの名前が画面の、ステージ上のどこにも表れないのはこれは夢をこわさないためなのかも。

 

🎧名曲アルバム、芥川也寸志「交響管弦楽のための音楽」。広上淳一&東京フィル
2歳で父に死なれた也寸志は、龍之介の遺品レコードを聴いて育った。「火の鳥」「ぺトリューシュカ」はお気に入り。「交響管弦楽のための音楽」、これは伊福部昭との出会いから生まれているようなのだけれども、やはり幼いころに聴いていた楽曲が色濃く反映されたかロシア的。

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⛳感染急拡大。しかしこのような音楽に癒され、ひととき心和んで、7時12分更新

 

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210729 クラシック倶楽部 上野耕平 サキソフォン・リサイタル

【出演】上野耕平,高橋優介「ファンタジー」ベダール:作曲,(ソプラノ・サクソフォン)上野耕平,(ピアノ)高橋優介ほか。2019年1124日兵庫県豊岡市民会館文化ホール。ー番組紹介よりー

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上野耕平1992年茨城県出身。ベルギーのアドルフ・サックス国際コンクール第2位。
高橋優介1994年千葉県出身。第10回東京音楽コンクール第一位。上野耕平とは2010年から共演。

 曲目
ベダール:ファンタジー
参考D.ベダールは1950年、カナダに生まれた作曲家で、オルガンの作品が有名です。
 ファンタジーは1984年に作曲された作品で、サクソフォンの、特にソプラノ・テナーサクソフォンのレパートリーの中で有名で重要なものとなっています。
トマジ:バラード
参考アンリ・トマジ(1901-1972)はフランスのマルセイユに生まれた作曲家で、1927年には、当時の作曲家にとって最高の栄誉とされた「ローマ大賞」を得ています。この曲は1939年に作られ、作曲者の親友で当時世界最高のサクソフォーン奏者として活躍していたマルセル・ミュールに捧げられました。
 タイトルにある「バラード」とは、もともとは詩の一形式を表わす言葉でしたが、18世紀以後は、物語の内容を持った器楽曲のタイトルにつけられるようになりました。このトマジ作曲の「バラード」も楽譜にはS.マラールの詩が添えられています。マラールの詩の内容はとても叙情的なもので、曰く「ためらいがちに鳴り響くサクソフォーン」がひとりの道化師を苦悩と絶望から立ち直らせるものとして登場します。
 トマジのバラードに寄せる上野耕平のコメント
秋がいちばん好き。これから冬に向かう何とも言えない美しさ、寂しさ。この秋のにおいが大好き。僕が好きな音楽はそういう音楽が多い気がする。いい音楽だなと思うのが夕焼けっぽかったり、秋っぽかったり、なんかこう散ってゆく枯れてゆく美しさというのがトマジの曲からも感じられる。人間の明と暗を描いているような、それを音楽でうまく表現しているというか、なんかこう、背中から漂う哀愁を感じる曲ですかね。
フランク:バイオリン・ソナタ
ふつうはバイオリンとピアノで奏されることが多いこの曲を、上野がアルト・サクソフォンで演奏。
 上野耕平のコメント
理想はあたかもサクソフォンのために書かれたかのように聴こえてほしい。ピアノパートがとても充実してて、今回共演する高橋君はバイオリンとはもう数多く共演しているんですが、サクソフォンとははじめて(?)。バイオリンだと音量の問題でどうしてもピアノはおさえなくてはならないところがあるんですが、サクソフォンとはそういう心配は一切要らないので、ピアノものびのび弾いてくれると思うので、きっとバイオリンとピアノで聴けるのとはまた違ったフランクのバイオリン・ソナタを聴いていただけるんじゃないかと思います。

 

🎵トマジの「バラード」、拘泥することなく頓着することなく、角にぶち当たることもなく流れゆくのだが、しだいに秋、たたずんで水底の枯葉を見、秋の華やぎ紅葉を見まわし、自分は自分だという立ち位置を見出して閉じたような。フランク「バイオリン・ソナタ」、サクソフォンの方はバイオリンよりも広く切々と、且つ高らかに訴えかける効果があるように感じられ、しみ込んだ。

 

🎧名曲アルバム。スウェーデン民謡「麗しのヴェルムランド」
ヴェルムランド地方モールバッカ村は「ニルスのふしぎな旅」の作家セルマ・ラーゲルレーヴのふるさと。1858年裕福な家に生まれたが、足が不自由だったセルマは家の中で過ごすことが多かったらしい。家族が語る民話や伝説を楽しみだった。
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⛳7時59分更新

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210728 クラシック倶楽部 中川英二郎トロンボーン・リサイタル

富山県射水市公開収録 中川英二郎トロンボーン演奏会
【出演】中川英二郎,宮本貴奈,オッタビアーノ・クリストーフォリ「管弦楽組曲第3番からアリア」バッハ:作曲,(トロンボーン)中川英二郎,(ピアノ)宮本貴奈ほか

 

射水市は人口約9万3千。富山湾に接し早朝だけでなく昼にも市場ではセリが行われている。これは全国でも珍しい。冬には旬の味のカニを求めて多くの客が。内川(新湊地区)の景観は日本のヴェニスと呼ばれる。小杉地区は旧北陸道の宿場町として栄える。左官職人を数多く輩出。

中川 英二郎
音楽家一家、育ち、5歳でトロンボーンを始める。高校在学中に初リーダー作をニューヨークで録音。以来クラシック、ジャズ、ポップスとジャンルを問わない活躍であまたのビッグアーチストやオケーケストラと共演を重ね、世界各地で演奏活動を行っている。2002年金管八重奏団「侍ブラス」結成。2008年朝のTV連続小節「瞳」のメインテーマを演奏。国内主要オーケストラとメインソリストとして共演。国立音楽大学ジャズ専修講師。
オッタビアーノ・クリストーフォリ
イタリア・ウーディネ市出身。2009年日本フィルハーモニー交響楽団に入団。ソロ・トランペット奏者を務める。中川率いる「侍ブラス」のメンバー。
宮本 貴奈
茨城県結城市出身。アメリカ・バークリー音楽大学卒業後、ジャズピアニスト、作曲家として幅広く活躍。全米エドマンジャズピアノ大会優賞。国立音楽大学ジャズ専修講師。

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中川のコメント:この作品(竹内源造記念館にある「双龍」)とか見たら、芸術的じゃないですか。これってもう職人をさらに一つ越えているもんじゃないか。トロンボーンは同じように職人なんですよね。同じ職人の演奏家として感銘を受けますね。
 自分がこの楽器を演奏するときに気を付けることは、彩パレットをなるべく多くしたい。音楽をやるうえではそのパレットというのは、恐らくリズムや音色だとおもうんですけど、音色とリズムの組み合わせがもう無数にあるんですけど、それを自分でコントロールして、そうやって表現するという事をいつも考えてるんですね。それがトロンボーンのいちばんの魅力なんじゃないですかね。
 作曲はね、おもしろいんですけど、お風呂でけっこう生まれることが多くて、よくクリエイティブな人たちが下りてくるという言葉を使うんですね。上からぱっとひらめいた瞬間にいろんなものがばーっと広がって、その種を見つける瞬間というのが割と僕はお風呂の中が多くて、その一つのきっかけが見つかると急にそれがこうエンディングまでが見える。作曲をする部分と編曲をする部分というのは、自分の中ではやはり二つのパートに分かれているんですよね。なので先に作曲をしてその時だけはあんまりコンピューターを使わないですね。スケッチを手で書いて、ピアノなり自分の歌なりでどんどんドラフト書いて、そこから、こんど編曲という作業になったときに初めてコンピューターを使ったりシュミレーションしたり、基本的には自分の表現をするために作曲をして、音楽をみんなに聞いてもらって、僕の人間性や人となりを感じてもらえたら一番いいなとは思いますね。どうしてもこうすぐ楽器を吹くと職人的になってしまうんで、カッコつけるというんじゃないんですが、体裁よくつくろってしまえる自分がいるので、そうじゃなくてやっぱり一人の芸術家としてさらけ出せるようにするためにも曲を作った方がさらけだしやすい。それがうまく自分の中でバランスよく続けられれば一番いいなというふうに思います。

曲目
「管弦楽組曲 第3番 から アリア」バッハ:作曲
「歌劇「運命の力」序曲」ヴェルディ:作曲、ニール・ベネット:編曲
「ファンダンゴ」ジョゼフ・トゥリン:作曲
現代アメリカの作曲家ジョゼフ・トゥリンが、メキシコの吹奏楽団のため2000年に作曲。スペイン発祥の舞踊ファンダンゴのリズムとメロディーが引用されている。
「シークレット・ゲート」中川英二郎:作曲
2007
年自身のアルバム制作のために作曲。扉を開くような曲想から後に名がつけられた。ジャズセッションのような即興演奏や楽器同士の掛け合いが聴きどころ。
「トライセンス」中川英二郎:作曲
トライ(3つの)センス(感覚)の名の通り3部で構成され演奏技術の粋を尽くした作品。
アンコール「チャールダーシュ」モンティ:作曲

 

🎵番組冒頭、中川作曲の「侍」が流れていた。「シークレット・ゲート」「トライセンス」、街路にクルマを走らせているうちに、流れていく景観の一つに目が留まり、それが何であるのかクルマを降りて見極めようとでもしていくうちに、見極めた何かを自らのうちに見出していくような、そんな自身の深刻めいてはいないけれども、突き詰めのように聞こえた。トロンボーンとともにピアノの響きが活き活きと心地よい。

🎧名曲アルバム。福井敬うたう、コルディフェルロ作詞、カルディロ作曲「つれない心」

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⛳これが3時の情報だけれども、宮城、岩手に台風接近。いっときは強烈な日差しも見えていたが急変ぱらつく雨。それもいまはあがり、うるんだ緑が樹上を揺らしている。チャールダーシュを耳にしながら7時15分更新。

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210727 クラシッククラブを聴く 藤倉 大  個展

イギリスを拠点に国際的に活躍する作曲家、藤倉大。ハクジュホールの開館15周年を記念して行われた公演「藤倉大 個展」からお送りする。【出演】藤倉大(作曲)、本條秀慈郎(三味線)、小林紗羅(ソプラノ)、福川伸陽(ホルン)、新倉瞳(チェロ)ほか【曲目】「NEO(音緒)」「きいて」「Osm」「はらはら」ほか(以上藤倉大作曲)【収録】2018年10月20日 ハクジュホール(東京都渋谷区)番組紹介よりー

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藤倉大は1977年大阪生まれ。15歳でイギリスに留学。20歳、最年少で1998年セロッキー国際作曲コンクールで優勝。イギリス拠点に作曲活動。2015年初のオペラ作品「ソラリス」をパリのシャンゼリゼ劇場で初演。クラシック界最前線で活躍。

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藤倉大のコメント

 僕は作曲する人は必ず演奏する人と密着でないといけない。僕は信じてる。仲間ですから。音階書くだけだったら音楽じゃないですから。誰か音にしなきゃいけないわけで、音にしなきゃいけない人が演奏家だったら、もうその人たちと二人三脚以上の関係じゃないと無理じゃないですか。こうやってきょうの皆さんみたいに友達だと向こうも言ってくるし。こうやったらこんなにうまく吹けるんだよね、といってその録音が入って来て、あとこっちのほうがいいよねとなるんですよ。じゃ、楽譜を変えればいいじゃん、そんな感じで、どんどん書いていくというんでしょうか。けっこうそういうコンタクトする人少ないんですよ、僕の見る限りでは。サーチはするんですけども。訊けばいいじゃん、なんです。
 「GO~ピアノと管楽のための~ から 第5楽章」の完成までに関して。「ゆらゆら」に関しては:たとえばクラリネットのこの曲、GOというとこからくるクラリネットの曲なんですけど、あれも今思い出したのが、僕一応  の教授やってんですけど、僕の家で教えている。僕行きたくないから。でしかも定期的じゃなくてそんな教えなんですけども、それで生徒が10分遅れたかでそのときにクラリネットの吉田 誠くんがフェイスブックやってる、でメッセンジャーでオンラインになってから、3小節ちょっと書いて送ったら、さっと録音して送り返してくれたんです。それをもっとじゃ書き直して書き直して書き直してまた書き足して送ったら、その場でもう15分ぐらいダーっとやって、いいとこでピンポンと来るんですよ。生徒が。それを待たしておいて、それでちょっと書いてそれで、しょうがないから教えてみたいな、また生徒が出て行ったらまた続き。だからGOのあの曲はほんとうにその朝にできちゃった。短いとこなんですけども。皆さん忙しいですから。オンラインのときに捕まったらダーッとできますけど、「ゆらゆら」なんかもほんとに、福川君のお友達のマンションで、福川君の友達が一緒にいたらしいんですけども、僕は電話して、そしたら、その友達が一緒に来ていいよ。ほんとに子どもの感じですよ。遊びに来ていいって。それで遊びにいったんですよ。人の家にもかかわらず夜9時なのにホルン弾いていいって言ってくださったんで、マンションでしょ、そこでいろいろ実験し始めたらその「ゆらゆら」みたいなその不思議な奏法でできるというのがわかって、でも福川君もまあ耳の方もいいんですけども、あんまり、ちょこっと使う事があるって、スタカット的に。あんなにメロディーを、それだけしかない曲ってない、難しいらしいので、ほんとうに僕、あの、7(2018年時点で)の娘がいるんですけど、小っちゃい子どもが子ども同士で遊んでるのとまったく同じですね、僕にとって作曲と言うのは。
 40代を迎えて感じること:若い時って大変なんですよ作曲って。いろんなこと考えなきゃいけないし、作曲っていう面では齢をとればとるほど僕はもっともっと楽しいしもっとやりやすくなってます。作曲するのが簡単というわけじゃないですけど、やりたいと思う事ができる。だからたとえば、たぶんですけどスポーツ選手と比べたら逆、逆走するんだと思うんですよ。よく言うじゃないですか、若い時にはこういうふうにこんなに早く走れたけど、10年経ったら走れないとか。できたことができなくなっちゃうことが齢をとるみたいじゃないですか。でも作曲は逆だと思う。若い時にできなかったことがどんどんできていくという、20代の時は悩んで悩んで大変だったなということも思い出しますけどね。やってるわりに空振りしてるわけですから、あんなに凝ってやってんのにオーケストラに聞いたらそこまで効果的じゃなかったとか。それはそれでいいや、そういう曲だなというのもありますけども、今の方が作曲はいいなと思いますね。

作曲・オール藤倉大

NEO(音緒)~三味線のための~」
(三味線)本條 秀慈郎
「きいて~ソプラノのための~」
(ソプラノ)小林 紗羅
GO~ピアノと管楽のための~ から 第5楽章」
(クラリネット)吉田 誠
「ゆらゆら~ホルンと弦楽四重奏のための~」
(ホルン)福川 伸陽、(弦楽四重奏)カルテット・アマービレ
Osm(オズム)~チェロのための~」
(チェロ)新倉 瞳
「チャンス・モンスーン~ギターのための~」
(ギター)村治 奏一
「はらはら~ホルンのための~」
(ホルン)福川 伸陽

🎵意外性、独創性に富んでいる。凡そこの音から曲想が湧くとは思われない音から旋律が連なり出ていたり、時としては狐につままれた気分に迷いこませられもする。「またこの曲を聴きたいと思うかといえば、自分には特異すぎて理解が届かない、消化しきれないという思いが」と私は前回書いたのだが、実際聴くという時間になってみると、あの奇異な音の連なりがよみがえり、もしや消化不良にと思いきや、前よりも一層興味深く聴いてしまった。聴かされてしまったというところ。
 
NEO(音緒)」、確かに弾いているのは三味線であるけれども、この演奏から聴こえてくるのは、ロマ、南米それもインカ、中東、インド、そして最後が若干津軽風かなと。エスニックの香も濃厚なのだ。広範囲の学びを感じた。「きいて~」、これは小林 紗羅の作詩。小林 紗羅の正統派イメージを覆そうとグロテスクに仕上げたという。あたかも水の中で苦しみあえぎながらの「聞いて」の連続。やっとステージに浮かび出たかに「聞いて わたしの声を おちをこえ 心をこえ たどりついた 人々のおもい」と歌い上げる。「GO~ピアノと管楽のための~ から 第5楽章」、これは第5楽章がクラリネット演奏になっている。何とピアノの小菅優の委嘱作品。水の底にたゆたい、時折水面に息をしては、表現がどうかと思うが、息せき切ってくちゃくちゃとおしゃべりをするような感じなのだが、これは藤倉が緩徐のあとに用いる一つの手法であると思われた。「ゆらゆら」は福川 伸陽の委嘱。ふつうは使わないハーフ・バルブ奏法であるという。どこか遠くで叫び声もなく訴える声を押し殺した声に弦のさざめきが呼応するという流れ。楽器奏法上のいわば死角、この表現が行き過ぎているかもしれないが、そういった緞帳の蔭ともいった部分を探り出し、演奏可能なスペースの響きをかき集めたように感じられる。「Osm(オズム)」、2015年ギアン・ケラスによって初演されている。チェロはどこにいるの? チェロの一般的な朗々とした響きは最後部分で現れるのみ。しかしその変幻のベールをひらりと脱いだかにチェロらしい響きが現われた途端に機械音の重たさ鋭さにも似た旋律の提示。これが藤倉の美感覚に照らして納得したところの音楽であるのか。「チャンス・モンスーン」、これが宇宙観。今回の作品群の中ではむしろ写実的と聴こえた。ギターでの宇宙は聞いたことがないが、これがまた藤倉の実験なのだろうか。「はらはら」、ハクジュホールの委嘱。このコンサートでが世界初演。左手の細かい動きで音を刻んでいるという。ついに最後まで個展の一枚一枚の前に立ち止まらせられ、じっくりと音を流し込まれてしまった。襟首掴まれ聴かされたという実感が。
 前回書いた感想そのままを再び。それぞれが、個展というよりも、戯曲の1場面と想定して舞台を想像しながら聴くと面白さがあった。
 またまた番組中に地震情報。オリンピックの真っただ中にも地震は遠慮も何もなし。台風の進路は、被害は? これ以上のことが起こらないでほしい。

 

名曲アルバム。プーランク「オーボエ・ソナタ」。オーボエ古部賢一、ピアノ宇根美沙惠
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子供の写真は左がプーランク、右が幼馴染のリノシェ。プーランクはリノシェと結婚したかった。しかし早世。それでプーランクは生涯独身で過ごしたとか。こんな話に心惹かれる。

⛳朝食を終え、後片付けを済まして、ではない、済ませて、そうなんです、このブログの管理人ってよく間違えるんですよね~。気づいたときばかりも訂正、で、ブログ更新の続行。オリンピック昨夜の体操、そして卓球、アスリートたちの極限までの頑張りに感動、感動、落涙、落涙。7時51分更新

 

 

 

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210726 クラシッククラブを聴く トン・コープマン オルガン・リサイタル

トン・コープマン オルガン・リサイタル
2018713日 ミューザ川崎シンフォニーホールにて収録~

トン・コープマン

オランダのズヴォレ生まれ。アムステルダムでクラシック音楽の教育を受け、音楽学のほか、オルガンとチェンバロを学び、両楽器については優秀賞を授与された。古楽器に魅了され、文献学的な奏法に興味を持った彼は、バッハを中心にバロック音楽を専門に研究するようになり、やがて『真正な演奏』の第一人者と呼ばれるようになった。

 1979年、彼が25歳のときにアムステルダム・バロック管弦楽団を設立。その後1992年には、アムステルダム・バロック合唱団を併設した。アムステルダム・バロック管弦楽団・合唱団は、すぐにもっとも優れた古楽アンサンブルのひとつとして世界的名声を獲得する。コープマンの意欲的な活動の中でもバッハのカンタータ全集の録音は、壮大なプロジェクトとしてドイツ・シャルプラッテン・ベルリンのエコー・クラシック賞や、BBC音楽賞、エクトル・ベルリオーズ賞などを受賞。また、グラミー賞やグラモフォン賞にノミネートされた。コープマンは、バッハ作品に加え、バッハの先達であるディートリヒ・ブクステフーデの研究も長年続けており、バッハ・プロジェクトを完結させた2005年には、ブクステフーデのオペラ『オムニア』の録音に取りかかった。このシリーズは30枚のCDで構成され、最終巻は2014年にリリースされている。国際ディートリヒ・ブクステフーデ協会の会長を務めており、2006年にはライプツィヒ市のバッハ賞、2012年にはリューベック市のブクステフーデ賞、さらに2014年には英国王立音楽院よりバッハ賞を受賞している。

 現在は、ライデン大学の教授、英国王立音楽院の名誉会員、オランダのバロック音楽祭"Itineraire Baroque"の芸術監督を務めている。 (AMATIにあるプロフィールの抜粋)

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コメント
ブクステフーデ、彼の自由さが好きです。彼は即興が好きで、自由な鍵盤奏法の最高の演奏家でした。彼は「劇場はいらない」と言い、教会を劇場としてとらえ演奏を行ったのです。ブクステフーデの多様な面を見せるために、まず変化にとんだ「前奏曲」を選びました。次の「わが愛する神に」は珍しい変奏曲でそれぞれの曲は舞曲で始まります。アルマンドで始まり、サラバンド、クラント、ジーグ、当時としては新しい試みです。3曲目は華やかで楽しい「フーガハ長調」です。このような幅広い作品を残したブクステフーデにすっかり魅せられています。
バッハが優れた音楽家と考える一番の理由は、感情と理性のバランスがとれていること。彼はすべて譜面に表すことができ、同時に和音一つで相手を感動させることもできました。その音楽があまりに強く感情に訴えるため涙することもあるでしょう。音楽史の中でも彼のような人は他にいません。ミケランジェロやダ・ヴィンチと並ぶ最高の芸術家です。

 

曲目
「フーガ ト短調 BWV578」バッハ:作曲
「前奏曲 二長調 BuxWV139」ブクステフーデ:作曲
「わが愛する神に BuxWV179」ブクステフーデ:作曲
「フーガ ハ長調 BuxWV174」ブクステフーデ:作曲
「前奏曲 変ホ長調 BWV552」バッハ:作曲
「「オルガン小曲集」からおお人よ 汝の罪の大いなるを嘆け”BWV622
バッハ:作曲
「「クラヴィーア練習曲集第3部」から永遠の父なる神よ”BWV669」バッハ:作曲「「クラヴィーア練習曲集第3部」から世の人すべての慰めなるキリスト” V670」バッハ:作曲
「「クラヴィーア練習曲集第3部」から聖霊なる神よ”BWV671」バッハ:作曲
「フーガ 変ホ長調 BWV552」バッハ:作曲
「アンコール 「オルガン小曲集」から主イエス・キリスト われ汝を呼ぶ” WV639
バッハ:作曲
「アンコール ソナタ ト長調」スカルラッティ:作曲
「アンコール 「ヴォランタリー」から」スタンリー:作曲

🎵
 トン・コープマン、最初の曲バッハ「フーガ ト短調」からにして、もう四方に、総身に、宇宙に全地に鳴り響きわたるという感じ。飄々と弾きまくっている。バッハがのこした250ものオルガン独奏曲のうちもっとも人気が高いとの解説。それにしても、いまの前衛といわれる曲に勝って新しく躍動的に聴こえるところがコープマンのすごいところ。ブクステフーデはコープマンが研究しており、特に紹介したかった作曲家であるようだ。即興性。自由な鍵盤奏法。彼は特別な劇場を必要とはせず、教会を劇場としての演奏だったよう。彼の「フーガ ハ長調」には若々しさ、みずみずしさが溢れ、もう私は楽しくて楽しくて仕方がないが君はどうだ、そうか君もか、うんうん、そう、そうなんだよ、と笑いながら作曲、演奏しているかに聴こえるのだ。内的な喜びがあふれだしてくるという感じが。
 「前奏曲 変ホ長調」は合奏が「神」、軽快なリズムの主題が「イエス」、下降音階に始まる部分が「聖霊」を示すとされているようだ。「聖霊なる神よ」、果たしてバッハは聖霊なる神を自身のうちにどのように認識していたのだろうかという興味で耳を澄ませる。内奥から語りかけてくる存在、スピルチャルな諭しをささやきかける存在のように。「フーガ 変ホ長調」、たとえば2拍子は神を表すといったように、バッハの音楽の拍子は、ただ単に音刻みというだけではないようだ。それぞれの存在、事物に用いられている拍子というものがあるらしい。

🎧 名曲アルバムはコリー作曲「思い出のサンフランシスコ」。トロンボーンは中川英二郎。
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⛳大谷35号、兄妹同時金メダルの明にコロナ拡大化の暗。明と暗の同時進行。難民選手団の入場行進はなお新しく、何らかの糸口になればと期待。8時43分更新

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きょうのことば「御旨に生きる喜び」

インマヌエル盛岡キリスト教会2021年07月18()の礼拝では、香登教会 工藤弘雄先生の2021年の塩屋聖会でのメッセージを聞かせていただきました。


説教題 『御旨(みむね)に生きる喜び』  (工藤弘雄 牧師)

聖書箇所 詩篇408
わが神よ 私は あなたのみこころを行うことを喜びとします。
あなたのみおしえは 私の心のうちにあります。 

<お話し>

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 私たちの拙いご奉仕の家内と私の合言葉は「二人してみ旨一筋主に仕えん」、これを心の中で交わしながらご奉仕をさせていただいたことであります。その基調となる、或いはまた土台となるおことばが、この詩篇40:8であります。

文語訳ですと

「わが神よわれは聖意(みこころ)にしたがふことを樂む なんぢの法(のり)はわが心のうちにありと

 思えば今お読みいただきましたこの聖書の流れを見るときに、滅びの穴から罪の泥沼から救い出されて、救いの上に立脚させていただいて、新しい詩を詠う。そして、神に喜ばれる生きた聖なる供え物としての、みこころの生きものとして、主にわが身もわが魂も捧げさせていただくとそういう意味で、この40篇の8節は救いのゴールのようなおことばであり、さらに恵みに成熟していくところの基盤となるおことばではないかと思わせられておることであります。

 へブル人への手紙8章や10章でも取り上げられておりますけれども、新しい契約と、その新しい契約のちょっと違うこのところに詠われておると思いますし、また主イエス様の生きざま、みこころの存在である主イエス様の御姿そのものが、またこの8節に見ることができるのではないかと思わされております。
 そんなわけで、きょうは、この408節を中心としながら、聖句説教と申しますか、この聖句に集中させていただきまして、三つの視点、角度から神様の御旨(みむね)に生きるということについて見させていただきたいと願っております。 

 三つのことと申しましたけれども、まず第一のことは、「御旨に生きる」、それは自我の明け渡しからということであります。
わが神よ 私は あなたのみこころを行うことを喜びとします。
 生ける神様に対して、臨在の主に対して、私たちのためにいのちを捨て、血潮を濯ぎ、贖いのみわざを完成されたその御神を前にしながら、顔と顔を合わせるようにして、その告白ができるとするならば、何と幸いな信仰者であろうか、何と幸いな魂であろうかと思わせられます。

 17世紀から18世紀生きられた際立った霊性の持ち主であられるマダム・ヨイヨン夫人がこのように告白しております。
 「幼子が母の懐に抱かれるように、私の身もあなたのみこころに憩います」
 小さな赤ちゃんがお母さんの懐に抱かれるように、私の身も心もあなたのみこころに憩いますと、このように詠っております。さらに私の愛する神様のみこころは何と甘美でしょう、何と美味しいでしょう、何と美しいでしょう、何と楽しいでしょう、なんという喜びでしょう。しかも彼女は、それを獄中の中で告白していることであります。世の中の幸福感を一転するような究極的な永遠的な幸福というものがこのところにあるのではないでしょうか。

 そこには、神様のご意思とわが意思、つまり、我意との衝突、激突、或いはまた格闘、しかし、腰骨が砕かれてほんとうに我意が砕かれた、或いはまた自我が明け渡されたというそれゆえにわが神よわれは聖意(みこころ)にしたがふことを樂む」と告白することができるのではないでしょうか。ですから神様の御旨に生きるということは、自我の磔殺(たくさつ)から始まる、或いは自我の明け渡しから始まるということ、これはもう本当に基本の中の基本でありますが、当然といえば当然ですけれども、この自我の明け渡しを避けて通れない。これなくしてこの告白をすることができないということを私たちは、まず第一に心にとめさせていただきたいし、これがまた塩屋聖会のメッセージであり、全キリスト者のメッセージではないか、或いはまた、全キリスト者の喜び、幸せ、安息ではないかと思わせられることであります。

 主イエス様をお信じになられて、新生の喜びに生きられる、そのようなクリスチャンが、神様のみこころに従いきれずに、旧い自我性のゆえに、或いはまた、処分しきれない罪との闘いであるとか、或いはまた支えきれない、明け渡しきれない、投げ出しきれない、そういう一物との闘いを、新生した、救われた、そのような信仰者が、戦いを経験するということはよくあることですし、それは当然のことではないかと思います。むしろ、そのことを通して新しい飛躍というか、それこそ第二の恩寵などと呼ばれておりますような、そういう開かれた世界に導かれているのではないかと思います。

 第二のことでありますけれども、御旨(みむね)に生きる。それは、内住の律法のゆえ、ということであります。8節の後半を見ますと、
あなたのみおしえは 私の心のうちにあります」
 ここに御旨に生きる秘訣がある。自我の明け渡し、或いは自我の磔殺と表裏一体の恩寵の心理です。まったく同じことです。消極的に見るならば自我の明け渡しでしょう。積極的に見るならば、内住の律法です。みおしえというのは口語訳では律法(おきて)、文語訳では法(のり)となっている。あなたの律法が、あなたの法が、あなたのみおしえが、私の心のうちにあります。驚くばかりの、これは恵みですね。しばしば所謂おきてというものは、律法というものは、外部からこうしてはいけない、こうしなさい、外部から命令が来ます。そしてそれに従おうとする、従えない、或いは葛藤がある。けれども、このところを見ると、あなたのみおしえは、あなたのおきては、あなたの法は、私の心のうちにあります。

 旧契約時代、預言者エレミヤは、驚くばかりの新契約、新しい契約を預言しました。これらの義の後に私がイスラエルの家と結ぶ契約はこうだとエレミヤは預言しています。
エレミヤ31:33わたしは、わたしの律法を彼らのただ中に置き、彼らの心にこれを書き記す。
 こう預言されております。

 外側でなはない、内側に神の律法が記される。その律法をするのが当然であり、自然であり、喜びであり、楽しみであり、感謝である律法。驚くべきこの新契約、今は新契約、新約の時代に生きているクリスチャン。にもかかわらず、外側からこうしなければいけない、ああしなければいけないと、もし縛られているとするならば、それは新約の時代に生きていながら、旧契約の中に生きている。しかし、新契約というのは、内住の律法であります。預言者エゼキエルはこの内住の律法を内住の御霊、内住の聖霊に結び付けている。彼は預言しています。

「わたしがきよい水を注ぎ、すべての穢れ、すべての偶像をきよめ、石のような頑固で冷たい重い心を取り除き、肉のような温かい教えられやすい感じやすいその心を与えると。そしてその次に、私の霊をあなたに授けて、わたしの定めに従って歩み、わたしのさだめを守り行うようにする」とエゼキエル書の36章2527節。
 わたしの霊を、わたしの御霊を、あなたのうちに授けて、わが定めを守ってこれを行わせる。つまり、内住の律法は内住の御霊によって成就されるのだとエレミヤは預言をし、エゼキエルはそれをまた預言をし、へブル書の記者は、そのことを8章或いは、また10章において展開をしておることでございます。まさに内住の律法は内住の御霊と同一の恵みである。と同時に、それは内住のキリストの恵みであります。

 聖歌の556番、これは今の新聖歌にはございませんけれども、その4節に「捧げつくし、明け渡しし心こそたえなれ」。ほんとうにたえなれだな、ほんとにワンダフルだな。「捧げつくし、明け渡しし」、これは聖霊様の恵み以外にない。捧げさしていただいた、明け渡さしていただいたその心こそたえなれ。君なるイエス、心に住み、みこころをなし給う」と。みこころの生きもののご本尊でいましたもうところの主ご自身が御霊によって内にお住まいくださって、主がみこころに生きる喜びと楽しみと自由と安息を享受させていただくという、これは新契約の恵みですし、またダビデはそのことを高らかに詠って告白をしておるということであります。みむねに生きる、それは内住の律法のゆえに、ということです。

  最後に、第3に、これは当然のことですけれども、み旨に生きる。それは無上の喜びです。無上の楽しみです。人生には様々な喜び楽しみ、いろいろありましょう。ゴールデン・ウィークです。楽しんでください。喜んでください。いろいろな健全な喜びや楽しみがおありでしょう。しかし、信仰者にとって、無上の喜び、楽しみ、それは究極的には神様のみこころ、神様のみこころに生きる。神様のみこころは、最初は、ヤーちょっと困難だなあ、いやだなあと思うことがあっても、従ってみていくうちに、じわじわとあふれてくるところの喜びです。従順こそ、最大の注解書だとよく神学校でも教えられました。従ってみてみこころのすばらしさがわかる。従ってみて神様のほんとうにみこころが何と尊いかということがわかりますけれども、どのような苦しみの中でも、どのような悲しみの中でも、たとえ獄中であっても、死の床であったとしても、今私は神のみこころの真ん中にいるのだ。み旨の生き物とさせていただいてるんだという確信が来るとするならば、それは無上の永遠の究極的な喜びであるということです。

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 その3週間の説教シリーズの中で、家内の説教のご奉仕、工藤澄子先生の最後の説教がございます。どうぞ皆様お聞きくださるようにと、また、愛のテレフォンで訴えておる。それを聞いたら、最後の説教ですよ、今まで何回も聞いてきましたけれども、これが最後ですよ、という響きがするんですけれども、初めてなんです。最初で最後なんです。家内のお務めと来た日にはですね、もう受付で、もう礼拝の前から20分、30分も前から来ていらっしゃる方々、或いはまた始まる直前に来られる方々、途中で恥ずかしそうに来られる方々。もういちばん最後になって来られる若者であったとしても、お爺ちゃんでもお婆ちゃんでも、或いはまた青年でも、また学生でも子供でも、「よくいらっしゃったね」、「よくいらっしゃったね」と笑顔をもって感謝をもってお迎えをする。そしてメモを書いて或いはこういう方が出席しています、それをそうっと講壇の方に回しにくる、というようなことで一緒にご奉仕をさせていただいた先生方とともに、23年ご奉仕をさせていただきました。その間、8年間も神学校での兼任のためにも、ずいぶん助けてもいただきました。そういう家内が初めの最後の説教、祈ったようですね。で、どういう題にするの? と訊いたら、「苦しみよ我が歌となれ」。いろいろな苦しみの経験もしました。次男が生まれて2週間半にして重い筋肉腫という筋肉の癌のために脚を切断せざるを得ないあの苦しみ悲しみ、痛みの日々や、また最終的についこの4か月前には、愛する次女を天に送るというようなこともあり、或いは、また私も倒れて今ペースメーカーを、というような自分も動脈瘤の手術を受けるというような様々な試練がございました。しかし、祈り祈っている中で、「苦しみよ我が歌となれ」。

 第一の要点は、なぜ「苦しみにあったことは私にとって喜びだと、幸せだ」と、そのように詩篇の記者は歌えるだろうか。その一つは、苦しみというものは、人をして、神を呼び求めるものにするのだから、苦しみは幸せなのです。第二は、苦しみは信仰者をして苦しみを喜ぶものとする。いろいろの苦しみ、試練もございますけれども、若い時に、我が汗よ歌となれ。我が高熱よ歌となれ。詩篇の103篇には我が内なる諸々のすべてよ、主をほめよ、それが汗であろうと、高熱であろうと、動脈瘤であろうと、歌となれ。神様は、そのようにさえ変えてくださる。さらに苦しみというものは、信仰者をして主の臨在に近づける。主のみこころの真ん中を歩ませて、主の臨在に近づけることで、家内は最終的に自分の娘の証をしておりました。

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 皆さんにもよくしていただき、また愛していただき、さまざまに励ましていただいた次女が召されたのは昨年の1月3日のことでございました。結婚生活3年に満たないようなことです。夫婦で毎日2時間、ときには4時間ぐらいデボーションの時を持ったということです。そして最後に夫の兄弟が、「神様、真史の癌をお癒しくださーい」と叫びます。そういう祈りをする。祈りが終わるたびに娘が、「癌が癒されるようにと祈らないで。どのような状況であっても、ただ神様の御栄が現れるようにと祈ってね」。「わかった」と言いながらも、また「癒してください」。当然でしょ。そのためにまた注意をされるというようなことでした。ついには兄弟の方も献身し、今は自分の母教会のルーテル同胞教団の聖書神学校、仙台の方で学び、或いはまた、神戸の方にも籍があるそうなんですけれども、ルーテル神学校で学んでおるようなことでございます。

 真史が最後の演奏をしたのは、召される一か月半前、11月の半ばに滋賀県の前原で演奏をした。あのやせた娘がショパンの「バラード」を演奏する。どこからそれだけの力が出てくるのかと思うことでございました。
 最後の最後は依頼の演奏会を一つ二つと見送る、或いはキャンセルする中で、何としても香登教会で演奏の御用をしたいという願いがございました。それで香登に連れてまいりましたが、激しい激痛です。それは戦いました。近くのクリニックで検査をして診ていただいた。これはヘルペスです。帯状疱疹の痛みです。ああよかった、そうだったのか。ところが、三日四日過ぎてもなお激痛は止まらない。念のためにMRIを撮っている途中で、私たちは呼び出されました。何だろう。画面を見ましたら、もう全体に癌が及んでいました。MRIの検査を終えて、静かに出てきた娘。先生には「父親の私が告知します」と申しました。生涯、こんなつらい告知はないです。「真史、癌が脳に転移していたんや」。癒してくださいとはもう言えませんでした。おばあちゃんたちも待ってるよ。おじちゃんたちもみんな待ってるからね。頑張ったなあ、みんなそう言ってくれるから。黙って「わかった」。娘は静かにそれを受け止めました。そして私たちが毎週通っている緩和ケア病棟に、先生がすぐに手配してくださってお部屋を用意してくださったその翌朝、美しい空を見ながら彼女は歌いだした。きれいな瞳で。そしてきれいな声で「美しいこの空を愛らしいこの花を浮かんでいる白い雲、香りよき青草をじっと眺めているだけで、ただ眺めているだけで、君もわかるでしょう。ほら神様がわかるでしょう」。軽いノリで中学生や高校生がバイブルキャンプなどでよく歌う歌です。しかし、その床において、「ほら神様がわかるでしょう」。主の臨在の喜びと安息と勝利と、そのような中で、家族との濃厚な交わりの中で天の御国へと凱旋してまいりました。その歌っている娘の姿を、家内は見続けることができなかったというようなことです。

「それが起こったときから、わたしはそこにいた」イザヤ4816節。
新共同訳では
「事の起こるとき、わたしは常にそこにいる」
 ことの起こるときに、私は常にそこにいる。主のご臨在。みこころの真ん中にあるそのものに対して、主はご自身を現し、みこころを喜ぶものとともにいたもう主ご自身、ご臨在の主を喜び楽しむ。また望み、平安を与えてくださる。

 足らない足らない私たちの伝道者生涯でありましたけれども、香登教会でたくさんのメッセージカードをいただく中で、家内と私の写真入りカードに、一緒に教会で仕えてきた長老の兄弟が詠んでくれた歌です。


黒髪も息子も娘もみな捧げ君は進めり迷いなき道

 ああほんとうにそうであったかなあと反省することですけれども、しかし、神のみこころの中に、神の残りのときを生かされたい、と同時に、この塩屋聖会をユーチューブでお聞きの方々、またインターネットで全世界をつないでいるこの塩屋聖会です。

 

♪「主よみてもてひかせたまえ」

1 主よみ手もて ひかせたまえ
 ただわが主の 道をゆかん
 いかに暗く けわしくとも
  みむねならば われいとわじ
 2ちからたのみ 知恵にまかせ
 われと道を えらびとらじ
  ゆくてはただ 主のまにまに
  ゆだねまつり 正しくゆかん
  3主よ、飲むべき わがさかずき
  えらびとりて さずけたまえ
喜びをも かなしみをも
   みたしたもう ままにぞうけん
 4この世を 主にささげまつり
   かみのくにと なすためには
  せめもはじも 死もほろびも
   何かはあらん 主にまかせて
 

 4は献身です。神のほか、誰をもおそれじ。罪のほか何をも憎まず。十字架のほか何をも誇らない。この魂、100人いたら日本を覆せます。どうぞ塩屋聖会の輩の皆さん方、このみ旨一筋で、一つ、日本が転覆するような今週のリバイバルの御わざを見させていただきたい。そのことのためにみ旨に、皆様方の心と意思を投じていただきたいと願います。

※画像は盛岡教会國光牧師からお借りしています。

⏰5時1分更新

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雑感

 きょうはクラシック倶楽部は藤倉大だったかも。自分には新しすぎる、オリンピックのさなかばかりも音楽はオフにしようかなどと思いながら、やはり習慣で、自分にとっての定刻5時に10分前、TVを点ける。何やら「花郎」という番組の予告をやっていて音楽が始まらない。ここでやっと今日が土曜日だと勘違いに気づく。土曜日、なんだJ-MERO、ゲストはZOC。
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このグループ、全員がすっきりと揃うパフォーマンスはあえて避けているようだ。個々のインタビューを聴くと、ごく普通のというか、良識もありそう、性格もいい子たち、大変な努力も積んでる、女の子、女の子、女の子……。それが踊りだすと、そこに退廃も感じられる。孤立している個も、どんないきさつ、どんな境遇、どんな今にあってもOKといった内容があるのだけれども、ある意味そのように時代感覚に合わせ仕立てられた女の子たち。いい別な面をたくさん持っていて、それも前面に出せそうなんだけどちょっと奇異なパフォーマンスで別に映っている女の子たちを惜しむ思いにもなり、見ていてちょっとやりきれない気分に。行きつきどころがないところまで来ている詞、楽曲という感じが。

 昨夜はオリンピックの開会式。ほんとうにほんとうに開会! きょうはバトミントンを観て、高校野球岩手県大会の決勝4対4というところまで観る。盛附の方は全国から選手をスカウトしているらしい。ネットで両監督についてググってみる。どんなポリシーで指導しているのだろうかと。それぞれに今の私の心構えからすれば教えられることが多かった。

 しているうちに、先だって聞いた指導者の立場にある方の研修、あるべき姿を佐伯という方が話していたのを思い出した。これはと録り置いたものをちょっと復元。
 ヨーロッパのサッカーの歴史は100年。その方はスペインでサッカーの指導者を長年務めていた。選手は指導者に従うものという思想から抜け出せずにいたという。時の流れの中でものの良しあし、価値観がこれほど変わっているのに、指導者の側の指導方法は100年も変わっていない。そこで2014年当時、所属しているサッカークラブの指導者120名が自らの指導方法を問いはじめ、1年間にわたり「指導者のあるべき姿や指導者とは」を徹底的に問い続けたところ、出たこたえは、「選手の学びの機会を創出するデーターであれ、指導者像は、もはや導く人ではなくなっている。支配することで組織を統率するような方法はすでに機能しなくなってきている」というものだった。
 この方は、
3歳から23歳の大人まで男女、障害者含め約700名のプロのサッカークラブを育て仕立て上げている。プロフェッショナルな指導者だというなら、選手のピッチ上でのパフォーマンスだけに注力していいのだろうか。彼らがサッカー選手じゃなくなったとき、クラブの後ろ盾がなくなったとき、彼らはどんな人間になっているかというところに責任をもっ。それがプロの指導者としての責務ではないか、そんな思いがすこしづつ湧き始め、今一度自分たちの指導を振り返ろうとなる。何と、総勢120名のコーチたちの一人ひとりのコーチングをつぶさに撮影。選手たちへの声掛けや、どのタイミングでどこを見ているのか。何に注目して見ているのかがわかるようにした。そればかりではなく、撮影される側のコーチの胸にアクションカメラとピンマイクをつけてもらったというのだ。指導された選手たちが、その指導をどう受け止めるているか、そのコーチの指導を前向きに受け止めているのか、それとも委縮しているのか、或いはまったく理解できていないのか。そういったことがコーチの胸につけたアクションカメラに映る。選手の表情や動きが鮮やかに浮かび上がる。こうしてまずは自分自身を徹底的に見直し、自分を知るという作業からスタートさせたという。そのビデオを見て、コーチが互いに、これはこうした方がいい、これはよくない。他の言い方はなかったのか、どういう目的、意図でそのメッセージを発したのかを討論する。痛みを伴いながらもこれをやる。これで多くのコーチが自分の指導を見直したという。こうしろ、ああしろという指示命令、選手のダメ出し、否定をしてしまっている気づきとともに何事も俯瞰で見る癖をつけることができたという。選手に問うことを意識的に行うようになり、選手には何が見えているのか、何を感じたのか。その判断に至った経緯はどのようなものだったのか。彼らに問い彼らを尊重するようにする。また練習の時や試合での声がけや態度をチェック。その都度発したことばの仕分けをしてみる。大きく分けると三つ。一つ目が誰にどれだけ声をかけたのか。二つ目、それぞれに対し、ネガティヴ、ポジティブ、メッセージの割合はどうだったのか。そして三つ目、ネガティブ、ポジティブ、それら一言一言のメッセージ内容がどのようなものだったのか。このでデータをもとに後日ミーティングをする。ネガティブメッセージ、ポジティブメッセージは何を意味するのか。そのワードは差し替え可能な、異なる言い回しがあるのではないか、何を目的としてA君にその言葉をかけたのか。これらをひとつづつ1対1で質問してもらいながら冷静に見直していく作業をつづけた。言葉や行動の意図を考えるようになり、結果、自分で選んで言葉を発するようになったり、選択肢をふやすようになったり、自然に言葉の仕分けを自分でするようになった。自分の無意識に意識的になる。無意識に隠れる本音を自覚する、こういった作業を重ねたのだと。そして気づいたことは、私たちが用いる主語はいつも指導者になっている。指導者からの一方的な教え込みは選手の脳がナマケモノになってしまい、彼らの試行を停止してしまう。自ら考え自分で行動できるような選手を育てたいといいながら、実際にやっていることには相違がある。……自身をマインドセットすること。
 とにかくこのような内容で、例えば音楽の指導についてもある指揮者が昔に言った専制君主的なやり方でいいのだろうと思い込んでいた私には目からうろこが落ちるような話であった。運動と文化、これはとんでもない違いがあるとはいえ、何か共通項目もありそう。いずれ指導する立場の方々がアクションカメラとピンマイクをつけてその実情をいわばさらしあう形で研修するという動向には世の中変わったものと、指導的な立場になることのない終生指導される立場の私なぞはひっくり返らんばかりに驚いたのだ。

⛳15時21分更新

 

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210723 クラシッククラブを聴く ドーリック弦楽四重奏団

20191031日 紀尾井ホール~

ドーリック弦楽四重奏団は、1998年イギリスで結成される。アルバーンベルク四重奏団、ラサール四重奏団など著名な団体のメンバーのもとで研鑽を積む。数々のコンクールで優秀な成績をおさめ、とりわけ日本では2008年に大阪国際室内樂コンクールで第一位を獲得。高貴なロマンとレーザーのような鮮明さと讃えられる。英国王立音楽院で後進の指導に当たっている。

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コメント
ジョン・マイヤースコウ(チェロ):団名の由来は、古代ギリシャ建築のドーリア式の柱にちなみ「ドーリック」と命名しました。無駄な飾りがなくまっすぐ伸びた様子がクラシック音楽と共通していると思ったのです。
アレックス・レディントン(第一バイオリン):曲は独特な構造を持った曲です。組曲やパルティータに近いのです。曲調もどんどん変化します。特に第一楽章は重厚な哀歌から一転春風のような速いテンポに移り、また元に戻ります。各楽章が異なる物語の場面のようで素早い演じ分けが必要です。気を抜けるところが全然ありません。
ジョン・マイヤースコウ:それぞれの楽章の関係性が大事です。すべてが緊密につながっています。
エレーネ・クレマン(ビオラ):第5楽章(カヴァティーナ)に心を奪われつつ、次の「大フーガ」を意識します。言葉では説明できませんが、意識せずにはいられません。
イン・シュー(第二バイオリン):5楽章を演奏した後、最後に「大フーガ」を弾くのは大変です。でもそのように体力を使わせるのがベートーベンの要求だと思います。
ジョン・マイヤースコウ:晩年ベートーベンはフーガに夢中でしたが、これは理詰めの無機質的な音楽ではなく、極端なほど前向きな音楽だといえます。聴き手はそういった極端な面を受け入れて困惑することなく楽しむべきだと思います。

 

 

 「弦楽四重奏曲 変ロ長調 作品130(大フーガ 作品133つき)」
1825年ベートーベン55歳で作曲。6楽章からなる大作。最終楽章の「大フーガ」はとても難解だったため、出版社の意向を受けて書き換えられた。しかし今日では初稿の「大フーガ」付きの形で演奏されることが多くなっている。

 

🎵大フーガ、実は不協和音かだみ声を聴かせられたという感じがしないでもなかった。これは演奏技術のことではなく、ベートーベンの曲自体について感じたことなのだけれども。しかし聴いているうちに、この奏者を振り回しそうな、奏者を中心軸から振り落としそうな音、音、音が、実は嵌るべきところにストンと嵌っており、独特な刺激的な味わいとなっている。時として、フル装備の客船、貨物船、戦艦ではないだろうが、航行実力満載の船が目的を定めかねて、しかし慌てもせずに漂流している感じもした。

 

🎧名曲アルバムはモーツァルト「ディベルティメントK.136
18世紀、ザルツブルクから馬車でのブルンナー峠越え付きイタリア行、今日のような舗装もなかったろうに。しかしこの体験が、イタリア、ヴェローナでの成功が、これほど楽しい曲想となるとは!
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⛳どうなるオリンピック、コロナで、或いは、出場辞退で、メダルの価値は? などと思ったけれども、無観客であろうが、選手の方々の中に残念ながら感染者が出ようが、政府の対応がどのような評価にさらされていようが、その中で目いっぱい戦っているすがた、昨夜のサッカー、南アフリカ対日本を見ながら、これもまた史実、これもまた状況下での記録の事実と、事実をありのままに受け入れたところで、これまでのもやもやした気分が幾分晴れた気がした。南アフリカとしてもどんなに万全の態勢で試合に臨みたかったであろうか。
8時45分更新

もうすこし生活の記録でもと思うけれども、これはほぼ毎日同じ繰り返し。特段の創造性ある暮らしでもないけれども、災害頻発下に、たいして立派でもない自分がきょうも無事であることに申し訳なさを覚えながら、何とか日々過ごさせていただいていることに感謝している。

 

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210722 クラシッククラブを聴く カルテット・アマービレ 演奏会

2016年にミュンヘン国際音楽コンクール入賞を果たした注目のアンサンブル、カルテット・アマービレ。恩師、堤剛(チェロ)、磯村和英(ビオラ)が参加した公演を放送。―番組紹介よりー
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カルテット・アマービレは当時桐朋に在学中だった4人によって2015年に結成される。
コメント
篠原:私たちが桐朋学園大学に在籍中に今回のゲストでもある磯村和英先生に指導していただいていたんですけれども、2016年のミュンヘン国際音楽コンクールを是非受けてみませんかと先生が勧めてくださったことがきっかけとなり、それが私たちカルテット・アマービレの演奏活動の始まりです。
中恵:アマービレはイタリア語で優しくとか愛らしくという意味があるんですけれども、最初はなじみきれないというか、そんな思いがあったんですけれども、最近はだんだん板について来たというか、カルテット・アマービレという名前にフィットしてきたんじゃないかなと思っております。
北田:コンクールが終わってから有難いことにたくさん演奏会とかすばらしい音楽家たちと共演させていただける機会をいただき貴重な経験ができて感謝しています。

笹沼:僕たち4人はカルテット以外の活動でソロであったりオーケストラであったりとかまだ全員20(2016年ごろ)ということもあって色々な活動をしておりますので、それを4人がいちばん気持ちいい形で一つの響きに混ぜ合わせていく、それが聞いている方にも伝わったらいいなというのがポイントです。

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曲目
弦楽四重奏のための緩徐楽章」ウェーベルン:作曲
(演奏)カルテット・アマービレ
「弦楽六重奏曲 第1番 変ロ長調 作品18」ブラームス:作曲
(演奏)カルテット・アマービレ、(ビオラ)磯村和英、(チェロ)堤剛

🎵 ウェーベルンは前衛音楽に強い影響を与えた作曲家なようだ。このウェーベルンの曲は1905年に作曲されたにもかかわらず生前には出版されず、ウェーベルンの死後17年経てやっと研究者によって見出され公開され出版され、1962年になってから初演されたようだ。最後部分夜空の星に染みとおっていくような音の消失が魅力的。
 ブラームスの六重奏の第2楽章、ここにくるともう有無をいわさぬというところ。これがクララ・シューマンの意見を求めつつ書き上げたと解説があった。第2楽章の極めつけの部分にももしやクララの助言がなどと想像。アマービレの恩師の磯村、堤と全員20代のアマービレの演奏。音楽を伝えてくれた方々と、伝えられた方々が同じステージで弦を和するという調べ!

 

🎧名曲アルバム。カルドーゾ「レクイエム」

合唱アンサンブル小瑠璃
ポルトガルを代表する作曲家。半世紀の間カルモ修道院のオルガニストを務める。
1755年の大地震で失われた多くの作品にレクイエムを送りながら。
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⛳20日にワクチン接種を受ける。様々な症状が出ると聞いていたけれども異常はなし。接種を忘れていたほど。
とにかく暑い。昨日はついに一歩も外には出なかった。バルコニーの寒暖計は38度に。室内は28度設定。一昨日のクーラー使用は午後からで間に合ったが、昨日は朝10時から。風通しはいいのでそれで救われている。
オリンピックのために来日した選手たちが気の毒でならない。ただ競技の場所を移しただけといった現状。仕方がないとはいえ。
もうすこし書き足そうかと思ったところで、もう7時。更新。

 

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210721 クラシッククラブを聴く タカ―チ弦楽四重奏団

世界屈指の人気カルテット「タカーチ弦楽四重奏団」が登場!ハイドンとベートーベンの傑作を披露!

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団体の名前は結成当時のバイオリン奏者ガーボル・タカ―チ・ナジに由来している。1995年にタカ―チ・ナジが指揮者に転向したほか、幾度かのメンバー交代を経て、2018年には日系アメリカ人のハルミ・ローズが第二バイオリン奏者として加わる。ハンガリー伝統の豊かな弦の音色と緊張感あふれる演奏スタイルは結成当初から変わらず世界屈指の人気と実力を誇る。

 

 

コメント
エドワード・ドゥシンベル(第一バイオリン):探求心とチャレンジ精神をもってつねに進化しようとすること。それが私たちの本質です。
ハルミ・ローズ(第二バイオリン):作曲家は弦楽四重奏曲を書くとき、家族間の会話を想像すると思います。強くて同等の声のものが集まると、無限の可能性が生まれます。だから私はこの楽団に入りました。対話から生まれる音楽を愛しています。
ジェラルディン・ウォルサー(ビオラ):自画自賛を赦してもらえれば、私たちのサウンドは芳醇です。芳醇でいて明瞭さも兼ね備えていると思います。
アンドラーシュ・フェイェール(チェロ):演奏会に行きたいと思ってもらえればうれしいです。
<ベートーベンの「ラズモフスキー」については、>
エドワード・ドゥシンベル:例えばチェロはどんどん低くなって、どん底まで落ちていきます。けれどもそこから現れるのは、明るく陽気なベートーベンです。

ハルミ・ローズ:そこで感じる喜びは表面的でも軽いものでもありません。努力して勝ち取った喜びです。すごく共感できますね。
エドワード・ドゥシンベル:賛成ですね。ベートーベンは深い苦しみを経て中期に至り、勇壮な作品群を書いたのですから。努力して勝ち取った喜びです。
アンドラーシュ・フェイェール:この曲には、ほかのベートーベンの曲にはない不思議なところがあります。輝かしい第一楽章のあと、憂鬱で延々と終わらないような第二楽章が続く。何十年も準備をして、これから何かを始めるのかと思ったら、そうではなく古風なメヌエットが始まって、そのままずるずる引きずられていくのかと思うと、突然ビオラが嵐のようなフーガを始め、激しい掛け合いに突入します。
ジェラルディン・ウォルサー:私は大好きですよ。終楽章まで来て、一気に爆発するのは皆も好きなはずです。

曲目
弦楽四重奏曲ハ長調 作品333「鳥」から第124楽章 ハイドン作曲
弦楽四重奏曲作品59 「ラズモフスキー」3番ハ長調 ベートーベン作曲

🎵カルテットの4人のお人柄に共感し、またラズモフスキー、楽譜を持たないごく一般の音楽愛好家としては、奏者が語ってくれるコメントは大きな助け。気分のいいラズモフスキーを聴いた。 

🎧名曲アルバム。ラルゴ「なつかしの木陰」。トランペット古田俊博

矢崎彦太郎&東京フィル

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⛳とりあえず7時10分更新。8時57分再更新。

 

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210720 クラシッククラブを聴く ヴィジョン弦楽四重奏団

ベルリンを拠点とした若きカルテットが登場!前半はハイドン、後半はポップス、ロック、ジャズナンバーを披露する。 曲目:弦楽四重奏曲ト長調作品77第1(ハイドン)レイチェルズ・ドリーム、ストールン・モーメンツ、ビッグ・ハイ・ワイヤー・ホップ、ザ・シューメーカー、サンバ、ヘイルストーンズ ~2019年10月21日武蔵野市民文化会館小ホールで収録~

ヴィジョン弦楽四重奏団
2012年ベルリンを拠点に結成。2016年ジュネーブ国際音楽コンクール第一位。さらに腹症もすべて受賞。演奏スタイルは、毎回プログラムのすべてを暗記し、チェロを除く全員が立奏。

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ヤーコブ・エンケ (1ヴァイオリン)
ダニエル・シュトル (2ヴァイオリン)
ザンダー・シュトゥアート (ヴィオラ)
レオナルド・ディッセルホルスト(チェロ)

コメント
ザンダー:立奏について、ポップスやロックは立って演奏するのがあたりまえです。座って弾くバンドはありませんからね。自由に動けるし立ち位置も変えられる。暗譜なら視線も交わせてとても刺激的です。クラシックでも同じ開放感が生まれます。
ダニエル:初めての曲は大変だけど、どうせ暗譜するまで弾くから、楽譜はあってもなくても同じです。オペラ歌手なんか何時間も暗譜で歌うし、楽譜を見て演奏するジャンルの方がめずらしい。暗譜の方が楽しいよ。
レオナルド:座っているのはチェロの僕だけ。だから休憩中は僕だけ立っています。
ヤーコブ:彼もほんとうは立って弾きたいんですよ。
ヤーコブ:今回は多彩な音楽の旅を楽しめるプログラムです。
      弦楽四重奏という編成だけは変わらないけどね。
レオナルド:でも後半ではハイドンの時代にはなかった電子機器を使います。
       あったら彼もきっと使ってたよ。
レオナルド:チェロの音域を低くするとか音量を大きくすることができます。コントラバスのような響きも出せて音の可能性が広がるのです。ハイドンの時代よりはね。
ダニエル:人はいろいろな音に触れることで音楽の聴き方が変わる。「古典」も新鮮に聞こえるのです。様々なジャンルを聴くことで、よりオープンに音楽に向き合えるはずです。


曲目
☆「弦楽四重奏曲ト長調作品77第1」 ハイドン作曲
1799年70歳を間近に作曲。
☆「レイチェルズ・ドリーム」ベニー・グッドマン作曲
☆「ストールン・モメンツ」 オリヴァー・ネルソン作曲
「ビッグ・ハイ・ワイヤー・ホップ」ライダーズ・イン・ザ・スカイ作曲
「ザ・シューメーカー」 ヤーコブ・エンケ作曲
「サンバ」 ヤーコブ・エンケ作曲
「ヘイルストーンズ」ヤーコブ・エンケ作曲

 

🎵立奏によって動きの自由さ、演奏の自由さを獲得。立奏であってもこもっているような演奏はこれまでにもたびたび聴いた気がする。ロックやオペラも立奏とコメントにあったが、何かそれ以上により広い自由さ、音をもって空間に遊ぶようなそんな自由さも感じられた。「ザ・シューメーカー」、靴職人の仕事の音がおもしろい。「サンバ」 、これが弦楽四重奏団が弓を置いての演奏。4つの楽器がピッチカートと意表を突くかにギターのようなかき鳴らし。「ヘイルストーンズ」、4台が小刻みな弦の連続に、これも意表を突いて、馬に一鞭当てるかにぴしりと鋭い弦。駆ける駆ける。ヤーコブ・エンケの作曲、単純な繰り返しのようでいながら、聴く者の意識にしっかと流れを銘記してしまう。ウェブ上に飛び交う数々の絶賛。
 クラシック演奏が耳には鮮烈に届いた。面白いことをやってくれそうな期待感とともに、現代曲も楽しいけれども、それよりはクラシックを新鮮に届けられる楽団という感じが。

 

🎧名曲アルバム。サン・サーンス「序奏とロンド・カプリチオーソ」
バイオリン成田達輝、飯森&東京フィル
サン・サーンスは22歳でマドレーヌ寺院のオルガン奏者となる。毎日曜の即興演奏がヨーロッパ中に名を広めた。聴きに来た名だたる音楽家たちの中にサラサーテも。彼の圧倒的技巧に触発され、この曲が作曲された。初演はサラサーテ20歳、サン・サーンス28歳のときであったという。
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⛳9時8分更新

 

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210719 クラシッククラブを聴く アマリリス弦楽四重奏団 演奏会

ドイツを本拠地に活躍するアマリリス四重奏団。2011年メルボルン国際室内楽コンクール第一位。今回は2016年にビオラの赤坂智子が新加入してから初の来日公演。磨きのかかった正統派アンサンブルをお楽しみください。【出演】アマリリス四重奏団(弦楽四重奏)【曲目】弦楽四重奏曲(ルトスワフスキ作曲)、弦楽四重奏曲 第1番 ニ長調 作品11から第2、第3、第4楽章(チャイコフスキー作曲)【収録】2019年9月28日 第一生命ホールー番組紹介よりー

メンバー
グスタフ・フリーリングハウス(ヴァイオリン)
レナ・サンドゥ(ヴァイオリン)
イヴ智子(ヴィオラ)
イヴ・サンドゥ(チェロ)

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 コメント
グスタフ:私たちは一つの公演でさまざまな時代の作品を演奏します。弦楽四重奏の幅広いレパートリーを堪能してほしいのです。今回は特にルトスワフスキが楽しみです。独特な作曲法で非常に興味深い作品です。例えば誰がいつ弾き終わるかわかりません。ふつうは4人の音を「そろえる」ことが大切ですが、この作品では「そろえる」部分と「奏者の自由に任せる」部分があります。ずれてはそろえ、また解き放たれる、そういう感じです。
レナ:多様な作品を同じ公演で演奏することで作品に新たな光を当てられると考えています。チャイコフスキーも現代曲とともに聴くことで印象が変わってきます。私たちもいろいろなタイプの曲を演奏する方が面白いですし、その面白さを聴衆の皆さんとも分かち合いたいのです。
グスタフ:アマリリスは美しい形で開花すると4枚の花弁を持つことが多い花です。まるで4人の個性が美しく開花するようなカルテットにぴったりの名前だと思ったんです。
イヴ:このカルテット、自然と4人の音楽が溶け合うその瞬間が最高なんです。練習と経験の積み重ねの末にたどりつく至福のときです。4人の呼吸が合った瞬間「苦労が報われた」と感じるのです。
赤坂:大人のカルテットというか、自分の意見を言うことは大事なんだけれど、ひとの意見を聴くことも大事。そういう意味で非常に私には勉強になります。このカルテットという形は、それこそオーケストラの曲を4人で弾くんですけど指揮者がいない。みんなで決めてこの人がだいじとか、いまこの人を支えなきゃいけない、今私がリーダーやらなきゃいけないというのも、瞬間的にものすごい短い中で感覚で読みあっていくというか、これは言葉で説明しすぎてもダメになってしまうものなんです。だからそれを感覚で、あんまりしゃべらないようになるべく言葉にしないで進んでいくという。ふだんのほかのカルテットではあんまりないなと思いますね。

曲目
「弦楽四重奏曲」ルトスワフスキ:作曲
ルトスワフスキ20世紀に活躍した作曲家。1965年ラサール弦楽四重奏団によって初演。冒頭は「観客が静まり返るまで繰り返す」という指定のもと第一バイオリンが3つの音をおもむろに弾き始める。各パートが独立し、自由なテンポで弾くことを重要視し、当初ルトスワフスキはパート譜のみ作成した。
「弦楽四重奏曲 第1番 ニ長調 作品11 から 第2楽章、第3楽章、第4楽章」チャイコフスキー:作曲
「弦楽四重奏曲 ハ長調 作品333「鳥」 から 第4楽章」ハイドン:作曲

🎵ルトスワフスキーの「弦楽四重奏曲」、初めの章には「聴衆が静かになるまで弾き続けるように」との作曲者の指示があるようだが、確かに、これはいったい? と意識を集中させられる。果たしてこの旋律の楽譜はあるのだろうかと思わせられるのだ。それぞれが否定的な会話をしているかに勝手に弾いているようで確かに楽曲を成しているところに凄さを感じる。第二楽章に入って心地よい流れを期待する者には音楽としては聞こえてこないのではないかと思われもするのだが、一つの特異なイメージを脳裡に描くことに成功すれば、実に微妙で霊妙、不安、不確定、不定形が捕らえられ意表をついてくる面白さを味わうことができた。弦同志の無機質で金属的な響きに少数派の深い肯き合いもある。現代のあてどない咆哮とも思われた。
 このチャイコフスキーの2楽章には、トルストイならずとも落涙。すばらしい演奏。イヴのコメントどおり、この4台の楽器がグイン、ジュワっと一つになったときの会心の思いはいかばかりであるか。

 

🎧名曲アルバム。パでレフスキー「メヌエット」
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⛳6時近くの強烈な陽光を遮りながら聴いた今朝。盛岡は36度予報。6時58分更新



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きょうのことば「喜びの福音2」

インマヌエル盛岡キリスト教会2021年07月11日()の礼拝では、2021617日に85歳で天に召された竿代信和先生のメッセージを聞かせていただきました。


説教題 『喜びの福音2』  (故竿代信和 牧師)

聖書箇所 テサロニケ第一 51618

16 いつも喜んでいなさい。17 絶えず祈りなさい。18 すべての事において感謝しなさい。
これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

 

<前回の復習 國光勝美牧師>
前回に引き続いて今回も竿代信和先生の2010年東北聖会・南聖会で語られたメッセージに耳を傾けますが、最初に簡単な復習をさせていただきましょう。
 聖会では「救いの喜び」と「宣教の喜び」がテーマとして掲げられております。今回扱っておりますのは、「実生活における喜び」ということで取り次がれたメッセージでありました。

 三つの喜びということで覚えてらっしゃるでしょうか。1つ目は「神の栄光に与る望みを喜んでいます」。2つ目は「苦難さえも喜んでいます」。そして三つ目、「私たちは神を喜んでいます」ローマ人への手紙の5章には喜びが三つあったことが語られました。そして今日掲げさせていただいたこの御聖言(おことば)、これを真剣に考えるとき、これはクリスチャンのあるべき理想を語っているのであって裏をいえばそんなことはあり得ないというそんな思いはないでしょうか。これはたしかにそうだけれども、それに実際に到達するのはなかなか難しく現実的ではない。或いは、そんなにそのことを真剣には考えていないなど、いろんなこのおことばに対する考え方があるでしょう。

「いつも喜ぶ」ということ。この第一テサロニケのこのおことばは、ほんとうに何をいってるのだろうかと真剣にこれを思いめぐらしてくださいました。そして、この喜びというときに、三つのお友達といったらいいのでしょうか、喜びといつもコンビになっているものがある。聖霊と艱難と望みなのだというようにお語りになられました。ここでいう喜びというのは、聖会の第一、6月の最後の時に紹介させていただいたメッセージでありますが、救いの喜び、クリスチャンは、ほんとうにイエス様を信じて救われたのだ、永遠のいのちが与えられているというこの喜びを持っているのがクリスチャンであるということを、まず基礎中の基礎としてしっかりと土台を確認をしたのが聖会の第一夜であり、盛岡でいえば6月最後の聖日のときでございました。しかし、いまここで語っている喜びというのは、聖会1で扱った、つまり、救いの喜び以上の喜びを云っている。そしてそれはヨハネ16章の19~24節のところまで、ここで語られている喜びというのはクリスチャンになった、救われた喜び以上の内容をここでは云っているのではないか。そしてそれは、旧い言葉ですけれども「喜悦の盈満」、満ち溢れる。喜びが泉のように湧いてくる、これは救いの喜び以上の喜びがあるということ。そして「喜悦の盈満」という本が紹介されましたけれども、このそれ以上の経験というときに、竿代先生は、弟子たちとそれから私たちの信仰生活の歩みとまったく同じステップではないけれどもよく似ている。共通点がある。お弟子さんたちは漁師をしたりして、そしてとにかく地上生涯3年半のあいだ、目に見えるイエスさまと一緒に歩んで教えられたり叱責されたり励まされたりした。ちょうど私たちもあるときイエス・キリストの十字架の救いというものを知って、ああ嬉しい、これで私は救われたんだという救われた喜びというものは持っているけれども、しかし、実生活を行っていく中につまずいたりまたこんな心がまだ自分にのこっていたのかと気づかされ、クリスチャン信仰ってこんなものだったんだろうかというような思いになりもする。イエス様を見上げながらという、それは変わらないけれども、救われた喜びはあるけれど、というような歩みはしている。だけれどもそのあと、お弟子さんたちは今まで一緒にいたイエス様が目の前から文字通りあの十字架によって消えてしまった、迫害され命を落とされたという、まさにイエス様の肉体、今まで一緒にいたお方が離れてしまったという否定できないような大きな経験をした後、こんどは、それと同じようにイエス様は、私は世の終わりまでいつもあなた方とともにいますといってよみがえられたイエス様の喜び、これを弟子たちは経験した。このイエス様が取り去られ、またこんど、復活のイエス様にお会いし、それを決定的にしたのがイエス様の内住というペンテコステを経験した。それを弟子たちの変化とするならば、私たちも救われた喜びだけで終わってるのじゃない、あるときに、ほんとうに、「われキリストとともに十字架につけられたり」という転機、もうこんな肉の性質を引きずってくのはいやだ、もうこんな信仰生活ではやっていけないと自覚し、いまいちど信仰を持ってイエス様を見上げるときに、もはや我いくるにあらず、キリストわがうちにありていくるなり」というペンテコステの経験をする。それが喜悦の盈満で、このような神様のお取り扱いがある。新たなキリストとの出会いが必要なのだということを仰いました。そしてそれは感情に左右されるものではない。それは様々な試練、困難の只中にあったとしても、その中で神様は必ず最善をしてくださるのだからという最善を喜ぶ。そしてさらに言うのならば、神様ご自身を喜ぶというところに本当の環境に左右されない、何かをしてくださったからではない、神ご自身を喜ぶというところにまで私たちは満たされるんだ、この転機がどうしても必要なのだ。「主を喜ぶことはあなた方の力だからだ」、そして、この神の愛が聖霊によって注がれるとき、この注ぐというのは、言葉は農業の人が田に水を撒く、その水を灌ぐという言葉が使われている。そのように神様は私たちの心の中をほぐしてくださって、そこに十分に神の愛が、聖霊の愛がしみ込んで、神の愛が灌がれるという経験。こういうものがある。そしてまさに、それこそ御霊の実といわれるものである。こういうようにお話が進められてまいりました。そのためには、どうしても私たちには、キリストを心の真中心に置くという転機的な経験、いわゆる第二の転機というものを必要としている。それは、イエス様に私の心の王座を明け渡すということなのです。神は善にして善をなされるお方。そしてこのことが、あっちに行ってつまずき、こっちに行ってつまずくのではなく、そうだ、そうなんだ、神は善にして善をなしたもうお方なんだということをよりはやく、より多くこのことを経験することです。

一つの例話として、自分が小さいころ読んだ「少女パレアナ」という物語に出てくるはなし。「喜びの遊び」というゲームなのですが、どんなに意地悪をされてもそれを感謝し喜ぶことの実践でした。前回はそこまでお話を聞きました。

 

<ここからは竿代信和牧師の今回のお話し>

「いつも喜んでいなさい」というのは、嬉しい材料が重なるときではなくて、私たちの心の在り方、姿勢であります。極端に言えば、止めどもなく目から悲しみの涙を流しながら、なおかつまだよくわかりません。「わたしのしていることは今はわからない。後にわかるだろう」と主のおことばがありますけれども、私にはわからないけれども、きっとここには主の最善があるのだと受け止める。自分はほんとうはこれは苦手でしたくない。誰から頼まれたってしたくはないけれども、聖霊がそれをしなさいと仰る。聖霊がそれに従いなさいと仰る。それに従うのが聖意(みこころ)に従うことである。みこころに従うことを喜ぶ。またみこころに従うことが喜びだということは、イエス様が、天の父に向って再三お示しになったことであり、私たちにも諭されたことである。どこかで私たちは、主の最善を信じて信じ抜こうという明け渡しをするだけではなく、特に聖書が艱難とか困難といっている事柄の中に、なぜ皆さん艱難と喜びがこんなに結びついているか。それは驚くほどたくさん出てきます。苦しみ、艱難、苦難、これと喜びがこんなになぜ結びついているのだろう。私は今日もそのことを考えていました。なぜなんだろう。幾つかの理由が心に浮かびました。一つは、苦難というのは、私たちが嬉しいとか喜ぶことと最も遠い感情。だからこそその中で喜ぶということに深い素晴らしい価値があり意味があるのだということを考えさせられる。言い方を変えると、人間は、艱難や苦しみの中で喜べるはずがない。喜べる程度だったら苦しみだとか艱難だとかいわない。その内容は色々です。たとえば私たちが耐え難いほどに体を痛めつけられたときに、それはたとえば健康の問題からくる苦しみや痛みがあります。自分たちもこれから高齢になり、そういうことに伴う様々に想像される困難があります。人間関係の中で、しかもどう考えたって私はそういうことは言ったことがない、やったことがないということを、それも親友だと思い、信頼していた友人があちらこちらであの人はこんなことやってると言いふらされたとき、簡単に言えば詰られ貶められる。皆さんおそらくそういう経験をお持ちでしょう。言いそうな人が言ってもまたあいつ言ってるのかぐらいで何とかなりますけれども、まさかあの人がという人に私たちが裏切られたとき、私たちは苦しみます。聖書の中で艱難と喜びはつながっていると申し上げましたが、その喜びにつながってる艱難の大部分は、いま前半で申し上げたような環境や自然からくるものではなくて、クリスチャンなるがゆえにイエス様に従うがゆえに、信仰の、福音の恵みを伝えようとするゆえに、そのことのゆえに受けた苦しみです。妥協したり、いい加減にすれば受けないで済んだはずなのに、信仰を貫いたために、或いは主に従ったために受けた辱めや苦しみ、それは喜びとつながっています。

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有名な例ではイエス様が山の上の説教の中で言われました。

「わたしのために人々があなたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。大いに喜びなさい」。喜び踊りなさいとまでイエス様は言われました。ヤコブという人は手紙の中で、「あなた方が試練に逢ったときはそれをこの上ない喜びとしなさい」と。皆さん、この上ない喜びって、それより上はない。最上級だから。試練に逢ったとき、それを最上級に喜びなさい。ぺテロの手紙は、試練の只中にいる人を励ますために書かれた手紙だといわれていますから、この手紙にはたくさん出てきます。そしてその試練に与ったときには、「喜び踊りなさい」。試練の中では苦しみにあったことは私によいことだったと書いていますね。

 水野源三さんがもし苦しみに逢わなかったらというそれに基づいて詩を書いている。艱難、喜びが密接につながっている。それは艱難や困難はおよそ私たちが喜ぶとふつう考えていることとは違う。喜ぶとふつう考えていることと縁遠い、というより反対のものだからです。私たちの気を重くさせたり、悲しくさせたり、苦しくさせたりしてしまうものが、こうした様々の感情的なことからくる試練もあれば、信仰上に襲ってくる様々な艱難や試練がある。けれどもパウロがこのローマ人への手紙にいっていますように、その艱難からこそ主の前に出る訓練が生まれ、訓練に携わることによって品性が練り鍛えられる。その中で希望が生まれてくる。

 私たちはそのような喜びの経験をほんとうに日常生活で味わう経験をし、そしてまだまだでありますけれども、なおなお成長し深められていくためには、先ほど申し上げましたように、どこかで転機的な経験をしたその時、変な言い方ですが腹を決めるのです。私にはわからないことがいっぱいあって、私にはつらいことや悲しいことがいっぱいあるけど、私は神様は最善をなさると腹を決めよう。

 よく母は私が幼いころ、「神様はへまをなさらない方だ」。何か大変なことがあると、「お祈りしましょう。神様はへまをなさらない方だ」。あまり意味がわからないで大きくなりましたけれども、考えてみるとなかなか味わいのあることばです。「神様はへまをなさらない方だ」。言い換えたら神様は最善をしてくださるお方だ。試練、艱難の只中にあるそのときはに最善と思えないんです。そのとき理由はわからない。それでも腹の底で、神様は最善をなしてくださる、それを受け止めよう。受けとめさせていただく。そしてそのことを私たちが練習していくときに、それはより速やかに、より多くの日常生活の中で実践されていくわけであります。それは心掛けないと身につかないものでございます。常に喜びなさい。

 戦前、太平洋戦争の終わりごろに、リバイバルリーグという蔦田先生を中心に始められた教派を超えた若手の先生方の運動から何人かの方々が日本を終えて中国の様々な地域に宣教師として出ていきました。私たちの教団の関係でいえば、松村導男先生とか岩城先生とかそういう方々が海を越えていきました。その中の一人に砂山という先生がおられたのですが、この先生は敵の手に捕らわれて、おそらくソ連に連れていかれたろうということで、とっくに処刑されたと思われます。ご夫妻で非常に苦労して伝道をしているときに、その山の中の非常に医療設備の不備なところでありましたが、ご長男を失ってしまう。その時の次第をご婦人が手記に書いておられます。自分たちの手でミカン箱のようなものを壊して、小さな小さな棺桶を作り、その子を入れて自分たちの手で埋葬する。誰も来てくれない。自分たちの手で葬儀をするときの悲しみが綴られています。やがてご主人の行方不明、戦争に敗れて、ついに帰国ができるようになって、幼い小さな二人の女の子を連れてその夫人は帰ることになり、ようやく大連にたどり着く。目の調子が悪く大連の眼科医に診てもらうと、お気の毒ですが間もなくあなたは失明します。栄養の不足、様々なことから惹き起こされた病のために、最善を尽くしてみましたけれども、おそらく治ることはないでしょう。

 病院の待合室で二人の小さな女の子、これからどうなるだろう。その時に主が、「いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい」。というおことばをささやかれる。彼女は率直に主に仰います。イエス様、主人が取られ、長男がこの地で召され、いまこの幼い二人の子を抱えてどうなっていくかわからない。日本の国に帰っていこうとしている。その私の視力をお取りになって、どうやって私は感謝ができるんですか。喜べるんですか。主は何もお答えにならずに、聖霊のささやきかけとして、「いつも喜んでいなさい絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい」。そして、やがてそれに関わって思い浮かべた讃美歌があり、みことばがありました。「わが魂は主をほめまつれ。そのすべての恵みを忘るるなかれ」。新改訳では、「主がよくしてくださったことを何一つ忘れるな」。讃美歌の方は「望みも消えゆくまでに」、数えてみよ主の恵み。この状況でどうやって恵みを数えてみよというのですかと、彼女は主に申し上げますけれども、それでも主はなお促される。

 後日、ご婦人が回顧しておられますけれども、無理やり指を折るようにして、自分の指に力を加えながら、一生懸命その中で恵みを数えていったというんですね。こういうことも神様してくださった。ところが5つ、6つと数えていくうちにその心の中に、何とも言えない深いうなずきが与えられた。そして主にお祈りしたのが、「残る生涯は、このような境遇に置かれてもなお喜ぶことができる、感謝することができるという証の生涯を送らせてください」と祈るわけです。

 帰ってこられて、今から10年ほど前天に帰られるまで、目がご不自由なままでいたるところで証をされました。いまだに多くの関係がある。そして多くの委託性が送られてくる蒲田を本部とするシオン・キリスト教会を始められた岸田先生をこの方は、妹さんにあたる。全国に証し、その二人の娘さんも信仰者として家庭を持つようになりました。彼女の主に対する祈りは答えられました。

 もういちど私たちは、平凡な日常生活の中で、何が皆様方を、常に喜んでいるという状態を妨げるのでしょう。何があなたを失望させたり、何があなたをイラつかせたり何があなたを悲しませたりするんでしょう。けれども、どうぞその中で、これは、届き得ない目標として掲げられているのではなく、神がキリストにあって、あなた方に求めている事柄だと18節の後半には書いてある。「いつも喜んでいなさい絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい」。これは神がキリストにあってあなた方に求めているこです。私たち一人ひとりがそのようになることを主は願ってらっしゃる。

 私はこういう話をしながら正直申しあげて、私はこの点でまだまだ未熟だなあと思います。いろいろ失敗したりぶつかったりしながら、ああ主を喜ぶっていうことは、こういうことでなかったはずだ。或いは、なぜ今祈るんだったら、もっと30分前にお祈りしなかったんだろう、まだまだそう繰り返しています。正直。でも私は願うのです。そのような恵みの世界に生き続け、死ぬまでそのような生涯をたどっていきたい。私どもは祖父祖母の本を出しましたが、題は『感謝の鈴なり』という本ですが、祖父が召されるときの言葉として「感謝、感謝の鈴なりだ」といって天に帰っていったからです。明治の迫害の中で信仰を持った祖父です。特別な才能もなければ、特別な学歴があるわけでもない。岡山の田舎の中で不思議なように宣教師と出会ったり、福音を伝えてくれる人に出会って、信仰を持ちまして、そして、信仰こそわしの遺す遺産だ。まあこのお爺ちゃんぐらい徹底している人はいない。ほんとうに通帳の類は一つもない。1円も遺さなかった。相続争いが起きなくていいですよね。その代わりおじいちゃんは口癖のように「わしは信仰の器を残すんじゃ残すんじゃ」とこういってました。子ども心にそのことをよく覚えています。彼はほんとうに何も遺さなかったけれども、神様に感謝するという遺産を遺していってくれました。
 今、国外で私たちは宣教の50周年を記念しておりますが、振り返るときに、日本で私たちと同期生で苦労した方々の苦労もたくさんありますから、私が彼らに比べて特別並外れた苦労をしたわけでも何でもありませんけれども、最後に個人的な証をして終わらせていただきます。

 私どもがまもなくインドの宣教の奉仕を終わって帰ろうとするその直前に、どうも調子が悪いと妻が言い出しまして、私たちが学んだ学校があるヨットモット(?)の病院に連絡しましたら女医さんが来てくれましたが、これは今はやりの感冒だというんですね。でも二日たっても三日たっても熱が下がらないのでまた来てもらった。すると今年はこういう特色だと顔色を変えずに言うんです。でもこんなに熱が高くて時々気を失ってしまうんですよ。それでもそんなもんだと。

けれども学校の三代目の学長の先生は宣教師の二世ですが、そのお父さんが医者で、100キロ先から寝台付きのクルマで来てくれた。「これは急性肝炎じゃないか、黄疸だ」。入院です。ケニヤで今奉仕しております長女が2歳。長男が6か月。本人は半ば失神状態。後で聞くと何も覚えていない。まだ6か月の長男がぐずったので抱くと長男が落ち着いてきた。いつの間にか「主はすばらしい」という讃美歌を歌っていました。テルグ語で教わっていたのでテルグ語で歌ってた。歌ってるうちにふと気がついた。なぜこの歌歌ってんだろう。神様は素晴らしい、神様は善なるお方だという歌を私は歌っていたわけだ。でそのときにすぐにおことばが与えられました。文語訳ですが、「汝は善にして善を行い給う」という詩編119編のおことば。「汝は善にして善を行い給う」。

その疲れ切って弱り切って、そして病院に運ばれていく妻。あまりにも弱っていましたから、これが最期の可能性もある。もう生きて地上で会えないかもしれない。二人の子供がこのインドのちで残されることになる。そういう状況の中で神様は、「汝は善にして善を行い給う」というおことばを与えてくださった。しばらくして、連絡をいたしました日本から電報が来まして、インマヌエルの全教会があげてお祈りをしているからという力強い励ましをいただきました。さらに私を勇気づけたことは何であったか。その10日後ぐらいにニュースを聴いた母親が、励ましのディアログラムを送ってくれました。それを開けたとたんに、私はほんとうにびっくりしたんです。一番最初になんて書いてあったのか。まったく同じおことばだったんです。何千キロ超えてる海の彼方で同じおことばを与えてくださった。「汝は善にして善を行い給う」。主のみ名を賛美しますと手紙に書いてありました、。ですから私はその時にそれを読んで、これは神様のくださった約束だと信じることができました。結果は癒されるか召されるか。それは分かりませんし、癒されてもう一回奉仕者として妻として母としても帰って来て欲しいとは願いましたけれども、主が「汝は善にして善を行い給う」。そのときにお委ねすることができたわけでございます。ですからその後日談を云いますと母がどうしてもといって蔦田先生にお願いして、日本に引き上げるための手伝いをしたいといってインドにやってまいりまして、片づけをして私だけ残りまして、一足先に日本に帰るわけです。

その後に次女、今主の働きのために携わっておりますけれども、長女は宣恵、宣教地で誕生しましたから宣恵とつけましたけれども。今振り返ってみます時に、多くの聖徒のお祈りがありましたけれども、あの乏しい小さな者がその只中で、主の最善を信じることができたということは、非常に我が家にとってかけがえのない恵みの経験でございました。

いかがでしょうか。主にある喜び、そして究極的に主ご自身を喜ぶ、そしてなぜ望みが喜びと結びついているかというと、主の最善を今わからなくとも信じている。必ず後の日に主がよくしてくださる。最善をしてくださる。今すぐにしてくださらなくてもそうしてくださる。そして最後の最後には、こんな者が栄光の体に変えられて主の恵みの中に入れられるという最終的な決着の喜びを信じることができる。ゆえに地上の苦しみの中で喜びを抱くことができるわけであります。どうぞ今様々な形で様々なところを通過してらっしゃる方々がきょう聖霊との豊かな関係の中に、イエス様との豊かな関係の中にこの喜びを証しする生活の中に確認をして確信をして或いは改めて踏み出しをされる方々が起こされるようにと切に願っております。

 

⏰いったんは誤操作で記事を消失したかと愕然としましたが、結果失われていないことを確認、何とか9,228字、7時2分更新です。

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あれこれ

J-MERO
ゲスト アンジュルム、≠ME
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初めて歌詞にマスクがでてきたのを聴いた。他にもあるのかもしれないが。いずれコロナの閉塞感にはもう限界。一刻もはやくこの世界を抜け出したい気分に押しまくられた。

 全国的に7月の感染者数は2000人を超え、一都3県で再増加。7月12日から東京に4回目の緊急事態前言。感染性が高いデルタ株の増加。夜間帯の人流の増加でいよいよ増加の見通し。緊急事態宣言、今回きりになるかどうか。7月23日から東京5輪。スタジアムでの対策を徹底させても、その行きかえり、特に伴う飲食が感染リスクにつながる。一都3県、北海道、福島では無観客で開催。家でのTV観戦の不公平感がでるかも。オリンピックの最中でも感染状況悪化には躊躇せずに中止を。

 すべての年代のワクチン接種が終了するのは10月から11月になりそう。集団免疫にまでは時間がかかりそう。アルファ株、デルタ株問題。7月末から8月にかけてほとんどがデルタ型に置き換わると推定。デルタ型は、感染、伝播性が、従来株に比べて2倍ほど高い。閉塞感、束縛感に負けず、まだまだ感染対策の徹底が要りそう。ー以上NHK番組から教えられたこと。

はや7月半ば。はいはやい。

⛳7時15分更新

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210716 クラシッククラブを聴く チョン・キョンファ バイオリン・リサイタルⅡ

巨匠バイオリニスト70歳の記念演奏会。2005年、指の怪我で舞台を離れたキョンファ。その時向き合ったのがバッハだった。5年の活動休止を乗り越え、奏でる音楽とはチョン・キョンファ待望の来日公演から。けがでバイオリンを弾けなかった時期、彼女はどのように音楽と対じしたのか。70歳となり、改めて自らの音楽作りについて語った珠玉の言葉もご紹介。共演は、キョンファが今、最も信頼するピアニスト、ケヴィン・ケナー。【収録】2018年6月5日東京オペラシティー番組紹介よりー

チョン・キョンファ
1948
年韓国生まれ。6歳の時運命の楽器バイオリンに出あう。僅か12歳で家族と離れ、アメリカの名門ジュリアード音楽院で学ぶ。ビユーから50年以上、世界を舞台に活躍。今回は彼女が最も信頼を寄せるケヴィン・ケナーと共演。197022歳の時、ロンドン交響楽団アンドレ・プレヴィンと共演し華々しくヨーロッパデヴュー。世界の聴衆から喝さいを受ける日々が30年以上続く。しかし、2005年、突然、活動を休止。左手人差し指を痛めてしまう。これまでともに歩んできたバイオリンを失う。そのとき向き合ったのはバッハの無伴奏作品だった。

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「バイオリン・ソナタ 第1番 イ長調 作品13」フォーレ:作曲
「バイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 作品108」ブラームス:作曲
「美しい夕暮れ」ドビュッシー:作曲、ハイフェッツ:編曲

🎵ケナーと組んで8年というキョンファ。フォーレは音楽で自由に対話ができる曲として選ばれている。「この自由を得た今こそ私たちの音楽の始まりね」とキョンファ。事実、第一楽章で、これはこうでしょ、ああそうだね、とバイオリンとピアノの語らいが。そこに「音の対話ができるようこの曲に集中しようと取組んだ」といった解説が。この番組では、これはなぜかと思っていると、疑問に対する答えをすっと流してくれる。また、たぶんこうだろうと思っているところにそれを得心できる事柄をタイムリーに出してくれる。それが一つの楽しみでもあるのだが。2楽章の揺れの旋律に、キョンファはケナーの弾くショパンの「舟歌」に心魅かれており、この曲の揺れがそれを思わせることで選曲したのだと。3楽章ではキョンファがよってもって立っているこの音楽、バイオリンの響き、彼女の内なるものに筆者なりの思いが到ったところで、ぐっとくるものがあり涙が出た。それに4楽章、というよりすべてを通じて、70歳節目の演奏であるという若くエネルギッシュなキョンファの独自な境地は羨望だ。
 キョンファは「楽器には命が宿っている」、特に「ガルネリ」は人間に近いという。「人の魂が吹き込まれていると思うほどです」。
ブラームスの第3番、キョンファがこれを初めて弾いたのは16歳のとき。今はこの曲にハンガリー舞曲の影響を見、今はハンガリーらしさを全面に押し出しているというが、何と、この曲の自分の演奏に「昨晩納得した」というのだ。それは201664日ということになるのだが、キョンファにとって新しい発見のあったたぶん最も新しい曲ということに。
 キョンファを聴きながら、演奏者というものは、弾き込んでいくうちについには作曲者の魂に接近し、作曲者の魂に接触して、作曲者の魂に共振するといったものかもしれない。ここでは楽器同士の対話を超えて、曲そのもの、作曲者との語らいの方を強く感じさせられた。

 

🎧名曲アルバムはプーランク「オーボエ・ソナタ」
プーランクが愛した古い城が点在し美しい田園風景が広がるノワゼー。
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⛳6時48分更新

 

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210715 クラシッククラブを聴く チョン・キョンファ バイオリン・リサイタル

巨匠バイオリニスト70歳の記念演奏会。2005年、指の怪我で舞台を離れたキョンファ。その時向き合ったのがバッハだった。5年の活動休止を乗り越え、奏でる音楽とはチョン・キョンファ待望の来日公演から。けがでバイオリンを弾けなかった時期、彼女はどのように音楽と対じしたのか。70歳となり、改めて自らの音楽作りについて語った珠玉の言葉もご紹介。共演は、キョンファが今、最も信頼するピアニスト、ケヴィン・ケナー。【収録】2018年6月5日東京オペラシティー番組紹介よりー

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チョン・キョンファ
1948
年韓国生まれ。6歳の時運命の楽器バイオリンに出あう。僅か12歳で家族と離れ、アメリカの名門ジュリアード音楽院で学ぶ。ビユーから50年以上、世界を舞台に活躍。今回は彼女が最も信頼を寄せるケヴィン・ケナーと共演。197022歳の時、ロンドン交響楽団アンドレ・プレヴィンと共演し華々しくヨーロッパデヴュー。世界の聴衆から喝さいを受ける日々が30年以上続く。しかし、2005年、突然、活動を休止。左手人差し指を痛めてしまう。これまでともに歩んできたバイオリンを失う。そのとき向き合ったのはバッハの無伴奏作品だった。 

コメント
 
 世界有数のバイオリニストになるなんて考えてもみませんでした。バイオリン、特にその音色に魅了されこの年までひたすら情熱を注ぎ、演奏することに喜びを感じてきました。
「人々に音楽を届けたい」この思いが私を駆り立てたのです。
初めてモーツァルトを弾いた幼い日、美しさ、みずみずしさに圧倒されました。
若い頃は夢がいっぱいでした。練習の時も架空の聴衆に向けて音楽を奏で、壁さえも私の聴衆だと感じていました。「音楽を届けたい」という思いに突き動かされていたのです。
  指を痛めてからは、楽器をおいて内省すること。頭の中だけで音楽を解釈し、和声を捉え流れを作るこれまでにない練習の日々でした。寝る時もバッハのフーガが頭をめぐり、音楽を構築していました。どの音も沈思黙考から生まれたものです。昔は一音でも間違えると落ち込んだものです。できない自分をどうしても許せなかった。
 もはや技術的に完璧な演奏はできません。肉体的な限界を感じます。しかし今の私が求めるのは、心に残る音が響く特別な瞬間を聴衆と分かち合うことです。
若い時は「無の境地」なんて馬鹿にして常に何かを得ようと突き進んでいました。今は「無」こそが自由だと思うのです。
 人間の一生は束縛との闘いです。それは受胎の瞬間から始まります。9か月で誕生しお乳をもらうために泣き叫ぶ。そして最初の一歩、大人は感激しますが、赤ん坊には試練です。色々な経験をしながら一生を終える。たった一度の人生をどう生きるか、人生という旅の途中で何を発見するか、そこに深い意味を見出せるかは自分次第。自問自答を続けることが大切で、それなしでは演奏できません。
 一音一音を自らに問いかけ生み出す、それが今の私の音楽です。

 

【曲目】
ヴォカリーズ(ラフマニノフ作曲)
シャコンヌ(バッハ作曲)
バイオリン・ソナタ(フランク作曲)

🎵キョンファの表情、時として意地の強さを感じさせる。そこが大好きだ。昔は逆だった。優し気なたおやかな雰囲気に順応していた。それがなぜか今のキョンファを聴くうちにそうなってしまった。
 「ヴォカリーズ」に先立って、キョンファが「この曲は彼(ケナー)が選んだのよ。私はもっと楽しいのにしたかったのに」とジョークをとばす。懐かしみを帯びた音が輝いている。そして「シャコンヌ」。これはもう桁違いの絶品という感じが。まさしく闇を切りひらき、闇の只中を光をまといながら地歩を固め確かに歩み進んでいくという演奏に感動! フランクの「バイオリン・ソナタ」、これが同じフレーズの循環形式。キョンファはこれぞ「人間の一生」であると。70歳にしてエネルギッシュ。キョンファが巨匠と呼ばれる所以にけさも肯く。

 

🎧名曲アルバムはバッハの「フーガの技法」。オルガン冨田一樹。バッハはカフェに行ったか行かなかったか、それがカフェでも演奏していたというからやはり行くことはあったのだ。バッハは後半生27年間をライプチヒで過ごし、「マタイ受難曲」などの大作を書く。その最晩年の傑作がフーガの技法。

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⛳7時2分更新

 

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210714 クラシッククラブを聴く マット・ハイモヴィッツ チェロ・リサイタル

1970年イスラエル生まれのチェロの鬼才、マット・ハイモヴィッツ、そしてパリを拠点に活躍する国際派のピアニスト、児玉麻里のデュオ・リサイタルから。ー番組紹介よりー

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マット・ハイモヴィッツ1970年イスラエル生まれ。4歳でカリフォルニアに移住。13歳でメータ指揮イスラエル・フィルと共演。演奏活動と並行して音楽学を学び、1996年にはハーバード大学の学士号習得。作品の背景を深く掘り下げた演奏解釈と情感あふれる音色で聴衆を魅了。
児玉麻里 大阪生まれ。6歳で渡欧。14歳でパリ国立高等音楽院に入学。在学中に数々のコンクールで優勝、入賞を果たす。ベルリン・フィル、ロンドン・フィル他世界の一流オーケストラと共演。室内楽分野でも精力的に国内外で活躍。

インタヴュー
(
共演について)
マット・ハイモヴィッツ:音楽に関わっていると、相性はすぐにわかるものです。彼女の音楽に対する謙虚でまっすぐな姿勢にひかれました。日本でリサイタルを開くことになったとき、最初に思いついた共演者が麻里さんでした。一緒に演奏して新しい視点が開けるときは、目の覚めるような思いがします。自分が考えていたこと、聞こえていたものに違う視点が提供される。試行錯誤の繰り返しですが、麻里さんとはその過程も楽しむことができます。
児玉麻里:
お人柄が温かいお人柄、それが音楽にも隅々に現れている。いつもいつもドラマティックでもどこかに温かさが漂った演奏をなさる。もう一つのバックグラウンドが、イスラエルでお生まれになったんですけれども、アメリカ人であるけれどカナダに住んで、ヨーロッパの文化にも触れてらっしゃるので、とても個性的な弾き方をなさる。いつも一緒に演奏させていただいて、とてもインスピレーションをいただく。

曲目
ベートーヴェン: ヘンデルの『ユダス・マカベウス』の主題による12の変奏曲
ドビュッシー: チェロ・ソナタ二短調

プーランク: チェロ・ソナタ

 

🎵ベートーベンの「ヘンデルの『ユダス・マカベウス』の主題による12の変奏曲」、ヘンデルとベートーベンの協業といった感じが。ピアノの方にベートーベンがよく現れて。ドビュッシーは、そちこちに横たわる樹木の影を踏んでいくような思いが。チェロの音色は児玉さんの仰るそのまま。そしてプーランクは叙情的でありドラマティック。

 

🎧名曲アルバム。「交響管弦楽のための音楽」芥川也寸志(192589)25歳で作曲
演奏は広上淳一&東京フィル。
也寸志は龍之介の三男。龍之介の遺品レコードを聴いて育った。ストラヴィンスキーの「ぺトルーシカ」や「火の鳥」が大のお気に入りだったという
1946年冬、也寸志は日光の伊福部昭を突撃訪問。伊福部は言った。「作曲家は己自身のすべてを音楽でかたらねばだめだ」と。也寸志は帰路、書き溜めた楽譜を破り捨てる。
也寸志はどうも突撃訪問が定番。思い立ったら矢も楯もたまらずなのか。後年、也寸志は「交響管弦楽のための音楽」を携えてソ連に潜入。こんなすごい作曲家たちに会っていたとは!
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先に朝食を終えて7時47分更新。

 

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210713 クラシッククラブを聴く 堀米ゆず子 児玉桃 ベートーベンを奏でる

 ベートーベン不朽のバイオリン・ソナタ「春」と「クロイツェル」。出会いから30年、共演を重ねてきた堀米ゆず子と児玉桃。世界的演奏家による円熟の響きをお届けする。 ベートーベン生誕250年の節目に堀米ゆず子と児玉桃が取り組んだバイオリン・ソナタ。新型コロナウイルス感染拡大のため、半年も演奏活動ができなかった二人が久しぶりに音楽で対話する。ベートーベンについて、お互いについて語ったインタビューもご紹介。【曲目】バイオリン・ソナタ「春」から、バイオリン・ソナタ「クロイツェル」(いずれもベートーベン作曲)【収録】2020年10月16日 武蔵野市民文化会館大ホールー番組紹介よりー

堀米ゆず子1980年エリザベート王妃国際コンクールバイオリン部門で、日本人として初めて優勝。児玉桃1991年ミュンヘン国際音楽コンクールピアノ部門、最年少で最高位獲得。二人はベルリン・フィルと共演するなど世界の舞台で活躍。バイオリン・ソナタ「春」は二人が最初に取り上げた作品。

 

TVインタビュー
―新型コロナ感染拡大での影響で、この時点まで半年以上演奏活動ができなかったお二人の5年ぶりの共演―
堀米ゆず子:とても楽しみにしてましたので。ベートーベン250年ぎりぎりにベートーベンいっぱいなはずだったのが、結局ぜんぜんそういう動きがなくなってしまいましたので。
児玉桃:時期が長かったので、改めて音楽の力とかベートーベンの力というのは250年関係あってもなくてもすばらしいと思いましたね。
堀米ゆず子:やっぱり力を与えてくれるというか元気に、鼓舞してくれるような音楽。生命力、私がベートーベン弾くときにいちばん感じるのは彼の調性によるファンタジーなんですけど、調性を生きるという言い方をするんですけども、C(ツェー)ドラになった、G(ゲー)ドラになった、Es(エス)ドラになった、こういうふうにして、それと一緒に動いていくとそれが自ずから力になるというか、もちろん計算されているんでしょうけれども、私はそれよりはもっとファンタジーというのかな、そういう即興性みたいな転調の感じがしますね。そういうふうにして弾いていくと新鮮な感じがする。嬉しいし、自分も。クラシック音楽というのはやっぱり調性によって表現されるものが多いと思うんですけども、それ、ハーモニーに和声、だから桃ちゃんと弾いてるとやりやすいのは、やっぱりちゃんとベースを弾いてくださるから、それに乗っかっていけば音楽ができていくというところがありますよね。
児玉桃:私は逆にその表現の仕方がスフォルツァンドでもいろんな表現がやってありますので、それをピアノで想像してイメージして、ペダルとか、一つの音で、ディミヌエンドはできても、こう、音が消えていくので、音の中でクレッシェンドというのは難しいんですよね。それをだからこう想像で、それを和にしようとするのがとても表現の広さにつながりますし、自分なりに解釈しようとして、それを取り出すのにやっぱりゆず子さんのバイオリンとか聴いて実演するようにしてますから。努力してます。いつもうまくはいかないんですけれども、それが理想としてます。すばらしいゆず子さんとベートーベンの音楽を届けることができるというのは何と幸せなことだろうと、きょうまたつくづく思いました。
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曲目
☆「バイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調 作品24“春”から 第1楽章、第3楽章、第4楽」
☆「バイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 作品47“クロイツェル

🎵「春」にはベートーベンの小難しそうな表情はどこにも見えない。それに何か安堵して、明るさと満ち足りた気分を共有。「クロイツェル」、なかなか分かってくれない相手に自分の述べるところはこうなんですよと言い分を縷々。結論を急かされているといった響きも。これはあくまで曲から感じられることなのだが。なにか頑張んなくちゃという気分にもさせられる一曲。
面識はなくとも、堀米さんは今どうしてらっしゃるかと気になる存在。

🎧名曲アルバムは

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バイオリン新井英治、円光寺&東京フィル

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けさ「春」を聴きながら迎えた朝日。
そしてホームラン・ダービーで大谷の頑張り、応援に駆け寄った雄星のすがたをしっかと見てから、11時37分更新。

 

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210712 クラシッククラブを聴く 遠藤真理のサウンド・オヴ・チェロ~加藤昌則と紡ぐ音の旅

遠藤真理】東京芸術大学卒。2003年日本音楽コン第1位、2006年「プラハの春」国際コン第3位。国内外の一流オーケストラや指揮者と共演。読売日響ソロ・チェロ奏者。ラジオでも活躍【加藤昌則】東京芸術大学卒。作曲家・ピアニスト。幅広いジャンルで自作を発表しつつ、ピアニストとして数多くのソリストと共演を重ねる。【曲目】チェロ・ソナタから(シェック)花詠み人(加藤昌則)他【収録】2020年8月25日武蔵野音楽大学 ブラームスホールー番組紹介よりー

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コメント
遠藤:リサイタルのお話をいただいたときに、加藤さんと一緒にやってほしいなと思って、いくつかコロナのせいで公演がキャンセルになってたんですね。そのときに組んでいたプログラムをそのままやるのがベストなんだろうと頭の片隅では思っていながら、何だかそこに足をふみいれられないというか、そこに気持ちが乗らなかったんです。それで加藤さんに相談したところ、こういう曲あるよと、まずシェックのソナタ、チェロ・ソナタを紹介してくれて、すごいきれいな曲ですねというところから、もうそれが中心になって他を決めたといっても過言ではないほど。今回自分の中でもぜんぶ新しい曲をやるというのはチャレンジングなんですけど、それでも、シェックを弾いて、加藤さんの曲もたくさん入れさせてもらったんですけど、加藤さんのアイデアを盛りだくさんに入れさせてもらいました。
加藤:シェックという作曲家はけっこう昔から好きな作曲家だった。真理ちゃんにいい曲ないかといわれたから、出したんです。チェロと共演する機会が何度かある中でこのアレンジをちょこっと演奏会のたびにやったり。実はある程度ストックがあって、じゃほかに何かアレンジある? と言われて、まとめて、これそうだよとポンとわたしたんです。そしたらそれをほとんどこれぜんぶやりましょうとなって、それぞれの演奏会にかいたものが、こういう機会に新しい息吹を取り戻せたのには感慨深い思いがありました。
遠藤:実は今回が初めてです。きちんと演奏してもらうのは。
加藤:共演は初共演に近い。
遠藤:加藤さんのキャラクターが面白くて大好きなので。頭の中が先を読めない感じ。何を考えてんだろう、加藤さんは。
「花詠み人」について
遠藤:今回、世界初演の曲。
加藤:我々音楽家はコロナのことでほんとうに世の中ひっくり返っちゃうんじゃないかぐらいの思いがあって、みんながいろいろな思いを抱えたと思うんですけど、僕はほぼ2か月間演奏することはなく家にずっといるという生活になったときに、自分を保つために書かなきゃなというのがあって、それで1か月間ぐらい毎日のようにずっと曲を書いてたんです。たまたま自粛の期間に、京都の芸妓さんのドキュメンタリーをやっていて、その表の部分じゃなくてふだんの私生活の部分みたいなものでやっぱり、いろいろ悩んだり一人の女性ですからいろいろ思うこともあるじゃないですか。そういうことを見ている中でそういう雰囲気の女性というか、それを音楽で表現する、書きたいなと自然に思って書いた。こんな曲あるよという中に忍び込ませておいたら、やろうと。してやったり、です。4月の終わりごろに書いたと思います。ほんとうにこの放送が初演ですね。
遠藤:「花詠み人」も譜面上はすごく単純なんですね。単純だけど、やっぱりそこにいろんな彩が見えるんですよね。和声ごとに色があったりとか流れが空気の流れが変わるようなところがあったりとか、それもやっぱりリハーサルを重ねていくうちにどんどんしっくりくるし、自分の中でも、あ、ここはこういう呼吸にしようとか、しっくりくるものがすごくあった。大好きになりました。

曲目
☆「Around The World 映画で巡る世界一周メドレー」:加藤昌則:編曲
「チェロ・ソナタ から 第3楽章」:シェック:作曲
「チェロ・ソナタ 第1番 ハ短調 作品32から 第2楽章、第3楽章」:サン・サーンス:作曲
「花詠(よ)み人」:加藤昌則:作曲
NATHA-VALSE」:チャイコフスキー:作曲:加藤昌則:編曲
Moon River」:ヘンリー・マンシーニ:作曲:加藤昌則:編曲
Sound of Music Medley」:加藤昌則:編曲

オトマール・シェックOthmar Schoeck, 1886年9月1日 - 1957年3月8日)は20世紀スイス作曲家300曲以上にのぼる歌曲を作曲し、ピアノ伴奏つき歌曲や管弦楽伴奏つき歌曲、様々な合唱曲を遺している。その他の作品に《ヴァイオリン協奏曲「幻想曲風に」》作品21や《ホルンと弦楽合奏のための協奏曲》作品65, ハインリヒ・フォン・クライスト原作の歌劇《ペンテジレーア》作品39などがある。
1980年代半ばから、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ白井光子の地道な努力によりシェックの再評価が始まった。(wikipedia)

 

🎵「Around The World」、チェロ演奏に乗っての旅は心弾んでも足はしっかりと地を踏んでという感じが。懐かしい映画メドレー、いまは神奈川にいる中学校時代の友達と観たメリーポ・ピンズ。シェックの「チェロ・ソナタ から 第3楽章」、物思いに静かに沈潜しているかのところに共感。静かな流れのきれいな小石の揺らぎを見るような。サンサーンスの「チェロ・ソナタ」のところで、雲の奥から日が輝きでて、ああきょうもはじまるなと清新な心持に。「花詠み人」、加藤の作曲。今回が初演。今年の4月に遠藤が演奏することを希望して書いたようだ。出だしから京都の路地のたたずまいにたしかにたおやかな女性のすがた。シルエットが障子に移ろうような感じも。
前回この番組を聴いた日は、筆者はどうも朝早く出かけるところだったらしく「この時間帯に野菜料理を3品作る。動き回りながらも楽しめる曲は有難い。楽しいひと時」と書いてあった。

🎧名曲アルバムはカルディルロ作曲コルディフェルロ作詞「つれない心」。テノール福井敬。円光寺&東京フィル
カルディルロ、コルディフェルロはのちにナポリからアメリカに移住。この曲をカルーソーに捧げる。8時03

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⛳08時03分 更新

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きょうのことば「喜びの福音」

インマヌエル盛岡キリスト教会2021年07月04日()の礼拝では、2021617日に85歳で天に召された竿代信和先生のメッセージを聞かせていただきました。


説教題 『喜びの福音』  (故竿代信和 牧師)

聖書箇所 ローマ 5111
1 こうして、私たちは信仰によって義と認められたので、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。
2 このキリストによって私たちは、信仰によって、今立っている恵みに導き入れられました。そして、神の栄光にあずかる望みを喜んでいます。
3 それだけではなく、苦難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、
4 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。
5 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。
6 実にキリストは、私たちがまだ弱かったころ、定められた時に、不敬虔な者たちのために死んでくださいました。
7 正しい人のためであっても、死ぬ人はほとんどいません。善良な人のためなら、進んで死ぬ人がいるかもしれません。
8 しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死なれたことによって、神は私たちに対するご自分の愛を明らかにしておられます。
9 ですから、今、キリストの血によって義と認められた私たちが、この方によって神の怒りから救われるのは、なおいっそう確かなことです。
10 敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させていただいたのなら、御子のいのちによって救われるのは、なおいっそう確かなことです。
11 それだけではなく、私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を喜んでいます。キリストによって、今や、私たちは和解させていただいたのです。

 

聖書箇所 ヨハネの福音書161924
19
イエスは、彼らが何かを尋ねたがっているのに気づいて、彼らに言われた。「『しばらくすると、あなたがたはわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見る』と、わたしが言ったことについて、互いに論じ合っているのですか。
20 まことに、まことに、あなたがたに言います。あなたがたは泣き、嘆き悲しむが、世は喜びます。あなたがたは悲しみます。しかし、あなたがたの悲しみは喜びに変わります。
21 女が子を産むとき、苦しみます。自分の時が来たからです。しかし、子を産んでしまうと、一人の人が世に生まれた喜びのために、その激しい痛みをもう覚えていません。
22 あなたがたにも今は悲しんでいます。しかし、わたしは再びあなたがたに会います。そして、あなたがたの心は喜びに満たされます。その喜びをあなたがたから奪い去る者はありません。
23 その日には、あなたがたはわたしに何も尋ねません。まことに、まことに、あなたがたに言います。私の名によって父に求めることは何でも、父はあなたがたに与えてくださいます。
24今まで、あなたがたは、わたしの名によって何も求めたことがありません。求めなさい。そうすれば受けます。あなたがたの喜びが満ちあふれるようになるためです。

 

<お話し>

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 きょうは、私たち信仰者として実際の生活の中で、喜びに生きるとはどういうことか、またどうしたら、そのようになれるのかという極めて実際的なことに思いを向けたいと導かれて、聖書からローマ 5111節とヨハネの福音書161924節の2か所を開きました。

 ロマ書5章の方を最初に見ますと、ここには「喜び」が3回出てまいります。一つは、「今私たちが立っているこの恵み」ということを申しましたが、その立場に立ったために、「神の栄光を望んで大いに喜んでいる」と記されています。そしてその大いなる喜びを受けて、そればかりではなく、「艱難さえも喜んでいます」と書かれていて、その喜ぶ理由が述べられています。この短い111節の中に3番目、11節には、「和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって私たちは神を大いに喜んでいる」。神の栄光を望んで喜ぶ。実生活の中の艱難を喜び、そして究極には神ご自身を大いに喜んでいる。このように筆者であるパウロは述べているわけであります。

そこで皆様に極めて基礎的なこと、しかし大切なことをお話し申し上げ、またご一緒に考えていただきたい。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい」という第一テサロニケ51618節のおことばをよく知ってらっしゃるでしょうし、或いは、そらんじていらっしゃると思います。

 ところで、「いつも喜んでいなさい」ってどういうことなのかと踏み込んで訊かれましたら、皆さんはどういうふうにお答えになりますか。いつも喜ぶことだ。それはそうにちがいないのですが、「いつも喜ぶ」。どういうことなんでしょうか。実際に一人ひとりに伺うといろんな答えが返ってくるだろうと思います。ある方は、これは私たちクリスチャンにとって、或いは私にとって、この経験が実現したというところには至らないと。永遠のテーマです。そのゴールに向かって進んでいく。いつも喜び、すべてに感謝し、絶えず祈る、達し得ないけれども、そこに向かって進んでいく。永遠のテーマです。ある方は、何とかそれを経験したいと思うんですけれども、なかなかそれが私の証になっていませんと。ある人は、何だかよくわかりません。

 しかし、私は若いころからこのことばを味わいながら真剣に考えて真剣に悩む時がありました。ほんとうは何を云ってるんだろう。いつも喜べ、絶えず祈れ、わかっていることは、「いつも」、とか「絶えず」ということが言葉通りずっとではない。眠ってる時もいつも喜んでいなさいといつも笑っていたら、家族は気持ちが悪い。或いは、もう少し現実的に考えましょう。愛するものを天に送ったというようなときに、悲しみの涙を流している人に、あなたクリスチャンでしょう、しっかりしなさい、いつも喜んでいなさいと御聖言(みことば)に書いてあるでしょう、と言うでしょうか。愛する方を失って、涙を流しているその人に、喜びなさいというのはどうでしょう。いつも喜ぶ、もしいつも喜ぶということが、そういう意味を表しているんだったら、そこで喜ばなければいけないですが、明らかにそうではない。そんなことを聖書は教えているはずがない。或いは言い換えると、片方で悲しみの涙を流しながら、でも私はいつも喜んでるんですと言える類の経験ではない。それはうれしいとか喜んでいるというのとは違うはずです。また絶えず祈りなさいといって、目をつむってたらクルマの運転だってできない。忙しい。そうすると、そういうことに携わりながら、しかしそれと両立する意味での絶えず祈るという、それはいったいどういうことなんだろうか。そんなことをまず私たちは現実問題として、いったい何を意味してるんだろうか。またどうしたら、その意味している経験に与るのだろうかというあたりが、今日の中心になるところであります。

 もう一つ考えてみたいのは、この「喜ぶ」ということに関連して、聖書の中で、特に新約聖書の中で、喜びと仲のいい言葉がいくつかあります。一つは今回いみじくもつながっています「聖霊」と「喜び」というのは非常につながっている。もう一つの仲良しは、「艱難」とか「苦しみ」ということと、意外や意外、「喜び」とはいっぱい重なっていて、3番目の仲良しは何かというと、「望み」である。「喜び」と「望み」ということが非常に連なって出てまいります。聖霊とかかわる喜び、艱難の中にある喜び、それから望みと深くかかわっている喜び。これが道案内の中に出てくるものなのです。

 それから「喜び」に関してもういちど基礎的に申し上げたいことは、喜びの中に、クリスチャンとされる喜びよりもさらに深いものがあるのではないか。今私は2番目に司会者の先生にヨハネによる福音書のイエス様のことを読んでいただきました。十字架に架かられる前に、或いは捕縛をされる前に、愛する弟子たちに諄々とお別れのメッセージをされた大切な場所です。ですので、イエス様は「しばらくあなたがたはわたしを見なくなる」。一連の苦難の十字架のことを話されました。「しばらくわたしを見なくなるということであなたがたは悲しむだろう。けれども、もういちどあなたがたと会う」。その時に、イエス様はこのように言われたのです。「あなたがたの悲しみはそのときは喜びに変わります。今は悲しみがある。もういちどあなたに会います。そうすればあなたがたの心は喜びに満たされます。その喜びをあなたがたから奪うものはありません」。さらに「求めなさいそうすれば受けます」。そういうことを言われた後で、それはどうして求め、どうして切実に求めたらいいかというと、「あなた方の喜びが満ち満ちたものになる」。ある英語の聖書にはfullそしてcomplete。あなた方の心は満ち、そして完全になるんだと述べています。

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 初代総理の蔦田二雄先生は、満ち満ちた喜びを『喜悦の盈満』という本に著している。これは丸の内教会の聖別会の説教を集めたものですが、素晴らしいメッセージですが、何しろ言葉が古い。喜びが満ち満ちてくるといってくれた方がわかる。イエス様は、ある種の喜びでなくて、そのレベルでなくて、わたしとの深い出会いがあると、もう一段階深い、もう一段階上の喜びに満たされた経験があると示唆されています。

 ある意味で弟子たちと私たちの経験には共通点もありますけれども相違点もあります。弟子たちはイエス様の十字架の贖いの経験をする前に、イエス様を救い主と仰ぎながら、メシアと信じて従っていきました。そして彼らが、本物の証人となるのは、今回、鍵の聖句として掲げられている使徒の働き1章8節、この経験を彼らがしてからであります。聖霊が臨んで、聖霊のバプテスマを受け、彼らが主の証人になったのです。けれども多くの聖書の注解書や或いは、識者が指摘しますように、まったく同じとはいえないけれども、比較をしていうならば、十字架、復活後、昇天前の弟子たちは、私たちでいえば、生まれ変わって救いに与った信仰者に相当する。そして、ペンテコステ経験のちの弟子たちは、まさに今私たちが教えられ指導されている聖霊経験、潔めの経験ののちに相当するわけです。つまり、その弟子たちは、新生とか救いということを私たちとまったく同じような経験をしてはいないわけですけれども、それと同等とみなすことができる経験をしているわけです。いわく、あなた方はわたしとともに生活をし、わたしについて来、そしてわたしに従うことによってほかの世の中で味わうことのできないキリストに従うものの得る喜びを経験してきた。けれども、ほんとうの意味で深く深く深く私と出会い、イエス様を経験し、ある意味で今まではイエス様が目に見える形でそばにいてくださった。でもイエス様が天に帰られてしまったら、物理的な意味ではイエス様はいなくなってしまった。いなくなってしまうからこそもっと深い意味でイエス様が一緒にいてくださる。覚えてらっしゃるでしょう。イエス様は天に帰る直前に、宣教大命令をお与えになったときに、「わたしは世の終わりまでいつもあなたがたとともにいる」と約束してくださった。これから天に帰っていなくなっちゃう。逆にいえば、いなくなってしまうからこそ、これからいつもあなた方とともにいるということは、弟子たちは新しいキリスト経験をする必要がある。今までのイエス様は、危急の時に、助けてください。船が沈んでしまいますよ。たくさんの人がいてお腹を空かしている。イエス様どうしたらいいんでしょうか。いつも目に見える形で傍にいてくださるというのはそういうことだった。ところが逆にそのイエス様が天に帰られて、ふつうの言い方をすれば、いなくなってしまう。そのいなくなるはずのイエス様は、だからいつもこれからはあなた方とともにいるとおっしゃったことは、新しい信仰経験をしない限り、それは成就しないわけです。

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 弟子たちはそのとき初めて目に見える形で、手で触れる形で傍にいてくださるイエス様ではなくて、イエス様を信じ心を開くときに、いつも傍らに共にいてくださるイエス様、目に見えなくても、そのような深い形で一緒にいてくださることを彼らは経験するわけです。そのことをイエス様は、求めるならあなた方の喜びは満ち満ちてより深く完全に至るといわれたのであります。ということは、私たちの信仰生活の中でも、たしかに救いの恵みに与ることは大きな喜びでありますけれども、それに止まらない恵みがあるはずです。

 喜びというのは、聖書の教えている喜び。それはいったい何なのでしょうか。いま申し上げましたように、第一に私たちが救われたという救いの喜びがあるのです。そして永遠に連なる者となったということは、この5章でいえば2節に書いてある今立ってる恵みに与って永遠に望んで喜んでいるということであります。しかしながら、喜びはそれを土台として出発点として、聖書が教えているその深い喜びというのは、私たちの心の在り方、私たちの霊的な姿勢というものを意味することばです。感情的な、気持ちの上での喜びではない。

 私たちは信仰者でありましても人間ですから、嬉しいことがあればニコニコするなと言ってもしたくなる。お母さんは子供がはしゃいでると何がうれしいの? と。お母さんにはわかる。なぜこの子はきょうはこんなにハイなんだろ。私たちは信仰生活を送ってみますと、そんなにハイになってばかりいるようないいことばかりは続きません。むしろ、この中にもいらっしゃると思いますが、試練に次ぐ試練。困難に次ぐ困難の中に置かれていることがあります。世の中では、ついてるとかついてないとか言いますね。あの人ついてないな。あの人悪い星の下に生まれてきたな。もうすこし宗教ぶる人は、あの人きっと前世の因縁だ。確かに私たちから見ても、なぜこの人にばかりつらいことや試練が起きるんだろうかと思うように連続することがありますね。教会の中にもそういう方が存在することがあり得ます。経済的な大変な試みにご主人が遭遇しているところに、奥さんに癌の宣告があったとか、子どもにこういうことが起きたとか、あんなに真実に主に励んでらっしゃるのに、神様何とかしてくださいと思わず神様にそのようなお祈りをしないではいられないような試みが連続することがあり得ます。

 いったい喜ぶということは、そういう嬉しいとか楽しいとかいうことではないことは明らかです。いつも喜んでいなさい。先ほど極端な例を申し上げましたけれども、愛する者が天に帰った、亡くなったときに、そんな意味での喜びの感情、ああこれでよかった、明日から介護しなくて済むなどと、そういう喜びがあったら恐ろしいですね。けれども私たちはそんなことの喜びではない。だとするならば、そういう心の在り方、霊的な姿勢、それは何か、非常に端的な大胆な言い方をすると、神が私たちに最善をしてくださるということを信じ受け止めるその心のすがた。喜ぶということは、主が御心をしてくださっているのだということが気持ちや感情やそういうことがついていかなくても、悲しい時には悲しいのです。苦しい時には苦しいのです。苦しい時には苦しいし、つらい時にはつらい、そのただ中にありながらも、今私は、とてもそれを簡単に乗り越えられない思いの中にいるけれども、しかし、今私にはわからなくとも、この中にもきっと神は最善をなさってくださるのだという神の最善を喜ぶ心が、この喜ぶという意味です。ですから霊的にその恵みに届き到達し、また心してその中に生き続け、その中を深めていきませんと、その種類の喜びは生き生きとしたものにはつながってこない。そしてやがては主の御心を喜び、或いは、御心がなされていることに、これは私がわからなくても主の最善なんだと喜ぶ。さらにそれを乗り越えると、このロマ人の手紙5章にありますように、彼は神ご自身を喜ぶ。神様がしてくださるあの事このこと、神様が止めなさるあのこと、このこと。そういう具体的な事柄だけでなくて、究極の喜びは、神様ご自身を喜ぶという世界にまで入れられるというのであります。

 ネヘミヤ記の8章10節に「神を喜ぶことは大きな力だ」ということばがあります。「あなた方は今日悲しむんじゃない」エリヤはこの祭りの中で、一方で喜びながら一方では反省や悔いや様々なものをもって悲しんでいる民に向かってこう言いました。「神を喜ぶことはあなたの大きな力だ」私たちは究極的に、神様があんな過酷な中にも通してくださる、支えてくださるからということを喜ぶだけではなくて、主ご自身を喜ぶというその高みにまで喜びというものは引き上げられていく。

 それで、もうすこしそのことを掘り下げてみましょう。  
最初私は、喜びと聖霊は仲良しだと言いました。今の5章のところ、「そればかりではなく艱難さえも喜んでいる」、なぜ艱難なんかを喜ぶかというと、それが忍耐につながり、それから練られた品性がそこから生まれ、そしてそれがあるからこそ、そこから希望が生まれてくる。そしてその素晴らしさは、その希望は失望に終わらない。世の中では希望らしきものがどんなに失望に変わるでしょうか。希望を得た人がどんなに失望の存在になってしまうでしょうか。しかしこの希望は失望に終わらない、この根拠は、なぜそういえるか。それは私たちに与えられた聖霊によって神の愛が心に注がれているから。これはよく言われますけれども、農業用語で灌漑ということばがあります。心を耕して豊かに隅々水を流す。あのさまと同じように神の愛が大きく流れてくるだけではなくて、細かく隅々まで及んでいく。そういうきっかけになっていくから実は、艱難もまたよし。艱難が喜びだというようにいっているわけであります。

 ローマ14章17節ご覧ください。「なぜなら神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです」。ここに聖霊による喜びとある。同じようなことは、パウロはテサロニケの手紙の中でも使っているのですが、「あなたがたも多くの苦難の中で聖霊による喜びをもってみことばを受け入れる」。でもう一つは、ガラテヤ人への手紙の5章22節から「御霊の実は」、結果と結実は違うとありますが、ここに御霊の実が書いてあります「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」と9つ並べられています。よく指摘されますように、実は9つの実という複数形ではなくて、単数形なのです。これぜんぶ合わさったものが総合されたものが御霊の実。ある人がですからそれを考えて、愛という土台の上にほかの8つがくるまれているのだと。どちらを取りましても愛の次に出てくるものは喜びなんですね。前に出てくるから重要で後に出てくるからダメというわけでは決してないのですが、しかし、愛に連結して喜びと平安が続いています。しかもそれは御霊の結実です。御霊のもたらす一つが喜びである。このように喜びの経験というものが、聖霊というお方との深い関わり、聖霊が私たちの中に働いてくださる働きによってもたらされるものだということをお分かりいただけると思います。

 もう一つはイエス様との深い関係によってそのより深い喜びはもたらされる。ただ単にイエス様を信じた、救い主だというだけでなくて、ほんとうにイエス様だ。私のうちにひそんでくださる。イエス様が共にいてくださる。そうすると、あれをいただいたとか、これをもらったとか、こんないいことが起きたからイエス様感謝しますと喜ぶだけでなく、イエス様ご自身を喜ぶようになる。特に私は、それらのことがどのように成就されるのか。いま簡単な何々らしきもので喜びとは何かということを申し上げましたけれども、どうしたらそれではそういうより深い喜びの経験を現実に得る土台ができるのか。

 私たちは自分たちを主体に据えて持っている限り、喜びというのは表面的なものであったり、感情や気分や環境で左右されるもので終わってしまう。こうした聖霊による働きが内側に働いての深い喜びの経験をするためには、イエス様がおっしゃるようなイエス様との親しい関係  は、私たちはどこかで転機的な経験とか、  死すの経験とか言われているような神様あなたを中心とします。あなたを第一といたします。あなたを心の王座にお迎えしますという明け渡しの経験が必要です。まず私がいて、わたしを助けてくださる、折々に助けてくださる、主がいてくださるというレベルの時には、そういうようなことは持ちえない。神の御心が最善であるということを信じる、その経験に立つためには、私たちは明け渡して、そして、神様あなたを第一にいたします。あなたを心の中心にお迎えいたします。聖霊様私の全人格を満たしてくださいというふうに、どこかで私たちは生涯の中で明け渡した、きっかけや状況は色々ですけれど、立場は伝道者であったり信徒であったり或いは仕事をしておられる社会人であったり、主婦であられたり、いろんなことをしている方もあるでしょうけれども、どこかで私はほんとうに御心が最善である、これからいろんなことがあるとき、私たちの感情や希望がついていけないとき確かにあっても、心の奥底で神様の御心がすばらしい。すばらしいだけではなくて大切である。神様は最善のことをなさるお方であって、最善の存在なんだということを受け入れましたという明け渡しの経験を持つことが非常に大切です。なぜならいろんな形でそんなのはお前の思い込みではないかというような揺さぶりが来るからです。その時に私はほんとうにそのように告白をし、受け入れ信じました。しかしながら、それはそれとして、それを基にしてこれが絶えず私たちの地上生活の中で繰り返されていかなければならない。その時に、私は、ほんとうにそのように告白をし受け入れ信じました。しかしながら、それはそれとして、それを基にして、これが絶えず私たちの日常生活の中で繰り返されて行かなければなりません。

 主が最善をしてくださるってるんだ。主の御心だとこういうときこそ信頼するんだ。そういう短い祈りなり信仰の告白は、できるだけ多く練習してく必要がある。そしてできるだけはやく、あっちに行って惹かれ、こっちに行ってさまよい、こっちに行って考え、にっちもさっちもいかなくなる。ああそうだ、こういうときこそ祈れって先生が言ってたなと、20分ぐらい経ってから、ぶつかってぶつかって、迷って迷ってそれからさ迷って、それから戻って来るのではなくて、そういうことにぶつかったときに、なるべくはやく、そして1日の中で小さなことから大きなことに至るまでなるべく多く、主の最善を確認してくるというあり方生き方は大切です。

 急に庶民的な話をしますが、皆さん、パレアナという子どものはなしをご存じですか。幼いころに、我が家に「少女パレアナ」という本がありまして、長岡花子さんが訳したいい本ですが、それを読み耽ったことを思い出します。これがポリアンナという少女のTVアニメになったことがある。宗教色は極めて薄くしてあります。ポリアンナという女の子は牧師の子どもです。両親がはやくに亡くなって、超意地悪なおばさんに預けられる。こんなにひどい意地悪するか。そばにいたら、おばさん、やめろよ、いい加減に! と言いたくなるぐらいに、この意地悪をしまくる。けれどもポリアンナはお父さんから亡くなる前に教えられた喜びの遊びというのを身に着けている。何でも喜んじゃう。何でも喜びに結び付けよう。彼女は一つ一つ、これがあって感謝です。意地悪をされても、おばさんありがとう、こうしてくれて。おばさんはあっけにとられて。さしものおばさんも砕かれるという話であります。

                                                        ーつづくー

 

※イラストは盛岡教会からお借りしています。
ブログ管理人より
 実は前回の竿代信和先生のメッセージも3分の2までは音声データから起こしたのですが、諸事情により間に合わせることができず、掲載できかねました。このブログは強制ではなく自主的に奉仕で行っております。基本的には自分がお世話になっております盛岡の講壇での説教を、この厳しい世情にあって自分は何ら社会的な役割を果たしてはいないという負い目もあり、どなたかおひとりにでも何らかの参考、示唆ともなればと続けてまいりました。今回は9730文字(400字詰め原稿用紙約24枚分)ですが、途中やりかねるかとも思われましたが、何とか更新にたどり着きました。編集、校正ともに不完全なところ多々ございますがお赦しください。

⏰5時50分更新

 

 

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J-MEROをざっと

J-MERO
ゲストはNGT48、クリス・ハート

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NGT48、新潟発のアイドルグループ。2017年のデヴューシングルが国内チャートで1位。歌詞は今を楽しく、今大いに楽しもうといった内容。米どころでもあり田植えもいっしょにしたりと地元密着型。新潟のご当地ラーメンや長岡花火、コシヒカリ、ポッポ焼き(長細いパンのような菓子)をしっかり紹介。パフォーマンス、指の動きを女の子らしく見せる振り付けを付加。クラシックバレエでも指先の動きは美しさの重要なポイントだが、これをJ.ポップに応用。

ここで入ったニュース速報が

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災害と新型コロナに拘泥、これが日本の現実。今誰かが命の危険にさらされている。この現実。


クリス・ハートの楽曲は透明で、楽曲からは温かさ、慰めがしみ込んでくる。
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⛳6時44分更新

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210709 クラシッククラブを聴く ニコライ・ルガンスキー ピアノ・リサイタル

「ロシア・ピアニズム」の正統派として高く評価されているピアニスト、ニコライ・ルガンスキーのリサイタルから、ラフマニノフの前奏曲14曲をお送りする。「ラフマニノフのプレリュードには多種多様なコントラストがあり、どの曲もそれぞれ小さなポエムを持っています」と語るルガンスキー。濃密なロマンをたたえた数々の小品を説得力あふれる解釈で解きほぐし、聴衆を魅了した。2018年2月17日、東京・紀尾井ホールでの公演から。番組紹介からー

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ニコライ・ルガンスキー
1972
年モスクワ生まれ。モスクワ音楽院でタチアナ・ニコラーエワ、ヘルゲイ・ドレンスキーに師事。1994年チャイコフスキー国際コンクール第2(最高位)。優雅で繊細、時に力強く輝かし演奏は、ロシア・ピアニズムの正統派として高く評価されている。20134月栄誉あるロシア人民芸術家の称号を授与された。ルガンスキーは、ロシア音楽、特にラフマニノフの演奏に定評がある。

曲目  オール ラフマニノフ
☆前奏曲集作品23から
1、嬰へ短調、3、ニ短調、4、ニ長調、5、ト短調、6、変ホ長調、7、ハ短調
☆前奏曲集作品32から
1910年ラフマニノフ37歳での作曲。ロシア的な叙情性近代的な手法も見られる作品。
1、ハ長調、2、変ロ短調、3、ホ長調、4、ホ短調、5、ト長調、12、嬰ト短調、13、変ニ長調
☆アンコール 前奏曲嬰ハ短調作品3第2

🎵コメントなしのこの回。作品23の5では粉雪が雪原に軽々と弧を描きながら表面を掃きすすむ感じ、また6ではあてどもなくさ迷い歩く感じ、7の騒擾がしだいにあたりを巻き込んでいくかの響き、
作品32の3の急進的な力強さ、4の性急なリズムに起きだして終わりの音の引け際、5は水際に音探り出しゆくような水のきらめきに耳を澄ませているような。12では凪を遊泳しながら繊細な光をかき鳴らしている。アンコールではロシアの極めつけを感じさせてくれた。

🎧名曲アルバムはカールマーン作曲、上柴はじめ編曲 喜歌劇「チャールダーシュの女王」
ソプラノ佐々木典子、二期会合唱団、岩村力&東京フィル

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カールマン・イムレはハンガリーのバラトン湖畔にあるシオ―フォク生まれ。富裕な商人の家に生まれたが13歳で父が事業に失敗。働きながら作品を書き続けた。1915年この曲がウィーンで大ヒット。
カールマンも居酒屋でチャールダーシュを踊り楽しんでいたという。

⛳東京、沖縄の第4次非常事態宣言の中のオリンピック。どうなる病床使用率感染率、観客数。新型コロナの読みは誰にも難しい。
6時55分更新

 

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210708 クラシッククラブを聴く ニコライ・ルガンスキー ピアノ・リサイタル

「ロシア・ピアニズム」の正統派として高く評価されているピアニスト、ニコライ・ルガンスキーのリサイタルから。2018年2月、東京・紀尾井ホールで収録。番組紹介からー

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ニコライ・ルガンスキー
1972
年モスクワ生まれ。モスクワ音楽院でタチアナ・ニコラーエワ、ヘルゲイ・ドレンスキーに師事。1994年チャイコフスキー国際コンクール第2(最高位)。優雅で繊細、時に力強く輝かし演奏は、ロシア・ピアニズムの正統派として高く評価されている。20134月栄誉あるロシア人民芸術家の称号を授与された。ルガンスキーは、ロシア音楽、特にラフマニノフの演奏に定評がある。

ルガンスキーのコメント
ピアノに向き合う時の気持ちについては
多彩なアーティストでありたいとおもっています。それぞれの作品に入り込み、その作曲家になりきって演奏することを目指しています。内面的にも作曲家に同調して苦悩を感じたり、子どものような感性をもったりと変化していかねばならない。演奏する曲によって、異なる課題を自分に課しているのです。
シューマンの「こどもの情景」については
私は10歳の時に弾いたこの曲に45歳になった今戻ってきました。私はこの曲が子どものための作品なのか大人のための作品なのかいつも不思議に思います。シューマンはまるで子どものような生き生きした感受性を持っていました。大人にとって何気ないことでも、子どもは大きな反応を示すものです。大人と子どもが組み合わされたようなこの作品にシューマンは日常のふとしたことへの感情をこめました。その感情は子どもにも大人にも感じ取ることができるのです。
ショパンの「舟歌」については
この曲は私が最も好きなショパンの作品の一つです。「舟歌」はショパン晩年の作品で、彼の哲学的な面が映し出されています。世界はすばらしく感動をもたらすものだというショパンのメッセージが伝わってきます。
「バラード第4番」につては
ショパンの作品の中で最も美しく、そして悲劇の色が濃い作品です。ショパンが書いた4曲のバラードの中で最も悲劇的で夢、幸福、愛は最も悲しい結末を迎えます。この曲も私が最も好きなショパンの作品です。

曲目 
 ☆「こどもの情景 作品15」シューマン:作曲
「こどもの情景」は、13の小品で構成された若きシューマンのピアノ作品。比較的やさしいテクニックで演奏できるように書かれているが、子ども用の教材作品ではなく、「クライスレリアーナ」や「幻想曲」とともにシューマンの創作活動を代表する傑作の一つ。
1知らない国々、2珍しいお話、3鬼ごっこ、4おねだり、5満足、6大事件、7トロイメライ、8炉ばたで、9木馬の騎士、10むきになって、11おどかし、12こどもは眠る、13詩人のお話
「舟歌 作品60ショパン:作曲
「舟歌」は幻想ポロネーズ、マズルカ作品59、夜想曲作品62などと同じく、ショパン晩年の1曲。ベネチアのゴンドラの唄に端を発するジャンルの作品で、流麗なメロディーが歌われるが、晩年のショパンの作品に共通する憂愁が全体を覆っている。
「バラード第4 へ短調 作品52ショパン:作曲
ショパンは、「バラード」と名付けた作品を4曲遺した。(一節書き落とし)きわめて自由な形で進行し、ドラマティクなクライマックスと一瞬の静寂、そして悲劇的なコーダで曲が閉じられる。ショパンの最高傑作と評価されることも多く、名作として名高い1曲。
「リラの花」ラフマニノフ:作曲
「練習曲 ヘ長調 作品108ショパン:作曲

🎵「こどもの情景」は7トロイメライ、9木馬の騎士に耳障りの良さを感じてきたけれども、今回は12こどもは眠る、13詩人のお話といった静けさに沈潜していくような感覚に安らぎを覚えた。「バラード第4番」はやはり圧倒的。ルガンスキーの会心の笑顔、ほくそ笑みをとらえようとすると容易ではないのだが、アンコールの2曲を聴いていて、すべては演奏に込められているのだなと。

🎧名曲アルバムはコリー作曲、栗山和樹編曲「思い出のサンフランシスコ」
トロンボーンは中川英二郎、梅田&東京フィル

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街の発展の源は金。1848年からゴールドラッシュ。街の近郊には今も多くの金鉱の跡が残る。金への夢に始まったこの街は海を挟んで広がる東洋とアメリカ文化が出会う街であったという。

⛳けさもカーテンの向こうは梅雨空。どんな一日となるのか。災害ニュースが待っているのか。いま「ふるさと」の歌が聞こえてきた。
6時37分更新

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210707 クラシッククラブを聴く アレクサンドル・トラーゼ ピアノ・リサイタル

現代屈指のプロコフィエフ弾き・トラーゼ、待望の来日公演!ピアノ協奏曲の第2番、第3番を、トラーゼ編曲のソロ、愛弟子との2台ピアノで一挙演奏した話題の演奏会から。2018523日 トッパンホール番組紹介からー

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アレクサンドル・トラーゼ
1952年、ジョージア生まれ。ロシアのあ演奏法を受け継ぐ屈指の名手として世界各地で演奏活動を行う。長年にわたりインディアナ大学で教鞭を取り、若き演奏家たちにそのピアニズムを伝えてきている。

トラーゼのコメント
Q
演奏へのこだわり
最近つくづく思うんです。私は演奏そのものには興味がないんです。私の心をひきつけているのは、曲に秘められたストーリーを語ることなんです。
Q
ハイドンのピアノ・ソナタについて
たとえばハイドンのソナタで何を語れるのか。17世紀末の音楽について、どんな物語を語れるのかとお思いでしょう。「献呈」、この曲はマリア・アンナ・ゲンツィンガ―という名歌手に献呈されています。ハイドンと恋仲にあった女性ともいわれています。特に第2楽章の部分(実際に弾いて見せて)、ここから曲作りは始まったんです。マリアのために書いている、いわばマリアのテーマです。そうして第一楽章も姿を現し曲ができた。すべては〝マリアへの愛〟がきっかけなのです。面白いでしょう。曲の見え方も一変します。〝親密な関係〟の二人の物語だったらなおさらです。時には間違っていることもあるかもしれません。ですが、ただ音符を並べるだけの演奏よりも楽しんでもらえることは確かです。聴き手にかたりかけているのですから。
ピアノ協奏曲第2番について
Q
プロコフィエフとの出会い
私の父はジョージアやソ連では名の知れた作曲家でした。父は若い頃グリエールという作曲家に師事していたのですが、プロコフィエフも父の師・グリエールに作曲を習っていたんです。弟子のプロコフィエフについてグリエールは父にこう語っていたそうです。「プロコフィエフの作品は曲の11音すべてが天才の創造物なのだ!」。プロコフィエフは曲に込めた思いの丈を楽譜に細かく書き込んでいます。
Q
ピアノ協奏曲第2番について

Dscf2619-2 ピアノ協奏曲第2番 第1楽章のカデンツァでは、彼が抱いていた言葉に言い表せないほどの深い苦悩を楽譜から感じ取ることができます。三つのfでとても強くと何度も何度も指示した末に、colossaleこれ以上ないくらいにという言葉を書き込んでいます。実はこれは最愛の友を自殺で亡くした時の底知れぬ悲しみの表れなのです。私にとって楽譜は完璧なガイドブックです。作曲家の祖国、文化、芸術、そして人生のあらゆる局面すべてが記されている。私はそれを聴き手に伝えたいのです。

 

ピアノ・ソナタ第49番 変ホ長調 Hob.XⅥ-49」ハイドン:作曲
(ピアノ)アレクサンドル・トラーゼ
トラーゼが10代のころから演奏し音楽人生を共に歩んできたと語るソナタ。50代後半のハイドンが1789~90年にかけて作曲した作品である。時に聴き手の意表を突くような性格の異なる3楽章で構成される。
「ピアノ協奏曲第2番 ト短調 作品16から 第1楽章 カデンツァ」プロコフィエフ:作曲、トラーゼ:編曲
(ピアノ)アレクサンドル・トラーゼ
プロコフィエフが最も大切な曲と語ったこの協奏曲は1913年に完成した。超絶技巧を要するピアノ・ソロのカデンツァは、およそ70小節にも及ぶ壮大な音楽である。今回トラーゼは、このカデンツァを含む第1楽章のピアノパートを部分抜粋し演奏する。
ピアノ協奏曲第3番 作品26から 第3楽章」プロコフィエフ:作曲
(ピアノ)アレクサンドル・トラーゼ、(ピアノ)キム・シウォン
20世紀を代表する作品であるこの協奏曲は、1921年にプロコフィエフ自身のピアノで初演された。作曲前にプロコフィエフが日本を訪れていたことから、トラーゼはこの楽章に日本の影響を感じている。今回はプロコフィエフが手掛けた2台のピアノ版での演奏。オーケストラパートはトラーゼの愛弟子で韓国出身のキム・シウォンが務めた。

🎵きょうはプロコフィエフのみ聴きコメントを筆記してみた。繊細な音の連なりも強い音の連なりも、波がこちらに向かって打ち寄せてくるような感じが。深い悲しみはcolossaleをもってしても到底表現し得ないものかもしれない。作曲者自身、こんなもんじゃない、これだってまだ足りない、ほかにはないのかというほどの思いだったのでは。

 

名曲アルバムはモーツァルトの「ディベルティメント」飯森&N
colossale
と対極にあるこの駆けるような浮き浮きわくわくした希望にあふれる明るさ!
イタリア最初の公演の大成功を胸に作曲されたこの曲。

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⛳7時更新

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210706 クラシッククラブを聴く 小曽根真×富士山

日本を代表するピアニスト・小曽根真が、日本最高峰・富士山をバックにクラシックとジャズの熱演を披露する。即興演奏を得意とする小曽根が、富士山からのインスピレーションを得て紡ぎ出す音楽とは 【曲目】マズルカ イ短調(ショパン作曲)、「クープランの墓」から前奏曲(ラヴェル作曲)、Asian Dream(小曽根真作曲)ほか【収録】2019年2月4日 ハイランドリゾート グランドバンケット富士ユリアンナ・アヴデーエワ ピアノ・リサイタル番組紹介からー

小曽根真

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小曽根真のコメント
4
曲、クラシックの演奏をしましたが、僕はもともとクラシックプレーヤーではまったくないので、クラシックを始めてそれでも145年演奏させていただいてるんですけど、まず何とか弾ける曲を選びました。クラシックの場合一番大事なのは譜面に書いてあることをちゃんと弾かなくちゃいけないので。それがそのジャズとクラシックではあまりにも奏法が違うので、ジャズでいくら弾けても、クラシックのリクワイアメントしなければいけない弾かなければいけない音を弾けるかどうかというのとまた全然違うんです。ですからあまりその高度な超絶技巧の曲、弾きたいんですけど、何とか弾けるけれどもTVに収録できるだけの技術があるかどうかちゃんと吟味しなければいけないだろうがまず一つ。その中で、即興の要素ってしっかりいただける曲、コンポーザーとの対話が面白いんですけど、モーツァルト、僕が音を変えようとすると、楽譜の向こうから「どうぞ、どうぞ、どうぞどうぞ」っていう、「ここがその場所だよ」と投げてくる感じが。バッハもショパンもスカルラッティも。ラヴェルはご自身でも即興されてたと思うんですけど、要素がいっぱいあるんで。とびしろっていうんですかね、それがいっぱいあるんです。なので今回は僕が弾く意味をちゃんと出せる曲を選ばせてもらいました。あとは自分が好きな曲ですけど、最終的には。

最近よく僕が口にする言葉がボーダレスとかビヨンドボーダーとか、要するにその音楽という言語にはジャンルは必要ないというふうに本当に思うんですね。特にこの15年、クラシックという自分の中でもジャズのある意味対極にある音楽をやらせていただいて、クラシックの音楽家の方にいっぱい助けていただいてもらってコンサートをやっていく中で、すごく感じたことはやっぱり言語のすごく表面的なものがぜんぶ違うんですけれども、すべて表現したいものは同じ。人間の気持ち、感情、物語りというのがあって。ですからまずジャズと一口に言ってもラテンジャズもあれば、クラシックに影響を受けたジャズもあるし、ブルースからきたジャズもありますし、今のラップとかヒップホップというのがありますが、あれはもうジャズから完全に来てる音楽なんですよね。弾むリズムという自体がそうですから。ですから自分の中でやっぱりそのボーダレスで作ってきた自分のコンポジションを代表するような(自作のジャズ)4曲を選びました。

曲目:クラシックからは小曽根真編曲でショパン「マズルカ イ短調作品17第4」、スカルラッティ「ソナタ ホ長調」、バッハ「シンフォニア 第7番」、ラヴェル「クープランの墓 から」を。
後半4曲はすべて小曽根真作曲によるジャズ作品。「NO SIESTA」「My Witch's Blue」「Mirror Circie 」「  」。

 

🎧なぜこの選曲? と思っていたところ、小曽根氏、何とか弾ける曲、これはジャズアレンジに耐える曲、ジャズアレンジをゆるす曲という意味かと。クラシックとジャズでは奏法がまったく違うらしい。即興の要素をいただける、あそびしろの個所がたくさんある楽譜から選んだのが今回の曲であるという。遮るものなく、頂の冠雪からすそ野の広がりまでをすっぽりと容れる床から天井、天井には建築用語があるのだろうが、このハイランドリゾートグランドバンケット富士の設計者は誰だろうと、思いも到るのだが、とにかく総ガラスの向こう、輝かしい冠雪の青く美しい富士を奏者は左横に置きながらの演奏。清新な富士、ピアノの黒いシルエット、奏者の青いシャツ、ガラスを支える建材の絨毯に長く伸びる陰が視覚的条件も満たしている。
 意匠を生かしてのジャズ化を遂げた響きに、思わず、ショパンさん、バッハさん、こんなに小曽根さんに遊ばれちゃっていいの? と冗談が浮かびはするものの、アレンジは実は、作曲者を軽んじたり茶化したりしてはいない。ただ、クラシックがジャズに淘汰されてしまったかと感じた部分も。それがまた新しい境地が開拓されたかの感じも。
 コラボというけれど、ピアノを弾くときに、富士は見えてないじゃないの? しかし、後で小曾根氏が言った「弾いている間は富士は見えないが、富士からパワーをもらった」と。「きょうはメロディーが次つぎに湧いてきた。自分が弾いていながら自分が弾いていないような感覚だった。富士山、ありがとうございました!」。取り囲む収録の機材、スタッフからもエネルギーをもらうのだという。
 小曽根作品、12曲とも、最初の部分、ショパンじゃないかと思うほどクラシカル。意外だった。そしてジャズもクラッシクも人間の想い、感情の表出という点では底にある、流れるものは同じなのだなと。3曲ともに、底にある詩が感じられ、特にも2曲目は、氷筍に滴る水の音が聴こえたような、実に素晴らしかった。「Mirror Circie 」、最初は「鳥のカタログ」かと思いきや光の移ろい姿を変えて。4曲目、曲名を見落としてしまったけれども、車窓に夕映えを流しているうちに山際に陽は沈みゆき静けさが忍び寄った。何というタイトルであったか。

 

🎧名曲アルバム。カルドーゾ「レクイエム」。合唱アンサンブル小瑠璃
カルドーゾは17世紀のポルトガルを代表する作曲家。オルガニスト、作曲家として半世紀の間カルモ修道院に仕える。この修道院は1755年の大地震で崩壊したままの姿をとどめている。この修道院でカルドーゾは数多くの祈りの音楽を書き上げる。しかし、作品のほとんどは大地震の大火で失われてしまった。
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⛳高校野球岩手大会の対戦が決まったようだけれども、思えば野球ってこんなに面白いんだと思ったきっかけは菊池雄星だった。花巻東が勝つたびに歌われる校歌、作曲者の太田代政男先生は何てラッキーなんだと思ったものだ。

 

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210705 クラシッククラブを聴く ユリアンナ・アヴデーエワ ピアノ・リサイタル

「ショパンの音楽は無尽蔵」と語るユリアンナ・アヴデーエワ。ショパン国際ピアノ・コンクール優勝から9年。日本で初めてショパンの最高傑作ピアノ・ソナタ第3番を熱演した公演から。番組紹介からー 

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ユリアンナ・アヴデーエワのコメント
ショパンの音楽はとても豊かです。そこに込められている感情やアイデアは無尽蔵です。毎日発見があっても不思議ではありません。よく演奏する作品でも新しく演奏する作品でも新たな発見は大きな喜びをもたらしくくれます。
コモ湖国際アカデミーで学ぶ機会を得たことは幸運でした。北イタリアの山に囲まれたとても美しい場所です。入学できるのは年に5、6人という少人数で世界中のいろいろな先生に学ぶことができました。様々なレパートリーや考え方を持った先生方に学ぶことで私はとても解放されたのです。一つの決まった方向に突き進むのではなくいろんな音楽の感じ方を学ぶことができました。昔は地域によって音楽教育が異なり、ロシア流、イタリア流、フランス流と様々な音楽教育がありましたが、以降、地域性は希薄になりグローバルになったと感じます。それは面白いことだと私は思います。
Q何年前からパンツスーツに切り替えたか覚えていますか)
よく覚えています。きれいなドレスで臨んだ本番中、突然気まずくなったんです。その時、私はラヴェルの「夜のガスパール」を弾いていました。11年か12年前です。2曲目の「絞首台」を弾いていた時、あれ、何か違うな、と違和感がありました。もちろん演奏中に自分の腕や肩を見たりドレスを意識することはありませんが違和感を覚えたのです。豪華なドレスで「絞首台」を弾くのは違うのではと疑念が生まれたんです。それがきっかけでした。衣装が演奏の妨げになってはいけない。他の方法を見つけなければと決心しました。私も聴衆の皆さんにも見た目に気を取られることなく音楽のみに集中してほしいと思ったのです。美しい豪華なドレスを着る機会はほかにもあるのですから。
「ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調」は最近ステージプログラムに取り入れた作品で、ショパンの作品の中で鍵となる作品の一つです。そなた形式の代表作としても、音楽的にも、ショパンの作品の中で頂点を極めた曲だと思います。だからじっくり時間をかけて弾き込んできました。日本の聴衆の皆様とこの作品を分かち合いたいと思い、思い切って今回演奏することにしました。
(
音楽を志す若い世代へのメッセージ)
自分の楽器と音楽を心から愛することです。音楽という自分が好きなことを通して、聴衆という大勢の人々と交流できるのは素晴らしいことです。音楽のいちばんすばらしいことは団結できること。音楽という言葉を通じてひとつになれるということ。それを一番念頭に置くべきだと思います。うまく弾けなくとも伝えたいことがあれば聞き手はわかってくれる。それが一番意義深いことだと思っています。

 

 曲目
マズルカ へ短調 作品第7第3  ショパン
3つのマズルカ 作品59   ショパン
ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 作品58  ショパン
楽興の時 第3番  シューベルト  

🎵ユリアンナ・アヴデーエワ。ラヴェルの「絞首台」を演奏しているときに、豪華ドレスを着ていることに疑問を感じ、以来、音楽を生かすためにパンツスーツに。2019219日東京オペラシティでの収録分。この日本公演のためにアヴデーエワが弾き込んで弾き込んで持ち込んだのがショパンの「ピアノ・ソナタ第3番ロ短調作品58」。ソナタ形式の代表作で、作品の中で頂点を極めた作品。ヴィルトオーソ的な技巧があるとも。第一楽章で木の葉がはらりと舞い落ち降りつもり、それが森の中でというよりは、ショパンの中で多様な変転、変容を遂げていく。第3楽章では、思い入れのこもる音が孤独に逍遥し、内奥へと深く沈潜していく。ピアノを弾きつつも癒しには入れない魂が感じられる。第4楽章、孤独を強いて音の華やぎで埋めるかに奏法を繰り出し、最期の強烈な響きで、この全楽章の肯定し飾った、そんな感じを持った。曲の美しさから、壮絶なまでの孤独を感じてしまった。この感想が全うであるかはわからないが、聴いて感じたまま。
 けさはまさしく彼女の血となり肉とまでなったショパンを聴いた気がした。

 

 

🎧名曲アルバムはヘンデルのラルゴ「懐かしい木陰」。古田俊博のトランペット。矢崎彦太郎&東京フィル。
「懐かしい木陰」はヘンデルの歌劇「クセルクセス」の冒頭のアリアだが、主人公のペルシャ王クセルクセスが美しいプラタナスの木陰を称えて歌う。

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⛳昨夜は途中までしか聴かなかったが、尾高忠明が振っているのを久しぶりに聴いた。尾高への団員のコメントにその人柄が見えるところと合致。
8時27分更新

 

 

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きょうのことば「救いの喜びの福音」

インマヌエル盛岡キリスト教会20210627()の礼拝では、2021617日に天に召された竿代信和先生のメッセージを聞かせていただいて先生を忍びました。取り上げられた聖書の御聖言をご紹介申し上げます。

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説教題 『救いの喜びの福音』  (竿代信和 牧師)

聖書箇所 ペテロの手紙第一 139
1:3私たちの主イエス・キリストの父である神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせ、生ける望みを持たせてくださいました。 1:4また、朽ちることも、汚れることも、消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これらは、あなたがたのために天に蓄えられています。 1:5あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりの時に現されるように用意されている救いをいただくのです。 1:6そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。今しばらくの間、様々な試練の中で悲しまなければならないのですが、 1:7試練で試されたあなたがたの信仰は、火で精練されてもなお朽ちていく金よりも高価であり、イエス・キリストが現われるとき、称賛と光栄と誉れをもたらします。 1:8あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くせない、栄えに満ちた喜びに躍っています。 1:9あなたがたが、信仰の結果であるたましいの救いを得ているからです。

 

 これは東北聖会でのメッセージですが、この中から教えられたことは、自分の罪を深く自覚すること。その罪はどんな方法を用いても自分で除去したり解決したりできないこと。罪の救いは十字架にのみあること。常に悔い改めと信仰を新たにし、救いの恵みに新鮮に生きること。しかしいつしか問題課題に不平不満を持つようになったりマンネリズムに陥ることがある。この次はなるほどと思ったところですが、恩寵がなくなったり失せたりしていくと、もっと深い霊的な恵みを求めよう、聖会が潔めを求めようという姿勢が消えていく。また特にこれは感情がいささか多い自分に当てはまると自覚しつつ聞いたのですが、「感情や、気持ち、気分に振り回されないことです」。

以下は國光勝美牧師がわかりやすくまとめてくださったイラストです。

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⏰東北のためにも講壇に立たれ、教え導いてくださった先生の天における祝福を信じつつ、6時50分更新







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J-MEROなど

J-MERO、ゲストは浪江女子発組合。2011年に被災した浪江町にとにかく心を寄せ続けているこのグループ。新型コロナでライブは自粛であっても、リモートで呼びかける。あの日からすでに10年以上。被災地がら足が遠のきつつある今、そして新たな災害が立て続く中で、変わらずにこの地に目を心を向けて活動していく意思を明らかにしている。
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立て続く災害。朝日デジタルからだけれども、熱海市網代の観測地点では、3日午後040分までの48時間で雨量3150ミリを観測。1976年の観測開始以降、7月としては最多を更新したのだとか。熱海の土石流の動画に唖然。

 国は去年、水害対策の考え方を大転換させたという。水があふれることを前提にして、水が貯められる場所を多く確保する流域治水を強化。補助金を出して施設の所有者に地下やグラウンドなどに貯水施設を作ってもらい貯める場所を増やす。また川沿いの土地を貯留機能保全区域に指定して開発を制限したり都市部の緑地保全を強化したりして貯める場所を減らさないようにする。浸水被害を繰り返しているような危険な場所にできるだけ住まない。安全な場所への集団移転。大都市部の0メートル地帯など水没するおそれがあるところの避難場所の確保。マンション、ショッピングセンターなどのビルの所有者が、住民が逃げ込めるように避難スペースや避難路を設ける場合、費用を補助し税金の優遇する。すでにマンションやショッピングセンターなどが、緊急時に避難者を受け入れる協定を結ぶ動きも出始めているという。様々な法律を設けて取り組むらしい。治水に関しては霞堤が見直されているようだ。

それにしても、唯一明るいニュース、今日の日本時間午後25分の大谷翔平の滑り込みは!!
岩手出身26歳が世界中を湧かせている!!


⛳22時更新

 

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210702 クラシッククラブを聴く タリス・スコラーズ 演奏会

ルネサンスの作曲家、トマス・タリスの名を冠したコーラス・アンサンブル、タリス・スコラーズ。透明で濁りのないその歌声は比類のない美しさで聞くものの心をとらえてきた ルネサンスの作曲家、トマス・タリスの名を冠したコーラス・アンサンブル、タリス・スコラーズ。透明で濁りのないその歌声は比類のない美しさで聞くものの心をとらえてきた【出演】タリス・スコラーズ(合唱)ピーター・フィリップス(指揮)【曲目】「マリアよ あなたはすべてに美しい」(ゲレーロ作曲)「レクイエム(死者のための聖務)」(ビクトリア)【収録】2019年6月4日 東京オペラシティ コンサートホール―番組紹介よりー

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タリス・スコラーズはルネッサンス音楽研究の第一人者であり、現在も合唱団の指揮を務めるピーター・フィリップスが1973年に創設したイギリスの合唱団です。ルネサンス期に書かれた無伴奏の合唱曲を主なレパートリーとしている。数々の演奏会や録音を通しておよそ半世紀にわたりルネサンス音楽の魅力を世界に広めてきました。

ピーター・フィリップスのコメント
活動を始めてもう45年ほどになります。ルネサンス音楽を演奏するためにこの合唱団をつくりました。当時はこの時代の作品を演奏する団体はまれでした。私は声の響きに魅せられたのです。合唱団のメンバーに求められるのは透明かつ強い声です。そして常に新しい技術を習得することを心掛けてきました。ルネサンス音楽はバロック音楽とはまったく異なったスタイルが要求されます。リズムもチューニングも違いますし、ルネサンス音楽は独唱ではなく小規模の合唱ですから、これだけ大きなホールで歌うのはとても難しいのです。日本は大きなホールが多く声の響かせ方を学びました。
ビクトリアの才能を説明するのは難しい。彼は奇跡の作曲家です。音が強烈です。ごく普通の和音をより印象深く響かせる能力に優れていました。パレストリーナやタリスバードのような作曲家は音楽がもっと複雑で声部も入り組んでいます。一方でビクトリアは和音の選択が巧みで聴く人に感動をもたらします。彼は聖職者で敬虔なキリスト教徒でした。「レクイエム」は彼の親愛なる主人皇太后マリアのために書かれました。ビクトリアの感情と宗教観のすべてが彼女への思いとして表現されたのだと思います。これは彼の音楽の極致でありルネサンス音楽の極致でもあると私は思います。

 

曲目
☆マリヤよあなたはすべてに美しい   ゲレーロ作曲
ゲレーロは16世紀後半に活躍したスペインの作曲家。多くの教会音楽を残している。この作品は1570年に出版されたモテット集に含まれている。
☆レクイエム(死者のための聖務)   ビクトリア作曲
ビクトリアは1548年にスペインで生まれ、教会のオルガン奏者や楽長を務めた。この作品は彼が司祭として仕えたマリア皇太后の死を悼んで書かれ、1605年に出版された。

訳 今谷和徳

 

 

名曲アルバムはサン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」
19世紀のパリは印象派が産声をあげる前夜。サン・サーンスはこの時代に生まれ、古典的なスタイルを生涯まもり続けた。22歳でマドレーヌ寺院のオルガニストに就任。毎日曜の即興演奏のすばらしさがヨーロッパ中に広まり名声が高まる。リストやクララ・シューマン、パブロ・サラサーテが聴きにやってくる。サン・サーンスはサラ・サーテの圧倒的な技巧に触発されてこの曲を作曲した。

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⛳7時01分更新

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210701 クラシッククラブを聴く 村上敏明 テノール 東西名作の世界

黄金のテノール村上敏明がリストの歌曲とオペラの名曲を歌うペトラルカのソネット(リスト)歌劇「アンドレア・シェニエ」から ある日青空をながめて(ジョルダーノ) 輝くような歌声と個性的なキャラクターで人気のテノール村上敏明がリストの歌曲とオペラの名曲を歌う【演奏】村上敏明(テノール)村上寿昭(ピアノ)【曲目】3つのペトラルカのソネット(リスト作曲)歌劇「黒船」から おお美しの日本よ(山田耕筰作曲)歌劇「トゥーランドット」から 誰も寝てはならぬ(プッチーニ作曲) ほか【収録】2021年4月20日 めぐろパーシモンホール 大ホール(無観客収録)―番組紹介よりー

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村上敏明 (テノール) :東京都出身。イタリアの青空を思わせる高く突き抜けるような歌声と個性的なキャラクターで人気を博し、これまでに国内外の歌劇場、音楽祭で主役を演じてきました。日本のオペラにも定評があり新国立劇場公演、「修禅寺物語」、「紫苑物語」では迫真の演技と歌声で観客を魅了した。
村上寿昭(ピアノ):指揮者としてこれまでオーストリア・リンツ州立歌劇場、ドイツ・ハノーバー州立歌劇場に在籍し数多くのバレーとオペラを指揮し、現在は拠点を日本に移し、後進の指導にも精力的にあたる。

村上敏明のコメント
「ペトラルカのソネット」について:日本でこのリストのペトラルカの三つのソネットというのはそんなに多く取り上げられる曲ではないんですが、これは実はピアノのソロでも作られてる曲。それでまたテノール歌手ではなくてバス歌手用にも編曲されてたりとか、いろんなバージョンがある曲なんですが、その中でもやはりいちばんきらびやかに表現されるのがこのピアノとテノールのための編曲。私たちテノール歌手にとっては非常に大事なレパートリーでありまして、そして私ももうすぐ50が見えてくるところなんですが、20代のとき、30代のとき、40代のときとそれぞれリサイタルで取り上げた曲でありまして、自分の成長度合いとか心の成長とか声の成長とかを確認できる非常にすばらしい連作歌曲だと思ってまして、ことあるごとに取り上げて歌わせていただいております。
山田耕筰の歌劇「黒船」につて:歌劇私は実はイタリア・オペラはわりと専門だと思われてるんですけど、日本語オペラも15演目以上出演しておりまして、その中の一つに2008年の新国立劇場の公演でこの「黒船」そしてサブタイトルが「夜明け」という名前のこの日本オペラの初めてのグランド・オペラになるわけですね。1940年の初演だと聞いておりますが。もちろん私たちがよく知っている「からたちの花」だとか「この道」だとか、たくさんの名曲がありますが、そのようなセンテンスがちりばめられた素晴らしいオペラ、そしてその中にドラマティックなドラマもきちんと作られているという日本オペラの名作中の名作だと思っておりまして、山田耕筰さんというのは、歌手としても素晴らしかった方で、もちろん舞台にバンバン出てたわけではないですが、ハイバリトンのすばらしい歌声を持っておりまして、やはり、ほんとうに歌に寄り添って自分が歌われるというのも相まってほんとうに私たち歌手たちに寄り添ってくれている作曲家の一人だというふうに思っています。

曲目
☆三つのペトラルカのソネット  リスト 作曲 対訳 小畑恒夫
詩は14世紀の詩人ペトラルカの「抒情詩集」の3編からとられている。
☆歌劇「黒船」から「おお美しの日本よ」  山田耕筰 作曲 
☆歌劇「黒船」から「死なすに惜しきさむらいよ」  山田耕筰 作曲
☆歌劇「ファウスト」から「この清らかなすまい」  グノー 作曲 対訳 岡本和子
☆楽劇「ワルキューレ」から「冬の嵐は過ぎ去り」  ワーグナー 作曲 
対訳 寺倉正太郎
☆歌劇「運命の力」から「この世は地獄」  ヴェルディ  作曲 対訳 小畑恒夫 
☆歌劇「アンドレア・シェニエ」から「ある日青空をながめて」  ジョルダーノ 作曲
対訳 小畑恒夫
☆歌劇「トゥーランドット」から「誰も寝てはならぬ」  プッチーニ 作曲

🎵ヴェルディと山田耕筰の曲を興味深く聴く。「黒船」、当時の外国人の目から見た日本への思慕を、日本人が作曲。
朗々と説得力ある歌唱。

 

🎧名曲アルバムは、パデレフスキ「メヌエット」。ピアノ仲道郁代
1910年、ポーランド軍はドイツ騎士団を撃退、パデレフスキは1918年独立後最初の首相に。戦勝500年を祝って記念碑を建立。

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