新年雑感
クラシック倶楽部もお休みで何か手持無沙汰のような心境で「明治神宮不思議の森」にチャンネルを合わせてみる。天皇家ゆかりということでどうかなと思っていたのだが、これがすばらしい宝であることが。樹木、昆虫、動物、水生植物、その他その他。世界的な権威の学者たちが一丸となって、というよりも自分の専門分野に無我夢中で調査、研究の結果記録されたものなのだが。再放送。150年前に本田静六ら3人の林学士らの計画による森林。たぶんこの森の調査結果がまとめられた著書が出版されているかもしれない。この番組をすでに見た方も多いだろう。この森林計画、植樹する樹の種類に反対した大隈重信を本田静六が説得し広葉樹の森に。あの大都会に、このような豊かな質を宿す森が存在していることの驚き。いま本田のように行政に断固反対し環境の重要性についてものを言える学者が何人いるのだろうと思いが及んだ。
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正月は元旦礼拝からはじまる。元旦の聖書からのおすすめが何であったかは後日となるけれども。年末に考えていた。考えるより先に行動した方がいいという考え方もあるようだけれども。たしかに考えるばかりで終わってしまうことの方が多い自分ではある。それでも年末に思いめぐらしていた。教会の中にあって自分は格別に正義感が強く悪い者に向かって敢然と立ちはだかり弾劾するというタイプではない。聖潔という点においては、キリストの十字架、つまりこれを信じる者には何人であってもその罪を赦しきよめるというこれによってのみ赦されている者であるという自覚がある。私は自分をこのほど「神様に掃き寄せられた者」と自覚。おまえは1にも2にもまだまだ足りないがこちら側、神の側について、自分のできることをやりなさい。落ち葉がほうきでサッサと掃き寄せられるように、神によって神の側に掃き寄せられているものである。聖書には偉大な信仰者が出て来るけれども、自分はそういった人物には1にも2にも足りないけれども、どうやら、もう神によってそう掃き寄せられてしまっている。
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コロナ禍にあってそう深刻にならずにいられるのは、やはり音楽によるところが大きい。大晦日夜8時からは12時近くまでやはりTVだった。またTVか。そうです。これがベートーヴェンの交響曲、エグモント序曲であったところもあるが、京都、仙台、群馬、九州、山形、大阪、名古屋、札幌、広島、広島がエグモントだったが。各オケを通してふだん名前だけを知っている、他の方々はみなよく知っているに違いないのだが、自分は。その指揮者の指揮を見ることができた。各オケの今の顔、また一挙に日本の指揮者たちの個性あふれるすばらしい指揮を見ることができた。いったいどうなったかと気がかりだった主な音楽祭バイロイトは空調設備がなく中止だったようだが。ザルツブルク、チューリッヒのようす。またウィーン楽友協会でのジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」の演奏に対するウィーンの反応。すでにぎりりと世界に一角を画する新倉瞳、嬉しいことに岩手の宮古ジュニア弦楽合奏団に昭和47年に来てくれた堀米ゆず子の登場。彼女は日本初のエリザベートの優勝者、あのときいったい誰が堀米という少女が後にここまでと想像し得ていただろうかと思うと愉快。庄司紗也香、パガニーニ最年少優勝の人。この方のやはり世界の「バルトーク」は鋼色の切れ味。3月かに再放送が。コロナ禍に響く音楽の数々はとにかく素晴らしく明るかった!
気になるのは紅白。どうであったか。
⛳6時49分更新。
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