201214 クラシック倶楽部を聴く 第89回 日本音楽コンクール本選会ピアノ部門
第89回 日本音楽コンクール本選会ピアノ部門▽荒井玲奈、三浦颯太、望月 晶、山縣美季(放送順)▽収録:2020年10月24日 東京オペラシティコンサートホール【曲目】ピアノ協奏曲第1番から(ショパン)、ピアノ協奏曲第2番から(サン・サーンス)、ピアノ協奏曲第2番から(ショパン)【演奏】東京フィルハーモニー交響楽団(管弦楽)、渡邊一正(指揮)【収録】2020年10月24日 東京オペラシティコンサートホールー番組紹介よりー
荒井玲奈 入選 ピアノ協奏曲第1番(ショパン) 第二楽章の途中から
三浦颯太 3位 ピアノ協奏曲第2番から(サン・サーンス)第一楽章から
望月 晶 2位 ピアノ協奏曲第2番から(サン・サーンス)第二、三楽章
山縣美季 1位 ピアノ協奏曲第2番から(ショパン)第二、三楽章
音楽コンクールがいつからあったのかとググってみると、wikipediには次のように出ていた。
1932年、時事新報社(現在の産経新聞)の主催により「音楽コンクール」が発足し、その後一時を除き毎年開催されている。当時の本選会会場は日比谷公会堂であった。
第6回(1937年)より主催者が毎日新聞社となり、また第13回(1944年)では戦争の激化の影響(敵性語排除)もあり、一時大会名が「音楽顕奨」に変更される。1945年に予定されていた第14回は戦後の社会情勢の混乱もあり、翌年(1946年)に延期され、また、大会名も「音楽コンクール」に戻された。なお、1946年は春と秋の2回開催された。第18回(1949年)より、コンクールの大規模化への対応および、知名度の上がりつつあるコンクールの質を更に高めることを目的としてNHKが主催者に加わると同時に予選と本選の全国中継が始まった。
第51回(1982年)より、コンクールの名称を現在の「日本音楽コンクール」に改称。第62回(1993年)より本選会の会場が東京芸術劇場に変更される。
第67回(1998年)より、本選会の会場が現在の東京オペラシティのコンサートホール・タケミツメモリアルに変更される。第72回(2003年)より本選会に「聴衆賞」(聴衆が最も良いと判断する1名を選択し投票)が新設される。
🎵これからの音楽を担っていく方々。毎年各部門から多くの音楽家たちが世に出されている。世界的なコンクールを目指す方々も多いのだろうけれども、日本にのこって活躍して下さる方、また郷里にもどって地元で活躍してくださる方はより有難く感じられる。4人の方々の演奏、よかった、よかったと聴き終えて先々を楽しみに。
審査員には音楽評論家は原則として入らないのだそう。意外だったが、なるほどという気も。
1932年からあった音楽コンクール。昭和7年にはいったいどんな曲が演奏されていたものか。当時の東京朝日新聞でも当たれば或いは載っているかもしれないが。増沢健美氏などの発案。そして野村光一や堀内敬三の協力があったようだ。
この先10年後20年後の音楽界と音楽がどういうことになっているかは順次待ち望むのみ。
🎧名曲アルバム。アルベニスの「アストゥーリアス」。ギターはパク・キュヒ。いまどこにいるのだろう。
⛳朝のうちに更新をしないと、何やかやに取り紛れて、きょうも午前中は聴いたピアノが鳴っていたのだが、いつの間にか鳴りを潜め、夕食を終えるとまた聴こえだすという具合。けさは雪景色。バルコニーは氷点下2度。今ごろは解けのこった雪がバリバリになっているだろう。19時36分更新。
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