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2020年10月

レオンハルトの朝

 目覚めて6時10分。ということはJ-MERO見逃し。ここで規律的な音楽視聴はどんなものかと思い到る。
 

 ディスクラック、ふと目についたレオンハルトのバッハ:鍵盤作品集成。1960~80にかけての録音、彼のバッハ作品の集成ボックス・セット。これはかなり前に息子が買い、置き所に困って送ってよこしたもの。
 明るい日ざしにぬるむ部屋の空気によく和む平均律クラヴィーア第一巻。幾つかのフィギュア、ステンドグラスのミニチュア教会、両手をきつく組み一心に祈るおさなごの像。バイオリンを奏でる背中に青い翼をつけた天使。無心に人形をかき抱く少女座像。こんな小さな小さな存在ともひと言ふた言を交わしては宙に離れ、窓外に広がる秋晴れの空に、もやがかる遠景の山々に、樹上に光を透過させる木々になにやらさざめかせて、繊細で温かく心を鎮め、かつてあるごとく、いまあるごとく、そしてこの後もこうあるであろうごとくに微細な光を放ちつづける音の連なり。

 

⛳9時28分ゆったり更新

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201030 クラシック倶楽部を聴く  シルク・ドゥラ・シンフォニー

▽サーカスとオーケストラの夢の共演!オリンピックやシルク・ドゥ・ソレイユで活躍した世界一流のパフォーマーが、クラシックの名曲に乗せて驚愕のパフォーマンスを披露ー番組紹介よりー

☆ルスランとルドミューラ(グリンカ) 演奏のみ
☆剣の舞(ハチャトウィリアン)
☆雷鳴と電光(ヨハン・シュトラウス)
☆闘牛士(ビゼー)
☆白鳥の湖()
☆天国と地獄(オッフェンバック)
☆フィンランディア(シベリウス)

🎵「白鳥の湖」でのパフォーマンスはクリスティン・ヴァン・ロー&ヴィタリー・ブーザのエアリアル・デュオと「フィンランディア」ではヴィタリー・プリコーヴィット&パヴェル・コルシュノフのバランシング・アウト、筋力の限界までに挑戦し、ひとに緊迫感と驚きをもたらし楽しませる新たな瞬間をつくりだしている。花火にクラシック音楽が、或いはジャズ、ロックが用いられ打ち上げられたときから花火に抱くイメージががらりと変わったのを思い出すけれども、サーカスを見る機会はあまりなかったが、サーカスに於いても、クラシック音楽との共演でサーカスの新たな芸術が見えた。けさは7分ばかり遅れて見たので、やはり欠損をかこったという感じが。
きのうは今日の分と混交で書いてしまった。重複する部分があったことで反省。急ぎ急ぎ何やかややりながら見ているとこんなアクシデントも。

🎧名曲アルバム。エルガーの「威風堂々」。ともかくエルガーの作曲への道が開けたこと、これも彼のひたすらな努力の結果かと。

⛳しかしきょう受講した「オペラ講座」で、ベルディの詞の理解に届いていなかったこと、やはりこの朝の時間のたった30分で見聞きしたことをああかこうかと文字にするには時間が足りない、取り違え、聞き間違いもあるわけで、それを自覚し、注意深くあるべきことを教えられる。
この1週間は今までになく忙しく、なかなか厳しかった。その忙しいままにクラシック倶楽部の覚書もこんな夜中22時43分。10月もあと1日。11月よなるべくゆっくり来てほしい。音楽記号では「たいへん遅く grave」があるようだ。こんなふうに、こんなふうに。

   

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201029 クラシック倶楽部を聴く シルク・ドゥラ・シンフォニー~オーケストラ&サーカス~

サーカスとオーケストラの夢の共演!オリンピックやシルク・ドゥ・ソレイユで活躍した世界一流のパフォーマーが、「カルメン」や「白鳥の湖」など、クラシックの名曲に乗せて驚がくのパフォーマンスを披露。世界中を魅了した夢の舞台がついに日本上陸!管弦楽:ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団、指揮:ニコライ・ジャジューラ2018年1月17日Bunkamuraオーチャードホール。
【出演】エレーナ・ツァルコヴァ,ウラディーミル・ツァルコフ,ヴィタリー・ブーザ,サーシャ・ピヴァラル,クリスティン・ヴァン・ロー,ヴィタリー・プリコードゥコ,パヴェル・コルシュノフ,ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団,ニコライ・ジャジューラー番組紹介よりー

 

ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団
首都キエフを根拠地に1995年創設。音楽監督のニコライ・ジャジューラのもと、ヨーロッパ東部を代表する楽団として活躍している。

 

アレクサンダー・ストレルソフ
創設者、総合芸術監督
自らもサーカスのソロ・パフォーマーとして活躍。
コメント:アメリカでオーケストラと共演したことでこのプロジェクトが立ち上がった。1998年にアメリカでサーカスのツァーをしていた私に、ある指揮者がオーケストラとの共演を持ち掛けてくれたのです。ロシアではたくさんのコンサートに出演していたので、何も難しいことではありません。ロシアでは、アクロバットとバレエオペラ歌手が同じコンサートで共演することがありますから。しかしアメリカでは斬新なことだったのです。オーケストラと舞台で共演するのは、言葉には言い表せない感覚で、他のエンタテイメントと比較することもできません。生演奏からエネルギーをもらうことで、最大限のパフォーマンスを発揮でき、舞台の上で魔法がかかったような瞬間が生まれるのです。とても言葉にはできません。

 

「祝典序曲」ショスタコーヴィチ:作曲
「歌劇「雪娘」から 軽業師の踊り」リムスキー・コルサコフ:作曲
「交響詩「死の舞踏」」サン・サーンス:作曲
「「カルメン」組曲 第2番から ロマの踊り」ビゼー:作曲
「バレエ音楽「ガイーヌ」から レズギンカ舞曲」ハチャトゥリヤン:作曲
「組曲「仮面舞踏会」から ワルツ」ハチャトゥリヤン:作曲
「ワルツ「美しく青きドナウ」」ヨハン・シュトラウス:作曲
「楽劇「ワルキューレ」から ワルキューレの騎行」ワーグナー:作曲

🎵
 
ウクライナ国立フィルハーモニー管弦楽団とウクライナ・シルク・ドゥ・ソレイユで活躍した元オリンピック選手たちの壮絶なパフォーマンスとのコラボ。白鳥の湖とのマジック・アートでは指揮者ニコライ・ジャジューラが奇術に参加する場面も。バレエが空中を飛ぶサーカスのクリスティン・ヴァン・ローとヴィタリー・ブーザ、演技では情熱があふれるのだと。フィンランディアにのるバランシング・アウト、ここまで進んだ時点で、オケの存在は、音だけが宙をドラマ化するのだが、楽団の影はぐんと奥まり、付属的役割になったの感。演技の緊張感は会場の緊張感と。息をのんだところで、またオケの響きも息をついたかに。
オケ・観客を取り込んでのエアリアル・デュオ。クラシックをより多くの人々により楽しく親しんでもらうという意図からの企画かとも思われた。最初は若干抵抗があった。しかしパフォーマーの方たちのコメントを見ると、音楽とパフォーマンスがコラボして不思議な瞬間を現出することがあるようなのだ。たとえば詩人が音楽を聴くことでさまざまをイメージし詩につなげると同じように、音楽がパフォーマンスにイメージをもたらし、あらたな動き、型をもたらすといった連関があるらしい。そういった観点から見ることで楽しむことができた。パフォーマーがクラシック音楽をかなり学んで、その音楽に生きる訓練というものもしているようで、監督いうに、オケとパフォーマーと観客のあいだにという意味だと思うが、化学反応が起きるというのだ。選曲は、勢い次は何が登場するかの期待感と賑々しさ、躍動感のある曲が多かったかと。他のパフォーマーの方々のコメントもあったが、一応芸術監督の方のを記録。
スメタナの「売られた花嫁」、グリンカの「ルスランとリュドミーラ」、パフォーマーたちが到達した高みが音楽によって認証されていると感じられたひとコマ。ハチャトウリアンの「剣の舞」、ヨハン・シュトラウス「雷鳴と電光」、ビゼー「カルメン」、チャイコフスキー「白鳥の湖」、ヴィタリーとクリスティン・ヴァン・ローが観客の頭上をとぶエアリアル・デュオ。これがストレルソフいう情熱が観客につたわりフィードバックされ、化学反応が起きる瞬間かと。オッフェンバック「天国と地獄」、シベリウスの「フィンランディア」のバランシング・アクト、アニメとは違う、バーチャル世界ではない現実の人間の集中力、筋力、体力、忍耐、まだあるかもしれないが、ぎりぎりまで可能性を極めた人体による表現。そしてそれを支える音楽。2回目ではあるけれどもしばしば息をのむ55分。
以上、過去3回分の感想の編集でした。

 

🎧「魔王」(バリトン)河野克典,(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)円光寺雅彦 ~ドイツ・ワイマール~
🎵この歌詞の中で、子どもは魔王への恐怖を父親に訴えている。なぜ母親ではなく父親にだったのかと愚問と思いつつ。「もっと光を」。高校のときに、教師が授業のときにこういって生徒に窓を開けさせ、以来、どこかでこのことばを聞くたびに「おー、ゲーテ!」と明るみを見た気分に。しかし82歳で亡くなったゲーテ、彼の死に際はほんとうに暗かったのではないか、そこに格別な意味合いがあったかどうかと近頃は考えるようになった。それはともかく、「魔王」の説得力はいつでも心を惹きつける。

⛳次の番組、関口の旅、バグパイプの音が聞こえている。ちょっとだけ聞えたアメージンブグレイスにぐっと。山々の裾に朝もや。と書きつつ、あれはもやではないという声が聞える気が。何というのだろう。呼び方はどうでも美しい光景。




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201028 クラシック倶楽部を聴く  遠藤真理のサウンド・オブ・チェロ~加藤昌則と紡ぐ音の旅

【遠藤真理】2003年日本音楽コン第1位、2006年「プラハの春」国際コン第3位。国内外の一流オーケストラや指揮者と共演。読売日響ソロ・チェロ奏者。ラジオでも活躍【加藤昌則】作曲家・ピアニスト。幅広いジャンルで自作を発表しつつ、ピアニストとして数多くのソリストと共演を重ねる。【曲目】チェロ・ソナタから(シェック)花詠み人(加藤昌則)他【収録】2020年8月25日武蔵野音楽大学 ブラームスホールー番組紹介よりー

☆「Around The World 映画で巡る世界一周メドレー」:加藤昌則:編曲
☆「チェロ・ソナタ から 第3楽章」:シェック:作曲
☆「チェロ・ソナタ 第1番 ハ短調 作品32から 第2楽章、第3楽章」:サン・サーンス:作曲
☆「花詠(よ)み人」:加藤昌則:作曲
☆「NATHA-VALSE」:チャイコフスキー:作曲:加藤昌則:編曲
☆「Moon River」:ヘンリー・マンシーニ:作曲:加藤昌則:編曲
☆「Sound of Music Medley」:加藤昌則:編曲

オトマール・シェックOthmar Schoeck, 1886年9月1日 - 1957年3月8日)は20世紀スイス作曲家300曲以上にのぼる歌曲を作曲し、ピアノ伴奏つき歌曲や管弦楽伴奏つき歌曲、様々な合唱曲を遺している。その他の作品に《ヴァイオリン協奏曲「幻想曲風に」》作品21や《ホルンと弦楽合奏のための協奏曲》作品65, ハインリヒ・フォン・クライスト原作の歌劇《ペンテジレーア》作品39などがある。

1980年代半ばから、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ白井光子の地道な努力によりシェックの再評価が始まった。(wikipedia)

 

映画メドレー懐かしい! いまは神奈川にいる中学校時代の友達と観たメリーポ・ピンズ、久方ぶりに。シェックって? はじめて聴いたような。これは加藤昌則が昔から好きで編曲のストックが数曲あったのだとか。加藤の提案に遠藤が快く。静かな流れのきれいな小石の揺らぎを見るような。「花詠み人」、加藤の作曲。今回が初演。今年の4月に遠藤が演奏することを希望して書いたようだ。ふわりとたおやかさが感じられる部分があったり、障子にシルエットが移ろうような感じも。一転湖畔を歩む乙女を想像したならこの曲にあうだろうかと。「Moon River」、オードリーの寂しげな影、などと解説に出ていたと思ったが。きのう所用でお邪魔した恩師のリビングにオードリー・ヘプバーンのブロマイドが貼られていたのを見たばかり。部屋を明るくしていた。因みに恩師は女性。永遠のオードリー。
何と今朝は早く出かけるということで、この時間帯に野菜料理を3品作る。動き回りながらも楽しめる曲は有難い。楽しいひと時。

🎧🎵名曲アルバムはガーシュイン。秋山和慶&東京フィル。
当時のパリの喧騒に驚いたというガーシュイン。いまはニューヨークの方が。マンハッタンのメトロポリタンが気になり、パリよりもこちらをググってみてしまった。

⛳忙しい一日が終わってやっと、20時更新。

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20201026  クラシック倶楽部を聴く  音楽は翼に乗って 宮田大(チェロ)×大萩康司(ギター)

けさ4時半の数字は、血圧123-65。体温355。室内気温18℃、湿度40%。コロナ、インフルエンザには感染していない、たぶん。
先ずは安心、けさもクラシック倶楽部。

音楽は翼に乗って 宮田大(チェロ)×大萩康司(ギター)

人気のチェロ奏者・宮田大とギター奏者・大萩康司が、本物の飛行機の前で演奏!所沢航空発祥記念館で収録映画「紅の豚」から「マルコとジーナのテーマ」(久石譲)ほか

「映画「ロシュフォールの恋人たち」から「キャラバンの到着」」ミシェル・ルグラン:作曲、角田 隆太:編曲
「マルコとジーナのテーマ」久石 譲:作曲、角田 隆太:編曲
「翼」武満 徹:作曲、福田 進一:編曲
(ギターのみ)
「ギターとチェロのためのソナタ」ハダメス・ニャタリ:作曲
「ブエノスアイレスの秋」アストル・ピアソラ:作曲、角田 隆太:編曲
「ブエノスアイレスの冬」アストル・ピアソラ:作曲、角田 隆太:編曲
「天の三羽の美しい鳥」モーリス・ラヴェル:作曲、大萩 康司:編曲
「鳥の歌」カタルーニャ民謡:作曲、パブロ・カザルス:編曲
(チェロのみ)
「オブリヴィオン」アストル・ピアソラ:作曲、つのだ たかし:編曲

🎵所沢航空発祥記念館での収録。新型コロナで記念館が3月いっぱい休館にはいるまえの2月に収録したようだ。航空機とギター&チェロ、その狙いは。先ずは日本初のアンリ・フォルマンの展示を背景に「キャラバンの到着」、到着したキャラバンの期待の興奮とざわめき。これが飛び立つ直前のそれに通じるものがあるのか。大萩は飛行機の動きを想像しての事か、その前に静止して演奏する不思議な感覚を語り、宮田は小6まではパイロットになりたかったと。「マルコとジーナ」でゆうゆうと空を飛ぶ。このお二人、演奏中に顔を合わせることはないが、音と雰囲気で互いを確認し合っているのだなとコメントから類推。武満も空となれば翼で心を解放。物思いも載せて楽曲ヒコーキ。白い機体にオレンジの尾翼、胴体にはびしっと横線もようの856を背景にハダメス・ニャタリ。タンゴのエッセンス詰まる「ブエノスアイレスの秋・冬」この背景もアンリ・フォルマン。いつになく心に沁みる「鳥の歌」。「オブリヴィオン」とは「忘却」を意味するとか。
 音楽家が教会や宮廷に招かれるとそれ相応に能力を、創造意欲をかきたてられるものらしいけれども、こういった設定もまた凡人には及ばない何等かを演奏に付加するものかもしれない。航空機発達の時間空間をギターとチェロの響きで悠々と飛びかけた感じが。
 と、ここまでが前回聴いた感想だが、今回は自分の内でまたさまざまなトッピングが。
「昔ね、YS11 にのったとき、もう揺れて揺れて怖かった。遺書を書いた方がいいかもと思ったって、恐怖でそんな気持ちのゆとりなんか持てないのよね」。つい最近知人からこんなはなしを聞き、それがまだ記憶に新しいうちにまたこの所沢での収録を。戦争となって飛躍的に技術進歩を遂げた航空機。現在の性能のすばらしさは! といっても乗る機会はない。しかし心の翼、これがあることは飛行技術に優るといえるとよいのだが。

 今回は奏者が何々コンで何々などは措いて、といってもこのお二方の経歴を知らない人はいないのだが。とにかく気軽な気持ちで、それが、途中ハダメス・ニャタリの曲から気分をがらりと切り替えてみた。曲を聞きながらダンスの振り付け、それは何も私が独自に考え出したものではないが、すでに作り出されたさまざまなタンゴのパターンを思い描きながら聴いて楽しんだ。作曲者自身の土台が深刻めいたところはなく、自由に駆け抜け滑り行く、先に障害物があってそれを回避するために瞬時模索する、そういった曲の感じなのだ。「ブエノスアイレスの秋、冬」でも、ピアソラ独自のタンゴのエッセンスを醸しながら女性の脚がフロアーにのびやかに弧を描くさまを想像し、楽しさが倍加。宮田、大萩は航空機とコラボし私はその音楽と想像上のダンスと、そして窓外に広がる山々の東雲とレモン入りの紅茶ともコラボ。心行く音楽のひと時。そしてカザルス:編曲の「鳥の歌」、国連本部で演奏された、ピースピースを知らずとも、実にすばらしい演奏。今回は格別に余韻までがまだ胸中にのこる。

🎧🎵あと5分で書く名曲アルバム。これはブルックナーの「アヴェ・マリア」。合唱は二期会というぜいたくさ。円光寺&東京フィル。敬虔なカトリック信者ブルックナー。聖フローリアン修道院のオルガンの下にいまも眠る。

⛳7時1分更新

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201026 クラシック倶楽部を聴く エマニュエル・チェクナヴォリアン バイオリン・リサイタル

1995年生まれ。7歳でオーケストラとデビューを果たす。2015年シベリウス国際コンで第2位を受賞。ゲヴァントハウス管やサンクトペテルブルク・フィルなど共演多数。【曲目】ウィーン風狂想的幻想曲(クライスラー作曲)華麗なロンド D.895(シューベルト作曲)【演奏】エマニュエル・チェクナヴォリアン(バイオリン)マリオ・ヘリング(ピアノ)【収録】2019年12月1日 ハクジュホール で収録―番組紹介よりー

曲目
ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調 Op.24「春」 (ベートーヴェン)
ウィーン風狂想的幻想曲 (クライスラー)
華麗なるロンド ロ短調 D895 (シューベルト)
アンコールは愛の喜び(クライスラー)

エマニュエル・チェクナヴォリアンは指揮者の父とピアニストの母を両親に持つウィーンの音楽一家に生まれ、アルメニアに育つ。2015年シベリウス国際ヴァイオリン・コンクールで第2位及び、ベスト・シベリウス演奏賞を受賞。使用楽器は、ベアーズ国際ヴァイリン協会から貸与された1698年製ストラディヴァリウス。201712月、ソニー・クラシカルからデビューアルバム「SOLO」をリリース。このCDが注目を集め、201810月には新設されたOPUS Klassik賞を錚々たる演奏家とともに受賞。20179月からは、オーストリアのラジオ番組で、毎月1回「Der Klassik-Tjek」というタイトルの自身のラジオ番組のパーソナリティを務めている他、北ドイツ放送、バイエルン放送や独仏共同出資のテレビなどにも出演している。


マリオ・ヘリング(ピアノ)1989年ハノーファー生まれ。いずれもヴァイオリニストの両親は、父がドイツ人、母が日本人である。3歳からピアノを始め、樋口紀美子、ファビオ・ビディーニに学んだのち2009年よりハノーファー国立音楽大学にてカール=ハインツ・ケマリング及びラルス・フォークトへ師事。スタインウェイ国際コンクールやドイツ青少年コンクールで16回の優勝を飾っており、さまざまな奨学賞も獲得。2003年ベルリン交響楽団とベルリンのフィルハーモニーへ登場してオーケストラ・デビュー、大成功を収めた。巨匠パウル・バドゥラ=スコダが絶賛するドイツ若手ピアニストの注目株で、これまでにエルプフィルハーモニー・ハンブルク、コンセルトヘボウ、ウィーン・コンツェルトハウス、ケルン・フィルハーモニー、ベルリン・フィルハーモニー、コンツェルトハウス・ベルリン等世界有数の会場、キッシンゲン夏の音楽祭、ルツェルン音楽祭、スタインウェイ国際フェスティバル等著名な音楽祭へ出演。2012年名匠アレクサンドル・ラザレフの指揮で日本フィルハーモニー交響楽団と初共演を果たす。2016年ノエ・乾とのデュオアルバム、20182枚目のソロアルバムがそれぞれICMA国際クラシック賞にノミネートされ絶賛を博した。2018年難関として知られるリーズ国際ピアノ・コンクールにて第2位及びヤルタ・メニューイン賞受賞。

🎵「春」は「クロイツェル」と並んでよく奏される。深刻さはない明るさ。1801年というとベートーベンはどこでどんな暮らしであったろうか。「ウィーン風狂騒的幻想曲」、何とクライスラー70歳で作曲。出だしは玄妙、あとはゆったりと黄昏時を楽しんでいるような、鼻歌が聞えてきそうなところも。クライスラーはシェークスピア、当時一世を風靡した歌手カルーソーと並んで大いに迎えられた自らの人生に満足であったのでは。「華麗なロンド」をチェクナヴォリアンは「シューベルトの歌曲、ピアノ・ソナタの作曲からは彼らしくない作品であると。突拍子もなく考えもせずに湧きあがるがままに書かれている」とコメント。譜面の上ではいかに破天荒でも。これが言葉で表した場合には難儀なことになることも。アンコールの「愛の喜び」、この曲を当時の人々はどれほどに待ち望んだことか。ふたりのプロフィールはハクジュのコンサート紹介から。自分は70歳まで生きられればと思っていたが、クライスラーは70でこんな作曲をしている。単純でもいいから賛美歌の一つも作曲して譜面に残したいと思ったものの、今は日の目を見ずに堆積している楽譜の堆さだけが浮かぶ

🎧名曲アルバム。ドボルザークの「チェロ協奏曲」。チェロ:長谷川陽子。指揮:高関健。

⛳けさも5時代にゆったりと耳を傾け、しかし、更新は22時9分更新



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きょうのことば

インマヌエル盛岡キリスト教会の20201018()の礼拝メッセージをおつたえいたします。國光勝美牧師、國光ひろ子牧師は、岩手で47年目のご奉仕をしておられます。

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説教題 『その信仰に倣おうー教団創立記念礼拝―』(國光勝美牧師)
聖書個所 新約聖書 ヘブル書1378

13:7神のことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、覚えていなさい。彼らの生き方から生まれたものをよく見て、その信仰に倣いなさい。 13:8イエス・キリストは、昨日も今日も、とこしえに変わることがありません。

<説教>

きょうは教団創立記念礼拝でございます。週報にも蔦田二雄という創設者の方の写真を載せてございます。今年またこの月にその恵みを共に振り返りたいと願っております。ですので、内容が重複するところもございますがご了解ください。

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きょうは、私が蔦田二雄という人にはじめてお目にかかったときのことからお話をさせていただきます。それは1969(昭和44)2月有楽町の近くの丸の内教会の礼拝に於いてでありました。その3か月ほど前に私はお茶の水キリスト教会館で信仰に導かれたばかり。19681116日にダビッド・マーチン先生のメッセージに心探られ信仰に導かれたのであります。ダビッド・マーチン先生という方は、今でいう日本同盟教団の宣教師でいらっしゃいました。所謂アライアンス・ミッションといわれる福音的な宣教団体の一員でいらっしゃいました。その特集でイエス・キリストを救い主として信じたのです。そのときお茶の水キリスト教会館のチャペレンでらした後藤牧人先生が茶菓を交えたお交わりの中で、「ここは教会ではないから、ここで信仰を持った君たちが、教会に導かれるように祈っているから。日本には今いろいろな教団があるんだけれども」と幾つかの教団を紹介し、その中にインマヌエル綜合伝道団も。インマヌエル綜合伝道団について先生が「この教団はね、迫害を受けた教団なんだ。迫害を乗り越えた教団というのは強いんだね」と付け加えたことがとても心に残りました。

ころは学生時代、アパートで自炊。最後の3年生、4年生を過ごしておりました。雪が谷大塚駅のところでチラシをもらったことを思い出し、たしかそれにインマヌエルとあったなと、帰ってすぐに引き出しの中を探りますと、1年前のチラシが出てきて、インマヌエル雪が谷伝道所とありました。これが後藤先生が仰ったインマヌエルだ。チラシの地図を頼りに駅から比較的近いその教会を見つけました。集会のあるその時間に行きました。当時は國光幾代子先生と副牧師として大滝昭子先生がいらっしゃいました。忘れられないのは、入っていくなり國光幾代子先生が開口一番「ここはきよめを標榜する教会です」と仰いました。どうもその当時は学生運動が激化しており、青山学院でも「神は死んだ」と大きな立て看板を立てかけて学園封鎖をしておりました。全共闘や過激派の学生たちが暴徒化するという時代でした。あちこち教会をゆき巡って教会をかき回すような一人であると取られかねないような社会的状況がありました。私とすれば、この教会でご指導いただきたいと思っていたものですから宜しくお願いしますという思いでした。すると「ここはインマヌエル丸の内教会の雪が谷伝道所ですので、ここでは礼拝を持っておりません。礼拝は丸の内の教会で行っています」ということでありました。

学校もロックアウトされて何か月も経ち、私は卒業を控えていたものですから卒業試験がいつあるかわからない。でも卒業しないと会社の内定が取り消されてしまう。会社というのはビクターレコードでしたが。朝ドラの「エール」の方はコロンビアでしたでしょうか。それはともかく卒業しないと内定も取り消され、就職できなくなってしまうという不安定な中で11月に信仰を持ったのでしたが。大学がロックアウトされここにいてもしかたない、東京にいるよりも郷里の松本に帰省しようと決めました。クリスチャンになって初めてクリスマスも控えてはおりましたが。松本の家では私がクリスチャンになったことについては、おおそうかという程度でそれほど深刻に考えていませんでした。クリスマスには教会に行きたいなと思う気持ちはありました。後藤牧人先生からは「松本に同盟教団という教会があるからそこに顔を出したらいいよ」と言われ、住所、電話番号を控えております。けれどもクリスマスのときに行かないで、私がもしほんとうに救われているのならば、きっと教会に導かれるだろう。しかし、もし私の信仰が一時的な宗教的な感動、一過性のものだとすれば、私はこのまま教会から信仰から離れていくだろうなと、自分をテストするような思いで敢えてクリスマスには紹介された教会に行きませんでした。

いよいよ年末年始です。どこの地方でも初詣がある。家は世間一般の家でしたので習慣的に初詣に出かけます。いざ皆が行くとなったとき、流石に1216日私はまじめにイエス様を信じた身です。それで「僕は留守番してるからみんな行ってもいいよ」と皆を見送りました。厳密にいうと「紅白歌合戦」が終わって、「ゆく年くる年」が始まるころに出かけます。いわゆる2年参りと言うのでしょうか、年をまたいでいくとご利益があるというようなことで、近所の人たちがぞろぞろぞろと行くわけですけれども。わたしは行かないで留守をまもって、いよいよ元旦の朝を迎えたとき、考えました。これではいかんと思いました。きっと元旦に教会で集会を持っているかもしれない。電話をしてみますと「いらっしゃい。元旦礼拝がありますから」と。同盟教団の松本の教会に行って、「ついこの前お茶の水で信仰に導かれた者です」と挨拶をしました。「よくいらっしゃいました」。「すぐまた東京に帰るんですけれども、その卒業試験があるそれまでの1か月か2か月か、お交わりの中にお願いします」と言いました。そこに若い先生ご夫妻がいらっしゃり真実に迎えてくださった。牧師夫人が「実はわたし、ビリー・グラハム大会の時の事務方をお茶の水会館で持っていたのです」。そういうお話をされて、その夫である先生が仰るに「あのとき蔦田二雄先生にお目にかかりましたけれども、あの方はほんとうにジェントルマンです」と。感極まったように「いい先生でした」と仰いました。私はインマヌエルにしてよかったという思いで、それで1月末までおりました。しかし、東京に帰っていないと卒業試験を受けられないので、そのために東京に戻りました。

2月になって、さあ、それじゃ丸の内教会に行こうということで、有楽町の駅から歩いて近いところでしたけれども、その丸の内教会に行きました。新国際ビルの9階でした。当時300人ぐらいの人が礼拝に集まっていました。ですので、何の関りのない者がポンと行ってもなかなかその中に馴染むのに難しさはあったのです。しかし、そこに行きまして初めて週報というものがあることも知りました。説教はマタイ伝の連続講開でした。説教者のところに蔦田二雄総理と書いてあります。ふつうは政府の総理を言います。それしか総理という言葉が結びつかなかったのですけれども。いろんな人たちの話を聞いていると「蔦田総理が」、「どこ総理が」という話をしている。草履じゃないことはたしかだし、何だろうと思いました。「総理」は今でいう「代表」のことでした。おずおずと礼拝の席に着きましたらば、小柄なお爺ちゃんが、説教者の椅子に座っているのです。ほんとうに小柄です。その蔦田二雄という先生が、いよいよ説教となったときに、説教台にがしっと手を置いて聖書からお話をされたときのその迫力、決して威圧的というのではない、まさに神のことばを語る者の威厳と権威というものを肌で感じることが出来ました。ダビッド・マーチン先生のときのメッセージとか、お茶の水の会館で聞いたメッセージとはまたちょっと質の異なる迫力がありました。そして、何回か、魅せられるように日曜日が来るのを待ち焦がれて行きました。礼拝では時々、オーエン・ガントレットという先生がフルートを吹いてくださる、そういう礼拝でもありました。これが私がインマヌエル綜合伝道団の蔦田二雄という人物に触れたその初めでありました。

インマヌエル綜合伝道団のルーツはジョン・ウェスレーであることを心に留めねばなりません。彼はイギリス国教会の、つまり国王を教会の頭と仰ぐ所謂国家の宗教、イギリス国教会の忠実な牧師でした。彼自身の証しを見ますと、当時のイギリスから独立しようとするアメリカ新大陸に、彼は福音を携えて行くのですが、船が大嵐に遭います。そのとき、絶望的な大嵐の中で静かに賛美歌を歌っているグループがいました。ドイツからだったでしょうか、アメリカに移住するひとたちで、それがモラービアン派と呼ばれるグループでした。何と激しく揺すぶられる船底で、大人も子供も、主をほめたたえる賛美歌を歌っているのです。自分は国教会の牧師ではあるけれども、彼らの持っている信仰は私にはないということに気が付きました。そしてアメリカに渡り、挫折をし、そして失意のうちに彼は母国イギリスに帰ってくるわけです。そのとき、アルダスゲートという小さなところで、そのモラービアン派の人たちの集会があるというので行きました。たまたまそこで彼らはルターのロマ書講開の本を読んでいた、訓練された者が大説教するというのではなく、モラービアンの兄弟が導かれて読んだその恵みをお分かちするというような集会だったのでしょう。それを聞いているうちに、ああ、そうだ、神様のわざがすでに成し遂げられている、あの十字架のわざを信じることによってというその福音信仰にウェスレーは目覚め、大きな転機を迎えました。これが彼の大きな内的な変化でありました。青山大学の正門を入って右側にウェスレーの銅像があります。あれは所謂メソジスト系の学校として青山学院があることを語っています。

さて、この私たちの信仰のルーツがジョン・ウェスレーにあることを先に申し上げました。彼が生まれたのは1703年。日本での1703年には赤穂浪士の吉良邸討ち入りです。これとリンクすると覚えやすいのかもしれません。1703年、これで、そうかあのときにジョン・ウェスレーはイギリスに生まれたのかとメソジストの歴史をちょっと近しく感じることができます。

 こんどは私たちのインマヌエルに関わることになります。蔦田二雄先生はほんとうに小柄な方でした。この蔦田先生は、オーエン・ガントレット先生に大きな影響をいただきました。オーエン・ガントレット(1907 - 1988年)は、イギリス人エドワード・ガントレットと山田耕作の実子ツネとの間の長男です。朝ドラの「エール」で、山田耕作はちょっと悪者的な扱いでしたが。オーエン・ガントレット先生が日本にフルートやテニスを普及させました。そして、このガントレット先生のお父さんが、山口県の秋芳洞を発見しました。そんなこともあって、ガントレット先生は山口県の名誉県民と言う称号をいただいたようです。

このガントレット先生と蔦田先生とは1歳違い。ほとんど同年代の時に蔦田先生がシンガポールからイギリスのロンドン大学に留学するために船に乗ってい時に、船員さんが、蔦田先生がいつも聖書を読んでいるすがたを見て、「君と同じような本を読んでいる変わった青年がもう一人いるよ」と。その船員から聞いて会ったところが、このガントレット青年だったわけなのです。で、ガントレット兄が蔦田に「君、救われているかい?」と訊いたのです。蔦田先生はもう真面目な人物。お父さんもシンガポールで歯科医であり、民間領事でもある方だった。メソジスト家庭で、小さいころから教会に行き聖書を読んでいる。しかしガントレット兄、「それはわかるけど、君、新生経験持ってるの?」と訊いてきました。蔦田先生は困って、人は一生懸命にまじめに生きてそして天国に入ることができる。生きている間に天国に行けるかどうかだなんて、そんなことは傲慢な考えだというような意識を持っていた。そのときにガントレット青年はヨハネの福音書6章47節を引いて蔦田青年に「君が読んでいる聖書にこう書いてあるだろう、ヨハネ6:47まことにまことにあなたに言います。信じる者は永遠のいのちを持っています。ここに「持っています」とあるだろう、持つかもしれないなんて書いてないだろう、信じる者は永遠のいのち、これは死んでから与えられる復活のいのちというものじゃない、それとは違って、信じる者はいまイエス・キリストのいのちを持っているんだ」。

私はある方の手術のときに、「われ生くれば汝らも生くべければなり」というおことばが与えられたときのことを思い起こしました。そしてガントレット兄が示した「信じる者はいま永遠のいのちをもつ」。

蔦田青年がこのことに気が付いたときに、回心、ほんとうの新生経験というものを持つわけです。このことがきっかけだったようです。イギリスにいってロンドン大学で外交官を目指していた蔦田青年でしたが、いよいよ卒業間近になりました。

大阪伝法教会の朝比奈協という元は有名なヤクザだった先生も、やはりホーア先生という婦人宣教師との出会いを通して救われております。

イギリスにあって蔦田二雄先生は、バックストン先生の関係の集会に出席したときに「その神に従え」という声を聞きました。これから自分の生涯をどうしたらいいのか、このままいけば外交官として当時の国際連盟に行くことになっていたのだそうですけれども、どうしようかとシンガポールのお父さんに電報で訊いたところ、すぐに返信電報が届き、それには「「Obey  GOD」と記されていたということです。卒業間際に彼は日本に帰ってきたわけです。

ウェスレーのアルダスゲートの経験と、それからこのオーエン・ガントレット宣教師との船の上での出会いというものが、一人の人がほんとうにキリストによって変えられるということをいみじくも私たちに思い起こさせる大きなことでした。私たち一人ひとりの信仰生活にも同じことがいえるわけであります。

蔦田二雄先生はそのあと日本橋ホーリネス教会、東京のど真ん中といっていいでしょう、そこで教会の活動を始めました。これは戦後のことですので、ここで日本が戦争に入っていくときに戻ります。当然のことながら中国にも欧米の宣教師たちが福音を伝えっていった。たとえばハドソン・テーラーです。チャイナ・インランド・ミッションというすばらしい働きが中国にも進められていったのですが、戦争状態になって欧米の宣教師たちは国に帰らざるを得なくなる。その時に、この蔦田先生、ほんとうにまだ若い蔦田先生たちが、欧米の宣教師たちが引き揚げた後の重荷を自分たちが背負うべきではないかとリバイバル・リーグという御霊に満たされた働きを進めているなかに宣教師としてその当時の満州の新京に渡りました。その一人が岩城幸策先生、それから上海の方にいったのが松村導男先生であったり、そういうリバイバルリーグの人たちが中国の方に派遣されたわけです。蔦田先生が実際に現地に行って慰問し講演、みんな戦争に疲れているわけですけれども。後で聞いたのですが、「おもしろいんだよ、講演で、恐れ多くも天皇陛下は、というと、天皇陛下と聴いただけでうとうとしていた人がはっと威儀をただす」。そういう訓練を受けていた人たちがいたのかなとちょっと蛇足のように付け加えましたけれども。そういうように現地の方まで視察に行ってきたのですが、ご承知の通り弾圧を受けて囚われの身となってしまいました。その時に、それまでの自分の福音に関わる働きを深く深く鑑みて、そして「神われらと共にいます」、神がいかなる時にも私たちと私と共にいてくださるという真理に覚めます。これこそほんとうの福音経験、そしてもしいのち赦されて戦後活動ができるなら、日本人の手によるメソジスト的なホーリネスを証しする教会、これを目指そうと決意しました。これが戦後の写真です。

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女医の長谷川元子先生、正子先生の双子の姉妹が船橋でインマヌエル医院を開設し、この医務部と農耕部を包括してインマヌエル綜合伝道団という名前をつけたのだそうです。写真の中央のいちばん小柄な方が蔦田二雄先生です。中学生だった蔦田真理先生もいます。朝比奈寛先生、大橋武雄先生、川口始先生、これはみんな神戸の先生です。そして大阪伝法教会の朝比奈先生。松村導男先生。それから蔦田先生の奥様。そして発足から一丸となって働かれた山本岩次郎先生がいらっしゃいます。

さて、こんどは別な角度からですが。蔦田先生たちがバックストンの働きに導きを受けたことで、私たちは間接的にはバックストン先生に近い関りをもっているわけです。賛美歌「しみもとがもけがれもなき」を作詞した笹尾鉄三郎先生もまた、バックストンと関りを持ち、日本の福音派の中で良い影響を与えてくださった方であります。中田重治先生は弘前出身であります。1870(明治3)年生まれ。昭和14年までの活動期間でした。蔦田先生は1906(明治39)年生まれと、だいたいこういう流れ。蔦田先生が1906年とすれば車田秋次先生は1887(明治20)年ですので、もう一世代とまではいかないけれども、蔦田先生の先代の先生でこの方もかたもホーリネスの非常にすばらしい器でありました。

現代にだんだん近づいてきますが、本田弘慈先生、この方が大正元年生まれ。そして2002年にお亡くなりになった。羽鳥明先生は1920(大正9)年生まれ、2017年に召されなさっている。これで働きの年代感覚がわかります。羽鳥先生というとやはり福音伝道教団であります。羽鳥先生もバーネット宣教師の導きで入信しました。福音伝道教団は群馬県や、あの中部地方に重荷をもって伝道した教団です。それからバックストン先生の直系的な流れとして関西聖書神学校があり、小島伊助、沢村五郎というような先生がいらっしゃいます。こういう方々を、日本の福音派として記憶に留めたいそういう方であります。

そして簡単に戦後の福音派というものを見てみますと、宗教法人登録でいちばんはやく日本キリスト教団から脱退し、つまり戦争中、東条内閣によって、多くの教会が強制的に日本キリスト教団にまとめられたという経緯がありますが、そのところから出て新たな福音本来の活動をしようといちばん最初に宗教法人として立ち上がっったのがインマヌエル綜合伝道団であります。その後まもなく車田先生方を中心とした日本ホーリネス教団。その他、日本イエス・キリスト教団というのがあります。この日本イエス・キリスト教団は、移管されたバックストン先生の流れを引き受け包括するというような形でできております。ですから今となればバックストン先生の直系的な流れはとなれば日本イエス・キリスト教団ということになるかもしれません。

それからもう一つ、さっきちょっと出た同盟キリスト教団がありますが、これはアライアンス・ミッションと呼ばれているところでありまして、これも福音的な非常に良い働きをしております。このアライアンス・ミッションの働きから、いのちのことば社などの福音的な出版の働きが出てきたように思います。よくここの宣教師のことをティームの宣教師といいますが、どういうチームなのかなと思っていたのですが、これは、TEAM(ゼ・エバンゼリカル・アライアンスミッション、The Evangelical Alliance Mission)のことですので、日本福音伝道教団というのが所謂ティームの働きになるわけです。主な私たちの身の回りのホーリネス、福音的な教団というのは、このような流れになります。そしてさらにいうのならば本田先生は教会ではなく、日本福音クルセードとか太平洋放送協会、これは羽鳥明先生方が中心となっておられ、そして今そのあとを引き継いだのが、今はイムマヌエル綜合伝道団出版事業部におります矢木良雄先生方です。いのちのことば社のほかにキリスト者学生会、KGKといわれるところ、それから私の救いのきっかけとなった当時は学生キリスト教センターといいましたが、いまはお茶の水クリスチャンセンターOCCというような流れになってきております。これが今私たちを取り巻く福音派の環境です。そして私たちのインマヌエル綜合伝道団がどんなところに位置付けられているかということを知っていただくのにすこしでもお役に立てばというように思っております。

あと残る時間は、私達の信仰の嗣業はということで、聖書、そしてイエス・キリストの十字架、そしてキリストの内住。聖書信仰と贖罪信仰と臨在信仰。これが私たちが持っている大切な信仰の譲りの嗣業の内容です。そして私たちはそれを聖化、宣教と言う角度からも、これらもぜんぶ包括してインマヌエル綜合伝道団の位置づけをと願っております。

 

最後になりますが、その信仰に倣おう、このお言葉を皆さんと一緒に確認をしたいと思います。

まず神のことばです。聖書。これをしっかりと自分の信仰の土台として、

13:7神のことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、覚えていなさい。彼らの生き方から生まれたものをよく見て、その信仰に倣いなさい。

あの先生、この先生というような人、私にとっては蔦田二雄先生というひとですけれども、この人たちのことをしっかりと覚えること。そして大切なことは彼らの生き方から生まれた者、どういうものがその生き方から生まれてきたのか。インマヌエルというこの群れを見たとき、それをよく見て、その信仰に倣いなさい。

そして

13:8イエス・キリストは、昨日も今日も、とこしえに変わることがありません。

決してジョン・ウェスレーだとか、或いは蔦田二雄とか、或いはガントレット、或いは、そういったいま名前が出ていたような人たち、その信仰者にではなく、彼らを斯くさせたのは主イエス・キリストであります。多くの信仰者たちが、みなこの変わりないお方と結びついている。だからこのイエス・キリストというお方は、ウェスレーの交わった、ウェスレーを斯くならしめた神様であり、蔦田二雄を斯くならしめた神様である。そのように思いますと、今私たちも、その方々のありように、イエス・キリストご自身、このお方をしっかりと仰ぎ見て、信仰に倣わせていただきたいと願う事であります。

※今回はレコーダーから起こし、編集させていただいた時点で9017字、400字詰め原稿用紙換算で約2枚分、実にやりがいがありました。
⏰1日遅れで11時34分更新。

  

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更新について

先週の説教の更新は諸般の事情により、できるだけ今日中に更新したく頑張っておりますが、明日になる可能性もございます。宜しくお願い申し上げます。

⏰9時26分

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雑感

 必要なのは休養か。きのうは疲れを覚えて早めに就寝。やはり5時には目が覚める。いつも土曜日に見ていたJ-MEROもMay J.の顔をちょっと見ただけで。無理しない方がいいと体のどこかで警鐘が。それでも早めに対応して夕刻には元気に。
 朝一番の電話が、友人の入院先からの第一報。昨夜中にご子息の付き添いで某病院に救急車で入ったとのこと。その後で、自分の文学の学びの会に欠席の連絡を入れる。最近は原稿を持参することもなく、もっぱら皆様の作品の聞き役に回っているのだが。

 窓の向こうに雲が掛かっている。降るも照るもこの雲次第。
更新のための更新、16時7分。

 

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201023 クラシック倶楽部を聴く  クリストフ・コワン シューベルト演奏会

ナヴァラ、アーノンクールに学んだ古楽の雄、クリストフ・コワン。金子陽子、ジェローム・アコカとの共演でシューベルトが死の前年に作曲した室内楽名作をお送りする。【出演】ジェローム・アコカ(バイオリン)、クリストフ・コワン(チェロ)、金子陽子(フォルテピアノ)【曲目】ピアノ三重奏曲変ホ長調作品100(シューベルト作曲)ほか【収録】2018年4月19日 武蔵野市民文化会館小ホールー番組紹介よりー

 

🎵金子のHPには「コワンたちとの共演では、フォルテピアノのもつ限りない表現の可能性と室内楽のあるべき真の姿を共に提示した」とある。古楽器。モダンのような華麗さにはちょっと距離を置くけれども、遠い時代の空気感、絹の手触りの音色で安らぎをくれる古楽器たち。

今回はナヴァラ、アーノンクールに学んだ古楽の雄クリストフ・コワンの。「アルペジョーネ」が聴きどころかと。シューベルトは1824年、27歳で、開発されたばかりのアルペジョーネのために「アルぺジョーネ・ソナタ」を作曲したが、28年に初演されたときには、もうアルペジョーネが廃れており、バイオリンで演奏されたというのだから、アルペジョーネの短命さがわかる。廃れた理由は、別なコンサートのコメントで聞いた気がするが「音程を変えたりビブラートをかけることができない」などの事情がありそう。音を聴いたところでは、幾分軽みのある分、明るさ、懐かしさを感じさせるのだが、この楽器に底深く力強い響きを望もうとすれば限界がありそう。しかし、アコカ言うに「哀愁を帯び神秘的」でもあると。アルペジョーネはいま世界に20挺ある。そのうちの1挺、たぶん1挺をコワンが所有。20世紀になってからミュンヘンで製作されたもの。シューベルトの思い入れあるこの貴重な音色を聴く機会の一つがこのコンサート。

このジェローム・アコカのバイオリンも古楽器。弦はガット弦。弓も時代に合ったもの。また金子弾くピアノは、金属製のフレームを持たない古いピアノ。フォルテピアノは音の強弱の幅が狭いので繊細なタッチが求められるという。古楽器は照明が当たるだけでも音程が不安定になる」と。温度、湿度の変化に敏感な楽器、長時間の演奏は冷や汗ものなのかも。

シューベルトが30歳で作曲した「ピアノ三重奏曲 変ホ長調 作品100」。これはシューベルトが死の前年182711月に作曲、すでに病んでいた時期。寂寥感、時として絶望感も聴こえる。それでも尚その中に激しさや美しさを探り当てている。「死と乙女」などの傑作もこの時期ではなかったかと。ベートーヴェンが亡くなり、シューベルトはこの葬儀に参列し、翌年には彼自身が亡くなっている。

 

🎧名曲アルバムはメンデルスゾーンの「バイオリン協奏曲ホ短調」、篠崎史紀のバイオリン。

 

⛳音楽中心からそろそろ別なありように切り替えようかと思うたびに、興味のあるプログラムが登場するなどして、ついつい聴き続けている。こんな感じで人生が終わってしまいそうな予感もするが、それは神のみぞ知る。6時45分更新

 

 

 

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201022  クラシック倶楽部を聴く  第16回チャイコフスキー国際コンクール ガラ・コンサート Ⅰ  xセルゲイ・ドガージン(バイオリン)

2019年第16回チャイコフスキー国際コンクールの上位入賞者たちが来日、華麗な演奏を繰り広げた。その中から今回はバイオリンのセルゲイ・ドガージンの演奏を放送する【曲目】歌劇「エフゲーニ・オネーギン」から ポロネーズ、バイオリン協奏曲(以上、チャイコフスキー作曲)他【演奏】セルゲイ・ドガージン(バイオリン)、東京交響楽団(管弦楽)、飯森範親(指揮)【収録】2019年10月8日 東京芸術劇場で収録

「タワーレコード」より

藤田真央が第2位に入賞し、話題となっている第16回チャイコフスキー国際コンクール。ヴァイオリン部門では、2011年に1位無しの第2位に入賞した経験のあるロシアのセルゲイ・ドガディン(30)が念願の優勝。ロサンゼルス在住でアメリカから出場した金川真弓(かながわ・まゆみ)は4位に入賞しました。

ヴァイオリン部門(ファイナル6名中)

1
位 セルゲイ・ドガディン(ロシア)
2
位 マルク・ブシュコフ(ベルギー)
3
位 キム・ドンヒュン (韓国)
4
位 金川真弓 (アメリカ)、アイリン・プリチン(ロシア)
6
位 ミラン・アルアシャブ (チェコ)

セルゲイ・ドガディン
1988
年、6歳でヴァイオリンを始め、2002年にはヴァシリー・ペトレンコ指揮サンクトペテルブルク・フィルの演奏会でデビュー。これまでに指揮者のゲルギエフ、テミルカーノフ、アシュケナージ、スピヴァコフ、ホーネックと、ピアニストではレオンスカヤ、マツーエフ、トリフォノフらと共演しています。

コンクール歴は下記のように華々しく、今後の国際的な活躍が期待される。
2002
年 アンドレア・ポスタッチーニ国際ヴァイオリン・コンクール(Italy) 優勝
2009
年 ミュンヘン国際コンクール(Germany) 特別賞
2011
年 第14回チャイコフスキー国際コンクール・ヴァイオリン部門 第2位(1位無し)
2015
年 第9回ヨゼフ・ヨアヒム国際ヴァイオリン・コンクール(Germany) 優勝
2016
年 第1回アイザック・スターン国際ヴァイオリン・コンクール(China) 2
2018
年 シンガポール国際ヴァイオリン・コンクール 優勝
2019
年 第16回チャイコフスキー国際コンクール・ヴァイオリン部門 優勝

CD
デビューは2008年にドイツのソロ・ムジカ・レーベルへ録音した『チャイコフスキー/ラフマニノフ/プロコフィエフ/ローゼンブラット:ヴァイオリン作品集』。その後、2016年にメロディア・レーベルにショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番を録音(スラドコフスキー指揮『ショスタコーヴィチ:協奏曲全集』の中の1曲)。同年12月にはナクソス・レーベルに『ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン・ソナタ Op.13424の前奏曲 Op.34』を録音しています。
(
タワーレコード 商品本部 板倉重雄)

🎵
4年に
一度のチャイコフスキーコンクールで11年には2位。しかし彼は1位と2位にある開き、差を痛感。さらに4年をかけて再度挑戦し見事第一位。この音楽家の想い! 何としても1位でなければ。バイオリン協奏ニ長調作品35の第一楽章の終わりに差し掛かるころには、聴きながら涙が出てしかたがなかった。ドガージンは曲について、チャイコフスキーの曲には誠実さや美しさがある。この協奏曲はレオポルド・アウアーに献呈されているが、アウアーはバイオリンのできる範囲を超えていると。演奏には技術ばかりでなく体力も必要。繰り返される似たようなフレーズに違った表現をつけなければならないなどと語っている。東京芸術劇場での飯森範親、東京交響楽団との共演では、ドガージンの共演者への感謝の思いと今日ある喜びがあふれていた。
アンコールはパガニーニの「ネル・コル・ピウ」による変奏曲。
ドガージンの経歴など番組中に解説があったが、しっかりと記録しかねたので、タワーレコードから引かせてもらった。

🎧名曲アルバム。
またまた金子三勇士の「月光」。弟子のカールツェルニー、ベートーベンの心の内、作曲に生きる歓喜を探り探し当てるまで、鉱脈に届くまでの逐一を見届けた人物なのであろうか。

⛳6時41分更新

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201021 クラシック倶楽部を聴く  ドビュッシー没後100年記念演奏会Ⅱ 

20世紀を代表する、フランスの作曲家ドビュッシー。その没後100年を記念して日本の名手たちを集めて行われた、珠玉の室内楽作品の演奏会をお届けする。 曲目:ピアノ三重奏曲ト長調から、ハープと弦楽のための舞曲「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」(ドビュッシー)他 出演:吉野直子(ハープ)、小林美恵、川久保賜紀(バイオリン)、川本嘉子(ビオラ)、遠藤真理(チェロ)、三浦友理枝(ピアノ)、上野由恵(フルート)―番組紹介よりー

2018年1124日、フィリアホール(横浜市青葉区民文化センター)

「アラベスク 第一番」(1891)
「弦楽四重奏曲ト短調」(1893)
「パンの笛」(1912
「バイオリン・ソナタ」(1917)

🎵「アラベスク 第1番」は吉野直子のハープ。水の戯れを心地よく。
「弦楽四重奏曲ト短調」は小林美恵、川久保賜紀のバイオリン、川本嘉子のビオラ、遠藤真理のチェロ。第1楽章戸惑い、不安、憂愁。もしかすれば奏者としては互いの音を聴くにも聴きにくい、ただ素晴らしきプロであるからにはこんなたわ言は思いもしない、或いは思っても引っ込めてしまい、楽曲に向き合うものかもしれない。素人感覚では聴きにくい弾きにくいのではと。奏者に難儀をさせるドビュッシーといいながら笑われるのを待っている次第でもある。第2楽章、意表をつく出だしが霊妙さにつながって。第3楽章神妙な鳴りだし。暗い森の底に静まる湖を連想。ビオラとチェロが思慮深く安定感をくれる。ほんとうに深いところでは4人の奏者が同感、共感し寄り添い和する。第4楽章、静かな面がざわつき波立つところにざわり。
「パンの笛」、上野由恵のフルート。
「バイオリン・ソナタ」、川久保賜紀のバイオリンと三浦友理枝のピアノ。この作曲の翌年にドビュッシーは亡くなっているので、病の憂鬱もあるかと思うが、しかしこれは短絡化かと。最後の最後まで自分の曲想を追及し続けたに違いないと。しかし、この旋律が生涯つづいたなら、これはちょっとやるせないなと。第3楽章は霊妙でピュア。

🎧名曲アルバム。ベートーベン「エリーゼのために」。小山実稚恵さんのピアノ。ほろり。円光寺雅彦&東京フィル?であったか。
「テレーゼのために」と記された自筆譜は紛失、その断片が「エリーゼのために」。才能ゆえに多くの令嬢を知る機会はあったろうけれども、実ることがなかったことに涙。「私を愛して下さい」。ベートーベンの魂の声が聞えた。

⛳7時8分更新

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201020  クラシック倶楽部を聴く  ドビュッシー没後100年記念演奏会Ⅰ 抜粋

20世紀を代表する、フランスの作曲家ドビュッシー。その没後100年を記念して日本の名手たちを集めて行われた、珠玉の室内楽作品の演奏会をお届けする。 曲目:ピアノ三重奏曲ト長調から、ハープと弦楽のための舞曲「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」(ドビュッシー)他 出演:吉野直子(ハープ)、小林美恵、川久保賜紀(バイオリン)、川本嘉子(ビオラ)、遠藤真理(チェロ)、三浦友理枝(ピアノ)、上野由恵(フルート)―番組紹介よりー

2018年1124日、フィリアホール(横浜市青葉区民文化センター)

☆ピアノ三重奏曲ト長調(1880)
☆神聖な舞曲と世俗的な舞曲(ハープと弦楽四重奏による)(1904)
☆フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ(1915) 

🎵「ピアノ三重奏曲ト長調」。説得力。「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」。ハープのような響き語感のコメントでは、自然の蔭、緑が移ろっていく、光があたることによって情景が変わる、五感、全身で受け止められている自然。また工場のオートメーション化、機関車などの登場という技術革新への興奮が伝わってくるのだが、なのに静か。両極端なものへの興奮がつたわってくると。「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」これは、プレイエル社が新しく開発したハープの宣伝のためにドビュッシーに作曲を依頼したところが、あまり売れなかったらしい。で、ドビュッシーは従来のハープ用に書き改めたとか。
「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」。コメントでは、フルートとビオラ、ハープの楽器の組み合わせはふつうは考えないのだという。他の曲ではあまり体験しない響きと。1915年に作曲されこの3年後にドビュッシーは亡くなっている。病苦にあっての作曲らしい。コメントを参考に聴くと、三つの楽器がそれぞれに個別の空間に鳴っている、それがむしろそれぞれの楽器を特徴づけて聴かせてくれる。ところが別個であるようで、その底流で、一つのものと捕えられる不思議な感覚が。第一楽章の田園に親しみを覚え、また第3楽章の終曲には、あまり浮かんだことのない語彙「おびえ」、も感じられ、心の底に堆積する淀みも聴こえた気が。ビオラは直截てきに、フルート、ハープはその明るさの側面を保ちながらも暗喩的に。最後の音もばらけているといちどは。しかしそうではなく、それぞれの楽器がそれぞれの楽器方向を向いているとでもいったらいいのか、微妙なずれにある調和が感じられた。ドビュッシーはいわく言い難い。

🎧名曲アルバム。ベートーベン「田園」。大友直人&東京フィル
ベートーベンの田園世界は聴き終えて尚聴こえつづける。

⛳7時2分更新

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201019 クラシック倶楽部を聴く 石田組

カリスマ・バイオリニストの呼び声高い石田泰尚率いる弦楽合奏団「石田組」が登場!繊細かつ熱量溢れる骨太サウンドに弘前の観客が沸いた白熱のライブを放送。―番組紹介よりー

青森県弘前市公開収録 石田組演奏会
(バイオリン)石田 泰尚、(バイオリン)廣岡 克隆、(バイオリン)丹羽 洋輔、(バイオリン)塩田 脩、(ビオラ)冨田 大輔、(ビオラ)萩谷 金太郎、(チェロ)門脇 大樹、(チェロ)玉川 克
2018
71日 弘前文化センター

☆「アイネ・クライネ・ナハトムジーク K.525」モーツァルト:作曲
アディオス・ノニーノ変奏曲」アントニオ・アグリ:作曲
(バイオリン)石田 泰尚
「映画「荒野の七人」のテーマ」エルマー・バーンスタイン:作曲、近藤和明:編曲
「映画「ニュー・シネマ・パラダイス」」エンニオ・モリコーネ&アンドレア・モリコーネ:作曲、近藤和明:編曲
「紫の炎」ディープ・パープル:作曲、近藤和明:編曲
「津軽海峡・冬景色」三木たかし:作曲、松岡あさひ:編曲

🎵 石田組を率いる石田泰尚、クラシック界ではまず見かけない風貌。Wikipediaによれば川崎市出身。明星高等学校国立音楽大学を首席で卒業、同時に矢田部賞を受賞。1994年から新星日本交響楽団コンサートマスター、2001年から神奈川フィルハーモニー管弦楽団ソロコンサートマスター。 神奈川フィルハーモニー管弦楽団やソロ活動だけでなく、石田自身がプロデュースする男性奏者のみの弦楽アンサンブル「石田組」、ピアソラを追及した「トリオリベルタ」、ピアニスト及川浩治の呼びかけで結成されたピアノトリオ「Bee」等、様々なユニットで活躍する。

使用楽器は、1690年製G.Tononi。音色は石田の手になると骨太で繊細、けっこう力強い。

 クラシックを広範にするために、もうすこし何とかできないか、照明をもっとアクティブにするとか、衣装のパターンを打ち破るとか、と考えたことがある。もしかすればこれは石田のそんな模索の結果だったのか。

丸刈りの頭、耳の上あたりに横に4本、縦に2本、斜めに1本の剃りがくっきり。眼鏡はハズキルーペに似た白いフレームに素通しレンズ。最初の衣装は、黒いスーツに黒の皮靴。シャツは濃紺に白の水玉模様、そして胸ポケットには赤いハンカチが。次の登場では、白いフレーム眼鏡に茶色のレンズ、そして長めのガクラン風を着用。ステージ衣装をこれほど細かに注意してみたことは無い。外観、外見、見てくれ、何するものぞ、そんな石田の声がする。ならば肝心の音楽はどうか。

石田が「組員を紹介」とメンバーを紹介。会場に笑い。「メンバーは男だけ。ここにいる7人を好きで尊敬してます。7人もぼくのことが好き(ここでまた会場に笑い)そういう感じでやってます」           

☆「アイネ・クライネ・ナハトムジーク K.525」、地に着いた音色といったらいいか、軽くはない感じがよかった。「アディオス・ノニーノ変奏曲」、この曲は、ピアソラが最愛の父の死に寄せて作曲した「アディオス・ノニーノ」を基にアントニオ・アグリが編曲したものだという。石田のソロバイオリン。この曲、この演奏が石田の本領、ジャズ、ロック、クラシックと何でも弾く石田だが、この曲、この演奏が石田だと納得。「映画「荒野の七人」のテーマ」「映画「ニュー・シネマ・パラダイス」」「紫の炎」、ディープ・パープル曲、近藤和明の編曲。解説では「イギリスのロックバンドが後世に影響を残した曲、石田組の公演には欠かせない、ボーカル・ギターをバイオリン一つでこなす石田のわざが光る」、と。平穏、マンネリズムを抉るシャープさに共感。石田はじけるこの曲がやはり石田の真骨頂。Wikipediaによると、「ディープ・パープルは、イングランド出身のロック、ハード・ロック・バンド。日本では「レッド・ツェッペリン」と並びハードロック・バンドの代表格の一つに数えられ、後のハード・ロック、ヘヴィ・メタル・バンドにも大きな影響を与えた。1976年に一度解散した[3]1984年に再結成した。2016年度に『ロックの殿堂』入りを果たした。」とある。うちにゆらめく幾つもの焔が見える。アンコールに応えるは「津軽海峡・冬景色」。バイオリンがむせび泣く切ない旅情。むせび泣く弦を久しぶりに聴いた気が。飽きさせないこの“強引さ”。

まえに2回聴いているが、そのときの2回分の感想をミックス、合成してみた。
国立にはこういった自由な発想を生み出せる土壌があるのかも。

 

🎧名曲アルバム。ベートーベンの「運命」。【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】現田茂夫 ~オーストリア・ウィーン~番組紹介よりー

🎵1802年32歳で遺書を。アン・デア・ウィーン劇場、200年前そのままの扉の重厚感。「運命」は18081222日、ここで初演。2018年が「運命」「第9」の初演100周年。それからの演奏回数はいったいどれぐらいになるのだろう。
 ONTOMOによれば、ベートーベンにして「運命」の初演、出版後に余分な2小節に気づくということもあったようだ。

⛳6時53分更新。

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きょうのことば

 インマヌエル盛岡キリスト教会20201011()の礼拝メッセージをおつたえいたします。國光勝美牧師、國光ひろ子牧師は、岩手で47年目のご奉仕をしておられます。

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説教題 『喜び歌う福音』(國光勝美牧師)
聖書個所 旧約聖書 詩篇63篇 111

1 神よ あなたは私の神。私はあなたを切に求めます。水のない 衰え果てた乾いた地で 私のたましいは あなたに渇き 私の身も あなたをあえぎ求めます。
2 私は あなたの力と栄光を見るために こうして聖所で あなたを仰ぎ見ています。
3 あなたの恵みは いのちにもまさるゆえ 私の唇は あなたを賛美します。
4 それゆえ私は 生きるかぎりあなたをほめたたえ あなたの御名により 両手を上げて祈ります。
5 脂肪と髄をふるまわれたかのように 私のたましいは満ち足りています。喜びにあふれた唇で 私の口はあなたを賛美します。
6 床の上で あなたを思いおこすとき 夜もすがら あなたのことを思い巡らすときに。
7 まことに あなたは私の助けでした。 御翼の陰で 私は喜び歌います。
8 私のたましいは あなたにすがり あなたの右の手は 私を支えてくださいます。
9 私のいのちを求める者どもは滅び 地の深い所に行くでしょう。
10 彼らは剣の力に渡され 狐の餌食となるのです。
11 しかし 王は神にあって喜び 神にかけて誓う者は みな誇ります。偽りを言う者の口が封じられるからです。

<説教>

 先ず、皆様方から事ごとにお祈りをいただきましたことに感謝を申し上げます。
伝道月間に入って第1週目、この機会に、私は、自分の信仰の位置づけを再確認し整理させていただこうと思っております。

 私どもの課題が大変に好転しているのですが、世の中の方々がこれを耳にすれば、ご利益があったのだと思われるかもしれません。キリスト教ってずいぶんご利益があると見るでしょう。ここで、ほんとうにそのように理解してもいいのかどうか。祈りが答えられるとはどういうことなのか、改めて考え直すときが与えられました。

 何年か前、「百万人の福音」に、フィリップ・ヤンシーというジャーナリストの方がユニークな立場でキリスト教信仰について書いた本が紹介されていました。日本でも出版されています。ヤンシーさんは私たちと同世代。今も活躍している方です。そのヤンシーさんが、アメリカのある祈祷会に出席しました。そこで、証しのある人はどうぞという促しがあった。会衆のお一人が手を挙げて「実はつい先週飛行機が墜落して多くの方が亡くなるという事故がありました。ほんとうは私の子どもが乗るつもりでチケットを持っていたのですが、事情があって乗ることができませんでした。もし乗っていたら墜落した一人となっていたでしょう。神様のお守りを感謝します」と言いました。会衆席には「ハレルヤ」「ハレルヤ」と声があがったそうです。私にはヤンシーさんがこのことを取りあげた感覚がわかります。じゃ、墜落し犠牲になった人たちには神の守りがなかったのか。そう突き詰めてみるとき、事情があって乗らなかったことに感謝し、その結果に単純にハレルヤといえるのか。これが神の恵みであると短絡し、結論付けることができるのだろうか。そのときにヤンシーさんが持ったちょっとしたクエスチョン、果たしてこれが神の恵みといえるのかという疑問は今でも心の中に深くございます。

 お祈りすることにおいては、祈る人が神様から扱われる。例えば大きな病気をした人は、きっと自分の知っている神様にお祈りをするに違いない。それを軽蔑的な響きのあるご利益信仰とかご利益宗教などと一括りにできるのだろうか。それをこの機会によく分析する上で、神を利用して自分の願望を果たす、これがご利益信仰でありご利益宗教であるとこのように定義してみます。今回の私どもの課題においては、私は決して神を利用して自分の願望を果たそうとの思いはないのです。これはご利益信仰ではありません。祈りというのは、祈る人が、ほんとうに扱われるそういう機会であるとこのように思います。それで詩篇63篇のところにもう一度目を留めて頂きたいと存じます。

 この63篇はダビデの詩であることがわかります。そして、「ユダの荒野にいたとき」、これは好んでユダの荒野にいたのでは決してない。ダビデはイスラエルの名君です。神を畏れた歴史的に偉大な信仰者として今も位置付けられています。王位にある彼が最も暗黒な経験をしたときのユダの荒野でのできごとです。具体的に言いますと、彼は自分の愛している子どもアブシャロム、その子どもがあろうことか父親であり王である自分に密かに謀反を企てました。ダビデ政権の中枢に踏み込んで、父王が頼りとしていた側近たちを密かに自分の側に引き込んでクーデターを起こし、ダビデを王宮から追放してしまった。ダビデは命からがら王宮からユダの荒野に逃げ込み隠れました。もしこのときにアブシャロムが一気にダビデを攻め滅ぼそうとしたなら、恐らくダビデはそこで命を落としていたでしょう。けれども、そこに神様の憐れみ深いご配材がありました。アブシャロムの側近にダビデの味方をする者が一人がおり、アブシャロムの耳に入るように情報を流します。あなたの父は歴戦の器であり、いまここで夜急襲をかけたとしても手負いの獅子ほど恐ろしいものはありません。むしろ、父王はいま命からがら何とかユダの荒野にいる。このときこそあなたは自分こそ王であると宣言して大軍を整え、一気にユダの荒野に追い討ちをかけ、父王を滅ぼすのが得策であるとの情報を流しました。

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 このときが彼の最暗黒の状況でした。これを心に留めて、ダビデの心の中を見てください。

1 「神よ あなたは私の神」「あなたを切に求めます」 「あなたに渇き」「あなたをあえぎ求めます」
2「あなたの力と栄光を」「こうして聖所で あなたを仰ぎ見ています」
3 「あなたの恵み」「あなたを賛美します」
4
「生きるかぎりあなたを」「あなたの御名に」
5
「私の口はあなたを賛美し」
6「あなたを思いおこすとき」「あなたのことを思い巡らすとき」
7「あなたは私の助け」
8
「あなたにすがり」「あなたの右の手は 私を支えてくださいます」

 ここでダビデは「あなた」と神様をお呼びしています。「あなた」、これは二人称です。「彼」をではない、第三者の神様ではなく、ダビデにとって神様は「あなた」なのです。最暗黒の状態の中にあって、神様を「あなた」とお呼びすることができる幸い。これがクリスチャンの祈ることのできる大きな恵みです。神様に「あなた」と呼びかけることができる。

 そして、どうでしょうか。たとえば1節に「私はあなたを切に求めます」「私の魂はあなたに渇く」「私の身もあなたをあえぎ求める」。いわんとすることは、祝福を祈り求めているのではないのです。このような暗黒のときに神様を求めている。アブシャロムをこうしてください、ああしてくださいとは祈り求めていない。神様ご自身を求めている。私は祈るとき、祈る私自身が深く扱われることを実感します。神様との深い交わりにあって祈るときに私たちは扱われます。それが非常によく出ているのが4節からのところです。

4 それゆえ私は 生きるかぎりあなたをほめたたえ あなたの御名により 両手を上げて祈ります。
5
脂肪と髄これは最高級のという意味合いであり、脂肪と髄というのは当時のイスラエルの最高級の料理ですーをふるまわれたかのように私のたましいは満ち足りています。喜びにあふれた唇で 私の口はあなたを賛美します。
6
ーといってもこれは石や草の上なのですがーの上で あなたを思いおこすとき 夜もすがら あなたのことを思い巡らすときに。
7 まことに あなたは私の助けでした。
冷たい夜露のくだる野がダビデにとってはうるわしいところとなっていたことがわかります。御翼の陰で 私は喜び歌います。

 これを思い巡らしていたときに、私は一つの経験を思い出しておりました。この教会が北天昌寺町にあったころの事です。きょうは不思議なように当時をご存知のI兄が30数年ぶりかでいらしておりますが。あそこの風呂は薪を燃やすタイプでした。おが屑を圧縮したオガライトを使っておりました。新聞紙で火をつけて風呂を炊いていたのです。ひろ子先生があるとき「ねえ、鳥の声が聞えるよ」というのです。どうも鳥が迷い込んでいるらしい。煙突の蓋をあけて、煤だらけになったスズメを捕まえました。そのときの小鳥の温かさ、生きているってこういうことなんだ。あの温もりの感触が忘れられません。これは図鑑を見ただけではわからないことです。あ、あったかい。生きてるってこういうことなんだ。

 この温かさ、神様の温かさを知ったおことばが7節です。

7 まことに あなたは私の助けでした。 御翼の陰で 私は喜び歌います。
神様が私を御翼の蔭におおってくださる。それまで神様というお方を聖書の中の全能の神様、聖書の中の祈りを聞きたもうお方、聖書の中にこう書いてあるお方というように理解はしていたのですが、それとある意味まったく違って、あのスズメの温かい感触のように神様の温かさが肌で感じられる。謂わんとするところがおわかりでしょうか。頭の中の神様ではなく、このお方に讃美を捧げる時に、神様ってこんなに温かいお方なのだということを祈りというこの交わりの中で体験いたしました。大きな課題に当たっての祈りの中で私がした貴重な体験、神様の温もりを肌で感じることができたというこの事実。聖書の神様から肌で温もりを感じることが出来る。ですから、たとえば8節

8 私のたましいは あなたにすがり あなたの右の手は 私を支えてくださいます。

 この8節を皆さん方はどのように自分に当てはめますか。私のたましいがあなたにすがりつく。すがりつくという言葉を使いましたが、原典でも実際そのような意味の言葉が使われているそうです。払おうとしたって、ほんとうにすがりつく、たとえは悪いですけれども、溺れている人に軽率に近づいてはいけないといいます。自分にしがみつかれてしまう。自分の身動きがとれなくなるから。それでもほんとうに私たちは神様にすがりつくのです。ほんとうにすがりついたときに、神様は、おいそんなにすがりつくなよ、溺れてしまうじゃないかとは決しておっしゃらない。すがりつくとき、神様の温もりを肌で感じることができます。ダビデという人は、そうした人です。それが4節、5節、6節。ここにすがりついて祈る人ダビデのすがたが記されています。そして締めくくりに7節

7 まことに あなたは私の助けでした。 御翼の陰で 私は喜び歌います。

「喜び歌います」。彼は断言しました。喜び歌うということは、これは積極的な祈りです。課題には第一関門、第二関門があるでしょう。悪魔は、いまはこうだけれども、明日どうなるかわからないよ。そういってやってくる。それが一般的であるのかもしれませんが。それでも喜び歌うのです。「主よ感謝します」といって心から歌うこと。神様に喜び歌うことこそ、今私たちが私が為すべきことなのだと示されております。そのときに心に浮かんだのは、しばしばお話ししたネヘミヤ記のおことば「主を喜ぶことはあなたがたの力です」でした。そうだ、主を心から喜んで、いま与えられた神様からの恵みを「主よ感謝します」。その感謝、それは救われた感謝、贖いの恵みの感謝、永遠の命が与えられている感謝、もうさまざまな感謝がそのときにわいてきます。

主を喜ぶことはあなた方の力です

 そうだ、思いっきり感謝し、神に賛美を捧げよう。このように皆さんとご一緒に歩ませていただきたいと思っているところでございます。

※画像は教会からお借りしています。
⛳5時52分更新


 

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雑感

J-MERO

詩吟、和楽器とロックバンドを融合させた和楽器バンド(わがっきばんど)と名古屋に活動拠点をおくエンターテインメント集団、BOYS AND MEN(ボーイズ・アンド・メン)をゲストに迎え、インタビューとパフォーマンスをお届けする。ー番組紹介よりー

司会はフレッシュMay J.

和楽器バンド、尺八・筝・三味線・和太鼓の和楽器に、ギター・ベース・ドラムの洋楽器を加え、詩吟の師範鈴華ゆう子がボーカルを担当。こうして書く気になったのは、このバンド、8月にコンサートをしたらしい。勿論コロナ禍での注意項目をしっかりと遵守。結果、感染者の報告はなかったという。そこで募金活動を行った。社会貢献だ。これが書く気に。「千本桜」海外発信で再生回数1億超! 演奏、衣装、意匠の意外性、賑々しさの底流にある民俗色が魅力であるかもしれない。「月下美人」の「余命の乱舞はプリマさながら」。我が家にあった月下美人、一つところから花芽が二つ出た月下美人が思い出される。ということは、いまはないのだが、その二つの花芽がどのように咲くのか、それとも途中で芽が落ちてしまうかもしれないと見守っていたところ、大きくなった花芽を見事に交差させて家中に香りを漂わせ二つの大きな花を咲かせたのだ。翌日午前中には、力なくしおれてしまうのだが、「余命の乱舞はプリマさながら」。

BOYS AND MEN、ミュージカル感覚か。ひたすら明るく軽やか。926日からツァースタート、で、現在進行中か。「ぜったい負けるなこんな世の中に Yeah!」とエールを送る。

⛳書き上げるまでには味噌汁ができ、栗ご飯が炊きあがっている。家事をそちこちのながら視聴、で、6時59分更新。

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201016  クラシック倶楽部を聴く 小糸恵 パイプオルガン

ヨーロッパでバッハの第一人者として高く評価されているオルガン奏者、小糸恵の7年ぶりの帰国公演。2020年2月22日いずみホール(大阪市)での収録。ー番組紹介よりー

 

演奏曲目 

J.S.バッハ:プレリュードとフーガ ハ長調 BWV545
       〈心よりわれこがれ望む〉BWV727
       前奏曲とフーガ ト短調 BWV535

       〈おお人よ、汝の大いなる罪を嘆け〉BWV622
       プレリュード ハ短調 BWV546/1
       オブリガート・チェンバロとヴァイオリンのための6つのソナタ 第3番 BWV1016より 第1楽章 Adagio(小糸恵編)
       〈バビロンの流れのほとりに〉BWV653
       トッカータとフーガ ニ短調 BWV538(「ドリア調」)

       アンコール:カンタータ第106番「神の時」からソナチネ

小糸の演奏会紹介より、

聴きどころ

バッハ・アルヒーフ・ライプツィヒといずみホールが共同企画で開催した「バッハ・オルガン作品連続演奏会」(2007~2012年)と「バッハ・オルガン作品全曲演奏会」(2012~2019年)では、合計22名のオルガニストたちが出演。彼らはバッハ演奏のスペシャリストばかりで、毎回個性が光るステージで高い評価を獲得しました。
お客様に22名のオルガニストの中から「再登場を希望するオルガニスト」についてのアンケートを実施。アンケートで最も多くの方が再演を希望したのが、今回の出演者の小糸恵でした。
小糸恵は、2013年3月にバッハ・オルガン作品全曲演奏会Vol.2「鼓舞される心」公演で初めていずみホールに登場し、卓越した音色作りとダイナミックな表現力で感動的なバッハの音楽を届けました。その時から交友が続いていた故礒山雅芸術監督の突然の死を悼み、命日である2月22日にいずみホールのオルガンを奏でます。彼女の強い希望で、バッハ研究に尽くした故人へ贈るオールバッハ・プログラムを披露します。

 

世界有数のコンサート・オルガニストであり、特にバッハ演奏のスペシャリストである。
東京藝術大学を経て渡欧し、現代曲初演を含むオルガン音楽の全てのレパートリーとする演奏家として活動。1985年以降、古典作品をレパートリーの柱とし、歴史的資料の研究に基づいた、楽器の選択および演奏法を、独自に展開している。
バッハ作品の優れた演奏者のひとりとして、ヨーロッパ、ロシア、日本、アメリカでコンサートを開催。また、ソリストとしてのみならず、バロックオーケストラやグレゴリオ聖歌隊との共演にも積極的に取り組んでいる。とりわけ、ムジカ・アンティクァ・ケルンとはバッハのカンタータおよびオルガン・シンフォニアやヘンデルのオルガン協奏曲を、アンサンブル・ジル・バンショアとはフランスの古典、前古典やイタリア・ルネッサンス、バロックの作品演奏で共演した。
また、レコーディングも数多く、歴史的価値の高いオルガンを弾き古典をレパートリーの柱とする数々のバロック時代のオルガン作品を発表し、数多く栄誉ある賞を授与されている。2019年8月23日には、Sony/DHMより新CD 「BACK TO BACH」をリリース。
1992年にローザンヌ高等音楽院のオルガン科教授に就任。加えて、英国王立音楽院、オーストリアバロックアカデミー等の客員教授を務めている。また、著名な国際オルガンコンクールの審査員としても頻繁に招かれている。
「ローザンヌ・バッハ・フェスティバル」は、1997年の開始当初より芸術監督を務めており、2012年からは、ローザンヌ・シティ・オペラのバロック・オペラ共同プロデューサー。

 

🎵小糸の来日のとき、武漢でのコロナ禍がグラフ頂点。その後に世界中で。無事に帰られたかと。バッハと生きている方。バッハを理解するためにヨーロッパ各地を訪ね取材、研究。バッハ関連の楽器にはことごとく学び触れているようなのだが、今ではオーボエ・ダモーレやヴィオラダ・ガンバといった古楽器も学んでいるという。これがオルガン演奏に影響、反映されればというのだから奥が深い。
 BWV535、これはバッハがブクステフーデから影響を受けて作曲との解説。コープマンがブクステフーデの研究者だが、その演奏を聴いて私は「もう光あふれる宙、神の恩寵の只中に、あらゆるものが喜びに活き活きと戯れあそび飛び交う感じなのだ。コープマンの神の光、恩寵への向日性だ。」とこのブログに感想を記している。ブクステフーデの影響に成るこの曲がまた小糸恵演奏でさらに緻密な異彩を帯びていると。小糸の編曲によるBWV1016の第一楽章、細密な緻密にはめ込まれ柔らかな光を帯び、量感も感じさせるステンドグラスの響き。


🎧名曲アルバム。シューマン「謝肉祭」。ピアノは伊藤恵
🎵クララの少女時代をイメージした力強く気品あるメロディーも。クララの肖像、あれはデッサンか、たしかにしっかりとした女性がそこに。

⛳7時2分急ぎ更新

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201015 クラシック倶楽部を聴く 福間洸太朗 ベートーベンを弾く

ベルリンを拠点に、ソロ活動のほか国内外の著名なオーケストラとも多数共演。 20歳でクリーヴランド国際コンクールで日本人初の優勝を果たし注目を集める。ベルリンを拠点に、ソロ活動のほか国内外の著名なオーケストラとも多数共演。【出演】福間 洸太朗(ピアノ)【曲目】1.幻想曲 2.ピアノ・ソナタ第24番「テレーゼ」 3.「なくした小銭への怒り」 4.ピアノ・ソナタ第23番「熱情」(以上ベートーベン)【収録】2020年7月15日 すみだトリフォニーホール 小ホールで収録―番組紹介よりー

 🎵番組終了後に福間洸太朗のTwitterをのぞくと、この番組予告とともに、何でも明日のこの同じ時間帯でドイツのラジオ番組で福間の演奏が流れるのだとか。曲はビゼー、アドルノ。アドルノ? 聞いたことがない、とちょっとググってみるとwikipediaには以下のように

アドルノは、マックス・ホルクハイマー、次世代のユルゲン・ハーバーマスらとともにフランクフルト学派を代表する思想家。ナチスに協力した一般人の心理的傾向を研究し、権威主義的パーソナリティについて解明した。権威主義的態度を測定するためのファシズムスケール(Fスケール (心理学)英語版)の開発者であり、20世紀における社会心理学研究の代表的人物である。その一方アドルノがナチス機関誌に発表した批評がナチスへの協力だとして問題視されている[1]

作曲家としても作品を残し、アルバン・ベルクに師事した。アルノルト・シェーンベルクをはじめとした新ウィーン楽派を賞賛する一方、イーゴリ・ストラヴィンスキーパウル・ヒンデミットなどの新古典主義的傾向をもつ音楽や、ジャン・シベリウスリヒャルト・シュトラウスヨーゼフ・マルクスといった、20世紀において後期ロマン主義のスタイルをとり続ける作曲家には否定的であった。また、一貫してジャズポピュラー音楽には批判的な態度をとりつづけた。なお、トータル・セリエリズムの最初期の作品であるカレル・フイヴェールツの「二台のピアノのためのソナタ(作品番号第一)」については「曲の形がはっきりしない」と評した。

 これ以上の脱線を避けてけさの番組にもどるけれども。

 ベートーベンの生誕250年ということで、このように多くベートーベンを聴く機会に恵まれている。1770年生まれだが、日本でいうと江戸後期。その頃はというと、1772(安永1)年田沼意次が老中に。同年江戸で大火。そんな時代に、ベートーベンがこの世に出現。今もって彼の曲はこれほどの頻度で演奏されている。

 福間の演奏、音を聞いたとたん、「若さっていいな」。向かう積極的姿勢、熱といったものが聴こえる。今回は「テレーゼ」、これが2楽章で作曲されていることに今更ながら。「なくした小銭への怒り」、ロマの楽団が弾いている気分で弾くという福間。ロマの影響力、ロマ、それは強烈なのだ、やはり。速いパッセージ、アルペジオ、あまり取り上げられないらしいが、技巧的なところも面白く聴いた。大曲「熱情」。福間の感情表現は曲の構築を見とおしており、3楽章については「速いところもそんなに速くなく」にこだわる。「どこか抑制しながら抵抗しながら弾くところに意味がある」と。

 

🎧名曲アルバムはスメタナの「交響詩 モルダウ」。20万人がヴァーツラフ広場で叫んだ独立、この場面、ゲッティの記録写真が圧巻。この翌年に独立を記念して「モルダウ」が。飯森&N響。

⛳7時更新ならず、一旦朝食を挟んで、8時42分更新。パソのサクサク感が今一。

 

 

 

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201014 クラシック倶楽部を聴く  デニス・マツーエフ ピアノ・リサイタル

とどろく爆音から、限りなく澄み渡る弱音まで変幻自在!ロシア・ピアノの巨人デニス・マツーエフのソロ・リサイタル。ロシア・ピアニズムの正統的後継者と言われる。現在最も「熱いロマンス」の状態になれる作品としてベートーベンのピアノ・ソナタ第17番と第31番を演奏する。「ロシア・ピアニズムの規範は『歌う』こと」「解釈は演奏者の個性によるもので、その民族によるものではない」と語るマツーエフがどんなベートーベンをピアノで「歌って」聴かせてくれるのか。2017年12月9日武蔵野市民文化会館 小ホールー番組紹介よりー

 

☆「ピアノ・ソナタ 第17番 ニ短調 作品312」ベートーベン:作曲
「ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110」ベートーベン:作曲
「即興」デニス・マツーエフ:作曲

 

 デニス・マツーエフ
ロシア、イルクーツク出身。1998年第11回チャイコフスキーコンクール優勝。以来国際的に活躍。ベルリン・フィル、マリインスキー劇場管弦楽団など世界の名だたる管弦楽団と共演。コンクールを主催し若い才能の発掘に尽力している。
コメント
 きょうのプログラムは、私がいま「熱いロマンス」の状態になれるプログラムなのです。愛のプログラム。この2つのソナタにたどりつくのに時間がかかりました。ベートーベンの第17番も第31番も最も深くロマンティックなソナタの一つだと考えています。第31番はロマンティックの最高峰と言えます。第17番は「テンペスト」嵐としても知られていますが、誰もが知る作品です。私にとって第17番と第31番の組み合わせはリサイタルの前半に演奏するのに理想的なのです。私にとってとても大事なことで、リサイタルの出だしというのは最も重要な瞬間なのです。会場のパワー聴衆のパワーをつかむため、というのも聴衆はいつも私を正しく導いてくれるので。日本の聴衆は尊敬するべき人々で大好きです。とても教養があり理解に優れています。日本のホールやピアノも大好きです。会場の雰囲気も好きです。いつも集中力が感じられ洗練されています。

ロシア・ピアニズムとベートーベンについては、才能や個性、解釈に民族による違いはないと思っています。ロシアやソ連のピアノの伝統は今も残っています。ギリレス、リヒテル、ホロヴィッツ、ソフロニッキーといったピアニストたちが偉大な解釈で演奏しました。けれど私はこれらの録音を聴くとき、演奏者の民族を意識していません。ロシアの音楽家の解釈がドイツの音楽家と違うとはいえません。求められることは、作曲家の書いた音楽を奏でること。その上でひとそれぞれ独自の解釈を持っています。何らかの流派の規範があるとは思いません。ただもちろんロシア・ピアニズムの最も重要な規範の一つは、ピアノで「歌う」ことです。ピアノは弦をハンマーでたたく楽器ですが、それでも歌わせなくてはならないのです。これが最も大事なことで、たとえばラフマニノフがそうです。ラフマニノフは私にとって神のような存在なのですが、実際、解釈はその人の才能によるもので、民族によるのではありません。ベートーベンのソナタでいえば、リヒテル、ミケランジェリ、ポリーニ、フィッシャーそれぞれの解釈で、民族は関係ない。私の解釈は偉大な先人のに近いのですが、私にはまったく違うものが生まれると信じています。誰かに影響されずに。どの作品でも勉強するときは、様々な演奏を聴きます。その後、聴くのをやめ、その瞬間、自分独自の解釈が生まれます。私の規範、原則というのは、作曲家が求めるものを弾くことです。その後、そこに入り込み、その人個人の独自な解釈が生まれるのだと思います。

ロマンティックな音楽を演奏することに関しては、ロマンテッィクな音楽は、それを実践できている時に弾かねばなりません。現在、私は最もロマンティックな状態にあります。恐らく私の今の年齢では、様々な作曲家のロマンティックな作品を弾くことが可能です。勿論これは追体験、作曲家に対する感情移入をしてのことです。ステージに上がる演奏家はある意分の解釈、心を通して今日という日にホールに来た聴衆に伝えなければならない。私にとって最も大事な事です。もし演奏家がいなければ、作曲家が作品を書いたときの苦しみ、感情を感じることはとても難しくなるでしょう。もちろんロシアピアニズムについていえば、前にも言ったように、楽器の上で「歌う」芸術です。そしてもちろんどのロマンティックな音楽に対しても、独特な感情、独特な共感があります。演奏というプロセスの当事者でいること、何らかの役に入っていること。その役はまっすぐで正直でなければなりません。ステージの上では正直でなければなりません。わざと何かを作ろう、今日はこういうのをしようとすると、解釈や即興は何も生まれなくなります。必要なのはまず解釈のゆがみなしに作曲家が書いたとおりに弾くこと。すべてはステージの上で起こるのです。作品は体得した、リハーサルも十分した、頭の中に心づもりはある、しかしステージに出てしまえば、全てが純粋にゼロから始まるのです。これから何が起こるのかわからない、つまり、即興、この瞬間のひらめきなのです。「今動き出した」という瞬間が好きなのです。私は自分を管理しません。そこでは何らかの魔法が起きている。いわゆるステージの奇蹟が起こるのです。

🎵以前にマツーエフに関して自分が書いた記事をこのページに転載しながら、2017年当時はよくもこれだけ丹念にコメントを拾っていたものと思う。正直なところいまはここまでの根気がなくなっている。それはともかく、けさ改めて聴いて、マツーエフのよどみなく話すそのリズムが、彼のピアノのリズムにも共通しているところがあるなと。ベートーベンの第17番、粗さと感じたところがあったが、彼の基本的には作曲者に忠実にスタンスからいえば、これがちょっとしたはみだしかとも思えるのだが、しかし200年前の作曲者に忠実であっても、彼がいうステージ上で起こりうる即興というものであろうかと。ここで妙に納得してしまった。彼のポルシェは駆けに駆ける、だが停止すべきところでは停止。有名な美しいラインはそのままに実に美しい。今回は31番の方により神経を傾注。ロシアピアニズムの正統的継承者といわれるマツーエフのコメントからはすこし意外な「ロシア・ピアニズムとベートーベンについては、才能や個性、解釈に民族による違いはない」。けれどもこの31番においては、ロシア・ピアニズムの味わいを玩味させてくれた。
 日本の聴衆への好感を縷々と。「集中力がある」と言ってくれたところで、これはリップサービスではないなと。いま最もロマンティックな演奏ができる年齢にあるという彼は1975年生まれ。アンコールはマツーエフの「即興」。ここでは「私は自分を管理しない」を発揮。ジャズだ。作曲家に従うというある意味の縛りを一気に引きちぎって自分を解放。ピアノのハンマーがランダムにと見えるのだが。乗りに乗りまくるリズムがシャープに。クラシックを飛び出し、自在な感情のほとばしりに任せ、存分に自らに浸り自らが癒されていると見えた。ポルシェのスピード感で鍵を駆け抜ける。スタンディングオーベーションが彼を袖に見送った。

 

名曲アルバム。エルガーの「行進曲 威風堂々」。楽壇の頂点を極めたエルガー。彼が愛した生まれ故郷の町ウスターの風景とともに、代表作である行進曲「威風堂々」をお送りする。【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】角田鋼亮―番組紹介よりー

⛳眩い光が。7時4分更新。

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201013 クラシック倶楽部を聴く 津田裕也 ピアノリ・サイタル

2017年11月、東京都渋谷区のハクジュホールで行われたすべて「無言歌」による津田裕也のピアノ・リサイタルからお送りする。津田裕也は東京芸大、ベルリン芸大で学んだピアニスト。言葉のない歌、無言歌はメンデルスゾーンが生涯にわたって作曲したピアノ独奏曲で、津田は「無言歌は、メンデルスゾーンが個人的に親密な、親しい人にだけに語り掛けているような音楽だと思う」と語る。「ベネチアの舟歌」ほか。―番組紹介よりー

津田裕也
宮城県出身。東京芸術大学および同大学院で学ぶ。2007年第3回仙台国際音楽コンクール第一位。ベルリン芸術大学で研鑽を積む。
豊かな音楽表現、澄んだ音色と評される。

津田裕也コメント
このメンデルスゾーンの無言歌集は、彼の人生の長い期間において48曲書かれているすばらしい曲。メンデルスゾーンの個人的な親密なちょっと親しい人にだけ語りかけるような音楽だと思う。僕が個人的な思い入れがあるのは、「ベネチアの舟歌」で、この「ベネチアの舟歌」は3曲あるんですが、どれもすごくいい曲で、ただゴンドラに乗っている様子を描いているというよりかは、何となくそれを人生にたとえてじゃないですけど、水の上で舟が滑っていくように人生も流れていくみたいな、そういう事を感じたりするのが「ベネチアの舟歌」ですね、僕にとって。僕ベルリンに8年住んでまして、ベルリンの近くの街でライプツィヒがあるんですが、メンデルスゾーンのお家を訪ねたことがあります。今は博物館、彼が使っていたものなどが飾られてあるんですけど、その中で、彼が描いた絵画があり、彼はたくさん絵画を描いていた人で、絵もほんとうに素敵なんですけど、たとえばベネチアのスケッチとかスイスの湖のスケッチとか、ほんとうにち密で繊細で何となく「夏の世の夢」の序曲が聴こえてくるような感じが何となくその絵を見たときにそんな感じがして、ああすごいおもしろいなと思って、ほんとうに彼の音楽と共通する感じがするなと、ピピッときまして、もともと彼の作品を好きだったんですけど、まとめて勉強してみようかなと思いました。 

「無言歌」はメンデルスゾーンが生涯にわたって作曲した48のピアノ曲でぜんぶで8集にまとめられている。表題の多くは出版社によってつけられたもので、メンデルスゾーン自身によるものはごく1部である。歌曲的でありながら言葉に制約されない「無言歌」。

 

「無言歌から 「甘い思い出」 作品19 1
流れるような伴奏と優美な旋律を特徴とする。
「無言歌から「後悔」 作品19 2
ほの暗く感傷的な旋律。
「無言歌から「狩りの歌」作品19 3
6
拍子の躍動的なリズムが特徴的なのだが、波に乗っている感じも出てくる。
「無言歌から「ないしょ話」作品19 4
静かに語りかけるようなメロディー。
「無言歌から 「ベネチアの舟歌」作品19 第5」
この表題はメンデルスゾーン自身によるもの。ベネチア滞在中に作曲。これで第1集を締めくくる。波に揺れるゴンドラを描いている。「ベネチアの舟歌」の表題をもつ無言歌はこの他に2曲書かれている。
「無言歌から「慰め」作品30 3
合唱風の穏やかなテンポの曲。その主旋律は賛美歌にも編曲されている。
「無言歌から「ベネチアの舟歌」作品30 6
「無言歌」第1集と同じく、第2集でも「ベネチアの舟歌」がその最後に置かれている。中間部と後奏に現れる細かいトリルは、夕日にきらめくさざ波を思わせる。
「「無言歌から「失われた幸福」作品38 2
不安をはらんだメロディーに始まり、次第に強さを増していくが、やがて諦めたかのように曲は閉じられる。
「無言歌から「情熱」作品38 5
速いテンポで奏される。躍動感に満ちた曲。音楽は終始さめやらぬ熱をたたえている。
「無言歌から「デュエット」作品38 6
この表題はメンデルスゾーン自身による。のちの妻セシルと出会った時期に作曲された。高音部と内声部に交互に現れるメロディーは、男女の愛の語らいを思わせる。
「無言歌から「浜辺で 」作品53 1
ゆるやかに流れる分散和音にのせて牧歌的なメロディーが綴っられる。
「無言歌から「胸さわぎ」作品53 3
もとは表題なしで出版されたが、自筆楽譜には「舟歌」と記されている。早い分散和音とリズミカルな旋律が不安を駆り立てる。
「無言歌から 「五月のそよかぜ」 作品62 1
クララ・シューマンに献呈された「無言歌」第5集冒頭の曲。簡潔に書かれていて学習者のレッスン曲として人気が高い。
「無言歌から 「ベネチアの舟歌」 作品62 5
「無言歌」第1集と「無言歌」第2集の「ベネチアの舟歌」と同様に、表題はメンデルスゾーンが自身がつけたもの。
津田は今回の演奏で「ベネチアの舟歌」3曲をすべて演奏した。
「無言歌から 「春の歌 」作品62 6
48
曲の「無言歌」の中でも特に有名な一曲「春の歌」は自筆楽譜に記された表題である。
「無言歌から 「失われた幻影」 作品67 2
スタッカートの伴奏と寂しげな旋律は、有名なシューベルトの「セレナード」を思わせる。
「無言歌から「 紡ぎ歌」 作品67 4
「春の歌」と並んで「無言歌」の中でも有名な一曲。少女が回す糸車のように、音楽は終始軽やかに流れる。

🎵今回は津田裕也が特にこだわりを持つ「ベネチアの舟歌」を重点的に聴き学んでみた。津田の思い入れはここかなと思ったのが作品306の「ベネチアの舟歌」。一つの音が多くを語るところ。それが胸にうっとくるのだ。もしかすれば違っているかもしれないが、人生の大半をかけてもいいと思われる部分はここかと私には思われた。せつないまでに語りたい思いが伝わってくる。これまでは「狩りの歌」、「情熱」、そして超有名な「春の歌」に親和していたが、この「舟歌」の音のいわんとするところに耳見開かれたのは一歩前進。そしてここでも解説で聴くクララ・シューマン。献呈された「五月のそよかぜ」のこの5集にいよいよ彼女のすばらしさを想起。

🎧名曲アルバム。シューベルト「魔王」。(バリトン)河野克典,(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)円光寺雅彦 ~ドイツ・ワイマール~
【バリトン】河野克典,【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】円光寺雅彦ー番組紹介よりー

🎵映像の大半がゲーテ関連。河野克典のバリトン、魔王の猛々しさもあらわれて圧巻。もしかこの子どもの心境はシャルロッテ・フォン・シュタインの子どもの本音ではないのか。

 

⛳7時7分更新

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201012 クラシック倶楽部 アンリ・バルダ ピアノ・リサイタル

フランスの巨匠、アンリ・バルダによるリサイタル。日本のステージではショパンやラヴェルで喝采を浴びてきたが、今回はバッハ、シューベルトによるプログラムを披露。2017118日 東京文化会館 小ホール ー番組紹介よりー

プロフィール
エジプト・カイロ生まれ。16歳でパリへ渡り、パリ国立高等音楽院でピアノと室内楽を学び、後にジュリアード音楽院で研鑽を積む。「知る人ぞ知る」その当代無比の演奏、多彩な感情表現にあふれる演奏は、芸術家や音楽家たちの尊敬を集めている。めったに公の場に姿を現さず、その実演に触れられる機会が限られることから「神秘のピアニスト」とも称される。

「平均律クラヴィーア曲集第1巻から 第1番 ハ長調 BWV846」バッハ:作曲
「平均律クラヴィーア曲集第1巻から 第8番 変ホ短調 BWV853」バッハ:作曲
「平均律クラヴィーア曲集第1巻から 第4番 嬰ハ短調 BWV849」バッハ:作曲
「平均律クラヴィーア曲集第1巻から 第19番 イ長調 BWV864」バッハ:作曲
「平均律クラヴィーア曲集第1巻から 第20番 イ短調 BWV865」バッハ:作曲
4つの即興曲 作品142から 第1曲 ヘ短調」シューベルト:作曲
4つの即興曲 作品142から 第2曲 変イ長調」シューベルト:作曲
4つの即興曲 作品142から 第3曲 変ロ長調」シューベルト:作曲
4つの即興曲 作品142から 第4曲 ヘ短調」シューベルト:作曲

🎵さて、この方いったい何歳? ググっても出てこないのだが、青柳いづみこの著書で1941年生まれと。演奏しているバルダの雰囲気に、学校の音楽室にあったバッハやベートーベンのいかめしい顔が重なる。
 けさは無意識のうちにも青柳いづみこ、この方はバルダの演奏に惹かれ、出生地をも含めてバルダを追った方、パリのバルダのアパルトマンでの取材をも重ね『アンリ・バルダ 神秘のピアニスト』を著わす。それこそ理解の届かない演奏に出あうと「もし吉田秀和ならどういうだろうか」と思ったものだが、この方は『翼の生えた指』で吉田秀和賞と。バルダは「19世紀的ヴィルトゥオーゾの生き残り」であるという確信をもったとか。この青柳の聴いたところのバルダをどこまで耳でたしかめられるのか。
 「平均律クラヴィーア曲集第1巻から 第8番 変ホ短調 BWV853」が鳴りだしたとき、世界に引き込まれた。それぞれの音のへやがあり、必要に応じて引き出すというよりも、そう意図しただけで流れ来る。強引さはなく輻湊した感情に適う音が自然に。「4つの即興曲」は第1曲から弾み踊る心。自由なのだ。とにかくあらゆる対象に向かって語りかける。せせらぎが光を放ち笑いながらそちこちの岩に打ちあたってはささやきかけ華やぎを振りまく。明るく温もりがある。2曲はとくとくと淀みなく美しい。4曲活き活きと明るく闊達、縦横無尽に、異次元に抜け出し響く旋律も。

 ほとんど無名である演奏家を見出せる、これは眼力によるのだろう。周囲やメディアに惑わされずに本質を見抜く力、聴き分けられる力とでも。曲の分析、歴史、奏法、演奏家の心理の深い理解も欠かせないだろう。となると、どうもこの先も平凡なリスナーで終わりそうな自分が見える。

 

🎧名曲アルバム。「パリのアメリカ人」ガーシュイン作曲
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)秋山和慶 ~フランス・パリ~番組紹介よりー

ガーシュイン、観光で訪れたパリの喧騒から着想を。曲にタクシーの警笛を生かそうとして理想の音が出る警笛を探し回ったとか。

⛳7時5分更新
土、日の天気がもってくれたことに感謝。

教会ではもう先月からクリスマスに向けて楽器の練習もはじまっている。

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きょうのことば

 インマヌエル盛岡キリスト教会2020104()の礼拝メッセージをおつたえいたします。國光勝美牧師、國光ひろ子牧師は、岩手で47年目のご奉仕をしておられます。

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説教題 『証しする福音』(國光勝美牧師)
聖書個所 新約聖書 テモテへの手紙第一 11217

1:12私は、私を強くしてくださる、私たちの主キリスト・イエスに感謝をしています。キリストは、私を忠実な者と認めて、この務めに任命してくださったからです。 1:13私は以前には、神を冒涜する者、迫害する者、暴力をふるう者でした。しかし、信じていないときに知らないでしたことだったので、あわれみを受けました。 1:14私たちの主の恵みは、キリスト・イエスにある信仰と愛とともに、満ちあふれました。 1:15「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた。」ということばは真実であり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。 1:16しかし、私はあわれみを受けました。それは、キリスト・イエスがこの上ない寛容をまず私に示し、私を、ご自分を信じて永遠のいのちを得ることになる人々の先例とするためでした。17どうか、世々の王、すなわち、朽ちることなく、目に見えない唯一の神に、誉れと栄光が世々限りなくありますように。アーメン。

<説教>

 エペソ書の連講を終えまして、この10月は伝道月間としての学びに入りたく願っております。

 果敢な伝道の証人としてはパウロ先生の存在がございます。もしこの場所にパウロ先生が盛岡の伝道月間の証人として立たれたとすればと、そんな大それた思いを持ちながら、この大それた者が立っております。しかしその思いは決して間違ってはいないはずだと思います。
 第一テモテの113節にあります「私は以前には、神を冒涜する者、迫害する者、暴力をふるう者でした。しかし、信じていないときに知らないでしたことだったので、あわれみを受けました」とあるこのパウロ先生の証しに学びたく願っております。

 

パウロの回心の経験、これは使徒の働きの中に繰り返し証しされております。使徒の働きの9119節をお開き下さい。

9:1さてサウロは、―これはパウロと同一人物で、まだサウロと呼ばれていたーなおも主の弟子たちを脅かして殺害しようと息巻き、大祭司のところに行って、 9:2ダマスコの諸会堂宛ての手紙を求めた。それは、この道―これはまだキリストを信じる者がクリスチャンと呼ばれていない時代であり、この道と呼んでいたーの者であれば男でも女でも見つけだし縛り上げてエルサレムに引いて来るためであった。 9:3ところが、サウロが道を進んでダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。 9:4彼は地に倒れて自分に語りかける声を聞いた。「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。」―彼は、自分の名前を呼ばれて「なぜわたしを迫害するのか」ということばを聞き、その意味するところにきっと大きな衝撃を受けたはずです。彼はダマスコにいるこの道の者を捕えようとしていたのです。それが、天からの声は、「なぜわたしを迫害するのか」と聞える。いったい、この「わたし」という方は誰なのか。―9:5彼が「主よ。あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。 9:6立ち上がって、町―ダマスコーに入りなさい。そうすれば、あなたがしなければならないことが告げられる。」―つまりパウロにはこれから証人としての使命があったわけです。それがここに語られているわけです。― 9:7同行していた人たちは、声は聞こえてもだれも見えないので、ものも言えずに立っていた。 9:8サウロは地面から立ち上がった。しかし、目を開けていたものの、何も見えなかった。それで人々は彼の手を引いて、ダマスコに連れて行った。 9:9彼は三日間、目が見えず、食べることも飲むこともしなかった。


9:10さて、ダマスコにアナニヤという名の弟子がいた。主が幻の中で、「アナニヤよ。」と言われたので、彼は「主よ、ここにおります」と答えた。 9:11すると、主はこう言われた。「立って、『まっすぐ』と呼ばれる通りに行き、ユダの家にいるサウロという名のタルソ人を訪ねなさい。―この固有名詞がタルソという町出身の、という意味なのですがー彼はそこで祈っています。-アナニヤというこの道の者、たぶん指導者のような人でしょう。そこに復活のイエス様が語りかけて「さあ、サウロという人物を訪ねてごらん。そこで彼は祈っているから。これもほんとうに意味のあることばです。祈っているのです。パウロはそれまで、ずっと敬虔なユダヤ教の信徒として祈っていたはずです。しかし、彼のこのときの祈りは、いままでユダヤ教徒として祈っていたこれまでの彼の祈りとは本質的に違っている。「おれはいったい今まで何をしていたんだ。おれはいったい何なんだ、どういうことなんだ」。そこには彼の悔い改めの祈り、ほんとうに真実を求める祈りがあったでしょう。「あなたが迫害しているイエスだ」、わたしはこの方を迫害していたのか。彼は数日間、祈っていた。今はほんとうの意味の祈りをしていた。もしパウロ先生がここで講壇に立ったなら、「わたしはそこではじめて本当の祈りを捧げました」と証ししたでしょうね、そのように思います。―9:12彼は幻の中で、アナニヤという名の人が入って来て、自分の上に手を置き、再び見えるようにしてくれるのを見たのです。 9:13しかし、アナニヤは答えた。「主よ。私は多くの人たちから、この人がエルサレムで、あなたの聖徒たちにどんなにひどいことをしたかを聞きました。-アナニヤはダマスコのこの道の指導者でしょう。このサウロという人が何の目的でここに来たか私は知っています。どんなにひどいことをしたのかを知っているとアナニヤー 9:14彼はここでも、あなたの名を呼ぶ者たちをみな捕縛する権限を、祭司長たちから与えられています。」 9:15しかし、主はアナニヤに言われた。「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子らの前に運ぶ、わたしの選びの器です。 9:16彼がわたしの名のために、どんなに苦しまなければならないかを、わたしは彼に示します。」― そうまで言われてアナニヤはついに意を決して迫害者としてきたサウロのいるところにはいっていきます。―9:17そこでアナニヤは出かけて行って、その家にはいり、サウロの上に手を置いてこう言った。「兄弟サウロ。―兄弟サウロと呼んでいるのです。もうこのときに、アナニヤはもう自分の使命をしっかりと受け止めていたでしょうー「兄弟サウロ、あなたが来る途中であなたに現われた主イエスが、私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです。」 9:18するとただちに、サウロの目から鱗のような物が落ちて、目が見えるようになった。―付け足しですが、あるクイズ番組で「目から鱗」の語源はどこに? 答えは「聖書の中です」というのがありましたが。目から鱗が落ちて目が見えるようになった。―そこで、彼は立ち上がってバプテスマを受け、 9:19食事をして元気になった。

 これがパウロが、私が救われたのはこういうことだったんです、と述べたに違いないところです。彼はそれを必要とあれば何回でもこの事実を繰り返し語ったでしょう。使徒の働きの22章にもございます。

22:1「兄弟たち、父たちよ。いま私が皆さんにしようとする弁明を聞いてください。」
22:2パウロがヘブル語で語りかけるのを聞いて、人々はますます静粛になった。そこでパウロは話し続けた。
22:3「私はキリキヤのタルソで生まれたユダヤ人ですが、この町で育てられ、ガマリエルのもとで私たちの先祖の律法について厳格な教育を受け、今日の皆さんと同じように、神に対して熱心な者でした。 22:4私はこの道を迫害し、男も女も縛って牢に投じ、死にまでも至らせたのです。 22:5このことは、大祭司も、長老たちの全議会も証言してくれます。この人たちから、私は兄弟たちへあてた手紙までも受け取り、ダマスコへ向かって出発しました。そこにいる者たちを縛り上げ、エルサレムに連れて来て処罰するためでした。 22:6ところが、旅を続けて、真昼ごろダマスコに近づいたとき、突然、天からまばゆい光が私の回りを照らしたのです。 22:7私は地に倒れ、『サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。』という声を聞きました。 22:8そこで私が答えて、『主よ。あなたはどなたですか。』と言うと、その方は、『わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスだ。』と言われました。

 あの迫害者パウロがここにいるというので彼を殺そうとする人たちで騒動が起ころうとした。パウロを護衛しなければならない隊長は、大混乱になることを恐れて、いったいこれは何が原因なのか、いったいあなたは何をしたのか、ここで話してくれとパウロに求めたところで3節からパウロの証しが始まるわけです。

「わたしはキリキアのタルソで生まれたユダヤ人ですが、この街で育てられ、ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しく教育を受け、今日皆さんとおなじように神に対して熱心なものでした。ところがダマスコ途上、私は地に倒れ、サウロ、サウロどうして私を迫害するのかというイエス様の声を聞いたのです」。

 それから使徒の働きの26章、パウロはアグリッパ王の前に引き出されたときに、いったい自分がどのような状況であなたの前に立っているのかをアグリッパ王に向かって話している。たとえば12節「このような次第で私は祭司長たちから権威と委任を受けてダマスコへ向かいました。その途中のこと、王様、真昼に私は天からの光を見ました。それは太陽よりも明るく輝いて、同行していた者たちの周りを照らしました……云々」。これが使徒の働きの26章に記されている。ですから彼は、しなければならない証しをいつでも何回でも語っている。パウロ書簡の中にはしばしば自分の救われたあのできごとをベースにして福音を示しているのがわかります。その中の一つとして今日は、第一テモテの1章のところから、かつて私はこういうものでしたという彼の証しに目を留めているわけであります。

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 それを、もうすこし知識を立体的にするために、地図で関係のある地を確認してみましょう。タルソ、これがパウロが生まれた場所です。大きな場所とすればエルサレム。そしてダマスコ。この地とパウロとの関係は、まず彼はタルソでローマ市民権を持ったユダヤ人として生まれます。当時はローマ帝国の時代ですからローマ市民権があればどこへでも自由に行くことができる。そういう特権がありました。一等国民としての優遇を受けることができたのです。

 パウロはユダヤ人ですが、どうして生まれながらのローマ市民権を持つことができたかというと、彼の両親の生業はタルソでテントづくりをしており裕福だったのでお金で市民権を買う事ができた。ローマ市民権を持っている両親から生まれた子供は生まれながらローマ市民としての保護を受ける資格がありました。

 ここで一つチェックしておきたいのは、パウロは、イエス様とだいたい同年代、バプテスマのヨハネとも同年代です。よくプロ野球などで松坂世代というようなことがいわれます。これを何世代といったらいいのでしょうか、イエス様とほとんど同世代に、こんなすごい人たちが生まれたことに思いが到ります。

 パウロはこのエルサレムのユダヤ教を教える教師たちの中でも非常に人々の尊敬を受けている穏健な学者ガマリエルの門下生として、教育をエルサレムで受けることになったわけです。ちょうど彼がガマリエルの門下で学び始めているときに、どうも大工のせがれであるイエスという男が、自分が神であるメシアであると自称し、事実、数々の奇蹟を起こし、崇められ、信仰の対象となっていることを耳にします。イエスの使徒と言われる中心的な者たちは、エルサレムからみればとんでもない田舎のガリラヤの湖で漁師をしている学ぶ機会もないような、―その場合の学ぶ機会というのは、ユダヤ教の律法とか学者としての学びのことなのですが。当時についてよく聖書の中に「無学なただ人」とありますが、律法を専門的に学ぶような機会にも恵まれない者という意味―ガリラヤの漁師たちである。無学な田舎のそういう者たちが、何でも人々を煽動して、宗教運動、メシアの宗教活動をしているという。きっとパウロは、ここで苦々しい思いだったでしょう。それが、人々がメシヤが来たと期待したイエス・キリストは人々の反感を買って、とうとう十字架につけられる。これでナザレの一派、あの連中はおしまいだと思っていたところが、こんどは、よみがえったとたわごとを言っているらしい。殊にもステパノという男は、待ち望んでいたメシアはあなた方が十字架につけたあのナザレのイエス様であると敢然と主張し殉教して果てる。ステパノ、これは「ギリシャことばを話すユダヤ人」でありますけれども。このステパノが人々の反感を買い、とんでもない教えをするものだと怒りを買い殉教してしまう。時間を短縮するために、非常によくまとまっている文章を読ませていただきます。皆さん方もきちんと整理していただけるのではないかと思います。

 「パウロの正義感の矛先はあるユダヤ教グループに向けられました。エルサレムでイエスの弟子であったペテロ、ヨハネなどを中心にナザレ人の一派が形成された。そこに加わる人々は増し続け、大きく成長し始めていました。彼らはナザレのイエスがメシアであると主張して悔い改めを迫り、洗礼の儀式を行っていました。パウロによる迫害の発端は、ギリシャ語を話すヘレニストユダヤ人であるステパノの出現でした。ステパノはリベルテンと呼ばれるギリシャ語の会堂で、力強くイエスがメシアであると宣言したのです。パウロはステパノとの論争の中で、キリスト者の語る福音がモーセの律法を根底から覆す危険性があることを見抜きました。ナザレのイエスがまことのメシアであるのなら、聖書の預言は成就し、神の国が到来したことになるのです。しかし、イエスは偽メシアであり、十字架で処刑された犯罪人です。パウロはメシアの到来を待ち望んでいましたが、イエスは偽物だと確信していたのです。ナザレ人の一派は危険な異端だとパウロの目には映ったのかもしれません。ステパノを処刑することに賛同したパウロは、それ以降、自分自身が先頭に立って迫害を始めました。キリスト者と教会は、イエスという偽ものを真のメシアと主張して神を冒涜しモーセの律法を覆す、危険な教えを広めている。そう考えたパウロは徹底的にこの異端を撲滅することを決意したのです。彼を動かしていたのは、神に対する熱心さでした。それは神に対する正義感と忠誠心です。彼は情け容赦なくキリスト者を捕え投獄しました。そして国外に逃げていったキリスト者にまで迫害の手をのばそうと祭司に掛け合い、権限を受けてダマスコに向かったのです。

 背景がこれでおわかりいただけたと思います。

 ダマスコに向かう途中、パウロは天からの光に照らされ、「サウロ、サウロなぜわたしを迫害するのか」という声を聞きました。パウロは目の前に光輝くすがたで立っている人物が待ち望んでいたメシアである。彼が仕えてきた主ご自身であると理解しました。それで「主よ、あなたはどなたですか」と訊き返しました。するとこれまでの人生を崩壊させるような衝撃的な答えが返ってきたのです。「わたしはあなたが迫害しているイエスである」。パウロは自分が完全に間違っていたことに目が開かれました。偽物だと思っていたナザレのイエスは、本物のメシアであり、しかも神ご自身であったのです。神とその律法に熱心に仕え、教会を迫害したことは神の御心ではなく、自分の身勝手な正義感だったことに気づいたパウロはすぐに自分の過ちを認め悔い改め洗礼を受けました。その日からパウロは、キリスト者となり主イエスの福音を伝えるための宣教者、使徒となりました。迫害者が主イエスキリスト、そして教会に仕える者へとつくり変えられたのです。

 パウロの証し、皆さんどうでしたか。これが私たちが信じている福音なのですよとパウロは証ししているのです。

 

第一テモテ1章に帰りましょう。

1:15「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた。」ということばは真実であり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。 1:16しかし、私はあわれみを受けました。それは、キリスト・イエスがこの上ない寛容をまず私に示し、私を、ご自分を信じて永遠のいのちを得ることになる人々の先例とするためでした。

 彼は「私は赦された罪びとであり、その罪びとのかしらである」ということを生涯持ち続けた、それが彼の信仰の土台になっていたという事はおわかりいただけるでしょう。私はそのときにこのように思いました。

20201005-203259

 神様は私たちの罪を覚えておられるんだろうか。イザヤ4325節にこう書いてあります。

25 わたし、このわたしは、わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない。

 パウロはずっと自分の罪を、特に血を流した自責の念を持ち続けていましたけれども、神様は、わたしはもうあなたの罪を拭い去って、もうあなたの罪は私が思い出さないよ、と仰ってくださるのです。

 私たちはどうでしょうか。私たちはもう自分の犯した罪を忘れ去って思い出さないのではなく、ある意味、こんな者を、犯した罪を赦してくださった神様であるということを、感謝と恵みにあふれる思いで絶えず十字架と赦しの福音をまたしてもまたしても思い起こすことでしょう。よく恩に感じる、感恩の情という言葉が使われますけれども。恩に感じる、それは何か、神の御子がこのお方がこの私のこの罪を拭い去って忘れてくださると神様は仰るこの恩。ああかたじけないと、私たちはいつでもその神の恵みと憐れみに直結して自分たちの罪を思い出します。しかし、サタンは違います。サタンは、古い律法をもって絶えず私たちを、ほら、あなたはこんな罪を犯していたね、こんなことやっただろう、絶えず私たちを夜昼神様の前に訴える存在がサタンです。しかしそのときに、どうか第一テモテの1章にあるパウロの証しを心に留めてください。第一テモテの112節からみなさんと声を合わせてお読みしてきょうのメッセージを締めくくらせていただきたいと思います。

※地図は「新改訳2017」から、イラストは教会からお借りしています。

⏰5時43分更新

 

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雑感

けさ早くから、日曜日にこのブログに載せている説教の起こしをしていたのだが、J-MEROの開始時間にフレッシュMay J.の顔が浮かび、5分遅れかでTVスイッチ・オン。やっていたこととJポップのギャップかで、何か気持ちが切り替わらない。水樹奈々の「ファイヤーストリーム」が強烈すぎる。平井美葉の「海の声」、沖縄旋律のカバー。この年代ではこれぐらいのしっとり感が。野島樺乃の「君をのせて」で落ち着いた気分に。天空の城ラピュタの永遠はこの曲。

 

⛳7時更新となるように7時真直に数行書いて更新。

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201,009 クラシック倶楽部を聴く 紀尾井ホール室内管弦楽団、ウィーン・フィルのメンバーを迎えて

ウィーンこれまで20世紀前半の私的演奏会の作品を中心に活動してきた同楽団のアンサンブル・シリーズ。今回はウィーン・フィルのメンバーとの共演でマーラーの「大地の歌」(シェーンベルク&リーン編曲室内オーケストラ版)を上演。日本オーストリア友好150周年記念。-番組紹介よりー

ライナー・ホーネック(第1ヴァイオリン)、野口千代光(第2ヴァイオリン)、安藤裕子(ヴィオラ)、ゼバスティアン・ブル(チェロ)、助川龍(コントラバス)、カール=ハインツ・シュッツ(フルート)、蠣崎耕三(オーボエ)、勝山大舗(クラリネット)、ソフィー・デルヴォー(ファゴット)、日橋辰朗(ホルン)、武藤厚志(打楽器)、安東友樹子(打楽器)、津田裕也(ピアノ)、西沢央子(ハルモニウム&チェレスタ)
ミヒャエラ・ゼーリンガー(メゾ・ソプラノ)、アダム・フランスン(テノール)

ライナー・ホーネック1984年より国立歌劇場管、92年からはウィーン・フィルのコンサートマスターに就任。2017年にキュッヒルが定年退職した現在、同オーケストラで最も長いキャリアを誇るコンサートマスターとして活躍している。

ミヒャエラ・ゼーリンガー2003年ウィーンのベルヴェデーレ声楽コンクールでオペレッタ部門の第2位(1位なし)に入賞

アダム・フランスン20176月にはイオン・マリン指揮マーラー・チェンバー管と《大地の歌》(シェーンベルク&リーン編)で共演。

🎵
このプログラムの興味は、マーラーのあの大曲を、簡素化、単純化を感じさせずにどのように室内楽に編曲されているのかというところにあった。ホーネックは、オケ版よりも美しいところがあると。室内楽はより集中力が求められ、また作品の深いところまで身を投じて演奏すると語る。今回の紀尾井との共演について、ホーネックは全体の響きの方向性を示し、メンバーはみな高いプロ意識を持っておりリハの段階から理解し合えたという。

この原曲は無伴奏で書かれているようだ。解説によると、当初編曲に取組んでいたシェーンベルクが財政困難で頓挫したのか、それをリーンが完成させている。

最近メゾ・ソプラノに嵌っていることもあり、ゼーリンガー歌う2の「秋の寂しさ」、いまの季節感も相まって、心に。「花の甘い香りは消え失せ 冷たい風が茎をたわめる やがて金色に枯れた蓮の葉が わたしの心は疲れてしまった」。こんな風情にゼーリンガーの声はよく似合う。そして6、「いとしき大地は春になれば花が咲き新緑になる どこまでも永遠に 

かなたは明るく青くなる」次には「永遠に」が5回繰り返され永遠の彼方に自らが消えてゆくように、これは生きてきえてゆくかんじなのだが、遠景となって消えてゆく。

いまちょっと失念したけれども、あの楽器、ゴングと言ったかと思うが。あの打楽器もマーラーを特徴づけている。何かこれが鳴らないとマーラーという気がしないというほどのもの。それこそ身の入った楽器の演奏もマーラー世界を呼び起こしてくれた。フランスンのテノールも素晴らしかった。

🎧名曲アルバム。ブルックナーの「アヴェ・マリア」。(合唱)二期会合唱団,(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)円光寺雅彦 ~オーストリア ザンクト・フローリアン~番組賞騎亜よりー

ブルックナーは自分の気に入ったオルガンの下にいまも眠る

⛳台風南寄りに965ヘクトパスカル。7時更新

 

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201008  クラシック倶楽部を聴く  スウェデン放送合唱団・演奏会

世界屈指のコーラス、スウェーデン放送合唱団。(指揮)ペーター・ダイクストラ。2019年1126日東京オペラシティ コンサートホール
1925年創立、52年からは合唱の神様とも呼ばれるエリック・エリクソンによって飛躍的に成長、世界の合唱ファンを虜に。―番組紹介よりー 

☆「それはの息子であった」ペルト:作曲
3つの聖歌」シュニトケ:作曲
「詩編交響曲」ストラヴィンスキー:作曲、ショスタコーヴィチ:編曲
(ピアノ)ヨハン・ウッレン、(ピアノ)マグヌス・ショルド
「モテット「歌え 主のみ前に新しい歌を」」サンドストレム:作曲
「乙女は踊りの輪に入る」スウェーデン民謡:作曲、アルヴェ:編曲 

                        

🎵サンドストレム、何とか明快な頁を繋ぎたいとググってみたが、的確な頁にたどり着けなかった。ダイクストラのコメントの聞きかじりで、サンドストレムはこのスウェーデン放送合唱団のモチベーション、真骨頂を意識しながら作曲している。ダイクストラは彼を新ロマン派と位置付けているようだ。和声的で歌詞に忠実、美しくというよりも心から心に届くように作曲。「歌え 主のみ前に新しい歌を」は、鮮烈で難しい。和声的で技巧的、しかも超絶技巧を駆使と。久しぶりにわくわく。この合唱団の声の性能の多様さ、歌唱技術の高さに感銘。サンドストレム、2019に亡くなっている。このコンサートの前であったか後であったか確かめようとしたのだが

ストラヴィンスキー:作曲、ショスタコーヴィチ:編曲「詩編交響曲」、ストラヴィンスキーがこんな曲を! だけどどこがストラヴィンスキー的? と思ったところで第3楽章に、ショスタコーヴィッチが1937年に4手ピアノに編曲したというそれが顕著に表れ合唱にも。この曲でこれまで抱いていたストラビンスキーへの意識に1+。弦や楽器、シンバル、とにかくすべてを用いて主をほめたたえよと歌う。ストラヴィンスキーが弾圧に遭い帰れなくなっているときに、敢えてこの詩篇を選び作曲したところに意味の深さとこの曲の真価が。
ペルトの「それはの息子であった」、これはマタイ伝の最初に出てくるイエス・キリストの系図。はじめて読む者には退屈極まりないところ。これを作曲していた人物がいたのだ! 思えばキリストの系図には庶民から王、そして卑しい職業とされていた人々までが入っている。いまだ全部の人物をしってはいないけれども、これもまた実に意味深いことであると思う。

訳は今谷和徳、樋口隆一、民謡は濱田吾愛の各氏。

この岩手、盛岡にもすばらしいカンタータを歌う、歌える集団? がある。ペーター・ダイクストラがスウェーデン放送合唱団をして、「音の混ざり方が明瞭」「フォルテ、フォルテシモが力強さを持続できる」といったが、それができる合唱団が。盛岡バッハ・カンタータ・フェラインがそれだ。ただスウェーデン放送合唱団の方は女性16、男声1632名と声比がとれているが、盛岡バッハ・カンタータ・フェラインは女声が数からいうと圧倒的。しかしそこには何らかの演奏上の操作を用いているのかもしれない。この団体の関係者から聞いてみたことはないけれども。

この番組外のことであるけれども、バッハ・カンタータ・フェラインを率いているのが佐々木正利氏で、きのうこの方の「オペラ講座」の第一回目があった。ベルディの「アイーダ」。DVDによる世界的な歌い手の紹介と、生での声楽を交え、もちろん解説も。まったくオペラに無縁だった初めての友だちも嵌り、「またが楽しみ」といってくれたのが嬉しかった。佐々木正利氏がどのように評価されているかといえば、20数回にわたるヨーロッパ公演でヨーロッパの新聞各社に「シュッツ、バッハの世界的な担い手」、「マタイ演奏史上、最も特筆されるべき演奏の一つ」「音楽と言葉との見事なまでの融合」と絶賛されている。この方もたしかに岩手人。

前後するがシュニトケの「三つの聖歌」のなかにある「主の祈り」は何をどう祈ったらよいかわからないときには役立つと思う。こう祈りなさいとある。別訳ではあるけれども
天にまします我らの父よ。
願わくは御名(みな)をあがめさせたまえ。
御国(みくに)を来たらせたまえ。
みこころの天になるごとく、
地にもなさせたまえ。
我らの日用(にちよう)の糧(かて)を
今日も与えたまえ。
我らに罪を犯すものを我らが赦(ゆる)すごとく、
我らの罪をも赦したまえ。
我らを試(こころ)みにあわせず、
悪より救いいだしたまえ。
国と力と栄えとは、
限りなく汝(なんじ)のものなればなり。
アーメン。

 

🎧名曲アルバム。ドボルザーク「チェロ協奏曲」(チェロ)長谷川陽子,(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)高関健 ~チェコ・ヴィソカー、プラハ~メンデルスゾーン「バイオリン協奏曲 ホ短調」(バイオリン)篠崎史紀,(管弦楽)NHK交響楽団,(指揮)飯守泰次郎 ~ドイツ・ライプチヒ~―番組紹介よりー

2年半のアメリカ滞在中にさっきょくされたこの曲。チェコ、ボヘミアへの郷愁。そのボヘミアの映像は岩手の小岩井農場を思わせる。

⛳まえの書いた内容に書き足して6時52分更新。
とにかく主をほめたたえる、神をほめたたえることが肝心であると当教会牧師からも説教を頂戴したきのうでもあった。

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201007 クラシック倶楽部を聴く  ドミートリ・コルチャック テノール・リサイタル

ロシア生まれのテノール、ドミートリ・コルチャック。ロシア語のオペラや歌曲、そしてロッシーニで評価の高いコルチャックの歌唱をお送りする。2018月3月に東京オペラシティ・コンサートホール収録。―番組紹介よりー

 

ドミートリ・コルチャック :ロシア出身。声楽と指揮法を学ぶ。2004年フランシスコ・ヴィニャス国際声楽コンクール優勝。同年プラシド・ドミンゴ国際オペラ声楽コンクールで受賞。以来、名だたる世界各地の歌劇場で活躍。近年は指揮者としても活動。

(ピアノ)浅野菜生子:桐朋学園大学でピアノと声楽の伴奏法を学ぶ。国内外の声楽家から信頼され共演を重ねている。

ドミートリ・コルチャック コメント

今回はロマンスというテーマでプログラムを組みましたが、このようによく響くホールでの演奏会でピアノ伴奏で歌う場合オペラのやり方は通用しません。声とピアノが一体となって音楽を作り出さなければなりません。ピアノの役割は管弦楽よりも大きく繊細で作品の世界観を描き出さなければならないのです。ピアノの伴奏で歌うのは、管弦楽の伴奏で歌うよりもはるかに難しいのです。レパートリーの変化について、アルマヴィーヴァ伯爵を20歳で歌ったテノールが50歳でも同じというわけにはいかないでしょう。もっと男らしく重みのある声の質も変わりますし。わたしも最近レパートリーを変えました。2年前の来日公演は歌劇「ウェルテル」でしたが、今回は「ホフマン物語」に出演しました。道を模索するうちに出会ったのがフランスの作品で、「トメオとジュリエット」や「ファウスト」などフランスのレパートリーも増やしています。

テーマはロマンス。演奏会の前半はコルチャックの故郷ロシアの歌曲とオペラ・アリアの演奏。


☆「私は嘆く」レールモントフ:作詞、ダルゴムイシスキー:作曲
「歌劇「ラファエロ」から 舞台裏からの歌手の歌「情熱と喜びに心は震え」」アレンスキー:作曲
「歌劇「エフゲーニ・オネーギン」から 青春の日は遠く過ぎ去り」チャイコフスキー:作曲
「歌うな、美しい人よ 作品44」プーシキン:作詞、ラフマニノフ:作曲
                  訳 伊東一郎

         
「「音楽の夜会」から第1曲 約束」メタスタジオ:作詞、ロッシーニ:作曲
「「音楽の夜会」から第8 踊り」ペポリ:作詞、ロッシーニ:作曲
「歌劇「オテロ」から ああ、どうして分かってくれないのですか」ロッシーニ:作曲
「歌劇「愛の妙薬」から 抜粋」ドニゼッティ:作曲
「歌劇「愛の妙薬」から 人知れぬ涙」ドニゼッティ:作曲
「歌劇「ロメオとジュリエット」から「 目覚めよ、きみ」グノー:作曲
「歌劇「ウェルテル」から オシアンの歌「春風よ、なぜ私を目ざますのか」」マスネ:作曲

🎵
歌劇の歌いあげ、歌いこみ、磨き上げに次元の格差を感じる。直截な歌劇の歌詞からは、驚天動地の人間世界を知らされることも多々。チャイコフスキー、ロッシーニの曲と歌詞ともに興味深かった。「音楽の夜会」、どんなにテンポがはやくとも、ことばの隅々までを過不足なく伝えるという歌唱技術に感嘆。「目覚めよ、きみ」の歌詞「純粋にして魅惑の天体」の透過されていくような声質を印象深く。

ロシア生まれのテノール、ドミートリ・コルチャック。ロシア語やイタリア語のオペラや歌曲におけるリリックでつややかな歌声、そして特にロッシーニにおける技巧的な歌唱で高く評価され、最近は指揮者としての活動も開始したコルチャックのエネルギーあふれる音楽をお送りする。「もはや歌は仕事ではなく、人生そのもの。愛する音楽を仕事にすることができて本当に満足」と語るコルチャックの叙情あふれる歌唱を聴く。(「テレビ王国」より)

 

🎧名曲アルバム。メンデルスゾーン「バイオリン協奏曲 ホ短調」(バイオリン)篠崎史紀,(管弦楽)NHK交響楽団,(指揮)飯守泰次郎 ~ドイツ・ライプチヒ~―番組紹介よりー

ライプチヒの映像、ゲバントハウス管弦楽団の根拠地、興味深く。

⛳15時39分更新

15時38分更新

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201006 201006 クラシック倶楽部を聴く  キャロリン・サンプソン ソプラノ・リサイタル

イギリスのソプラノ、キャロリン・サンプソンによる「花に寄せて」と題されたコンサートから。花々や植物にまつわる「歌の花束」をお送りする。銀座・王子ホールで収録。―番組紹介よりー

 

キャロリン・サンプソン はイギリス・ベッドフォード出身。「完璧なコロラトゥーラの技術と豊かで輝かしい歌声」と評され。バーミンガム大学で音楽を学ぶ。バロック演奏でアーノルド・ゴールズボロー賞を受賞。《ポッペアの戴冠》でオペラデビュー。「ヴェルレーヌの詩による歌曲集」で17年エディソン賞を受賞。バッハ・コレギウム・ジャパンのソリストとして度々来日しているようだ。
ピアノはジョセフ・ミドルトン。
サンプソンいうに「花の曲でつなげたアーチを」、選曲してためすのに2日かかったとか。「あまり取り上げられない曲に光を」との意図もあるようだ。サンプソン、「自分を花にたとえると?」と訊かれて、「ジャスミン」とこたえている。そのこころは「歌の中で緑の葉をつけたジャスミンは陽光に目覚めて白い花を咲かせます。その姿が身の回りで変化が起こった時の自分の姿と重なりました。自然の中での成長と開花、私たちもそうあるべきだと思います」。

「歌曲集「乙女の花」作品22」ダーン:作詞、リヒャルト・シュトラウス:作曲
「花言葉 D.519」プラットナー:作詞、シューベルト:作曲
「森で D.738」ブルッフマン:作詞、シューベルト:作曲
「ジャスミンの木 作品274」リュッケルト:作詞、シューマン:作曲
「献身の花 作品832」リュッケルト:作詞、シューマン:作曲
「まつゆき草 作品7926」リュッケルト:作詞、シューマン:作曲
                                                     訳 広瀬大介


「花」ヴィルモラン:作詞、プーランク:作曲
「ちょうと花 作品11」ユゴー:作詞、フォーレ:作曲
「捨てられた花 作品392」シルヴェストル:作詞、フォーレ:作曲
「捧げもの」ヴェルレーヌ:作詞、アーン:作曲
「花」ドビュッシー:作詞、ドビュッシー:作曲
「去年咲いていたリラの花は」ジャム:作詞、ブーランジェ:作曲
「ありったけの花」ロスタン:作詞、シャブリエ:作曲
アンコール
「からたちの花」北原白秋:作詞、山田耕筰:作曲
「野ばら D.257」ゲーテ:作詞、シューベルト:作曲
                  訳 藤木優子

🎵
歌曲の翻訳に関して、コンサート会場では、TVでこのように対応しているほどの翻訳が手渡されているだろうか。ただこれには費用の課題もあるかと思うが。多くはただ美しい声を聴いたというだけで終わってはいないだろうか。74言語に対応できるポケトークもあるこの時代に、音楽の分野でも何とか言語の壁を切り崩す手はないものか。大曲の場合にはステージに翻訳機が設置される場合もあるが、歌曲離れの防御壁となりうるてだての一つは翻訳かと。

 いったい花をどんなふうに表現するのか、これは詩のなかでのことだが。一とおり聴いてみると、女性を、或いは珍しく男性の思いであったり、何れ、愛を、愛の悲しみを仮託。サンプソンの歌は水の面に多様な光をうけたさざ波のよう。

歌曲集「乙女の花」」、この曲での作詞家のダーンの花の取りあげは、1、矢車草。「静かにつつましやか」「くもりなき心」。種まかれた土のそばを楽しみに歩いたのは19年までだった。いまは庭がない。土に息するいのちの芽生え成長を見守る楽しさ。矢車草、たくさんの種は庭じゅうに。2、けしの花。「赤い血がかようすこやかさ」「真っ正直で底抜けに明るい」。庭いっぱいに増え広がり、存在を際立たせるけし。3きづた。どんな花であったろうとググると、やはり見たことがない。常緑のつる性。本州にもあるはずだが気づかなかったのだろう。これをダーンは何と、「物腰やわらかな」「くめども尽きぬ真心と愛」「はじめの愛のからみで一生の運命がきまる」と。たぶん気を付けるとけっこう身近にあるはず。常緑となると、むしろこれからが見つけやすいだろう。4、すいれん。「言の葉は銀波のさざめき」。ほんとうはもっと花の種類が歌われているのかもしれないが。

すいれんの部分を別訳で。これはちょっと直訳的。藤木さんの訳の方が自分の感覚には嵌ってくれたのだけれども。書き落したために。
あの花をご存じか おとぎばなしのような
伝説にもうたわれた すいれんの花を
軽やかで細い茎の上に揺れるのは
透きとおるこうべ色あせて
すいれんが花咲くのは林の中 葦茂る沼
独り沼をめぐる白鳥に守られ
月光だけに照らされ花開く
ともに白銀のきらめきをはなちつつ
かくして咲き誇るすいれんは
麗しき星雲の妹

一般にすいれんに抱くイメージとは違っている。

☆「献身の花 」リュッケルト詞、これは男性が花となって女性を待つという詞。「いつどんなふうに君がぼくのところにやってくるのか」。☆「花」はドビュッシー作詞、作曲。「悲痛にざわつき」、この花の詞全体がドビュッシーの曲全体に通っている感じが。「ユリもあわれに」「性悪の花々」とは大胆、しかし本音だろう。「すべては幻」「苦痛の狭間の緑へと流れ落ちていく」。☆「ありったけの花」。どうもリラの花は重要。リラ色のリラの花、バラ色のバラの花は花の中でも最高、捨てがたいとこういうことか。リラとばらに抜きんでられたシクラメン、ミモザ、ジャスミン、エニシダ、スズラン、アイリス、撫子たち。

アンコール☆「からたちの花」北原白秋詞、山田耕筰曲。☆「野ばら 」ゲーテ詞、シューベルト曲。

「からたちの花」、錚々たる歌曲のあとでは、何か茶の湯の静謐に満たされる空気間で聴いているような心持に。それにしてもからたちのすばらしさは花でもなく、実でもない。わたしは棘にあると思っている。あれほどに美しい棘を私は知らない。青空に、慈雨に緑の鋭利さをびっと突き立てている。これは真理の棘であるとさえ思われる。

 

🎧名曲アルバム。ウィーンの街で絶望と希望のはざまを生きたベートーベン。彼にとって絶望であり希望でもあった音楽は、癒やされることのない魂の悲しみに時を超えて今も寄り添い続けるー番組紹介よりー

けさもベートーベン。金子三勇士の「月光」、ベートーベンの魂に揺れ落涙。

⛳105分でやっと更新。

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201005 クラシック倶楽部を聴く  砂川涼子&与儀巧&栗原正和

砂川涼子&与儀巧 デュオ・リサイタル~沖縄県南城市公開収録~沖縄出身の二人の歌手による歌曲とオペラアリア。沖縄ゆかりの作品も取り上げ、会場は大いに盛り上がった。ピアノ伴奏栗原正和―番組紹介よりー南城市文化センター シュガーホール~

砂川 涼子
沖縄県宮古島出身。武蔵野音楽大学大学院修了後、イタリア、ミラノで研鑽を積む。日本を代表するソプラノ。
コメント 海の美しさ、空の澄み切った感じ、マンゴーのきらきらしている瑞々しさ、彩とかも見ているだけで元気になりますし、いつも当たり前のように接してきたものが私の心の中にある沖縄、ふだん意識していないところもありますけれども、そういうものが無意識のうちに私に元気をくれているのかもしれないと思っています。
「ばんがむり」は、宮古島の方言を使った歌。ふだん会話の中に使うことばじゃないんですが、やわらかい響きだったり、うちの母だったり、祖母だったり、生まれてきた子供にやさしい声で歌ってくれていたということを聞いていたので、そういうものが私も表現できたらいいなと思っています。

与儀 巧
沖縄県金武町出身。国立音楽大学大学院修了。イタリア、ボローニャに留学。全国各地で活躍。
コメント 沖縄は、お祝いやお祭りで必ず親戚のおじさん、おばさんがやってきて、三振弾いて歌って、太鼓叩いて。最後はみんなで躍る。そういう風習がありますので、舞台人として人を喜ばせたり自分をさらけだしたり、そういう舞台人として必要な要素は、沖縄で、誰にも教えてもらわなくても自然と培ってきたんじゃないかなと自負しております。
「芭蕉布」は、僕が中学生の時に、金城のイベントでハワイの方で独唱させていただいたとき、それを歌ったときに、そこのハワイの方々が一緒に口ずさんで、中には涙を流しながら喜んでくださった方がいらっしゃる。沖縄と本州をつなぐ曲のひとつではないかと思って、今後も歌い継いでいきたいと思っております。


「禁じられた歌」ガスタルドン:作曲
「芭蕉布」吉川安一:作詞、普久原恒勇:作曲、中村透:編曲
沖縄の自然と歴史を描いた歌。 

海の青さに空の青
南の風に緑葉の
芭蕉は情けに手を招く
常夏の国 我した島 沖縄
首里の古城の石畳
昔を偲ぶ かたほとり
実れる芭蕉 熟れていた
緑葉の下 我した島 沖縄
今は昔の首里天じゃなし
唐を紡ぎ はたを織り
浅地紺地の 我した島 沖縄

「ばんがむり」宮古島民謡:作曲、中村透:編曲
宮古島の子守歌

我んが守り ぷとぅわさば ヨ~イヨィ
(
我が子守をしてあげるから)
姉が漕ぎ ぷとぅわさば ヨ~イヨ~ホイイ
(
お姉さんがあやしてあげるから)
同士ぬぱな 生りゃしょぅてぃ ヨ~イヨィ
(
友達に抜きんでるような)
あぐぬぱな 生りゃしょぅてぃ ヨ~イヨ~ホイイ
(
同級生たちに抜きんでるような) 
島うすい 照りゃがりゅぅてぃ ヨ~イヨィ
(
島で知られる立派な人になって)
国うすい 照りゃがりゅぅてぃ ヨ~イヨ~ホイイ
(
国で知られる立派な人になっておくれ)  

「童神」古謝美佐子:作詞、佐原一哉:作曲


天からの恵み 受けてぃ 此ん世界に
生まりたる産子 抜身ぬむい育てぃ
イラヨ~ヘイ イラヨ~ホイ
イラヨ~ 愛し思産子
泣くな ヨ~ヤ ヘイヨ~ ヘイヨ~
太陽ぬ光受きてぃ
ゆういりヨ~や ヘイヨ~ ヘイヨ~
勝さあてい給り
夏ぬ節来りば 涼風ゆ送てぃ
冬ぬ節来りば 懐に抱ちょてぃ
イラヨ~ヘイ イラヨ~ホイ
イラヨ~ 愛し思産子
泣くな ヨ~ヤ ヘイヨ~ ヘイヨ~
月ぬ光受きてぃ
ゆういりヨ~や ヘイヨ~ ヘイヨ~
大人なてぃ給り
雨風ぬ吹ちん 渡り此ん浮世
風かたかなとてぃ 産子花咲かす
イラヨ~ヘイ イラヨ~ホイ
イラヨ~ 愛し思産子  
泣くな ヨ~ヤ ヘイヨ~ ヘイヨ~
天ぬ光受きてぃ
ゆういりヨ~や ヘイヨ~ ヘイヨ~
高人なてぃ給り

 
「歌劇「愛の妙薬」から 二重唱「ララ、ラララ」」ドニゼッティ:作曲
「歌劇「ジャンニ・スキッキ」から「私のお父さん」」プッチーニ:作曲
「歌劇「ルイザ・ミラー」から「穏やかな夜には」」ヴェルディ:作曲
「歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」から「私は神のいやしいしもべです」」
チレーア:作曲
「歌劇「アルルの女」から「ありふれた話」(フェデリコの嘆き)」チレーア:作曲
「喜歌劇「メリー・ウィドー」から「メリー・ウィドー・ワルツ」」レハール:作曲
「てぃんさぐぬ花」沖縄民謡:作曲、中村透:編曲


🎵ソプラノの砂川涼子とテノールの与儀巧栗原正和がピアノ伴奏を。
 
南城市文化センターシュガーホール。南城市は人口4万3千。シュガーホールもさとうきび畑を風景としている。
 
ガスタルドン作曲の「禁じられた歌」で始まり、宮古島の民謡「ばんがむり」を砂川。普久原恒勇作曲「芭蕉布」を与儀。「芭蕉布」をハワイで歌ったことがあるが人々が一緒に口ずさみ大変喜んでくれたらしい。沖縄の子守歌には、秀でた者におなり、偉くなりなさいといった内容の歌詞が多いのかもしれない。佐原一哉作曲「童神」、これも慈しみ育てる内容と将来への期待がこめられる。アンコールで歌った「てぃんさぐぬ歌」の歌詞には、天の星は数えることはできるが親の教えは数えることはできない、とか、親はわたしを頼りにしている、など韓国の方の影響が多分にあると思われた。
 
あとは歌劇のアリアが続く。泡盛片手にドニゼッティの「愛の妙薬」。プッチーニの「わたしの父さん」、ヴェルディの「穏やかな夜には」、与儀が愛の裏切りを歌って真に迫った。チレーアの「私は神のいやしいしもべです」を歌う砂川、「私は神の僕、神の言葉をみなに伝える、人の世のドラマを演じるだけ、創造の神に仕えるはかない道具です、柔和になり残忍にもなれるのは神様に忠実だからです」、これもまた真に迫り聴かせてくれた。チアーレの「フェデリコの嘆き」を与儀が片思いの苦しみを切々と。私の心の中にこのとき「悲しみをまもらないようにしている」となぜか聞えて、こちらは心の対処法の一つかと。最後の「メリ・ウィドウ・ワルツ」はただただ華やか美しく楽しく。わが実家にあったSP版の一枚がこれだったが、レハール「金と銀」とあった。沖縄の海の色のドレスの砂川&与儀が「金と銀」の光とシュガーホールに輝いた。

今回で3回目の視聴。以前は沖縄の民謡中心に聴いた。今回はゆったりとリラックスして歌劇のアリアを。圧巻。迫真の演技、歌唱、シュガーホールが別世界に変わった瞬間。現地の反響も最高潮。

🎧名曲アルバム。ベートーベンの「エリーゼのために」。最初のピアノのフレーズに揺れる心。見ればピアノ演奏は小山実稚恵さん。この音をそっと置くようなタッチは小山さんならでは。しばしば落涙。ベートーベンの自筆譜には「テレーゼのために」と書かれているらしい。危機にあるときにテレーゼのその存在がベートーベンに生きる意欲、作曲の意欲をもたらしたのだとか。存在するだけで力をもたらす存在というものがたしかにある。

⛳雨が降っているかいないか、今にもふり出しそう。音楽があれば、こんな朝明けも悪くはない。6時48分更新。

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きょうのことば

インマヌエル盛岡キリスト教会2020年9月2()の礼拝メッセージをおつたえいたします。國光勝美牧師、國光ひろ子牧師は、岩手で47年目のご奉仕をしておられます。

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説教題 『平安-愛・恵み』(國光勝美牧師)
聖書個所 新約聖書 エペソ6:2124

6:21私の様子や、私が何をしているかを、あなたがたにも分ってもらうために、愛する兄弟、主にある忠実な奉仕者であるティキコがすべてを知らせます。 6:22ティキコをあなたがたのもとに遣わすのは、ほかでもなく、あなたがたが私たちの様子を知って、心に励ましを受けるためです。6:23信仰に伴う、平安と愛が、父なる神と主イエス・キリストから、兄弟たちにありますように。 6:24朽ちることのない愛をもって私たちの主イエス・キリストを愛する、すべての人とともに、恵みがありますように。

<説教>

 基本的な流れとしてはエペソ人への手紙を連続的に学んでおります。ただ翌日を敬老の日として控えた日曜日には、一旦エペソ書を離れて別の角度からおことばを開きました。9月の最終聖日の今朝(9月30日)、またエペソ人への手紙に戻りますが、これがこの書の最終の学びでございます。連続講開というには不十分であるかもしれませんが、ともかく連続したエペソ書の学びはきょうまでとなります。振り返りますと、この連講はちょうどS兄が洗礼を受けた日から始まったことを思い、感慨を覚えております。

 コロサイ書とエペソ書は、ほとんど同じような内容ですけれども、どちらかと言えばエペソ書の方ががっちりとした母なる手紙であります。そしてコロサイ書はその従たる書簡と私は位置づけております。エペソ書が主、コロサイ書が従である。両書簡を開けばひらくほどに、パウロという人物がまさしく聖霊に導かれて記した双子のような手紙であると実感しております。

地図挿入

 地図をご覧いただきますと、パウロはローマの獄中で幽囚書簡或いは獄中書簡と呼ばれる手紙を書き、ほとんど同じ地域にあるエペソとコロサイに宛てて出したということになります。

 エペソ人への手紙がどういう構成になっていたかもご確認ください。きょうの御用は皆様にもうひとたびエペソ書を振り返っていただくところに主眼がございます。

20201001-120618

 おおまかに123章と456章、そして正確にいうと6章の半ばからではある6章と、だいたいこのような区割りでエペソ書を学びました。特に前半では「坐す」ということ。それから後半では「歩む」ということ。そして、「立つ」というカギのことばでエペソ書をひも解きました。

「坐す」。クリスチャンの恵みと祝福を深く瞑想、黙想するために必要です。エペソ書の13章には、クリスチャンであるあなた方はこういう世界に生まれ変わっているんですよとあり、3章のいちばん最後のところに、「教会において、またキリスト・イエスにあって、栄光が、世々限りなく、とこしえまでもありますように。アーメン」とお祈りがあります。あと4章、5章、6章とあるわけですけれども、悪魔の策略に対して神の武具をもってよろい、そして堅く立ちましょうという構成になっていることを確認いただけるだろうと思います。

 

 先ず、前半「クリスチャンの恵みを深く思う」で、エペソ書の12節をご覧ください。

恵みと平安があなた方にありますように。

これはパウロ書簡のスタイル、いわばお手紙の締めくくりの定型句ですが、これを念頭に置いて、きょうのところ、エペソ6章の最後の部分2324節をご覧いただきますと、

6:23信仰に伴う、平安と愛が、父なる神と主イエス・キリストから、兄弟たちにありますように。 6:24朽ちることのない愛をもって私たちの主イエス・キリストを愛する、すべての人とともに、恵みがありますように。

 つまりエペソ書は、「恵みと平安があなたがたにありますように」。そして最後の方は、「平安と愛が、父なる神と主イエス・キリストから、兄弟たちにありますように」とあるように、すばらしいおことばで始まり、すばらしいおことばで締めくくられていることを私たちは知ることができます。ああそうだったと頷かれるかと思います。「平安」ということばを最後の学びのこのときに、またすこし形を変えて使わせていただきますけれども、神様からの恵み、平安、憐れみがあるのだということです。

 さて、それはどういうことであるのか。ただ単にことばだけ、定型句であるというのではなく、どういうことなのか。これを1章のところから見ました。

1章のたとえば7「7このキリストにあって、私たちはその血による贖い、その背きの罪の赦しを受けています。これは神の豊かな恵みによることです。8この恵みを、神はあらゆる知恵と思慮をもって私たちの上にあふれさせ、9みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました」と続いていきます。パウロが、さあ、あなた方はクリスチャンになったことを深く思うように、それはどういうことなのか、パウロが私たちに伝えたいのは次のことです。

イエス・キリストの十字架の事実。この十字架上のイエス・キリストこそが、ほふられた仔羊であるということ。血による贖い、背きの罪の赦し、この事実です。

 神学院時代に河村襄先生が仰いました。「信仰から離れるなどということは考えられない。もしそうだとすれば、それは救われていないからに違いない。ほんとうにクリスチャンになり救われているということが何を意味しているかがわかったら信仰から離れるなんて凡そあり得ないことだ」。アーメンです。イエス・キリストの十字架に示された神の愛、罪の赦し、これが私たちの信仰の土台として、ほんとうに一人ひとりに打ち込まれていきますように、その通りだと確信していただければ幸いでございます。

 

 なぜ十字架なのか。なぜ仔羊はほふられなければならないのか。キリスト教というと一般の方々はロマンティックなイメージがあるかもしれません。しかし血の贖いを知るクリスチャンたちは、私たちの主がいかに苦しみを受け、血を流し、そしてよみがえってくださったかを深く心にとめております。

 創世記にございますが、アダムとイブが罪を犯したためにエデンから追放されるとき、神様は動物をほふり皮の衣を作ってふたりに着せました。エデンの園の何の罪もない動物を神ご自身がほふって血を流して、その動物の衣をアダムとエバに与えてくださった。これが私達イエス・キリストの十字架の血潮の原点であります。

 またノアが大洪水のあと、壇の上で全焼のささげものを捧げたということ。血による贖い。そしてヘブル書9章22節には、「律法によれば、ほとんどすべてのものは血によってきよめられ。血を流すことがなければ、罪の赦しはありません」とあります。血を流すことがなければ、罪の赦しはありません。もしそうでなかったならば、神の御子が私たちのために人となっていのちを捨て、苦しみを受けられるそのようなことはなくてよかったはずなのです。血を流すことがなければ、これは本来私たちが神様から裁かれて、律法に適わない者として罪あるものと断ぜられて殺されなければならなかった。滅ぼされなければならなかった。この私たちの代わりに、何と御子イエス様が。この福音の大切なポイントを聖霊によって頷くことができる私たちであることは何と幸いなことでありましょうか。

 第一ペテロにも、血の注ぎを受けるように選ばれた人たちと記されている幾つかを思い起こしていただいたい。私たちの背きの罪。それを正しい義なる神様はそのまま赦すことはできない。それは絶対的に裁かれなければならない。神の義は立たなければなりません。しかし神の愛が、どうしてもそこに現わされる必要がある。そこで御子イエス、神の御子を身代わりにされた。私たちの罪の身代わりに御子が死んでくださった。ここに、神の義と神の愛があらわされている。黙示録で「世の初めからほふられた仔羊」とイエス様をいっているのはそういうことです。イエス様は、世の初めからほふられた仔羊であります。

 エペソ17節にあります「これは神のゆたかな恵みによることです」。ですので、エペソの手紙の最初の挨拶が「恵みと平安があなたがたにありますように」というこの、「恵み」がこれだけ深い意味を持っている。そして、これこそが御心の奥義、福音の奥義ということができます。

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 この「恵み」がどういうものであるのか。「信仰」がどういうものであるのか。この「恵み」は賜物です。イラストのこの手が「信仰」の手です。イエス・キリストの十字架の贖いの恵みを信仰の手をもって受け止める。「恵み」というのは、相応しくない者、価値のない者に無代価で与えられる神の賜物である。これは標準的な神学書に書かれてある「恵み」の定義です。相応しくない者、価値のない者、それは私達です。それは無代価で与えられる神の愛の賜物まさにキリストの十字架であります。

 もう一度信仰とは何かを確認させていただきましょう。それは受け留める行為。そしてもう一つ握りしめる行為。自分の納得した信仰理解を一つご紹介します。

 私は潔(きよ)めの信仰に立つということがなかなかできませんでした。聖会などに出かけては「主よ、すべてを捧げます」といって真心をこめてお祈りするのですが、潔められたという確信が来ない。真心こめて神の前にそう取引をしたつもりなんですが。ある先生に「だったらもうそのまま信仰に立ちなさい」と言われました。何とか自分の心を潔められたいし、その信仰を持ちたいと思っているので、「はい」と言って信仰に立ったのですが、今一つピンとこない。神学院に献身するには潔めの証しを書かねばなりません。林間聖会のとき、「すべてを主に捧げて潔めの信仰に立ちました」とそれを書いて提出しようとそのところまでいきました。入学試験が3月にあって、その年の1月に板橋教会のCS教師講習会に出席しました。インマヌエル以外の教会に行ったのはそれが初めてだったものですから。これが板橋教会だと思いながら見て、そこで1冊の本S..キーンの「信仰の盈満」を、初めて板橋教会に来た記念にと買って帰りました。

 読んでみますと、「あなたはきよめの信仰を受けようとするときに、神様にすべてを捧げています。信じています。きよめてくださいと、いわばこういう待ちの姿勢をもっているのではないか、つまり、きよめの恵みを神様が私の懐にねじりこんでくださるのを待っている。それが何かピカッとする奇蹟だとか、そういう超自然的な何等かのものだという誤解を持っているのではないか。信仰というのは、神様が与えてくださるのをただ待っているだけではない、ありがとうございますといって手を出して握りしめることなのです」とありました。はたと気づきました。僕は確かに潔められることを待っていた。だけどそうじゃない、これだけ神様がすべてのものを準備してくださっているときに、どうして、ありがとうございますといって、こちらから手を出してそれを握りしめないのか。目からうろこが落ちました。ああ、そうだそうだ、そうだよな。握りしめる。心にストンと落ちました。この納得がありましたので、神学院の試験を受けるときに、とても大きな励ましになった記憶がいまもございます。

 信仰とは何か、「さあここに救いがあります。これにつかまればあなたは助かりますよ」というときに、ぜんぶやってくださるのを待っているのではなく、ありがとうございますとつかめばいいのです。これが私達の神様と十字架の救いの信仰である、これを覚えていただければと思います。

 エペソ書の前半123章、ここで私たちがクリスチャンとなるとはどういうことなのかを坐してしっかりと思うように。そして後後半4,56章はこれはもうひも解かせて頂いた部分ですが「歩みなさい」。柔和と寛容を尽くす歩み。寛容を示し、愛をもって耐え、互いに耐え忍ぶ信仰。歩みです。平和の絆で結ばれ御霊による一致、これが4章、いよいよ実践的な部分として、さあこのように相応しく歩みましょうと。

 イエス様の謙遜と柔和の限りを尽くすとはどういうことか。イエス様は百卒長たちにも、或いは隣の強盗からも、お前が神の子ならそこから降りてみろ、そうしたら信じてやろうと嘲られました。十字架刑を控えてゲッセマネで血の汗を流すような苦しみをなさった。これがイエス様の謙遜と柔和であると先ずイメージしていただいたのならば、この方が、どういう在り方をしてくださったのか。私たちは、人間関係や或いはその他身の回り周辺に起こり来ることがらに、もう堪忍袋の緒が切れそうだが自分がクリスチャンなんだから、恵みに生きてるんだから頑張らなくちゃという忍耐力で、今にもつぶれそうでも我慢だ、忍耐しなさいということなんでしょうか。

 そうではなく、ここにあのイエス様のあのゲッセマネで祈られ十字架の上で辱めを受けられたそのお方の忍耐力、わたしが一生懸命頑張るのではなく、そこにイエス様の忍耐、寛容、それはイエス様への信仰によるのです。信仰とは、私たちがしっかりそれを受け留め握りしめることでした。自分で頑張るのではなく、そこにイエス様を当てはめる。

 國光幾代子先生のはなしですが、潔めあるいは信仰、潔めの信仰について「いいですか、数字で1と0を思い浮かべて、1というのは実体のあるもの。0というのは何にもない。クリスチャンにとって1がイエス様、そして何もない0が私です。そして実体のある1というものがあって、そのあとに何もない0というものが多ければ多いほどそれは価値のあるものになってくるのです。自分の虚しさ足りなさというものをしっかりと分かって、そこに実体なるイエス様と信仰をもって結びつくときに、もう限界だというような忍耐のところから、私たちはイエス様に代わっていただける」。このようなことも4章のところから学ばせていただきました。

 エペソ4:3御霊による一致を熱心に保ちなさい。

 これはすべての努力を傾けて御霊の一致を保つように。逆にいうと、逆を真とするならば、それほど私たちは弱いですから、一致というのが保ちにくい。でもそこにほんとうのキリストにある謙遜があるのならば。御霊の一致を保つためのあらゆる努力を払って、一致していきましょう。

 そして、「歩みましょう」と5章に入りました。5章には「歩みなさい」ということばが幾つかありました。5章の2「愛のうちに歩みなさい」8「光の子どもとして歩みなさい」、そしてガラテヤ書516節にも「御霊によって歩みなさい」とあります。愛のうちに歩みましょう。また光のうちに歩みましょう。御霊と共に歩みましょう。

 これらのことをベースにして、エペソ5章の最後のところ、6章と見ていただきますと、これが三位一体の神様が父・御子・御霊がうるわしく統一し一致されている。それがホーリネスの美であるとするならば、それが家庭において、夫と妻との間に於いてもこの秩序に見るホーリネスというものが証しされていくものです。

 こんど6章を見ると「子どもたちよ」というようなところに入っていきます。そこで心に留まりましたのは、4節「父たちよ。自分の子どもたちを怒らせてはいけません。むしろ、主の教育と訓戒によって育てなさい」。これは連続講開の比重からいうのならば、ここにそれほどこだわるべきみことばではないように思ったのですが、ちょうど私はこのところを扱わせていただきましたときに、「怒り」という問題を意識しておりました。それで、全体の比重とは関係なく、この「怒り」という問題を取り上げてみようと導かれました。怒り、これは感情の制御の欠落、或いは、相手の人格否定であります。カインの怒り、或いはヨナの怒りでお話しさせていただいたところでした。怒り、これをどうコントロールし、コントロールできる恵みに成長するのか。それぞれに置かれている環境、状況は違います。

 日常生活の中で祈らないとき、祈れないとき、こういう区別をしてみましょう。祈らないとき、或いは祈れないとき、それは鏡を見るときです。小さいことにイラッとしてしまうことがある。そのときに鏡を見る。それは実際に鏡を見るのではなく、「祈りという鏡」の前に今自分がどんな思いでいるのかをふっと立ち止まってみる。すると、そこにイラッとしている自分の顔が映るわけです。イラッとするときは、それが相手にも伝わる。すぐそこで調整をする。悔い改めます。その繰り返しで成長できます。
 ですからいつでもそんな自分を鏡の前に見たときに、必ず鏡を見て祈る。その鏡の前で自分の今の心の在り方、それは、世の中の鏡では身だしなみでしょうけれども、「祈りという鏡」では、神と一緒に、神と共に歩もうとしている今、私はきちっとした姿で神の前にあるだろうか。このことを探られ悔い改めをお祈りしたり、或いはそこで、ほんとうに寛容さというものを当てはめる。ほんとうにこれは学科だと思うのです。

 ティキコという、パウロにいちばん近くあった人物がいました。パウロは信頼するティキコに自分の手紙を託します。これをエペソの教会に、これをコロサイの教会に、これをピレモンさんにしっかりと渡すように頼んだのです。他の者たちは色々な理由はあるだろうけれども、パウロの傍からみな離れていってしまう。第二テモテ41012節にありますが、しかし、ティキコはパウロに真実に仕えた人物であった。おそらく、パウロはけっこう気性が激しい人だったと思います。確信があるだけに。バルナバと大論争もしている。人には色々なタイプがあることをそこからも学ぶわけですが。そのすごいパウロに、ティキコは長く仕えて、他の人がパウロから去ってしまってもいつでもパウロの近くに居る。このティキコこそ潔められた人であると思われます。

 

 クリスチャンの特権は、それはまず平安です。ヨハネの福音書1427節に「わたしはあなたがたに平安を残します」とあります。エペソ書の最初の挨拶12「恵みと平安があなたがたにありますように」の「平安」です。いつでもイエス様の平安が私達にある。それから愛。これは窮状にある人への同情、神の真実な愛。これは憐れみとまったく同じです。そして恵み。それは受けるのに値しない者への神のご厚意。どうか信仰に伴う愛と平安、そして、エペソ書のいちばん最後624節にある締め括りのおことば「主イエス・キリストを愛する、すべての人とともに、恵みがありますように」を皆さん方と一緒に確認をさせていただいて、この連続公開を締めくくらせていただきたいと、このように思っております。

※画像は教会からお借りしています。

⏰けさは7,543字。5時48分更新です。

 

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雑感

J-MERO。フレッシュMay J.のエスコート。

ゲスト:森口博子、SILENT SIREN
森口博子、うん歳でこの業界で活躍を続けられるのがどれほどすごいことか。機動戦士ガンダムシリーズ、詞に惹かれる。SILENT SIREN、キャンディーみたいな女の子たち。「キミらメチャ、ノリいいやん」。ミュージシャンとしては原宿生まれ。それぞれのコメントからは、「あたりまえの日常がたいせつ」がキラッと。

 J-MEROの前番組でいきものたちが出ていた。朽木を齧りながら木の股に動く、あれもカンガルーの仲間なのかどうか。ハリネズミが土を跳ねあげながら穴を掘り、そこにすとんと収まっている。体中に土がまぶされその上にハリがつき出ている。土だらけの顔にある二つのくぼみ。目だ。森の奥の動物たちの営み。ここにいたんだね。誰にも知られなくとも一生懸命生きているんだね。ふわっと気持ちがぬくもる。J-MEROを聴き終えて6時からのニュースに移行。大方が人間社会の問題のオンパレード。この現実に遠く、無心に、ひとがそう思うほど無心であるかは分からない、文学的な表現で言えるものかどうかもわからないが、ただその世界だけに自然に生きている動物たちに安らぎを覚えた。ただ環境も厳しくなり、このような生き物たちにも確実に生きにくさが迫っているのだけれど。

 

⛳6時55分更新

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201002 クラシック倶楽部を聴く フィルハーモニック・ファイブ×ベートーベン×デジタルアート

ウィーン・フィルのメンバーを中心に結成されたピアノ五重奏団デジタルアートミュージアム「チームラボプラネッツ」での演奏ベートーベンの音楽に新たな光を当てる。【出演】フィルハーモニック・ファイヴ,ティボール・コヴァーチ,エカテリーナ・フロロヴァ,ゲルハルト・マルシュナー,ペーテル・ソモダリ,クリストファー・ヒンターフーバーー番紹介よりー

 

🎵クラシック界のあるオーソリティーが、クラシックの曲には何も付け加えて欲しくないと仰っていたが、この五重奏団の意図するところの「本気」に打たれた。当初は制作、企画の演奏者を巻き込んでのゴリ押しではないかという思いも。ところが、聴き進むほどに納得。「ピアノ・ソナタ 第32番」が編曲により「ルートヴィッヒのラグ」として登板。これはもうベートーベンがジャズに行き着いたというか探りあてたというか、それで有名なのだが、これを皮切りにどう展開するのか興味津々で次に。「ピアノ四重奏曲 作品16 第4楽章」、音で楽しみ視覚で楽しむ。続く「テレーゼの夢」、ベートーベンが愛した女性、なぜかベートーベンの恋愛は成就しない。テレーゼの方がベート―ベンの音楽を夢に見、夢で聴くであったか、そのような思いめぐらしからのコヴァーチの作曲であったかと。「セレナード作品25から」、ここではバイオリンがフルートパートを務める。「交響曲第7番第2楽章」が「シネマ風アレグレット」として登場。これは生涯的に聴いていた楽曲でもあり切々と興味深く。自分に没し過ぎて作曲者の意図から遠ざかってしまったのだが。次の「ピアノ協奏曲 第一番 ロンド」が「ロンドとチャールストン」での登場、1920年のチャールストンへと変化。ここから5重奏の意図が鮮烈に訴えてくる。ここでコヴァーチのコメントが俄然精彩を帯び説得力を効かせる。コヴァーチ語るに、21世紀の美のルネサンス、あの時代の寺院()や大聖堂などの英知、力強さ、美がここにある。彫刻、音楽、絵画、文学は互いに響き合うもの。クラシック音楽の天才ベートーベンはジャズが生まれる100年以上も前にジャズを響かせている。ベートーベンはジャズの預言者。レオナルド・ダ・ヴィンチを筆頭に当時の錚々たる大芸術家の名を連ねて、ベートーベンは彼らと並んで力強いメッセージとともに生き続けると。落涙。ベートーベンは古びない、ベートーベンは未来永劫に新しいというこの5重奏団のメッセージがぎりっと鳩尾に落ちる。たしかに、演奏を聴きながら、大聖堂も見えたと実感した瞬間がある。続く「ピアノ・ソナタ17番 テンペスト」が「カリビアン・テンペスト」とジャズ仕様。どんな仕様をまとっても元曲が映えるベートーベン、21世紀の奏者とデジタルにも映える曲の見事さ、奏者の渾身に感動! 

🎧 名曲アルバム。「交響曲 第6番田園」(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団,(指揮)大友直人 ~ドイツ・ボン、オーストリア・ハイリゲンシュタット~
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】大友直人
ベートーベン使用のピアノ線はふつう1音につき3本のところ1音につき4本。

⛳ベートーヴェンづくしのけさ、感動。7時ジャスト!株式トラブルどこ吹く風と書き足し7時1分更新

 

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201001  クラシック倶楽部を聴く 弦楽三重奏団「天下統一」

アンサンブル天下統一関東初公演!栃木県壬生町城址公園ホール公開収録日本を代表するバイオリン奏者長原幸太、ビオラ奏者鈴木康浩、チェロ奏者中木健二の実力派弦楽トリオによる、至高のベートーベン&モーツァルトの世界なぜ天下統一?インタビューで語るベートーベン 弦楽三重奏曲 ハ短調から第1楽章、モーツァルト ディヴェルティメントK.563から ほか2019年10月25日城址公園ホールで収録―番組紹介よりー

 

🎵クラシックには珍しい名の弦楽三重奏団。チェロの中木健二が徳川家康の出生地である愛知県岡崎市出身であるところかららしい。中木はキングレコードよりCD「美しき夕暮れ」および「J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲」(「レコード芸術」誌・特選盤)をリリース。紀尾井ホール室内管弦楽団メンバー。東京藝術大学音楽学部准教授。第11回名古屋音楽ペンクラブ賞受賞。使用楽器はNPO法人イエロー・エンジェルより貸与されている1700年製ヨーゼフ・グァルネリ。ついでに日本音楽財団所有の名器はこちら
 読売日本交響楽団コンサートマスターの長原幸太のバイオリン、鈴木康浩のビオラ。鈴木康浩は2001年よりドイツのカラヤン・アカデミーで研鑽を積んだ後ベルリン・フィルの契約団員となり、04年秋帰国。現在読売日本交響楽団ソロ・ヴィオラ奏者。読響との関りが深い三重奏団。久方ぶりに読響の頁も訪問。コバケンが出ていたが懐かしい。

けさはモーツァルトのみを聴く。ヴェルティメントK.563、これが第6楽章まである。これが「ジュピター」を作曲してすぐにまた作曲されており、無尽蔵の音の泉にまたもや! 曇る盛岡の空を窓外に曇り硝子が透明になっていくかの心境に。

wikipedia:モーツァルトはディヴェルティメントと題した曲を20曲以上作曲しているが、弦楽三重奏の形態をとるものはこの変ホ長調K.563のみである。このK.563は6つの楽章からなり「ディヴェルティメント」と題されてはいるが、ディヴェルティメントに特有の娯楽性を目的としたもののみならず、もっと高い音楽性を指向しているのが特徴である。室内楽曲としての書法としては弦楽四重奏からヴァイオリンを1本欠くため難しくなるが、各楽器を均等に扱いつつ精緻な作曲技法を施し、構成的にもしっかりしたものにすることにより、モーツァルト晩年らしい作品になっている。演奏技術的にも高いものを要求し、各楽器は時には協奏曲のような妙味も見せ、モーツァルトの他の弦楽四重奏曲などより難度は高い。


🎧名曲アルバム。ベートーヴェン「運命」
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】現田茂夫 ~オーストリア・ウィーン~
指揮者が扉を重くたたこうが軽くたたこうが、開かれるや否や、この曲はもう“この紋所”の前に言葉が引っ込む。

⛳10時2分 更新

 

 

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