« きょうのことば | トップページ | 20630 クラシック倶楽部を聴く ぺトラ・ラングの歌曲リサイタル »

20629クラシック倶楽部を聴く  ヴァンサン・ル・テクシエ、野島今日子によるデュオ・リサイタル

ヴァンサン・ル・テクシエ、野島今日子によるデュオ・リサイタル。メシアンゆかりの曲目を集めた公演で、バリトンの歌唱、そしてピアノ・ソロによるプログラムから。-番組紹介からー

🎵番組紹介を昨日のうちに見てしまい、夕食以降は専らネットでメシアンの追っかけになってしまった。この放送分については2019111日の筆者のブログに簡単にメモってある。 

☆バッハのマタイ受難曲から「清めよわが心」
☆メシアンの鳥のカタログから「キガシラコウライウグイス」、これは音楽と言葉を巧みに掛け合わせて見事に融合させているという。
☆ドビュッシー作曲、ヴェルレーヌ作詞「はなやかな宴 第2集」
☆ラヴェル作曲、ルナール作詞「博物誌」
☆三木露風作詞、山田耕筰作曲「あかとんぼ」

 

ヴァンサン・ル・テクシエを野島が公正で偏見のなく、隔てなく接してくれるそんな彼そのままの音楽をやってくれると紹介しているが、その通りの印象。こんなふたりの人柄にも惹かれての視聴。「清めよわが心 私はこの手でイエスを埋葬したい」と歌うに相応しい方かと。野島の「キガシラコウライウグイス」も面白く聴いた。それにしてもメシアン、77種類もの鳥の鳴き声を音に変換するとは!鳥のカタログは全7巻13曲にわたる。ラヴェルの「博物誌」、ルナールの詞も驚くべきもの。たとえば「クジャク」はというと、番組の訳とは違うかもしれないが次のよう。

今日こそ間違いなく婚礼の式のはずだ
それは昨日のはずだった。着飾って、彼は準備していたのだ
彼は花嫁だけを待っていた。彼女は来なかった。遅れるはずがないのに。
意気揚々と、彼はインドの王子のような足取りで歩き回り 
豪華な贈り物を身に着けて持ち運ぶ。
愛する心がその色彩のまばゆさを高め 頭の毛は竪琴のように震えている。
花嫁はやってこない。
彼は屋根のてっぺんに登り 太陽の方を見つめる。
彼は悪魔の叫びを投げつける。
レオン! レオン!
こんな風に彼は花嫁を呼ぶのだ。だが誰もやってこないし誰も返事をしない。
家禽たちも慣れっこになって頭を上げようとすらしない。
彼らも感嘆するのに飽き飽きしているのだ。
彼は庭へと降りてくる、自分が美しいと確信しているので腹を立てることすらしないのだ。
彼の婚礼は明日に延びるだろう。
そこで今日の残りをどのように過ごすか分からずに、彼は玄関の方へと歩いてゆく。
そして階段を上ってゆくのだ、まるで神殿の階段のように、正式なステップで。
彼は婚礼衣装を持ち上げる その裾はもはや取れなくなった目玉でとても重くなっている
彼はそのセレモニーをもう一回繰り返す。

この番組とは関係ないけれども、というより関係ないわけではない、メシアンのはなし、
メシアンの「トゥーランガリラ交響曲」の第5楽章[星たちの喜び]、これを聴いているうちに大曲の花火を思い出した。あの花火が、この曲の中に大輪、中輪、小輪とバチバチと爆ぜている感じさえするのだ。誰か花火師の方がこの曲のイメージで花火をこしらえてはくれないものか。

 

🎧🎵名曲アルバム。ムソルグスキー「展覧会の絵」
【指揮】渡邊一正,【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
貧困の果てに急逝したロシアの画家、ガルトマン。彼の友人だったムソルグスキーは、遺作展を訪れ、魂を揺さぶられる。二人の魂が共鳴し、傑作「展覧会の絵」は誕生した。ー番組紹介からー

はじめて「展覧会の絵」を聴いたとき、筆者はルーブルに、エルミタージュに展示されてあるような錚々たる巨匠の絵画を想像して聴いていたのだ。それがムソルグスキーにインスピレーションを与えたのは無名の画家ガルトマンの魂だった。ガルトマンの無念、そしてムソルグスキーの無償の行為に感銘したガルトマンの魂の喜びからのインスピレーション!

⛳10時53分 更新

|

« きょうのことば | トップページ | 20630 クラシック倶楽部を聴く ぺトラ・ラングの歌曲リサイタル »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« きょうのことば | トップページ | 20630 クラシック倶楽部を聴く ぺトラ・ラングの歌曲リサイタル »