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2019/7/5クラシック倶楽部を聴く

ナタリー・シュトゥッツマン&オルフェオ55 演奏会
2018515日 紀尾井ホール~

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ナタリー・シュトゥッツマンのコメントの一部
歌と指揮を同時におこなうことについては、私の脳が二つのパーツで構成されているのかもしれません。私にとって「声」はずっとメインの楽器でした。ピアノやチェロなども学びましたが、声がもっとも自分を表現しやすかった。だから「二つのことを同時にしている」という感覚はありません。自分もアンサンブルの一部といった感じです。歌のパートは徹底した準備が必要です。本番では歌で体を使うので、オーケストラに細かい指示を出せません。ですからリハーサルではオーケストラの準備を入念に行います。もちろん負担は大きいです。でも作品全体を自分で表現できる至福を味わうことができます。最高ですよ。最近は指揮活動の方が増えました。指揮者になることは夢でしたので嬉しいです。偉大な指揮者たちに支えられて多くのすばらしい機会に恵まれています。でも歌手を辞めたわけではありません。指揮の割合が増えてきたということです。いまはノルウェーのオーケストラの音楽監督とアイルランド放送交響楽団の首席客演指揮者も務めています。オペラの指揮もします。このあいだワーグナーの「タンホイザー」の指揮をしましたが大変でした。でも私自身は何も変わっていません。音楽家であるということは「生き方」だと思うのです。指揮者であろうと歌手であろうと音楽家であることに変わりはありません。私は音楽ができれば幸せなのです。

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☆「協奏曲 第1番 ヘ短調から ポコ・アンダンテ」ドゥランテ:作曲
☆「歌劇「ポンペオ」から 私を傷つけないで」アレッサンドロ・スカルラッティ:作曲
☆「歌劇「ジュスティーノ」から この喜びをもって会おう」ヴィヴァルディ:作曲
☆「歌劇「アルミード」から パッサカリア」リュリ:作曲
☆「歌劇「救われたアンドロメダ」から 太陽はしばしば」ヴィヴァルディ:作曲
☆「オラトリオ「敵の将軍ホロフェルネスに勝って帰るユーディット」から 気まぐれの風にもてあそばれ」ヴィヴァルディ:作曲
☆「歌劇「みやびなインドの国々」から 未開人の踊り」ラモー:作曲
☆「パッサカリア」ファルコニエーリ:作曲「踊れ、優しい乙女よ」ドゥランテ:作曲
☆「愛の喜び」マルティーニ:作曲
☆「歌劇「オリンピアーデ」から 私は苦しみながらも震えている」ヴィヴァルディ:作曲

🎵

シュトゥッツマンのコントラルト、嘆き、憂い、怒り、苦悩、忍耐を浄化しうたいあげる。その奥に底光りを放つ黒い、青い宝石のよう。実に魅力的だ。そしてまるで空中の酸素のかわりに優しさと雅さ、繊細さで呼吸、息をしているようなオルフェオ55。シュトゥッツマンの響きに寄り添うオルフェオ55の柔らかな響き。まえにも聴いているけれども、今回より深く身近に心に落ちた。シュトゥッツマンの歌う歌詞の内容を包み、強弱の別はあれ、そこはかとない包容力に満ちて流れるこの絶妙さ。去年の5月に来日し手堅く篤く厚く熱い支持を得ているところから、またの来日が期待できそう。上京してでも聴きたいところだ。
シュトゥッツマンには女性ながら胆力も感じられ、決して尻ごみしない精神力がやはり彼女を指揮者に駆り立てたのだろうか。

 

以下、3曲の詞からの抜粋

どうか私を傷つけないで
蛇よりも毒蛇よりも残酷で
私のため息に耳も傾けない
高慢で理性を失った残忍な瞳よ
おまえは私を癒すことができるのに
私が弱るのを楽しんでいる 

太陽はしばしば
さらに美しく優雅に思えるのは
空に輝いて
つい直前まで
暗い雲に覆われていたとき
そしてほとんど波もない静かな海が
時々姿を現すとき
それまで激しい嵐が吹き荒れていたのに
激しい嵐がつい直前まで吹き荒れていたのに

愛の喜びはつかの間のことだが
愛の悲しみは一生続く

日本の歌曲の詩とは一味ちがうところか

 

🎧
名曲アルバム。「アルプス交響曲」リヒャルト・シュトラウス作曲

【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】田中良和

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⛳さらに数々いれたいところだが、時間切れ、きょうも大忙し 7時17分 更新

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