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クラシック倶楽部を聴く

ミシェル・ダルベルト(ピアノ)…ドビュッシー没後100年を記念して行われたコンサートから
~2018年11月1日 浜離宮朝日ホール~
☆「幻想曲 ヘ短調 作品49」、ショパン:作曲
☆「映像 第1集」、ドビュッシー:作曲

  

藤倉大・個展…イギリスを拠点国際的に活躍する作曲家、藤倉の「個展」から3曲
~2018年10月20日 ハクジュホール~
☆「Moment(モーメント)~チェロのための~」、(チェロ)新倉瞳
☆「夜明けのパッサカリア~ソプラノのための~」、(ソプラノ)小林沙羅
☆「Halcyon(ハルシオン)~クラリネット、バイオリン、ビオラ、チェロのための~」
(クラリネット)吉田誠、(バイオリン)篠原悠那、(ビオラ)中恵菜、(チェロ)笹沼樹

ダルベルト、深く輝くような音色とされているが、目まぐるしく変幻する「幻想曲」も、深い底でそれぞれのフレーズがしっかりとダルベルトの芯に握られ演奏されており、聴く側に味わいを捉えさせてくれるという感じが。「映像 第1集」、特に『水の反映』が、これほどに写実的に、水の動き繊細な光の移ろい、揺蕩うもの、底にのぞくもの、水面に遊ぶ陰までを繊細に描出。何ともいわれぬ美しさ。
 藤倉大・個展、どこもかしこもぴっかぴっかの斬新さ。セピアの色がまったくない。「Moment(モーメント)」、ほとんどがピッチカート。行き場がない、逃げ場がないとも感じられる。最後は弓が弦をひと撫でして閉じられるのだが、それが愁嘆とも聴こえた。「夜明けのパッサカリア」、詩の内容はけっこう濃厚なのだが、時折の客観視が、決して通俗的にさせない。これを歌いきった小林沙羅氏に「超いいね!」。「Halcyon(ハルシオン)」、初っ端から驚天動地。三つの弦が重音のときでさえ、互いに不興であり、異質であり、ややもすると小突き合っているとさえ聴こえるのだが、そう聴こえさせながら重音が成立しているところは驚愕。最後部分、クラリネットの諭しで他の弦がはたと自己主張をたたんで静かに閉じられる。
 時代にぎっかりと全く新たな境地を刻み込んだ点は凄いと思うが、しかし、浴びるほどに聴いたなら、へとへとに疲れてしまいそう。そう思わせるのも、また才能の為せるわざなのだろう。

名曲アルバム。名曲アルバム「“神話”から“アレトゥーザの泉”」シマノフスキ作曲
【バイオリン】小林美恵,【ピアノ】清水和音
シマノフスキ、晩年はタタラ山地、サコパネの町の山荘で人々の民謡などとともに。保守的なワルシャワの音楽界と闘い、その争いに力を奪われ肺結核が悪化。聞き落した分をwikipediaで見ると、「転地療養のためにダボスグラースカンヌと各地を転々とし、最期は1937年3月29日ローザンヌで息を引き取った。」となっているが……。
 こういった世界の戦いも、随分とエネルギーの要るものらしい。エネルギーを消耗せずに戦う方法は……今ならひたすら文字にすることだろうか……音楽はことばで人を傷つけることはないが、しかし、戦うにはすこし弱いかもしれない。というより、音楽は戦いの武器ではなく慰め、癒し、励まし、平和をくれるもの、かな。

窓に雪がふる景色を眺めながら 6時50分更新

一旦電源を切って、食事したくしながら、音楽は儀式や讃美にも用いられる、きのう端っこに参列した卒業式では、卒業証書授与でヴィヴァルディの四季が流されていた。一生、みなの心にのこるだろうと思った。それから、音楽は悪用されることもある。戦争や酷いことにアウシュヴィッツでも。音楽の悪用の歴史もあるのだなと思い到った。書き足しておこう。
 

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