2019年3月
きょうのことば
「主のしもべ」とは、「神の御心を遂行する者」という意味です。まさしく、イエス・キリストは、御父の御心を成し遂げてくださったお方であり、それが、「受難のしもべ」であります。それを、きょう一つひとつ見ていきましょう。
この福音、十字架のキリストの贖いを、誰がいったい信じただろうか。これは驚くべきメッセージです。神が人となって私たちの罪の贖いを成し遂げて、救いを成就してくださったというのが、これが私たちの聞いたことです。そんなことをいったい誰が信じることができるでしょうか。主の御腕は誰に現れたのか。こんな地の果ての私たちのところまで、今届いています。
「彼」という名称が使われています。そのしもべは、まさに主イエス・キリストご自身。彼は、主の前にひこばえのように生え出た。ひこばえとは、木の切り株から根元から生えてくる若芽のことで、太い幹に対して孫(ひこ)に見立てて、ひこばえというのですが。死んでしまったようなそんなところから命が出て来た。神に背いたイスラエル民族のことを思います。神に選ばれたアブラハムの子孫であるイスラエルが、本来の大木であったとするなら、しかし、イスラエルは、彼、イエスさまを拒絶しました。そして神によって滅ぼされてしまった。しかし、滅ぼされてしまったそのイスラエルのところから、イエス・キリストは、アブラハムの子、ダビデの子、イエスキリストの系図といって、まさしくこの方が、ひこばえのように出て来た。彼には見るべき姿も輝きもなく、私たちが慕うような見栄えもない。ナザレの貧しい大工のこせがれとして。宮殿のようなところに生まれたのではありません。ナザレは人々から蔑視されていた地域です。あんなところから、あんな貧しい大工のこせがれが、なんで、どうして「彼」と呼ばれるようなものが出るの? こんなことは誰にも信じることができなかったでしょう。
「彼」は、徹底的な侮蔑、徹底的な拒絶に遭います。ヨハネ1:11にも同じことが書かれています。ユダヤの人々は拒絶し、排斥したのです。「私たちも彼を尊ばなかった」。私たちも、なのです。あの人は、この人は、ではない、私も。私たちは、私は、この主のしもべを、どのように迎えているでしょうか。私たちも、かつては彼を尊ばなかった者です。神なんかいるものか。自分が自分の思うようにして何が悪いんだ。私たちも、彼を尊ばなかったのです。
ある人は言います。私が頼んだわけでもないのに、勝手に身代わりだ身代わりだなどと言われて、甚だ迷惑だと。ほんとうにそうなのです。彼が勝手に身代わりをして担ってくれた。この「勝手に」が神の御愛なのです。それなのに、私たちは、頼んだ覚えはないね。こういってキリストを拒絶しているのです。「それなのに」彼は苦しめられ罰せられた。「それなのに」、これは、人間の罪をよく表している接続詞です。神がこれほどまでの愛を示してくださったのに、それなのに私は、あんなものは頼んだことはないね、2000年前に十字架に架かったと言われたって迷惑だ。これが人間の罪を表す「それなのに」です。
「しかし」とあります。大変意味の深いこの「しかし」です。そんな私たちにも関わらず、神様は、私たちの罪をぜんぶ彼に負わせて砕いてくださった。
ヨハネ1:12にあります。「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった」。ここに「しかし」とあります。これもまた偉大な憐れみの「しかし」です。
ここに「しかし」。私たちは滅んで当然の者であった。「しかし」、主は私たちすべての咎を彼に負わせた。この「しかし」をしっかりと理解し、キリストとわたしとの今の関係はどのようになっているのか、吟味しましょう。
主のしもべなるキリストと、私たちは、私は、今どのような関係に生きているでしょうか。
JMEROをのぞく
盛岡-4℃のけさ、クラシック倶楽部がない手持無沙汰で、JーMEROをのぞく。ŞPYAIRの台湾公演がすこし紹介された。こんどはフランス公演だとか。仏のラジオFMでヒットチャートを駆けのぼっているらしいが。このFM、日本のアニメ音楽をよく流しているという。SPYAIR自体のサウンドは、ひと昔のロックバンドと内容的にそう違ってはいない。会場を取り込み、湧かせ、忘我、傍からはそうも見えるのだが、或いは、興奮のるつぼに自己確認、自分が生きて躍動しているという実感が得られるのかもしれない。ロックの登場は1950年代。ロックンロール、ブルース、カントリーミュージックが起源。欠くべからざる存在として脈々と鳴り続ける気配だ。
2019/3/29クラシック倶楽部を聴く
🎵(以下は番組HPからの転記)
2018年に収録したコンサートから、名手たちによる色とりどりの「アンコール」を総集編でお送りします。超絶の冴えや深い味わいなど、さまざまな個性をお楽しみ下さい。
☆「カルメン幻想曲 作品25から」、サラサーテ:作曲、
(バイオリン)ギル・シャハム、(ピアノ)江口 玲
~2018年6月24日 紀尾井ホール~、
☆「スピーク・ロウ」、オグデン・ナッシュ:作詞、クルト・ワイル:作曲
(メゾ・ソプラノ)小山由美、(ピアノ)佐藤正浩、~2018年9月22日 ハクジュホール~
☆「超絶技巧練習曲 第10番 ヘ短調」、ドビュッシー:作曲
(ピアノ)ミシェル・ダルベルト、~2018年11月1日 浜離宮ホール~
☆「「古風な様式による組曲」から「ジーグ」」、フリーバ:作曲
(コントラバス)ナビル・シェハタ、~2018年11月22日 ハクジュホール~
☆「幻想曲 ト長調 BWV571」、バッハ:作曲
(オルガン)バンジャマン・アラール
~2018年12月8日 武蔵野市民文化会館 小ホール~
☆「おとぎの絵本 作品113から 第4曲」、シューマン:作曲
(ビオラ)ニルス・メンケマイヤー、(ピアノ)島田綾乃
~2018年6月7日 トッパンホール~
☆「歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から「ママも知るとおり」」、マスカーニ:作曲
(メゾ・ソプラノ)清水華澄、(ピアノ)越知晴子。~2018年6月26日 紀尾井ホール~
☆「こもり歌」、レベッカ・クラーク:作曲
(バイオリン)青木尚佳、(チェロ)ウェン・シン・ヤン
~2018年12月4日 武蔵野市民文化会 小ホール~
☆「ロンド・カプリチオーソ 作品14」、メンデルスゾーン:作曲
(ピアノ)イノン・バルナタン
~2018年6月26日 トッパンホール~
☆「朧月夜」、高野辰之:作詞、岡野貞一:作曲、ジャスティン・ドイル:編曲
(合唱)ベルリンRIAS室内合唱団、(指揮)ジャスティン・ドイル
~2018年11月2日 東京オペラシティコンサートホール~
🎵アンコールの総集編、契約の演奏を一通り終えて、喝采に応え、奏者がちょっと肩の力を抜いて、しかし演奏の質は落とさずに、ありがとう、それでは、みなさま、こんな曲はいかがでしょうと提供してくれるアンコール。予め楽譜が準備されていることが多いのだけれども、何を弾いてくれるかなというわくわく感、最初の音を待つ間合いが何とも楽しい。この総集編、粋な企画、編集に「いいね!」。それぞれの演奏が思い出された。
「カルメン」、こだわりなく自在に駆けるテクニックの高さ。ダルベルトの60にして演奏技術の高さ、でありながら混沌と輻輳するような味わいが。国立出身の清水氏。鷹揚なお人柄も感じられて。「朧月夜」、日本語でのあいさつ、日本語で全員合唱。観客の表情、こんなとき、それこそふるさとに帰ったような安堵、懐かしさ、喜びの表情となる方が多いように思う。外人、外国語が続いた後で触れた母国、今では外人も向こうの文化も遠いものではなく、珍しいものではないのだが、思わずそんな古き良き日本の感覚が呼び覚まされる。
🎧名曲アルバム、信念に準じたシマノフスキの「アレトゥーザの泉」、小林美恵氏のバイオリン、鮮烈でした。
⛳6時45分 更新
2019/3/28クラシック倶楽部を聴く
「ショパンの音楽は無尽蔵」と語るアヴデーエワ。ショパン国際ピアノ・コンクール優勝から9年。日本で初めてショパンの最高傑作ピアノ・ソナタ第3番を熱演した公演から。~2019年2月19日東京オペラシティコンサートホール~番組HPから
☆「マズルカ ヘ短調 作品7第3」、ショパン
☆「3つのマズルカ 作品59」、ショパン
☆「ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58」ショパン
☆「楽調の時 第3番」、シューベルト作曲
2010年ショパン国際コンクールの覇者。アルゲリッチ以来45年ぶりの女性優勝者として脚光を浴びる。
モスクワ生まれ。2003年よりチューリッヒ芸術大学(スイス)で、並行してモスクワ・グネーシン音楽院のトロップのもとでも学んだ。2008年に両校を卒業後、コモ湖国際ピアノ・アカデミーにて、バシュキロフ、ベルマン、フー・ツォンらの薫陶を受けた。コモ湖国際アカデミーは、毎年世界中から400人もの志願者があるが、その中から7人だけが入ることができる。
🎵アヴデーエワが言う。コモ湖アカデミーで学べるのは1年に5,6人。彼女の時は5,6人だったのだろう。世界中のいろいろな音楽家から学ぶことができたと。優れた教授陣ばかりではなく、入学者のほとんどが、国際コンクールの入賞者だったからだろう。様々な考え方に触れ、昔からのロシア派、フランス派、イタリア派といった教育から解放され自由になったという。
アヴデートワのステージ衣装、パンツ・スーツは異色と見ていると、これにも理由が。彼女、11,12年前、ラヴェルの「ガスパール」の「絞首台」を弾いているうちに、あれ、これは違うな、と違和感が。豪華ドレスで「絞首台」を弾くのは、違う。これがきっかけだったようだ。衣装が音楽の妨げになってはいけない、観客にも音楽のみに集中して欲しい、と。
困難な局面でも、楽器、音楽を心から愛することです。音楽という言葉を通して、大勢の聴衆と団結できる。たとえうまく弾けなくとも、つたえたいことがあれば、聴衆はわかってくれるはずと。
ショパンの「ピアノ・ソナタ第3番」これはショパン作品のカギとなる作品であり、ショパンの作曲の頂点にあると。日本では初演。彼女が日本のみなさんと共有したいというこの曲の演奏は、流麗さ、深く音が沈潜しゆくさまに得心。時として無駄な情感をゆるさない洗練されたなりをした音が典雅な雰囲気を振りまきながら足早に去り行くような魅力に富んでいる。彼女のショパンに耳慣れたなら、当分のあいだは、他の演奏は平板に聴こえかねない、独断で、感じたところをそのまま記してみた。
🎧名曲のダンディ、厳格な外形の一方、田舎の安らぎに満たされている、とも。
⛳7時5分 更新
2019 /3/27クラシック倶楽部を聴く
🎧
この番組にオケが登場したのは、山田耕筰の「かちどきと平和」「曼陀羅の華」以来かと思うが、それ以外にもあったかもしれない。何れ珍しい。
けさはウクライナ国立フィルハーモニー管弦楽団とウクライナ・シルク・ドゥ・ソレイユで活躍した元オリンピック選手たちの壮絶なパフォーマンスとのコラボ。すでにフィラデルフィア交響楽団、シカゴ交響楽団との共演も果たしている。総合芸術監督はアレクサンダー・ストレルソフ。文化村オーチャドホールの公開収録。
はじめは違和感があったが、パフォーマーがクラシック音楽をかなり学んで、その音楽に生きる訓練というものもしているようで、監督いうに、オケとパフォーマーと観客のあいだにという意味だと思うが、化学反応が起きるというのだ。選曲は、勢い次は何が登場するかの期待感と賑々しさ、躍動感のある曲が多かったかと。チャイコフスキー「白鳥の湖ー小さい白鳥の踊り」、スメタナ「売られた花嫁ー道化師の踊り」、グリンカ「ルスランとリュドミーラー序曲」、ハチャトウィリアン「ガイーヌー剣の舞」、ヨハン・シュトラウス「雷鳴と電光」、ビゼー「カルメンー闘牛士」、チャイコフスキー「白鳥の湖ーワルツ」、オッフェンバック「天国と地獄」、シベリウス「フィンランディア」、最期はまたビゼーで「カルメンー闘牛士」。
白鳥の湖とのマジック・アートでは指揮者ニコライ・ジャジューラが奇術に参加する場面も。オケ・観客を取り込んでのエアリアル・デュオ。バレエが空中を飛ぶサーカスのクリスティン・ヴァン・ローとヴィタリー・ブーザ、演技では情熱があふれるのだと。フィンランディアにのるバランシング・アウト、ここまで進んだ時点で、オケの存在は、音だけが宙をドラマ化するのだが、楽団の影はぐんと奥まり、付属的役割になったの感。演技の緊張感は会場の緊張感と。息をのんだところで、またオケの響きも息をついたかに。
クラシックの静的なステージに何とか視覚的にも動的なものをトッピングできないかと歯がゆかった一時期があり、近頃は、音の響きに一極集中する訓練がまずまずとなり、それを忘れていたのだが、きょうは、想定外の「動」とのコラボの具現を観た思いがした。
🎵名曲アルバム、古びた椅子に置かれてある古びたバイオリン、あ、こんな写真が欲しいな、と思ったとたんに、消えた画像。
💧
きょうも7時過ぎ。5分の更新。
クラシック倶楽部を聴く
🎵小曽根真と富士山のコラボレーション。
ショパン「マズルカ」、スカルラッティ「ソナタ ホ長調」、バッハ「シンフォニア 第7番」、ラヴェル「クープランの墓 から」を小曽根真編曲で。
次からの曲はすべて小曽根真作品で「NO SIESTA」「My Witch`s」「Mirror Circie」
🎧なぜこの選曲? と思っていたところ、小曽根氏、何とか弾ける曲、これはジャズアレンジに耐える曲、ジャズアレンジをゆるす曲という意味かと。クラシックとジャズでは奏法がまったく違うらしい。即興の要素をいただける、あそびしろの個所がたくさんある楽譜から選んだのが今回の曲であるという。遮るものなく、頂の冠雪からすそ野の広がりまでをすっぽりと容れる床から天井、天井には建築用語があるのだろうが、このハイランドリゾートグランドバンケット富士の設計者は誰だろうと、思いも到るのだが、とにかく総ガラスの向こう、輝かしい冠雪の青く美しい富士を奏者は左横に置きながらの演奏。清新な富士、ピアノの黒いシルエット、奏者の青いシャツ、ガラスを支える建材の絨毯に長く伸びる陰が視覚的条件も満たしている。
意匠を生かしてのジャズ化を遂げた響きに、思わず、ショパンさん、バッハさん、こんなに小曽根さんに遊ばれちゃっていいの? と冗談が浮かびはするものの、アレンジは実は、作曲者を軽んじたり茶化したりしてはいない。ただ、クラシックがジャズに淘汰されてしまったかと感じた部分も。それがまた新しい境地が開拓されたかの感じも。
コラボというけれど、ピアノを弾くときに、富士は見えてないじゃないの? しかし、後で小曾根氏が言った「弾いている間は富士は見えないが、富士からパワーをもらった」と。「きょうはメロディーが次つぎに湧いてきた。自分が弾いていながら自分が弾いていないような感覚だった。富士山、ありがとうございました!」。取り囲む収録の機材からもエネルギーをもらうのだという。
小曽根作品、1、2曲とも、最初の部分、ショパンじゃないかと思うほどクラシカル。意外だった。そしてジャズもクラッシクも人間の想い、感情の表出という点では底にある、流れるものは同じなのだなと。3曲ともに、底にある詩が感じられ、特にも2曲目は、氷筍に滴る水の音が聴こえたような、実に素晴らしかった。
⛳もう7時10分。コピペが使えない不自由さは! 同じ単語を繰り返し打ち付けたひと時でした。
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kyounokotoba きょうのことば

クラシック倶楽部を聴く
2018年秋に実施された「第87回日本音楽コンクール」から、各部門の第1位を受賞した演奏家たちの本選会での演奏。
~2018年10月24~28日 東京オペラシティコンサートホールで収録~.
☆「トランペット協奏曲 から 第1楽章、第3楽章」、シェーヌ:作曲
(トランペット)三村 梨紗、(ピアノ)下田 望
☆「なんとすばらしい所」、ラフマニノフ:作曲
(ソプラノ)森野 美咲、(ピアノ)井出 徳彦
☆「「礼拝」作品36第4」、リヒャルト・シュトラウス:作曲
(ソプラノ)森野 美咲、(ピアノ)井出 徳彦
☆「クラリネット協奏曲 から」、コープランド:作曲
(クラリネット)中舘 壮志、(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団、(指揮)渡邊 一正
☆「ピアノ協奏曲 ト長調 から 第2楽章、第3楽章」、ラヴェル:作曲
(ピアノ)小井土 文哉、(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団、(指揮)梅田 俊明
☆「バイオリン協奏曲 ニ長調 作品77 から 第2楽章途中~第3楽章」、ブラームス:作曲
(バイオリン)荒井 里桜、(管弦楽)東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、(指揮)高関 健
とにかく若いエネルギーに全神経が統率を得ている。懸命な演奏、集中力、表現への気のくばりよう、緊張感、終えて楽器を離したときの達成感が伝わってくる。
コンクールは本選ぜんたいを聴くだけでも、集中力ばかりでなく、けっこうな体力を要する。このようなハイライト版で、1時間弱で選り抜きの競演に、ハイライトに与れるのは、忙しい者、体力のない者にはありがたい。
それが、トランペット、もたついている間に聴き逃してしまった。残念! ソプラノ、しんしんと心に染みた。この若さで。人生経験がなくとも、わかる、歌えるということか。クラリネット、オケが入ってくるまでの自分の音が独立して聴こえてくる時間はどんなものだろう。耐え抜かなければならない、そして耐え抜き、孤独に弾ききった瞬間。ピアノ、前に本選を見たときに、印象的だった。2楽章の流れるような、しかし1音、1音、視覚的にのこる響き。3楽章、飄々と。バイオリン、説得力ある響き。
最後に、5人の顔が一つ画面に。ある時点で思ったことだが、その時々のコンクールで勝ち抜く人物は、もう予選の予選が始まる前からおおむね決まっている。苛酷なことだけれども。それでも可能性を求めて出場、順位をつけられる。コンクールがあるとなれば、切磋琢磨、研鑽に研鑽を積むことにもなる。学びも半端ではなくなる。しかし、結果で、下された場合、そこで本来の音楽が持つ特質、使命のある部分が破壊されてしまうとも感じられるのだが。入賞者には保証書が手渡される。すばらしい音楽を提供できる演奏家であるという保証書、これも必要なのかもしれないが。それにしても、音楽の成功、不成功はどこで決まるのか。
東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】大友直人
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きょうのことば
6:1ウジヤ王が死んだ年に、私は、高くあげられた御座に着いておられる主を見た。そのすそは神殿に満ち、6:2 セラフィムがその上の方に立っていた。彼らにはそれぞれ六つの翼があり、二つで顔をおおい、二つで両足をおおい、二つで飛んでいて、6:3 互いにこう呼びかわしていた。
「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その栄光は全地に満ちる。」
6:4 その叫ぶ者の声のために、敷居の基はゆらぎ、宮は煙で満たされた。6:5 私は言った。「ああ。私は滅んでしまう。この私は唇の汚れた者で、唇の汚れた民の間に住んでいる。しかも万軍の主である王を、この目で見たのだから。」6:6 すると、私のもとに、セラフィムのひとりが飛んで来た。その手には、祭壇の上から火ばさみで取った燃えさかる炭があった。6:7 彼は、私の口にそれを触れさせて言った。「見よ。これがあなたの唇に触れたので、あなたの咎は取り除かれ、あなたの罪も赦された。」6:8 私は、主の言われる声を聞いた。「だれを、わたしは遣わそう。だれが、われわれのために行くだろうか。」私は言った。「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」
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雑感
理性的、知的な演奏、あふれる感情湧出、にじみ出るような響き、迸る激情、ち密さ、繊細さとハイライトが脳裏を過る。記憶できないまでも、なにがしかは徐々に積み上げられている感じが。
いつまで続くやら。もしかすれば次の月曜日には忘れているという可能性も。庭仕事も夏場は早朝にということにもなるだろう。それはそれとして、できるかぎり聴き続けたい。
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クラシック倶楽部を聴いて
佐藤俊介(バイオリン)…オランダを拠点に活躍する佐藤。古楽器(バロック・バイオリン)によるバッハ~2018年11月15日 浜離宮朝日ホール~
☆「無伴奏バイオリン・ソナタ 第3番 ハ長調 BWV1005」、バッハ:作曲
ナビル・シェハタ(コントラバス)…元ベルリンフィル首席のシェハタ。
カリム・シェハタ(ピアノ)
~2018年11月22日 ハクジュホール~
☆「ホルン・ソナタ ヘ長調 作品17(コントラバス版)」、ベートーベン:作曲
☆「グランド・アレグロ「メンデルスゾーン風協奏曲」」、ボッテシーニ:作曲
「無伴奏バイオリン・ソナタ 第3番」、第1楽章は神への信頼と語らい。エターナル・イエスを感じさせる。2楽章、フーガに乗りながら、楽器の特質、チンダル現象の光を浴びながら気負わず、どこに弾かれ行くもささくれ立つことを知らぬかに、繊細でやわらかく美しい音を秩序のもとに降りそそぎめぐる。2、4楽章がまだ聴こえている感じが。それが鮮明に入りすぎたか、続いて聴いたコントラバスの低音がなかなか気分に浮上しにくかった。順番を逆に聴いていたらまた違っていたかと思うが。シェハタ兄弟は、12歳から共にコンクールに挑戦していたようだ。そう知らされてか、ピアノのコントラバスへの気遣いが一層聴こえたような。リズミカルに響くピアノの辺りを、コントラバスの哲学的で重厚な響きが満たしていた。「メンデルスゾーン風協奏曲」、作曲者ボッテシーニは、コントラバスのパガニーニであるらしい。低音が極まっての力強い切れの良さが出ると、シェハタを聴いたな、という実感が。
東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】外山雄三
こどもの絵、楽譜に描いたハイドンの特徴ある顔が印象的。
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クラシック倶楽部を聴く
ミシェル・ダルベルト(ピアノ)…ドビュッシー没後100年を記念して行われたコンサートから
~2018年11月1日 浜離宮朝日ホール~
☆「幻想曲 ヘ短調 作品49」、ショパン:作曲
☆「映像 第1集」、ドビュッシー:作曲
~2018年10月20日 ハクジュホール~
☆「Moment(モーメント)~チェロのための~」、(チェロ)新倉瞳
☆「夜明けのパッサカリア~ソプラノのための~」、(ソプラノ)小林沙羅
☆「Halcyon(ハルシオン)~クラリネット、バイオリン、ビオラ、チェロのための~」
(クラリネット)吉田誠、(バイオリン)篠原悠那、(ビオラ)中恵菜、(チェロ)笹沼樹
ダルベルト、深く輝くような音色とされているが、目まぐるしく変幻する「幻想曲」も、深い底でそれぞれのフレーズがしっかりとダルベルトの芯に握られ演奏されており、聴く側に味わいを捉えさせてくれるという感じが。「映像 第1集」、特に『水の反映』が、これほどに写実的に、水の動き繊細な光の移ろい、揺蕩うもの、底にのぞくもの、水面に遊ぶ陰までを繊細に描出。何ともいわれぬ美しさ。
藤倉大・個展、どこもかしこもぴっかぴっかの斬新さ。セピアの色がまったくない。「Moment(モーメント)」、ほとんどがピッチカート。行き場がない、逃げ場がないとも感じられる。最後は弓が弦をひと撫でして閉じられるのだが、それが愁嘆とも聴こえた。「夜明けのパッサカリア」、詩の内容はけっこう濃厚なのだが、時折の客観視が、決して通俗的にさせない。これを歌いきった小林沙羅氏に「超いいね!」。「Halcyon(ハルシオン)」、初っ端から驚天動地。三つの弦が重音のときでさえ、互いに不興であり、異質であり、ややもすると小突き合っているとさえ聴こえるのだが、そう聴こえさせながら重音が成立しているところは驚愕。最後部分、クラリネットの諭しで他の弦がはたと自己主張をたたんで静かに閉じられる。
時代にぎっかりと全く新たな境地を刻み込んだ点は凄いと思うが、しかし、浴びるほどに聴いたなら、へとへとに疲れてしまいそう。そう思わせるのも、また才能の為せるわざなのだろう。
【バイオリン】小林美恵,【ピアノ】清水和音
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路上生活者から
あっという間に時間を費やしてしまう音楽。けれどもついつい聴いてしまう音楽。これがどんな役に立っているのか、詩になり、作業をたすけ、心のケアにも、等など思いながらユーチューブを跳んでいたところ、こんな動画が。
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クラシック倶楽部を聴く
アリス・紗良・オット(ピアノ)…ドイツ人と日本人を両親に持つオットのショパン▽ウィーン・ニコライ弦楽四重奏団…ウィーンを拠点に活躍する四重奏団のハイドン「皇帝」
(ピアノ)アリス・紗良・オット~2018年9月27日東京オペラシティコンサートホール~
☆「ノクターン 変ロ短調 作品9第1」
☆「ノクターン ハ短調 作品48第1」
☆「バラード第1番 ト短調 作品23」
(弦楽四重奏)ウィーン・ニコライ弦楽四重奏団~2018年10月6日フィリアホール~
☆「弦楽四重奏曲 ハ長調 作品76第3「皇帝」」、ハイドン:作曲
アリス・紗良・オット、ウィーン・ニコライ弦楽四重奏団、以前に聴いたときよりもかなり肩の力を抜いて復習感覚で、またの放送に感謝。
脈絡のないことば、この番組とは関係のない人のことばも7つばかり心に浮かんだが、それも別に書き留める。
アリス・紗良・オットの演奏、入魂、円熟を感じさせる。幼いころから愛奏のショパン。それにしても不思議でならないのは、強い音、激情からの音は出しやすいといえば語弊があるだろうが、またそんな単純なものではないと叱られそうでもあるが、小さな微かな音がなぜあのように表情を伴わせて出せるものなのか、打鍵を打鍵と感じさせず、床に落ちたボールがすこしの衝撃も受けずに繊細な感覚をこちらに伝えながらバネを感じさせず微妙に跳ね上がり、現実味から遠のいた表情を見せられるものかが不思議でならない。
ハイドン、大正の時代に日本で大活躍したハイドン・カルテットは、この曲はやっているなと思いながら、彼らのすがたをだぶらせながら聴いた。演奏内容云々よりも、まだまだ、努力が褒められるといった時代だった。ウィーン・ニコライ、ウィーン・フィルのメンバーたち。世界的にえり抜きの奏者たち。このような優れた演奏を日常的に聴くことができるこの時代もすばらしいが、ハイドン・カルテットの時代、暗中模索、楽譜と必死に取り組み、ああかこうかと試行錯誤、鳴り出した自分たちの旋律に耳を傾ける姿がセピアいろに浮かび、こんな姿もまた尊く思われたことであった。
名曲アルバム。「フランスの山人の歌による交響曲」ダンディー作曲
【ピアノ】浦壁信二,【管弦楽】NHK交響楽団,【指揮】小泉和裕
初めて聴くダンディー(1851~1931)は、フランスのヴィヴァレー地方の中世から続く貴族の出身らしい。理性や厳格さを重んじたという。この土地の影響、牧童の歌にも耳を傾けている。領主でもあったダンディー、作曲となれば働く人々の中に入ってインスピレーションを。ここにちょっとした音楽交流のあたたかな情景を想像。
BSプレミアム、名曲アルバムから2枚の画像を
芸術には、いろいろな経験が必要なので、飲酒や、交遊のある生き方をと言う芸術を目指す若い女性とはなしたことがある。ダンディーは、堅くても、「フランスの山人の歌による交響曲」、このようにな人々に安らぎを与えるすばらしい作曲をしているのだ。さまざまなケースはあるだろうが、こういう実例もある。
けさは、何が書けるのか、1行も浮かんではいなかった。しかし曲を聴いた後では、このぐらいに。 6時55分 更新
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チェンバロ

2段鍵盤 8×8×4f 音域 FF ~ f3 (61鍵)
バフストップ付(上鍵盤)
ピッチ 3段階可変 (392/415/440)
製作者 JAN KALSBEEK (オランダ・ZUTPHEN)
2000年作
オランダのベテラン製作家Kalsbeek氏作。国内外の
多くのチェンバロ奏者からリサイタルやコンチェルト等
で絶大の信頼を得ている楽器です。ミートケ特有の
歯切れ良い音色はバッハを筆頭に幅広いレパートリー
に合い、また豊かな音量はコンチェルトなどに最適
です。 バフストップ付(上鍵盤)
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クラシック倶楽部を聴く
バンジャマン・アラール(チェンバロ&オルガン)…ふたつの楽器によるオール・バッハ演奏会から~2018年12月8日 武蔵野市民文化会館 小ホール~
BSプレミアム クラシック倶楽部の映像から
☆「ソナタ ニ短調 BWV964 から 第3楽章・第4楽章」
☆「協奏曲 イ短調 BWV593」
青木尚佳&ウェン・シン・ヤン…個性際立つバイオリンとチェロのデュオ~2018年12月4日 武蔵野市民文化会館 小ホール~
☆「無伴奏チェロ組曲から 第1楽章・第3楽章」、カサド:作曲、
(チェロ)ウェン・シン・ヤン
☆「バイオリンとチェロのためのソナチネ」、オネゲル:作曲
(バイオリン)青木尚佳、(チェロ)ウェン・シン・ヤン
「ソナタ ニ短調 BWV964」、4楽章、左手が弾きだす理性的音にのった左の打鍵が澄み切った空気によどみなく輝き流れる音の粒。チェンバロの鍵盤の向こうに見える銘を拾うと、「ZUTPHEN JAN KALSBEEK 200」。あとでウェブで探してみよう。「協奏曲 イ短調 BWV593」、バッハはイタリアの音楽、特にヴィヴァルディの作品を研究していたようだが、その成果なのか。やはり、なじみがあるのは3楽章だ。
青木尚佳氏とウェン・シン・ヤン氏、調和という点で、黄金のコンビ。2楽章、互いの空気感が自然に融和、ヤン氏に自分の音量はこれぐらいだなと、抑制が利いており、殊にも静かな部分での調和がいい。音程が難しい重音のある3楽章で、互いに背き合うと聴こえるフレーズも和しており、徹頭徹尾、調和を保ち尽くしたという感じ。青木氏、ヤン氏が「うまくいった!」というように肩をたたき合ったが、こちらまで「ほんとうに!」。後味のよさがのこった。
名曲アルバム。「マドンナの宝石」ヴォルフ・フェラーリ作曲
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】飯森範親
途中でパソコンがフリーズ、しかし何とか復活で 7時1分更新
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3・11 祈り
3・11でご家族を亡くされた方が、けさ釜石に向かわれました。時間が悲しみを癒すことができるかは……ただ、紛らわせるものが必要なことは確か。身近にそれがあるように、何とかそれを手繰り寄せられるようにと祈りつつ。
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クラシック倶楽部を聴く
インマゼール&伊藤綾子…歴史的ピアノの柔らかな音色で聴くラヴェル
▽ハイモヴィッツ&児玉麻里…チェロの鬼才ハイモヴィッツ、国際派のピアニスト児玉によるデュオ
(ピアノ)ジョス・ファン・インマゼール、(ピアノ)伊藤綾子
「スペイン狂詩曲(ピアノ連弾版)」ラヴェル:作曲~2018年9月20日 浜離宮朝日ホール~
☆「歌劇「魔笛」の「恋人か女房があればいい」による変奏曲 作品66」、ベートーベン:作曲
☆「「ヘブライの歌」から カディッシュ」、ラヴェル:作曲、ハイモヴィッツ:編曲
☆「チェロとピアノのための3つの小品」、ナディア・ブーランジェ:作曲、
☆「オーチャード」、フィリップ・グラス/フォーディ・ムサ・スソー:作曲
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】外山雄三
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きょうのことば
ガラテヤ3:10
3:10というのは、律法の行ないによる人々はすべて、のろいのもとにあるからです。こう書いてあります。「律法の書に書いてある、すべてのことを堅く守って実行しなければ、だれでもみな、のろわれる。」
6時15分 更新
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下手でも
習慣的に5時に目が覚める。まだ暗い。街路灯に並んで、近くのアパートの階段の各階の窓にともる蛍光がまだまだ明るい。
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盛岡タイムスの連載「楽都のユニゾン」第50回が出ました。
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クラシック倶楽部を聴く
ギル・シャハム(バイオリン)…シャハムと江口玲との共演で聴く20世紀の作品
▽アレクサンドル・トラーゼ(ピアノ)…プロコフィエフの名手トラーゼによる「戦争ソナタ」
-番組HPからー
(ピアノ)アレクサンドル・トラーゼ~2018年5月23日 トッパンホール
江口 玲
ニューヨークを拠点に国際的に活躍を重ねる。ギル・シャハム、竹澤恭子など数多くの弦楽器奏者たちから共演者として引っ張りだこだが、ソリストとしても注目を集めている。2002年春にNYS
CLASSICS より発売されたソロ・アルバム、「Dear America,」以降、「巨匠たちの伝説」、「Pctures at an
Exhibition」、「ライヴ!ソナタ集」、「ライヴ!小品集」、「DearAmerica,・」、「Dear
Chopin」など発売されたほぼ全てのソロ・アルバムがレコード芸術誌から特選盤の評価を得ている。
1952年ジョージア(グルジア)出身のピアニスト。ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで入賞した後、母校モスクワ音楽院で教職についた。 1983年にアメリカに居を構え、1991年にはインディアナ大学サウスベンド校で教授を務める。
ギル・シャハム。知らない。聴いて果たしてわかるんだろうか。きっと何も書けないな、と思ったのが正直なところ。しかし、何かは、一つは、一音なりとも、の食い下がりで。
「歌うトルコ人」,中近東の音楽を理解したいと、向こうの民族音楽を聴いてみたことがあるが、たぶんあんな風かな、という短絡は覆された。精神性の土壌の違いを砂のごとくに噛みしめたの感。
「ニグン」、気分の良い旋律に浸れる部分というのはなく、絶えずスリリングな状況にさらされているかのよう。ふと、難民の方々の心情が浮かんだが、それはもっと危機的なはずだけれども。イスラエルとアラブの追うか追われるかの果てなき抗争も垣間見えた気が。殺伐としたモチーフが感情でつながれているといえば、独断と偏見も過ぎるだろうか。それでも最後のアダージョそしてフィィナーレには得心。予想外、想定外なことに、またゆっくり聴いてみたいと思う自分がいる。たとえが相応しいかどうか、カエルは食べられない。だが海外に行ったところカエルが出た。周りの雰囲気や現地の方への気兼ねもあり、無理に食べてみたところ、存外おいしかった、どうも病みつきになりそう、といった感じなのだ。
「ピアノ・ソナタ 第7番」、第二次大戦中に書かれたので、「戦争ソナタ」と呼ぶのだとか。リヒテルによる初演。1楽章、不協和音の散りばめ。勝手な感情移入はご免だといわれている感じ。ざんざん降りの雨のように高揚し、静まり、ぽたぽたの滴になるかと思わせてなりを潜めていく。2楽章、緩やかに美しく、そして響きくる鐘の音がしきりと何かを告げ、遠景に消えゆく。3楽章、打楽器的な部分の強弱の間合いが絶妙。猛烈な突進に聞こえる部分、これが難曲の所以であるらしい。最後の輻輳した音、リズム、これは何? 何? とたじろぐうちに、もう、トラーゼはついとピアノを離れていた。
東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】大友直人
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「クラシック倶楽部」を聴く
ニルス・メンケマイヤー(ビオラ)…バシュメット国際コンクールの覇者によるブラームス
▽トン・コープマン(オルガン)…名匠の演奏でミューザ川崎のオルガンを聴くー番組ページからー
☆「ビオラ・ソナタ ヘ短調 作品120第1」
ブラームス:作曲
(ビオラ)ニルス・メンケマイヤー、(ピアノ)島田彩乃
(24分45秒)
~2018年6月7日 トッパンホール~
☆「イタリア風コレンテ」、カバニリェス:作曲
☆「「修道院のためのミサ曲」から「奉納唱」「聖体奉挙」」、クープラン:作曲
☆「ソナタ ニ長調 Wq70 第5」、エマヌエル・バッハ:作曲
ミューザ川崎シンフォニーホールのパイプオルガン
【ピアノ】三舩優子:幼少の頃からニューヨークに育ち、桐朋学園大学在学中、第57回日本音楽コンクール第1位 。同大学を首席卒業後、'90年、文化庁派遣研修員としてジュリアード音楽院に留学。翌年にはロス・アンジェルスにおいてアメリカデビューを果たし、L.A.TIMESで絶賛される。同年フリーナ・アワーバック国際ピアノコンクールで優勝。'92年、ジュリアード・ソリストオーディション優勝。
イタリアのアッシジに聖フランチェスコ大聖堂が。フランチェスコ、青年時代は豪商の息子として奔放な生活を。それが、戦地で大病し、目覚めて信仰の道へ。すべての財産を捨てて、トスカーナ地方のラ・ヴェルナ山で何も持たずにありのままに生き、信仰、布教に努める。「生まれたままで生きる鳥たちよ、おまえたちは美しい。創造主に感謝しよう」。リストはフランチェスコに共感。この曲を作曲。リスト自身も聖職者に。
曲全体、清らかな水が繊細な光を映しながら流れくだり、広がり浸みてゆく感じが。
けさもトップニュースはカルロス・ゴーン 7時3分、更新
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辻井伸行「それでも生きてゆく」
夕方に、辻井氏のこのピアノが聴こえてきた気がした。はじめて聴いたときには涙がでた。いまは胸にしんしんと鳴る。
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クラシック倶楽部を聴く
エリーザベト・レオンスカヤ(ピアノ)…2018年4月のオール・シューベルト・リサイタルから
▽清水華澄(メゾ・ソプラノ)…「未来の自分へ」と題されたリサイタルから
エリーザベト・レオンスカヤ:ピアニスト。1945年トビリシのチフリス生まれ。11歳でチフリスで最初のリサイタルを開く。モスクワ音楽院でヤコブ・ミルシテインに師事。78年にソ連から亡命して、ウィーンに住む。翌年ザルツブルク音楽祭にデビューして、欧米の主要なオーケストラとの共演をはじめとして、活発な演奏活動を行なっている。リヒテルの連弾の相手としても知られている。-タワーレコード・オンラインよりー。シューベルト作品に力を注ぐ。
清水華澄:静岡県常葉学園高校卒業後、国立音楽大学声楽学科に入学。荘智世惠氏に師事。国立音楽大学声楽学科首席卒業。同大学大学院首席修了。卒業時に武岡賞、NTTドコモ賞受賞。桃華楽堂御前演奏会、読売新人演奏会に出演。大学院修了時に「国立音楽大学大学院研究奨学金」を授与される。
越知 晴子:京都出身。京都市立芸術大学卒業。同大学院修了。ロームミュージックファンデーションより奨学金を得て渡独。ミュンヘン国立音楽大学大学院マイスタークラス(歌曲伴奏科)修了。
シューベルト作品、レオンスカヤのピアノ演奏。~2018年4月14日 東京文化会館小ホール~
☆「幻想曲 ハ長調 「さすらい人」 D.760
☆「即興曲 D.899から 第2番 変ホ長調」
☆「5つの歌曲」、アルマ・マーラー:作曲、(メゾ・ソプラノ)清水 華澄、(ピアノ)越知 晴子
~2018年6月26日 紀尾井ホール~
☆「劇的物語「ファウストのごう罰」から ロマンス「燃える恋の思いに」」、ベルリオーズ:作曲
(メゾ・ソプラノ)清水 華澄、(ピアノ)越知 晴子
~2018年6月26日 紀尾井ホール~
「さすらい人」、ダクティルリズムのダーン、ダ、ダ、ダーン、ダ、ダの変奏、これがさすらい人、これでさすらい人。2楽章、陰影をまとった音が感傷的に逍遥する。しだいに音が微塵になってくる。3楽章、スケルツォにほっと。4楽章、ピアノならではの力強さ、華やかさ。フーガ風の主題にここちよく追われながら、右手ばかりを見ていたところが、どうも左手のアルペッジョは難易度が高いらしい。音に自己に、ありのままを生きてこられたに見受けられるピアニスト人生に尊敬の念が。「即興曲」、あらら、こんなに明るいブラームスのピアノ曲があるんだ! 小さな美しい景色が、デジタルに浮かび、展開し、また次へと。ブラームスがこんなひと時を得ていたのかと思うと、いつもとはちょっと違った作曲家のシルエットが。レオンスカヤ、YAMAHAを使ってくれたよう。
アルマ・マーラー、グスタフ・マーラーの姉か妹かと思いきや、妻だった。結婚当初は芸術活動を、グスタフに禁止されていたようだが、アルマの才能を封じ込めるのは罪悪と気づいたかどうか、夫のすすめで楽譜も出版したようだ。職業人として生き、才能を開花できずに終わってしまっている人たちが、案外多くいるのだろう。アルマのこの「5つの歌曲」。詩にばかり意識が集中してしまったけれども。淡々とした日常や窓から望むような情景を糸の番号を変えながら紡ぎあげたという感じ。メゾソプラノが、概して穏やかな、とここまで書きながら、7時のニュース、カルロス・ゴーンがこちらを圧している。(笑)、笑いが今、ほんとうに聴こえたような。ま、大いに笑ってください。どんと晴れ!
ここで9時を回ろうという今に書き足し。メゾソプラノ、滋養豊かという感じが。またユーチューブで聴きなおしながら書いている。ハルトレーベンの詩はよくわからない。今は、デーメルの「静かな町」。霧に圧し潰されそうな谷あいの町に、小さな明りのように子供が歌う賛美歌が聴こえてきたというこの詩が好ましく、おかしな言い方だが、詩が好ましければ、歌も好ましい。
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クラシック倶楽部を聴く
イノン・バルナタン(ピアノ)…ニューヨークを拠点に活躍するバルナタンの「展覧会の絵」▽ぺトラ・ラング(ソプラノ)…オーストリアの作曲家マルクスのドイツ歌曲から
イノン・バルナタンは1979年、テルアビブに生まれた。3歳でピアノを始め、11歳でオーケストラ・デビューを果たした。ヴィクトル・デレヴィアンコ教授、マリア・クルチョ、ロンドンの王立音楽院のクリストファー・エルトンに師事した。レオン・フライシャーの薫陶を受ける。ーヒラサ・オフィスHPよりー2009年エイヴリー・フィィシャー・キャリア賞受賞。
ペトラ・ラングはフランクフルトに生まれ、ヴァイオリン科を卒業した後、ジェルティ・シャルラン、イングリッド・ビョーナーに声楽を師事。その後、バイエルン国立歌劇場のオペラ・スタジオに入所し、すぐにこの世界的にも有名な歌劇場に腰を落ち着けた。キャリアの初期からワーグナー作品に取り組み、高い需要のあるレパートリーで最も引く手あまたの一人となった。ー東京・春・音楽祭
2018よりー
☆「組曲「展覧会の絵」」、ムソルグスキー:作曲、(ピアノ)イノン・バルナタン
~2018年6月26日 トッパンホール~
(ソプラノ)ペトラ・ラング、(ピアノ)アドリアン・バイアヌ
以下は、~2018年3月23日 東京文化会館小ホール~
☆「森の幸せ」、デーメル:作詞、マルクス:作曲
☆「雨」、シャウカル:作詞、マルクス:作曲
☆「日本の雨の歌」、フローレンツ:作詞、マルクス:作曲
☆「ノクターン」、ハルトレーベン:作詞、マルクス:作曲
☆「愛があなたの心に宿るなら」、ハイゼ:作詞、マルクス:作曲
☆「献身 作品10第1」、ギルム:作詞、リヒャルト・シュトラウス:作曲
「展覧会の絵」、最初の淡々と歩く響き、プロムナードが10の曲をつないでいる。曲の間に挟まれるプロムナードは5曲あるが、そのうち、第4プロムナードだけは短調、アップテンポになったり、けっこう忙しく歩き回っている感じがする。2の「古城」のひっそりとたたずみ、湖に映る影が静まり返ってゆくような詩的な場面が想起される。4の「ブイドロ」、牛車が行く、なのだが、重苦しい感じ、そして風景に音が紛れ、消えてゆく。8の「カタコンベ」、ローマ時代の墓、死者への呼びかけ部分が恐るおそるのささやきかけ。10、「キエフの大門」、プロムナードの堂々の凱旋的響き、華麗、達観、荘重を胸に秘めての感動か。よく耳にする曲ではあるが、今回じっくりと隅々まで聴くことができた。
ペトラ・ラング、年齢不詳、素晴らしいキャリアを積んだ方、今もって、これだけの歌を提供できることに、隠れたるところでの努力、研鑽の高さが窺われる。マルクス(1882~1964)はオーストリアの作曲家。200ほど作曲。音楽理論家。この中で「日本の雨の歌」に興味津々。ローレンツの詩を書きとってみれば、
はるか 御金の
山の頂に 雨が降る
いつまでも 降り続く
やがて 雪になるまで
雨が いつまでも降るように
雪が 空から降るように
わが愛も いつまでも
あなたを 見染めたときから
であった。
アンコールの「献身」は、「悪に打ち勝った僕は もはや昔の僕ではない」と、情欲に溺れたところからの帰還を歌う。明るい帰還だ。
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「髙田三郎を聴く夕べⅣ Final」 2019・3・2盛岡市民文化ホール
丸岡千奈美氏の声、好きなソプラノです。大森いちえい氏、曲がすすむごとに声量があふれて観客を圧しました。ラトゥール・カルテットの「マリオネット」、髙田江里氏の話しでは、父の髙田三郎ご一家は、東京空襲で二度焼け出されており、6畳二間、4畳半一間の家に移り住んだということで、「マリオネット」は、その頃に作曲された。それを身近に聴きながら、江里氏は子ども時代を過ごしていたらしい。マリオネットの面白さと、動きの範囲、たわいのない拘束感も感じられる独特な音色が、次はどうだろ、つぎは、そして終わってみると、マリオネットの動きがまだ反復しているような感覚がのこった。
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クラシック倶楽部を聴いて
オリ・ムストネン(ピアノ)…作曲家や指揮者としても活躍するムストネンの「熱情ソナタ」▽ボネ&ムジカ・アルケミカ…ビーバーの代表作「ロザリオのソナタ集」からー番組HPから-
☆「ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 作品57 「熱情」」、ベートーベン:作曲、(ピアノ)オリ・ムストネン~2018年2月10日 すみだトリフォニーホール~
☆「「ロザリオのソナタ」から 第2番 訪問」、ビーバー:作曲、(バロック・バイオリン)リナ・トゥール・ボネ、(オルガン)ユージン・ミケランジェリ、(チェンバロ)アンヌ・マリー・ドラゴジッツ
~2018年4月9日 武蔵野市民文化会館 小ホール~
☆「「ロザリオのソナタ」から 第5番 神殿における12歳のイエス」、ビーバー:作曲、(バロック・バイオリン)リナ・トゥール・ボネ、(テオルボ)トーマス・ボイゼン、(ヴィオラ・ダ・ガンバ)パトヒ・モンテーロ、(ハープ)西山まりえ、(オルガン)ユージン・ミケランジェリ、(チェンバロ)アンヌ・マリー・ドラゴジッツ
~2018年4月9日 武蔵野市民文化会館 小ホール~
☆「「ロザリオのソナタ」から パッサカリア」、ビーバー:作曲、(バロック・バイオリン)リナ・トゥール・ボネ~2018年4月9日 武蔵野市民文化会館 小ホール~
「熱情」、音域が拡大されたピアノを贈られたベートーヴェンの喜びが沸き上がってくる感じ。胸奥に燃える情熱が、まだ覚め切らない感情のことごとくに点火してゆき、、それがまた激情となって迸る感じ。オリ・ムストネンは、このところを拘泥、破綻に渇く感じでひねって表出、これがむしろ、はっとさせ、激情のただなかに冷静さをもたらし、唖然とさせる。こんな聴き方があってもいいかな、独断と偏見のみのリスナーの感想として記す。
「パッサカリア」、音域のそう広くないオルガン曲といった感じ。精密機械のようなち密さ。舞曲に入るらしいが、明るく穏やかで繊細な感じがした。
ロザリオぜんたいに、古楽器の繊細でやさしい空気感。
さまざまな音楽家の顔と演奏に出あえるアラカルト、なにか、いくつかのホールをめぐり歩いたような楽しさが。
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きょうのことば
昨夕「髙田三郎を聴く夕べ」、行ってきました。すばらしかったですね。岩手のホールに響く合唱、ソプラノ、バリトン、弦楽四重奏。まだ余韻が。あとでよく整理してみたい。これも天の恵みです。
さて、きょうは日曜日ということで。
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先週歌われた賛美歌ではありませんが、任意で載せてみました。お聴きください。
「福音を恥とはしません」とはどういうことでしょう。
私の出身は長野県松本市です。東京で大学生の時に信仰に導かれました。神学生となり、在学中の三年間、毎年、開拓伝道の手伝いをしました。太鼓をたたき、ラッパを吹き、チラシを配ります。神学院を卒業していよいよ、年会での任命式に臨みました。どこに遣わされるか、何処へなりともの心境で、自分の任地の発表を待ちました。その時です。ふと、郷里の松本に遣わされたら恥ずかしいという思いになりました。幼い頃からの自分を知っている人々がいるのです。しかし私は直ぐに祈りました。「しかし、もし神さまがわたしをそこに遣わすのなら、私は喜んで行きますから、その時には、その時に適う恵みと力を与えてください」と。すると空かさず、「エホバに聖し」という聖書のことばが心に打ち込まれました。あれっと声をあげたほど鮮烈でした。もう福音を恥とはしません。
ヨハネ3:16に「3:16神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」とある福音の真理を、私たちは、へりくだって有り難うございますと受け入れるだけでいいのです。
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クラシック倶楽部を聴いて
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反田恭平( Kyohei Sorita)オール・ショパン・プログラム▽情熱的な演奏で注目を集める若手ピアニストによるスペシャルコンサート▽ポーランドが生んだ天才ショパンの傑作を演奏
~2019年1月30日 CHABOHIBA HALL(東京都立川市)~ー番組HPから-
1994年生まれ。2012年、日本音楽コンクール第1位(男性では史上最年少)2014年 - モスクワ音楽院に首席(日本人初の最高得点)で入学。2015年「チッタ・ディ・カントゥ国際ピアノ協奏曲コンクール」古典派部門で優勝。2017年出光音楽賞受賞。CDショップ大賞「クラシック賞」受賞。現在はショパン音楽大学(旧ワルシャワ音楽院)に在学。
☆「アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ 作品22」
☆「マズルカ ハ短調 作品56 第3」☆
☆「ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 作品58」
反田氏いうに「どう弾くのが正しいのか、正解を知りたくてポーランドに留学。徐々に自分のものになってきたが、とりあえず、ことしのツァーでそれをお届けしたい」と。氏の話しによれば、ショパンが使用しないでしまった作曲上のアイデアがさまざまのこっているとのことだ。ピアノだけを弾いているのではなく、作曲家の研究にも余念がないらしい。
「マズルカ」の、ルバートについては、揺らしてゆらしてなじませていく。大木は動かず、その葉だけがさわさわと、か、ざわざわとか、揺れ動くのがルバートであるといい、 「マズルカ」はファンタジーに近い聴きがいのある難しい作品。「ピアノ・ソナタ第3番」、34歳で作曲。古典的な手法による大規模な作品で、巧みな楽曲が組み合わされている。バッハの対位法を忠実に表現。色々なパッセージが組み込まれている。終楽章で3回目の主題には、あー、来た来たと、ざわーとするのだという。
「ピアノ・ソナタ第3番」、ショパンを聴くとき、いつも水の3態、水の流れが浮かぶのだが、この4楽章では尽くされた楽曲が、これもか、これでもかと立ち現れ迫ってき、それがマッスとなって、人生の集約をドラマティックに提示された思いがした。また第二楽章の終わりの二つの音が心の底に落ちて、今も鳴っている感じで、作曲者の魂のどこかに触れたかなという気がしないでもない。あれは諦念でもなく沈潜でもない、いまにわかるときもあるかと。
今回は公開録音ではない。カメラワークが、ピアノの持つ今一つの“機能”、周りにあるさまざまなものを美しく映し出すという可能性を最大限に追ってくれた。特に、持ち上げられた天板の角度の延長線の高さから捉えたピアノの内部構造、高橋アキ氏がいっておられたピアノは弦であるさまが、琴線さざめくごとくにとらえられていた。観客席にあるときには、視覚の範囲は一定しており、決して味わうことのない断面を、この映像では豊かに提供してくれた。ファツィオリと、それを縦横に弾きこなす演奏家と、カメラワークが作り出す詩の世界、これで三月初日もすばらしいスタートとなった。
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