« 本格的な指揮者は8歳 | トップページ | 幻の鳥 »

きょうのことば

 先週のインマヌエル盛岡キリスト教会で歌われた賛美歌です。ユーチューブからですが、どうぞお聞きください。





 毎週、キリスト教の説教を、簡略に書かせていただいておりますが、読んでくださるお一人にでも、何らかの参考になればと願っております。
 先週の聖書引証個所は、第一テモテ1:12~17です。

1:12私は、私を強くしてくださる、私たちの主キリスト・イエスに感謝しています。キリストは、私を忠実な者と認めて、この務めに任命してくださったからです。 1:13私は以前には、神を冒涜する者、迫害する者、暴力をふるう者でした。しかし、信じていないときに知らないでしたことだったので、あわれみを受けました。 1:14私たちの主の、この恵みは、キリスト・イエスにある信仰と愛とともに満ちあふれました。 1:15「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた。」ということばは真実であり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。 1:16しかし、私はあわれみを受けました。それは、キリスト・イエスがこの上ない寛容をまず私に示し、私を、ご自分を信じて永遠のいのちを得ることになる人々の先例にするためでした。1:17どうか、世々の王、すなわち、朽ちることなく、目に見えない唯一の神に、誉れと栄光が世々限りなくありますように。アーメン。
〈國光勝美牧師の説教より抜粋〉
 「福音」とは「よい知らせ」のことです。ギリシャ語で「エウヴァンゲリオ」。英訳すれば「Gospel」(ゴスペル)です。「幸福の音信」が即ち「福音」です。福音はイエス・キリストご自身です。聖書の4福音書は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによって記されたものです。

 福音は、神が与えてくださるすばらしい宝物である恵みです。これは自分の力で一生懸命努力して獲得するものではありません。神様の側から恵んでもらう以外に、獲得の手段はありません。子供が星を手に入れようと、箒で取ろうとしていた、すると見ていた人が、ばかだな。屋根にのぼってごらん、と言ったという笑い話があります。このように、人間がいくら頑張っても、神様の恵みは手に入れることはできない。私たちを憐れんでくださる神様の前に謙遜になって出て、神様の側から差し出されたときに、ただ、「有り難うございます」と受け取る以外に受ける方法がないことを、パウロは経験していました。恵みとは、私たちが神に受け入れられること、永遠の命をいただくこと等などの側面、そして何よりも私たちの力ではどうすることもできない罪の解決という恵みです。この罪を解決するために、神様はひとり子のイエス・キリストを十字架につけてくださいました。恵みは信仰によって受け取るべきものです。パウロは、以前は、クリスチャン殺害の急先鋒でもありました。しかし、パウロは、神はわたしを憐れんでくださったと、大胆にたまものを受け取っています。


 これを過去、現在、未来の三つの時間的な面から味わってみます。
【過去】
 13節にあるように、パウロは、見事に赦しを経験しています。こんな私を主は赦してくださった。私の過去はぜんぶ赦されている。パウロはぜんぶ赦された過去と向き合っています。子羊なる方、イエス様が、私の十字架の贖いのゆえに、彼は無罪です。なぜなら、彼は、十字架を自分のものとして信じているからです。十字架の福音を通して過去をみれば、その大きな恵みがわかります。15~16節にある通りです。
【現在】
 (筆者が考え事をしていたために、聞き落しました。) 
【将来】

  パウロは、私は決してたわごとを言っているのではないと言います。パウロは、復活した主ご自身に触れている。迫害に燃えていたとき、ダマスコで、よみがえりのイエス様に出あっています。「その方は誰ですか?」とパウロが訊くと、主は「あなたが迫害しているイエスです」とおこたえになりました。

  これが福音であるとわかったとき、福音からドロップするなどという事はあり得ない事です。福音がほんとうにわかっているなら、私たちは、将来もこの宝を持ち続けることになります。

 

※聴き落しはありますが、メッセージの肝心な部分はお伝えできるものと思います。
6時35分  更新

|

« 本格的な指揮者は8歳 | トップページ | 幻の鳥 »

教会」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: きょうのことば:

« 本格的な指揮者は8歳 | トップページ | 幻の鳥 »