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2019年1月

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クラシック倶楽部を楽しむ

アンドレアス・シャーガー(テノール)&リディア・バイチ(バイオリン) 演奏会。トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア。マティアス・フレッツベルガ―(指揮)。2017年3月19日東京文化会館小ホール。

 この番組では、珍しく華やかなステージ、結婚したばかりだというシャーガー&バイチ。たくさんの幸せを振りまいてくれたコンサート録画だった。シャーガーのヘルデンテノール(力強く英雄的で劇的)は圧巻。バイチは美貌のバイオリニスト。使用楽器は名器ガルネリ・デル・ジェス。はっとしたのは、バイチ左手首にト音記号、右手首に判然としなかったが、マーク、たぶん音楽に関係したものだろう、小さくタトゥーが入っていた。音楽に捧げますというある時点での決意表明なのか、ファッション感覚でなのかはわからない。このタトゥーとピンクのドレスで、後々までも思い出しそう。

 「魔笛」はまた学ぶ機会がありそうだが、「太陽でさえひるみ沈んでいく」、「自然がこれほどの苦しみをくれたことに感謝しなければ」等など、詩作には参考になりそうなフレーズがいっぱい。指揮のフレッツベルガ―が、人間の声とバイオリンの音にどれだけの共通点があるか、といっていた。その模索での選曲があるらしい。歌劇「ジプシー男爵」、「おおざっぱでよければ何でもできるさ」と大らかに歌う。舞い上がりそうな楽しさ。「日本人並みに綱渡りも得意で」が大いに気になったところ。「友よ 人生は生きる価値がある」の「世の中はこくこくと若返る」にもとにかく人生を肯定的、前向き、積極的に歌う。フレッツベルガ―の説得力で一層肯定的に。「世界一美しい女性が、きょうにも君のものになるかもしれない」とは、これが男性の至上の夢なのかも。素晴らしかった。「ヨハン・シュトラウスのテーマによる幻想曲」、テノール登場でステージがにわかにグレードアップ。独特で力強く熱いウィーン気質の現出。「唇は黙して」でお熱いふたりのダンスもすこしだけ披露。バイオリンも華やかでした。
 ぜんたい、歌劇のハイライト、エッセンスを贅沢に味わったという感じが。すてきなトウキョウ・ミタカ・フィルハーモニアにもこの3人のセッションの感想を聞いてみたかった。

☆「歌劇「魔笛」から「なんと美しい絵姿」K.620」、モーツァルト・作曲。テノール。☆「バイオリンと管弦楽のためのロンド ハ長調 K.373」、モーツァルト・作曲。☆「「ウェーゼンドンクの五つの詩」から」、ワーグナー・作曲、モットル/フレッツベルガ―・編曲。テノール。バイオリン。☆喜歌劇「ジプシー男爵」から「陽気に世界をさまよった」」、ヨハン・シュトラウス・作曲。テノール。☆「愛の夢」、リスト・作曲、フレッツベルガ―・編曲。テノール。バイオリン。☆「喜歌劇「ジュディッタ」から「友よ 人生は生きる価値がある」」、レハール・作曲。テノール。☆「愛の悲しみ」、クライスラー・作曲、フレッツベルガ―・編曲。バイオリン。☆「ヨハン・シュトラウスのテーマによる幻想曲」、ヨハン・シュトラウス・作曲、バイチ/フレッツベルガ―・編曲。テノール。バイオリン。☆「喜歌劇「メリー・ウィドー」から「唇は黙して」」、レハール・作曲。☆テノール。バイオリン。

    

名曲アルバム。「トロイメライ」、シューマン作曲、栗山和樹・編曲。ピアノ・仲道郁代、東京フィルハーモニー交響楽団、指揮・矢崎彦太郎。

 ザクセンのツッヴィカウ、2歳ぐらいの子どもが、乳母車につかまって歩いていたのが印象的。クララとの出会い、1840にシェーネフェルダー教会で結婚。そこからロマンテッィクな数々の音楽が。


きょうも前向きな新発となったかどうか 6時55分 更新

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コーヒールンバ

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 コーヒールンバには、さまざまな歌詞がつけられているが、多くの詞は、この曲の考えるという拘束をさらりと抜け出したこだわらぬ明るさにはそぐわないと思われた。それで、またwikipediaに、何しろwikipediaには年に一回、些少ながら寄付させていただいているので、つい。

コーヒールンバ」(Coffee rumba)は、アルパ奏者のウーゴ・ブランコスペイン語版演奏で世界的にヒットした曲。原曲は、ブランコの叔父であるベネズエラの作曲家ホセ・マンソ・ペローニ(Jose Manzo Perroni)がコーヒーをモチーフに1958年に作詞・作曲したMoliendo caféスペイン語版モリエンド・カフェ日本語対訳「コーヒーを挽きながら」)である。
 実際には曲のリズムはルンバではなく、オルキデア(Orquidea:ウーゴ・ブランコが生み出したリズム形式)である。
 この曲がヒットした1960年代初頭は、日本で初めてインスタントコーヒーが国産化されたことにより、コーヒーが喫茶店だけでなく一般家庭でも広く飲まれるようになった時代でもあった。
 JASRACに於いては2018年現在、外国作品/出典:PJ (サブ出版者作品届)  /作品コード  0M0-6260-4 MOLIENDO CAFEとして登録[4]。内外含めて計97組の歌手が「アーティスト」として登録されている[4]

さらに、ホセ・マンソ・ペローニをググってみると、
実際の作曲者はウゴ・ブランコですが、作曲当時未成年だったため、代わりに叔父ホセマンソペローニの名前で登録され知られていると言われています。


 すると、ウゴ・ブランコは、自分の曲だと知っていたのでしょうが、……、しかし、しかし、それをここで考えるのは、時間がなさすぎ。文献もない。
 ただこの曲が100近いアーティストによって、カバーされ、リバイバルを繰り返し、替え歌も含めて、世界中で知らない人は恐らくいないだろうという事実。かくいう私も、この曲を、重たい思い入れを持たせずに、ただ飄々と、軽々と、切れよく奏されたものは、ついつい回を重ねて聴いている。アッケラカンとノホホンと、この曲を楽しんでいる。スッキリするのだ。コーヒーを味わった後のように。

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クラシック倶楽部を聴いて

 氷点下8度の朝。曙光はさしてくれるかくれないか、何れなりとも、きょうも頑張らなければならない。生きなければならない。死んだように生きるのではなく、一日を、生きているように生きたいものだ。

コントラルト(女声の最低音域)でもあり、指揮者でもあるナタリー・シュトゥッツマン。ナタリー・シュトゥッツマンが2009年に結成した室内オーケストラ、オルフェオ55の演奏。2018年5月15日紀尾井ホール。

 指揮って、歌いながらできるものなの? するとシュトゥッツマン、歌うときには体を使うので、細かな指示はできない、本番前までにそれをしっかり徹底しておくのだ、と。「オルフェオ55」というネーミングについて、5は、シュトゥッツマンのラッキーナンバーだとか。変わった名をつけようとの意図から。「オルフェオ」、音楽で地獄の生き物を魅了するとかなんとか、聴き落しもあるかも。ちょっとびっくり。楽員はモダン、ピリオドの両楽器ができる者からの選抜。気になる古楽器が4つありましたが。演奏は時として情熱的。
 コントラルト、数あるパートの中で一つの役割を果たすという思い込みを覆し、悲哀、苦悩、そして怨念までを立ち現れるようなリアルさで表現できるコントラルトに魅せられた。これには荒びる地獄の生き物も、くたっとおとなしく耳を傾けてしまうのでは。シュトゥッツマン、男性指揮者と見紛いそう。西本智実とはまた違ったカッコよさ。すばらしい女性でした。
 歌曲の詞には日本人感覚とは異なるダイレクトさが。「高慢で、残忍で、理性を失った瞳よ、私を傷つけないで」、「周りに霊がいくつも見えて…体中を冷たい毒で満たす」、「愛の喜びはつかの間のものだが、愛の悲しみは一生続く」等など。 

 

☆「協奏曲 第1番 ヘ短調から ポコ・アンダンテ」、ドゥランテ・作曲。☆「歌劇「ポンペオ」から 私を傷つけないで」、アレッサンドロ・スカルラッティ・作曲。☆「歌劇「ジュスティーノ」から この喜びをもって会おう」、ヴィヴァルディ・作曲。☆「歌劇「アルミード」から パッサカリア」、リュリ・作曲。☆「歌劇「救われたアンドロメダ」から 太陽はしばしば」、ヴィヴァルディ・作曲。☆「オラトリオ「敵の将軍ホロフェルネスに勝って帰るユーディット」から 気まぐれの風にもてあそばれ」、ヴィヴァルディ・作曲。☆「歌劇「みやびなインドの国々」から 未開人の踊り」、ラモー・作曲。☆「パッサカリア」、ファルコニエーリ・作曲。指鳴らし。床をたたくような音をどうやってだしているか。☆「踊れ、優しい乙女よ」、ドゥランテ・作曲。☆「愛の喜び」、マルティーニ・作曲。☆「歌劇「オリンピアーデ」から 私は苦しみながらも震えている」、ヴィヴァルディ・作曲。

     

名曲アルバム「ニューヨーク・ニューヨーク」J・キャンダー、F・エッブ作曲。歌・団しん也、ピアノ・美野春樹、ベース・加瀬達、ドラムス・伊藤史朗、東京フィルハーモニー交響楽団、指揮・大井剛史。

 意識散漫、集中力が欠けていたときの空白部分を、今回も埋めてみようと、先ずは映画「ニューヨーク・ニューヨーク」をググってみたが、これ以上、時間をかけるのは……。ただ、フランク・シナトラがカバーし広く知られたことは一応、書くとし、また、この曲がヤンキースタジアムで、試合終了後に流された、この試合終了後が大事であったなと。


6時55分 更新

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それでも生きていく


 道すがら、小さく美しい彩とりどりの花が咲いている、これが辻井の世界、わたしの瞼に映る辻井の世界だ。

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クラシック倶楽部を聴いて

 昨夜、22時5分前に、除雪車が入ってくれたが、けさ見るとやはりまた積もっている。クラシック倶楽部、20分遅れで視聴。近頃は、果たしてBSが入るかどうかと心配。ごくたまに、アンテナに異常があるか、天候によってはとが出るからだ。しかしいまのところ、このクラシック倶楽部の時間だけは、一度だけカードのさし直しはしたが、守られている。

 

ラトビア放送合唱団 演奏会。指揮・カスパルス・プトニンシュ。 2017年5月22日 すみだトリフォニーホール

 「ヨーロッパのプロフェッショナル室内楽合唱団のトップに数えられる。洗練されたセンス、表現力の素晴らしさ、驚くほど幅の広い歌声。1992年以降、音楽監督兼首席指揮者であるシグヴァルズ・クラーヴァとカスパルス・プトニンシュの2人の指揮者のもとで活動。
 LRCは人間の声のもつ可能性について新たな理解を打ち立てた。合唱の新たなパラダイムを作り上げたということもできよう。LRCにおいては、メンバー一人ひとりがそれぞれ明確な声の特徴と役割をもったひとつの個として存在する。
 ザルツブルク音楽祭、モンペリエ音楽祭などの世界トップの音楽祭をはじめ、多くの一流コンサートホールで公演、著名指揮者との共演も数多く成功させている。」(「」内は、ヒラサ・オフィスからの抜粋)

 

☆「徹夜祷 作品37 から」、ラフマニノフ・作曲。
第6曲からを視聴。新改訳2017との訳の違い、「ハリストスの復活を見て」「イイスス・ハリストス聖神よ」などなどあるが、やはり毎日曜日に、教会で聖書の解説を聞いているお蔭でわかるのだ。この恩恵は大きい。
 深い祈り、神への想い、信頼、またそれに届こうとの意識の表れが、聴く側を、黙想的で精緻な精神世界の息に触れさせてくれる。




“名曲”は、「かじ屋のポルカ」「最初で最後」ヨーゼフ・シュトラウス曲。東京フィルハーモニー交響楽団。指揮・松尾葉子

今回はレリーフ、技師が指示を出し、職人たちが働くすがたを象ったレリーフをおもしろく見た。見るたびに違った角度に視点が動く。何度でも見てみるものかも。


ゴミ集積所を気にしながら  6時40分 更新

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雪、雪。雪

 一日中、雪。雪かきをするすがたがそちこちに。タイヤ痕が陶器のように艶やかです。

 雪がでてくる歌は……とたぐり寄せると、「雪よ岩よ われらが宿り」、「雪やこんこ あられやこんこ」、アダモの「雪はふる」、ロシア民謡「雪のしらかば並木、夕日が映える~」、「雪のふる夜はたのしいペチカ~ペチカ燃えろよ」、次に思い出したのが、もう引っ越してしまわれたが、そこの小学生の姉妹たちが歌っていた曲。少女たちをとりこにしたその歌は、
20時52分 更新

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クラシック倶楽部ーマリア・カラス系ソプラノー

タマール・イヴェーリ ソプラノ・リサイタル。ピアノ・浅野菜生子。紀尾井ホール2017年5月19日。

 イヴェーリはジョージア国(グルジア)の首都トビリシ生まれ。タマルは、ヘブライ語でナツメヤシを意味するようだ。自分が知らない名にあうと、これを聴いて自分に何かわかることがあるだろうかと一瞬たじろぐ。それが2,3曲も聴けば、この方がどういった経歴でどの範囲で活躍しているものかは察しがつくようになっている。それも、この番組を聴き続けてきたお蔭だ。一応その一端を書き留めると、ウィーン、メトロポリタン両歌劇場で活躍、その他数々。浅野菜生子は桐朋出身、声楽家の信頼が厚いということだ。
 イヴェーリには、予備知識もなにも要らない、ただイヴェーリを聴きさえすれば、ぜんぶをイヴェーリが分からせてくれる。すごかった。狂おしさ、甘やかさ、幸福感、生の喜び、憂い、悩み、哀れさ、まだ書き落としているかもしれないが、人生で遭遇する、迎えるありとあらゆる想いをドラマテッィクに表現。イヴェーリがいうに、聴いている者に希望を与え、聴いているあいだだけでも悩みを忘れさせ、その響きがひとの記憶にずっと後々までものこる歌でありたい、と。自信があふれている。
 

☆「リラの花 作品21第5」、ラフマニノフ・作曲。☆「もし私が知っていたら 作品47第1」、チャイコフスキー・作曲。☆「春まだ浅いころ 作品38第2」、チャイコフスキー作曲。☆「歌うな、美しい人よ 作品4第4」、ラフマニノフ・作曲。☆「雪解け 作品14第11」、ラフマニノフ・作曲。☆「昼の輝きが満ち夜の静けさが広がっても 作品47第6」、チャイコフスキー・作曲。☆「歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」から 「私は神の卑しいしもべです」」、チレーア・作曲☆「歌劇「道化師」から 鳥の歌「大空をはれやかに」」、レオンカヴァルロ・作曲。☆「歌劇「ルサルカ」から 「月に寄せる歌」」、ドボルザーク・作曲。☆「歌劇「ワリー」から 「さようなら、ふるさとの家よ」」カタラーニ・作曲。☆「歌劇「蝶々夫人」から 「ある晴れた日に」」、プッチーニ・作曲。

“名曲”は、「交響曲第9番」、マーラー作曲。NHK交響楽団。指揮・飯森範親。
 粗末な小屋にいても作曲はできる。またも同じことを書いておく。


6時54分 更新

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岩手県民オーケストラ第70回定期演奏会

  岩手県民オーケストラ第70回定期演奏会。指揮河原哲也、ヴァイオリン田口雅人。ベートーヴェン「エグモント」、メンデルスゾーン「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」、チャイコフスキー「悲愴」。
 午前中は午前中で教会、もしかしたら間に合わないかもとチケットを買わずにいたのですが、それも買うことができ、何とかエグモントの途中から滑り込み。やはり生演奏がいちばん。元気をいただきました。お世話になったY子先生の変わらぬお元気さ、嬉しく思いました。
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きょうのことば

 今朝5時の盛岡の気温は-6。厳しい寒さにあっても、新たな一日が加えられたことは感謝です。
先週歌われた賛美歌のうちの一曲です。お聞きください。
 先週は、エペソ書6:10~20から『神のすべての武具を』と題し、國光牧師のおはなしがありました。
6:10終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。 6:11悪魔の策略に対して堅く立つことができるように、神のすべての武具を身に着けなさい。 6:12私たちの格闘は血肉に対するものではなく、支配、力、この暗闇の世界の支配者たち、また、天上にいるもろもろの悪霊に対するものです。 6:13ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。 6:14そして、堅く立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、 6:15足には平和の福音の備えをはきなさい。 6:16これらすべての上に、信仰の盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、すべて消すことができます。 6:17救いのかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち神のことばを取りなさい。 6:18あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのために目を覚ましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい。 6:19また、私のためにも、私が口を開くときに、語るべきことばが与えられて、福音の奥義を大胆に知らせることができるように、祈ってください。 6:20私はこの福音のために鎖につながれながらも使節の務めを果たしています。宣べ伝える際、語るべきことを大胆に語れるように、祈ってください。
〈メモ〉
 このエペソ書は、パウロの獄中書簡、つまり牢獄で書かれたお手紙です。パウロの身辺には、絶えずローマ兵の監視がついていました。「神のすべての武具をとりなさい」とありますが、これは兵が身に着けている武具を神の武具に置き換えていっています。真理の帯、正義の胸当て、足には平和の福音の備え、信仰の盾、救いのかぶと、御霊の剣です。私たちは、常に悪霊との戦の最中であるというのです。いつも悪魔の策略にさらされているというのです。だから「主にあって、その大能の力で強められなさい」。
 悪魔の策略とは、マタイ4:1~にもあるイエスさまをも陥れようとした誘惑のことです。石をパンにしてごらん、経済が潤されるよ。神の子なら神殿の屋根から下に飛び降りてごらん、奇蹟をやってみせなさいよ。最後にサタンは、一度でいいから私を礼拝してごらん、ひれ伏したならすべての王国と栄華をあげるよ、そうしていたって仕方ないだろう、わたしを拝んでごらんといいます。
 イエスさまは、私たちと同じように誘惑を受けました。ですから誘惑を受ける私たちの気持ちをよくご存じです。そこに座り込んでいてはいけません。堅く立ち上がりましょう。堅く立つことはできます。まず信仰で立ちあがって、神の武具を着けましょう。武具が錆ており、靴底が破れていたらどうでしょう。日頃、武具を手入れしておくことが肝心です。手入れをおさおさ怠らぬようにしましょう。一つ欠けてもいけません。

 簡略化していますが、趣旨を損なわず、できるだけそのまま記しました。
6時05分 更新です。

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「主よみもとに近づかん」

 5時半ごろ、地震が。ガスを消しながら震度4かな、と。情報は、やはり、でした。誰でもが体感で震度を当てられる。3や4はもはやあたりまえのような。怖いはなしだ。
 くつろぎのひと時に、「主よみもとに近づかん」

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青空は見えないが

  7時10分まえ起床。クラシック倶楽部はない。5時代からのTVを見ない日もあっていい。6時時点で-7であったらしい。一昨日ニュースで岩洞湖のワカサギ釣りが出ていた。岩洞湖の氷のように硬く真っ白に見えたワカサギ。出ているかとスーパーに行ってみたが並んでいなかった。あの辺りは今朝も-10ぐらいにはなったろう。
 大坂、全豪オープンの決勝進出をトップに7時のニュースが始まったようだ。おしゃべり人形のプリモが、これは亡き母のところにあったものだが、毎朝7時には、元気に「おはよう!」と挨拶をしてくれる。

 青空は見えないが、青空の写真を

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 7時8分 更新

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盛岡タイムスの連載「楽都のユニゾン」第47回が出ました。

「楽都のユニゾン」第47回、今回は、関東大震災のあと、まだ2か月しか経っていない危険ともいえる東京に、被災の甚大さを聞きつけて、バイオリンを抱え駆けつけてくれた世界的な音楽家がいたことをちょっと書かせていただきました。ややもすると冷たい音色ともいわれるハイフェッツ、しかし、ハイフェッツのあたたかさに、多くの人々が心打たれ涙したにちがいなく、太田カルテットの誰々が行っていたかはわかりませんが、赤澤長五郎が行ったことは確かで、恐らくはほかの3人も行っただろうと思われます。当時、ハイフェッツは1901生まれ、震災は1923、22歳という若さでした。山田耕筰は、恐らく通訳としての役目もあって行っていたかと思います。


以下はWIKIからです。

ウィリアム・スタインバーグ指揮(William Steinberg, 1899年8月1日 - 1978年5月16日)は、ユダヤ系ドイツ人指揮者。第二次世界大戦後にアメリカを中心に活動しており、もっぱら英語名で知られる。

ケルンに生まれ、本名はハンス・ヴィルヘルム・シュタインベルク(Hans Wilhelm Steinberg)といった。1933年ナチスによりフランクフルト歌劇場から引退を余儀なくされた上、演奏活動を制限されたことから、1936年イギリス委任統治領パレスチナに移住した。同地でブロニスワフ・フーベルマンらと共にパレスチナ交響楽団(現イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団)を結成し、指揮者を務める。

第二次世界大戦後に欧米の楽壇に復帰し、1945年から1953年までバッファロー・フィルハーモニー管弦楽団を、1950年代にはロンドン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した。1952年ピッツバーグ交響楽団の音楽監督に就任し、1976年までの長期間にわたって同楽団を指導した。同楽団とは来日公演も行っている。名ヴァイオリニストナタン・ミルシテインの伴奏者としても有名である。また、1969年から1972年までボストン交響楽団音楽監督を兼任している。

ニューヨークで他界した。

 

RCAビクター交響楽団米・ニューヨークを本拠とするRCAレコードの録音用オーケストラ。レコード会社のRCAビクターによる録音用オーケストラ、RCAビクター管弦楽団が1943年に停止したのを受けて、新たにニューヨークでRCAビクター交響楽団として編成。ニューヨーク・フィル、メトロポリタン歌劇場管、シティー・センター、NBC響などからの選抜メンバーによる編成と言われる。ニューヨーク・フィルの変名とも。その後はフリッツ・ライナーが事実上の音楽監督となった編成が著名で、ウラディミール・ホロヴィッツのピアノによるベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」やラフマニノフのピアノ協奏曲第3番などの録音がある。ライナーとは別組織の臨時編成も存在。

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クラシック倶楽部を聴いてー最先端を走る作曲家ー

  世界の最先端をはしる作曲家のひとりが登場と予備知識を手に期待感をもってTVに、と思いきや、ふと窓外に目をやると、昨日に増して金星と木星がさやかに存在を輝かせている。もったいない、これも見なくちゃ、だけど藤倉も見なくちゃに揺れたが、星の方をしばし見上げてから、すこし遅れて、三味線の途中から、TVの前に。

オール作曲家・藤倉大作品。イギリスを拠点に国際的に活躍。ハクジュホールの開館15周年記念公演「藤倉大 個展」。この「藤倉大 個展」にはじめ違和感があったが、聴き終えて、なるほどこれは確かに個展だわ、と。一曲、一曲が新たに額に収まって目の前に立ち現れるという感じ。

 経歴は、WEBから
 藤倉大は1977年大阪生まれ。15歳で渡英し、エドウィン・ロックスバラ、ダリル・ランズウィック、ジョージ・ベンジャミンに師事、と書くも、筆者の知らない名前の羅列なのだ。現代の錚々たる教授陣なのだろう。数々の作曲賞を受賞。ザルツブルグ音楽祭、ルツェルン音楽祭、ときて、ああ、やっとわかる項目に。BBCプロムス、バンベルク響、シカゴ響、アンサンブル・アンテルコンタンポラン、シモン・ボリバル響、アルディッティ弦楽四重奏団等から委嘱され、国際的な共同委嘱もますます増えている。……こんなにすごい日本人作曲家がいたらしい。そして、ここからは筆者も知った名前たち、ブーレーズ、エトヴェシュ、ノット、ドゥダメル、アルミンク、リープライヒ、井上道義、山田和樹ら指揮者たち、それがどうしたの? それが藤倉の作品を初演・演奏していたのだ! と、これ以上の輝かしさは省略。

 藤倉自らがいうに、教授という立場にあって、自宅で教授、生徒たちの方が自宅にやってきて教えていただくという形。それが、藤倉が作曲中であれば、いくら呼び鈴を押しても出て来てくれない。誰も文句は言わない。言ってはならないのだ。こういう在り方が許されている、それだけ才能が認められ厚い、いや篤いであったか、何れ、すごい曲をつくるであろう、それを邪魔してはならないと、何よりも創作を保護、保証されている存在なわけだ。


 

☆「NEO(音緒)~三味線のための~」、三味線・本條 秀慈郎。この段階ではそれほど斬新さは感じられなかった。三味線という楽器がある意味いかようにも斬新になり得るのをすでに聴いているせいかもしれない。☆「きいて~ソプラノのための~」、ソプラノ・小林 紗羅。小林の委嘱であるという。正統派をくつがえそうとグロテスクに仕上げたと藤倉。音楽から遠く動物的と感じられる最初のフレーズを、小林は忠実に表現。最後までこれが続くかと思ったところで、声楽らしく、というのは、藤木はそれさえも、常識を超えてと画策しているのだが、そのらしくに乗ったところで、ほっとした心境に落ち着いた。歌というよりは演出の妙に触れている感じが。☆「GO~ピアノと管楽のための~ から 第5楽章」、クラリネット・吉田 誠。ピアニスト小菅優の委嘱作品だ。幻想的な世界。ここでちょっと雑念が入り、余計なことが頭を過ったために、まともな視聴ができないでしまった。☆「ゆらゆら~ホルンと弦楽四重奏のための~」、ホルン・福川 伸陽、弦楽四重奏・カルテット・アマービレ。通常の奏法を一切使っていないという。まったく新たな別次元の響き。☆「Osm(オズム)~チェロのための~」、チェロ・新倉 瞳。閉塞感、先の見えない戸惑い、不安、手探りで迷路をたどり行くような。こう鳴らしてみようか、ああ鳴らしてみようかという作為が随所に鮮やか。時として露骨なまでにそれが感じられるのだが、それがすべて成功しているという感じ。☆「チャンス・モンスーン~ギターのための~」、ギター・村治 奏一。村治 奏一の委嘱。こまい音の連なり。宇宙のイメージを広げたのだとか。最後部分に宇宙空間の静けさが醸す雰囲気が見えたような。☆「はらはら~ホルンのための~」、ホルン・福川 伸陽。それこそハクジュホール15周年を記念して2018の作曲、真新しい曲。音楽的に新たな次元を発掘したという感じ。

 次はどんな曲? 次は? 次は? と聴く者に、何か独創的なことをやってくれる、聴かせてくれるだろうという期待感を絶えず持たせている藤倉。藤倉が藤倉の創造を優先的に生かす在り方が許されている理由がわかった。



 

“名曲”、「小さな星」マヌエル・ポンセ作曲、加羽沢美濃・編曲。チェロ・江口心一、ピアノ・加羽沢美濃。

アグアスカリエンテスという温泉の街。ポンセが音楽的に育ったサンディエゴ教会が映っていた。故郷に向かう夜行列車の中で作られた曲「小さな星」

   7時1分 更新

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凍てつく朝の星

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☆☆
 けさ5時50分ごろ、金星の右下に木星も小さく見えるというので、クラシック倶楽部の最後の曲の途中で、というのも、すこし雲が動くと見えなくなってしまうので、後でなどと言ってはいられない。それで撮った写真がこれです。LEDの街路灯が煌々としていて見にくいのですが、松の木の右に電線が張り出している上部、薄闇に明るさの違う点が二つ。写真では金星だけは辛うじて見えますが、木星は雲隠れか、捉えかねました。凍てつく朝の天のプレゼントでした。

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クラシック倶楽部を聴いて

藤木大地 カウンターテナー・リサイタル 。「旅」をテーマに歌う。ピアノは多田聡子。2017年1月21日 東京文化会館小ホール

 カウンターテナーを聴きながら、坂東玉三郎の非現実的な美しさを曳く姿が浮かんだ。なにかこの声に通じるものがある。ただ声の方は、暗がりに硬質な光を放つ。殊にも、悲しみを歌うときには、その悲しみが光を放つ、悲しみが“生きる”、悲しみを“生かす”という感じがするのだ。「ダニー・ボーイ」や「死んだ男の残したものは」に、それが顕著に聴きとれた。1980生まれ。2013年、ウィーン国立歌劇場と日本人カウンターテナ-として初めて、客演契約を結ぶ。 Warner Music Japanには「日本人、そして東洋人カウンターテナーとしても史上初の快挙!」とあったが、カウンターテナーに転向したのは2011年。番組の中で、藤木は「リサイタルは自分の全部を自由に表現できる、何としあわせなことだろう」と語りつつ、曲から感じたことをできるだけ観客につたえなければならない使命があるとも話している。
 「てがみ」は、加藤昌則が藤木のために書き下ろしている。このステージで世界初演という。詞は岸田衿子。詞の内容から、これは実際に書いている手紙なのではなく、心の中のつぶやきであって、実際には亡くなるか隔てられているかで書くことのできない相手に絶えず心の中に反芻される想いのつぶやきであるかと。抜粋するとーどうしていますか/午后は雨です/夕方林の道の奥で/オーボエが鳴るのを聞くでしょうー、このオーボエがふくろうのような気が。ふくろうが一日のどの時間帯でよく啼くものかはわからないが。「死んだ男の残したものは」は武満がベトナムの平和を願う市民集会のために作曲。谷川俊太郎の詞が切々と心にしみる。

 この録画はまえにもいちど観ているのだが、幾分か注意深く視聴する習慣がついたいま、新たに聴いたといえるほど理解がまるで違っている。この番組を教材としてついてきた甲斐があった。有難いことだ。

☆「旅のこころ」、高田敏子・作詞、加藤昌則・作曲。☆「歌曲集「旅の歌」から“美しい人よ目覚めよ”」、L.スティーヴンソン・作詞、V.ウィリアムズ・作曲。☆「歌曲集「旅の歌」から“私はいずこにさすらうか”」、L.スティーヴンソン・作詞、V.ウィリアムズ・作曲。☆「ゴンドラの唄」、吉井勇・作詞、中山晋平・作曲。☆「宵待草」、竹久夢二・作詞、多忠亮・作曲。☆「夢みたものは・・・」、立原道造・作詞、木下牧子・作曲。☆「てがみ」、岸田衿子・作詞、加藤昌則・作曲。
☆「ダニー・ボーイ」、F.ウェザリー なかにし礼・作詞、アイルランド民謡・作曲。☆「死んだ男の残したものは」、谷川俊太郎・作詞、武満徹・作曲。☆「万霊節 作品10第8」、V.ギルム・作詞、R.シュトラウス・作曲。☆「あすの朝 作品27第4」、H.マッケイ・作詞、R.シュトラウス・作曲。☆「小さな空」、武満徹・作詞、武満徹・作曲。


“名曲”は、「喜歌劇“チャールダーシュの女王”」カールマーン作曲、上柴はじめ編曲。ソプラノ・佐々木典子、合唱・二期会合唱団、東京フィルハーモニー交響楽団、指揮・岩村力。

 これもまえに聴いて聴き落したところ、記憶にのこらなかったところを補填。何度でも聴いてみるもの、発見は尽きない。


充実感をもらって、 6時53分 更新  

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アメイジンググレイス

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クラシック倶楽部を聴いてー楽器の変わった組み合わせー

けさのクラシック倶楽部は、クロード・ドビュッシ(1862~1918)没後100年記念演奏。いうまでもなく、オールドビュッシー。2018年11月24日 フィリアホール。フィリアホールってどこだったかな。

 

☆「ピアノ三重奏曲 ト長調から 第1、2、4楽章」。1879年ドビュッシーがパリ音楽院にいたときに作曲を志して作ったらしい。17歳のときだ。出版年は、筆者の聞き間違いかと思う点もあるので割愛。第4楽章がよかった。ピアノ・三浦友理枝、バイオリン・川久保賜紀、チェロ・遠藤真理。☆「ハープと弦楽のための舞曲「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」」。これはプレイエル社が、自社の楽器宣伝のために作曲を依頼したものだという。ハープの吉野直子さんが、印象派の絵を見ているよう……五感で全身に感じられるもの、光の移り変わりをち密に書いている、描いてかもしれないが、そのように言っておられた。自然との親密さということだろう。ビオラの川本さんが、遠い両極端なものを表現、と言っておられたが、まさしく。楽器もことば、言い換えれば音符もことばだと感じた一曲。この中で、ハープは静的な存在感を示し、弦は森のさざめき、自在に移ろう光だ。ハープ・吉野直子、バイオリン・川久保賜紀、バイオリン・小林美恵、ビオラ・川本嘉子、チェロ・遠藤真理。☆「フルート、ビオラ、ハープのためのソナタ」、これはおもしろい一曲だった。解説でも、この三つの楽器の組み合わせはおおよそ考えられないものだという。1915年、つまりドビュッシーが亡くなる3年前の作曲。それぞれの楽器を解放していても、曲自体はち密であるとも。
 主役はビオラで、複雑な心境を本音を語っている。フルートが相槌を打ちながらそうじゃない、こうでしょうと癒しに回っている感じ。そこでハープは別な空間にいて音は優しくも聴こえるが、これが客観視的に響いている。第3楽章でやっとハープがビオラとフルートに近づき合流、互いに同調しあって想いの一致に到って終了。おもしろかった。フルート・上野由恵、ビオラ・川本嘉子、ハープ・吉野直子。

名曲は、ベートーベン、7番シンフォニー。東京フィルハーモニー交響楽団、指揮・円光寺雅彦

 解説通り、漲る創作意欲からできた躍動感と生きる喜びににあふれたこの曲を、真っ先に聞いたのが傷病兵たち。「わが音楽は民衆のためにある」とベートーベン。聴き厭きるということがない。


6時55分 更新

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アダージョ

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クラシック倶楽部を聴く

けさのクラシック倶楽部は、三村奈々恵のマリンバ。クラシック、ポップス、民族音楽と幅広い。三村の解説で、マレットは数百本あり、一つの演奏で30~50本必要。一本一本が違う音をだす。重さ、素材によって違う。ゴム、毛糸、綿とあり、ゴムに毛糸がまかれているものも。重いマレットで小さな鍵盤を打つと、鍵盤が負けることも。このマレットの使い分け、力加減に細心の注意が払われている。2018年4月12日 ハクジュホール

☆「「フロム・マイ・リトル・アイランド」から「賛美歌」「ダンス・オブ・パッション」「フォークソング」」、ロバート・アルドリッジ・作曲、ナンシー・ゼルツマン・編曲。どれが誰の曲かと自分のなかで曖昧なうちにやわらかな響きを追ったのみに。鍵盤をはじけるようなリズムが飛び交うだろうという先入観の意表をつかれて、聴き取りにくい微かな音に耳を澄ますというよりは、狼狽してしまった。マリンバの静けさの領域を聴いた気が。☆「バードスケイプ 作品20」、吉松隆作曲。1984年に作曲されたが、幻の曲となっていたのを、編曲され2016年、三村の演奏で復活。音楽は自然との連関の中にあり、曲はその流れから汲み上げられるものなのかもしれないと思わせてくれた。☆「ブエノスアイレスの春」、ピアソラ・作曲、三村奈々恵・編曲☆「トッカータ」、アンナ・イグナトヴィチ・グリンスカ:作曲。亡くなった父親を悼んで書かれたらしい。☆「シャコンヌ」バッハ・作曲。三村奈々恵・編曲。マリンバ演奏の幅広さ。バッハの精神性にも届く。☆変奏曲「謎」(ニムロット)、エルガー作曲。

名曲アルバム、「かじ屋のポルカ」「最初で最後」ヨーゼフ・シュトラウス作曲。東京フィルハーモニー交響楽団、指揮・松尾葉子

 ウィーンの冬には、100を超える舞踏会があり、その中でオペラ座でのものが最大。「かじ屋のポルカ」はよく演奏されるヨーゼフの代表作。設計技師だったが、26歳で倒れた兄ヨハンに代わって「最初で最後」を作曲、これを最後にと思っていたところ、周りの勧めで音楽家の道に。42歳で没するまで300近くを作曲したという。


6時25分 更新

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ロシア民謡

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クラシック倶楽部を聴いてーピリオド楽器ー

けさは、バイオリニスト佐藤俊介。1984生まれ。2歳から。カーティス、ジュリアード両音楽院で学ぶ。現在オランダを拠点に活躍。2010年に バッハ国際コンクール第2位、聴衆賞を受賞。1921年にできたオランダ・バッハ協会のコンマス。
 今回の使用楽器は、1684年オランダ製のバロック・バイオリン。羊腸弦。ふつうのバイオリンより小振りだ。佐藤俊介は、バロック・バイオリンとモダン・バイオリンの両使い。2018年11月15日浜離宮朝日ホール収録。

☆「無伴奏バイオリン・ソナタ 第2番 イ短調 BWV1003から第1・第2・第4楽章」、バッハ作曲。☆「無伴奏バイオリン・パルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004」、バッハ作曲。
 佐藤が、バロック・バイオリンを、「おおらかでまろやかな音色」といったが、まさしくメンタルにはいい。音がやさしいのだ。鳴ると宙におだやかな空間が広がる。一曲目の第4楽章は奥深く、樹間に光が屈折し、陰と陽の狭間にさまざまな様態を見せてくれた。
 2曲目のパルティータ、シャコンヌを佐藤は「舞曲であることをわすれずに、一般のシャコンヌに比べてはやく、舞曲のシャコンヌに出発点がある、テンポアップで流れも変わる」等など語り、「いろんな色彩が見えるシャコンヌであって欲しい」と。5、シャコンヌ、佐藤自身が、広大な宇宙空間を遊泳しながら弾いているように感じられた。


名曲アルバム。「バイオリン協奏曲」シベリウス作曲。バイオリン・加藤知子、東京フィルハーモニー交響楽団、指揮・現田茂夫。

  

 ヘルシンキの東約30kmにある都市ヤルベンパーは、フィンランドの芸術家達のコテージが点在するトゥースラ湖の北に位置する人口約4万のこじんまりとした街。シベリウスはここで、何と、91歳まで過ごしたようだ。山荘の名は「アイノラ」。妻アイノの名から取っている。
 ヘルシンキにいたとき、1900年、シベリウスは耳に異常を来す。酒浸り、社交界でうつつを抜かし、堕落へと転げ落ちる。苦境の中で作曲したバイオリン協奏曲は失敗に。アイノは、ヤルベンパーの森に転居を決意。シベリウスは作曲意欲を取り戻し、失敗したバイオリン協奏曲を改稿して発表したところ、大成功をおさめ、北欧を代表する作曲家となる。以上、TVの解説を参考に筆記。
ところで、きょう演奏の加藤知子氏は、岩手と関わりのある方だ。この方の経歴、4歳よりヴァイオリンをはじめ、三瓶詠子、故久保田良作、江藤俊哉の各氏に師事、である。このうち、桐朋で久保田良作氏のもとにあった頃のこと。三陸海岸にある宮古市にある宮古弦楽オーケストラに滞在、梅村功二、圭一ご一家と同団のバイオリンを学ぶ子どもたちと音楽交流をしている。共に弾いた楽の音は、三陸の海の青さとともに、まだ学生だった加藤知子の記憶に今もって鮮かによみがえるはず。この時は、同じく久保田良作の門下である長沼由里子、堀米ゆず子、安良岡ゆうといったきら星たちが久保田氏について宮古市の梅村に来ているのだ。当時、全国的に見てもジュニアオケとしては瞠目に値する宮古ジュニアに、久保田氏が感銘を受けてのことであった。宮古ジュニアの存在を久保田氏に知らせたのは盛岡市の板谷栄紀氏であった。
7時10分 更新

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きょうのことば

 けさは、つい起床が遅れました。このページを読んでくださっている方々にお詫びいたします。
 きのうは、盛岡市民文化会館で、オペラ「フィガロの結婚」を鑑賞。席は二階の後部でしたが、オケや声楽の技術、表現はいうまでもなく、オペラグラスで、表情、衣装、指先、つま先にいたるまで、演出のすばらしさを観る機会を得、感謝でした。当初は、オペラ講座で学ぶだけで、と思っていたのですが、全5回が終わる頃には、これはもう本物を見ないわけには、となったのでした。これも神様の恵みです。感謝いたしました。
インマヌエル盛岡キリスト教会の礼拝で歌われた賛美歌の一つです。ユーチューブからです。お聞きください。


 先週の日曜日は、聖書のマルコ伝9:14~29から「信仰と不信仰の狭間」と題し、國光勝美牧師がおはなしくださいました。
14さて、彼らがほかの弟子たちのところに戻ると、大勢の群衆がその弟子たちを囲んで、律法学者たちが彼らと論じ合っているのが見えた。
15群衆はみな、すぐにイエスを見つけると非常に驚き、駆け寄って来てあいさつをした。
16イエスは彼らに、「あなたがたは弟子たちと何を論じ合っているのですか」とお尋ねになった。
17すると群衆の一人が答えた。「先生。口をきけなくする霊につかれた私の息子を、あなたのところに連れて来ました。
18その霊が息子に取りつくと、ところかまわず倒します。息子は泡を吹き、歯ぎしりして、からだをこわばらせます。それであなたのお弟子たちに、霊を追い出してくださいとお願いしたのですが、できませんでした。」
19イエスは彼らに言われた。「ああ、不信仰な時代だ。いつまで、わたしはあなたがたと一緒にいなければならないのか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をわたしのところに連れて来なさい。」
20そこで、人々はその子をイエスのもとに連れて来た。イエスを見ると、霊がすぐ彼に引きつけを起こさせたので、彼は地面に倒れ、泡を吹きながら転げ回った。
21イエスは父親にお尋ねになった。「この子にこのようなことが起こるようになってから、どのくらいたちますか。」父親は答えた。「幼い時からです。
22霊は息子を殺そうとして、何度も火の中や水の中に投げ込みました。しかし、おできになるなら、私たちをあわれんでお助けください。」
23イエスは言われた。
「できるなら、と言うのですか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」
24するとすぐに、その子の父親は叫んで言った。「信じます。不信仰な私をお助けください。」
25イエスは、群衆が駆け寄って来るのを見ると、汚れた霊を叱って言われた。「口をきけなくし、耳を聞こえなくする霊。わたしはおまえに命じる。この子から出て行け。二度とこの子に入るな。」
26すると霊は叫び声をあげ、その子を激しく引きつけさせて出て行った。するとその子が死んだようになったので、多くの人たちは「この子は死んでしまった」と言った。
27しかし、イエスが手を取って起こされると、その子は立ち上がった。
28イエスが家に入られると、弟子たちがそっと尋ねた。「私たちが霊を追い出せなかったのは、なぜですか。」
29すると、イエスは言われた。「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出すことができません。」
〈メモー概要ー〉
 上記の22、23節をストレートに享けとめ、どう自分にあてはめるべきかを考え、このおことばを信じて、神さまの栄光を拝する在り方を取りたいとのおすすめがありました。
 筆者は、私的には、こういったおことばが、生きる上での起爆剤となり、どんな状況にあっても今を生き抜く力、生き抜いていける力となる、そういうことであると思っていたのですが、
 主牧の教えてくださるところ、あらましは以下です。
 神から離れる、それがある限り、神を喜ばせることはできない。神なんか嫌いだ、そのような罪の本質があるとき、のこっているとき、神を信じる信仰により赦されていても、神に喜ばれることはできない。神に反逆する心があることが問題である。これを解決しなければならず、ここでもまた、信仰をもったときと同じように、十字架には罪を赦す力があることを信じ、日々に、その都度に、信じ、悔い改め、祈ることです。人間の脆弱さ、神を信じきれない不完全さは、成長することで解決されます。きよめられても尚、人は人間の脆弱さを持ちつつ進んでいく存在です。到底、そんなことは信じられないね、とサタンのささやきに耳を貸してしまう。山が海に移るなんて、バカバカしい、そんなことはあり得ない、そう思ってしまう。神の善意、力をこのように思ってしまうことを、主牧はサタン的疑惑と表現します。
 未熟さからくる疑惑には、罪の要素は入っていません。自衛隊が高所から飛び降りる訓練を積み重ねることによって、それが容易にできるように、信仰も同じことがいえます。
 「神を信じなさい」とは、「イエスさまが父なる神さまにお持ちの信仰を持ちなさい」ということであり、これが父なる神への愛と信仰です。
 イエスさまには二つの驚きがあります。一つは、マルコ6:6にあるように、私の不信仰を驚かれます。そして一つは、マタイ15:28にあるように、私の信仰が立派であることにも驚きを示されます。
 イエスさまの持っておられる信仰をもって歩みたいものです。

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あれこれ

けさのJ-MEROは、夏川りみ in 与那国島と、Rei。Reiはよく絵を見に行くという。作曲のインスピレーションを得るためらしい。 「黒いバナナ」。どこからか「ふむふむ」という声が聞こえたような。
きのう6時ごろだったろうか、あるご婦人が玄関先に見えた。一般的なはなしだけれども、高齢化問題、一人暮らしの問題になり、「いつでも夜中でも、具合が悪いときにはお電話ください」と申し上げた。我が家には、飲むという習慣がないので、緊急コールがあったときには、即クルマでも対応できる。しかも、旅行に出るなどということもない、つまり365日在宅という素朴な暮らしぶり。実際、緊急事態があり、夫にも頼んで駆けつけることができたこともある。
 また、最近、この近所のご夫妻が、ある方が、ある会に無断欠席なさっているのを心配し、おふたりで駆けつけてようすを見てくださったことがある。実際に動いてくださったのだ。奥様が、役員の誰々がやるべきというのではなく、みんなで見ていかなければ、と仰ってくださった。なかなか言えない事かと思う。
 さて、けさは何度で、外のようすはどうなっているやら。
       けさはクラシック倶楽部もなく、雑感綴って 6時37分更新

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コーヒールンバ



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クラシック倶楽部を聴いて

けさはミシェル・ダルベルト(1955生まれ)のピアノ。1975年のクララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールで優勝し、現代で最も優秀なピアニストの1人とされる。最近聴いたなかでは、演奏が身近にスムーズに入ってきた。ピアノは久方ぶりに見るベヒシュタイン。ドビュッシーが「ピアノ曲はベヒシュタインの為だけに書かれるべきだ」と称賛したピアノだ。「フランス音楽の潮流を紹介したかった」とダルベルト。ドビュッシー没後100年を記念するコンサートで、2018年11月1日 浜離宮朝日ホール収録。

フランクとドビュッシーを軸として、西洋音楽は、フランクの視線はバッハの時代のような過去にさかのぼり、一方、ドビュッシーは新時代の旗手であるという。ドビュッシーの楽譜によくみられる指示は「ルバート」、柔軟性が許される。どうぞご自由にといえるまでのルバートということであるらしい。

 

「前奏曲、コラールとフーガ」、これはフランクが62歳で作曲。それを63歳のダルベルトが弾いている。鍾乳洞を滴る水滴に耳を澄ますような心境になる。清涼な空気感。☆「「ベルガマスク組曲」から「月の光」、ドビュッシー28歳で作曲し始める。穏やかだが輻輳した優雅な響き。フーガでは、諦念にあらがうようなしかし、そのどちらも打ち消し、吹っ切って終わったという感じ。作曲することで、すべてが肯定に通じてしまうものかも。☆「こどもの領分」、ドビュッシー・作曲。この中では「雪が踊っている」が、もっともドビュッシー的。いまが冬という季節でもあるからか、視覚的に響いた。☆「前奏曲 嬰ハ短調 作品45 (アンコール)」、ショパン・作曲。フランス的な、言語には疎いのだが、フランス語的なとでも。


「かなりや」成田為三・作曲、西条八十・作詞、長生淳・編。歌・与那城敬。東京フィルハーモニー交響楽団。指揮・大井剛史。

八十、苦労の末、三重吉のもとで復活。この曲で日本中に知られることに。


もう7時でもあり、切り上げ時間、  更新

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静寂を表すに

きょうは寿司屋で地域のランチ会があった。8枚の座布団が長テーブルを挟んで向かい合う。手前の左端に落ち着いてみると、ここには音がないと気づく。音楽がかかっていない。2階だから、冷蔵庫を開けたてしたり、魚を下したり、シャリを握る音もしない。暖房でぬくもりかけた一室に、客を待つ静けさだけが満ちている。これもいい。作曲家であったならどうだろう。静寂を作り出すに、それが短くて済むなら休符を使うだろうけれども、静寂に何らかの意味や色彩、思想、感情を表すとなれば、やはり音符を連ねることになるのでは。ほんとうの静寂を表すにはやはり音が要る、そんなことを思ううちに、靴音とおしゃべりが階段を登りはじめ、にこやかな顔、顔、顔が現われた。

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薄日

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クラシック倶楽部ーご夫妻連弾ー

高橋礼恵とビョルン・レーマン(ベルリン芸術大学教授)によるピアノ・デュオ。2017年9月22日 ハクジュホール。おふたりはご夫婦だった。室内楽では個々の責任が重く、また調和が求められるが、ピアノ連弾では、4本の手の響きを互いに聴き合い、ハーモニーをつくりあげるために、室内楽の互い以上に緊密さを必要とするのだそう。4本の手でバッハはさらにち密さを増し、精彩を増し加えた感じ。「春の祭典」、無意識のうちに低音が弾き出す原始、土俗的な響きを待っている自分を発見。ストラヴィンスキーが以前よりはすこしわかったかなと。「春の祭典」は、何と、ストラヴィンスキー自身がピアノ連弾用の編曲をつくっていた。管弦楽曲を油彩とすると、ピアノ連弾曲は素描であると。ピアノ用に編曲された管弦楽曲をいくつか思い出しながら、納得。

 

☆「カンタータ第106番「神の時」から ソナチネ」、バッハ作曲、クルターク編曲。☆「コラール前奏曲 汚れない神の小羊よ BWV1095」、バッハ作曲、クルターク編曲。☆「バレエ音楽「春の祭典」ピアノ連弾版」、ストラヴィンスキー作曲。「ハンガリー舞曲第4番」、ブラームス作曲

  

“名曲”「ブエノスアイレスの冬」ピアソラ作曲。バンドネオン五重奏団、三浦一馬キンテート。

 ブエノスアイレス、一日の終わりに人々が集まってきてタンゴを踊り楽しむ、これは野外ステージといったものだろう「ミロンガ」が映っていたが、ミロンガはダンスの形式の一つをいうらしい。
 バンドネオンとアコーディオンの違いは? ウェブを跳ぶと、さっそくこたえが。どんな質問にもこたえてくれるパソコン、しかし血の通わぬパソコン、知識はそう無くとも、すぐに出てくる。必要なものは何か、ということにもなるのだが。それはそれとして、「タンゴの破壊者」と呼ばれたピアソラは、19世紀に船で入ってきた昔の楽器バンドネオンに新たな境地を開いたということであった。

        ゆったり気分、コーヒーも飲み終え、6時40分更新

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バンドネオン演奏

バンドネオン演奏

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オペラ講座 & クラシック倶楽部

 けさの開口一番は、きのう終了したオペラ講座全5回のはなし。ここはどこだっけ? 岩手県、そう、たしかにイーハトーヴいわて。このいわてで、何と、岩手人になるオペラに取組んでいる方々がいた。世界的なキャリアを持つ講師佐々木正利氏(1980年第6回ライプツィヒ国際バッハコンクール声楽部門入賞。1979年、1985年ザルツブルグ音楽祭に招聘され、モーツァルテウム管弦楽団、ベルリン聖へドヴィヒ聖歌隊と、 バッハ「マニフィカート」、モーツァルト「戴冠ミサ」等を共演)率いる岩手大学音楽科声楽の学生並びにOBでもあり既に教える立場として活躍される方々。
 毎回の解説、取って置きの資料でもあるDVD、そして直に聴いた声楽は、当初の予測を超えて豊かなものだった。学生の方々、体格的には日本人、決して大柄ではない方々、それが、いったいどこからこんな声がでるの? 生来の資質と鍛錬による、そしてそれを引き出せる教師陣あってのことかと思う。「フィガロの結婚」の終盤、模擬ステージではあるが、人生の苦労、喜怒哀楽などまだほとんど知ってはいないだろうと思われる、しかし精魂こもる清新な声楽の尊さは! まだ二十歳そこそこで、このように悲哀を表現できるとは、といった才能の方も。この方々が本番の衣装を着けて歌っているさま、未来にさまざまな人生経験を、学びを積んで後のすがたを想像しながら聴いた。名だたる楽団でソリストを務める在原泉氏の声も聴くことができた。
 今回思ったのは、世界3大テナーの体格と声量を思い起こすに、器楽部門で入賞するより、声楽部門で日本人が入賞に食い込むのは、非常に厳しいのかもしれないと思った。声楽の国際コンクールをあとで調べてみよう。
 以上の方々の誰一人に知遇を得ているわけでもなく、要するに、単なる一受講者の感想ではあるが、もったいないので記してみた。因みに一緒に受講した主人までが、これはPCでだが、オペラを聴くようになり、オペラ関連書籍を読むようになったわけで、この家に何が起きたかというさまを呈している。

といったことなどがまだ底流に流れていての今朝のクラシック倶楽部は、ギャリック・オールソン ピアノ・リサイタル。2016年5月9日 浜離宮朝日ホールでの収録。

 

 

 

☆「ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110」、ベートーベン作曲。ショパンに才ある奏者のベートーベン。☆「練習曲集 作品25から 第5番、第6番」、ショパン作曲。☆「ノクターン ハ短調 作品48第1」、ショパン作曲。「バラード 第1番 ト短調 作品23」、ショパン作曲。「前奏曲 嬰ハ短調 作品3第2」、ラフマニノフ作曲。達観した感じのところもあったが、バラードは自分がすきなこともあり、じっくりと。「バラード」即ち、ーPCがブロックしそうな予感、ちょっと不安定、で、ここで更新 6時37分
フリーズを免れ、以下に再び書き足しー「バラード」は元来、歌曲の1ジャンルであったが、
ショパンが器楽におけるバラードの創始者であるという。器楽の詩。オールソン言うに、「私はピアノが大好きで、大嫌い」と。声楽、協奏曲、ソナタ、オケをカバーできる機能をわかりつつも、ピアノは人工的であると。ピアノにただ思いを寄せて弾くだけとも語っていた。ショパンとの相性はいいのだそう。最初のレッスンで、教師にショパンが合っていると、才能を讃えられている。

名曲アルバムは「刈干切唄」宮崎民謡。日高哲英・編曲。歌・城南海、尺八・小湊昭尚、指揮・渡邊一正、東京フィルハーモニー交響楽団

 この旋律には、朝鮮のほうの影響があると思った。ルーツがわかればおもしろい。

 農業労働歌なのだが、夜明けとともにこの歌声があがり、山に谷にひびきわたるのだという。高千穂に働く人々のすがたが映し出されていた。

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少女の笛

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クラシック倶楽部ー

 けさは-8℃まで下がったようだ。起きた5時時点では-7。冷蔵庫の野菜室が-6ですから、ちょうど野菜室に入れられた感じかと。微生物が繁殖しない温度が-14、これが冷凍庫。冷凍庫なみに冷え込んだ地域もけさはありそうだ。

けさのクラシック倶楽部は、アレクセイ・ヴォロディン ピアノ・リサイタル。2016年11月22日 浜離宮朝日ホール収録。

 レニングラード生まれ。ヴォロディンは、2003年、チューリヒで行われたゲーザ・アンダ国際ピアノ・コンクールでの優勝を機に、国際的にその名が知られることとなった。
 ヴォロディンは、スタインウェイの専属アーティストである。(ウェブから)

☆「夏の夜の夢の音楽から スケルツォ」、メンデルスゾーン作曲、ラフマニノフ編曲。☆「おとぎ話 作品35から 第4曲 嬰ハ短調」、メトネル作曲。☆「ピアノ・ソナタ 第1番 ニ短調 作品28」、ラフマニノフ作曲。☆「13の前奏曲 作品32第12」、ラフマニノフ作曲。☆「10の小品 作品12から 第10曲」、プロコフィエフ作曲。

 起きだしてからのあれこれで、半ばからの視聴。スタインウェイの専属アーティストとは、どんな音楽家が? と思いながら、まだエンジンがかからないままに、何とかヴォロディンの繊細さと華麗さを。やはりすばらしい。きのう、「恋するクラシック」があったが、これも楽しいけれども、私は、こちらの番組の方が、落ち着いた気分で、思いめぐらしながら聴くことができる。

   

「“メサイア”から“ハレルヤ・コーラス”」ヘンデル作曲。東京混声合唱団。梅田俊明指揮、東京フィルハーモニー交響楽団。

 独身時代の一時期、毎朝聴いていた曲、そして事あるごとに、クリスマスにと聴いている。
 17世紀、国際都市ロンドンに、ヘンデルも25歳で出て来た。現代の街のようすが映し出されていた。カメラを構えた人形が右左を見ながら、写真を撮っている人形はお愛嬌。36年間、ヘンデルが住んだロンドンの家、ここで、メサイアが生まれる。オペラは次つぎに成功、56歳のとき、経済的な事情でオペラ上演が困難となり、メサイアを作曲するようになる。爾来、毎年ウェストミンスター寺院で上演されている。ヘンデルは、歴代の王とともに埋葬された。英人が最も誇りとする作曲家のひとり。


 またちょっとだけ音楽家を知った気分で 6時半 更新
 

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マルセリーノの歌


 さまざまな悪戯があるこの時代、けれども、こんな悪戯もありました。

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クラシック倶楽部ーロシア・ピアニズム-

けさのクラシック倶楽部は、

原田英代 ピアノ・リサイタル。2017年3月3日 ハクジュホール
ロシアの重鎮メルジャーノフに師事。ジュネーブ国際コンクール最高位、シューベルト国際ピアノコンクール優勝。ドイツを拠点に欧州で演奏、審査員、教育で活躍。ロシア・ピアニズムの継承者。
 ロシア・ピアニズムといえば、セルゲイ・カスプロフの場合のように、楽器を豊かに鳴らし、ダイナミズムの幅が広く、レガートが美しく、歌心が息づいている、ということなのか。そんな期待でワクワクしながら聴く。

☆「幻想曲 ハ長調 作品15 「さすらい人」」、シューベルト作曲。どうも解説では、腕、上半身を用いる奏法をロシア・ピアニズムというのかなと。結局それが音量の豊かさ、力強さとなるものか。原田英代いうに、「人生はさすらい、目的地に着くまでどういう道をたどるかはわからない。シューベルトは、先ず喜びをもってさすらいを始めている」と。この曲はシューベルト25歳での作品。シューベルトの作品中の難曲であるらしい。随所に好奇心、これは旅する者の途上での好奇心が聞こえる。逡巡するような旋律も魅力。第4楽章では、地歩を固めながらの歩みを音で描出。人生の精華も添えられての終楽章と聴いた。☆「コレッリの主題による変奏曲 作品42」、ラフマニノフ作曲。この選曲について原田はいう、「自分は、自分が考えていることは毎日変わる。くだらないことを考えることもあるのを含めて毎秒変わるのだが、それが変奏。この醍醐味、変化を、何かが見えたときに、一つにまとめることが難しい」と。コッレリの「ラ・フォーリア」の旋律を用いての物悲しい主題を変化させていくのだが、ラフマニノフという作曲家に、かくも多くの旋律のバリエーションのインスピレーションをもたらす元曲の持つ力のすごさを想った。この曲は、ああもいえる、こうもいえるだろう、それが幾とおりにも繰り広げられるおもしろさ。それでも元曲もまた静かに光彩を放っている。何ともよい光景であるとも聴こえた。原田の豊穣、多彩な演奏にはキュン。☆「前奏曲 ト長調 作品32第5」、ラフマニノフ作曲。☆「「四季」から「六月 舟歌」」、チャイコフスキー作曲。
 それにしても、ピアノ奏者の手。女性であっても男性的であったり、男性でも女性的であったり……!?


        

「トロイメライ」シューマン作曲、栗山和樹・編曲。ピアノ仲道郁代、東京フィルハーモニー交響楽団、指揮は矢崎彦太郎

 トロイメライにはどんな映像が、これがいつも楽しみ。ザクセン州ツヴィッカウ、ロベルト・シューマン(1810~1856)生誕の地。文学好きの父の影響がある。20歳でライプツィヒへ。そしてピアノの神童クララ・ヴィークと恋に落ちる。「あなたって時々子どもみたいね」というクララのことばで、「子どもの情景」が生まれたとか。「子どもの情景」即ち「青春の情景」なのかもとは、なるほど。1840、シェーネフェルダー教会で二人は結婚、ドイツ・ロマン派象徴カップルの誕生であったとか。

                 6時52分  更新

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きょうのことば

 いま、この記事をアップするにあたって、かなりの時間、考え込んでしまいました。それは、これを書く目的が、自分が完全な正しいものであると、自分の不完全さを覆うためであるのかどうか、その点です。結論は、自分の見てくれをよくするためでは、断じてない、それだけは確かです。いまこのときに、すこしはまともであろうと努力している段階であれば、たとえ力が及ばなくとも、いまこの時点で神を見上げている状態であるがゆえに、神は、これを受け入れてくださる、そう思われます。これは個人ブログであり、義務として書かせられているのでもなければ、ある意味、教会、牧師のために書いているわけではありません。これが誰かのどなたかの何かの救い、助けになればという思い、そして、きょうは日曜だから、と習慣づいている側面もあります。

   

 先週、インマヌエル盛岡キリスト教会では、ヘブル11:1~6から『聖なる永久運動』と題し、國光勝美牧師からおはなしがありました。 
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ヘブル11:1~6 
11:1さて、信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。 11:2昔の人たちは、この信仰によって称賛されました。 11:3信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、その結果、見えるものが、目に見えるものからできたのではないことを悟ります。 11:4信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって、彼が正しい人であることが証しされました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だと証ししてくださったからです。彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。 11:5信仰によって、エノクは死を見ることがないように移されました。神が彼を移されたので、いなくなりました。彼が神に喜ばれていたことは、移される前から証しされていたのです。 11:6信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神がご自分を求める者には報いてくださる方であることを、信じなければならないのです。
<メモ>
 
 神を求める、いったい神に何を求めるのか。
 
神ご自身を求めることは霊的なすばらしいこと。ならば、いわゆるご利益を求めるのは、低劣なことなのか。「神がご自分を求めるものには報いてくださる」とありますが、何を報いてくださるのでしょう。
 
マタイ20:32では「イエスは立ち止まり、彼らを呼んで言われた。「わたしに何をしてほしいのですか」」。またピリピ4:6「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい」とあります。
 
あなたは、神に何をしてもらいたいのか、どうなりたいのか、はっきりしなさい、と言っています。
 
 神にすすんで近づき、神にはっきりと申し上げるものを神は喜んでくださいます。どちらが霊的かということではなく、実はどちらも霊的には表裏一体なのです。神ご自身と祝福の聖なる永久運動です。
 
 第一ヨハネ5:14「何事でも神のみこころに従って願うなら、神は聞いてくださるということ、これこそ神に対して私たちが抱いている確信です」とある通りです。具体的に切に祈ることです。これは神ご自身を祈り求めることです。神の願いと一致することです。ですから、大胆に憚らず、祈りをもって、神さまこうして下さいと祈る、これが信仰です。
※以上は説教の一部、概要です。詳しくは教会にいらしてお聞きください。
動画は筆者が任意で選んでいます。参考にお聴きください。
6時5分 更新

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たったひとりの音楽会



  ステージ上での演奏もいいけれども、近頃は、自然の中に楽器を弾くすがたが溶けこんでいる風景を見かけることがなくなった。川原でトランペットを吹いたり、草原でバイオリンを弾いたり、星のもとで笛を鳴らしたり、森にオカリナが響いているような、大自然の中の空気を震わせる音楽があってもいいかなと。そういったイベントを立ちあげるのも悪くはない。しかし、たったひとりで、誰も聴いていなくとも、ただ無心に弾いている、そんな音のひびきにも魅かれる。


モンティの「チャルダッシュ」を聴きながら  18時25分更新

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「千本桜」

けさのJ-MEROは、和楽器バンド。ドラム、エレキを主翼に琴、三味線、和太鼓、尺八を動員、会場をるつぼに呼び込み、飛びに飛ぶ。エンジンは和楽器系にありそう。和楽器を強烈なリズムでアクティブに泳がせようとの企みがヒットしたか、動画、「千本桜」の視聴は96,887,478 回。民族的な響きはやはり肌合いに合うものかも。タービンフル回転の歌はまさしく民謡ロックという感じ。


      6時40分 更新

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冬の雲

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盛岡タイムスの連載「楽都のユニゾン」第46回が出ました。

 盛岡タイムスの連載「楽都のユニゾン」第46回が出ました。今回は、レコード会社の春陽の獲得合戦などを書かせていただきました。ずいぶんと昔のことではありますが、岩手から一世を風靡した流行作曲家が出たことを知っていただければと思います。

  

17歳で書かれたともいわれる鳥取春陽の曲をご紹介いたします。

 

「浮草の旅」  

1 三年(みとせ)の昔 故郷を出(い)でて
  旅から旅へと さすらう吾が身

2 昨日は東 今日また西に

  行衛(ゆくえ)定めず 浮草の如(ごと)

3 流れ流れて 落ち行く先は

  何処(いずこ)の国やら 果てさえ知れず

 これに、昭和4年に、林柾次郎によって清新な詩が付けられ、「シーハイルの歌」として今に伝えられています。

「シーハイルの歌」

1 岩木のおろしが 吹くなら吹けよ
  山から山へと われらは走る
  きのうは梵珠嶺
(ぼんじゅね)
  今日また阿闍羅
(あじゃら)
  けむり立てつつ おおシーハイル

2 ステップターンすりゃ たわむれかかる
  杉のこずえよ みれんの雪よ
  心は残れど エールにとどめ
  屈伸滑降で おおシーハイル
3 夕日は赤々 シュプール染めて
  たどる雪道 果てさえ知れず
  町にはチラホラ 灯(ともし)がついた
  ラッセル急げよ おおシーハイル 

手塚宗求著「高原の音楽譜」の中に、昭和38年頃に、大鰐スキー場で、スキーリフトの鉄柱に取り付けた拡声器から、男性の独唱による「シーハイル」という歌がが流れ、これが2、3回流れるとリフトが止まった。歌は終業の合図のようだったとあったので、大鰐スキー場の管理事務所に電話をし、現在も流されているかをお聞きしたところ、現在スキー場では流されていないが、大鰐町役場が、冬期間の12時に流しているという事でした。この冬も、昼には聞こえているのですね。
 岩木もいいけれども、何とか岩手に因んだ詞で歌うことは
できないものでしょうか。

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クラシック倶楽部ーブラームスの諦観を共有ー

けさのクラシック倶楽部は、バイオリニスト南紫音のリサイタル。ピアノは江口 玲。愛媛県新居浜市市民文化センターで公開収録。南紫音は1989年生まれ。2015年ハノーファー国際ヴァイオリン・コンクールで2位。江口玲は「「非凡なる芸術性、円熟、知性」(ニューヨーク・タイムズ紙)と評される江口 玲はソリスト、室内楽奏者、チェンバロ奏者、そして伴奏者として世界中の聴衆と批評家たちを魅了してきた。」という方。

☆「4つのロマンチックな小品 作品75 から 第1番」ドボルザーク作曲。☆「バイオリン・ソナタ」ヤナーチェク作曲。ヤナーチェク自身がいう「自分の混乱した頭の中で鋼鉄のぶつかり合う音がひたすらに聞こえた」というその独特さがおもしろい聴きどころ。☆「バイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 作品108」ブラームス作曲。ブラームスの最期の作品、重厚な音が迫ってくるところがみぞおちにぐいんと来る。紫音が「ずっと悲しみにあり、どこか落ち着かない」といっていたが、死を予期する不安な心情や諦観を共有した。 ☆「スラブ舞曲 作品72 第2」ドボルザーク作曲。


   

「ニューヨーク・ニューヨーク」J・キャンダー/F・エッブ作曲

【歌】団しん也,【ピアノ】美野春樹,【ベース】加瀬達,【ドラムス】伊藤史朗,【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】大井剛史-HP~ー

ヤンキースタジアムで決まって流れている曲だそうな。


 紫音さんのあのドレスは、青か紫か、ライトで見え方が違う場合も、それにしても紫音、素敵ななまえ  と思い返しながら 6時10分 更新

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詩    

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雪はふりたげ、梢はこごえる。
春よ来い、ためらわずに。
若草色の風を連れ、
シャープ、フラット、ナチュラルを、
陽気に宙に振りまいて、
アルモニーアのさざめきが、
ひらかれた街に
満ちわたるように。
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クラシック倶楽部ーけさは……ー

けさは、ハープ山宮るり子、フルート小池 郁江によるハープ・リサイタル。北海道斜里町公民館ゆめホール公開収録。

 

☆「ハープ協奏曲 変ロ長調 から 第1楽章」、ヘンデル作曲。☆「ROKUDAN」黛敏郎作曲。☆
「交響詩「モルダウ」」スメタナ作曲、トルネチェク編曲。☆「タイスの冥想曲」マスネ作曲。☆「カルメン幻想曲」ボルヌ作曲。☆「子守歌 作品16」フォーレ作曲。

と書いたものの、目を覚ましたのは6時10分前、。最後のフォーレが流れておりました。演奏ばかりではなく、おふたりのトークも聴きたかったのですが。それと、「ROKUDAN」、これはwebに出ていたので、混みあっていない時間帯にでも聴いてみたい。

名曲アルバム。「かじ屋のポルカ」「最初で最後」ヨーゼフ・シュトラウス作曲。東京フィルハーモニー交響楽団,松尾葉子の指揮。

松尾葉子は、(以下は、webから) セントラル愛知交響楽団 特別客演指揮者。
 1982年フランスのブザンソン国際指揮者コンクールで女性として史上初、また日本人としては小澤征爾についで二人目の優勝という壮挙により、一躍注目を集める。名古屋生まれ。
1981年国際ロータリー財団の奨学生としてフランスに留学、パリ・エコールノルマル音楽院指揮科でピエール・デルヴォー氏に師事。1982年帰国後名古屋フィルを指揮し、名古屋デビュー。1983年『若い芽のコンサート』でNHK交響楽団を指揮。2001年ニューヨーク・カーネギーホールにてベートーヴェンの第九を指揮する。
 トリフォニーホール・ジュニア・オーケストラの音楽監督を兼任。東京藝術大学指揮科教官を30年間務める。2015年4月より愛知県立芸術大学客員教授。アンサンブル・フォルテ指揮者。女声合唱団マドンナ「かきつばた」ディレクター。著者に「指揮者にミューズが微笑んだ」 (2003年論創社)、「指揮者、この瞬間」(2008年樹立社)がある。

 ワルツ、耳慣れているものは、みなヨハン・シュトラウスと思い込んでいた。ヨーゼフは付けたし程度と。それが、ヨーゼフはヨハン・シュトラウス2世の弟。もとは光学技師でダムの設計などにも関わっていたようだ。兄のヨハン・シュトラウスが病気で倒れたので代役を務めたのがその始まり。音楽家としてはもうこれが「最初で最後」と作曲を終えようとしたところ、周囲の勧めで音楽業に留まったらしい。あまりに有名で、知ったような気になっていたが、実は何も知ってはいなかったわけだ。若者たちのあこがれ社交界デヴュー、壮観

6時37分 更新

あとはヨーゼフのページに跳んで、そちこち読んでみよう。


6時47分編集 更新

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朝日のあたる家

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クラシック倶楽部ー賢治のさとでー

クラシック倶楽部、伊藤悠貴チェロ・リサイタル。ピアノはダニエル・キング・スミス。2016年6月11日 岩手県花巻市公開収録

伊藤悠貴は、1989生まれ。2004年に渡英。名チェリストダヴィッド・ケリンガスの弟子。2015年、王立音楽大学を最優秀弦楽器奏者賞を得て首席で卒業。2010年第17回ブラームス国際コンクール、2011年第3回ウィンザー国際弦楽コンクールにて日本人チェロ奏者として初優勝(Wikipedia)。ダニエル・キング・スミスは10年以上も、伊藤悠貴と共演。

 前半には、音の中に賢治の世界、言葉が見えてくるような選曲をしたと伊藤。

☆「調べのように」、ブラームス作曲、ゲリンガス編曲。伊藤の恩師がチェロのために編曲した曲。☆「エッシーの踊り 作品23」、ハーツェル作曲。☆「ユモレスク」、チャイコフスキー作曲、ゲリンガス編曲。☆「トロイメライ」、シューマン作曲。☆「ハンガリー狂詩曲 作品68」、ポッパー作曲。☆「チェロ・ソナタ ト短調 作品19から第1楽章、第4楽章」、ラフマニノフ作曲。伊藤は、ウラジミル・アシュケナージとこの曲で共演したことがあり、「もし僕が生まれ変わって曲になるとしたら、まちがいなくこの曲になる」と。
 録音を聴く場合は、どうしても、倍音を含んだ空気感が削がれてしまう、それが残念。直に聴いたなら、またどんなに素晴らしかっただろう。

  

 当ブログの筆者が7年間暮らしたことのある花巻、水を湛えた田に、生えそろった稲の苗、傾きかけた陽を映している景色が懐かしかった。

       

マーラーの「交響曲第9番」。NHK交響楽団、飯森範親の指揮

 

作曲に立派な音楽室は要らないかも。マーラーは、晩年の3年間、ドロミテ渓谷にあるトッピアーゴの木造の狭い簡素な小屋でこの9番を完成させる。人生の諦念、死の予感に満ちたこの曲の演奏上の最期の指示は「死にたえるように」だったという。

   

  曖昧なことは書かない方がいいなと思いつつ  6時37分 更新

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少年の歌声

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ひとやすみ

 800字原稿を3時55分ごろに送信し、いまほっと一息。ファンヒーターの音だけがしている。おしゃべり人形が丸テーブルにすわっている。
 コンビニで買ったスイーツでも食べようかな。紅茶でも淹れて。

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クラシック倶楽部ードラマの河ー

ゆうべ遅かったせいで、頭が朦朧と。音楽を聴くといった態勢ではないと思いつつ、 

けさのクラシック倶楽部、2002年1月、第8回モーツァルト国際コンクールで日本人として初めて優勝した世界的なピアニスト菊池洋子のピアノリサイタル。京都府宮津市公開収録。

☆「羊は安らかに草をはみ」バッハ曲、ペトリ編曲、☆「バラード 第1番 ト短調 作品23」ショパン曲。あまりに有名な曲、しかし、また違う角度からの発見があったと語る奏者。☆「12の練習曲 作品25」ショパン曲。子どもの時から、また留学してからも、ピアノをやっていく上では重要な曲であるとして取り組んだ思い入れのある曲という。11曲からの淀みなく流れるドラマの河に惹きつけられた。ここで一気に五感が覚醒、演奏のすばらしさ、鍵盤に踊る10指の美しさに魅せられる。☆アンコール、「バレエ音楽「白鳥の湖」から「白鳥の踊り」」チャイコフスキー曲、アメリカの技巧派ピアニスト、アール・ワイルドの編曲。


  

名曲アルバム、「ブエノスアイレスの冬」アストル・ピアソラ曲。バンドネオン五重奏団三浦一馬キンテート
ピアソラ自身も
バンドネオンの奏者だった。
バンドネオンの修理工場を興味深く見る。
    けさも何とか  6時10分  更新

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クラシック倶楽部ー意外や意外ー

弦楽合奏団「石田組」? 2018年7月1日弘前文化センター、今年の録画、じゃなかった、もう新年。もう去年の、ということだ。
 石田組を率いる石田泰尚、まずクラシック界では見かけない風貌。丸刈りの頭、耳の上あたりに横に4本、縦に2本、斜めに1本の剃りがくっきり。眼鏡はハズキルーペに似た白いフレームに素通しレンズ。最初の衣装は、黒いスーツに黒の皮靴。シャツは濃紺に白の水玉模様、そして胸ポケットには赤いハンカチが。次の登場では、白いフレーム眼鏡に茶色のレンズ、そして長めのガクラン風を着用。ステージ衣装をこれほど細かに注意してみたことは無い。外観、外見、見てくれ、何するものぞ、そんな石田の声がする。こうなれば、ならば、肝心の音楽はどうか、とくと聴こう、とこうなる。

 

 

 クラシックを広範にするために、もうすこし何とかできないか、照明をもっとアクティブにするとか、衣装のパターンを打ち破るとか、と考えたことがある。石田のそんな着想がこれだったのか。

 

 筆者は、単なるリスナーに過ぎないが、しかし、この方、石田康尚は、いま45歳。(以降.wikipedia川崎市出身。明星高等学校国立音楽大学を首席で卒業、同時に矢田部賞を受賞。1994年から新星日本交響楽団コンサートマスター、2001年から神奈川フィルハーモニー管弦楽団ソロコンサートマスター。 神奈川フィルハーモニー管弦楽団やソロ活動だけでなく、石田自身がプロデュースする男性奏者のみの弦楽アンサンブル「石田組」、ピアソラを追及した「トリオリベルタ」、ピアニスト及川浩治の呼びかけで結成されたピアノトリオ「Bee」等、様々なユニットで活躍する。

 

 と、こういう方のようだ。使用楽器は、1690年製G.Tononi。参考にとググってみたところ、何と価格が出ていた。 5000万円くらいでしょうとはアンサーの一つ。今一つは、この手のヴァイオリンはオークション価格の1.5倍から2倍くらいなので、1000万円くらいからだと思います。とあった。価格はともかく骨太で繊細な音色。けっこう力強い。

 

 メンバーは、バイオリン石田 泰尚、バイオリン廣岡 克隆、バイオリン丹羽 洋輔、バイオリン塩田 脩、ビオラ冨田 大輔、ビオラ萩谷 金太郎、チェロ門脇 大樹、チェロ玉川 克

 

 

☆「アイネ・クライネ・ナハトムジーク K.525」、地に着いた音色といったらいいか、軽くはない感じがよかった。☆「アディオス・ノニーノ変奏曲」、この曲は、ピアソラが最愛の父の死に寄せて作曲した「アディオス・ノニーノ」を基にアントニオ・アグリが編曲したものだという。石田のソロバイオリン。この曲、この演奏が石田の本領、ジャズ、ロック、クラシックと何でも弾く石田だが、この曲、この演奏が石田だと納得。☆「映画「荒野の七人」のテーマ」☆「映画「ニュー・シネマ・パラダイス」」☆「紫の炎」、ディープ・パープル曲、近藤和明の編曲。Wikipediaによると、「ディープ・パープルは、イングランド出身のロック、ハード・ロック・バンド。日本では「レッド・ツェッペリン」と並びハードロック・バンドの代表格の一つに数えられ、後のハード・ロック、ヘヴィ・メタル・バンドにも大きな影響を与えた。1976年に一度解散した[3]1984年に再結成した。2016年度に『ロックの殿堂』入りを果たした。」とある。うちにゆらめく幾つもの焔が見えた。☆本音からのアンコールの声に応えて、「津軽海峡・冬景色」。

 

 誰をも飽きさせない演奏の数々。

 

メンバー紹介を、石田は「組員を紹介」と。会場に笑い。「メンバーは男だけ。ここにいる7人を好きで尊敬してます。7人もぼくのことが好き(ここでまた会場に笑い)そういう感じでやってます」

               

名曲アルバム「小さな星」マヌエル・ポンセ作曲、加羽沢美濃編曲【チェロ】江口心一,【ピアノ】加羽沢美濃ー番組紹介からー

     

       さて朝ごはん出さねば、と思いながら  7時3分更新

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きょうのことばー元旦礼拝からー

元旦礼拝
説教題『神に喜ばれること』(國光勝美牧師)

 

ヘブル11:1~6
11:1さて、信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。 11:2昔の人たちは、この信仰によって称賛されました。 11:3信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、その結果、見えるものが、目に見えるものからできたのではないことを悟ります。 11:4信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって、彼が正しい人であることが証しされました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だと証ししてくださったからです。彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。 11:5信仰によって、エノクは死を見ることがないように移されました。神が彼を移されたので、いなくなりました。彼が神に喜ばれていたことは、移される前から証しされていたのです。 11:6信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神がご自分を求める者には報いてくださる方であることを、信じなければならないのです。
信仰とは何か。~ではない、という観点からいうなら、信仰は、真面目であること、実直であること、誠実であること、ではありません。詩篇51:17にあるように、「神へのいけにえは、砕かれた霊。打たれ砕かれた心」です。信仰は信頼です。信仰がなくしては神に喜ばれることはできません。
 またマタイ8:8に「ただ、おことばを下さい。そうすれば、私のしもべは癒されます。」とあるように、信仰はみことばへの信頼です。期待です。イエスさまのおことばを信頼し、イエスさまのおことばを求めましょう。
 聖書を読み、聖書からおことばをいただいて一日をスタートすることです。マタイ15:27にあるように、僅かなかけらでもと切なる想いをもっておことばをいただくことです。詩篇81:10に、「あなたの口を大きく開けよ」とあります。開ければ開けるだけ、神はそれを満たしてくださいます。そして神を喜ぶことです。ものではなく、この世的なものではなく、神を喜ぶことです。ネヘミヤ8:10にはこうあります。「主を喜ぶことは、あなたがたの力だからだ。」
ネヘミヤ8:10は、訳によって幾分ニュアンスが違います。
「主を喜ぶことは、あなたがたの力だから」新改訳2017
あなたがたの力を主が喜ばれるからだ」新改訳第3版
 この二つが、恵みと信仰によって行われるなら、2019年はどんなに祝福された年になるでしょうか。この二つが絶えず生き続けることを聖なる永久運動と呼びたい。
以上、牧師の説教を簡略にまとめてみました。動画は筆者が任意に選んでいます。30日の分も5日分として書き、アップしたのですが、操作を誤り、消してしまいました。30分ぐらいは画面に出ていたので、読んだ方がいらっしゃるといいのですが……。
  きのうのうちに書いておいた記事ではあるけれども、更新は5時42分です。

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雑感

 きょうはクラシック倶楽部はないなと思いつつ、またまたTV。しかしその前には、さまざま思いめぐらしていたのですが。
 TVは 「J-MERO」、ロックライブ。15分ほど視聴。照明、音響、楽器のボリュームには格段の差があるのだが、ロックのリズムと人のノリには、その昔の壮士演歌が重なる。単純な繰り返しが快感をもたらす。ノリやすいサウンズ、参加しやすいのだ。ワルくない。
 こうしてゆったりしていられるのは、冬のあいだだけ。春になるとつい庭に出てしまう。一旦草取りをはじめると、勢いに押されて一日やってしまうことも。冬は行動も制限される。家の中にいて、やるべきことに目が向く。それがいいのだ。

                       6時15分 更新
 
 

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ラ・カンパネラ

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もみの木

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クラシック倶楽部ークラリネットという木ー

クラシック倶楽部、きょうは、ポール・メイエはクラリネットで、アンドレアス・シュタイアーはピアノでの弾き振りで、何れもモーツァルト。いずみシンフォニエッタ大阪が管弦楽を務めている。2015年12月5日 いずみホールでの収録。

「クラリネット協奏曲 イ長調 K.622」

 ポール・メイエのクラリネットが草原に、或いは庭園に立つ一本の樹木のようで、太陽の角度によってさまざまな表情を見せている。その周りを、管弦楽が、風や雨、虫、花々がさまざまに奏しながら話しかけ働きかけているといった場面を想像しながら楽しんだ。
 ポール・メイエ、世界的にも最も有名なクラリネット奏者の一人。数々の国際的なオケとの共演をしているという。


「ピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595から第1、第3楽章」

 アンドレアス・シュタイアー、1955ゲッティンゲン生まれ。チェンバロ、フォルテピアノを得意とする鍵盤奏者。今回はホールに備えられているベーゼンドルファー使用。念のためベーゼンドルファーをウェブで確かめたところ、意外な事実が。
 以下はWikipediaからの転載です。
1828年オーストリアウィーンにてイグナーツ・ベーゼンドルファーにより創業された。以来、各国の帝室や王室の御用達として選定されたり、産業博覧会で入賞したりするなど、名声を高めていく。第二次世界大戦後の一時期、経営難に陥って経営がアメリカの企業体に移ったこともあったが、2002年にオーストリアの銀行グループであるオーストリア労働経済郵便銀行英語版が経営権を取得して、名実ともにオーストリアに復帰した。しかし2007年再び経営難に陥り、2008年にヤマハの子会社となった。

 

名曲アルバム。「喜歌劇“チャールダッシュの女王”」カールマン・イムレ(1882~1953)作曲。上柴はじめ編曲。

作曲に使った喜歌劇の台本が映っていた。よくある身分違いの恋の物語。

カールマンは富裕な商人の家に生まれたが、13歳で傾き苦労しながら作曲を。この曲がデビュー作。1915にウィーンで大ヒット。自らもよく踊ったチャールダッシュを作品の随所に使っているらしい。

ソプラノ佐々木典子,二期会合唱団,東京フィルハーモニー交響楽団,指揮は岩村力


この中で何か一つ覚えられたらよしと 6時35分 更新

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ニューイヤーオペラ

熊本で地震があったようだ。揺れがもっとも強かったところで震度6弱。どうなっていることか。次のニュースが気がかり。
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TVが面白すぎて困っている。ついつい見てしまう。あと10分で20時になろうというに、また音楽番組。ただ、午前はやるべきことをこなしたし、午後は家族で出かけて来たのだし、ここでちょっとリラックスしてもいいかなと。きのうはショスタコーヴィチ、きょうはニューイヤーオペラコンサート。オペラについて教わったことが功を奏し、興味深く楽しんでいる。何でも受講料を払ってでも学んでみるものと思う。
 「魔笛」の「復しゅうの心は地獄のように胸に燃え」を歌ったソプラノの安井陽子さん、次の音はでるだろうか、出た! 完璧に出た。次はどうだろ、出た、張りはある、破綻もない。次は、次は、それが最後まで上り詰めて完璧! すばらしかった。
 森麻季さんの「涙の流れるままに」、透明感があり、繊細さもあり、切々としていてよかった。これは個人的にすきな声。
 ビリビリと響きわたり、ホールを完全に制圧してしまうテノール、バリトン。生まれながらに“造りつけられている楽器”をここまで“名器”と磨き鍛えあげた声楽家たちにブラボー! でした。

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クラシック倶楽部ー新年のベートーヴェンー

  新聞投函、4時27分。これが起床時間。廊下を玄関に向かうと、暗いむこうにバイクの点滅。今朝の予報は-7、が、それほど冷えているとは感じられない。外はどうだろう。
 クラシック倶楽部の前番組は、きょうは六角線をたどる旅。いま、大きく育った焼きカキをほおばる場面、そして西岸駅に場面が切り替わる。懐かしいローカル線の旅だ。ここでテレビを消して、5時までしばし思いめぐらしの時間を。

             ☆  ☆  ☆  

クラシック倶楽部、きょうは、ウィーン・ニコライ弦楽四重奏団。ウィーン・フィルのメンバーから成り、2012からウィーンを拠点に活動しているという。きょうはウィーン古典派の作品。メンバーは、
ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク(ヴァイオリン)使用楽器はM. SchwalbとD. Bagué。弓はT. M. Gerbeth。1977年生まれ。
ベンジャミン・モリソン(ヴァイオリン)使用楽器は父デヴィッド・モリソン作(2006年)とジュゼッペ・ナドッティ作(1785年)。
ゲルハルト・マルシュナー(ヴィオラ)

ベルンハルト・直樹・ヘーデンボルク
(チェロ)

和樹(長男)・直樹(次男)兄弟は、洋(三男)と日本語が流暢な三兄弟。洋はピアノ。ピアノトリオでの活動も。オーストリア・ザルツブルク出身。スウェーデン人のヴァイオリニストの父と日本人のピアニストである母をもつ。
和樹・直樹両氏へのインタビューでオーケストラと室内楽の違いを訊かれたとき、室内楽はアットホーム、親密で、語り合う。この室内楽がさらに大きくなったのがオケで、あまり差はない。ただオケはみなにわかりやすくはっきりと届けるような工夫と仰ったか技術と仰ったか、何れ楽器編成などにもそれがあるのだろうと理解して聞いた。
モーツァルトの「弦楽四重奏曲 ニ長調 K.575から 第1楽章、第4楽章」
 森の中を散策しながら樹上にかける鳥の音を聴き、自然との対話を楽しんでいるようでもある。繊細優美な流れをそのまま受け取る。

ベートーベンの「弦楽四重奏曲 作品59「ラズモフスキー」から第3番 ハ長調」。これは、ベートーベンの「傑作の森」といわれるうちの一曲。

 第一楽章、深淵、慎重、第九の冒頭のようにこの音じゃない、この音でいいのかと、作者の模索が聞こえる。流麗なところあり、対話的なところも。これは自分との対話、自らに問いながらの思いめぐらしが感じられる。第二楽章、室内を歩き回り、ときに窓外に視線を移し、こうか、ああかと反問、思索、試作をくりかえすさまがほうふつと。第三楽章、明るみに向かう弾んだ気分。ちょうど鬱を脱したような解放された快活さ、躍動感が。意匠、着想がそちこちに飛翔し最高の心境にかけのぼったところで、これでよし! とペンが置かれたような。
 無意識のうちにベートーベンの作曲のすがたを重ねながら聴いていた。 

 

名曲アルバムはベートーヴェンの「交響曲第7番」。これはわたしの生涯で、ドボルザークの「新世界」第四楽章とともに、飽きもせずに繰り返しくりかえし聴いた曲。

きょうは東京フィルハーモニー交響楽団。指揮は円光寺雅彦
ウィーンの環状道路「リンク」、これはかつての城壁の跡であるようだ。オスマントルコの度々の侵攻に備えたもの。この城壁のうえに、ベートーヴェンが住んだ家があった。もっとも、彼は引っ越しを繰り返しているから、それらのうちのひとつなのだが。30代の8年間といえば、やはり重要な時期。「運命」「田園」「フィデリオ」がここで書かれている。
 
「交響曲第7番」が書かれていたときはナポレオンの攻防があったとき。人々は戦いに疲れていた。旧ウィーン大学が映っていたが、「交響曲第7番」は、1813年、ここで初演となったという。戦争傷病者のための慈善演奏会としての演奏だ。飽きるほどに、飽きもせずに聴いた7番を最初に聴いた人々、戦いに傷つき病んだ人々がその恩恵に真っ先に浴したのだ。
     きょうは聴いた!きいた! という実感と共に 6時48分 更新

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朝明けの月

  けさ、6時半ごろ、カーテンを開けてみると、何と、月のすべり台から落ちた金星が、落ちるを潔しとせずに、月のあしもとに止まっている。清々しく爽やかなたたずまい。さっそく撮ったところが、あまりに煌々と輝いているためか、はたまた、手元が震えたかで、二重に映ってしまいました。
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 どうしても惜しまれ、また外に出てみると、雲が。
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 雲の薄衣をまとっている方が、輝きは薄れますが、すっきりと収まってくれるようです。

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 7時更新
 

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賀状からー宮古ジュニア弦楽合奏団ー

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 大正時代の音楽家梅村保が始めた音楽は、いまでも、宮古市にある宮古ジュニア弦楽合奏団に、また同団が輩出した多くの音楽家たちに流れています。
  ところで、ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートのゲストに登場のライナー・キュッヒル氏は、たしか、梅村家の四代目梅村隆一氏が師事した方のはず。キュッヒル氏の妻は日本人で真知子さん。小澤征爾がニューイヤーに招かれたときに、同団に関係のある国の言葉で新年のあいさつがあったが、キュッヒル氏は日本語で挨拶している。
 梅村隆一氏は、ドイツ ニーダーライン交響楽団(クレーフェルト/メンヒェングラッドバッハ歌劇場) 第一ヴァイオリン奏者。
 隆一氏のお子様、五代目には、生まれて間もなくお会いしましたが、この写真に映っているでしょう。


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明けましておめでとうございます!

明けましておめでとうございます!
 としもどうぞ宜しくお願いいたします。
 2019年元旦


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  6時起床。外はまだ暗い。この道の向こうには、ことしまた目にするであろう一コマ一コマが待っている。それは神の思惑に属していることなのだが。新たに予期せぬ想像だにできない事どももあるだろう。その一つは大型化している災害。タイタニックに乗り合わせているような不安はぬぐい切れないけれども、祈りながら一日一日に感謝し、ひと時ひと時を、労するにしろ寛ぐにしろ大切にしていきたい。
 借りている畑がある。手入れを必要とする庭がある。家事がある。その合間には書くことも少しはするだろう。学びの機会があり、友だちとのランチも。思い通りにいくこともあり思い通りにはいかないことも、むしろこちらの方が人生には多いかもしれない。いずれなりとも感謝、こうして力強く新年の第一歩を踏み出すことができました。有り難うございます! 心からの感謝を申し上げます!

                        6時半 更新

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