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アンドレアス・シャーガー(テノール)&リディア・バイチ(バイオリン) 演奏会。トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア。マティアス・フレッツベルガ―(指揮)。2017年3月19日東京文化会館小ホール。
この番組では、珍しく華やかなステージ、結婚したばかりだというシャーガー&バイチ。たくさんの幸せを振りまいてくれたコンサート録画だった。シャーガーのヘルデンテノール(力強く英雄的で劇的)は圧巻。バイチは美貌のバイオリニスト。使用楽器は名器ガルネリ・デル・ジェス。はっとしたのは、バイチ左手首にト音記号、右手首に判然としなかったが、マーク、たぶん音楽に関係したものだろう、小さくタトゥーが入っていた。音楽に捧げますというある時点での決意表明なのか、ファッション感覚でなのかはわからない。このタトゥーとピンクのドレスで、後々までも思い出しそう。
「魔笛」はまた学ぶ機会がありそうだが、「太陽でさえひるみ沈んでいく」、「自然がこれほどの苦しみをくれたことに感謝しなければ」等など、詩作には参考になりそうなフレーズがいっぱい。指揮のフレッツベルガ―が、人間の声とバイオリンの音にどれだけの共通点があるか、といっていた。その模索での選曲があるらしい。歌劇「ジプシー男爵」、「おおざっぱでよければ何でもできるさ」と大らかに歌う。舞い上がりそうな楽しさ。「日本人並みに綱渡りも得意で」が大いに気になったところ。「友よ 人生は生きる価値がある」の「世の中はこくこくと若返る」にもとにかく人生を肯定的、前向き、積極的に歌う。フレッツベルガ―の説得力で一層肯定的に。「世界一美しい女性が、きょうにも君のものになるかもしれない」とは、これが男性の至上の夢なのかも。素晴らしかった。「ヨハン・シュトラウスのテーマによる幻想曲」、テノール登場でステージがにわかにグレードアップ。独特で力強く熱いウィーン気質の現出。「唇は黙して」でお熱いふたりのダンスもすこしだけ披露。バイオリンも華やかでした。
ぜんたい、歌劇のハイライト、エッセンスを贅沢に味わったという感じが。すてきなトウキョウ・ミタカ・フィルハーモニアにもこの3人のセッションの感想を聞いてみたかった。
☆「歌劇「魔笛」から「なんと美しい絵姿」K.620」、モーツァルト・作曲。テノール。☆「バイオリンと管弦楽のためのロンド ハ長調 K.373」、モーツァルト・作曲。☆「「ウェーゼンドンクの五つの詩」から」、ワーグナー・作曲、モットル/フレッツベルガ―・編曲。テノール。バイオリン。☆喜歌劇「ジプシー男爵」から「陽気に世界をさまよった」」、ヨハン・シュトラウス・作曲。テノール。☆「愛の夢」、リスト・作曲、フレッツベルガ―・編曲。テノール。バイオリン。☆「喜歌劇「ジュディッタ」から「友よ 人生は生きる価値がある」」、レハール・作曲。テノール。☆「愛の悲しみ」、クライスラー・作曲、フレッツベルガ―・編曲。バイオリン。☆「ヨハン・シュトラウスのテーマによる幻想曲」、ヨハン・シュトラウス・作曲、バイチ/フレッツベルガ―・編曲。テノール。バイオリン。☆「喜歌劇「メリー・ウィドー」から「唇は黙して」」、レハール・作曲。☆テノール。バイオリン。
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氷点下8度の朝。曙光はさしてくれるかくれないか、何れなりとも、きょうも頑張らなければならない。生きなければならない。死んだように生きるのではなく、一日を、生きているように生きたいものだ。
コントラルト(女声の最低音域)でもあり、指揮者でもあるナタリー・シュトゥッツマン。ナタリー・シュトゥッツマンが2009年に結成した室内オーケストラ、オルフェオ55の演奏。2018年5月15日紀尾井ホール。
指揮って、歌いながらできるものなの? するとシュトゥッツマン、歌うときには体を使うので、細かな指示はできない、本番前までにそれをしっかり徹底しておくのだ、と。「オルフェオ55」というネーミングについて、5は、シュトゥッツマンのラッキーナンバーだとか。変わった名をつけようとの意図から。「オルフェオ」、音楽で地獄の生き物を魅了するとかなんとか、聴き落しもあるかも。ちょっとびっくり。楽員はモダン、ピリオドの両楽器ができる者からの選抜。気になる古楽器が4つありましたが。演奏は時として情熱的。
コントラルト、数あるパートの中で一つの役割を果たすという思い込みを覆し、悲哀、苦悩、そして怨念までを立ち現れるようなリアルさで表現できるコントラルトに魅せられた。これには荒びる地獄の生き物も、くたっとおとなしく耳を傾けてしまうのでは。シュトゥッツマン、男性指揮者と見紛いそう。西本智実とはまた違ったカッコよさ。すばらしい女性でした。
歌曲の詞には日本人感覚とは異なるダイレクトさが。「高慢で、残忍で、理性を失った瞳よ、私を傷つけないで」、「周りに霊がいくつも見えて…体中を冷たい毒で満たす」、「愛の喜びはつかの間のものだが、愛の悲しみは一生続く」等など。
☆「協奏曲 第1番 ヘ短調から ポコ・アンダンテ」、ドゥランテ・作曲。☆「歌劇「ポンペオ」から 私を傷つけないで」、アレッサンドロ・スカルラッティ・作曲。☆「歌劇「ジュスティーノ」から この喜びをもって会おう」、ヴィヴァルディ・作曲。☆「歌劇「アルミード」から パッサカリア」、リュリ・作曲。☆「歌劇「救われたアンドロメダ」から 太陽はしばしば」、ヴィヴァルディ・作曲。☆「オラトリオ「敵の将軍ホロフェルネスに勝って帰るユーディット」から 気まぐれの風にもてあそばれ」、ヴィヴァルディ・作曲。☆「歌劇「みやびなインドの国々」から 未開人の踊り」、ラモー・作曲。☆「パッサカリア」、ファルコニエーリ・作曲。指鳴らし。床をたたくような音をどうやってだしているか。☆「踊れ、優しい乙女よ」、ドゥランテ・作曲。☆「愛の喜び」、マルティーニ・作曲。☆「歌劇「オリンピアーデ」から 私は苦しみながらも震えている」、ヴィヴァルディ・作曲。
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昨夜、22時5分前に、除雪車が入ってくれたが、けさ見るとやはりまた積もっている。クラシック倶楽部、20分遅れで視聴。近頃は、果たしてBSが入るかどうかと心配。ごくたまに、アンテナに異常があるか、天候によってはとが出るからだ。しかしいまのところ、このクラシック倶楽部の時間だけは、一度だけカードのさし直しはしたが、守られている。
ラトビア放送合唱団 演奏会。指揮・カスパルス・プトニンシュ。 2017年5月22日 すみだトリフォニーホール
「ヨーロッパのプロフェッショナル室内楽合唱団のトップに数えられる。洗練されたセンス、表現力の素晴らしさ、驚くほど幅の広い歌声。1992年以降、音楽監督兼首席指揮者であるシグヴァルズ・クラーヴァとカスパルス・プトニンシュの2人の指揮者のもとで活動。
LRCは人間の声のもつ可能性について新たな理解を打ち立てた。合唱の新たなパラダイムを作り上げたということもできよう。LRCにおいては、メンバー一人ひとりがそれぞれ明確な声の特徴と役割をもったひとつの個として存在する。
ザルツブルク音楽祭、モンペリエ音楽祭などの世界トップの音楽祭をはじめ、多くの一流コンサートホールで公演、著名指揮者との共演も数多く成功させている。」(「」内は、ヒラサ・オフィスからの抜粋)
“名曲”は、「かじ屋のポルカ」「最初で最後」ヨーゼフ・シュトラウス曲。東京フィルハーモニー交響楽団。指揮・松尾葉子
今回はレリーフ、技師が指示を出し、職人たちが働くすがたを象ったレリーフをおもしろく見た。見るたびに違った角度に視点が動く。何度でも見てみるものかも。
ゴミ集積所を気にしながら 6時40分 更新
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一日中、雪。雪かきをするすがたがそちこちに。タイヤ痕が陶器のように艶やかです。
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タマール・イヴェーリ ソプラノ・リサイタル。ピアノ・浅野菜生子。紀尾井ホール2017年5月19日。
イヴェーリはジョージア国(グルジア)の首都トビリシ生まれ。タマルは、ヘブライ語でナツメヤシを意味するようだ。自分が知らない名にあうと、これを聴いて自分に何かわかることがあるだろうかと一瞬たじろぐ。それが2,3曲も聴けば、この方がどういった経歴でどの範囲で活躍しているものかは察しがつくようになっている。それも、この番組を聴き続けてきたお蔭だ。一応その一端を書き留めると、ウィーン、メトロポリタン両歌劇場で活躍、その他数々。浅野菜生子は桐朋出身、声楽家の信頼が厚いということだ。
イヴェーリには、予備知識もなにも要らない、ただイヴェーリを聴きさえすれば、ぜんぶをイヴェーリが分からせてくれる。すごかった。狂おしさ、甘やかさ、幸福感、生の喜び、憂い、悩み、哀れさ、まだ書き落としているかもしれないが、人生で遭遇する、迎えるありとあらゆる想いをドラマテッィクに表現。イヴェーリがいうに、聴いている者に希望を与え、聴いているあいだだけでも悩みを忘れさせ、その響きがひとの記憶にずっと後々までものこる歌でありたい、と。自信があふれている。
☆「リラの花 作品21第5」、ラフマニノフ・作曲。☆「もし私が知っていたら 作品47第1」、チャイコフスキー・作曲。☆「春まだ浅いころ 作品38第2」、チャイコフスキー作曲。☆「歌うな、美しい人よ 作品4第4」、ラフマニノフ・作曲。☆「雪解け 作品14第11」、ラフマニノフ・作曲。☆「昼の輝きが満ち夜の静けさが広がっても 作品47第6」、チャイコフスキー・作曲。☆「歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」から 「私は神の卑しいしもべです」」、チレーア・作曲☆「歌劇「道化師」から 鳥の歌「大空をはれやかに」」、レオンカヴァルロ・作曲。☆「歌劇「ルサルカ」から 「月に寄せる歌」」、ドボルザーク・作曲。☆「歌劇「ワリー」から 「さようなら、ふるさとの家よ」」カタラーニ・作曲。☆「歌劇「蝶々夫人」から 「ある晴れた日に」」、プッチーニ・作曲。
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「楽都のユニゾン」第47回、今回は、関東大震災のあと、まだ2か月しか経っていない危険ともいえる東京に、被災の甚大さを聞きつけて、バイオリンを抱え駆けつけてくれた世界的な音楽家がいたことをちょっと書かせていただきました。ややもすると冷たい音色ともいわれるハイフェッツ、しかし、ハイフェッツのあたたかさに、多くの人々が心打たれ涙したにちがいなく、太田カルテットの誰々が行っていたかはわかりませんが、赤澤長五郎が行ったことは確かで、恐らくはほかの3人も行っただろうと思われます。当時、ハイフェッツは1901生まれ、震災は1923、22歳という若さでした。山田耕筰は、恐らく通訳としての役目もあって行っていたかと思います。
以下はWIKIからです。
ケルンに生まれ、本名はハンス・ヴィルヘルム・シュタインベルク(Hans Wilhelm Steinberg)といった。1933年にナチスによりフランクフルト歌劇場から引退を余儀なくされた上、演奏活動を制限されたことから、1936年にイギリス委任統治領パレスチナに移住した。同地でブロニスワフ・フーベルマンらと共にパレスチナ交響楽団(現イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団)を結成し、指揮者を務める。
第二次世界大戦後に欧米の楽壇に復帰し、1945年から1953年までバッファロー・フィルハーモニー管弦楽団を、1950年代にはロンドン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した。1952年にピッツバーグ交響楽団の音楽監督に就任し、1976年までの長期間にわたって同楽団を指導した。同楽団とは来日公演も行っている。名ヴァイオリニスト、ナタン・ミルシテインの伴奏者としても有名である。また、1969年から1972年までボストン交響楽団音楽監督を兼任している。
ニューヨークで他界した。
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世界の最先端をはしる作曲家のひとりが登場と予備知識を手に期待感をもってTVに、と思いきや、ふと窓外に目をやると、昨日に増して金星と木星がさやかに存在を輝かせている。もったいない、これも見なくちゃ、だけど藤倉も見なくちゃに揺れたが、星の方をしばし見上げてから、すこし遅れて、三味線の途中から、TVの前に。
オール作曲家・藤倉大作品。イギリスを拠点に国際的に活躍。ハクジュホールの開館15周年記念公演「藤倉大 個展」。この「藤倉大 個展」にはじめ違和感があったが、聴き終えて、なるほどこれは確かに個展だわ、と。一曲、一曲が新たに額に収まって目の前に立ち現れるという感じ。
経歴は、WEBから
藤倉大は1977年大阪生まれ。15歳で渡英し、エドウィン・ロックスバラ、ダリル・ランズウィック、ジョージ・ベンジャミンに師事、と書くも、筆者の知らない名前の羅列なのだ。現代の錚々たる教授陣なのだろう。数々の作曲賞を受賞。ザルツブルグ音楽祭、ルツェルン音楽祭、ときて、ああ、やっとわかる項目に。BBCプロムス、バンベルク響、シカゴ響、アンサンブル・アンテルコンタンポラン、シモン・ボリバル響、アルディッティ弦楽四重奏団等から委嘱され、国際的な共同委嘱もますます増えている。……こんなにすごい日本人作曲家がいたらしい。そして、ここからは筆者も知った名前たち、ブーレーズ、エトヴェシュ、ノット、ドゥダメル、アルミンク、リープライヒ、井上道義、山田和樹ら指揮者たち、それがどうしたの? それが藤倉の作品を初演・演奏していたのだ! と、これ以上の輝かしさは省略。
藤倉自らがいうに、教授という立場にあって、自宅で教授、生徒たちの方が自宅にやってきて教えていただくという形。それが、藤倉が作曲中であれば、いくら呼び鈴を押しても出て来てくれない。誰も文句は言わない。言ってはならないのだ。こういう在り方が許されている、それだけ才能が認められ厚い、いや篤いであったか、何れ、すごい曲をつくるであろう、それを邪魔してはならないと、何よりも創作を保護、保証されている存在なわけだ。
☆「NEO(音緒)~三味線のための~」、三味線・本條 秀慈郎。この段階ではそれほど斬新さは感じられなかった。三味線という楽器がある意味いかようにも斬新になり得るのをすでに聴いているせいかもしれない。☆「きいて~ソプラノのための~」、ソプラノ・小林 紗羅。小林の委嘱であるという。正統派をくつがえそうとグロテスクに仕上げたと藤倉。音楽から遠く動物的と感じられる最初のフレーズを、小林は忠実に表現。最後までこれが続くかと思ったところで、声楽らしく、というのは、藤木はそれさえも、常識を超えてと画策しているのだが、そのらしくに乗ったところで、ほっとした心境に落ち着いた。歌というよりは演出の妙に触れている感じが。☆「GO~ピアノと管楽のための~ から 第5楽章」、クラリネット・吉田 誠。ピアニスト小菅優の委嘱作品だ。幻想的な世界。ここでちょっと雑念が入り、余計なことが頭を過ったために、まともな視聴ができないでしまった。☆「ゆらゆら~ホルンと弦楽四重奏のための~」、ホルン・福川 伸陽、弦楽四重奏・カルテット・アマービレ。通常の奏法を一切使っていないという。まったく新たな別次元の響き。☆「Osm(オズム)~チェロのための~」、チェロ・新倉 瞳。閉塞感、先の見えない戸惑い、不安、手探りで迷路をたどり行くような。こう鳴らしてみようか、ああ鳴らしてみようかという作為が随所に鮮やか。時として露骨なまでにそれが感じられるのだが、それがすべて成功しているという感じ。☆「チャンス・モンスーン~ギターのための~」、ギター・村治 奏一。村治 奏一の委嘱。こまい音の連なり。宇宙のイメージを広げたのだとか。最後部分に宇宙空間の静けさが醸す雰囲気が見えたような。☆「はらはら~ホルンのための~」、ホルン・福川 伸陽。それこそハクジュホール15周年を記念して2018の作曲、真新しい曲。音楽的に新たな次元を発掘したという感じ。
次はどんな曲? 次は? 次は? と聴く者に、何か独創的なことをやってくれる、聴かせてくれるだろうという期待感を絶えず持たせている藤倉。藤倉が藤倉の創造を優先的に生かす在り方が許されている理由がわかった。
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藤木大地 カウンターテナー・リサイタル 。「旅」をテーマに歌う。ピアノは多田聡子。2017年1月21日 東京文化会館小ホール
カウンターテナーを聴きながら、坂東玉三郎の非現実的な美しさを曳く姿が浮かんだ。なにかこの声に通じるものがある。ただ声の方は、暗がりに硬質な光を放つ。殊にも、悲しみを歌うときには、その悲しみが光を放つ、悲しみが“生きる”、悲しみを“生かす”という感じがするのだ。「ダニー・ボーイ」や「死んだ男の残したものは」に、それが顕著に聴きとれた。1980生まれ。2013年、ウィーン国立歌劇場と日本人カウンターテナ-として初めて、客演契約を結ぶ。
Warner Music Japanには「日本人、そして東洋人カウンターテナーとしても史上初の快挙!」とあったが、カウンターテナーに転向したのは2011年。番組の中で、藤木は「リサイタルは自分の全部を自由に表現できる、何としあわせなことだろう」と語りつつ、曲から感じたことをできるだけ観客につたえなければならない使命があるとも話している。
「てがみ」は、加藤昌則が藤木のために書き下ろしている。このステージで世界初演という。詞は岸田衿子。詞の内容から、これは実際に書いている手紙なのではなく、心の中のつぶやきであって、実際には亡くなるか隔てられているかで書くことのできない相手に絶えず心の中に反芻される想いのつぶやきであるかと。抜粋するとーどうしていますか/午后は雨です/夕方林の道の奥で/オーボエが鳴るのを聞くでしょうー、このオーボエがふくろうのような気が。ふくろうが一日のどの時間帯でよく啼くものかはわからないが。「死んだ男の残したものは」は武満がベトナムの平和を願う市民集会のために作曲。谷川俊太郎の詞が切々と心にしみる。
この録画はまえにもいちど観ているのだが、幾分か注意深く視聴する習慣がついたいま、新たに聴いたといえるほど理解がまるで違っている。この番組を教材としてついてきた甲斐があった。有難いことだ。
☆「旅のこころ」、高田敏子・作詞、加藤昌則・作曲。☆「歌曲集「旅の歌」から“美しい人よ目覚めよ”」、L.スティーヴンソン・作詞、V.ウィリアムズ・作曲。☆「歌曲集「旅の歌」から“私はいずこにさすらうか”」、L.スティーヴンソン・作詞、V.ウィリアムズ・作曲。☆「ゴンドラの唄」、吉井勇・作詞、中山晋平・作曲。☆「宵待草」、竹久夢二・作詞、多忠亮・作曲。☆「夢みたものは・・・」、立原道造・作詞、木下牧子・作曲。☆「てがみ」、岸田衿子・作詞、加藤昌則・作曲。
☆「ダニー・ボーイ」、F.ウェザリー なかにし礼・作詞、アイルランド民謡・作曲。☆「死んだ男の残したものは」、谷川俊太郎・作詞、武満徹・作曲。☆「万霊節 作品10第8」、V.ギルム・作詞、R.シュトラウス・作曲。☆「あすの朝 作品27第4」、H.マッケイ・作詞、R.シュトラウス・作曲。☆「小さな空」、武満徹・作詞、武満徹・作曲。
“名曲”は、「喜歌劇“チャールダーシュの女王”」カールマーン作曲、上柴はじめ編曲。ソプラノ・佐々木典子、合唱・二期会合唱団、東京フィルハーモニー交響楽団、指揮・岩村力。
これもまえに聴いて聴き落したところ、記憶にのこらなかったところを補填。何度でも聴いてみるもの、発見は尽きない。
充実感をもらって、 6時53分 更新
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けさのクラシック倶楽部は、クロード・ドビュッシー(1862~1918)没後100年記念演奏。いうまでもなく、オールドビュッシー。2018年11月24日 フィリアホール。フィリアホールってどこだったかな。
☆「ピアノ三重奏曲 ト長調から 第1、2、4楽章」。1879年ドビュッシーがパリ音楽院にいたときに作曲を志して作ったらしい。17歳のときだ。出版年は、筆者の聞き間違いかと思う点もあるので割愛。第4楽章がよかった。ピアノ・三浦友理枝、バイオリン・川久保賜紀、チェロ・遠藤真理。☆「ハープと弦楽のための舞曲「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」」。これはプレイエル社が、自社の楽器宣伝のために作曲を依頼したものだという。ハープの吉野直子さんが、印象派の絵を見ているよう……五感で全身に感じられるもの、光の移り変わりをち密に書いている、描いてかもしれないが、そのように言っておられた。自然との親密さということだろう。ビオラの川本さんが、遠い両極端なものを表現、と言っておられたが、まさしく。楽器もことば、言い換えれば音符もことばだと感じた一曲。この中で、ハープは静的な存在感を示し、弦は森のさざめき、自在に移ろう光だ。ハープ・吉野直子、バイオリン・川久保賜紀、バイオリン・小林美恵、ビオラ・川本嘉子、チェロ・遠藤真理。☆「フルート、ビオラ、ハープのためのソナタ」、これはおもしろい一曲だった。解説でも、この三つの楽器の組み合わせはおおよそ考えられないものだという。1915年、つまりドビュッシーが亡くなる3年前の作曲。それぞれの楽器を解放していても、曲自体はち密であるとも。
主役はビオラで、複雑な心境を本音を語っている。フルートが相槌を打ちながらそうじゃない、こうでしょうと癒しに回っている感じ。そこでハープは別な空間にいて音は優しくも聴こえるが、これが客観視的に響いている。第3楽章でやっとハープがビオラとフルートに近づき合流、互いに同調しあって想いの一致に到って終了。おもしろかった。フルート・上野由恵、ビオラ・川本嘉子、ハープ・吉野直子。
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けさのクラシック倶楽部は、三村奈々恵のマリンバ。クラシック、ポップス、民族音楽と幅広い。三村の解説で、マレットは数百本あり、一つの演奏で30~50本必要。一本一本が違う音をだす。重さ、素材によって違う。ゴム、毛糸、綿とあり、ゴムに毛糸がまかれているものも。重いマレットで小さな鍵盤を打つと、鍵盤が負けることも。このマレットの使い分け、力加減に細心の注意が払われている。2018年4月12日 ハクジュホール
名曲アルバム、「かじ屋のポルカ」「最初で最後」ヨーゼフ・シュトラウス作曲。東京フィルハーモニー交響楽団、指揮・松尾葉子
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けさは、バイオリニスト佐藤俊介。1984生まれ。2歳から。カーティス、ジュリアード両音楽院で学ぶ。現在オランダを拠点に活躍。2010年に
バッハ国際コンクール第2位、聴衆賞を受賞。1921年にできたオランダ・バッハ協会のコンマス。
今回の使用楽器は、1684年オランダ製のバロック・バイオリン。羊腸弦。ふつうのバイオリンより小振りだ。佐藤俊介は、バロック・バイオリンとモダン・バイオリンの両使い。2018年11月15日浜離宮朝日ホール収録。
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けさはミシェル・ダルベルト(1955生まれ)のピアノ。1975年のクララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールで優勝し、現代で最も優秀なピアニストの1人とされる。最近聴いたなかでは、演奏が身近にスムーズに入ってきた。ピアノは久方ぶりに見るベヒシュタイン。ドビュッシーが「ピアノ曲はベヒシュタイン
フランクとドビュッシーを軸として、西洋音楽は、フランクの視線はバッハの時代のような過去にさかのぼり、一方、ドビュッシーは新時代の旗手であるという。ドビュッシーの楽譜によくみられる指示は「ルバート」、柔軟性が許される。どうぞご自由にといえるまでのルバートということであるらしい。
☆「前奏曲、コラールとフーガ」、これはフランクが62歳で作曲。それを63歳のダルベルトが弾いている。鍾乳洞を滴る水滴に耳を澄ますような心境になる。清涼な空気感。☆「「ベルガマスク組曲」から「月の光」、ドビュッシー28歳で作曲し始める。穏やかだが輻輳した優雅な響き。フーガでは、諦念にあらがうようなしかし、そのどちらも打ち消し、吹っ切って終わったという感じ。作曲することで、すべてが肯定に通じてしまうものかも。☆「こどもの領分」、ドビュッシー・作曲。この中では「雪が踊っている」が、もっともドビュッシー的。いまが冬という季節でもあるからか、視覚的に響いた。☆「前奏曲 嬰ハ短調 作品45 (アンコール)」、ショパン・作曲。フランス的な、言語には疎いのだが、フランス語的なとでも。
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きょうは寿司屋で地域のランチ会があった。8枚の座布団が長テーブルを挟んで向かい合う。手前の左端に落ち着いてみると、ここには音がないと気づく。音楽がかかっていない。2階だから、冷蔵庫を開けたてしたり、魚を下したり、シャリを握る音もしない。暖房でぬくもりかけた一室に、客を待つ静けさだけが満ちている。これもいい。作曲家であったならどうだろう。静寂を作り出すに、それが短くて済むなら休符を使うだろうけれども、静寂に何らかの意味や色彩、思想、感情を表すとなれば、やはり音符を連ねることになるのでは。ほんとうの静寂を表すにはやはり音が要る、そんなことを思ううちに、靴音とおしゃべりが階段を登りはじめ、にこやかな顔、顔、顔が現われた。
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高橋礼恵とビョルン・レーマン(ベルリン芸術大学教授)によるピアノ・デュオ。2017年9月22日 ハクジュホール。おふたりはご夫婦だった。室内楽では個々の責任が重く、また調和が求められるが、ピアノ連弾では、4本の手の響きを互いに聴き合い、ハーモニーをつくりあげるために、室内楽の互い以上に緊密さを必要とするのだそう。4本の手でバッハはさらにち密さを増し、精彩を増し加えた感じ。「春の祭典」、無意識のうちに低音が弾き出す原始、土俗的な響きを待っている自分を発見。ストラヴィンスキーが以前よりはすこしわかったかなと。「春の祭典」は、何と、ストラヴィンスキー自身がピアノ連弾用の編曲をつくっていた。管弦楽曲を油彩とすると、ピアノ連弾曲は素描であると。ピアノ用に編曲された管弦楽曲をいくつか思い出しながら、納得。
☆「カンタータ第106番「神の時」から ソナチネ」、バッハ作曲、クルターク編曲。☆「コラール前奏曲 汚れない神の小羊よ BWV1095」、バッハ作曲、クルターク編曲。☆「バレエ音楽「春の祭典」ピアノ連弾版」、ストラヴィンスキー作曲。「ハンガリー舞曲第4番」、ブラームス作曲
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けさの開口一番は、きのう終了したオペラ講座全5回のはなし。ここはどこだっけ? 岩手県、そう、たしかにイーハトーヴいわて。このいわてで、何と、岩手人になるオペラに取組んでいる方々がいた。世界的なキャリアを持つ講師佐々木正利氏(1980年第6回ライプツィヒ国際バッハコンクール声楽部門入賞。1979年、1985年ザルツブルグ音楽祭に招聘され、モーツァルテウム管弦楽団、ベルリン聖へドヴィヒ聖歌隊と、 バッハ「マニフィカート」、モーツァルト「戴冠ミサ」等を共演)率いる岩手大学音楽科声楽の学生並びにOBでもあり既に教える立場として活躍される方々。
毎回の解説、取って置きの資料でもあるDVD、そして直に聴いた声楽は、当初の予測を超えて豊かなものだった。学生の方々、体格的には日本人、決して大柄ではない方々、それが、いったいどこからこんな声がでるの? 生来の資質と鍛錬による、そしてそれを引き出せる教師陣あってのことかと思う。「フィガロの結婚」の終盤、模擬ステージではあるが、人生の苦労、喜怒哀楽などまだほとんど知ってはいないだろうと思われる、しかし精魂こもる清新な声楽の尊さは! まだ二十歳そこそこで、このように悲哀を表現できるとは、といった才能の方も。この方々が本番の衣装を着けて歌っているさま、未来にさまざまな人生経験を、学びを積んで後のすがたを想像しながら聴いた。名だたる楽団でソリストを務める在原泉氏の声も聴くことができた。
今回思ったのは、世界3大テナーの体格と声量を思い起こすに、器楽部門で入賞するより、声楽部門で日本人が入賞に食い込むのは、非常に厳しいのかもしれないと思った。声楽の国際コンクールをあとで調べてみよう。
以上の方々の誰一人に知遇を得ているわけでもなく、要するに、単なる一受講者の感想ではあるが、もったいないので記してみた。因みに一緒に受講した主人までが、これはPCでだが、オペラを聴くようになり、オペラ関連書籍を読むようになったわけで、この家に何が起きたかというさまを呈している。
といったことなどがまだ底流に流れていての今朝のクラシック倶楽部は、ギャリック・オールソン ピアノ・リサイタル。2016年5月9日 浜離宮朝日ホールでの収録。
☆「ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110」、ベートーベン作曲。ショパンに才ある奏者のベートーベン。☆「練習曲集 作品25から 第5番、第6番」、ショパン作曲。☆「ノクターン ハ短調 作品48第1」、ショパン作曲。「バラード 第1番 ト短調 作品23」、ショパン作曲。「前奏曲 嬰ハ短調 作品3第2」、ラフマニノフ作曲。達観した感じのところもあったが、バラードは自分がすきなこともあり、じっくりと。「バラード」即ち、ーPCがブロックしそうな予感、ちょっと不安定、で、ここで更新 6時37分
フリーズを免れ、以下に再び書き足しー「バラード」は元来、歌曲の1ジャンルであったが、ショパンが器楽におけるバラードの創始者であるという。器楽の詩。オールソン言うに、「私はピアノが大好きで、大嫌い」と。声楽、協奏曲、ソナタ、オケをカバーできる機能をわかりつつも、ピアノは人工的であると。ピアノにただ思いを寄せて弾くだけとも語っていた。ショパンとの相性はいいのだそう。最初のレッスンで、教師にショパンが合っていると、才能を讃えられている。
名曲アルバムは「刈干切唄」宮崎民謡。日高哲英・編曲。歌・城南海、尺八・小湊昭尚、指揮・渡邊一正、東京フィルハーモニー交響楽団
この旋律には、朝鮮のほうの影響があると思った。ルーツがわかればおもしろい。
農業労働歌なのだが、夜明けとともにこの歌声があがり、山に谷にひびきわたるのだという。高千穂に働く人々のすがたが映し出されていた。
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けさは-8℃まで下がったようだ。起きた5時時点では-7。冷蔵庫の野菜室が-6ですから、ちょうど野菜室に入れられた感じかと。微生物が繁殖しない温度が-14、これが冷凍庫。冷凍庫なみに冷え込んだ地域もけさはありそうだ。
けさのクラシック倶楽部は、アレクセイ・ヴォロディン ピアノ・リサイタル。2016年11月22日 浜離宮朝日ホール収録。
レニングラード生まれ。ヴォロディンは、2003年、チューリヒで行われたゲーザ・アンダ国際ピアノ・コンクールでの優勝を機に、国際的にその名が知られることとなった。
ヴォロディンは、スタインウェイの専属アーティストである。(ウェブから)
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原田英代 ピアノ・リサイタル。2017年3月3日 ハクジュホール
ロシアの重鎮メルジャーノフに師事。ジュネーブ国際コンクール最高位、シューベルト国際ピアノコンクール優勝。ドイツを拠点に欧州で演奏、審査員、教育で活躍。ロシア・ピアニズムの継承者。
ロシア・ピアニズムといえば、セルゲイ・カスプロフの場合のように、楽器を豊かに鳴らし、ダイナミズムの幅が広く、レガートが美しく、歌心が息づいている、ということなのか。そんな期待でワクワクしながら聴く。
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1 三年(みとせ)の昔 故郷を出(い)でて
旅から旅へと さすらう吾が身
行衛(ゆくえ)定めず 浮草の如(ごと)
3 流れ流れて 落ち行く先は何処(いずこ)の国やら 果てさえ知れず
☆
これに、昭和4年に、林柾次郎によって清新な詩が付けられ、「シーハイルの歌」として今に伝えられています。
「シーハイルの歌」
1 岩木のおろしが 吹くなら吹けよ
山から山へと われらは走る
きのうは梵珠嶺(ぼんじゅね)
今日また阿闍羅(あじゃら)
けむり立てつつ おおシーハイル
手塚宗求著「高原の音楽譜」の中に、昭和38年頃に、大鰐スキー場で、スキーリフトの鉄柱に取り付けた拡声器から、男性の独唱による「シーハイル」という歌がが流れ、これが2、3回流れるとリフトが止まった。歌は終業の合図のようだったとあったので、大鰐スキー場の管理事務所に電話をし、現在も流されているかをお聞きしたところ、現在スキー場では流されていないが、大鰐町役場が、冬期間の12時に流しているという事でした。この冬も、昼には聞こえているのですね。
岩木もいいけれども、何とか岩手に因んだ詞で歌うことはできないものでしょうか。
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けさのクラシック倶楽部は、バイオリニスト南紫音のリサイタル。ピアノは江口 玲。愛媛県新居浜市市民文化センターで公開収録。南紫音は1989年生まれ。2015年ハノーファー国際ヴァイオリン・コンクールで2位。江口玲は「「非凡なる芸術性、円熟、知性」(ニューヨーク・タイムズ紙)と評される江口 玲はソリスト、室内楽奏者、チェンバロ奏者、そして伴奏者として世界中の聴衆と批評家たちを魅了してきた。」という方。
【歌】団しん也,【ピアノ】美野春樹,【ベース】加瀬達,【ドラムス】伊藤史朗,【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団,【指揮】大井剛史-HP~ー
ヤンキースタジアムで決まって流れている曲だそうな。
紫音さんのあのドレスは、青か紫か、ライトで見え方が違う場合も、それにしても紫音、素敵ななまえ と思い返しながら 6時10分 更新
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けさは、ハープ山宮るり子、フルート小池 郁江によるハープ・リサイタル。北海道斜里町公民館ゆめホール公開収録。
☆「ハープ協奏曲 変ロ長調 から 第1楽章」、ヘンデル作曲。☆「ROKUDAN」黛敏郎作曲。☆
「交響詩「モルダウ」」スメタナ作曲、トルネチェク編曲。☆「タイスの冥想曲」マスネ作曲。☆「カルメン幻想曲」ボルヌ作曲。☆「子守歌 作品16」フォーレ作曲。
と書いたものの、目を覚ましたのは6時10分前、
。最後のフォーレが流れておりました。演奏ばかりではなく、おふたりのトークも聴きたかったのですが。それと、「ROKUDAN」、これはwebに出ていたので、混みあっていない時間帯にでも聴いてみたい。
名曲アルバム。「かじ屋のポルカ」「最初で最後」ヨーゼフ・シュトラウス作曲。東京フィルハーモニー交響楽団,松尾葉子の指揮。
松尾葉子は、(以下は、webから) セントラル愛知交響楽団 特別客演指揮者。
1982年フランスのブザンソン国際指揮者コンクールで女性として史上初、また日本人としては小澤征爾についで二人目の優勝という壮挙により、一躍注目を集める。名古屋生まれ。
1981年国際ロータリー財団の奨学生としてフランスに留学、パリ・エコールノルマル音楽院指揮科でピエール・デルヴォー氏に師事。1982年帰国後名古屋フィルを指揮し、名古屋デビュー。1983年『若い芽のコンサート』でNHK交響楽団を指揮。2001年ニューヨーク・カーネギーホールにてベートーヴェンの第九を指揮する。
トリフォニーホール・ジュニア・オーケストラの音楽監督を兼任。東京藝術大学指揮科教官を30年間務める。2015年4月より愛知県立芸術大学客員教授。アンサンブル・フォルテ指揮者。女声合唱団マドンナ「かきつばた」ディレクター。著者に「指揮者にミューズが微笑んだ」 (2003年論創社)、「指揮者、この瞬間」(2008年樹立社)がある。
ワルツ、耳慣れているものは、みなヨハン・シュトラウスと思い込んでいた。ヨーゼフは付けたし程度と。それが、ヨーゼフはヨハン・シュトラウス2世の弟。もとは光学技師でダムの設計などにも関わっていたようだ。兄のヨハン・シュトラウスが病気で倒れたので代役を務めたのがその始まり。音楽家としてはもうこれが「最初で最後」と作曲を終えようとしたところ、周囲の勧めで音楽業に留まったらしい。あまりに有名で、知ったような気になっていたが、実は何も知ってはいなかったわけだ。若者たちのあこがれ社交界デヴュー、壮観
6時37分 更新
あとはヨーゼフのページに跳んで、そちこち読んでみよう。
6時47分編集 更新
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クラシック倶楽部、伊藤悠貴チェロ・リサイタル。ピアノはダニエル・キング・スミス。2016年6月11日 岩手県花巻市公開収録
伊藤悠貴は、1989生まれ。2004年に渡英。名チェリストダヴィッド・ケリンガスの弟子。2015年、王立音楽大学を最優秀弦楽器奏者賞を得て首席で卒業。2010年第17回ブラームス国際コンクール、2011年第3回ウィンザー国際弦楽コンクールにて日本人チェロ奏者として初優勝(Wikipedia)。ダニエル・キング・スミスは10年以上も、伊藤悠貴と共演。
前半には、音の中に賢治の世界、言葉が見えてくるような選曲をしたと伊藤。
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ゆうべ遅かったせいで、頭が朦朧と。音楽を聴くといった態勢ではないと思いつつ、
けさのクラシック倶楽部、2002年1月、第8回モーツァルト国際コンクールで日本人として初めて優勝した世界的なピアニスト菊池洋子のピアノリサイタル。京都府宮津市公開収録。
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クラシック倶楽部、きょうは、ポール・メイエはクラリネットで、アンドレアス・シュタイアーはピアノでの弾き振りで、何れもモーツァルト。いずみシンフォニエッタ大阪が管弦楽を務めている。2015年12月5日 いずみホールでの収録。
「クラリネット協奏曲 イ長調 K.622」
「ピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595から第1、第3楽章」
名曲アルバム。「喜歌劇“チャールダッシュの女王”」カールマン・イムレ(1882~1953)作曲。上柴はじめ編曲。
作曲に使った喜歌劇の台本が映っていた。よくある身分違いの恋の物語。
カールマンは富裕な商人の家に生まれたが、13歳で傾き苦労しながら作曲を。この曲がデビュー作。1915にウィーンで大ヒット。自らもよく踊ったチャールダッシュを作品の随所に使っているらしい。
ソプラノ佐々木典子,二期会合唱団,東京フィルハーモニー交響楽団,指揮は岩村力
☆
この中で何か一つ覚えられたらよしと 6時35分 更新
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新聞投函、4時27分。これが起床時間。廊下を玄関に向かうと、暗いむこうにバイクの点滅。今朝の予報は-7、が、それほど冷えているとは感じられない。外はどうだろう。
クラシック倶楽部の前番組は、きょうは六角線をたどる旅。いま、大きく育った焼きカキをほおばる場面、そして西岸駅に場面が切り替わる。懐かしいローカル線の旅だ。ここでテレビを消して、5時までしばし思いめぐらしの時間を。
☆ ☆ ☆
クラシック倶楽部、きょうは、ウィーン・ニコライ弦楽四重奏団。ウィーン・フィルのメンバーから成り、2012からウィーンを拠点に活動しているという。きょうはウィーン古典派の作品。メンバーは、
ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク(ヴァイオリン)使用楽器はM. SchwalbとD. Bagué。弓はT. M. Gerbeth。1977年生まれ。
ベンジャミン・モリソン(ヴァイオリン)使用楽器は父デヴィッド・モリソン作(2006年)とジュゼッペ・ナドッティ作(1785年)。
ゲルハルト・マルシュナー(ヴィオラ)
ベルンハルト・直樹・ヘーデンボルク(チェロ)
☆
ベートーベンの「弦楽四重奏曲 作品59「ラズモフスキー」から第3番 ハ長調」。これは、ベートーベンの「傑作の森」といわれるうちの一曲。
名曲アルバムはベートーヴェンの「交響曲第7番」。これはわたしの生涯で、ドボルザークの「新世界」第四楽章とともに、飽きもせずに繰り返しくりかえし聴いた曲。
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