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クラシック倶楽部ー聖母のためのー

きのうに引き続き作曲家クラウディオ・モンテヴェルディの「聖母のための夕べの祈り」から。演奏はコンチェルト・イタリアーノ。指揮はリナルド・アレッサンドリーニ

第9曲「天よ お聞きください」、第10曲「エルサレムよ 主をほめたたえよ」、第11曲「聖マリアのソナタ」、第12曲「海の星よ」、「マニフィカト」、アンコール第1曲「主よ 救われるべき人に」

 宗教曲、日本語で流れているのを聴いたことがない。宗教的なことはともかく、詞の内容には、慈愛、慰め、希望があるにもかかわらず、語学に通じているもの以外に、それはほとんど伝わらない。特に詩がもっている癒し、カウンセリング効果が言語の壁に閉じ込められているのは残念な気が。きょうは、そんなことを思いながら聴いた。今日にいたるまでも、滅多には翻訳で歌われないのは、やはりそれなりの難しさがあるからだろう。言葉自体の語感も味わいの一つとなれば、もともとの言語は外せないということも。字幕を追うこともいいのだが、これが多くの方々にもっと恩沢を及ぼせる内容であることを思うとき、残念な気がした。


 第12曲「海の星よ」のなかで、〈神を育てる〉というフレーズにどきりとした。イエス・キリストは人ではなく神の御子、つまり、神であるとされというよりも、聖書には神であるとある。その育児とはどんなものであったろうかと様々な場面が想像された。偉大な一つの大仕事であるが、どれほど大変であったか。神経の使いようは。もし、マリアが、この子は神の子なんです」などと口にしたなら、もう世間にはまともに相手にはされなかったろう。ただマリアは愚かではないのだ。
 「マニフィカト」
惨めなものを高くされ、飢えたものをよいものであかせ、富めるものを手ぶらでかえされる。一般社会の常の逆転。
 アンコール  第1曲「主よ 救われるべき人に」
 主よいそいでわたしを助けにきてください

 ところで、古楽器、2台のリュートと思っていたのはほんとうにそうかどうか、間違えた気もし、古楽器のページにとんでみると、何と、古楽器といわれるものは45種類以上も。リュートの写真で、たぶん、リュートといっていいのではないかと思うのだが……。



名曲アルバム
スメタナの「交響詩ターボル」
東京フィルハーモニー交響楽団。指揮は渡邊一正
ジシカとチェコの都市ターボルの町に再び
                  6時38分 更新

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