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お茶の木と十六羅漢

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 お茶の木の写真を撮ろうと、十六羅漢公園にはいって、振りかえり仰ぐと、有明の月がすっきりと見えていました。


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花は10-12月初旬ごろに咲く。そのため「茶の花」は日本においては初冬立冬11月8日ごろ〕から大雪の前日〔12月7日ごろ〕)の季語とされている[3]。花は枝の途中の葉柄基部から1つずつつき、短い柄でぶら下がるように下を向く。花冠は白く、径2-2.5センチメートル、ツバキの花に似るが、花弁が抱え込むように丸っこく開く。ツバキ科ツバキ属
                      -wikipedia.org/wiki/チャノキ から転載ー

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江戸時代,盛岡藩の四大飢饉といわれる元禄・宝暦・天明・天保の大凶作によって,領内には多くの餓死者がでました。祗陀寺14世天然和尚は,その悲惨な餓死者を供養するために,十六羅漢と五智如来の合計21体の石仏建立を発願しました。そして領内から浄財の喜捨を募って,1837年(天保8年)工事に着手しました。

下絵は藩の御絵師狩野林泉が描き,石材は市内の飯岡山から切り出し,藩の御用職人の石工7人が3年かかって荒刻みを行い,北上川を舟で渡して,建設場所の祗陀寺末寺の宗龍寺境内に運び入れ.最後の仕上げをしたものといわれています。

こうして,起工から13年目の1849年(嘉永2年),発願した天然和尚の孫弟子にあたる長松寺13世泰恩和尚のときに,ようやく竣工しました。

しかし,宗龍寺は明治維新後に廃寺となり,1884年(明治17年)の大火で寺院も焼失しました。現在は21体の石仏群を残す,市の公園となっています。

                           -以上、盛岡市のHPから転載ー

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   ☆  ☆  ☆

 いまの時季、花は、フラワーショップにはたくさんありますが、自然界にはすくなくなります。
庭には菊、ホトトギス、ベルケア、辛うじて四季咲きの薔薇、ビオラ、鉢ではゼラニウムが咲いています。しかし、樹木に咲く花はありません。チャノキの花ははじめて見ました。
 帰りに途で出会った隣の町で世話役として頑張っていらっしゃる方に話すと、この方が、茶道を本格的になさっているということで、今すぐ行って見てくると仰っていました。

 茶の花が、ここにある十六体の祈り、発案した、刻んだ方々の祈りと共に、餓死された方々に手向けられ、また時を超えて、来年に摘まれるはずの茶も併せて、献茶されているようにも感じられたこの朝でした。
 

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