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はじめにことばありき

 明治・大正をたどっていると、活躍した人々の中に、いかにキリスト教の影響があるかを知らされている。意外なことに、大杉栄も洗礼を受けているひとりだ。そのあと、人生をどう歩んだかはそれぞれだけれども、たとえ伝道者にならないとしても、一つ二つ社会から顰蹙を買うような失敗があったとしても、ありよう、考え方、事跡に何某かをもたらしているように思う。
 いま岩手に偉人が出ないのはなぜかと聞いたことがある。神の不在、理由はこれではないのか、そんな気がする。

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 先週のインマヌエル盛岡キリスト教会の礼拝の説教題は『さあ、取り掛かろう』、聖書の箇所は、ネヘミヤ記2:11~18でした。

11 こうして、私はエルサレムにやって来て、そこに三日間とどまった。
    12 あるとき、私は夜中に起きた。ほかに数人の者もいっしょにいた。しかし、私の神が、私の心を動かしてエルサレムのためにさせようとされることを、私はだれにも告げなかった。また、私が乗った獣のほかには、一頭の獣も連れて行かなかった。
    13 私は夜、谷の門を通って竜の泉のほう、糞の門のところに出て行き、エルサレムの城壁を調べると、それはくずされ、その門は火で焼け尽きていた。
    14 さらに、私は泉の門と王の池のほうへ進んで行ったが、私の乗っている獣の通れる所がなかった。
    15 そこで、私は夜のうちに流れを上って行き、城壁を調べた。そしてまた引き返し、谷の門を通って戻って来た。
    16 代表者たちは、私がどこへ行っていたか、また私が何をしていたか知らなかった。それに、私は、それをユダヤ人にも、祭司たちにも、おもだった人たちにも、代表者たちにも、その他工事をする者たちにも、まだ知らせていなかった。
    17 それから、私は彼らに言った。「あなたがたは、私たちの当面している困難を見ている。エルサレムは廃墟となり、その門は火で焼き払われたままである。さあ、エルサレムの城壁を建て直し、もうこれ以上そしりを受けないようにしよう。」
    18 そして、私に恵みを下さった私の神の御手のことと、また、王が私に話したことばを、彼らに告げた。そこで彼らは、「さあ、再建に取りかかろう」と言って、この良い仕事に着手した。

※インマヌエル総合伝道団は、統一原理教会、ものみの塔といった新興宗教ではありません。

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