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大曲の花火

 26日、息子のお膳立てで大曲入り。その前日は桟敷席なども冠水。これは中止かと思いきや、市民一丸となっての開催死守、洗ったり消毒したり。主催者側の懸命さに、ちょっとじんと来ました。会場に向かうときには、怪しげな雨雲が会場上空に。しかし次第に灰色の雲は失せて、ご覧のとおりの青空が。このうっすらとのこる雲が、昼花火の色彩効果を演出してくれ、そして夜の花火が始まるころには、何と、満天の星空に。あけ放たれた大空に、某新聞によれば、たしか1万7千発とあったでしょうか、夜空に次つぎに大々的な一瞬のきらめきを咲かせてくれました。会場までの道で、地元の方が「大曲にはこれしかないからねえ。大会提供花火だけは絶対見ていってください」と。芸術と花火がどう結びつくか思いも及ばなかったが、感心させられた創造花火がいくつかあった。そしてお薦めの大会提供花火は、桁違いのものすごさ。花火などわざわざ見に行くまでもないというこれまでの意識が覆りましたが、ちょっと心のどこかには、環境への影響は……、一昨日までの大雨で大変な人たちがいたんだっけ、などなど。最後に「花火師さんにありがとうをつたえましょう」の掛け声に、70万本はなかったとは思うけれども、会場一面が右に左に揺れ動くライトスティックの海と。
 「大曲の花火」の始まりは明治43年。わたし流に、ちょうど梅村保が盛岡高等農林学校を中退し、鳥取春陽は10歳だった、などと思いめぐらす。
 それにしても、各界の著名人を招くなど、今回作曲家の池辺晋一郎も。花火にこれほどまでの格付けをなし遂げ、全国的なイベントにまで育てあげた大曲の方々の心意気には脱帽したことでした。

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あの花火は、写真ではつたえかねますが、一応、

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 実際にはこれの数十倍、数百倍のすごさ、「こんなお粗末な花火は打ち上げてない!」と花火師さんには叱られそう。

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コメント

harukaetoさん
お久しぶりです!
滅多に出かけることもないのですが、思いきって行ってきました。70数万人が押し掛けるのですから、秋田新幹線の待ち時間もけっこう長くて、老体にはこたえました。でも見ごたえはありましたね。

ブログの更新がないので、どうなさったか、もしや夏バテかと思っていたのですが、大変でしたね。心からお見舞い申し上げます。たしかお嫁さんがとても心優しい方でしたね。ご一家のために祈らせていただきます。奥様にもくれぐれもよろしくお伝えください。
ブログ更新、頑張ってください!

投稿: 中ぶんな | 2017年8月30日 (水) 22時40分

ぶんなさん、お久しぶりです。大曲の花火大会、開催されて良かったですね。世の中には一年に一度の花火大会に人生をかけているという人もいるそうです。今の花火は実に精巧で良く出来ていますから、わからなくもないです。
私の夏はさんたんたるものでした、6月からもう三カ月娘の具合がよくなくてはらはらしているところに、二男がどうも同じ病気になったようで、退職願いを出しに会社へ付き添うなどバタバタあたふたでした。
秋になり落ち着いてきたら、またブログを更新出来ればと思っています。

投稿: harukaeto | 2017年8月30日 (水) 20時46分

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