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家に留まった日曜日

  昨夜は1943年の近衛秀麿を追ったTV番組を観た。その名を目にしたのは、宮澤賢治の「セロ弾きのゴーシュ」、金星楽団の指揮者のモデルは近衛秀麿か斎藤秀雄かなどと考察している著書の中でのこと、近年ほとんど見ることがなかった。それが今クローズップ、恩師クロイツァーをはじめ楽団のユダヤ系の人々が迫害から逃れられるように便宜を図っていたのだ。繊細で優雅とばかり見えていた近衛の新たな側面だった。

 先週日曜日は大 雨。主人が心配するので家に留まったのだけれども、変わらずに礼拝を守った方々がいたことを聞いた。

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 先週は『希望の信仰』と題して、ヨハネ黙示録21:1~8よりメッセージが取次がれたということでした。

21:1また私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。 21:2私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下って来るのを見た。 21:3そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、 21:4彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」 21:5すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」 21:6また言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。 21:7勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。 21:8しかし、おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行なう者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と硫黄との燃える池の中にある。これが第二の死である。」

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