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あれこれ

  きのうのうちに書いておこうと思ったのだが、眼が疲れたのできょうになってしまった。
自著『光炎に響く』を出版した時には、原敬記念館に出かけて原敬日記を当たった。今回の盛岡タイムスの原稿を書くに当たっては、再度確認する程度だったので、手早く県立図書館の郷土コーナーにあった木村光治著『本懐・宰相原敬』の巻末にある原敬年譜がを参考にさせていただいた。監修が岩谷千寿子で、原敬のひ孫にあたる。
 それにしても、何と便利な世の中になったことだろう。原敬日記にしても、ネットで探すと、原敬が盛岡に来た日だけをまとめて出してくれる。なかなか図書館に行けない方々でも、キーを操作するだけ。誰でも簡単に閲覧できるのだ。
 原敬は養子であった原彬を10年後に彬の実父恭に返しているが、これは恭の方から解消を申し入れている。恭の後継ぎ問題などの事情があった。

 

 安藤幸がウィーンに留学するときに、語学のためにフランス船を選ぶように勧めたのは、姉の幸田延だった。自分の留学経験から出たことだった。幸田延は、よくピアニスト、ヴァイオリニストといわれるが、真っ先に挙げるべきは作曲家であると萩谷由喜子著『幸田姉妹』にある。幸田延は明治30年には日本人による最初の本格的な器楽曲である「バイオリン・ソナタ ニ短調」を作曲した。楽譜は今でも全音楽譜出版社から出ているらしい。

 ☆

 きのう、きょうとクラシック倶楽部、つい聴いてしまった。きのはシングフォニカー、きょうはラトビア合唱団。シングフォニカーはみなさまが楽しめるような、といい、ラトビア合唱団は、われわれがみんなを導くというこの違いは。シングフォニカー、朝の空気に自然に馴染むようなあたたかで明るく楽しい歌声に包まれる。ラトビアのほうは、ラフマニノフの『徹夜祷』、いつかのロシアの人々の教会での敬虔な祈りの映像を思い出す。
 ついでに幸田家は、幸田露伴を除いてみなクリスチャンであることを思いだした。原敬は17歳でエイブラル神父から洗礼を受けている。昭和初期に岩手公論で論陣を張った主幹の田鎖凌山も聖書に大いに感動、『聖言(みことば)打ち開くれば、光を放ちて愚らかなる者を俊(さと)からしむ』、これは成就すると。……聖くならんが為には之を讀むべし……聖書は人生の道案内である。基督はその主題である……等々、綿綿と活き活きと聖書の価値を論述している。たまたま昨日図書館で読んできたばかり。当時活躍している方々には、聖書の影響が大きくあるようだ。

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