「もう一つのショパンコンクール」を観て
忙しさに追われ、これは自分で忙しくしているともいえるのだが、いちにちの終わりに一息つくと、また今からもう一仕事という気力の持続がたち消えて、ブログ更新を省略してしまっている。ブログカレンダーに穴があくどころか、日々に休みの面積が大きくなっている。
きのう、BS1で「もう一つのショパンコンクール~日本人ピアノ調律師たちの闘い~」を観て、気力が湧き、書き出したものの、再放送でもあり、ウェブ上にはすでに昨年のうちに書かれたコメントがひしめいているだろう。それはそれとして。
ショパンコンクールは5年に一回、ポーランドのワルシャワにあるワルシャワフィルハーモニーホールで開かれる。20か国から16~30歳までの78人が参加。第1次~3次予選を経てファイナルとなる。これは奏者の戦いであると同時に、楽器メーカーとピアノ調律師の戦いでもあるというのだ。
このコンクールでは、奏者は、4種のピアノ、ファツィオリ(Fazioli)、ヤマハ、スタインウェイ・アンド・サンズ(Steinway & Sons)、カワイから選ぶことができる。私は、楽器メーカーは社歴が古い方が優れているだろうと思い込んでいたが、ファツィオリの社歴はたったの34年。40数人の職人で年間120台を生産している。このファツィオリに招かれた調律師が日本の越智晃(おちあきら)さんで100万人に一人という耳を持つ天才なのだそう。誰でもが天から与えられている耳ではあるが、これほどの性能、聴き分けを持つ耳があることに驚く。越智さんは、ファツィオリの透明感のある明るいカラフルな音色に惹かれたといっている。この天才的な耳に、ハンマーはこの強さ柔らかさでいいのか、金属ピンは一定か等々、音のすべてを問い合わせ、243本の弦、88鍵に耳が頷くところで、さあどうですかと、こんどは奏者たちの耳に問うのだ。この回のショパンコンクールで、ファツィオリを選んだ奏者はたった一人だった。
ショパンコンクールでは、概して、あたたかく、色気、艶っぽさのある音色が求められるようだ。あるピアニストは、ファツィオリを「音が優しすぎる」「高音で音がぼやける」といっていた。一方「音が正確」「オーケストラのよう」というピアニストもいた。他のメーカーのピアノは、響きがゆたかに聞こえる分、ピアニストたちのウケはいいようだった。しかしルービンシュタインコンクールのファイナルでは、半数がファツィオリを選んでいるという実績がある。
カワイの調律師は小宮山淳さんだった。カワイはピアニストたちの練習ルームを準備し、小宮山さんは焼き鳥缶、コーヒー、バナナを用意して、寛ぎを提供し、またピアニストたちに寄り添い心境を汲むなどのサービスにも余念がない。カワイに関しては、ロマンティック、重厚感との感触を聞いた。
驚いたのは、いつの間にかのヤマハの大躍進。売り上げは世界第一位となっていた。これまで音楽番組に出ていた日本のコンサートホールのピアノはスタインウェイが圧倒的に多く、なぜ国産のピアノを置かないのか、日本のピアノはまだまだ名器には届かないのかと思っていただけに驚きは大きかった。TVでヤマハの方々を拝見して、成功のプロセスはわからないながら、企業戦略はかなりのものではないかと感じられた。ヤマハは、1985年のショパンコンクールで初登場。この収録でのコンクールでは、78人のうち36人がヤマハを選び、ヤマハを選んだそのうちの7人がファイナルに残っている。ヤマハの調律師は花岡昌範さんだ。
ところが、土壇場で、7人のうち2人がスタインウェイに変更する。劇的な瞬間だ。
スタインウェイは1853年アメリカのニューヨークで創立され、127の特許を持つ。年間3000台生産。ベヒシュタイン、
ファイナルでは、ヤマハを選んだ5人とスタインウェイを選んだ5人の闘いとなり、結局スタインウェイで演奏したチョ・ソンジンが2015年第17回ショパン国際ピアノコンクールで優勝、ポロネーズ賞も併せて受賞。アジア人としては、ベトナムのダン・タイ・ソンと中国のユンディ・リに続き3人目だ。ソンジンの神経の行き届いた霊妙な響きがいま耳奥によみがえり、そして、ピアニストの難しい要求にも応え、たとえ真夜中であろうとも、土壇場であろうとも、あるときには、ピアノの心臓部分であるアクションのスペアを持ち込んでまで、許される時間のすべてを使い切ってピアノを調律する方々のすがたがくっきりと浮かんだ。
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