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心にきざすとき

  もう6月もおわり。時はその速さのままに過ぎ去ろうとし、自分はすこしの間置いてきぼりを喰らって、あらら、ついていかなくちゃと、とっさに目を醒まして、7月へと意識を切り替えている。データーのそちこちのポケットにランダムに投げ込んである写真を、何があったかなと開けてみる。

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 ハルジオンとつぶやきながら、うん? 春でもないのにほんとうにハルジオン? と問う。ヒメジョオンじゃないの? ここでヒメジョオンとハルジオンの違いがよくわかっていないことがわかる。

 春紫苑(ハルジオン)は4~5月に咲く。花びらがピンクっぽく糸のように細い。茎を折ってみると中が空洞になっている。
 姫女苑(ヒメジョオン)は5~8月に咲く。花びらが白くて、多少幅がある。茎を折ってみると、白いわたのようなものが詰まっている。

 また葉のつき方とか、花がうなだれるとかうなだれないとかの区別の仕方があるようだけれども、何れ、写真はヒメジョオンであることがわかった。これまで混同しながらも、しっかりとした見分け方を調べてはいなかった。これからは間違うことはないと言いたいところだけれども、記憶の中で、いつか、二つが入れ替わってしまわないとも限らない。

 ☆  ☆

 何かしら心に兆すときがある。
 5時前に起きることがあっても、最近はずっとクラシック倶楽部を観ることがなかった。しかし一昨日の朝、居間にいてふとTVが目に留まった。こういう時は点けてみた方がいいかもとスイッチ・オン。果たしてル・ポン国際音楽祭2014年赤穂。バルトークのピアノ五重奏曲第4楽章。久しぶりに聴いたせいか、そればかりではないけれども、とても新鮮だった。(バイオリン)ボリス・ブロフツィン、(バイオリン)樫本大進、(ビオラ)清水直子、(チェロ)クラウディオ・ボルケス、(ピアノ)小菅優。
 それといつだったろうか。名曲アルバムも久しく聴いていなかったが、このときもふと兆すものを感じ、唐突にスイッチ・オン。「越後獅子」だった。新潟県新潟市南区(旧西蒲原郡月潟村)を発祥とする角兵衛獅子を題材とした地歌、長唄、常磐津、歌謡曲の楽曲。その昔は、男の子たちが街頭で、逆立ちやとんぼ返りなどのアクロバットを演じるもの。一人で演じる場合も、共演者がいる場合もある。成人のリーダーがいて、太鼓で伴奏するのが普通だった。全国を旅回りしたという。またプッチーニが「お蝶夫人」でこの曲の旋律を使用している。プロコフィエフは、大正7年の日本滞在中に覚えた越後獅子の旋律を『ピアノ協奏曲第3番』に転用しているという。「越後獅子」、ちょうど旅回りのことなどを考えていた最中の事。
 心に兆す、私にとっては、心に何かが兆すとき、どうやらそれは、天か、何者かが、わたしに何かを教えようとしている、そういうときであるようなのだ。

 
 

 


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