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聖書のことば

 

寒い朝を迎えております。いかがお過ごしでしょうか。いま日々暮らし得ることの感謝とともに、このページがお一人にでも何らかのお役に立てばと願っております。

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 先週のインマヌエル盛岡キリスト教会の聖書の引証個所は、第二コリント12:1~10でした。
國光勝美牧師の説教は1月10日のページでご覧ください。

12:1無益なことですが、誇るのもやむをえないことです。私は主の幻と啓示のことを話しましょう。 12:2私はキリストにあるひとりの人を知っています。この人は十四年前に――肉体のままであったか、私は知りません。肉体を離れてであったか、それも知りません。神はご存じです。――第三の天にまで引き上げられました。 12:3私はこの人が、――それが肉体のままであったか、肉体を離れてであったかは知りません。神はご存じです。―― 12:4パラダイスに引き上げられて、人間には語ることを許されていない、口に出すことのできないことばを聞いたことを知っています。 12:5このような人について私は誇るのです。しかし、私自身については、自分の弱さ以外には誇りません。 12:6たとい私が誇りたいと思ったとしても、愚か者にはなりません。真実のことを話すのだからです。しかし、誇ることは控えましょう。私について見ること、私から聞くこと以上に、人が私を過大に評価するといけないからです。 12:7また、その啓示があまりにもすばらしいからです。そのために私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました。それは私が高ぶることのないように、私を打つための、サタンの使いです。 12:8このことについては、これを私から去らせてくださるようにと、三度も主に願いました。 12:9しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。 12:10ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

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