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安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。 出エジプト20:8

 「春がくるね」「いまから冬でしょ」。それがなぜかわたしには春のうららかな日差しを浴びる景色が見えている。昨日発表の最低気温は見ていないけれども、自分で確かめた-6℃。たしかに寒いのだが、実は寒くも厳しくもない。これは天の恵み。「それは錯覚でしょう」。それも一理。否定はしない。けれどもなぜか、記憶のデータからは、庭や道ばたや公園、遠くの野原や山々に一斉に萌えでる木々の芽吹きや、黒い土にとりどりに咲く春の球根、一帯に広がるタンポポや菜の花の明るい風景が次つぎに引き出されます。

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 先週のインマヌエル教会は世界宣教聖日でした。開かれた聖書のおことばは、第二コリント5:16~19。説教は世界宣教局支援部長、DVD視聴でした。

5:16ですから、私たちは今後、人間的な標準で人を知ろうとはしません。かつては人間的な標準でキリストを知っていたとしても、今はもうそのような知り方はしません。 5:17だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。 5:18これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。 5:19すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。

 
きょうはイエスさまのご降誕を待ち望む待降節の第一アドベント。教会では大掃除があります。

 ☆

 きのう午後には、教会員 I さん宅の新築祝いがありました。讃美歌をうたい、聖書のおことばを読み、ご家庭の祝福が祈られ、國光牧師製作の壁掛けが送られ、楽しい茶菓のひとときがありました。盛岡教会には建築設計士が3人いらっしゃいます。

 




 

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