« 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。 出エジプト20:8 | トップページ | 雑感 »

インドの両極

 けさ、といってもまだ真夜中、悪癖(めったに真夜中は起きてはいませんが)でちょっとTVを点けてみた。スポーツやら何やらは見る気にはならない。チャンネルを変えるうちに、何とズービン・メータの指揮場面。イスラエル交響楽団とピアニストデニス・マツーエフとのチャイコフスキー「ピアノ協奏曲第一番」だった。メータは4月29日生まれだが、この‘16で80歳。小澤征爾と同世代。この誕生日を祝って、母国インドで自らが指揮する。このとき、メーターはベルリン・フィルの定演を振ることになっていたが、突如キャンセル、代役を小澤征爾に委ねたのだ。インドの各界から多くのゲストを招いてのコンサート。マツーエフのアンコール曲の次は「ハピーバースデートゥーユー」、観客、ステージの大合唱。実に華やかなもの。
 しかし、しかし、今夕、これもまたまたTV。たまたま点けたチャンネルの場面では、まったく別なインドのすがたと、政府、政策に反発する若者たちの音楽、パンク・ロックに共感する若者、農村の人々が映し出されており、さまざまな意味で引き込まれました。
 2012年でインドの総人口の17,5%、2億1700万人もの方々に食料が足りていない。これだけの飢餓人口。食料生産が追い付かないというよりは、買うお金がない。インフラが整備されていない。富の配分が為されない等々、事情は多々。何れ、恵まれない多くの若者、人々のありのままの心の叫び訴えであるパンク・ロック、これが為政者の耳を素通りすることのないようにと祈ったことです。
 同じ日にインドの両局面を垣間見、やはりマザー・テレサの働きがいかに偉大であったかを思い出す。聖人に列せられてから、聖人として不適格である点がいわれた。「改宗の強制、独裁者との疑わしい関係、収益の不適切な管理、それに、質の悪い医療などだ。最悪なのは、彼女が慈善の金を第三世界に浪費した典型的な白人だったこと。こうした理由で誰もが知る彼女のイメージが形成され、インド独立後の精神を深く傷つけ、分裂の根源となった。」と。カトリックでいう聖人がいるかいないかわからないけれども、少なくとも、自らはどんな優遇をも受けず享受することなく、生涯を貧しい人々を選び、敢えて貧しい人々とともに歩み祈り、尽力した、そのこと一つを取っても、尊敬と称賛に値すると思う。もし、そう批判するあなた、じゃ、テレサよりも立派にやってごらんなさいと言われたところで、できる者はそう多くはない。むしろ希少だろう。日本では山室軍平、戦前の労働運動の賀川豊彦が浮かぶ。
 かくいう筆者は、四六時中音楽にうつつを抜かしているようだけれども、朝夕のあいだ、昼日中は、そう遊んでいるわけではない。ごくたまに自治会の女性部の方々とのランチ、そして、おいしいコーヒーぐらいのもの。ディスクはほとんど息子が調達し、置き所に困って実家に送ってきたもの。来月の1日2日にサントリーホールに来るズービン・メータ、サントリーホールの30周年記念でもあるらしい。ガラ・コンサート、しかも正装だとか。サントリーホールのあの心地よさは忘れられないけれども、しかし、小澤征爾も並ぶその日には、筆者はせめてインドのパンク・ロックでも聴こうかと思う。そして、またまたいつの日かTVでガラ・コンサートの模様をやはり観て聴いてみたい。
 

|

« 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。 出エジプト20:8 | トップページ | 雑感 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/461668/67678064

この記事へのトラックバック一覧です: インドの両極:

« 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。 出エジプト20:8 | トップページ | 雑感 »