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安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。 出エジプト20:8

 台風10号の被害に大雨の襲来と自分の身に近いところで岩手県沿岸は今も尚大変な状況、きのうは青空を迎えましたが、心にはまだ雨雲が留まっている、そんな心境でもあります。こんな時に聖書が何の役に立つの? ボランティアの方がよほど即戦力になるじゃないの、そういう見方もあります。ただ、生きていく上で、心の中が、ちょうど土砂災害で家屋、家財、その他のものが一緒くたになり収拾がつかなくなるときがあります。そんなとき、そこを整理し、風通しをよくしてくれる。よく経験するところです。
 
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 インマヌエル盛岡キリスト教会で、先週、國光勝美牧師によって開かれた聖書個所は、第二テモテ4:1~8で、『福音を証ししよう』と題し、メッセージがありました。

1 神の御前で、また、生きている人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現われとその御国を思って、私はおごそかに命じます。 2 みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。 3 というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、 4 真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。 5 しかし、あなたは、どのようなばあいにも慎み、困難に耐え、伝道者として働き、自分の務めを十分に果たしなさい。 6 私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。 7 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。 8 今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。

 生きているあいだは人生にさまざまなパターンがあるけれども、イエス・キリストを信じる者の未来を、牧師先生方は一生を賭けて毎週日曜日に講壇から語ってくださっています。教会へおでかけください。

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