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雑感

 土曜日、花巻市にある佐久間ヴァイオリン教室の先生の卒寿を祝う会があり、参加させていただいた。写真の取り込みがうまくいかず、後日にまたアップしたいと願っている。
 きょうはバッハの『マタイ受難曲』DISC3を聴かねばと思っていたが、けさコーヒーを飲みながら庭を眺めまわしたのがいけなかった。どこもかしこも草ぼうぼう。花は大方咲き終えたとはいえ、何の花がどの位置にあったのか無かったのか、消えてしまったのか、死んだのか生きているのか皆目わからない。沈んでいる。草の底の底に。やおら立ち上がり庭に出るなり草取り、草刈り、枝の剪定を開始。こちらをやれば、あちらの草が山と見え、あちらが終われば裏庭が気にかかる。と、際限もなく、まる一日、草に沈んだ庭を取り戻すべく、草取りに没頭してしまった。こういう事は残った時間で片づける、一日の最後の余力で始末すると、一応の不文律を設けたはずがどこへやら。気がつけばデジタル時計はにんまりと21時を宣告。

 いまどきの4時は暗い。しかし歩かねば。緊張感の失せた四肢。それもそのはずで、いわゆるこのお盆のあいだ、早朝墓参りなどがあり、まともに歩いてはいない。起き上がったものの、曇天の下に、気の抜けた夜と見紛う闇が満ちている。五輪の閉会式はやっているだろう。しかし、TVは点けずに部屋をとり片づけてお湯を沸かす。95度、沸騰直前のお湯を茶葉に注ぎよい香りにほっと一息。5時半の新聞を受け取って、先ずはコラムに目を注ぐ。さてそれから1時間。ようよう鈍いながらも明度を増していく路地に足をつける。最低1時間は歩かねば。先ず1歩。人生訓なら数歩前進、数歩後退か。しかしここは前進あるのみ。阻もうとするのは台風か烏の襲撃か、もしや転倒による骨折もあり得ないではないが、ここは前進。とにかく前進あるのみ。いつもの公園でのラジオ体操は省略、花壇や最近もりおか歴史文化館まえに登場したペットボトル製のお城、ああ南部藩はペットボトルでしかお城を作れない財政事情かと嘆くは愚、この創意工夫の見事さはどうだろう。と、界隈を一巡し6時半帰宅。

 キーを打てば眠くなるだろうと思いきや、おしゃべりが尽きなくなっている。先ごろ甥の家庭に男の子が生まれ、紅茶はそれで送られてきたもの。さてさて礼状は何と? と葉書を前に考えた午後。手書きにしたが、とても自分が書いたとは信じられない悪筆。PCにばかり頼っているうちに、ほんとうにペンで文字が書けなくなってしまった。書きなおそうかと思ったがそのままに、末尾に赤子の写真を見ながら、川柳か俳句か判然としない5,7,5。「その未来 たしかに握る こぶしかな」。投函してから、握るでこぶしはわかるわけで、もうひとひねりだったと悔やまれたが、まあ気持ちを伝えられればと良しとする、というよりも、ポストに投げ込んでからではもう良しとする他はないのだ。

 台風はどうなっているのか。9号が通過せぬうちに10号発生。締め切った窓に風の音はしない。離れた路に、ぬかるみを駆け抜けるタイヤの音、そして、何と、虫の音が聞こえている。DISC3もいいけれど、この自然からの恵みの音にもまた心は休まる。

 22時18分、いま風が出てきたようだ。雨の音も。誰も何も損なわれないようにと祈る。

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