幻の桜
いまは亡きシダレザクラ。といっても切り株だけはまだ死なずに残っている。2014年の春までは、ゆたかに咲いてくれたものだ。これ以上高くなると先々の取り扱いが困難になる事と隣家に陰を落としている事がはばかられ、消えることに寂しさを覚えつつも伐採を決意、2015年1月に業者さんにお願いして他の4本とともに切り倒した。
樹に対して申し訳がないという想いと、事実切り刻まれていくときには痛みを覚えもした。しかし、そのすがたを保存し、今こうして取り出してブログにアップすることもできる。
こうして見ていると、もしかすれば、生きとし生けるもののすがたはみな、一点一角すたり朽ち消えることはなく、永遠という中における巨大なデーターファイルのどこかにしまわれているのではないか、そんな気がしてくる。
エクアドルの地震、立て続く窮状、お見舞い申し上げますと簡単にはいえない、何といったらよいかもわからないような惨状に、鬱のような気分が増幅しそうなところを、何とか無為に過ごすまいとしているのだが、神様の慮りは如何に。
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