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きょうのことば『天の故郷を思う』

 先週は召天者記念礼拝が持たれました。天国はあると信じるに値する、私はそう思います。

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聖書引証聖句 ピリピ書3:20

けれども、私たちの国籍 は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。

 
先に天に帰られた21人のご遺影を拝見しながら故人を偲びました。

≪國光勝美牧師のおはなし≫

 私たちの故郷はどこでしょうか。私の故郷は、3歳までは諏訪湖でした。物心ついてからは松本です。高校まで居りましたが、20年に満たない年月です。盛岡はもう42年、こちらの方が長くなってしましました。それでも故郷は松本。岩手の人たちが岩手山を懐かしむように、私は常念岳を懐かしく思い出します。故郷は離れてみて慕わしいものです。

 9月に聖宣神学院の同窓会であるアラムナイセミナーがありました。その時の講師は、日本イエス・キリスト教団香登(かがと)教会の主管牧師工藤弘雄先生でした。

 2年前、盛岡教会会員の方々のサプライズで、岡山に行く機会がありました。これは家内のひろ子師の故郷であります。この旅の終わりごろに、私の実家である松本から電話があり、父の容態の急変を知らされ、松本行きの予定はなかったのですが、直ぐに父に会いに行くことができ、最後に話すことができ、この旅もまた摂理であると感謝しました。

 せっかく岡山に行きましたので、バックストンの直系の教会である香登教会を訪ねることにしました。香登駅は小さな無人駅です。現在牧会しておられるのが工藤博夫先でした。先生は長野県の諏訪の出身で、奥さまは私の姉の高校と同じであることがわかりました。

 アラムナイセミナーも散会になるというときに、ここに入って来られた徳竹先生も長野の出身でした。私は「じゃ『信濃の国』を歌えますね」と言いました。工藤先生がにっこり笑って「歌えますとも」と仰いました。この歌は長野県人であれば、学校の卒入学式には必ず歌います。この歌を共有することで、3人で故郷を懐かしく思い出し共有することができました。

 私たちの故郷はどういうところなのか。私たちは讃美歌を歌う時、イエス・キリストの救い、十字架の恵をいただくこの讃美の心、それを想い起す。私たちは讃美歌を歌います。これは救われたもの、クリスチャンになったもの、天国が約束された者たちにわかり、共有できるものであります。すでに天に帰った人たちと、私たちとにわかり共有できるものです。

天国の歌で「まもなく彼方の♪」があります。

1.
まもなく彼方
(かなた)の流れのそばで
楽しく会いましょう また友達と
神さまのそばの
きれいなきれいな川で
みんなで集まる日の
ああ なつかしや

2.
水晶より透き通る流れのそばで
主を賛美しましょう みつかいたちと
神さまのそばの
きれいなきれいな川で
みんなで集まる日の
ああ なつかしや

3.
銀のように光る流れのそばで
お目にかかりましょう 救いの君に
神さまのそばの
きれいなきれいな川で
みんなで集まる日の
ああ なつかしや

4.
よいことを励み流れのそばで
お受けいたしましょう 玉の冠を
神さまのそばの
きれいなきれいな川で
みんなで集まる日の
ああ なつかしや

 一つのはなしをして締めくくります。信仰深い婦人が、いよいよこの世を去るときが来ました。まもなく息を引き取ろうとしていたお母さんが息子に指で文字を書きました。

GOD IS NO WHERE (神はいない)

えっ、信仰深いお母さんが、神様はいらっしゃらないというの?

するとお母さんはにっこり笑ってまた書きました。

GOD IS NOW HERE (神はいまこの場におられる)

 最期のとき、お母さんはこう書いたのです。私たちは、神様がいまここにおられる。そして既に天に帰っておられる方々とともに、喜びの讃美をともに持たせていただきたい。そのアイデンティティーを持たせていただきたい、このように思います。

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