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雑感

 日付は8月27日となっているから、この日は朝1時間はあるいたようだ。
 このところ、朝は写真のようなすっきりとしない空もよう。中ノ橋から。

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ユリの樹の下でラジオ体操。

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もりおか歴史文化館まえの花壇

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   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 わが家にあるサンショウの木にキアゲハの幼虫が3頭ついていたのが、けさになって3頭とも忽然とすがたを消した。蛹になったとは思えない。鳥に食べられたかもしれない。
 ことしはトンボを2回見かけたのと、木の繁みに蝉の抜け殻を二つ発見。そういえば夏の日盛りに蝉がひときわ甲高く鳴声をあげていたが、あれが羽化した瞬間だったのだろう。この庭の土の中に蝉の幼虫が7,8年も生きていたことに何かしらの感慨がある、と書きながら、ほんとうに7,8年地中にいたのかと調べてみると、

ニイニイゼミで 4 ~ 5 年
ツクツクボウシで 1 ~ 2 年
アブラゼミで 3 ~ 4 年
ミンミンゼミで 2 ~ 4 年
クマゼミで 2 ~ 5 年

 抜けがらの形状と、聞いた鳴声からアブラゼミだとすると、3,4年前からじっと潜んでいたわけだ。4年前だとすると東日本大震災のあった年。これは大変なときを生きてきた蝉、と思うのはヒトの思いこみで、蝉は蝉。我関せずと地中でただひたすら虫の生命を全うせんがために生きていたのだろう。それでたった1週間しか生きられないとは! 羽化してからの蝉の寿命の悲しさを思い出すも、またほんとうに1週間?と疑問に。諸説あるのだろうけれども、これかなというところを見てみると、何と、3週間~1ヶ月であるようだ。春、秋の季節はずれに成虫になった蝉は2カ月生きるらしい。はじめは1週間と思いこんでいたのが、2ヶ月の可能性も。wikipediaにかなり詳しくあるけれども、もうここまでに。地の中の生き物であるという蝉。遠い林の中に育っているとばかり思っていた蝉が、案外身近なところに育っていた意外性。このような事一つで、この夏は、何か特別なプレゼントを受けた気分になるのです。

 

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