祝 第50回「音楽の夕べ」 2015/8/2(日)開演18:00 宮古市民文化会館

梅村ヴァイオリン教室とのご縁は、近所のお母様から「とにかく梅村先生のところに行ってみて、すっかり安心するから」と勧められ、幼い息子とお伺いしたことに始まります。
功二先生は「親父の事をまとめないうちは死ねない」と、ご尊父梅村保氏についてよく皆さまにお話されていました。「何か資料があるのでしょうか」とお尋ねす ると、奥から大きな風呂敷包みを二つ出して来られました。お借りして毎晩少しずつひも解くうちに、梅村保氏が主宰する太田クァルテットを知り、これを『光 炎に響く』(新風舎刊)として出版いたしました。その後も、梅村ヴァイオリン教室の音楽関連を、文芸誌『天気図』に筆を起しております。
太田クァルテットから100年が経ち、その子孫に成る宮古ジュニア弦楽合奏団が、東日本大震災にも屈することなく、梅村圭一・智佳子両氏の下に創立50周年を迎えている。このような音楽上の快挙は全国にも例を知りません。大正4年に太田村に産声をあげ華々しい音楽業績を遺し、昭和12年から終戦までは満州の吉林で、そして終戦後は宮古市に受け継がれ、今では弦楽のみならず幾多の合唱団とも連携、地域ぐるみの大河となり、平成の今も脈々と鳴り続けているのです。
「音楽の夕べ」は、3・11より後昨年まで、陸中ビルで開催されてきました。しかし、今回は復旧した宮古市民文化会館での開催となります。あの3・11にも屈せず、松明のごとくに掲げられた楽の音が、宮古市に永遠に輝き続けるようにと祈って止みません。
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書き落としましたが、宮古ジュニア弦楽合奏団の隆盛のとき、梅村圭一氏の3人のご子息、ご息女はまだ音楽大学を卒業してはいらっしゃいませんでした。このとき、この弦楽の大所帯を支えていたのは、梅村功二、圭一先生、そして、板谷英紀先生です。おもしろいことに、3人の先生方はアマチュアです。アマチュアでありながらプロもそうは成し得ない弦楽の隆盛を築かれた。たしかに板谷先生は、才能を伸ばす優れたヴァイオリン教師であられましたが、しかし、板谷先生も、「すべてを愛する」という梅村精神を尊ばれ、自らこれを詞に託して「宮古ジュニアのうた」を作曲しています。もし功二先生があれほど多くの幼い子どもたちをヴァイオリンに導かなかったなら、また圭一先生のそれを引き継ぐ不屈の努力が無かったならどうだったでしょう。世界内外で活躍する逸材を、小さな港町から輩出しているこの不思議さ。しかし、逸材を輩出するのに勝って、ステージに溢れているあの温かさ。ひところは、ステージの1列目に幼児だけで42人も並んだものです。みんなが助け合い支え合うあの心温もる光景は忘れられません。
東日本大震災で、ヴァイオリン教室に通われるお子様方も多くのご家族、親族を失い、お子様方も、教室も、物心両面の大きな痛手とたたかいながら迎えられたステージは、2日日曜日午後6時開演です。
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