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2015年6月

御霊(みたま)に導かれて

聖句

ロマ8:12
 ですから、兄弟たち。私たちは、肉に従って歩む責任を、肉に対して負ってはいません。13 もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行いを殺すなら、あなたがたは生きるのです。14 神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊 を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。《と呼びます。16 私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。17 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人 であり、キリストとの共同相続人であります。

ガラテヤ5:25 もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。

※6月17日から、50日間、日曜以外のブログ更新はお休みしています。

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主はわたしの羊飼い

やはり日曜だけは聖句のひとことでも。

詩篇23:1主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。 2 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。 3 主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。Img400

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祈ります

 おもうところあり、50日ばかり、ブログをおやすみします。

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 蔦田就子宣教師が、看護師としての医寮宣教のため、またケニアに赴任される。使命が果たされる事とご無事を祈ります。

 

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猫とおしゃべり

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 急な坂道をのぼりながら、とある二階のベランダを見あげると、三匹の猫。「おはよう!」。じっとこちらを観察している。こちらも立ちどまって見あげる。すぐに動きだすだろうと思っていたところが、こちらに興味津々。カメラを構えると散ってしまうなと思いつつ照準を合わせる。動かない。シャッターを切る。それでも泰然として動かない。三匹ともになかなかの集中力。早朝でもあり、さいわいクルマも人も通らない。そのまま猫に対峙してみる。双方がしまいまで成り行きを見届けるかという段になったとき、またもう一匹がすがたを現わした。

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 八つの目がまるで申し合わせたようにこちらを見ている。

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 しばらくして、特別な変化は起きないとあきらめたか、一匹が動きだした。

 なんだか退屈そうな猫たち。ネズミもいそうにない。今日いちにち何をしているのかな?

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きょうのことば 『教会の祈り』

おはようございます! 
 窓辺からの今朝の景色はどんなでしょうか。岩手山は見えていますか。それとも目ざめたばかりの街並みが広がっているでしょうか。神さまの慈しみに心潤されますように!!

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 先週のインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光牧師の説教の引証聖句は使徒12:1~5
1そのころ、ヘロデ王は、教会の中のある人々を苦しめようとして、その手を伸ばし、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。3それがユダヤ人の気に入ったのを見て、次にはペテロをも捕えにかかった。それは、種なしパンの祝いの時期であった。4ヘロデはペテロを捕えて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。それは、過越の祭りの後に、民の前に引き出す考えであったからである。5こうしてペテロは牢に閉じ込められていた。教会は彼のために、神に熱心に祈り続けていた。

 おはなしの内容は、
 ヤコ
ブは、イエス様の12使徒のなかでも、ペテロ、ヨハネとともに重要な人物です。ヘロデは、キリスト教迫害のために、先ずヤコブを殺し、こんどはペテロを捕えて、福音宣教に大打撃を与えました。ペテロを翌日殺害するつもりで牢に入れ、16人の兵士に監視させていました。一方、教会では、ペテロのために熱心に祈りを捧げていたのです。

 5節の「教会では」を考えましょう。このとき、まだ教会堂といった建築物はありませんでした。「教会」とは、建物のことではない。イエス様を信じる者たちが集まっているなら、それはもう教会なのです。
 マタイ18:19,20をご覧ください。
「もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心をひとつにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」
 信仰者が孤立してあることは、聖書的ではりません。信仰者にも互いの個性があり、或いは、問題を生じることがあるかもしれない。しかし主は、「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいる」と言っておられる。教会に集う事はクリスチャンの本質に関わる大切な事です。

 5節「彼のために」
教会が、お互いの問題、課題のために心を合わせ祈ることは重要です。立ちはだかる問題が大きければ大きいほど、祈祷会の重みは増してきます。
 今回は、T姉から教会に祈りの依頼がありました。18日には、蔦田就子宣教師が再びケニヤに赴任いたします。このような祈りの要請にこたえ得る教会でありたい。

 5節には「祈り続けていた」とあります。祈り続ける事です。
エレミヤ33:3には「
わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。」とある。
 こう仰る神様です。必ずやわざを為してくださいます。神様は何らかの御計画のゆえに、わざを為されます。

 「熱心に」とあります。
ルカ18章のやもめのはなしを思い出してください。とんでもない裁判官がいましたが、しつこく訴えるやもめの訴えについに決着をつけました。まして神は、熱心な祈りを放ってはおきません。「いつでも祈るべきであり、失望してはならない」のです。祈り続ける事です。愛、祈り、信仰、協力、これを実行させていただきまし
ょう。

※以上、説教をできるだけ簡略に書かせていただきました。

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うまくいっていないものは

 運動はしてますけど。あまり食べないようにしてますけど。そう言いたいところ。しかし、ほんとうかどうかは数値が明らかに。コルステロール、糖分、脂肪の数値コントロールがうまくいっていない。数字は語るである。明日からまた自己管理のやり直し!

 けさ裏の畑で気がついた。
エンドウがどんなにしっかりとツルをネットに絡ませて自分を支えているか。ヒトでいえば握力になるだろうか。ヒトなら何を握りしめるのか。ビジョン? ミッション?
はたまた神?

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そして強靭に生きるドクダミ

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ものみな生きる

生きる ものみな 生きる

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生きる ものみな 生きる (サルビアの芽120本)

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生きる ものみな 生きる (オクラの芽) 

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ものみな 生きる 主ともにあれば (熟していくスグリ)

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「心のふるさと 日本のうた をたずねて その三十八」雅声会 を聴いて

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 このプログラムは、昨年9月に、松田晃先生と練りに練ったプログラムだということでした。今回のステージに先生のお姿は見えませんでしたが、先生の遺されたものはステージにありました。薫陶を受けられた方々のすばらしい声の響き。工藤和子さんのナレーションで曲のエピソードを交えての演奏。懐かしい曲の数々、この日は事情があり、後半のみでしたがとてもよい演奏を聴かせていただきました。周りの方々も「やさしい曲ばかりだったね」と喜んでおられました。たゆまなく声を鍛えて来られたすごさです。ありがとうございました!

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きょうのことば 『神を信じ、またわたしを……』

 おはようございます!
 ここのところ忙しく、じっくりとパソコンに向かうときがありませんでした。
 日曜日がやってくるごとに、一週間のめぐるはやさを実感。
 聖句を書くだけでも自分のためになると起きだしました。

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 先週のインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の引証箇所は、

ヨハネ伝14:1~7
あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。2わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。3わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしがいる所に、あなたがたをもおらせるためです。4わたしの行く道は、あなたがたも知っています。」5トマスはイエスに言った。「主よ、どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう。」6イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。7あtなたがたは、もしわたしを知っていたなら、父をも知っていたはずです。しかし、今や、あなたがたは父を知っており、また、すでに父を見たのです。」

 國光勝美牧師の説教から、私が心に留めた部分を短く書かせていただきますと、

 このときは、イエス様が十字架に架かられる直前で、イエス様は弟子達の足を洗い、またユダの裏切りにもあう。弟子たちも、今から大変なことが起きると察してはいる。
 大きな課題を目前にし、渦中にあるときには、「心を騒がしてはならない」とイエス様は言われる。このようなとき、人は、目に見える頼りがいがありそうなものや人に行きやすい。しかし、人に頼るのではなく、自分に頼るのでもなく、状況をよく認識して神に頼ること。聖書中の信仰の達人ヒゼキヤやダビデも神の前に泣き叫び懇願しました。
 「主よ、あなた以外に頼るものはありません!!」
 このように神に訴えるとき、祝福がきます。岩なる主イエス様、道であり、真理であり、いのちであるイエス様に頼ることです。

感謝!! 

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 また昨日は、この教会の会員であるT兄のギターコンサートに行ってきました。懐かしい曲の数々。みなさまが心のこもった演奏を聴かせてくださいました。T兄はクリスマスのたびに主のためにギターを弾いています♪

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緑に心やすらぐ

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 光がよくとおる緑の林が好きだ。樹間にまっすぐに伸びる木の影を見ていると気分がスッキリする。林ではなくとも、光が溢れる緑の空間があると、心癒される。
 明日に延ばさずに、今日のことはきょうのうちにと片づけているうちに、久方ぶりに午前0時近くに。いつも10時には眠くなる昔ながらの生活パターンを続けるうちに、近頃は、24時間明るいコンビニが不思議に思われることも。

 昼は、介護を終えた友だちと御苦労さんランチ。明日は、手術をうけられる方がいらっしゃる。万事相働きて益。よい結果になるだろう。

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花たちの生命力

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 薔薇を、伐る時季ではないと知りつつも、大掛かりに剪定。もしかすれば死んでしまうかもしれないと覚悟していたところ、これまで芽吹いたことのない個所から、まるで樹皮を切っ先で破るように次つぎに芽の先が現われたときには、その生きよう、伸びよう、咲こうとする力強さに感激。そしていま、花が例年よりも大きく芳しく咲いています。

 6月1日(月)に、叔母が私にスケッチブックと透明水彩絵の具、筆をプレゼントしてくれたのですが、花々の美しさもそうですが、この美しさの底に秘められた生命力を描くことができたならどんなに幸いでしょうか。

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ケニア テヌウェク病院支援チャリティーバザー インマヌエル盛岡キリスト教会 6月27日午後1時~2時半

ケニアの病院を支援するためのバザーがあります!!

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下記に昨年度の報告を掲げます。
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※チラシ制作は教会のT姉です。

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