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ウォーキング開始  &  結末は如何に

 けさの室温は11℃。今週はゴミの集積所の係にあたっているので、朝6時、タウンネットをおろすために外に出ると、それほど寒くはない。いまネットで最低気温を検索してみたが、-3度だったようだ。日中の最高気温6℃。
 これなら、もう朝のウォーキングもだいじょうぶ。1時間弱、ゆっくりと歩く。爽やかだった。

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 裏庭にある椿の蕾がふくらんでいる。雪はいつの間にか解けて、福寿草が咲いていた。気付かなかった。いつ咲いたのか、正確にはわからない。例年よりもはやいのは確かだ。雪は、近くの雪を移動させての演出。

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 午後は地域のいきいきサロン。そこで聴いた嬉しい話題は、この地域にはグループホームがあるが、そこに入居している方々が、高齢で除雪困難な方の家の前を除雪してくださっているということだった。この方々は、近くにある景勝地である広場の草刈りなどにも積極的に参加、地域の助けとなってくださっている。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 今月末までに、詩を書かなければならない。現代詩が望まれているかと、それほど読んだこともないジャンルをつらつらと見聞。しかし、なにか今一つ、自分の感性には合わない。そちこち検索しているうちに、たまたまPCに出てきた八木重吉の詩『秋の瞳』の「序」に胸を打たれた。

私は、友が無くては、耐へられぬのです。しかし、私には、ありません。この貧しい詩を、これを、読んでくださる方の胸へ捧げます。そして、私を、あなたの友にしてください。 

 「詩はつくるものではなく、出てくるもの」と仰った方がいる。まさしく。
 書かなければならない詩を一通りは書いてみたのだが、心の内から出ているとは言い難い。そこで数回書きなおしたが、釈然としない。これまでの経験から、何度も書き直さなければならない詩は、永遠に書き直さなければならない「詩」なのだ。詩となり得るものは、二回ほどで骨格ができあがる。そして三回ほどの推敲で、自分に素直に受け入れられる。
 最近書いた『石よ』は、まさしく神さまがくださった詩であったように思う。大方は自然に湧き出てきたものだ。
 困った。連ねる言葉に芯が通らないのだ。さあて、あと1週間。結末は如何に。

 

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