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伐採

  陸前高田市の奇跡の一本松に似ている左から二番目の松とその右隣に立つ樅の木が、きょう伐採された。積った雪が路上に落下し、人や車を直撃しては危険だからだ。樹木がもつ癒しを考えると残念ではあった。実際にチェーンソーが入ったときには胸に痛みが走った。奇跡の一本松を何とか蘇生させようとした方々の気持がわかるような気がした。

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 毎年お願いしていた業者さんが、高齢の為に引退され、一年間放置していたために、繁りすぎてしまっている。主人がかねてからお願いしていた方が昨日見えて、明日来ますと急遽の作業となった。
 先ずベルトで身の安全を確保し、上から2メートルずつ見当をつけて、切り落とす材にロープをかける。切断しきる直前に、下の二人がロープを力いっぱい引いて、空いているスペースに落下させるのだ。もし下に障害物があれば吊り下ろす。見事な連携プレーだ。

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これは伐られた樹の一部。

 はなしは飛躍するけれども、戦後70年と言われている。終戦とともに、スターリンの捕虜50万人移送計画で主に満州からシベリアに連行され、そのまま労働力として抑留になった方々の最も過酷な作業は、原生林の伐採作業だった。道具はピラといわれる鋸とタポール(斧)だけ。今のようにチェンソーや刈り払い機や安全装具などはまったくなかった。毎日10人、20人と死傷者が出ていた。しかも氷点下20度の厳寒である。それ以下での作業もあった。
 写真の輪切りにした材は、径30㌢、高さ30㌢。持ちあげてみた。一つ持ちあげるのがやっとだ。生木はずっしりと石のように重たい。2㍍の材は業者の方が2人がかりで移動させていた。

 課せられるべきだった賠償を、抑留者の方々が労働力で支払ったともいえる両国家間の内実がある。戦後、日本は大変な経済成長を遂げているけれども、その遂げた要因はさまざまあるようだが、一つには、シベリア抑留者の方々のこのような大きな犠牲の上にもあるという事ができるように思う。その数は厚生労働省の数字では57万人、しかし実際には70万人であったようだ。

 過酷な労働は勿論、伐採だけではなく、炭坑労働等など。しかも、多くはすこしの黒パンと、うすい粥。栄養失調と寒さによる病気。厚生労働省は5万5千人が亡くなったとしているが、事実は最初の冬で亡くなった方々は、7万人とも10万人とも証言されている。

 きょうの作業をすこしばかり手伝っただけで、その方々の無念の想いがわかるはずもないが、しかし、思い返す機会があった事は幸いだった。
 

 

 

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