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きょうのことば 『主イエスのみもとに』ー特集を前にー

 週にいちど教会に行くのは自分の傲慢さや落ち度を反省するために必要だと思わせられる。何のこれしきと自己弁護していても、教会で講壇から諭されると、やはりこれではいけないなと自分を改めることができるわけです。

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 先週はマルコ伝2:1~12からのおはなしでした。

1 数日たって、イエスがカペナウムにまた来られると、家におられることが知れ渡った。
2 それで多くの人が集まったため、戸口のところまですきまもないほどになった。
3 そのとき、ひとりの中風の人が四人の人にかつがれて、みもとに連れて来られた。
4 群集のためにイエスに近づくことができなかったので、その人々はイエスのおられるあたりの屋根をはがし、穴をあけて、中風の人を寝かせたままその床をつり降ろした。
5 イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、「子よ。あなたの罪は赦されました」と言われた。
6 ところが、その場に律法学者が数人すわっていて、心の中で理屈を言った。
7 「この人は、なぜ、あんなことを言うのか。神をけがしているのだ。神おひとりのほか、だれが罪を赦すことができよう。」
8 彼らが心の中でこのように理屈を言っているのを、イエスはすぐにご自分の霊で見抜いて、こう言われた。「なぜ、あなたがたは心の中でそんな理屈を言っているのか。
9 中風の人に、『あなたの罪は赦された』と言うのと、『起きて、寝床をたたんで歩け』と言うのと、どちらがやさしいか。
10 人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために。」こう言ってから、中風の人に、
11 「あなたに言う。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい」と言われた。
12 すると彼は起き上がり、すぐに床を取り上げて、みなの見ている前を出て行った。それでみなの者がすっかり驚いて、「こういうことは、かつて見たことがない」と言って神をあがめた。

 説教を聞いた自分なりの解釈ですが、
 中風の人を担いだ四人の人たちを、四本の救いの綱にたとえて、この四本は愛の綱であり、信仰の綱であり、祈りの綱であり、協力の綱であるとし、この四人の力、即ち、みんなの持てる力を合わせて、それぞれが自分のできることを果たして、多くの方々をイエス様のもとにお連れいたしましょうということでした。

 説教を聞きながら思ったことですが、ここのところ自然災害が頻発、集中豪雨で日本が押し流されてしまいそうな不安。地球温暖化が進む中で、これを何としても食い止める確固たる善後策もないまま、それこそ地球というタイタニックがいま沈没しかけているかの危機感さえ覚えつつも、如何とも為し難い現実。資源獲得、経済優先は止むことがない。神の光を知る事のない暗闇の深さを思い、伝道の難しさを思ったことですが、「四人の力」、自分の力は微々たるものでも、撚り合わせた力があるということに気付きを与えられたことでした。

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