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きょうのことば『栄光の十字架』

 日曜日は、インマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の説教をおつたえしています。

 きょう4月20日は全世界のイースター礼拝の日曜日ですが、ここでは、2014年4月13日の分をおつたえします。イースターのおはなしは来週になります。

           

 

【聖書引証】マルコ伝151641

 

16 兵士たちはイエスを、邸宅、すなわち総督官邸の中に連れて行き、全部隊を呼び集めた。
17
そしてイエスに紫の衣を着せ、いばらの冠を編んでかぶらせ、
18
それから、「ユダヤ人の王さま。ばんざい」と叫んであいさつをし始めた。
19
また、葦の棒でイエスの頭をたたいたり、つばきをかけたり、ひざまずいて拝んだりしていた。
20
彼らはイエスを嘲弄したあげく、その紫の衣を脱がせて、もとの着物をイエスに着せた。それから、イエスを十字架につけるために連れ出した。
21
そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。
22
そして、彼らはイエスをゴルゴタの場所(訳すと、「どくろ」の場所)へ連れて行った。
23
そして彼らは、没薬を混ぜたぶどう酒をイエスに与えようとしたが、イエスはお飲みにならなかった。
24
それから、彼らは、イエスを十字架につけた。そして、だれが何を取るかをくじ引きで決めたうえで、イエスの着物を分けた。
25
彼らがイエスを十字架につけたのは、午前九時であった。
26
イエスの罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。
27
また彼らは、イエスとともにふたりの強盗を、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた。
28
(異本)「こうして『この人は罪人とともに数えられた』とある聖書が実現したのである」
29
道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おお、神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。
30
十字架から降りて来て、自分を救ってみろ。」
31
また、祭司長たちも同じように、律法学者たちといっしょになって、イエスをあざけって言った。「他人は救ったが、自分は救えない。
32
キリスト、イスラエルの王さま。今、十字架から降りてもらおうか。われわれは、それを見たら信じるから。」また、イエスといっしょに十字架につけられた者たちもイエスをののしった。
33
さて、十二時になったとき、全地が暗くなって、午後三時まで続いた。
34
そして、三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは訳すと「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
35
そばに立っていた幾人かが、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言った。
36
すると、ひとりが走って行って、海綿に酸いぶどう酒を含ませ、それを葦の棒につけて、イエスに飲ませようとしながら言った。「エリヤがやって来て、彼を降ろすかどうか、私たちは見ることにしよう。」
37
それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた。
38
神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。
39
イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「この方はまことに神の子であった」と言った。
40
また、遠くのほうから見ていた女たちもいた。その中にマグダラのマリヤと、小ヤコブとヨセの母マリヤと、またサロメもいた。
41
イエスがガリラヤにおられたとき、いつもつき従って仕えていた女たちである。このほかにも、イエスといっしょにエルサレムに上って来た女たちがたくさんいた。

  

【おはなし】

 

 受難週を迎えております。このとき「栄光の主」という角度から、十字架のできごとを御言(みことば)から直に学ばせていただくのは相応しいことであるかと思います。イザヤ書53章には、イエス様の十字架が預言されております。十字架刑のその時にその場にいた者でなければ記述できない内容です。イザヤが紀元前700年頃に、神の霊に促されて記したものでございます。

 

 きょうはマルコ伝15章をお開きしました。

 

 十字架は、よってもって立つ私たちの恵のシンボルです。それでは、十字架は元々いったい何を意味し、どういうものだったのでしょう。もし私たちが当時に身を置いて、十字架刑を目の当たりにしたとしたら、マルコ伝15章にはそれが記されております。当時最も残酷である十字架刑の刑具をこの目で見たとしたら。すでに何人もの十字架刑に用いられた十字架、それには血の汚れがこびりついていたでしょう。このようなものを直に目にした時、私たちがどういう思いになるかを想像していただきたいのです。資料でも、ローマ帝国時代に、十字架刑は実際にありました。これは、罪人を生きたまま十字架につける方法であり、最期まで最大限に逃れる事の出来ない苦痛を与える処刑でした。一方、ユダヤの、即ち、イスラエルの人たちは、罪人を生きたまま十字架につけることはしませんでした。ユダヤの人たちは、神に呪われた者、神の忌むべき者として死んだ者を、さらしものとして十字架につけたり木に吊るしたのです。ユダヤの世界では、木に吊るされたものは呪われた者であり、神に厭われ唾棄された、汚れた者の象徴でした。ですから十字架に付けられたイエス様は、ユダヤの人たちから見れば、神から呪われた者でした。つまり、神様は、私たちに、イエス様を最も呪われた者として十字架上に現わしてくださったのです。

 

 私たちは、かつては、この十字架とまったく関わりの無かった者たちです。多くの世の中の人たちも無関係に過ごしています。更には、十字架を否定し、神の愛を「ノー」と拒絶する方々がいらっしゃる。私たちも、エペソ書にある通り、生まれながらにして十字架に敵対する歩みをしていたのです。ところが、私たちはある時点で、このお方の十字架を見上げるという関係に入れられました。これが救いという経験といっていいでしょう。何という恵でしょうか。

 

聖書は一貫して、十字架を仰ぎ見る者であれといっています。

 

かつて私たちは、このイエス様の十字架とまったく関係の無い歩みをしていた者でございました。そして、十字架の事を、よし知ったといたしましても、むしろ敵対関係になっていた私たちでございます。しかしある時、私たちは、このお方を見上げるという関係に導かれたのでございます。多くの人たちが見上げるということをしなかったときに、不思議なように仰ぎ見救われた。22 地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。イザヤ45章に記されてあります。また14 モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。(ヨハネ314)、ここでイエス様は、モーセのとき、毒蛇に噛まれたものが青銅のヘビを仰ぎ見たときに救われたことに言及され、このようにイエス様の十字架を仰ぎ見た者がみな救われると仰っている。わたし達は、このお方の十字架を人生の中で見上げる者にならせていただきました。

イエス様の十字架をいちばん近くで仰ぎ見たのはイエスの正面に立っていた百人隊長でした。そして「この方はまことに神の子であった」と証言しました。また間近で十字架に付けられたイエス様を見ていたのは、イエス様の右と左の十字架につけられた強盗たちでした。そのひとりが、「われわれは当然の報いを受けている。しかしこの人は違う」と言いました。私たちは、この百人隊長のように、強盗の一人のように、イエス様と、イエス様を仰ぎ見る関係になっているでしょうか。そしてもう一つ、十字架を自分と重ね合わせる関係になっているでしょうか。パウロは言いました「私はキリストとともに十字架につけられました」。自分の罪の為に死んでくださったお方と自分とを重ね合わせていますか。

 

 トレースのとき、下にオリジナルを置き、そしてその上から見えるところをなぞっていくでしょう。こうしてイエス様の十字架と自分を重ね合わせてトレースしましょう。そして次には、イエス様の十字架を共に負う関係があります。十字架を共に負いましょう。

 

どうしたら十字架を共に負っていることが、これが栄光の十字架だとわかるのでしょうか。イエス様と一緒に十字架を負ったときに、あなたは傷つきませんでしたか。その時の傷があるでしょう。さまざまな辱め、迫害にあったときに受けた傷が。それらがみな栄光になるのです。この傷は、ああ、あの時、イエス様に従ったが故に迫害を受けたときの傷だった。これは決して人に見せびらかすようなものではなく、その傷を見る時、これが栄光の傷である事、十字架を負った時に受ける傷なのだという事に思い到ります。

  

マルコ1521を見ましょう。

 

「そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。」

 

 ここにクレネ人シモンが出てきます。力尽きたイエス様の代わりにむりやり十字架を背負わされた人物です。イエス様はこの後、ゴルゴダまで行き、午前9時に十字架につけられ、午後3時に「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と最期のことばを発せられ息絶えられました。このような一連の出来事の中に、ほんの短くイエス様の十字架を背負ったクレネ人シモンが出てまいります。これを見ると、「アレキサンデルとルポスの父」と、クレネ人シモンの子どもの名が出ています。してみると、たぶんこの二人の子どもたちも、お父さんが十字架を背負った事が祝福となってクリスチャンになったのでしょう。

 

 イエス様が十字架につけられるとき、人々はまるで娯楽でも見に行くかのように、今度はいったいどこの誰がどんな事をしでかして十字架刑になるのかと興味津々見に来ている。そのような人混みの中に、遠い北アフリカの田舎から出てきたクレネ人シモンが、たまたま通りかかった。ローマ兵は多くの人々の中に居たクレネ人シモンを引き出しました。彼は黒人であり、たぶん体ががっしりとしていた。イエス様に代わって十字架を負えそうに見えたのでしょう。イエス様との出会いはたまたまだったのです。しかし、これは神様の摂理でした。クレネ人シモンはローマ兵に強制的に十字架を負わせられました。

 

 ルカ2326をご覧ください。

 

26 彼らは、イエスを引いて行く途中、いなかから出て来たシモンというクレネ人をつかまえ、この人に十字架を負わせてイエスのうしろから運ばせた。

 

 イエス様が前を歩まれ、クレネ人シモンはその後からついて行きました。自分が背負うはずの十字架を代わりに背負わされた彼を、イエス様は振り返って見たでしょう。いったいどんな眼差しで見たでしょうか。イエス様は、有難うと優しい眼差しで振り返ったのではないでしょうか。そのお方の眼差しをしっかりと受け留めたとき、クレネ人シモンには、あの右と左の十字架につけられた男たちの気持ちが分かった。そして尚も彼は刑場に着くまでイエス様の後ろについて行きました。

  

 イエス様はいつでも私たちの前を歩いてくださる。あの優しい眼差しで私たちを振り向いて、「有難う、よく私の十字架を背負ってくれたね」と言ってくださる。イエス様の優しい眼差しを感じながらイエス様の十字架の重荷を負うことは、光栄以外の何物でもない。私たちの生涯において何か誇ることがあるとすれば、そしてこの地上生涯を閉じるときに言う事があるとすれば、それはイエス様の十字架を背負ったその事です。これこそが、、私たち一人一人にとっての栄光の十字架であると思わずにはいられません。

 

 

※できるだけ簡略に書かせていただいております。割愛した部分もあります。文責:中ぶんな

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