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2014年4月

GW中は散歩なし

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これは4月20日ごろの写真です。

いつも散歩に同行してくれるT子さんは、GW中はお休みしましょうと。家族の帰省への気遣いをいただいた。

午前はお祈り会、と書くまでもなく水曜はいつもお祈り会だ。花壇をのぞくのが日々の楽しみとなっている。毎日何かが芽ぶき、何かが咲いている。タンポポや勿忘草のような草花でも伸びゆくさまを見るのはあきない。

きょうで4月も終わる。一日の寒暖の差が大きかった。3月26日から朝散歩を開始。冬まで続けられたならと思う。自信がついたなら近場の登山でも目標にしよう。

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雑感

  今朝、盛岡市の神子田朝市に。山菜目当てだ。そちこち見比べていると、店番をしている女性がいった、「タラの芽とシドケを一緒に発送するのは無理なんだ。出る時期が違うんだもの。シドケはいまやっと出たばかりで、まだこっただ」、そういって茎が細めのシドケを取り上げ見せてくれた。図星だった。何も言っていない私が何を考えているか、この方は見抜いていた。発送はもう一週間ほど待つことにした。
 息子がフキノトウが好きなのでさがす。もう出ていないだろうと思っていたところ、1山100円で出ている。茎の部分が5センチもあるかなり大きくなったもの10個、蕾の状態のものが2個混じっている。茎が長いのは道端でも見かけたとは思ったが、ま、売っているからには食べられるだろうと買ってみる。半分を蕗味噌にし、半分を天ぷらにする。けっこう美味しい。大きくなったものでも、うん、十分美味しい。sun

 息子が帰省する直前に家に宛てて出した荷物の中に、何と、佐村河内守のDVDも入っていた。うーん。自分のブログからはもう削除している。
 大友直人指揮、日本フィルハーモニー交響楽団、ピアノ田部京子 『佐村河内守:魂の旋律HIROSIMA×レクイエム』。「CD化予定がないため、初演者、田部京子の演奏による本DVtDが唯一の音源となります。」とある。もう後ろに押しやった事件だったが、いま改めて両手を広げて歓呼に応えている佐村河内の写真を見ていると、よくこうまで演じ切ったものと、そしてこの次に書くべき言葉に窮するのだ。ついに真相を語り始めたまことの作曲者の心境の断片も推測されてくる。そこに写っている指揮者、演奏者たちは完璧な詐欺にかかったけれども最大限の演奏をしてくれたに違いない。発覚する前に出されたものだ。いま見ると、何ともいわれぬ想いになる。sweat01

 

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はや葉桜

 昨日はバイパス北山付近、午後2時、25℃、きょうは午後15℃。一気に咲いて一気に散りゆく桜。花びらが路に延々とつづく。

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 息子はきょう一人、あす一人帰省。たまに友だちと会い、あとは家で過ごすらしい。

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きょうのことば『キリストの復活』ーイースター講壇ー

 日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の説教をおつたえしています。きょうは2014年4月20日イースターのおはなしです。

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【聖書引証】第一テモテ31416

 

14 私は、近いうちにあなたのところに行きたいと思いながらも、この手紙を書いています。
15
それは、たとい私がおそくなった場合でも、神の家でどのように行動すべきかを、あなたが知っておくためです。神の家とは生ける神の教会のことであり、その教会は、真理の柱また土台です。
16
確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。「キリストは肉において現れ、霊において義と宣言され、御使いたちに見られ、諸国民の間に宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた。

 

【おはなし】

 

私たちは、先週、受難週を辿らせていただきました。そしてきょうは、イースターの歓びを全世界にある兄弟姉妹方とともに、歓ぶ日でございます。

 

 きょうは、第一テモテ3章を開かせていただきます。

 

 そこに入る前に、私たちが毎週告白している「使徒信条」に触れさせていただきます。使徒信条には「死にて葬られ、陰府(よみ)くだり、三日目に死人のうちよりよみがえり」とございます。このイースター(復活)の折に、この意味をもうすこし深く知っておきたいと思うことです。

 

 この使徒信条を告白しているクリスチャンは、教派、教団によってアクセントの違いはあっても、正統的な福音の継承者であり、福音の真理の王道を歩いているといってよいでしょう。使徒信条は、紀元後の390年頃アンブロシウスが議長を務めたミラノ公会議があり、そのときにまとめられたという資料がございます。当時は、ローマの支配下にある世界でございまして、キリスト教が世界中に広まりつつあるとき、キリスト教会の生命線、基盤を明確にする必要があったのでしょう。これが所謂、使徒信条でありますが、その原型といわれるものは更に古く、215年頃に、ローマのヒッポリウトスが「あなたは父なる神を信じますか、御子イエスキリストを信じますか、三日目によみがえられたことを信じますか」というような問答形式をまとめたものがあります。私たちが毎週礼拝の時に告白している使徒信条は、実に215年頃からのものであると知るわけでございます。

 

 使徒信条にあることばは、聖書の中に散りばめられております。

 

ローマ109 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。

 

 これは使徒信条がまとまっていく原点となる、聖書にはこう記されているという大切な告白と見ることができる。

 

それから、第一コリント86 私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しているのです。また、唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在するのです。

 

 これも聖書の中の何を告白してクリスチャンというのかをいうときに、ここには確かにそういう要素があります。

 

それから、第一コリント15:3 私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと

 

ここで「聖書」とありますけれども、この場合の聖書というのは、いまの新約聖書ではなく、当時は、新約聖書は完成しておりませんので、この場合は当時ユダヤ教の人たちが教典として信じている部分の聖書を指しています。つまり、私たちが旧約聖書と呼んでいる当時のユダヤの人たちが信じている神の啓示の書である聖書の示すとおり、「キリストは、私たちの罪のために死なれたこと、またよみがえられたこと、そして聖書に従って三日目によみがえられたこと」が非常に大切な事として告白されている。ですので、いま私たちが信じているものは、これほど歴史の古くから、しっかりと受け留められ続けてきたものなのです。

  

この事をいくつかご紹介します。たとえばピリピ211すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。

 

 そして第一テモテ2:5神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。6 キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自身をお与えになりました。これが時至ってなされたあかしなのです。

 

 これらのことはみな聖書にたどる使徒信条の原型といってよろしいでしょう。

  

 さてイエス様が十字架上で「完了した」、「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」といわれた後、イエス様はどうなられたのか。イエス様が墓に葬られたその後、使徒信条では「陰府にくだり」と出てまいります。この陰府というのは、死者たちの領域という事ができるでしょう。イエス様は陰府に勝利宣言のために行ったという解釈があります。またイエス様が何のために陰府に行かれたのかを真剣に考える学者がいます。福音的な解釈にも二通りあり、一つは、イエス様の福音の恵みに与れないでいる人たち、ノアの時代に洪水で滅んでしまったような人たち、そういう死人たちの領域に、イエス様は、贖いを成し終えた勝利宣言をするためにくだっていかれたとする説です。今までは謙遜、謙卑ということで、十字架の死にまでくだるという意味において降っていかれたのですが、こんどは上にあがるという、もうすでにこのときから、陰府にくだりではあるけれども、もうこれは勝利の宣言のためにすでに上昇に向かっている中でのできごとである。これはもう勝利宣言なのだ、そうなると、大変納得できるのです。

 

もう一つは、私たち人間が罪のゆえに味わわねばならない地獄の苦しみのいちばん低いところまでをイエス様が味わってくださる、それを象徴的に意味しているのだという理解をする説があります。どちらの立場を取るかは、いちばん大切な救いということに対しては、それほど大きな課題ではない。ただ、この「陰府にくだり」を、イエス様は、私の救いのために、人類の救いのために贖いを成し遂げた勝利の宣言をするために行ってくださったと理解する時、アーメンと頷くことができるように思います。

  

そしてこんどは「三日目に死人のうちよりよみがえり」、復活です。イエス様のよみがえりの体には十字架の傷痕もあるわけです。旧約のゼカリヤ136だれかが彼に、「あなたの両腕の間にあるこの打ち傷は何か」と聞くなら、彼は、「私の愛人の家で打たれた傷です」と言おう。という記述があります。ほんとうにこれは神秘の世界ですので、聖書の限られた光から申し上げるのですが、私たちが復活したときには、今の私たちの肉体と明確な関連性があります。個々の違い、特徴を見て取ることができるでしょう。

 

復活の体に関して印象的だった説教を思い出します。それは蔦田二雄先生のお話です。復活の体によみがえるというとき、一体どういう体になって現れるのか、例えば、おじいちゃん、おばあちゃんの体によみがえるのか、或いは、幼子が亡くなった時に、それがどういう体で復活するのか、これはほんとうに神秘な領域に入ることであって、こうだああだという断定はできない、蔦田先生はこの事について、「神様はきっと、自分にとっていちばんいいときの最も自分らしい体によみがえらせて下さるだろう」と仰っていました。

 

きょうは午後からお墓参りをしますが、いまは亡きT姉は、お年を召されてからも、「先生、私はいつでも私は17歳の自分を思ってるんです」と仰っていましたから、もしかしたらよみがえりのときにT姉は17歳のときの姿になるのかもしれない。これは戯言というよりももっと真剣に、よみがえりのイエス様と関係があるのでそう言えるのです。私たちは、イエス様の傷痕を見ます。そして、よみがえられたイエス様は、お食事も一緒になさる。ですから言えることは、このお方を信じ、救われたクリスチャンたちが、よみがえりの体を受けるときに、その人と明確な関連性があり納得がいく、そういうよみがえりの体になることを期待しましょう。誰が見ても、ああ、誰だれさん、ああ何々さんとはっきり認識することができる。それを思っただけでも嬉しいことです。そして、このイエス様の復活こそ私たちにとって、いちばん確かな保障なのです。戯言では決してない、これはそのことが、本当に私の内に成されたということ、イエス様の復活は初穂として私たちの保障としてあるのだということを覚えたいと思います。

 

16 確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。「キリストは肉において現れ、霊において義と宣言され、御使いたちに見られ、諸国民の間に宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた。

 

「キリストは肉において現れ」とありました。この「現れ」の意味をよく捉えていただきたい。つまりこれは、今まで既に存在していた御存在が現れるのです。無から現れたのではなく、これはキリストの潜在性を表わす言葉です。キリストは、2000年の昔に肉において現れましたけれども、しかし、このお方は既に存在しておられたお方であることを覚えたいと思います。

 

 そして「霊において義と宣言された」。キリストは、私たちの罪の為に十字架に架かられ贖いの御業を成し遂げてくださった、そして彼を信じる者が神の前に義と認められ、「霊において義と宣言された」のです。

 

 また、「御使いたちに見られ」というところですが、この「御使い」とは、どの御使いの事をいうのか。サタンの領域の御使いたちとする一つの解釈もあるようです。一方、必ずしもそうではなく、「御使いたちに見られ」の御使いたちとは、救い主の誕生を知らせたたり、ゲッセマネの時にお祈りするイエス様を励ました御使いたちがいました。この御使いたちにとって、イエス様の十字架と復活の出来事は、宇宙における最大の関心事であったと思われます。「御使いたちに見られ」というその時、御使いたちは、イエス様はついにやったね!! という歓びに湧いている。

 そして、この福音は、世界中に述べ伝えられ、世界中に信じられている。所謂宣教ということ、そしてイエス様が「栄光のうちに上げられた」とあります。

 私たちが信じている復活というものが、そして毎週告白している使徒信条が、どんなにか私たちの信仰の背骨となっており、たしかなものであるかということを心に留めたいと思います。

※講壇のお花はひろ子牧師が準備なさいました。午後からは、教会員の皆さんで、天に召された方々のお墓参りをしました。美しいイースターエッグは、写真に撮る前にうっかり食べてしまいました。ことしの“ハプニング”です。
 文責:中ぶんな

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毎日がお花見

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 桜をこれほど毎日見た年はかつて無かった。それというのも、毎朝散歩しているからだ。最寄りの小学校の桜、近くにある高校の桜、家から見える中学校の桜、中津川河畔の桜、盛岡城跡公園の桜、その他その他。ことしはどこも見事だ。ただ肝心の石割桜だけがちょっとさびしい。木自体に異変があったわけではないという。来年は期待できるかもしれない。夕暮れと夜の桜は見てはいないが、花も見るべきは早朝と信じる。

 きょうは、また一日庭仕事だった。やるべきことは山ほど。しかしこなした仕事量はそう多くはない。玄関前の花壇の土に埋もれている石を取り除く。花の成長をよくするためだ。

聖書のことばを思い出した。
5 …蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると、人に踏みつけられ、空の鳥がそれを食べてしまった。
6 また、別の種は岩の上に落ち、生え出たが、水分がなかったので、枯れてしまった。
7 また、別の種はいばらの真ん中に落ちた。ところが、いばらもいっしょに生え出て、それを押しふさいでしまった。
8 また、別の種は良い地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。

 これは、聖書のことばという種のことを言っている。
思えば、そういう自分の心も、岩石やいばらだった時期が長かったことを思った。

 たまたま用事で見えた方が、さまざまアドバイスしてくださった。石を取り除いて土が減ったところには、腐葉土や生ごみや牛フンを入れるといいらしい。こんどこそ花がよく育ってくれるだろう。

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ユキヤナギ、シダレザクラ、ツバキ、ウメ一気に開花

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 開花は4種のはずが、スッキリと撮れてはいない。
きょうは外仕事はオフ。休日とした。きのうまですこしやり過ぎ。ついブログも忘れそうだった。緑があること、花々があること、そしてきょう一日生かされたことに感謝する。 

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桜さくらの雲の絨毯

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 朝6時半のラジオ体操に集まってきた方々。この後ろにもたくさん来ています。左に大きく映っているのが友だちです。朝に散歩をし体操をすると、夜は早い目に眠くなり、よく眠れると話していました。木の影が長く延びる間に参加された方々の影も長く延びています。体操に合わせて空を見上げると、

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 体操を終えて城跡の階段をのぼれば、桜さくらの大屋根小屋根。さらにのぼると眼下には桜さくらの雲の絨毯。

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春の仕事に大忙し

  きのうのブログに盛岡城跡公園を昔の名称で岩手公園と書いてしまった。現在岩手公園は存在しないのだ。昔に馴れきった者には何とも不都合なことだ。
 その盛岡城跡公園まで、昨日から近所のT子さんとともにラジオ体操に行っている。この体操が40年と続けられているのは、健康を気遣う方々がどこからともなくやってきて、お互いに深入りをせずに体操だけを為し終えて、またそれぞれに散っていく気軽さにあるとも思われる。真夏には100人を超える方々が集まってこられると予測される。その数も広い木立が、団体としてではなく個々人として樹下に受け入れてくれるだろう。きれいに管理されている公園が、このような形でも朝早くに多くの方々に利用されている。

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 庭仕事が多くなっている。いただいた花の苗を植えこんだり、草取りをしたり。その分家の中のことが疎かになっている。しかしこの季節には、やはり外仕事ができることは楽しみでもあり有難くもある。この一輪一輪、花びらの、葉っぱの一枚一枚もきょうの恵みだ。

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大信田時子人物画展8-2014/5/1(木)~15(木) 喫茶ママー

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 いま喫茶ママでは天沼三津子さんの七宝ジュエリー展が開かれていますが、その後に、大信田時子さんの個展が開かれます。どうぞご覧ください。

         ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 春爛漫。実家の父の病院通いが始まったとき、母は、何とか父に桜を見せたいと、タクシーに遠回りしてもらったというはなしを思い出しました。父は、その年に亡くなりました。高齢になってくると、春が近付いたとき、ことしは桜を見る事ができるだろうかと思い、また桜を見ながら、ああ、ことしも桜を見ることができたと思うようです。私も一年一年が大切な齢、去年までは桜を見ておこうと出かけたことはありませんでした。たまたま咲いていれば有難く見るといった程度。しかしことしはせっかく咲いているのに見ないではもったいないと思われ、午後、主人を誘って岩手公園までお花見に。たくさんの方々が訪れていました。

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鳥が啼く春

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 1、2、3月とあまり歩かなかったことで、どこか弛んでしまったのを覚え、やはりできるだけ毎日歩くことにした。
 寒さが厳しいときには、立ち向かおうという気構えを持つことができたが、待ち望んでいたはずのよい季節になってみると、どこか安易で緩慢で冗長な気分がある。しかし、深緑になり梅雨があければ、またあの猛暑がくるのを思えば、いまそれを楽しむこともいいのだろう。ウグイスが鳴いている。鳥が啼く春を迎えられたことに先ず感謝しよう。

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きょうのことば『栄光の十字架』

 日曜日は、インマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の説教をおつたえしています。

 きょう4月20日は全世界のイースター礼拝の日曜日ですが、ここでは、2014年4月13日の分をおつたえします。イースターのおはなしは来週になります。

           

 

【聖書引証】マルコ伝151641

 

16 兵士たちはイエスを、邸宅、すなわち総督官邸の中に連れて行き、全部隊を呼び集めた。
17
そしてイエスに紫の衣を着せ、いばらの冠を編んでかぶらせ、
18
それから、「ユダヤ人の王さま。ばんざい」と叫んであいさつをし始めた。
19
また、葦の棒でイエスの頭をたたいたり、つばきをかけたり、ひざまずいて拝んだりしていた。
20
彼らはイエスを嘲弄したあげく、その紫の衣を脱がせて、もとの着物をイエスに着せた。それから、イエスを十字架につけるために連れ出した。
21
そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。
22
そして、彼らはイエスをゴルゴタの場所(訳すと、「どくろ」の場所)へ連れて行った。
23
そして彼らは、没薬を混ぜたぶどう酒をイエスに与えようとしたが、イエスはお飲みにならなかった。
24
それから、彼らは、イエスを十字架につけた。そして、だれが何を取るかをくじ引きで決めたうえで、イエスの着物を分けた。
25
彼らがイエスを十字架につけたのは、午前九時であった。
26
イエスの罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。
27
また彼らは、イエスとともにふたりの強盗を、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた。
28
(異本)「こうして『この人は罪人とともに数えられた』とある聖書が実現したのである」
29
道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おお、神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。
30
十字架から降りて来て、自分を救ってみろ。」
31
また、祭司長たちも同じように、律法学者たちといっしょになって、イエスをあざけって言った。「他人は救ったが、自分は救えない。
32
キリスト、イスラエルの王さま。今、十字架から降りてもらおうか。われわれは、それを見たら信じるから。」また、イエスといっしょに十字架につけられた者たちもイエスをののしった。
33
さて、十二時になったとき、全地が暗くなって、午後三時まで続いた。
34
そして、三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは訳すと「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
35
そばに立っていた幾人かが、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言った。
36
すると、ひとりが走って行って、海綿に酸いぶどう酒を含ませ、それを葦の棒につけて、イエスに飲ませようとしながら言った。「エリヤがやって来て、彼を降ろすかどうか、私たちは見ることにしよう。」
37
それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた。
38
神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。
39
イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「この方はまことに神の子であった」と言った。
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また、遠くのほうから見ていた女たちもいた。その中にマグダラのマリヤと、小ヤコブとヨセの母マリヤと、またサロメもいた。
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イエスがガリラヤにおられたとき、いつもつき従って仕えていた女たちである。このほかにも、イエスといっしょにエルサレムに上って来た女たちがたくさんいた。

  

【おはなし】

 

 受難週を迎えております。このとき「栄光の主」という角度から、十字架のできごとを御言(みことば)から直に学ばせていただくのは相応しいことであるかと思います。イザヤ書53章には、イエス様の十字架が預言されております。十字架刑のその時にその場にいた者でなければ記述できない内容です。イザヤが紀元前700年頃に、神の霊に促されて記したものでございます。

 

 きょうはマルコ伝15章をお開きしました。

 

 十字架は、よってもって立つ私たちの恵のシンボルです。それでは、十字架は元々いったい何を意味し、どういうものだったのでしょう。もし私たちが当時に身を置いて、十字架刑を目の当たりにしたとしたら、マルコ伝15章にはそれが記されております。当時最も残酷である十字架刑の刑具をこの目で見たとしたら。すでに何人もの十字架刑に用いられた十字架、それには血の汚れがこびりついていたでしょう。このようなものを直に目にした時、私たちがどういう思いになるかを想像していただきたいのです。資料でも、ローマ帝国時代に、十字架刑は実際にありました。これは、罪人を生きたまま十字架につける方法であり、最期まで最大限に逃れる事の出来ない苦痛を与える処刑でした。一方、ユダヤの、即ち、イスラエルの人たちは、罪人を生きたまま十字架につけることはしませんでした。ユダヤの人たちは、神に呪われた者、神の忌むべき者として死んだ者を、さらしものとして十字架につけたり木に吊るしたのです。ユダヤの世界では、木に吊るされたものは呪われた者であり、神に厭われ唾棄された、汚れた者の象徴でした。ですから十字架に付けられたイエス様は、ユダヤの人たちから見れば、神から呪われた者でした。つまり、神様は、私たちに、イエス様を最も呪われた者として十字架上に現わしてくださったのです。

 

 私たちは、かつては、この十字架とまったく関わりの無かった者たちです。多くの世の中の人たちも無関係に過ごしています。更には、十字架を否定し、神の愛を「ノー」と拒絶する方々がいらっしゃる。私たちも、エペソ書にある通り、生まれながらにして十字架に敵対する歩みをしていたのです。ところが、私たちはある時点で、このお方の十字架を見上げるという関係に入れられました。これが救いという経験といっていいでしょう。何という恵でしょうか。

 

聖書は一貫して、十字架を仰ぎ見る者であれといっています。

 

かつて私たちは、このイエス様の十字架とまったく関係の無い歩みをしていた者でございました。そして、十字架の事を、よし知ったといたしましても、むしろ敵対関係になっていた私たちでございます。しかしある時、私たちは、このお方を見上げるという関係に導かれたのでございます。多くの人たちが見上げるということをしなかったときに、不思議なように仰ぎ見救われた。22 地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。イザヤ45章に記されてあります。また14 モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。(ヨハネ314)、ここでイエス様は、モーセのとき、毒蛇に噛まれたものが青銅のヘビを仰ぎ見たときに救われたことに言及され、このようにイエス様の十字架を仰ぎ見た者がみな救われると仰っている。わたし達は、このお方の十字架を人生の中で見上げる者にならせていただきました。

イエス様の十字架をいちばん近くで仰ぎ見たのはイエスの正面に立っていた百人隊長でした。そして「この方はまことに神の子であった」と証言しました。また間近で十字架に付けられたイエス様を見ていたのは、イエス様の右と左の十字架につけられた強盗たちでした。そのひとりが、「われわれは当然の報いを受けている。しかしこの人は違う」と言いました。私たちは、この百人隊長のように、強盗の一人のように、イエス様と、イエス様を仰ぎ見る関係になっているでしょうか。そしてもう一つ、十字架を自分と重ね合わせる関係になっているでしょうか。パウロは言いました「私はキリストとともに十字架につけられました」。自分の罪の為に死んでくださったお方と自分とを重ね合わせていますか。

 

 トレースのとき、下にオリジナルを置き、そしてその上から見えるところをなぞっていくでしょう。こうしてイエス様の十字架と自分を重ね合わせてトレースしましょう。そして次には、イエス様の十字架を共に負う関係があります。十字架を共に負いましょう。

 

どうしたら十字架を共に負っていることが、これが栄光の十字架だとわかるのでしょうか。イエス様と一緒に十字架を負ったときに、あなたは傷つきませんでしたか。その時の傷があるでしょう。さまざまな辱め、迫害にあったときに受けた傷が。それらがみな栄光になるのです。この傷は、ああ、あの時、イエス様に従ったが故に迫害を受けたときの傷だった。これは決して人に見せびらかすようなものではなく、その傷を見る時、これが栄光の傷である事、十字架を負った時に受ける傷なのだという事に思い到ります。

  

マルコ1521を見ましょう。

 

「そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。」

 

 ここにクレネ人シモンが出てきます。力尽きたイエス様の代わりにむりやり十字架を背負わされた人物です。イエス様はこの後、ゴルゴダまで行き、午前9時に十字架につけられ、午後3時に「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と最期のことばを発せられ息絶えられました。このような一連の出来事の中に、ほんの短くイエス様の十字架を背負ったクレネ人シモンが出てまいります。これを見ると、「アレキサンデルとルポスの父」と、クレネ人シモンの子どもの名が出ています。してみると、たぶんこの二人の子どもたちも、お父さんが十字架を背負った事が祝福となってクリスチャンになったのでしょう。

 

 イエス様が十字架につけられるとき、人々はまるで娯楽でも見に行くかのように、今度はいったいどこの誰がどんな事をしでかして十字架刑になるのかと興味津々見に来ている。そのような人混みの中に、遠い北アフリカの田舎から出てきたクレネ人シモンが、たまたま通りかかった。ローマ兵は多くの人々の中に居たクレネ人シモンを引き出しました。彼は黒人であり、たぶん体ががっしりとしていた。イエス様に代わって十字架を負えそうに見えたのでしょう。イエス様との出会いはたまたまだったのです。しかし、これは神様の摂理でした。クレネ人シモンはローマ兵に強制的に十字架を負わせられました。

 

 ルカ2326をご覧ください。

 

26 彼らは、イエスを引いて行く途中、いなかから出て来たシモンというクレネ人をつかまえ、この人に十字架を負わせてイエスのうしろから運ばせた。

 

 イエス様が前を歩まれ、クレネ人シモンはその後からついて行きました。自分が背負うはずの十字架を代わりに背負わされた彼を、イエス様は振り返って見たでしょう。いったいどんな眼差しで見たでしょうか。イエス様は、有難うと優しい眼差しで振り返ったのではないでしょうか。そのお方の眼差しをしっかりと受け留めたとき、クレネ人シモンには、あの右と左の十字架につけられた男たちの気持ちが分かった。そして尚も彼は刑場に着くまでイエス様の後ろについて行きました。

  

 イエス様はいつでも私たちの前を歩いてくださる。あの優しい眼差しで私たちを振り向いて、「有難う、よく私の十字架を背負ってくれたね」と言ってくださる。イエス様の優しい眼差しを感じながらイエス様の十字架の重荷を負うことは、光栄以外の何物でもない。私たちの生涯において何か誇ることがあるとすれば、そしてこの地上生涯を閉じるときに言う事があるとすれば、それはイエス様の十字架を背負ったその事です。これこそが、、私たち一人一人にとっての栄光の十字架であると思わずにはいられません。

 

 

※できるだけ簡略に書かせていただいております。割愛した部分もあります。文責:中ぶんな

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天沼三津子第13回「七宝に遊ぶ展ー春うららー」2014/4/14(水)~30(水)喫茶ママ

 天沼三津子さんの最近の作品をご紹介します。

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  この他にもたくさんの七宝ジュエリーが。展示会は、喫茶ママで、30日までです。

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いまは受難週ー聖金曜日ー & 上京の時の写真

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           ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 きょうは午後に幾つかの町内会自治会が集まった地域関係の会議に出席。年齢の高さにしばし圧倒された。こういう方々が、何とか地域を住みよく、安全に、明るくしようと改善に取り組んでいてくれるのだ。
 夕方に買い物に出ると、通りかかったカトリック教会で、受難週のミサを行っていた。金曜日。イエス様が受難に遭われた日だ。午前中は説教の起しをしていたが、この日には相応しかったかと思う。買い物から帰るときに、いつか二男に書いた手紙の最後に書いた聖句が思い出された。
「見よ、われは世の終わりまで汝らと共にあるなり」
 この聖句を何度も繰り返しながら歩いた。
 夜の8時半ごろに、二男から電話があった。私が持って行った食材の調理法を訊いてきたのだ。今仕事から帰り、これから食事を作るところらしい。

          ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

  血潮したたる♪

血潮したたる  主の御頭
とげに刺されし  主の御頭
悩みと恥に  やつれし主を
我はかしこみ  君と仰ぐ

主の苦しみは  我がためなり
我は死ぬべき  罪人なり
かかる我が身に  代わりましし
主の御心は  いとかしこし

懐かしき主よ、計り知れぬ
十字架の愛に  いかに応(こた)えん
この身と霊(たま)を  とこしえまで
我が主のものと  なさせ給え

主よ、主のもとに  帰る日まで
十字架の蔭(かげ)に  立たせ給え
御顔を仰ぎ  御手によらば
いまわの息も  安けくあらん



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バッハ・コレギウム・ジャパンの「マタイ受難曲」

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 13日ミューザ川崎シンフォニーホールで、バッハ・コレギウム・ジャパンの「マタイ受難曲」を聴いた。涙が流れて仕方がなかった。これは霊的な部分での共感からであるかと思う。はっとしたことは、目を瞑って聴いていたときに、何と悲しげに歌うのかと目を開けてみるとヴァイオリンが歌っていた。大変な取り違えともいえるけれども、観念的、妄想的といわれようと実際そう聴こえたのだ。全体心に残る演奏だった。

 13、14、15と東京だったが、今回はどこへ行きたいという希望はなし。二男のところに行ったことで大方は満足だった。行動範囲を広げずに息子たちや、姉一家とゆっくりと過ごした。姪の子どもと遊んだり、たまたま休暇を取っていた甥と、甥の友だちの話を聞く機会があった。

 きょうは、宮古市から、友人がお嬢さんを伴って来てくれた。大震災が落ち着いた頃から目に見えて人口が減ったのを実感しているという。彼女の家は傾斜地の高い位置にあったので被災を免れた。彼女の家から下2軒は津波を被っている。はやく復興してほしいという言葉を私は安易には使えなくなっている。そう願い祈っているのだが、どうしてかその系列の言葉を口にしたとき、何かがどこかが浮くのを感じるのだ。

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息子の暮らし

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  二男が会社の寮を出てアパート暮らしとなったので、13日に、ようすを見に行ってみた。上京すると、いつも二人の息子のどちらかか、姉一家の誰かが出向えてくれ行動を共にしていたので電車の乗りかえにも戸惑うことがなかったが、今回は、迎えに出るという息子の申し出を断り、予めグーグルアースを見たり、住所を地図で確かめたり、電車の接続を調べて自分で行ってみた。東京圏内から30分で目的の駅に到着。神社や飲食店を目印に細い路地を右折、左折。次の目印の蕎麦屋の建物が、改装のため看板が出ていない。さてさてと思っていたところに電話が入った。5分も経たないうちに息子がすがたを現わす。近くの自動販売機でお茶を買うので「喉が渇いたの?」と訊くと、「いや、お客さん用の急須も茶碗もないからさ」という。わたし用のお茶だった。
 アパートの二階の部屋に入ってみると、ダイニングのゴミ袋3つに、洗って分別されたゴミが入っている。洗濯をした衣類がベランダに掛かっていた。特に目立って買い込んでいる物もなく、いまのところ最低限の家電で暮らしている。出勤の1時間前に起きて、必ず食事を摂ってから出勤しているようだ。近場に安いスーパーを見つけたという。
 地味に、慎ましく、たまに気晴らしをしながら淡々と暮らしていてくれたらそれでいい。見に来てよかった。
 友だちから借りた車で近場を案内してくれた。「保険、掛けてる車だから」と言う。10代だったころ、保険を掛けていない車輛には絶対乗っちゃダメと言ったことを思い出した。昼食を一緒にし、最後は、長男がチケットを取ったコンサートの会場に横づけ、「確かに時間に間に合って届けたからね、じゃ」と手を振って去って行った。もうこれ以上のことは何もいらないという心境でもあったが、私はホールのある3階へのエスカレーターに足をかけた。

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きょうのことば『前進する教会』

 日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の説教をおつたえしています。きょうは2014年4月6日のおはなしのポイントを書かせていただきます。

 この日は、Y兄弟姉妹の新入、新級を主牧に祈っていただき、みなで祝福しました。また、國光勝美、ひろ子ご夫妻が盛岡で40年間に亘り牧会をしてくださった事に対し、教会員全員からの感謝を表わすサプライズがありました。ほんとうに幸いな日となりました。

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【聖書引証】使徒の働き617

1 そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。
2
そこで、十二使徒と弟子たち全員を呼び集めてこう言った。「私たちが神のことばをあと回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。
3
そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。
4
そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」
5
この提案は全員の承認するところとなり、彼らは、信仰と聖霊とに満ちた人ステパノ、およびピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、アンテオケの改宗者ニコラオを選び、
6
この人たちを使徒たちの前に立たせて、そこで使徒たちは祈って、手を彼らの上に置いた。
7
こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで、弟子の数が非常にふえて行った。そして、多くの祭司たちが次々に信仰に入った。

【おはなし】

 きょうは教会のトラブルということに心を留めてみましょう。使徒の働き6章には、そのことがはっきりと記されています。

1 そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。

これが、数人で構成される教会ならば、恐らくこういう問題を生じないでしょう。いわば、一つ釜の飯を食べた仲間、同じテーブルで食事をした仲間というわけで、こういう類のトラブルはないのですが、しかし、会員が増えてくるに従って、さまざまなタイプの人たちが集まるわけで、実際トラブルを生じてしまった。

教会にトラブルがあってはならないと私たちは思いがちです。しかし、聖書ははっきりとトラブルがある事実を私たちにつたえています。あの使徒たちの教会にして、トラブルが存在しました。多くの弱く不完全な者たちが集まっているところを、悪魔はトラブルを起こさせようと虎視耽耽と狙っている、それが教会なのです。あってはならないという理解ではなく、この世に教会があるときにはトラブルはある。だけれどもそれをどのように解決していくか、これを通してサタンに敗北するのではなく、むしろ、このような危機をチャンスとしてトラブルを乗り越えていく、それができるのです。6章にある教会のトラブルも乗り越えることができたことを先ず覚えたいと思います。そして7節には、「こうして神のことばは、ますます広まって行き」とあるように、問題が祝福となっていきました。ここから学ぶべきことはいっぱいあります。試練を通して、教会は成長します。

きょうは、この6章から、何が問題であったのか、そして、それをどのような方法で解決したのか、またその結果はどうなったのか、この三つにポイントを絞って恵を頂きたいと思います。

 先ず問題点は何でしょう。これは、ユダヤ言葉を使うユダヤ人とギリシャ言葉を使うユダヤ人との間の意思の疎通の欠如でした。これが一つ、大きな課題でございました。お互いの意思が率直に伝わらなくなってくるとき、そこにトラブルが生じます。そして、この問題点のもう一つは、優先順位が誤っていたということです。

2~4節に目を留めますと、2 そこで、十二使徒と弟子たち全員を呼び集めてこう言った。「私たちが神のことばをあと回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。
3
そこで、兄弟たちの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。
4
そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」
 ここに教会の為すべき優先順位が示されています。これは皆さんと一緒にここを学ぶことで、私自身、40周年を迎えておりますときに、もう一度、優先順位をしっかりとしなければならないと思っております。これは、神様が語りかけてくださっている光であると覚えております。

 牧者が最優先すべきは、「もっぱら祈りとみことばの奉仕」とございますが、祈りと御言に仕える者としていただく事です。祈りと御言の奉仕の他に誰かがせざるを得ない、しなければならない、そういったお仕事を負わせられるときがあります。事実、私はずっと長い間、教団の厚生の仕事をしておりました。然るべき専門家が携わるのが相応しい内容ですので、これにはかなりのエネルギーを必要としました。しかし先の年会で、私はこの仕事から外していただき、次の先生にお委ねしました。開拓当時は、このような仕事はまったくありませんでした。とにかく御言に仕えて、そして、御言を広めるという事だけに専念できました。それがいつしかさまざまな仕事に忙殺され、そのようなパターンになっていた。これを今、しっかりと仕切り直しをしなければならないと思います。神様は、今その時を与えてくださった。仕切り直しをしなければ申し訳ない。そして心から、お祈りをし、御言にお仕えしたい、牧者として第一とすべき事を第一としたいと願っておるところです。

 6章で、使徒たちが祈りと御言に仕えるためには、教会員達の働きがあったことを、お読みいただいております。私は、開拓の当初から40年の間この教会におりまして、信徒方のさまざまな働きを目の当たりに致しました。婦人会によるバザーの企画もその一つです。バザーをよくご存じの婦人方が、自主的に祈り、計画を立て、準備をし、万端を成し遂げてくださいました。そのような賜物を持っている人たちが、重荷をもって祈りながら一生懸命備え実行してくださる。

 私たちは、それぞれに、さまざまな賜物が与えられています。たとえば、教団の厚生の責任を果たすのに相応しい人材としては、N兄のような方がいらっしゃる。かつては一流企業で国内外の仕事の責任を持って働いて来られた方で、政府との交渉もできる立場にあられました。このように、そういった面で非常に有能な方々がおられる。こういう方々こそ、たとえば、今現在、牧師の年齢がこれぐらい、そして教団の現況に照らし、5年後、10年後をシュミレーションし、それに対応できる予算を組むなどの適任者です。こういった仕事の内容は、牧師が片手間でできることではありませんし、そんな事をしてはいけないのです。牧師は、まさしく、専ら祈りと御言の奉仕する。勿論、各部門における賜物を持っておられる兄弟方と一つとなって労する。このような在り方によって、神の業はが進められていく、私はこのように思いました。それこそ規模の大小はありますが、同じ事を私は姉妹方のバザーの実践からも教えられました。

こんど企画されております音楽の特集も、みなさん方のタラントによる良い働き、協力を得ながら、聖霊によって一つとなって進みゆくなら、牧師は専ら祈りと御言の奉仕に励み、第一にすべき事を第一とすることで、神の御業は進展します。

 

2223には、東北教区会があります。研鑽のテーマについて各教会の先生方から出していただき、私はその調整役を引き受けるのですが、自分の意見と、他の先生方の意見と、同じ限られた時間でどちらを選択するか、このことにも聖霊による双方の一致、砕かれてということですが、それがあるときに、麗しい解決が為されていくことを思います。そしてその結果は何か、7節にあります。

こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで、弟子の数が非常にふえて行った」。

教会が御意に適った歩みをできるために、先ず祈っていただきたいのは、牧師が祈りと御言に仕える事ができるようにという事です。この優先順位が狂ってしまったなら、教会の祝福はありません。教会の行事、さまざまな営み、それにみなさんが積極的に加わって、それぞれの賜物を尊重しあいながら、ある時には意見が違うかも知れないけれども、主の前にほんとうに砕かれてアーメンと進んでいくとき、教会は必ず、この御言の通りに祝福の道を進んでいくことができるでしょう。

※文責:中ぶんな

 

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久方ぶりのランチ

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 きょうになって、近所の方とランチの約束をしていたことを思い出した。もう数カ月も前のことだ。主人は会合があり、昼食は要らないという。とすれば、きょうが出かけやすい。さっそく電話をする。野菜中心のバイキングの店に行く。食事を終えてそのまま買い物をし、午後からは、おかずの作り溜めに取りかかる。カレー、魚のマリネ、おでん、野菜の煮びたしの4品。
 フラワーポットにミリオンベルとサフィニアを植える。そして掃除。ことしの懸案事項がいくつか思い出された。そろそろ取りかからなければと思うが、いまだ手つかずでいる。

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富士見橋から

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 今朝は富士見橋方面に30分散歩。白鳥のすがたが消えた今、カモたちが大きく見えた。また寒さがもどった。
 午前は散髪。午後は説教の起し。
 寒い一日、しかし明るい一日だった。

 

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岩山中腹

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 先だって岩山でお会いしたSさんという女性の下山に合わせて、今朝、岩山を歩いた。登頂して朝食の準備に間に合って帰ろうとすると、やはり5時には家を出なければならない。そこそこに、しかし少しはトレーニングになるという時間である6時に出発。私の計算では、彼女は6時半には下りてきて、つつじが丘方面に進路を取るはずが、恐らくは5分か10分の差で、もう帰ってしまった後だったかもしれない。
 まあ、そのうちにまた会う機会もあるだろう。その地点から、今は閉鎖されている四季園の方に進路を取る。 折れた樹木のアーチを潜る。写真のような景観を見ながら下りてゆくと城東中学校の横に出た。
 午後お茶でご一緒した方々から、「怖くないの?」と訊かれたが、私は、早朝がいちばん安全だと思っている。尤も、この春岩山の頂上の方で、クマが1頭仕留められた話も聞くには聞いている。
 Sさんは、きょうも必ずいつも通りのパターンで展望台まで登ったはずなのだ。人と人の出会いは一瞬。1秒の差でも左右されることがあり得るだろう。人は一生のうちにいったい何人の人と出会うものなのだろうか。

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春のさざめき

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  午前はお祈り会。出かけるまで居間の掃除。帰ってからはすこし休憩し、片づけを続行。書棚の全集、これは主人が若いころに揃えた哲学全集などだが、数年前に処分するというのを、私が惜しんで取り置いたもの。そろそろ整理かななどと思っている。できるなら生活に必要な最低限のものだけを残して、シンプルにスリムに暮らしたい。

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足元に春

 風はあるものの晴天に恵まれる。空の高さに、北上高地でも駆けてみたい気がしたが、神様、こんな日はどうしましょうかと思ううちに、いつの間にか片づけに取り掛かっていた。一部屋を天井からタンスの上から電気の傘から棚の後ろからガラスまでを掃除するのに一日がかりだった。庭のそちこちにはびこった笹も刈り取った。

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 ことしになってやっと外に出したテーブルでコーヒーブレイク。春の到来を実感。何も行楽に出かけるばかりが楽しみとなるとは限らない。こうして一日中働いて、そしてほっと一息をつく。クロッカスが咲いている。ヤマブキの1、2ミリほどの新芽がまぶしい。水仙のつぼみ。赤みを帯びたウメモドキの蕾。5センチばかりにツンツンと生えそろったニッコウキスゲの葉。出かけなくてよかった。部屋もきれいになり、すぐ足元に、こんなにたくさんの春。

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「森とひなまつり」平成26年4月12(土)・13日(日)仙北町界隈

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 徳清さんにルーツがあるというご近所の方からこの企画を教えていただいた。

 徳清さんに関するページはこちらです。

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きょうのことば『教会と私たちー2』

 日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の説教をおつたえしています。きょうは2014330日のおはなしです。

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【聖書引証】使徒の働き6:1~7

1 そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。
2
そこで、十二使徒と弟子たち全員を呼び集めてこう言った。「私たちが神のことばをあと回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。
3
そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。
4
そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」
5
この提案は全員の承認するところとなり、彼らは、信仰と聖霊とに満ちた人ステパノ、およびピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、アンテオケの改宗者ニコラオを選び、
6
この人たちを使徒たちの前に立たせて、そこで使徒たちは祈って、手を彼らの上に置いた。
7
こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで、弟子の数が非常にふえて行った。そして、多くの祭司たちが次々に信仰に入った。

【おはなし】

 教会とはいったい何なのかを思い起こしていただきたいと思います。積極的にいえば、これは神によって呼び出された者の集合体(エクレシア)です。消極的には、天的な起源を持つ集合体である。天的な起源とは、それは、教会は世の始まる前から神様の御計画に組み込まれていたものであります。人間が勝手に自分の都合でこれを組織することは絶対にない。イエス・キリストの救いに与り、神の命を与えられ、生まれ変わっているクリスチャンだけが、この天的な起源を持つ教会の構成員です。この構成員となるのは決して難しいことではなく、自分の罪を認めて、単純に救い主としてイエス様を信じればいいのです。

 聖宣神学院では、朝食後に、院長を囲んで、御言葉とお祈りのときが持たれておりました。当時、院長だった蔦田二雄先生が仰いました。

「教会は、決して自分の都合で造ったりできるものではない。そこに人的な工夫などといったものがあるとしたら、それは神の教会を冒涜することになる。あくまで教会というのは、神的な、神様の永遠の御意の中に存在しているものなのだ」

蔦田先生が、目を輝かせて仰ったこの言葉が忘れられません。

 教会を体にたとえますと、そこには血が流れている。流れるためには血管が必要なわけです。そしてイエス様の十字架の贖いの血潮が、いつでも私たちの体を巡っている。「御子イエスの血がわれらをすべての罪から清めます」。ですから私たちは、心して血の流れをよくする事を心がけなければなりません。いちばん血の流れを悪くするものは、血管を脆くするものは何か、それは、知りながら行っている罪です。それをそのまま無視しているとどうなるか、始めのうちは影響はないのかもしれません。しかし、それが人の生き方に関わっていくものになりますと、血の流れを滞らせてしまいます。

ですから、イエス様の十字架の贖いの中に、きょうも生きることです。きょうも生かされることです。こうしてクリスチャンとしての健康な体が保たれるのです。教会はキリストの体であるといわれます。その頭はキリストです。体が健康であってこそ、頭の命じたところを遂行できる。頭脳のビジョンを具現することができるわけです。これが教会の本来のすがたです。

そして恩寵の手段を守ってください。聖書通読、集会出席、奉仕、捧げること。ささやかでもこれを毎日守る事により、罪から守られ成長していくことができます。私たちが信仰の深みに漕ぎ出そうとするなら、この事が必要です。このことを繰り返し繰り返し繰り返しやっていくときに、私たちは健康な教会を形づくることができ、結果としてイエス様が願っていることを具体化できる教会になるのです。

 教会の核心といえる要素は何でしょうか。それは、マタイ1616にあるシモン・ペテロの信仰告白「あなたは、生ける神の御子キリストです」とある通りです。このように告白できる人はみな教会員といえます。教会といえば、一般の方々は先ず十字架が立っている建物を思い浮かべますが、建物がどのようであるかは本質には関係がありません。ペテロのように生ける神の御子キリストと告白する人たちの集まりが教会なのです。

イエス・キリストが神の御子であると信じるクリスチャンが、地上のどこの教会に所属するかは、その人の環境や状況によって異なります。カトリックであるとかプロテスタントであるとか、壮麗な教会堂であったり、簡素な教会堂であったり、それは様々です。しかし、目に見えるところはどうであれ、「あなたは生ける神の御子キリストです」との信仰にあるとき、それはキリストの教会の中に含まれています。召され、天国に入った時には、イエス・キリストへの信仰だけが、そこにいることの拠り所です。そして、それぞれに与えられている賜物を精いっぱい神様の為に生かし用い、神様から「よくやった」とお褒めの一言をいただくことができたなら、どんなに幸いでしょうか。

 さて、使徒の働き6章に入って行きますけれども、この61からご覧ください。

1 そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。…2 そこで、十二使徒と弟子たち全員を呼び集めてこう言った。

ここでの人々の集まり、つまりこの教会には、12使徒たちがいます。それと弟子たちがいます。ここにトラブルが起きました。どんなトラブルかというと、ユダヤ人的な価値観、教育を受けた、所謂ユダヤ教から改宗したクリスチャン達が多かったのでしょう。その人たちが更に一生懸命に福音を述べ伝えていったことによって、救いは決してユダヤ人だけにではない、信じる異邦人たち誰にでも提供されるものなのだという福音の理解によって救われる人たちが加わってきた。ギリシャ語を使うユダヤ人たちも、その群れに加わってきた。つまり、背景が異なる人たちが、同じ教会を形成するようになってきた。そのときに、毎日の生活に必要な物の配給で、ヘブル語を話す人たちが優遇されて、ギリシャ語を使う人たちの方は、疎かにされるという事態が起きた。いかにも人間社会にはありそうな事です。そこで、使徒たちが、弟子たちを集めて、自分たちがこんなことにあまり深く関わるべきではないとし、

御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。

と、このようにしました。そして使徒たちは言いました。

私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。

 この提案は承認され、使徒たちは専ら祈りと御言の奉仕に、そして他の弟子たちは、具体的な日常生活において、不公平の無いような配給に務めた。不公平が無いように、この務めには、聖霊に満たされた人たちが選ばれました。

 前回、教会の成り立ちを追いました。最初はユダヤ教の教会であるシナゴグ、そしてバプテスマのヨハネに集まった人々、そしてさらに優れたイエス様の周りに集まった人々、そしてペンテコステで御霊に満たされた人々という経緯で教会というものが存在してきたのですが、この使徒の働き6章を見ますと、先ず、使徒たち、そして、弟子たち全員と言う二つのルーツが存在していたことを私たちはここで見る事ができる。そして、使徒たちは祈りと御言の奉仕に専念する。私たち牧者も願うことなら、祈りと御言の奉仕に専念させていただきたいと願うことです。

 しかし、もう一つ、弟子たち、これは、みな個性豊かな人たちの集まりです。つまり、教会を構成する人たちは、個性の無い同じような者たちの集まりではありません。それは、ほんとうの教会のすがたではありません。みなイエス様を信じ罪赦されているクリスチャンであるという事においては、それは絶対に共通するものなのですが、そこにさまざまな背景の人たちがあって当然なのです。さまざまな背景がある教会の方が健全なのです。

マタイ2514~のイエス様のたとえばなしを簡単にお話ししてみます。

主人が僕たちに、これは自分の弟子たちにといったらいいでしょうか、その僕たちに自分の財産をあずけて、留守のあいだ、これを元手にしっかりと働くようにと言い置く。15節を見ると、各々の能力に応じて、一人には5タラント、一人には2タラント、もう一人には1タラントをあずけました。1タラントは6000デナリです。1デナリは一日分の給料と換算されています。すると、6000デナリは6000日分の給料と言うことになります。1タラントは少なからぬ額です。ですから、商売をするには十分です。これを能力に応じてあずけている。5タラントあずかった者は5タラントの利潤をあげた。そして2タラントあずかった僕も2タラントもうけます。このどちらもが主人に良しとされます。ところが1タラント預かっていた僕は、「ご主人さま。あなたは、蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めるひどい方だとわかっていました。25 私はこわくなり、出て行って、あなたの一タラントを地の中に隠しておきました。さあどうぞ、これがあなたのものです。」といいました。すると主人は、「悪いなまけ者のしもべだ。だったら、おまえはその私の金を、銀行に預けておくべきだった。そうすれば私は帰って来たときに、利息がついて返してもらえたのだ」。そしてさらには、「役に立たぬしもべは、外の暗やみに追い出しなさい。そこで泣いて歯ぎしりするのです。」ともおっしゃる。随分と乱暴であるようにも思われますが、これはイエス様のたとえ話です。

 私たち一人一人神様は、その個性というものを応じ、その量において、その種類において、神様は、異なった人たちに異なったように与えてくださる。私たちは、妙な平等感を持っています。すぐにそれは不公平だなどと言い、妙な平等主義をはびこらせた一時期がありました。しかし、神様の平等は違います。神様は、ちゃんと教会を構成する一人一人に相応しいタラントを与えていてくださる。だから牧師は牧師として人に御言を解き明かす、その賜物をもって主に仕えて行くという事をしなければなりません。みな一人一人に賜物が与えられている。いや私は持っていないという人はいません。しかしややもすると、人間は、どうして私は1タラントしか貰えないのかと人と比較し拗ねてしまう。弱い私たちにはありがちなことです。或いは、あの人にはできるが、私にはできない、神様、不公平です、と思うこともあり得る。しかしその人その人に賜物があるのです。

 その昔、インマヌエルの雪谷伝道所で下足番をしてくださった方がいました。私は二十歳の若造で、その方は、恰幅の良い笑顔の素晴らしい高齢の方でした。私の下足も喜んで受け取り下駄箱に入れてくださいます。この方の温かさが忘れられず、後になって訊いたところが、下駄屋さんで丁稚奉公していたときに、お救いに与った方だということでした。「先生、私は何にもできない、だけど教会に来る人を温かく迎えることならば私のような者にもできる」といって奉仕をして下さっていたという事です。何十年経っても、あの方の笑顔と雰囲気を忘れる事が出来ません。神様は、どんな小さな者であっても、何らかの賜物を私たちに託してくださる。それを、私たちが、どれだけ感謝してイエスさまのために用いるか、そのことを私は思うのです。

 使徒の働きに戻りますが、「御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち」とありますけれども、これらはみな賜物は違いますけれども、同じように聖霊に満たされていた人たちなのです。多くの個性豊かな人たちが、一つの目的に向かって、しかも妬むこともなく、劣等感を抱くこともなしに、一つになって進んで行く、何がそれを可能にしたのか、それは、それぞれがみな同じように御霊に満たされていたからなのです。御霊に満たされた人とは、神の前に砕かれることのできた人、そういう表現をして間違いが無いと、最近いよいよそれを深く感ずるようになってきました。御霊に満ちた人は、神の前にほんとうに砕かれることができている人です。これだけは絶対に許せないとか、これだけはという何か固いものを持っている、それは教会の大切な事をするイエス様のお仕事には相応しくない。整えられていない。どのような扱い方を受けたとしても神様の前に、ほんとうに砕かれる。そのことを知っている人、それが、聖霊に満ちた人、こういうことができるだろうと思っております。

ことしは4月20日がイースター、その前の13日がパームサンデー、棕櫚の聖日であります。次聖日、もう一度教会が何であるのかをよく心に留めさせていただき、整えをいただいて、イースターの礼拝へと進ませていただきたいと思っております。

 

※文責:中ぶんな

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気まぐれお天気 

  10時ごろだったろうか、震度3の地震があった。庭でも見ようと外に出てみると、こんどは霰が落ちてきた。しだいに大粒になった。雹との境目かと見えた。

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 土の上に見えている白い粒状が霰。3月並みの寒さにもどった。

 霰と雹の違いは何だったかな確かめると、

 霰(あられ)は、雲から降る直径5mm未満の氷粒である。 5mm以上のものは雹(ひょう)として区別されるが、違いは大きさだけである。落着時に跳ねる。

 大きさの違いだけのようだ。

 花の苗を植えるにもまだ安心ではない。

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やすみ

 けさは雨。早朝散歩はやすみ。午前は耳鼻科、眼科。午後は調査関係。そしてブログもおやすみ。

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岩山登頂

 いつか歩いて岩山に登ってみたいと思っていた。それが今朝実現。朝5時起きで坂を登っていたのだが、左を行けばつつじが丘という辺りで疲れを覚え、引き返そうと思っていたところに、後ろから人が近づいてくる気配がした。私を通り越した。見ると女性、ラッキーだ。この方と話しながら登れば何とか辿りつけるかもしれないと思っていると、運よく向こうから話しかけてくださったので、ご一緒させていただくことに。
 真冬も登っているという。ここ4、5年は、早池峰山や岩手山に登山しては、まだまだ大丈夫と、自分の体力に自信を深めているらしい。「私は毎日この時間に登っているから」、だからいつでもどうぞ、ということだろう。「毎日はとっても無理です」と私。週1回ぐらいならと思うが、それもほんとうのところ自信がない。しかし行けば必ずこの方が来ていると思うと、それに励まされて足が向くかもしれない。

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 登ってみると、早朝に岩山に登っている方々は、お互いに顔見知りなのだとわかった。あのご夫婦はきょうは来ていないとか、あの人はいつもゴミを拾いながら登ってくるのだとか、どこの誰かを知っている。 

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 下の写真の階段で転び、足を捻挫した方がいたらしい。注意を促してくれた。

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 これからは若葉が萌え、この林もますます爽やかになるだろう。私の家の並びの方もまもなく早朝散歩に合流することになっている。

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釜石へ

釜石で親戚の葬儀があり参列した。

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  幹線以外は車の騒音も無い。人通りもなく静かだった。釜石湾が青々と凪いでいる。 

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 火葬、葬儀、読経に関わってくださった方々は、恐らく、3・11にも対処されたに違いない。「いまも毎日が3・11です」という被災者の方のことばが思い出された。

 盛岡に着いて17時半、落ちゆく線香花火の色の夕日が山際に見事だった。

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新年度スタート

  エイプリルフールのジョークではない、消費税が8パーセントに。駆け込みの買い物はしない。おそらく余計なものまで買ってしまうに決まっている。世の中の流れの圏外にいる心地もしながら、午前はせっせとガラス拭き。午後はAさんと花の苗を買いに。岩手山は残雪を載せて神々しく、眩しく、清々しかった。
 朝の広報物の担当の引き継ぎも終わり、先ずは、よい新年度のスタートとなった。

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