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きょうのことば 「大きな口と空の器」

 毎週日曜日には、インマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の講壇のメッセージをおつたえしています。きょう10月13日は内藤容子先生の特別集会でした。神様はすばらしいサプライズをくださり、以前いらっしゃった方々、そして新しい方々を迎えてくださいました。この集会のメッセージ、音楽集会ではありますが、文章で来週お伝えします。きょうは、2013年10月6日の國光勝美牧師のメッセージです。

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【引証聖句】第二列王4:1
~

1 預言者のともがらの妻のひとりがエリシャに叫んで言った。「あなたのしもべである私の夫が死にました。ご存じのように、あなたのしもべは、主を恐れておりました。ところが、貸し主が来て、私のふたりの子どもを自分の奴隷にしようとしております。」
2
エリシャは彼女に言った。「何をしてあげようか。あなたには、家にどんな物があるか、言いなさい。」彼女は答えた。「はしための家には何もありません。ただ、油のつぼ一つしかありません。」
3
すると、彼は言った。「外に出て行って、隣の人みなから、器を借りて来なさい。からの器を。それも、一つ二つではいけません。
4
家に入ったなら、あなたと子どもたちのうしろの戸を閉じなさい。そのすべての器に油をつぎなさい。いっぱいになったものはわきに置きなさい。」
5
そこで、彼女は彼のもとから去り、子どもたちといっしょにうしろの戸を閉じ、子どもたちが次々に彼女のところに持って来る器に油をついだ。
6
器がいっぱいになったので、彼女は子どもに言った。「もっと器を持って来なさい。」子どもが彼女に、「もう器はありません」と言うと、油は止まった。か
7
彼女が神の人に知らせに行くと、彼は言った。「行って、その油を売り、あなたの負債を払いなさい。その残りで、あなたと子どもたちは暮らしていけます。」

【説教】

先週は『感謝の先取り』という説教を取り次がせていただき、ヨシャパテの次のような祈りに学びました。

12 私たちの神よ。あなたは彼らをさばいてくださらないのですか。私たちに立ち向かって来たこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません。私たちとしては、どうすればよいかわかりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。」

 どうでしょう。臆病者と見えるでしょうか。しかし、信仰という角度から見ますと、私たちが多く恵をいただくそのあり方です。私たちも、このヨシャパテの祈りを捧げるものでございます。そして17節には、

17 この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。あなたがたとともにいる主の救いを見よ。ユダおよびエルサレムよ。恐れてはならない。気落ちしてはならない。あす、彼らに向かって出陣せよ。主はあなたがたとともにいる。

 ここにあります「主がともにおられる」という励ましのおことばをしっかりと捉えさせていただこうではありませんか。そしてまた、主に感謝せよ、これはちょうどエリヤがカルメル山の山頂において、バアルの預言者たちと戦い、大いなる勝ちを得まして、その後まだ音が聞こえていないのに、「大雨の音が聞こえる」と彼は、このように言いました。そして王さまに、雨に留められないうちに行くように、ここを下りるようにと言いました。まだそのわざが為されるまえに、既にそのわざが為されたと同じように、ここで賛美の歌をうたう。まだ勝ちを得ていないのですが、主に向かって、早くも勝利の歌をうたう。有難うございますと感謝を捧げたときに、事実、神様は大きなみわざを為してくださいました。

 そしてきょう、『大きな口と空の器』という、興味深く面白い出来事を取り上げたいと思っております。

一つは、詩篇8110

10 わたしが、あなたの神、主である。わたしはあなたをエジプトの地から連れ上った。あなたの口を大きくあけよ。わたしが、それを満たそう。

 このおことばの中には、心したい三つのことば、「あなたの口」、「大きくあけよ」、「わたしが、それを満たそう」があります。信仰はいつでも、人と神様との関係云々ではなく、神様と私に関わる営みです。信仰においては、いつでも神様は「あなたと、そしてわたし」なのです。神様はこの朝、皆さまお一人お一人に「さあ、あなたの口を大きくあけるんだ」、こう呼びかけ、語りかけ、命じておられる。ただ「あけよ」というのではなく、「大きくあけよ」とあります。遠慮せずに、あつかましいほどの大胆さをもって「大きくあけよ」と言われます。

狡猾でもある一筋縄ではいかないヤコブという人物がいました。それがなぜ後には、「ヤコブの神はわれらの高きやぐらなり」とか「ヤコブの神はわれらの神」と人々に言わしめるほどになったのか。それは、神様の恵みに対して、ほんとうに大きく口をあけ神様の大いなる祝福を勝ち得たからです。長子の特権が欲しい、祝福が欲しい、そのためには、手段をえらばないほどに、彼は口を大きくあけた人物です。そして神に大変愛されました。私たちはどうでしょう。まだまだこの程度といったところではないでしょうか。

私の子どもの時の思い出があります。美ヶ原を源流とする女鳥羽川という小さな川がありました。戦後、その川沿いに露天商が並んでいた。たまに行くととても面白かった。バナナなどはまだ簡単に口に入る時代ではありません。そのようなものも売っていました。またここで言いますとK百貨店のような店もあり、ショーウィンドウには500円という高価なな機関車も飾ってあり、飽かずにながめたものです。子ども心に親の懐具合はわかっているのです。ねだって買ってもらえるものではありません。ところが、そこを出た通りには、小さなブリキのおもちゃやお面がいっぱい並べてある。50円程度です。これならおねだりできる、そう算段し執拗におねだりする。どうでしょう、神様の前には、子どものようにひっくり返って、足をばたばたさせておねだりしてもいいのではないでしょうか。いつの間に「この程度なら」と自分で制約を設けたのでしょう。ヤコブなら、あのショーウィンドに入っている機関車欲しさに足をばたばたさせてねだったのではないかと思うのです。私は500円のものにはそれができず、50円のものにはそれができた。神様はこう言われる、「私はあなたをエジプトから連れ出した主じゃないか、わたしは紅海を二つにわけたあなたの主じゃないか、あなたの口を大きくあけなさい。わたしがあなたを満たそう」。この神様に期待して、主に信頼して思いっきり、あつかましいほど大胆にヤコブに倣いたいと思います。満たしてくださるのは神様のみわざなのです。神様ご自身が「私がそれを満たす」、こう言っておられるのです。

夏の東北聖会で、錦織先生が面白い話をしてくださいました。彼は、牧師の子どもとして成長し、献身されております。そのお父さんが特集を開いた。お父さんが椅子を並べていたので、子どもである錦織先生は、神様に期待して、椅子を50脚準備した。するとお父さんは「2030でいいよ」と言った。それでも、「だって神様に満たしてくださいとお祈りしたんだから、やっぱり僕は椅子をたくさん並べたい」と準備したそうです。集会が始まってみると、いつも来ている人だけで新しい人は誰も来なかったというのです。

 私は現実を知らないわけではありません。厳しさを知らないわけではない。しかし、現実を認めて尚アブラハムは信仰が弱まるどころか、さらに強くなったと聖書にあるではありませんか。サラの胎が死んでいるのを知りながら、尚神に栄光を帰した。その生き方、そのあり方を神様からテストされているのではないでしょうか。どうか現実を認めながら尚、それを大きくあけ、神様のみわざを期待する者となりましょう。この10月、皆さんと一緒に神様に口を大きくあけましょう。これが私たちの側のできることです。満たしてくださるのは神様の側の問題です。私たちが、できることは、期待をして、口をあけることです。

そして、きょうの聖書引証の第二列王4:1ー7には、非常に面白い恵に溢れたお話しが続いております。はしための家には油のつぼ一つしかなかった。エリシャは、隣の人みなから、からのつぼをかりてくるようにと命じます。ここにも私は三つのことを読みとります。「外に出ていって」、これは行動することです。ヤコブ書にありますが、「あなたは信仰信仰というけれども、私はことばだけの信仰じゃない、その信仰を行ってみようじゃないか」。信仰は行動によって表わされる。期待をするから行動を起こすのです。それから、「隣の人みなから」、これはどういう意味なのか、これは証人になるということではないでしょうか。かしてくださいというと、何に使うの?と訊かれるでしょう。預言者の先生がからの器を満たすと仰っていると知らせることができるでしょう。かりるごとに証しすることができます。そして器を返すときには、ほんとうに油がいっぱいに、次々に満たされたことを、その通りになったことを伝えることができます。良い証です。教会に行き神様の愛で私はこんなに恵まれています。教会?教会ってなにするところ? 喜びの油、罪ゆるされる、今までかつてないほどの油が、ほらわたしの心にいっぱいあるんです。これは、人にくれたら無くなってしまうものでしょうか。いいえ。お分かちして無くなるものではない。隣の人みなからかりると言うことは、私たちが他の人たちに証しをする機会であり、私の心を神様が満たしてくださることを期待していまいるということ。これは証しです。器をかりてくるということは、まだ満たされていないのですが、しかし、大雨の音がするといってその通りになったように、器を借りてくる。多くかりればかりるほど、油はそこに満たされる。口を大きくあければあいただけ神様は満たしてくださる。「子どもたちと一緒に戸を閉じなさい」、そして油を注いでくださる。子どもたちと一緒に、それは私も、教会員の皆さま方も、つまり全員一緒にです。みんなが一つとなって戸を閉じる。あなた方は一つになって、戸を閉じて祈りなさい。こう教えてくださった祈りがあります。これは神様に集中して祈るということです。そして「油を注ぐ」、これは実行することです。

この10月、13日には内藤容子先生の特集が、そして20日には國光幾代子先生の特集があります。いよいよです。口を大きく、そしてできるだけ多くからの器を、そして皆さん方お一人お一人が、ご一緒に、隣のあの人この人に、器をかりに行く証しのときがあったなら幸いです。

※若干編集させていただいております。聴き間違える場合もございますので、お気づきの際はご指摘ください。文責:中ぶんな

 

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