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ジンバリスト氏大演奏會 昭和七年十月二十日午後七時 盛岡・縣會堂

盛岡に来たことがあるエフレム・ジンバリストとは?
ロシア出身のヴァイオリニスト。12歳でペテルブルク 音楽院に入学し、レオポルド・アウアーに師事。卒業後はベルリンでデビュー。1907年ロンドンで、1911年ボストン交響楽団と共演でアメリカでデビューし、その後はアメリカに定住。1922年初来日、以後四度にわたって来日した。息子のエフレム・ジンバリスト・ジュニアはアメリカの有名なテレビ俳優、孫のステファニー・ジンバリストは世界的な人気女優である。(wikipediaからの抜書き)

在世1889~1985年。盛岡に来たのは1932(昭和7)で彼が43歳のとき。そのときのプログラムがこれ。Img207_2 曲目は
一、第九奏鳴曲、作品四十七、イ長調(クロイツェルソナタ)ベートーヴェン作
二、協奏曲ホ短調作品六十四 メンデルスゾーン作
三、イ、アヴェマリア シューヴァート曲  ヴィルヘリム編 
  ハ、日本の曲節に依る即興曲  ジンバリスト作
  ニ、ブレスカ   ヨーゼフスーク作
四、妖魔の輪舞曲作品二十五 バッズィーニ作

そして、プログラムの広告には、懐かしい商店の名が

Img208_2
Img2091932(昭和7)年10月20日、岩手県公会堂に世界的なヴァイオリニストのエフレム・ジンバリスト来盛したが、このときにジンバリストを岩手公園に案内したのが、東北民謡の採譜、研究者である武田忠一郎(一八九二、明治二五、5月遠野生まれ。一九七〇没。一九一〇明治四三岩手師範学校卒業)だった。村井正一氏が所有していた岩手日報のコラム「せん茶ばん茶」でわかった。武田忠一郎の投稿で、「うれしい夢」。日付が欠けていたが、県立図書館で調べ補充した。以下の「」内が記事からの抜粋。
「今から三十数年も昔のこと、当時世界的なヴァイオリニストのジンバリストが盛岡に来た。桜山神社側の入り口に行ったら、ヤスノキの大木を見て非常に気に入ったらしく、しばらくたたずんでいたが、枝が二つに分れ、中央の枯枝がそのままになっているのを見てどうしてあの枯枝を切らないのかと何度も聞くのであった。やがて公園の上に立って、1羽のトビが輪を描いて回るのを嬉しいとて心ゆくばかりに眺めていた。ジンバリストは持っているコンチェルトの楽譜全部にサインしてくれ、盛岡は芸術の都と聞いてきましたが、この温床の上にやがて小さな花が咲くときも来るでしょうと預言してくれた。」

※サワクルミには「桉」の漢字が宛てられるが、普通は沢胡桃と書く。サワクルミの名は、沢に生えるクルミの意味であろうが、その実は小さすぎて食べられない。東北地方ではヤスノキ、ヤスなどの方言で呼ばれている。絶滅危惧種Cランクに登録されている。(http://youryuboku.blog39.fc2.com/blog-entry-101.html

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