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2013年9月

9月の朝に励まされ

  9月に励行したのは、早起き散歩。雨が降っていた1日を除き毎日続いている。その道すがらのさまざま。

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         岩手県民会館

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  富士見橋
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 いつも挨拶している犬。「元気でいてね」

 きのうは地域の運動会だった。親子してキンボールを転がしたり、紅白に分かれて玉入れをしたり、幼児のお買いものレース、びん釣りレース、障害物レース、ゲッターナイン、リレー等々々、集まった方々全員が競技のどれかに参加。体育館の端っこで、小さな子供たち4人が「だるまさんが転んだ」で、手脚の動きを止めてじっとしている光景も。平和なひとコマだ。平和ないまこの時に感謝、感謝。

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きょうのことば 「感謝の先取り」

日曜日は、インマヌル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の説教をおつたえしています。きょうは20139月22 日の説教です。何らかの参考になればと願っております。

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【聖書引証】第一列王184146

41 それから、エリヤはアハブに言った。「上って行って飲み食いしなさい。激しい大雨の音がするから。」
42 そこで、アハブは飲み食いするために上って行った。エリヤはカルメル山の頂上に登り、地にひざまずいて自分の顔をひざの間にうずめた。
43 それから、彼は若い者に言った。「さあ、上って行って、海のほうを見てくれ。」若い者は上って、見て来て、「何もありません」と言った。すると、エリヤが言った。「七たびくり返しなさい。」
44 七度目に彼は、「あれ。人の手のひらほどの小さな雲が海から上っています」と言った。それでエリヤは言った。「上って行って、アハブに言いなさい。『大雨に閉じ込められないうちに、車を整えて下ってきなさい。』」
45 しばらくすると、空は濃い雲と風で暗くなり、やがて激しい大雨となった。アハブは車に乗ってイズレエルへ行った。
46 の手がエリヤの上に下ったので、彼は腰をからげてイズレエルの入口までアハブの前を走って行った。

【説教】

 

きょうは第一列王184146から、『感謝の先取り』と題して語らせていただきます。この中で、4142節に大切なことが記されております。

 

先週は、偶像神バアルと主なる神に仕えるエリヤの戦いで、バアルが敗北したことをお話しました。バアルの側にあり敗北したアハブ王に、エリヤは、これからは顧みの時が来ることを伝えます。この天から火が降ったあとに、エリヤは、これから何があるのかわかっていました。「激しい大雨の音がする」、この雨の音がもうエリヤには聞こえていた。干ばつで苦しんでいたこの国に大雨が降る。だから、喜びと感謝の宴を開きなさい。こうエリヤはアハブに命じました。雨が降ってから感謝の宴を開くことはできることです。ところが、空にはまだ雨の降る気配がない。しかし、エリヤには、大雨の音が聞こえていた。

 

興味深いことに、42節「エリヤはカルメル山の頂上に登り、地にひざまずいて自分の顔をひざの間にうずめた」、こうあります。何を祈ったか、祈った言葉は書いていません。しかし、この切なるエリヤの祈りが、どんな祈りであったかは判ります。雨を降らせてください、干ばつで苦しんでいるこの祖国を憐れんでください、今こそ神様、あなたが栄光を現わされるときです。バアルの対決で火を降してくださった神よ、今、どうぞ大きな憐れみを御業を現わしてくださいと祈ったでしょう。ここに、エリヤのすばらしい祈りのすがたを見ます。もしこのときエリヤが、アハブ王の眼の前で主よ雨を降らせよと祈った途端に音を立てて雨が降ってきたとしたら、それはまことに劇的です。人々をあっと言わせるでしょう。もしかすれば人々はエリヤを途轍もない偉人として崇め奉るようになったかもしれない。しかしエリヤの祈りの姿は、火を呼び降したお方も、雨を降らせたお方も、神様なのだということを人々の間に印象付けたことでしょう。

 

エリヤは火を降したもうた神様の前に壇を築いて、その後、雨を降らせたもう神の前に、もう一度主よと自分の顔を膝のあいだに埋め祈った。これは、徹底した神様への依存の姿です。お祈りは神様への全き依存に他なりません。

 

エリヤは、僕に、行って地中海の方を見て、雲がわいているかどうか、天気が変わりそうかどうか見なさいと言います。そしてエリヤは尚も祈るのです。こんどはどうだ?諦めないで7度とあります。謂わんとすることは、応えられるまで祈るのです。まだしるしは見えなかったけれども、祈って、祈って、祈って期待して、期待して、期待して祈ったときに、人の手のひらほどの小さな雲が海から上がってきた。それがいったい大雨と何の関係があるのか。多くの人々はそう思ったでしょう。

 

「人の手のひらほど小さな雲が浮かんだ」、私はそれを見ながら、イエス様が、一人の小さな少年のお弁当を用いて、これを増やし5千人に与えた奇跡を思い出します。小さな子供の一食文が、一体何になるのか。そうです。人々は取るに足らぬ小さなこととしての評価しかしない。しかし、それを信仰の眼で見ると、神様の大いなるわざの兆候、前触れ、ということができるのではないでしょうか。4546節、大雨が降り、道を阻められてしまうといけないので、アハブはここからイズレエル、つまり、夏の王さまの宮殿があるところまで、注解によると、約30キロほどのところ、ここから石鳥谷といった距離でしょう。そこまで、アハブ王は、馬を整えて走って行った、ところが、エリヤに主の手が降っていたので、エリヤたちは、アハブ王の前に、露払いのように物凄いスピードで走り抜けました。

 

感謝の先取りを致しましょう。41節「すでに雨が降る前からあの音を聞いて、さあ祝宴をひらきなさい」

 

小原十三司(18901976)という先生がいらっしゃいました。祈りの器であられました。淀橋教会の早天祈祷会の最中に雨がザーっと降ってきたそうです。小原先生は、「主よ、この雨を止めたまえ。信じて感謝します」といって、祈祷会を締めくくったそうです。まだ雨が降っていたので、誰かが傘を差し出したところ、「私は雨を止めたまえと神様に祈ったのだから」と雨に打たれながら悠然と帰っていったということです。皆さんこれをどう思われますか。やっぱり、止まなかったじゃないかと思うでしょうか。そうも思うのですが、しかし、すごいじゃないですか。祈って、信じて祈った事はすでになったと信ぜよ、さらば得べしと差し出された傘を受け取らない。だから神様はその信仰を目ででくださったのではないでしょうか。

 

 ジョージ・ミューラーが運営する孤児院でも、朝の食卓に食べ物がありませんでした。しかし子どもたちと一緒に感謝し祈ったところが、食べ物を積んだ馬車が到着したのです。神様は本当に日ごとの糧を与えてくださると信じているクリスチャン、その家庭が、主は必ず備えて下さると信じているとき、それが自分たちの私利私欲のための願いではなく、ほんとうに神様の栄光のためこれが必要だ、神様は必ず備えてくださるから感謝しようといって、感謝の祈りを捧げているのを、心配そうに神様ずっと見続けていることができるでしょうか。私たちが、神様の御心のため、栄光のために本気になって、神様はこれを満たして下さる筈だと信じ祈るならば、神様は、私たちの思う以上のものをもって食卓を満たして下さるのです。感謝の祈りを捧げましょう。ジョージ・ミューラーの孤児院はそれで成り立っていました。

 

ハドソン・テーラーもそうでした。テーラーが中国に行く前のことでしたがポケットに僅かばかりのお金が入っていた。そんなときに、貧しい家庭でお祈りを捧げることになった彼は「主よ、どうぞこの家庭の必要を満たしてください」、そうお祈りしました。神様はそのとき、彼の心に語りかけました。「お前のポケットの中にあるものは何か」。彼は「神様これはわたしにどうしても必要なもので、決してぜいたくのためではない」と天のお父様に祈ろうとするが、それができなくなってしまう。天のお父様と呼んでいた私は、ほんとうに天のお父さまと信じていたのか。激しい葛藤を覚えて彼は、自分のお金を貧しい家のために捧げました。ポケットは空です。しかしそのあと、彼の家に、差出人不明の小包が届いたということです。この時のことを、彼は、宣教生涯に出で行こうとするとき、神様は、自分に学ばせるために、そこのところを通らせてくださった、感謝だったといっています。ミーューラーにしても、テーラーのそれにしても、感謝の先取りをして必ず神様が満たして下さると言うことを信じていくこと。私たちも、感謝の先取りをして、祈り歩んでまいりましょう。第二歴代2012にあるヨシャパテの祈りも参考に掲げておきましょう。

 

12 私たちの神よ。あなたは彼らをさばいてくださらないのですか。私たちに立ち向かって来たこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません。私たちとしては、どうすればよいかわかりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。」

 

※講壇のお花はひろ子牧師が生けました。
  若干編集させていただいております。文責:中ぶんな

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岩手県庁

 けさは岩手山がくっきりと稜線を見せていた。しまった!カメラを忘れてしまった!!ひとりで歩くときと違い、どこか注意が散漫になっている。一緒にあるいている近所の婦人はきょうで4日目。初日は5時出発だったが、翌日からは5時半出発だった。彼女が言うに、今日初めて1万歩を超したといっていた。昨夕、鮭が遡上したというニュースを聞き、中津川上流、浅岸方面を歩いた。

 次の写真は、「朝明けの月」を撮った日にカメラにため込んだ写真である。被災地のあれやこれやに、大雨、台風18号の被害までが重なり、対応に苦慮しているに違いないと見上げる。復旧から復興の段階に入ったとは、いったいどこの被災地のこと?

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庁舎前のトチの並木。舗道には、ひび割れたトチの実がそこかしこに。

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 きょうは朝ドラの「あまちゃん」の最終回。岩手県知事からも感謝のメッセージが出たようだ。

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チェリスト村井氏のショック ーエマヌエル・フォイヤマンのチェロリサイタルー

私がリサイタルを聴いて度肝を抜かれたのは、ナビル・シェハタのコントラバスだった。低音域をカバーするこの楽器が、まさかリサイタルで登場しようとは思いもよらなかった。その意外性ばかりではなく、あの等身大を超える大きな楽器を自在に弾きこなすテクニックの凄さに恐れ入ったのである。ベルリン・フィルの首席奏者であるという程度の予備知識しかなかった。後に指揮者を目指し、バレンボイム、ティーレマンらに師事して研鑽を重ね、2007年にドイツで指揮者デビューを果たしている。ただ私としては、指揮者となったナビル・シェハタを聴きたいとは、今の時点では思わない。そう思わせないほど、あの時に聴いた演奏は強烈に斬新に焼き付いている。また来日することがあったとしたら、私はコントラバスをこそ聴きたい。
 音楽に興味があれば、まして楽器奏者であってみれば、一生のうち何度かは、素晴らしいというよりも、もうそういったレベルを超えて度肝を抜かれる演奏に出会うことがあるだろう。盛岡のチェロ奏者村井正一(1912~1998)先生にもあった。 

1934(昭和9)年ロシア出身のチェリスト、エマーヌエル・フォイヤーマンの来日である。パブロ・カザルスに学んで独自の奏法に磨きをかけたという。1933年まではベルリン高等音楽院の教授であり、齊藤秀雄もフォイアーマンに学んだ。作曲家でありヴィオリニストとして有名なパウル・ヒンデミット弦楽三重奏団を組み、その他、ヤッシャ・ハイフェッツ、ウィリアム・プリムローズ、アルトゥール・ルービンシュタインなどと共演を果たしている。しかし33年4月ナチ党の権力掌握とともに音楽院を解雇されている。このような目もくらむような経歴を持つ。村井先生は、このチェロを東京の軍人会館(九段開館)で聴いた。驚いたことに、この時の聴衆はたったの三百人だったようだ。日本での知名度はいまひとつだったようだ。これには、当時フォイヤーマンのレコードを出していたのが、最も強いビクターではなく、二番手のコロンビアだったこともあり、カザルスをメインに押すビクターに圧されていたという背景もあるらしい。しかし、実際には、ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)やルービンシュタイン(ピアノ)とトリオを組めるほどの実力があったのだ。このトリオを降りたのは、どうもヒンデミットが作曲したトリオ曲の演奏の時に、ヒンデミットが別なチェリストを指名したかららしい。ハイフェッツ、ルービンシュタイン、この両者は今以って世界のトップクラスの座に在る。フォイヤーマンはカザルスの後継ぎか、或いは凌げるかといわれていたほどの奏者だ。彼の演奏を聴いたとき、村井先生は、そのもの凄いテクニックにショックを受けたという。帰ってからしばらくはチェロを弾く気にもなれなかったと語っている。このとき、フォイアーマンは、リサイタルの他に、近衛秀磨が指揮する新交響楽団と共演。11月の告別演奏会では、とにかく凄いと口コミで評判が評判を呼び、聴衆は最初のリサイタルの10倍に膨れ上がったという。

 

フォイヤーマンの演奏は、抒情性に欠けるとも言われていた。これは、ヤッシャ・ハイフェッツも言われたことだ。しかし野村あらえびすはフォイヤーマンをテクニックは卓越しているが、冷たいなどと言ってはいない。あらえびすは、「フォイアーマンの技巧は技巧のための技巧という感じが全くなく、自然の流れの中に技巧が生かされ、自在な表現で聴衆を魅了した」とこう言っている。これが村井先生を震撼させたチェロの音だったのである。

 

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内藤容子ゴスペルライブ 2013/10/13(日10:30 ~・14:00~ & 國光幾代子師 神と共に歩んだ信仰のお話し 2013 /10/20(日)10:30~・14:00~インマヌエル盛岡キリスト教会

ゴスペルシンガー内藤容子、この秋、盛岡に!!

   2013/10/13(日)午前10時半~・午後2時~

さて、この日、あなたに届けられる曲と言葉とのメッセージは?

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伝道の人、國光幾代子師、この盛岡で神との生涯を語る!!

    2013/10/20(日)午前10時半~・午後2時~

   その昔のままのスピリットを今に語り継ぐ!!

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どちらの会場も、下の地図に。

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ジンバリスト氏大演奏會 昭和七年十月二十日午後七時 盛岡・縣會堂

盛岡に来たことがあるエフレム・ジンバリストとは?
ロシア出身のヴァイオリニスト。12歳でペテルブルク 音楽院に入学し、レオポルド・アウアーに師事。卒業後はベルリンでデビュー。1907年ロンドンで、1911年ボストン交響楽団と共演でアメリカでデビューし、その後はアメリカに定住。1922年初来日、以後四度にわたって来日した。息子のエフレム・ジンバリスト・ジュニアはアメリカの有名なテレビ俳優、孫のステファニー・ジンバリストは世界的な人気女優である。(wikipediaからの抜書き)

在世1889~1985年。盛岡に来たのは1932(昭和7)で彼が43歳のとき。そのときのプログラムがこれ。Img207_2 曲目は
一、第九奏鳴曲、作品四十七、イ長調(クロイツェルソナタ)ベートーヴェン作
二、協奏曲ホ短調作品六十四 メンデルスゾーン作
三、イ、アヴェマリア シューヴァート曲  ヴィルヘリム編 
  ハ、日本の曲節に依る即興曲  ジンバリスト作
  ニ、ブレスカ   ヨーゼフスーク作
四、妖魔の輪舞曲作品二十五 バッズィーニ作

そして、プログラムの広告には、懐かしい商店の名が

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Img2091932(昭和7)年10月20日、岩手県公会堂に世界的なヴァイオリニストのエフレム・ジンバリスト来盛したが、このときにジンバリストを岩手公園に案内したのが、東北民謡の採譜、研究者である武田忠一郎(一八九二、明治二五、5月遠野生まれ。一九七〇没。一九一〇明治四三岩手師範学校卒業)だった。村井正一氏が所有していた岩手日報のコラム「せん茶ばん茶」でわかった。武田忠一郎の投稿で、「うれしい夢」。日付が欠けていたが、県立図書館で調べ補充した。以下の「」内が記事からの抜粋。
「今から三十数年も昔のこと、当時世界的なヴァイオリニストのジンバリストが盛岡に来た。桜山神社側の入り口に行ったら、ヤスノキの大木を見て非常に気に入ったらしく、しばらくたたずんでいたが、枝が二つに分れ、中央の枯枝がそのままになっているのを見てどうしてあの枯枝を切らないのかと何度も聞くのであった。やがて公園の上に立って、1羽のトビが輪を描いて回るのを嬉しいとて心ゆくばかりに眺めていた。ジンバリストは持っているコンチェルトの楽譜全部にサインしてくれ、盛岡は芸術の都と聞いてきましたが、この温床の上にやがて小さな花が咲くときも来るでしょうと預言してくれた。」

※サワクルミには「桉」の漢字が宛てられるが、普通は沢胡桃と書く。サワクルミの名は、沢に生えるクルミの意味であろうが、その実は小さすぎて食べられない。東北地方ではヤスノキ、ヤスなどの方言で呼ばれている。絶滅危惧種Cランクに登録されている。(http://youryuboku.blog39.fc2.com/blog-entry-101.html

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朝明けの月

 写真は、きのうの朝5時半ごろの写真。今朝は曇っていたが、きのうは晴天に恵まれました。

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       朝明けの月が。
 
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この辺りで、5時ごろに仕事に就いているのは新聞配達の方、5時半ごろには業務用ゴミ収集車の方々が働いています。

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盛岡市を貫流する中津川に架かる上ノ橋から。釣り人の影が小さく。

早朝に歩くことを始めてから半月ほど。たしかに歩く力がついた。年齢によらず成長はあることを実感。今朝は近所の婦人と一緒に。5時15分には私の家の前に来てくださっていた。これからはずっとご一緒することになる。お陰で行動範囲も広がる。当分は朝の冷気と霊気に親しもう。

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「ヒソプ工房 カナン祭」に行ってきました

 昨日の午後、旨いもん食べたさに、カナン祭に行ってきました。噛みしめると雑穀の素朴な味わいのあるあのパンは? あのクッキーは? と会場を歩きまわると、

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ステージでは日本舞踊の発表の真っ最中。

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目的の旨いもんは、このコーナーから首尾よくゲット

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この町内に出店する島香魚店さん、おにぎりとラーメンの店「譲」さんも協力出店

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さまざまな小物などの販売もありましたが、これが環境を守り地球を救うスグレモノ「ちきゅうせっけん」

 高く晴れあがった青空のもと、屈託なく舞台を、買い物を、食を楽しむたくさんの方々、その中の一人となって、4点ばかり買い物をしてきました。おいしかったな~

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きょうのことば 「祈りに応える神」

日曜日は、インマヌル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の説教をおつたえしています。きょうは201391日の説教です。何らかの参考になればと願っております。

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【聖書引証】第一列王183040

30 エリヤが民全体に、「私のそばに近寄りなさい」と言ったので、民はみな彼に近寄った。それから、彼はこわれていた主の祭壇を建て直した。
31 エリヤは、主がかつて、「あなたの名はイスラエルとなる」と言われたヤコブの子らの部族の数にしたがって十二の石を取った。
32 その石で彼は主の名によって一つの祭壇を築き、その祭壇の回りに、二セアの種を入れるほどのみぞを掘った。
33 ついで彼は、たきぎを並べ、一頭の雄牛を切り裂き、それをたきぎの上に載せ、
34 「四つのかめに水を満たし、この全焼のいけにえと、このたきぎの上に注げ」と命じた。ついで「それを二度せよ」と言ったので、彼らは二度そうした。そのうえに、彼は「三度せよ」と言ったので、彼らは三度そうした。
35 水は祭壇の回りに流れ出した。彼はみぞにも水を満たした。
36 ささげ物をささげるころになると、預言者エリヤは進み出て言った。「アブラハム、イサク、イスラエルの神、主よ。あなたがイスラエルにおいて神であり、私があなたのしもべであり、あなたのみことばによって私がこれらのすべての事を行ったということが、きょう、明らかになりますように。
37 私に答えてください。主よ。私に答えてください。この民が、あなたこそ、主よ、神であり、あなたが彼らの心を翻してくださることを知るようにしてください。」
38 すると、主の火が降って来て、全焼のいけにえと、たきぎと、石と、ちりとを焼き尽くし、みぞの水もなめ尽くしてしまった。
39 民はみな、これを見て、ひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です」と言った。
40 そこでエリヤは彼らに命じた。「バアルの預言者たちを捕らえよ。ひとりものがすな。」彼らがバアルの預言者たちを捕らえると、エリヤは彼らをキション川に連れて下り、そこで彼らを殺した。

【説教】きょう「祈りに応える神」と題し、第一烈王183040からお話しします。簡単にこの内容をお話します。

  ここでは主人公はエリヤですが、まことの神様に仕えている預言者です。そして悪役としてラハブ王が書かれています。ラハブ王は、本来まことの神に仕えるべき使命を持っているイスラエル民族であるにも関わらず、その地に昔からあった偶像に心を寄せてしまいました。ここでいうカナンは、乳と蜜の流れる神の祝福の地であるカナンの前のカナンのことで、そこには土着の偶像バアルやアシュタロテ(バアルの妻)があった。これは雨や霧、露などを支配する神とされる農耕民族特有の偶像神です。カナンの人々は農耕民族でした。本来、イスラエルは農耕民族ではありません。モーセやヨシュアに率いられた遊牧の民でした。それが生活の拠点を定め、農耕民族となったのです。そこにあった先進的な農業技術を取り入れながら、次第には、そこにあった偶像神バアルにまで影響されてしまった。このバアル信仰は、イエスラエルの人々を破滅へと追いやりました。

神はこの地に飢饉を降しました。えを与えられた。18章を見ますと、神の裁きで雨が降らず、干ばつとなった。すると王は、この国に災いをもたらしたのは、真の神を信じると言って人々を惑わしているエリヤだとして、彼を見つけ次第殺すように命令を出します。

 しかし、ここにまことの神主を非常に恐れているオバデヤがいましたが、オバデヤはアハブ王に仕えていました。183節の「アハブは王宮をつかさどるオバデヤを呼び寄せた。オバデヤは非常に主を恐れていた」とあるところで、それがわかります。異教の中にまんまと仕えていたかに見えるオバデヤでしたが、4節ではオバデヤが重要な役目を負っている。4 イゼベルが主の預言者たちを殺したとき、オバデヤは百人の預言者を救い出し、五十人ずつほら穴の中にかくまい、パンと水で彼らを養ったとある通りです。

 イゼベルはアハブの妻です。オバデヤは、アハブの政治の中に深く関わっていた。そしてそこで神様を信じていた。そして、それが一つの祝福につながったところが一つのポイントです。

きょうの第一のポイント、オバデヤという人の評価はよく分かれます。どうして異教の中で自分の信仰を明確にしなかったのか。オバデヤはもっと自分の信仰をはっきり通すべきだと言う人たちもいるでしょう。しかし、この場面を見ながら、みなさんお一人お一人が、良い意味においてオバデヤだと思うのです。私たち信仰者を取り囲む生活、社会環境は、ほとんどはバアルのような異教に仕える人たちが殆どです。神社、仏閣の行事ももう当たり前のように受け入れられている地域に、まことの神様を恐れている人がそこに一人いる、アハブ政権の中に、オバデヤが一人そこにいるということが、どんなにそこに祝福となるかということ、地域の中にまことの神様がいらっしゃる、そのときに、私たちの存在はまさにオバデヤの果たしたような役割を持つものではないでしょうか。その例をカルメル山での戦いで見てみましょう。

この第一列王183040は、カルメル山で、どちらがまことの神様であるか決着をつけようという戦い、バアルに仕える預言者たちと、まことの神に仕えるエリヤの対決の場面です。バアルの祭壇とエリヤの祭壇をそれぞれに築き、神の名を呼んだ時、火をもって捧げものを焼き尽くし受け入れる神を神とすると取りきめます。そして結果は、バアルのたくさんの預言者たちが半狂乱になって自分の身を傷つけながら叫んだがバアルは応えず、方や、水でびしょぬれにしたエリヤの捧げものを主は火で焼きつくし受け入れてくださいました。この結果は、もう皆さんご存じです。

ここで30「エリヤが民全体に、『私のそばに近寄りなさい』と言ったので、民はみな彼に近寄った。」、ここに目を留めましょう。右か左か、どっちつかずでいた民に呼びかけると、民は皆エリヤの神の方に近寄った。続いて「それから、彼はこわれていた主の祭壇を建て直した。」とある。ここに当時のイスラエルの人たちの宗教的な実情が表われています。つまり、かつては壇があった。かつてはまことの神を礼拝していたのです。しかし、いまやその祭壇は壊れている。そうです。私たちは油断すると、すぐに神様を礼拝する祭壇が壊れてしまう。7日のうち1日教会で礼拝するのはすばらしいことです。しかし私たちの、日々の生活の中での祭壇はどうでしょうか。

羽鳥明先生に聞いたあるアフリカの宣教師のことですが、彼はいつも祈りのために出かけたそうですが、歩いた道にはいつの間にか草が生えなくなった。そこに祈りの道ができていた。もし1日2日行かなければ、草が生えて道が消えてしまうでしょう。私たちの日々の生活の中で、神様の礼拝の壇にクモの巣が張ってはいないでしょうか。教会から帰ってから1週間のあいだ聖書を一度も開かずに、翌日曜日に埃を払ってまた教会に持って出かけるようではいけません。信仰生活が長い方も新しい方も、いつでも基本に立ち返り、きちっと祭壇を立て直しましょう。自分の癖のついたやり方を通すのではなく、ほんとうに大切な基本があると思います。

火をもって応える神を心に留めましょう。神様は先ず、モーセの十戒を授けるときに、火をもって応えてくださいました。申命記の9:15にあります。

15 私は向き直って山から降りた。山は火で燃えていた。二枚の契約の板は、私の両手にあった」

もう一つ、使徒の働き2:3には、「炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった」とあります。これは聖霊の火のことです。まさに神様は、火を持って応えて下さるお方です。それは焼きつくす潔(きよ)めの火であります。エドガー・ジョンソン先生作詞作曲の讃美歌『聖霊が働かれて』があります。これは、先生が燃えるような救霊の想いをもって日本に来たはずだったが、それがいつの間にか消えてしまっていた。祈る自由が無くなってしまっていた、そんなときに「主よ悔い改めます」との祈りを捧げたときの経験を歌ったものです。どうか私たちに、天からの火が降りますように、そしてまた第二ペテロ3:12にはこうあります。

12 そのようにして、神の日の来るのを待ち望み、その日の来るのを早めなければなりません。その日が来れば、そのために、天は燃えてくずれ、天の万象は焼け溶けてしまいます。

その日が来れば神様は、火をもってこの世を裁かれる。まさに神様は火をもって応えるお方でございます。これを心に留めて、真の神様を神様とするきょうのメッセージに応じていただきたいと願うことでございます。

※先週の復習は割愛しております。CDレコーダーから起す際に、編集させていただいております。文責:中ぶんな

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高くつく法外な夢

  きのうのブログには、陸前高田市に行ったことを書いたが、ホッとしたこともあった。加工団地ができていたこと。マイクロバスの車中からのことで、写真には収めかねたが、湾に漁船を何艘か見かけたこと。そして、養殖施設の別を知らずして見たのだが、恐らくはワカメの養殖だろう、漁業の営みを伝える施設が眩しい海面に広がっていたこと。カキの養殖施設もあるはずだが、養殖のイカダらしきものを視力に捕えることはできなかった。それともう一つ、瓦礫が撤去されたあとの路上に、まるで忽然と現れたかに中学生かと思われるジャージー姿の一群を目にしたこと。下校途中であったかもしれない。30人は歩いていたかと思う。とにかく次の世代がいる、次を担ってくれる存在がある、短絡的ではあるが、しかし、彼らのすがたに希望のひと掴みを土産にもらった気がした。

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 きょうは、盛岡中央公民館で、もりおか童話の会の勉強会があった。そのあと全員8人で、同じ場所で開かれている、「第二回いわて自費出版フェア」に参加。
 出版体験講演をした野中康行氏は文芸誌天気図同人。菊池尋子氏はもりか童話の会代表、天気図同人である。細矢定雄氏の講演は、中央出版の良い点、気をつけるべき点を冷静な視点から説き、一般的に一生の間にそう度々あるわけではない自費出版の際の注意点を説かれ参考になるものだった。

 以下は、これらの講演を聞き、私が、ああそうかと気付いたことなのだが、
よく出版賞というコンクールを設けて全国から原稿を募集している出版社がある。3000~5000も集まるだろうか。1000としても、このうちの数人に賞を設定すればいいわけで、あとはそれでも夢を追おうとするクリエーターを地引網で手繰り寄せ、地方の1、5倍、或いは2倍の出版費をかけてもらう。かなり露骨な言い方になるが、これは出版社の経営戦略なのだ。身の丈を超えた法外な夢は何れ高くつく。高くついても実現すればいいだろうが、多くは実現不可能なのだ。もしや全国デビューと夢見ても、いかに厳しいかの数値はすでに出ているに違いない。縁も義理もない中央出版社に大きな利益を捧げて類まれなる夢を描くか、はたまた地方のクリエイターを大切にしてくれる地方出版社に出版を委ねるかは、各々の冷静な判断に懸かっているようだ。

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陸前高田へ

003  いちど陸前高田に行ってみたいと思っていたが、自分で運転して行くのもなかなか大変。ところが医療生協で被災地見学の募集があったので参加。
 復興のモデル住宅(写真は三つあるタイプのうちの1棟)を見学し、被災状況の説明を受けた。失われた街の広大な土地の何か所かには、宅地造成のために山を削った土砂が堆く積まれている。また津波が残した土砂から選別した土を更に種別に分け、畑地に戻すなどの作業が行われていた。見た目にはもっぱら200台のダンプを投入しての土砂の片づけ方。そして宅地造成だった。分譲のマニアルもできていた。賃貸も可、ローンを組んだ場合には利子の補てんがあるようだ。ケースに応じた補助金も準備されていた。
 地元の議員の方の詳しい説明もあったが、何れまだまだ先行き厳しい現実が窺われた。

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海の美しさ、碧い輝きはそのままに
 

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名月

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 樹木のシルエットを下に、マンションのいくつもの窓灯りを斜め下にし、うすぐもりの斑な雲を上に横にしながら、月が煌々と照っている。ウェブ上には、ほどよく民家や薄を配した写真が夥しくあるが、ここでは敢えて、感情を語らず、ただ黙して煌々と暗闇を照らす月の一枚を。

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 きょう一日で出会った方々は何人だったろう。
先ずは主人。そして早朝散歩で近くの絵を描いておられるT子さんとばったり、合流しそのまま朝市にお供する。朝市のおばさんたち。けさチョウのために来られた婦人。生協の配達の方。昼ごろ、さんまのおすそ分けに来てくださった方。午後は茶道の方々5人。夕方には息子宛ての宅配を届けてくださった方。家の前の道を行く姿を見かけただけの近所の方々3人。
 一期一会というけれども、これだけの方々のお世話になっている。生かされているということは、お世話になっているということだろう。

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第2回いわて自費出版フェアー 2013/9/21(土)~23(月)盛岡市中央公民館

 自著『光炎に響く』(新風舎刊)を東京の出版社から自費出版したことを後悔というほどではないが、やはり地元、地元に帰ろうではないが、地元から出版した方が、きめ細かいアドバイスや配慮が受けられたなと後になって気付かされた者として、この企画はこれから自費出版する方々は是非聞いておくべきとご紹介します。

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第一部 宮澤賢治没後80年記念講演
     「『銀河鉄道の夜』の舞台は南昌山」
     講師 松本 隆氏
     9月21日(土)14時から15時半
     盛岡市中央公民館講堂
第二部自費出版体験発表会
     9月21日(土)15時40分から16時半
     盛岡市中央公民館講堂
     『リッチモンドの風』の著者野中康行氏
     『浮遊する記憶』の著者菊池尋子氏
     「出版する前に知っておきたい10のポイント」
                         細矢定雄氏
展示の部
     9月21日(土)10時~23日(月)15時まで

※チラシは部分コピーです。

     

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18号そんなこんなの足跡爪痕

 

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台風が来る前の富士見橋からの眺め。
そしてこのカモは、台風で水かさがました今朝の川面に、何事もなかったかのように浮かんでおりました。

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きょうのことば 「リバイバルの祈り 2」

「きょうのことば」は毎週日曜日に掲載しておりますが、台風接近のため、自治会関係の仕事を優先しましたので今日となりました。インマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の國光牧師による20013年9月8日の説教です。

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【聖書引証】詩篇126篇
1 がシオンの繁栄を元どおりにされたとき、私たちは夢を見ている者のようであった。
2 そのとき、私たちの口は笑いで満たされ、私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。そのとき、国々の間で、人々は言った。「は彼らのために大いなることをなされた。」
3 は私たちのために大いなることをなされ、私たちは喜んだ。
4 よ。ネゲブの流れのように、私たちの繁栄を元どおりにしてください。
5 涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。
6 種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る。

【説教】

世の中は2020年の日本オリンピック開催決定に湧きたっております。ここで1964年の東京オリンピックを思い巡らされるでしょう。私は高校生でした。授業中でしたが、先生がマラソンを見せてくれました。円谷選手、銅メダルでした。こんどは2020年、自分が何歳になっているかを思います。首都高速ができたのもあのときですし、日本全体がオリンピックの工事などで湧きたっていたという憶えがあります。今回の決定は、震災の復興を願っている私どもにとりまして、プラスに働きますように、特に、今、国際的に汚染水の問題がさまざまに取りざたされ、世界大の会議の中でクリアされるというメッセージが打ち出されたのですが、これがほんとうにプラスに働き、また、実際に福島で苦しんでおられる方々にとっても、この問題への取り組みが真実になされますように心から願いながら、この決定は神様が赦してくださったことと覚えてゆきたいと思っております。

 さて、先週は、リバイバルとは信仰復興であり、詩篇126篇から、リバイバルの主体は主御自身であること、そして申命記7:7などから、リバイバルに用いられる器は、むしろ人の眼から見れば、最も小さな価値のない弱い者たちであり、神はこのような器を通して大いなる働きをなさることを学びました。

 普段は涸れているように見える川、かつてはそこに水が流れていたところを、主が一たび憐れみ顧みてくださるとき、そこには水が溢れ大河としてくださる。ネゲブの川、南の川の流れのようにしてくださいます。

「主よネゲブの流れのように、私たちの繁栄をもとどおりにしてください」

この祈りを、10月に迎える秋の特別集会のために、御前に祈らせていただきたい。かつて共に主の礼拝に集った人たち、今は涸れているとしても、しかし主が顧みてくださるとき、主が私たちのために大いなることを為された喜びをいただく、そのような営みをさせていただきたく心から願うことでございます。

リバイバルのための祈りを思い巡らしておりましたとき、ジョージ・ミューラーの伝記が心に留まりました。日本にも来ており、新島襄にも影響を与えています。彼は、信仰と祈りによって孤児院を運営していました。その彼が、祈りのあり方を、5つのポイントで語っています。これは彼の生涯の祈りのまとめです。

1、 大祭司なるお方に依り頼む。

私たちのために祈り、とりなしをしてくださる主イエス様に、全面的に依り頼むこと。

ヨハネ14131413 またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。14 あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。」

ヨハネ1516「それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです」

ジョージ・ミューラーはイエス様のお名前によって祈った、イエス様のお名前をふんだんに用いた人物した。

2、 知れる罪から離れる。

私たちは、無意識のうちに、或いは、分かっていても罪を犯してしまう弱さを持っています。ここでいう罪とは、明らかに神様の御心を悲しませると判っていながら、自分がそうしたいからと神様のお喜びにならない道を敢えて選ぶことです。往々にして、それが神様の御心に反すると知らずに選ぶこともあり得る。後になってまずいと気づく。気が付いたら悔い改めることです。そうではなく、最初からそれをしてはいけない、むしろこちらをするべきだとわかっていながら、尚それを選び続け、そして尚神様にお祈りを続けるということは、これは祈りをさ捧げるのに決してふさわしいものではない。もし気付いたなら、罪から離れて、或いは罪を示されたなら言い訳をせずに悔い改めて、罪から離れなさい。

本には「私たちの心によこしまなものが残っているなら、主は私たちに耳を傾けてはくださらない。もしきかれるとすれば、私たちの罪を容認してしまうことになるからです」とありました。まさしくそうです。詩篇6618には「もしも私の心にいだく不義があるなら、主は聞き入れてくださらない」とあります。

3、 約束の御ことばを信じる。

約束なさった神を信じないということは、取りも直さず神を偽りとし、神を偽証人としてしまうものである。

神様が「なさる」と仰ることを額面通りに信じなさい。神の御言を信じることです。

ヘブル116「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。」

ヘブル6:1314「神は、アブラハムに約束されるとき、ご自分よりすぐれたものをさして誓うことがありえないため、ご自分をさして誓い、こう言われました。『わたしは必ずあなたを祝福し、あなたを大いにふやす』」

神は偽りを仰ることのないお方。ですから、御言を捉えて祈るなら、御言を語って下さったお方は必ずこれを為し得たもう。これを心に留めたく思います。

4、 神の御心と一致した祈り

私たちの動機は敬虔なものでなければならない。私たち自身の欲望を遂げる目的で神に求めてはいけない。神の御心と一致した祈り。これは深く心の中に吟味しなければなりません。たとえば、10月の特集のためにお祈る動機が、良いものを求める動機さえ不純であることがあり得る。人からの評価を気にするなど、動機が不純であることがあり得るのです。警戒すべきことです。ほんとうに滅びゆく魂のために、血潮が注がれた人たちのリバイブのために、心を尽くして祈るその祈りが、神の御心と一致した祈りならば、神は必ずこれに答えてくださるのではないでしょうか。

一ヨハネ5:14 「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。15 私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。」

ヤコブ4:3「願っても受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからです」

人からよく言ってもらたいから、よくやったねと褒められたいから、いいえ、そうではなく、ほんとうに神様の御心に適う動機をもってこれに向かわせていただきたい。

5、 必要な忍耐強い祈りであること。

不正な裁判官とやもめのたとえ話は皆さま方よくご存じでしょう。自分の願いを何とか聞いてもらいたいやもめ女が裁判官にやってくる。こんなやもめ女の訴えなどに、耳をかしたくない裁判官は、面倒くさいから放っておいた。放っておくとまたしてもまたしてもやってくる。裁判官はついに、私は不正なものだけれども、こんなにうるさくて敵わないからこたえてやることにしたのでした。いつでも祈るべきであり、失望してはならないのです。

詩篇12656節「5 涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。
6 種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る」

 この福音の種まきをさせていただきたい。その労苦が決して虚しくない、そのことを証しさせていただきたいと心から願うことであります。

 

※先週の復習、補足、讃美歌集「ひむな」122123番、ジョージ・ミューラー先生の詳しい紹介などがありましたが、祈りの5つのポイントのみを中心に書かせていただきました。文責:中ぶんな

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説教の掲載は明日

多忙のため、説教の掲載は明日にさせていただきます。

.youtubeで「いつくしみふかき」♪をお聴きください。

いつくしみふかき ともなるイエスは
つみ とが うれいを とりさりたもう
こころのなげきを つつまず のべて
などかは おろさぬ おえる おもにを

いつくしみふかき ともなるイエスは
われらのよわきを しりて あわれむ
なやみ かなしみに しずめるときも
いのりに こたえて なぐさめたまわん

いつくしみふかき ともなるイエスは
かわらぬ あいもて みちびきたもう
よの とも われらを すてさるときも
いのりに こたえて いたわりたまわん

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朝明けを照らす

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朝5時半から6時ごろに点いていた灯り。どこか眠たげ。

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眼の休養

 午前頭痛。血圧正常、熱もなし。ちょっと眼を点検。炎症かな?
午後は眼科。眼圧正常。帰宅して目薬一滴。
 冷凍庫のブルーベリー、大粒のブルーベリー、7粒ばかり食べておこうか。

  

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~シンフォニエッタ盛岡 with fレンズ~秋のアンサンブルコンサート 2013/10/12(土)13:30~盛岡市民文化会館・小ホール

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ヴァイオリニストi池田盛雄氏のこと

 村井正一氏の関連で、そちこちを見ているが、太田カルテットについて、どうしてもどこかに書き残したいとの思いから、岩手日報の「ばん茶せん茶」に寄稿していたのが池田盛雄氏である。

以下は昭和49年の村井氏との対談記事からの抜書き

 「役人った父親が大正元年に辞めて、盛岡市の肴町に大正堂薬局を開業。氏はこのとき7歳だった。長兄武紀は薩摩琵琶、次兄勇左はバイオリン、三兄隆三はマンドリン、盛岡生まれの盛雄は何をやるか未定のまま盛岡中学校(現盛岡一高)に入った。勇佐は若死にしたが、勇佐の無二の楽友はヴァイオリニストであり柔道7段の赤沢長五郎だった。

 盛岡中学校には、当時英語教師の上原寿造先生(退役陸軍少佐、元北白川宮御付武官)がいて、音楽部を創設し、合奏、合唱の指導をしていた。校内演奏会も盛大に開催した。上原先生はバイオリン、ビオラ、ピアノ、トロンボーンをこなした。自宅にはピアノがあった。音楽部員の影響から、ヴァイオリンを習う」

 日本初の交響楽団である、山田耕筰率いる日本交響楽協会には岩手県人がいたが、榊庄ニ(第二ヴァイオリン、盛岡市出身)、池田盛雄(盛岡市出身、第二ヴァイオリン)、千葉(一関)の3人だったという。

 

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今朝の風景

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                     暁

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         解体された家

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        新築される家

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住民の反対のうちに地上15階建て、74戸入りマンション着工

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歩く

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 朝5時。カーテンから外を覗く。光がまだ醒めきらぬようだ。気温も低い。歩くかどうか迷ったが、すこしやすんで立ちあがり、玄関を開けて外に1歩踏み出す。前方にいつもはくっきりと見えているはずの神社が靄がかっている。1歩、また1歩。何度か迷い込んだ袋小路を引き返しながら、道端に伸びている樹木や花をカメラに収めては、また1歩。

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きょうのことば 「リバイバルの祈り」

日曜日は、インマヌル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の説教をおつたえしています。きょうは201391日の説教です。何らかの参考になればと願っております。

025_2 【聖書引証】詩篇126

1 がシオンの繁栄を元どおりにされたとき、私たちは夢を見ている者のようであった-
2 そのとき、私たちの口は笑いで満たされ、私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。そのとき、国々の間で、人々は言った。「は彼らのために大いなることをなされた。」
3 は私たちのために大いなることをなされ、私たちは喜んだ。
4 よ。ネゲブの流れのように、私たちの繁栄を元どおりにしてください。
5 涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。
6 種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る。

【説教】

 きょうは詩篇126篇に目を向けましょう。

よく、revial という言葉を聞きます。パソコンで、キリスト教関係と特定せず、一般的な事典からrevialを調べてみました。すると、

 1、 一度すたれたものが見直され、再びもてはやされること。再評価。例として60年代のヒット曲がリバイバルする、或いは、リバイバル映画、リバイバルブームというような使われ方をする。

 

2、 キリスト教で、信仰の原点に立ち返ろうとする運動。18世紀、英国のジョン・ウェスレーによるメソジスト運動。187090年代のD・ムーディーによる全米的大衆伝道などの例がある。信仰復興。

このようにありました。

詩篇126篇は、まさにリバイバルの詩なのです。12節を読みますと、リバイバルを目の当たりにした者たちは、リバイバルは主がなさること、リバイバルの主体が主であることを知っている。ですから4節でも「ネゲブの流れのように、私たちの繁栄を元どおりにしてください」と主に願っている。「原点に帰らせてください」とも言っています。

私たちも10月を控えて、先ず原点に戻るようにと、主、しきりにお声を掛けてくださっているように思います。

さて、リバイバルに用いられる器はどんな人のことでしょう。申命記77には、

「主があなたがたを恋い慕って、あなたがたを選ばれたのは、あなたがたがどの民よりも数が多かったからではない。事実、あなたがたは、すべての国々の民のうちで最も数が少なかった」とある。詩篇126:4にある「ネゲブの流れのように」は、文語訳で「南の川のごとくに」とも訳されています。ネゲブはイスラエルの南の方にあり、乾燥地帯ですからほとんど水が流れていない。ところが一たび雨季になると、急に大きな流れとなります。こんなところに川があるのかと見えていたところが大河となる。

神様は先ず、このような小さなものに目を留められます。

第一サムエル921に書かれていますが、イスラエルの第一代目の王に選ばれたサウルは、サムエルの呼び出しにこう答えています。

1 サウルは答えて言った。「私はイスラエルの部族のうちの最も小さいベニヤミン人ではありませんか。私の家族は、ベニヤミンの部族のどの家族よりも、つまらないものではありませんか。どうしてあなたはこのようなことを私に言われるのですか。」

 ここでもわかりますが、人には、「最も小さい、つまらない」と思われているものがサムエルに呼び出されています。またダビデのときもそうでした。誰もがよもや呼び出されるとは思わなかった兄弟でいちばん年下の羊飼いの少年ダビデがサムエルによって王となる油を注がれました。神様はいつでも小さい者に目を留められます。第一コリント127には

27 しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。

 またイエス様もルカ12章でいわれました。

32 小さな群れよ。恐れることはない。あなたがたの父は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。

 「小さな群れよ」とイエス様は語りかけていてくださいます。

私は、リバイバルに用いられる器を考える時、このようなことがカギになると思います。私たちは時として卑屈になることがある。しかし神様は、「恐れることはない」といわれる。小さいものだからといって卑屈になることはない。わざをなさるのはあなたじゃない、私たちじゃない、神様ご自身なのです。私たちが自分の力で何かをするというなら、或いは、誇るところがあるのかもしれない。しかし、主体が神様であるとわかれば、小さいことで卑屈になることはない。

 モーセに率いられてエジプトを脱出したイスラエルが、約束の地カナンに帰ろうとしたとき、偵察のためにスパイを放ちました。大方のスパイの報告は、あそこはたしかに乳と蜜がながれるすばらしい地であるが、怖ろしい巨人が住んでおり、とても我々では敵わないというものでした。巨人の敵の前には、我々はイナゴ同然だと卑屈になってしまっている。実は、私自身も心の中に、深く示されるところがあります。リバイバルが起こるのは、立派な先生が牧会している日本でも大きな教会なのではないか、小さなものがリバイバルを求めて旗を振るのは分不相応ではないのかという思いがある。

 しかし、リバイバルとは何なのか。どうしてイスラエルの民は選ばれて神の栄光を表わす民族になったのか。

 先ほどの申命記に、「神様はあなた方を恋慕って」と書いてある。恋慕って選ばれたのは、何も私たちに特別にひいでたものがあったからではない、いかにも神様の大きなわざをしそうな力、能力をもっていたからではない。むしろ神様は、世の中においても最も小さい者を、ご自身の栄光のために選ばれている。だから小さいことに卑屈になってはいけない。卑屈になることは、神様に対して非常に申し訳ないことです。小さい者であることを認め、小さいからこそ、ダビデのごとく、サウルのごとく、このような小さな者ですと神様の前に出る、その者を神様は、“そうだ、それを用いてわたしの栄光を表わすんだ”と用いてくださる。ありのままの姿で御前に出てゆくことを、主は願っておられるのではないでしょうか。

ネゲブの川は今は流れてはいない。しかしかつては流れていた跡がある。そこに主よ、南の川のごとくに、あなたが、わざをなしてください。覚醒が、リバイバルが起こるときに、その水は再び脈々と流れます。かつて励んでおられた方々が、もういちどリバイブされる10月であってもらいたい。また、詩篇にもあるように、種をまき喜び叫びながら返ってくるリバイバルの働きを、大いなる働きを期待してはいけないでしょうか。傲慢でしょうか。神様の御栄光を期待するときに、強い者に卑屈になるような誘惑から守られて、いよいよサウルのごとく、ダビデのごとくにありたい。第一コリントにありますように、「知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び」を思い起こしてください。いつも神様が栄光を表わすものは小さい者からです。少年の小さなお弁当から、神様の大きな栄光が表わされました。主の前に、どうぞ用いてくださいと出て行きたく願う事でございます。

第一コリント1558をもって締めくくりましょう。

58 ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことをしっているのですから。

 ※先週の復習、補足は割愛し、若干編集させていただいております。文責:中ぶんな

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はやススキ

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 夜明けまでも虫の音が聞こえる。
 きょうは20度。
 いまも雨の音がしている。
 きょうの一日に感謝!!

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今朝のフォト

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朝明けの空。空を映すビルの窓。

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 きのう、飼育していた幼虫が1匹忽然と消えました。葉っぱの先が壁に当たっていましたので、もしや蛹になるためにこのルートで壁に移動しているかもと、けっこう時間をかけてそちこち捜したのですが見つかりません。たまたま廊下にスズメバチが迷い込んでいました。スズメバチは終令幼虫を捕るので、てっきりこのスズメバチの餌食になったものと思っていました。しかし、どこにも残骸が残っておらず、不審でしたが、今日になって、夫が、玄関の天井で蛹になろうとしているのを発見。すぐに椅子に乗り、ズームで写真を撮りました。何れ生きていてくれたことにほっとしました。
 その後すぐに、蝶々夫人、この方は蝶にも心があるといって、毎年幼虫に話しかけながら飼育し、羽化させては自然に帰している方なのですが、サンショウの葉っぱを求めていらっしゃいました。というのも、今年は幼虫が多いので葉っぱが足りないのだとか。実は、我が家のサンショウというサンショウにも、例年になく多く卵が産みつけられていることに、今朝になって気付きました。引き取ってきた幼虫に食べさせようと枝を折ってくると、それにまた4匹ほどの幼虫が棲んでいる。これ以上増えてもサンショウを与え続けることは大変であり、飼育している幼虫の方を木に棲み変えさせることにしました。

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 とはいうものの、この蛹だけは、確実に蝶になった姿を見せてくれるはず。カブトムシなどは、幼虫のときからカブトムシの形をしていますが、この蝶の成長過程、脱皮の段階は凡そ常識の範囲外と私には思われます。この形の変化、いつかも書きましたが、これが小さな生物だから当たり前のことで誰も気に留めませんが、もしこれがもう少し大型であったなら、これはもう度肝を抜くほどの変わり様、ほんとうに不思議な変化なのです。

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アゲハの幼虫

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 去年、時子さんのところから貰い受けた幼虫はカラスアゲハでしたが、今年はどうもナミアゲハのようです。若令幼虫のときには、白と黒のまだらの光沢のないごつごつした感じでしたし、腹脚の上に白線があります。いまサンショウの葉っぱを水盤に立てて飼育しています。もう一匹いたのですが、忽然とすがたを消しました。玄関の中に置いたところ、いなくなったときにスズメバチが1匹迷い込んで凄い翅音をたてていました。襲われた可能性があります。
 庭の虫もずいぶんと減っています。例年まで、必ず一度はセスジスズメの真っ黒な幼虫がさっさかと移動していく姿が見られたものですが、今年はまったく見かけませんでした。

 何れ無事だったこの1頭が順調に育っています。

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明けてゆく街

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5時起床。1時間の散歩。
雨上がりの道に映る青空、眩い朝日。
盛岡地方気象台から望む家並。

天気予報は有難い。
しかし、毎日のように豪雨と竜巻による人と物の破壊、破壊、破壊…至るところズタズタだ。

そのような渦中に、今このときに、こうして平安であることに感謝の思いが湧いてくる。
たいして人の役にも社会の役にも立っていないことに若干の後ろめたさも覚える。

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眼の休養

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 これもいつかの動物公園での一コマ。

 今朝は朝五時半起き。山の斜面に広がる住宅地の坂道を登る。数年前この坂を登るのは動悸がしてとても大変だった。ところがきょうは、ほとんど平坦な道を歩くのと同じテンポで登っていくことができた。「継続は力」は夫のセリフだ。実際に朝の散歩を雨の日と日曜日を除いてだが四日実行しただけで、歩くことが苦にならなくなった。だんだん寒くなってくる。いつまで続けられるかはわからないが空模様を見ながらもうすこし続けてみよう。

 

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雑感

 きょうはブログ更新を休もうかなと思ったが、PCの前に座ってみると、とにかく文字を羅列しようという気になる。してみると、すこし疲れたように思ってはいたが、まだ余力が残っていたのだろう。
 昨日は、朝8時~、近くの公園で刈られた草の後始末。それから教会の礼拝に出席。帰宅して、自治会の広報物の配布。それから説教の起し。これが23時までかかった。今日は6時起床、「継続は力」と、曇天のもと1時間の散歩。24時間営業のスーパーですこし買い物をし、八幡町にある「やおや」の開店のようすを見学。7時になると婦警さんが2人立つ交差点を挨拶をしながら通過。後は雨う降りの一日を終日家で過ごす。それにしてもよく降る雨、雨、雨。夜7時のニュースで竜巻が埼玉、千葉の県境を襲ったことを知り、息子たちにメール。無事の着信。きょうの検索は、主に山田線戦前に使われていた列車の車種、そして事故歴など。それと舟越保武、ウィキペディアや同窓会名簿には船越と出ているのだが、それやこれやを。さっきまでは、ゴスペルシンガーがどれぐらいいるだろうかと。そしてはたと思った。知識的な事はもう誰にでも手に入る時代だなと。知識を必要とする人は、自分でこころゆくまで検索し回答を得ることができる。さて、知識で得られないことは何だろう。それこそが書く値打ちのあるものなのかもしれない。

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きょうのことば 「賜物を用いて」

日曜は、インマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の説教をお伝えしています。きょうは、2013 825日の説教です。何らかの参考になればと願っております。

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【聖書引証】第一ペテロ4711

7 万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。
8
何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。
9
つぶやかないで、互いに親切にもてなし合いなさい。
10
それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。
11
語る人があれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕する人があれば、神が豊かに備えてくださる力によって、それにふさわしく奉仕しなさい。それは、すべて のことにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられるためです。栄光と支配が世々限りなくキリストにありますように。アーメン。

【説教】

 10月には特別な集会を計画しておりますが、9月はその心備えのときとしたく願っております。第一ペテロ47の「万物の終わりが近づきました」という御言(みことば)が与えられました。

イエス様の時代のお弟子さんたちは、イエス様の再臨は直ぐにあると切なる思いで待ち続けていました。万物の終わりが近づいている、それは、終末における彼らの生き方に関わることです。イエス様が召された紀元33年、或いは、35年ともいわれるあの頃、ペテロやパウロたちは、自分たちの世代に主の再臨があると思っていた。オリーブ山から雲に乗って帰られたお方は、必ずまた来られると燃える思いをもって待っていました。しかし、今現在、この時代に至るもまだ来てはいない。彼らの信仰は的外れだったという批判さえ出かねないでしょう。しかし、それは当たってはいません。いつ来るかわからない。だからこそ、いまこの瞬間にも再臨はあり得る。このように見るべきではないでしょうか。「万物の終わりが今近付いている。ですから祈りのために心を整えなさい」、これは神との関係における在り方です。

それから、8節を見ると「互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです」また9節「つぶやかないで、互いに親切にもてなし合いなさい」とある。終わりが近づいている今、ペテロは、神様との関係をしっかりと正すように、そして、人との関係も正すようにと言っている。

そして、7節に「祈りのために、心を整え身を慎みなさい」。祈りの時、私たちは、心と体が健全であることが大切です。小さな花粉症でも、どこかおかしいなと体に不具合を覚えます。この時期は夏の疲れもあるでしょうし、疲労もたまっている、さまざまな健康の課題のなかにいらっしゃる方々もおられる。こんなとき、祈りのために心身を整えたいものです。それには何をしたらいいのか。心を整える。そして、身を慎む。10月に國光幾代子先生がいらっしゃいますが、こういったところについても是非伺ってみたいものです。そして人との関係において互いに愛し合い、つぶやかないということです。つぶやきとは不平、不満のこと。つぶやきは、悪しき感染力を持っています。ペテロの時代の人たちも、これを自分のこととして捉えている。神様にはいくらつぶやいてもいい、神様どうしてですかと大いにつぶやいてください。しかし他人にはつぶやかない。そして、たがいに親切にもてなしあう。ペテロは先ずこのことを諭しています。

その次には10節、「それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい」。ここで、ケネディの言葉を思い出します。「国が何をしてくれるかではなく、国のために何ができるかを考えなさい」 と彼は言った。教会の10月の特集が、毎年恒例の特別集会というだけのことではなく、このために自分に何ができるかを考えていただきたい。また次のような相応しい名言もあります。

「我は汝のためにかくなせり、汝はわがために何をなせしや」

 これは、
ウェスレーに大きな感化を与えたモラヴィアンの創設者ツィンツェンドルフが感銘を受けた絵画、十字架につけられたキリストの絵の画題に書かれていた言葉です。このキリストの教会、キリストの体を構成している一人として、この私に何ができるのでしょうか。

また賜物とはいったい何なか。賜物を発見し活用しましょう。「カリスマ」という言葉がこの賜物に現れています。私たちに与えられている霊的な賜物があります。411「語る人があれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕する人があれば、神が豊かに備えてくださる力によって、それにふさわしく奉仕しなさい」。神様は、一人一人に神様にお仕えするための、他の人、ではなく、私が神様のためにできる何が、神様はその賜物を与えいてくださる。それを発見していただきたい。そしてそれを活用していただきたい。

マタイ25:15~をお読みいたします。

15 彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりにはニタラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。

16 五タラント預かった者は、すぐに行って、それで商売をして、さらに五タラントもうけた。
17
同様に、ニタラント預かった者も、さらに二タラントもうけた。
18
ところが、一タラント預かった者は、出て行くと、地を掘って、その主人の金を隠した。
19
さて、よほどたってから、しもべたちの主人が帰って来て、彼らと清算した。

20
すると、五タラント預かった者が来て、もう五タラント差し出して言った。『ご主人さま。私に五タラント預けてくださいましたが、ご覧ください。私はさらに五タラントもうけました。』
21
その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』
22
二タラントの者も来て言った。『ご主人さま。私は二タラント預かりましたが、ご覧ください。さらに二タラントもうけました。』
23
その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』
24
ところが、一タラント預かっていた者も来て、言った。『ご主人さま。あなたは、蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めるひどい方だとわかっていました。
25
私はこわくなり、出て行って、あなたの一タラントを地の中に隠しておきました。さあどうぞ、これがあなたのものです。』
26
ところが、主人は彼に答えて言った。『悪いなまけ者のしもべだ。私が蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めることを知っていたというのか。
27
だったら、おまえはその私の金を、銀行に預けておくべきだった。そうすれば私は帰って来たときに、利息がついて返してもらえたのだ。
28
だから、そのタラントを彼から取り上げて、それを十タラント持っている者にやりなさい。』
29
だれでも持っている者は、与えられて豊かになり、持たない者は持っているものまでも取り上げられるのです。
30
役に立たぬしもべは、外の暗やみに追い出しなさい。そこで泣いて歯ぎしりするのです。 

ここでは、1タラントのしもべに非常に厳しい評価、判定がなされていることに気がつかれるでしょう。1タラント、今の貨幣価値でいうと、だいたい6千万円です。高額です。私たち神様からみんなが6千万円貰っている。要は、それを尊く値積ることができるかどうかです。それに無頓着であるか、意味を認めなかった人はどうなったか。「外の暗闇に放り出してしまえ、そこで歯ぎしりするだろう」。神様はここまでおっしゃる。これは私たち対する警告です。神様からすばさらしい賜物が与えられているにも関わらず、それを尊いものだと自覚する真面目さ、真実さが欠けていた。それが希薄であるか、或いは、もう自分はそんなものは関係ないぐらいに思って活用しなかったその者は、しょうがないな、という程度ではなく、役に立たない者だと言って放り出されてしまう。神様の恵みにどういう反応をするか、つまり、イエスさまの十字架の贖いがほんとうにわかっているかどうかという生命的な部分が問われている。イエスさまの十字架の贖いという生命的な恵がわかったなら、そして、救われているなら、このイエス様のために何かしたい。神様のために何かをしたくなる。それなのに貰おうともせず、それに気付こうともしない。エソウではありませんが、折角素晴らしいものがあるのに、まったくそれに価値を認めようとしない、そこに大きな失敗があったのではないでしょうか。

第二ペテロ410に帰ります。

「それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい」。

よい管理者でありますように。そしてその賜物を用いて互いに仕えあうことができたならば、10月、大いなる神様のみわざを拝することができるように思います。

 

※文責:中ぶんな

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