夕焼け
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何を書こうかと迷う日のために、ちょっと出かけたときには、写真を撮りだめしている。
これも岩山動物公園内。さまざまな種類のアジサイがある。もうシーズンは過ぎたけれどもアップしておきます。動物園とはいえ、植物そして豊かな樹木がすばらしい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
近頃は、座っている時間が長い。このままではいけないと思い、この2日間、早朝に歩いている。たまに犬を散歩させている方々、同じ意識を持った方々とすれ違う。今朝は眼の不自由なご夫婦かと思うが、白い杖をもっているのだが、けっこうな速さで黙々と歩いてゆかれる。大丈夫かな、スピードが意外だった。路上でことばをかけたことはないが、思わず「おはようございます!」と挨拶すると、男の方が大きな声で「おはようございます!」、そして腕を組んだ女の方が、これもまた大きな声で「ありがとうございます!」と返してくださった。あのスピード。あの方々は白い杖を持っている。しかし心の眼は開いているな、そう思った一瞬の出会いだった。
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日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)のメッセージをお伝えしています。きょうは、2013年8月18日の國光勝美牧師の説教です。何らかの参考になればと願っております。
【聖書引証】詩篇23:1~6
1 主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。
2 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。
3 主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。
4 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。
5 私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。
6 まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。
【説教】
きょうは「より頼む杖」と題し、お話しいたします。きょうの午後にはY姉妹の納骨式がございます。その式次第に野田秀(しげる)先生のトラクトを入れさせていただきますが、野田先生は、この中で三つの杖を語っておられる。それは、慰めとしての杖、威厳を表わす杖、イエス・キリストという杖です。
そこで、ここでも、野田先生のトラクトを踏まえまして、人生において依り頼む杖をお話ししてみたいと思います。
1、 神の杖
2、羊飼いの杖
3、信仰の杖
4、御国に導く杖
このように4つの杖を挙げてみました。
1 番目は、神に使命を与えられたモーセの手に握られた神の杖。杖とは神様の言(ことば)です。人生の道にどうすべきかと迷う時、牧者なるお方が、詩篇にあるように、むちと杖をもって導いてくださいます。
ご存じと思いますが、ストラディバリウスはヴァイオリンの名器中の名器です。数億で取引されるほどのもの。尤も、財団などからの貸与で使っている演奏家が多いでしょう。17世紀の工匠の作。ヴァイオリニストの夢の楽器です。この楽器でさらに名演奏にと誰もが望んでいるでしょう。これも一つの依りすがる杖に違いありません。
しかし、私たちにはこれに勝るとも劣らない杖がある。歴史の中で幾多の人たちが、苦しい迫害を通る時にも、詩篇23篇「1 神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け」といった聖書にある多くの御言を杖とし、支えられ、難局を乗り越えてきている。
ジョン・ウェスレーが、「もう私は説教することができない、私は信仰がわからなくなった」、そんな苦しい中にあったとき、「義人は信仰によって生きる」という聖書の言で悩みを解決することができた。この御言という杖には、すでに歴代の多くの人たちにテストされ、そしてその人たちを導いたという実績がある。それが、いま私たちの手元にあるのです。モーセを、ウェスレーを斯くあらしめた神の言、それは、決して変わることがない。何も数億積まずとも、いま私たちのうちに与えられています。
國光幾代子先生が、「このおことば、どこにあったかしら。人にプレゼントしたいんだけれども、それが見つからない」と言ったことがあります。90過ぎという高齢で、視力も人の顔の輪郭がやっとわかる程度です。活字を読むことが困難な状況ですが、しかし、幾代子先生には、他人にお伝えしたい温言がいっぱいあるわけです。聖書の何章の何節かを訊かれたときには、私は、検索機能を使い見つけては拡大コピーしてファックスしています。試みにある方にできることは、御言をお届けすることです。私たちは聖書の言(ことば)、神の言、神の杖を持っている。これをもっと多くの方々にお届けしたいものです。
2番目は、羊飼いの杖です。これは武器としてオオカミや外敵から羊を守るための武器でもある。神の杖は、外敵、サタンを退かせます。イエスさまは、御言を以ってサタンと戦い勝利しました。またこの杖は、私たちを打ちたたくためにある。神の言によって自分が神様から打ちたたかれるのはすばらしい経験です。神様は、愛する者をこらしめたもう。自らの足りないところ、欠けているところ、直さねばならないところを、神様が温言を以って打ちたたいてくださる。これは、主の羊の特権です。神の言、神の杖は、私たちを外敵から守り、そして私たちを打ちたたく恵の杖です。
3番目の信仰の杖。山歩きの時、特に下山の時、杖があると労力が軽くなる。ある方に言わせると疲れが4倍軽くなるそうです。ちょっとした支えでもそう、まして神の言なら尚更です。人生のちょっと大変なときに、その支えがある。経験したことがある者にはよくわかります。ところが、折角与えられている神の杖を、いったいどれだけ握ることができるでしょうか。しっかりと握り、握りつづけていると、握力が増してきます。ですから、日々聖書を読んで、ほんのちょっとした言でもいいから、それを握る。これがきょうの神様の言として握る、これを毎日続けることです。大きな試練の時に大きな御言を与えられる、それもすばらしいことですが、そうではない日常の中で、きょうはこの御言をいただきます、きょうはこの御言をいただきますと握り続けていくとき、握力がついてくる。すると一大事があったときにも、積極的に神様の御言を掴みとって握りしめることができます。
神様のおことばを日々握りしめるには、デーリーライトでもいいでしょう。それを握りしめてお祈りをする。蔦田二雄先生は、自分の密室の最後に、きょうのスケジュールを確認して、締めくくりにデーリーライトを読み、その御言を握りしめて立ちあがるのがいつものパターンだったと聞いています。
4番目は、御国に導く杖です。人は、この地上の旅路を締めくくるとき、ただひとりで、つえ一本で御国にはいっていく、御国に入るときに携えていくただ一本杖とは、それはイエス・キリストという杖です。私たちのために死んでよみがえって今も生きておられ、ともにいてくださる、まさに、杖とは、一緒にあるからこそ杖なのです。野田先生のトラクトの最後の締めくくりにもあります。最後の杖一本、御国に旅立つのが生涯の最後だとすれば、その時に頼りとする杖をあなたはお持ちでしょうか。死んだ後に復活されたイエス・キリストを心に留めさせていただきましょう。
※先週の復習と、例話の一部を割愛しました。若干編集してございます。文責:中ぶんな
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この夏の甲子園では前橋育英が初出場で優勝。いつも校歌が気になる。そこには作詞家、作曲家の思い入れがある。前橋育英は作詞が草野心平、作曲は小山清茂。ネットで詞を読んで印象的だったのは、「利根の動脈」、鼓動が聞こえるような力強さ。「韻韻と白き雲湧き」、雲が連なるさまに格調の高さも感じられる。小山清茂は、管弦楽、吹奏楽、音楽劇、オペラ、歌曲、合唱曲までも作曲している。小山が作曲した校歌は5曲あるようだが、何れも草野心平の詞に曲を付けている。錚々たる方々による校歌だ。
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宮古市に住む友人から、観る期間を逃してしまったが、盛岡なら25日までやっているからと、映画のチケットが回ってきた。内心ジブリか,と思ったが、きょう実際に観てみるとなかなかおもしろい。素晴らしかった。
主人公は実在の人物堀越二郎。東京の大学で航空工学を学び、ドイツ留学を経て、数々の戦闘機、そして後にはゼロ戦を作った人物だ。戦闘機、そしてタバコに違和感も持った方々もあったようだが。
作品の中で、堀越はずいぶんと飛行機の夢を見る。夢に出てくる飛行機、これは想像上の飛行機なのだろうが、意外性と楽しさに感心してしまった。この夢が、本来の堀越の飛行機の未来図は戦闘機設計にあるのではなく、大空をかける夢の翼であったことを印象付ける。
この映画には何度も「美しい」ということばが出てくる。美しいを頻発すると、かえって美観が損なわれる場合があるが、この映画では、景色も飛行機もその美しさを損なわれずに凛と輝いている。
関東大震災、これは大正12年9月1日。鉄道や家屋が破壊されていく場面、火災で多くの犠牲者を出しているわけだが、距離をおいて広範囲に火が燃え盛る場面なども迫真だった。
登場人物としては、堀越の上司である黒川が、個性的なのだが、しかしそこかしこにいそうでもあるおもしろさ。この存在の効果は大きい。ありきたりになりがちな職場を活気づけている。
また軽井沢に滞在するドイツ人カストルプだったと思うが、宮崎は、「ナチはならず者の集まり」と言わせることで、ナチにきっかりと一線を引いている。
堀越との出会いの女性里美菜穂子は架空の人物。結核という病にあって、先行きを知りつつ結婚、はかなく純粋な愛を、これもまた美しく描いている。
タバコを擁護するわけではないが、菜穂子を傍にして仕事しながらタバコを吸う場面がある。これは、現実味を与えるために敢えて入れたのではないかと思う。タバコの良しあしは別として、当時はそれがあたりまえの時代だった。
映画館に足を運ぶなどここのところまったく忘れていたが、思いがけず、友人の計らいで観る機会を得た。平日の昼間だったこともあり、女性が多い。友だちと、或いは一人でも映画を楽しみに来ている。和服すがたの方々も見受けられた。
きょうもこのよき一日に感謝、感謝!
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早朝には姑の命日であることから墓参りに。晴れ渡った広い墓地に、墓参は私たちだけだった。遠くの山々が青のグラデーションで遠近を見せている。気温は20度。つい2、3日前までは、朝でも27度前後だった。ぐんと涼しくな っている。
午前は来客。午後は地域活動。近所の方々と行動を共にしながら、近頃の小学生のファッションの華やかさが話題となる。
きょうも足らざるところ多々あり。それでも尚、そちこちから赦されて、こうして一日を締めくくることができることに感謝!!
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鳴門に5-4で逆転勝ち。またしても、マウンドに流れる「暁の鐘」!!
今回、菊池雄星や大谷翔平のような選手がいなかった花巻東。しかし手堅く守り、終盤の反撃をすんでのところで食い止め、09年ぶりの4強入りを果たした。
どちらかが勝てば、どちらかが敗北の辛酸を舐めるといった図式は、高校野球には当てはめたくない。甲子園の土をさらい袋にいれる選手たち、校旗掲揚のもと校歌を歌う選手たち、このどちらにも胸が打たれる。スタンドの歓声とどよめきもまた、どちらにも等しく届いたはずだ。これもまた彼らの一生の思い出、一生の宝となるのではないか。
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日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の説教の要旨をおつたえしています。2013年8 月11 日の國光勝美牧師の説教です。日常さまざまなことを考えるうえでも、何らかの参考になればと願っております。
【聖書引証】第二テモテ4:1~8
1 神の御前で、また、生きている人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現れとその御国を思って、私はおごそかに命じます。
2 みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。
3 というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め
4 真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。
5 しかし、あなたは、どのような場合にも慎み、困難に耐え、伝道者として働き、自分の務めを十分に果たしなさい。
6 私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。
7 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
8 今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現れを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。
【説教】
きょうは「継承のバトンを受けて」と題し、語らせていただきます。
私たちには、必ずや、さまざまな人生を走り終えて、現在の私たちにバトンを渡してくれた存在があります。ここで、私たちが受けたバトンの持つ重みというものを確認することが必要ではないかと思っております。
今年の8月6日、広島の第68回平和記念式典では、広島の小学校6年生が「平和への誓い」を読み上げました。「さあ、一緒に平和をつくりましょう。大切なバトンをつなぐために」と。意義深いことです。さて、この小学校6年生の子どもたちは、引き継いだバトンの重みをどのように理解しているでしょうか。彼らの親も、恐らく戦争を実際には知らないでしょう。その親たちの話しや社会的な学びで伝えられての戦争です。
私自身どうだったか振り返ってみました。終戦は昭和20年。私はいま66歳です。あの年頃に、太平洋戦争をどのように意識していたか。
私の両親もやはり終戦後に旧満州から引き揚げてきております。私は、敗戦直後の昭和22年に生まれ、戦争の話しはもう幼いころから聞かせられました。記憶にあるのは小学校1年頃からです。ですから、私はたぶん、この小6の子たちよりも、戦争を直接経験した話しを生々しく聞いている。NHKラジオでは「尋ね人の時間」という番組があり、大人たちが必死に耳を傾けていました。誰々が誰々をさがしています、誰々さんが何々部隊で、どこそれに行き、などといった内容で、子どもにとっては長い退屈な番組だったのを覚えています。また、お祭りの時には、傷痍軍人の方々が、首から袋をさげて救済を求めている姿がそちこちに見られました。ですから私は、戦争を現代の子どもたちよりは知っているはずなのですが、しかし、どれだけ理解していたか。
私が、戦争を立体的に理解できたのはずいぶん後のことで、盛岡に赴任してからでした。ベストセラーになった藤原ていの「流れる星は生きている」、満州の実体験に基づいた著書ですが、この映画を見たとき、子どものころに親から聞いたのはこのことだったのだと得心したのです。さらに、山崎豊子の「大地の子」で、いよいよ納得したわけです。
私の両親は旧満州の新京の開拓団におりました。終戦の冬、新京の開拓団には食料がなく深刻な状況でした。しかし、両親のいる開拓団には食料が豊富だった。団長が新京の銀行にはまだ使える紙幣があることに気付き、団から血気盛んな3人の若者を募った、その中に私の父もいました。母が作った目だし帽をかぶり、銀行に押し入って札束を奪い、リュックに足で詰め込んで持ち去り、これで開拓団の食料を調達したのだそうです。「大地の子」で見ますと、新京の日本人街では餓死する人々が続出している。その中でひと冬の食べ物があったのはこういうことだったのかと理解したのでした。
そして、岩手に来てから新たに知ったのは、釜石の艦砲射撃でした。昭和20年7月14日にアメリカの戦艦が製鉄所を中心に砲撃し民間人423人死亡、そして、8月9日には、米・英の合同部隊が砲撃、民間人271人死亡しています。山側から順に海側へと銃撃され、平野の方に逃れようとした人々が、こんどは機銃攻撃されました。この8月には長崎、広島ばかりではなく、私たちの身近な釜石でも途轍もない悲劇があったことを、3・11とともに忘れてはならない。この記憶を次世代にしっかりと渡していかなければなりません。
これらを思いながら、第二テモテ4章をご覧ください。ここには信仰のバトンタッチが記されています。
1 神の御前で、また、生きている人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現れとその御国を思って、私はおごそかに命じます。
これから殉教しようとするパウロは、自分のバトンを愛弟子であるテモテに渡そうとしている。厳粛なバトンタッチの場面です。いいかテモテ、しっかりと、しっかりと、しっかりと、私は、あなたにこのバトンを渡すのだよ、いいね、こうパウロは言っているのです。そして、そのバトンが何かが2節にあります。
2みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。
今夏の東北聖会で、錦織先生は、第二テモテをメインに御言(みことば)を4回にわたって解き明かしてくださいました。これは私に向かって開かれた神さまからのメッセージだなと思いました。私は元来、人の前に立って話すなどということは苦手です。この点ではテモテと似ています。そのテモテに、パウロは、大胆に述べ伝えるよう勧めている。
第二テモテの1:6、7には次のようにあります。
6 それですから、私はあなたに注意したいのです。私の按手をもってあなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。7 神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。
パウロはテモテに大胆に福音を述べ伝えるように、そして、ときがよい、悪い、などといってはならないと言っています。
いま、これを、パウロからテモテへのバトンタッチとしてお話しましたが、このインマヌエル綜合伝道団がなぜ建てられたのかを確認しましょう。当初の目的、使命は何であったのか。
蔦田二雄先生や、中田監督、そして車田先生方のように一世代上の方々は、ウェスレーたちが持っていた霊的な深さ、そして、メソジズムを間近に見て、さきほどの戦争のことではありませんが、体験していた、そこに身を置き、その真理に目が開かれていた。蔦田二雄先生は、戦争中の弾圧を潜る中で、聖と宣をバトンタッチするための新たな教団創設というビジョンを抱き、出所後に実現しました。このはじめを知っているのは蔦田先生と共に働いた、山本岩次郎、大橋武雄、川口始、朝比奈寛、松村導男といった先生方です。
余談ですが、かつて川口始先生が関わっていたインマヌエル神戸教会から、随分前に知らされたのですが、妹尾河童原作『少年H』の映画ロケがインマヌエル神戸教会に来たと聞いております。ちょうど戦時下の蔦田二雄先生の時代のことです。
話をもどしますが、この草創期の先生方は、教会のリバイバルを経験していますし、戦後のインマヌエルの始まりを知っている。そして、さらに建てられたのが聖宣神学院です。1期生には國光幾代子先生がいます。河村襄先生は5期生だったでしょうか。すると河村襄先生、田中敬康先生、また竿代信和先生の世代の先生方は、蔦田二雄先生がインマヌエルを創設したビジョンそのままの中で訓練を受けた人たちです。そして前代表の竿代照夫先生は、神学院の第17期生。勿論初代総理(代表)の薫陶を受けておりますが、河村先生方とはすこし違う、次の世代です。そして私は、初代総理が天に召されたときに、神学院生でした。その場面を見届けてはいますので、蔦田二雄という人物を知っている最後の世代ということになります。私より若い世代の先生方は、蔦田先生を知りません。その方々にとっては蔦田先生はもう伝説の人になってしまいました。
パウロがテモテにバトンタッチしたように、蔦田二雄という人は次の世代にバトンを渡しました。それを私たち一人一人が大切に大切に受け留めて、いまのレースをしっかりと走っていきたいと思います。今、会堂の改築が進んでおりますが、教会の外側がどんなにきれいになったとしても、先ず、私たちの内的なものが整えられ整備されなければなりません。そうして確かな足取りをもって、これからの秋の働きに向かい、神様のわざに加わらせていただきたいと思う事でございます。
※講壇の花は國光ひろ子牧師が生けました。説教中、先週の復習は割愛しています。若干編集させていただいております。文責:中ぶんな
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きょうの午前中は、遠来の客を伴い、夫とともにドライブ。そのあいだに花巻東の決着がついていた。
花巻東(岩手)は第一試合で、この春の選抜大会準優勝の済美(愛媛)を延長10回、7―6で、8強入りを果たした。2009年以来の準々決勝進出。ここのところ、水害、猛暑と厳しいニュースに気圧されぎみ。花巻東の頑張りにはまたまた元気をもらった。
鳴り響く暁の鐘(91回選手権のときの録画)。この曲の作詞者、作曲家の校歌がそのたびに全国に鳴り響く。
花巻東高等学校校歌![]()
作詞 千田 玄
作曲 太田代政男
みちのくの国原広く
見はるかす高き城跡
天傳う陽の出で立ちに
鳴り響く暁の鐘
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きょうは各方面でさまざまな議論が沸騰する日。この日が来ると、ブログにも、靖国や防衛問題や原発問題を書かなければ恰好がつかない思いがしたものだ。たしかにそれも大切なことだ。しかし、きょうは議論、議論にすこし疲れを覚えている。平和祈念式典が執り行われているあいだにも、誰かが議論しているあいだにも、いつもどこかで誰かが恐れ、傷つき、逃げまどい、悲しんでいる。今自分がこうして何事もなく、少なくともこの瞬間に平和でいられることが不思議でならないくらいだ。
わたしには平和の祈りと聞こえる歌がある。それは誰でもが知っている「アメージング・グレイス」。魂の平和がここにある。
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これは岩山動物園にいったときに見かけた子どもの写真。きょう書こうとすることには関係ないけれども。心ひかれる一枚なのでアップ。
一日がひと段落してみると、夜の9時、10時になっている。窓から風が吹き込んで心地よい。夕刻に涼を求めて庭先に出ると半月が見えていたが、今はまた靄におおわれてしまったようだ。近頃の天気の変化に抒情性はあまり感じられず、突然の雷雨に驚かされたり、手の平を返したようなカンカン照りに炒られたりの繰り返しだ。温暖化とひと括りはしたものの、先行き環境がさらに厳しくなるだろう不安が付きまとっている。
しかし今思った。身近に感謝なことはたくさんある。今こうしてブルックナーの7番が聴けること。第4楽章が始まっている。連日聴いてもあきない音楽があるこの有難さ。
聴きながら思ったことは、自分の知らない、知らされていない、見えない、聴こえていない多くのものがあるけれども、今神がそれらを私に隠しておられるとしたら、どうしてそれを私が知ろうとする必要があるだろうか。どうしても知らねばならないことは、必ず知らされることになるだろう。しかし、私が知る必要のないものだとしたら、何もこじ開けるようにしてまで見聴きする必要はない。私に見えないものを管理しておられるのは神なのだから。これでスッキリ明解だ。
遠くに車が駆け抜ける音がしている。今バイクも走り去っていった。そして今7番も終わった。そう遠くないビルの駐車場の街路灯が湿り気を含んだ空気を静かに照らしている。
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日曜日の14時から、いわてフィルを聴いた。行けるかどうかわからなかったが、その時間に空いたので当日券で入場。
今回は演奏に先だって、公益財団法人・3・11財団の堤剛氏から寺崎巖氏に、いわてフィルの活動と成果を讃えて、2012年10月に決定した第1回ウィーン・フィル&サントリー音楽復興祈念賞が授与された。
いわてフィルは、この定演を迎えるまでに、BBCスコットランド交響楽団の伊藤奏子さん、ウィーン・フィルのヴァイオリン・リーダーのダニエル・フロシャウアーさん、同ヤン・リシュカさん、ケルン放送管弦楽団3人から指導を受けていた。ウィーン・フィルの方々は弓の運び、指つかいといった基本を大事にするという。たしかに、今回、音がとてもきれいだった。個人的にはブラームスでその響きをじっくりと聴かせていただいた。佐藤彦大さんのピアノ、鍵盤に指がうごくさまを間近にし、やはりすばらしいなと。来年またいわてフィルと共演が決まっている。今後も楽しみだ。
名だたる楽団からエキストラも駆けつけてくださっての演奏。群馬交響楽団の草創期も思い合わせて、聴くうちに涙がにじんだ。割れんばかりの拍手にブラボー! アンコールの最後は「王宮の花火」で華々しく終演。
お近くにお住まいのクラリネットの大向佐保さんはケルンのアンディ・マイルスさんの隣。前から2列目の席からお顔を拝見するのはちょっとしんどかった。アンディさんが凸、大向さんが凹。これは背丈のことです。あちらの方は背が高いので。何だ自分の知っている人たちだけを書くのか、しかし、楽団の中に知っている方がいることは、聴きにいこうという意識を加速する要因の一つ。寺崎先生も伊藤奏子さんも、もしかすればこのお二人の他にまだいらっしゃるかもしれませんが、宮古市の梅村ヴァイオリン教室の出身。先生方はこちらをご存じないが、こちらは、存じ上げているという間柄…?
寺崎先生が、「盛岡ではきょうは予定通り花火があるでしょう、それでは最後に『王宮の花火』を」と仰った。それを家に帰って、「きょう花火があるらしい」といったところ、人ごみの嫌いな夫が、「じゃ、行ってみようか」。いわてフィルの第2回定演は何がどうしたか、花火までを呼び込み、イーハトーブの大空に打ち上げられる美しい火花をこころゆくまで楽しんで後に幕となりました。
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いわてフィルハーモニーは、復興支援も含めて県民の皆様に素晴らしい音楽を提供するために、皆様のご協力をお待ちしています。
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いわてフィルハーモニー
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日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の説教の要旨をおつたえしています。2013年8 月4 日の國光勝美牧師の説教です。日常さまざまなことを考えるうえでも、何らかの参考になればと願っております。
【聖書引証】ヘブル13:7~8
7 神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい。8 イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。
【説教】
きょうは、「完走を目指して」と題して、ヘブルのおことばをテキストに語らせていただきます。
さて、ならうべき人物としては、日本の福音派の多くの教会に影響を及ぼし、私たちにもよい影響を与えたバークレー・バックストンがいます。1860(安政7)年に生まれ1946(昭和21)年に帰天。私が生まれたのは1947年ですから、その前年までバックストンは生きていたわけです。
他にもこのような信仰の先達がおりました。同志社大学を設立した新島襄は1843(天保14)年~1890(明治23)。八重は新島襄より2歳年下で、1932(昭和7)年に帰天。歴史上の人物たちではありますが、私たちの時代とそうかけ離れてはいない。笹尾鉄三郎というすばらしい人物は、1868(明治元)~1914(大正3)年。ホーリネス教会の原動力となった中田重治は1870(明治3)年~1939年(昭和14)。蔦田二雄は1906(明治39)~1971(昭和46)年です。このとき私は、聖宣神学院の一期生でしたので、その最期について、つぶさに知る機会がありました。
蔦田二雄先生が中田監督のもとで働いたときには、もう笹尾先生は帰天していました。蔦田先生は「笹尾鉄三郎先生はほんとうにすばらしい人物だった、いちどだけでもお会いしたかった」と言っておられましたし、また、キリストを実在する人物のあいだに探すとすれば、おそらく笹尾鉄三郎先生のような人だろうとも書かれています。戦後に日本ホーリネス教団を創設した私たちの教団と近しい車田秋次先生は、1887(明治20)~。ですから、このあたりの時代でよく名前が出てくるのが蔦田、中田、車田です。それと、ホーリネスの山崎亭治先生、米田豊先生もおられます。晩年には教団のあり方などをめぐり中田先生と意見の違いがあり、車田先生、蔦田先生がたは、中田先生を離れて新たに群れを興したという経緯はありますが、それは、きょうの主題ではありません。むしろ心に留めたいのは、これらのお一人お一人が、その人生において、信仰と神様からの賜物を生かしきったということです。
さらに、そのようなお一人である本田弘慈先生は1912(大正元)年~2002(平成14)。蔦田先生よりも6歳年下です.
私がお茶の水の会館でお救いに与って間もなくのことです。ビリーグラハム大会の遺産ともいえる日本福音同盟が組織されようとしていました。初代委員長は蔦田先生でした。その後、改革派や各方面の先生方が集まって、お茶の水の会館でお祈りをされた。当時、会館にはこのような先生方が頻繁に出入りしていました。そのとき、お年寄りが大きなダンボールを2個抱えて歩いてらした。本田弘慈先生です。有名な方ですからすぐにわかりました。ところが偉い先生だと思うと、近づくことさえ不遜に思われ、話しかけることもできずじまい、いまだに申し訳なく思っております。このようなすばらしい先生がたがおられました。それから、羽鳥明先生、1920(大正9)年~。太平洋放送協会のラジオ牧師として活躍しました。日本福音派の本田弘慈先生、羽鳥明先生といえば、大きく用いられたことを皆さんよくご存じです。
河村襄先生は昭和7年生まれ。そして今回東北聖会に講師として招かれた錦織寛先生のお父さんである錦織博義先生が昭和8年生まれ、河村先生とは同世代といっていいでしょう。そして、錦織寛先生と、河村従彦先生とはまったく同年代です。こういった先生方を通しての時代の大まかな流れを、東北聖会の壮年部でもお話しをしました。
新島襄、新島八重、そして、中田重治、笹尾鉄三郎、蔦田二雄、次の世代として、本田弘慈、羽鳥明、次世代として、河村襄先生方、これらの方々をこのように輝かせたものはいったい何だったのか。彼らが特に優れていたから神様は用いられたのでしょうか。もしそうだとすれば、この私には先生方のようなことはできないでしょう。お名前をあげたのは、キリスト教会の歴史に名を留めるすばらしい先生方です。でも私はあの先生方とは違う。しかし、今回の聖会で、田辺先生が言われました。みんな賜物を持っている、最低一つはもっていると。先生はケニアで教鞭執ったときに、神様に与えられている賜物を三つ書きなさいという宿題を出したそうです。あのすばらしい先生方は、神様から与えられた賜物を、誰彼と比較するのではなく、それを精いっぱい神様に忠実に生かしていた。羽鳥先生は羽鳥先生のように、本田先生は本田先生のようにです。
「その信仰にならいなさい」とあるすぐ後には何と書かれていますか。「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです」と続いているでしょう。私たちみんなに賜物があるのです。ないとは言わせない、言ってはいけない、それは神様を愚弄することになります。用いられた先生方は、賜物を精いっぱい生かした。イエスさまを土台として、イエス様を見上げて生かしたのです。だから彼らの信仰にならえというのです。あの人たちが偉いというのではない、この人たちが立派だというのではない、彼らは与えられている賜物をそれぞれ忠実に、イエスさまを土台にして、イエス様を見上げてその信仰をもって働きをした人たちに過ぎない。同じことが、あなた方にもできるじゃないかと神様は、聖会において私に語ってくださった。そして皆さんにも語ってくださっているはずです。あの人のようにはなれないと失望したり、自己卑下することはありません。いつも彼らは眼をあげ、先ず一歩を踏み出した。私たちも、先ず、眼の前の一歩を踏み出しましょう。
私が鳥海山に登ろうとしたとき、まだ裾野あたりから見る頂上は小さくはるか向こうでした。正直とても登れそうになかった。でも目の前の一歩一歩をこなしていったときに、ついに頂上に立つことができました。目の前の一歩は誰でも歩ける。登山に熟達するには、早歩きをしないことです。自分のペースでゆっくりと登る。すると必ず頂上に立つことができる。一歩、一歩、それでいいのです。私たちが、きょう、或いは明日、今歩かねばならないそのときに、きのうもきょうもとこしえまでも変わりたもうなきお方は、彼らを斯くなさしめたお方は、私にもそうさせてくださるお方、一歩一歩、きょうの一歩を歩めばいい、それを忠実にやっていくならば、或る意味人からどう思われようが関係ない、そのような信仰を私たちはお証しすることができるのではないでしょうか。完走を目指して、教会の皆さま方とともに、一歩、一歩、歩ませていただきたいと思っております。
※短かめに編集してございます。文責:中ぶんな。
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グラジオラスの滴。昨日の大雨がうそのよう。
盛岡33度。しかしこの高温にきょうはそれほど直撃されずに済んだ。ソファにかけていたカバーなど大きなものの洗濯やマットを日にほすなどに忙しくしていたのと、木陰から風がけっこう吹き込んでくれたことで、だれずに済んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『レコード芸術』8月号にオーケストラのランキングが出ていた。評論家30人の投票だ。
1 位 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
2 位 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
3 位 ロイヤル・コンセルト・ヘボウ管弦楽団
4 位 シカゴ交響楽団
5 位 バイエルン放送交響楽団
6 位 ドレスデン国立管弦楽団
7 位 クリーヴランド管弦楽団
8 位 パリ管弦楽団
9 位 ロンドン交響楽団
10位 フィルハーモニア管弦楽団
12位 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
そしてやっと
61位 水戸管弦楽団
これは日本の評論家に照らした一応の結果というところ、もし海外から評論家を募って投票すれば、上位10位あたりまではそう入れ替わりはないかもしれないが、その次以降にランクされた楽団には順位にかなりの違いが出るのではないか。何れにせよ、日本の楽団に対しての評価が厳しいのは確かなようだ。どの楽団がどの演奏によって評価を受けているかは本誌に更に述べられている。
しかし、このような評価はともかく、巖のごとくの動かし難い楽団はともかく、私などは、現在毎日、山形交響楽団のブルックナー7番を聴いている。音がきれいでわかりやすく、耳になじませるのに何の不足も感じてはいない。今の段階は他と聴き比べようとも思わない。そして近頃は、多少の主観、或いは独断や思いこみがあってもいいと思っている。
ある友人が言った。「私は自分の家に、名画の写真やコピーを飾るよりも、自分が身近に知っている人が描いた絵の方を飾っておきたい」。絵画と音楽という違いはあるけれども、近頃はそんな心境にもなってきている。
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いま盛岡・バッハ・カンタータ・フェラインはドイツ演奏旅行中。ドイツ時間で8月4日16:00からはローデンブルクのフランツィスカーナ教会で演奏。この教会は、ローデンブルク最古のプロテスタント教会だ。8月7日は20:00から聖トマス教会で演奏されたはず。 8月 9日はロストックの聖ニコライ教会で演奏予定。
淡野弓子著『バッハの秘密』によれば、バッハの究極の目標は「ただ神にのみ栄光」を帰する「整った教会音楽」を追求すること。そのためには、ライプツィヒが最もふさわしいとバッハは考えていた。1723年のトーマス・カントール採用試験に合格して、5月には家族と共にケーテンからライプツィヒに移転、聖トーマス教会のアパートに入居した。38歳から亡くなる65歳までこの地で暮らしている。当時のライプツィヒはプロテスタントの砦として最も大きな推進力と影響力を持つ都市だったという。
今回、盛岡・バッハ・カンタータ・フェラインが、どの程度の割合で、岩手大学合唱団や盛岡以外の方々との合流があるのかはわからないが、何れ1977年に発したこの盛岡・バッハ・カンタータ・フェラインが、これまでカンタータ、バロックの研鑽を積み、謂わばバッハの本拠地(これはライプツィヒに限らず)に1986年の第1回、1990第2回、1996第3回、1999第4回、2004年は仙台宗教、岡山や高知のバッハ・カンタータ主催演奏旅行に参加。2005年第5回。2008年はスイス演奏旅行。そして2013年の今回の第6回ドイツ演奏旅行となるのか、このような足跡を記しては演奏活動を続けている。この地方にあっては他に類例を見ない展開だ。しかも現地でも高い評価を得ている。
初めて、盛岡・バッハ・カンタータ・フェラインを聴いたときには、長すぎる、良さがよくわからない。聴きとおすのがやっと、というのが正直なところだった。しかし、しかし、次第に、この合唱団がもたらしてくれる安息に憩うようになった。仏教土壌のこの地で、教会に、神に捧げ得るカンタータを歌うことのできる合唱団。そして謂わば本家本元に持ち込んでも通用し受け入れられ、評価を得ている合唱団があることに今さらながら驚いている。この合唱団の練習会場がプロテスタント教会であることも何かこの成果に通じているものがあるのではと思わせられる。
以下はHPからお借りしました。
ドイツ演奏旅行
日時: 2013年 8月 7日(水)
会場: 聖トマス教会(ライプツィヒ)
プログラム:
J.S.バッハ作曲
カンタータ第46番『目を留め見つめなさい、これほどの痛みがあるでしょうか』
BWV46 Schauet doch und sehet ob irgendein Schmerz sei
カンタータ第102番『主よ、あなたの目は信仰を顧みます!』
BWV102 Herr, deine Augen sehen nach dem Glauben!
カンタータ第105番『主よ、あなたの僕を裁きにかけないでください』
BWV105 Herr, gehe nicht ins Gericht
指揮、オルガン: ダーヴィット・ティム
独唱:村元彩夏(ソプラノ)、小野寺貴子(アルト)、鏡貴之(テノール)、佐々木直樹(バス)
管弦楽: ライプツィヒ・パウリナー・バロックアンサンブル
チラシはこちら[PDF file]
~・~・~・~・~・~・~・~・~・
日時: 2013年 8月 4日(日) 会場: フランシスカーナ教会(ローテンブルク)
日時: 2013年 8月 9日(金) 会場: 聖ニコライ教会(ロストック)
プログラム:
シュッツ、バッハ&ブラームス メドレー(ピアノ&ポジティーフオルガン伴奏)
1. Brahms: "Selig sind, di da Leid tragen" aus "ein deutsches Requiem"Op.45
2. Schuetz:"Die mit Tranen saen"SWV378
aus der Geistliche Chormusik 1648
3. Schuetz:"Selig sind die Toten, die in dem Herren sterben"SWV391
aus der Geistliche Chormusik 1648
4. Brahms: "Selig sind die Toten, die in dem Herren sterben"
aus "ein deutsches Requiem"Op.45
5. Schuetz:"Also hat Gott die Welt geliebt"SWV380
aus der Geistliche Chormusik 1648
6. Bach: "Wer an ihn glaeubet, der wird nicht gerichtet"
aus der Kantate Nr.68 BWV68-7
7. Bach: "Herr, deine Augen sehen nach dem Glauben"
aus der Kantate Nr.102 BWV102-1
指揮: 佐々木正利
オルガン、ピアノ: 千田絵未、高橋知子
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3・11を潜り抜け、はや2年5カ月。2013年8月4日(日)宮古市では、変わらずに「音楽の夕べ」が開かれました。いまでは、梅村ヴァイオリン教室だけではなく、カワンバグス、シュテルン ストリングアンサンブルの演奏を聴くことができます。ことしは芸大テノール曽部さんの演奏も。地元の合唱団の演奏もありました。
これからも沿岸の地にこの音楽が響き続けることを願っています。
※この画像は小松智佳子先生のブログからお借りしました。
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日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の説教の要旨をおつたえしています。2013年7月28 日の國光勝美牧師の説教です。日常さまざまなことを考えるうえでも、何らかの参考になればと願っております。
【聖書引証】コロサイ書3:1~4
【説教】
きょうはキリストと共なる生涯ということで、コロサイ3:1~4をテキストに語らせていただきます。
キリストと共にということばに注目していただきたいと思います。
1 こういうわけで、もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右の座を占めておられます。
2 あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。
3 あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるからです。
4 私たちのいのちであるキリストが現れると、そのときあなたがたも、キリストとともに、栄光のうちに現れます。
キリストと共に、これが、クリスチャン信仰生活のエッセンスです。これに見事に集約されております。
ヨハネ3:3には、次のようにあります。
3 イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」
クリスチャン信仰生活の始まりは、キリストによる新しい命が与えられ神の国に生まれ入る、新生という経験であります。コロサイ3:1にも「キリストとともによみがえらされたのなら」とあります。みなさん、クリスチャンになりますときに洗礼を受けます。私たちは主に、滴礼という形式をとっていますが、本来、洗礼というのは、水にどっぷりと浸す。それが本来のありかたでございます。これは何を意味するかといいますと、水の中に浸されることによって、今までの自分に死んで、そして水から上がるとき、水から出てくるとき、キリストとともによみがえらされる。キリストとともなる新生です。さきほどのヨハネ3:3のように、「新しく生まれる」とは、この場合、キリストとともによみがえらされたという意味であります。キリストとともなる新生です。
それからもう一つは、キリストによる自我の死。さきほどはキリストと共に生きるといいましたけれども、キリストによる死というものがあります。3節をご覧ください。
3 あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるからです。
そしてここにガラテヤ2:20
20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。
これはクリスチャン生活の大切な意味を持っております。それは、キリストと共に死ぬという経験です。さきほどは第一番目に、洗礼の時にふるい自分に死んで、新しいキリストの命に生きること、新生、キリストと共に生きるということをいいましたが、今は、表面的に見ると逆のようですけれども、謂わんとするところは非常に理に適っているのです。キリストと共に死ぬ経験をするのがクリスチャンです。どういうことかといいますと、クリスチャンとして新しい命に生きているけれども、依然として自分の心の中には神に喜ばれない性質、罪の性質を持ったままの自分がある。これに、実は、自我に死んで初めてクリスチャンとして大切な意味のある生き方をすることができます。これをきよめといいますが、多くの人たちはこのきよめを理解しないままでいるので、信仰生活が芯止まりになってしまう。しかし、聖書がいっているように、あなた方はすでに、死んでいる、キリストと共に十字架につけられたのだという、このきよめを受け、キリストと共なる生涯にはいることは非常に大切なことであります。
3 あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるからです。
私たちの命はすでに、キリストとともに神様のうちに隠されている。隠されているということは、まもられているということです。私たちにとって天国はほんとうに慕わしい。コロサイ3:2をみると、「2 あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい」とある。キリストは、私の命をかくまって、大切なものとして隠していてくださる、まもっていてくださる。私たちの命はキリストと共に隠されている命なのです。
コロサイ3:4には、「 私たちのいのちであるキリストが現れると、そのときあなたがたも、キリストとともに、栄光のうちに現れます」とあります。
私たちの命は、いまキリストと共に天に隠されている。しかし、イエスさまは、もう一度栄光のうちにこの地上に現れなさる。これが再臨です。 かつては、罪を贖うためにベツレヘムの馬小屋にに初めていらしたこのお方、罪の贖いを成し遂げて天に帰られたこのお方は、こんどは王の王、主の主として、この地上にもう一度いらっしゃる。その時私たちの命もキリストと共に栄光のうちに現れます。ならばなおさら、私たちは天にあるものを思いましょう。
2節、「2 あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい」。この天にあるものとは、それは物質的なものに勝る天にあるお方のこと、そしてキリストご自身のうちに隠されている私の命のことです。いつでもこのことを心に留めましょう。
これら4つのポイントを、ジーザス (Jesus)の「J」でまとめてみました。
1、イエス様と共に新しい命に生きる。新生
2、キリストと共に死ぬ。十字架につけられる
3、いま私たちの命は、キリストのうちに隠されている命である
4、だからイエス様と共に栄光のうちに現れる
この4つを繰り返すと信仰生活が豊かになります。朝ドラの「あまちゃん」で、ジェジェジェがはやっていますが、じぇじぇじぇじぇ、J,J,J,J,、この4つの「J」に生きましょう。
※先週の復習は割愛しております。文責:中ぶんな
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自称不良牧師。しかし確かなクリスチャン、そしてまじめな牧師アーサー・ホーランド。新宿・歌舞伎町での路傍伝道、日本列島を十字架を背負って全国を縦断伝道。元ヤクザのクリスチャン集団「ミッション・バラバ」を率いての伝道で有名。愛車はハーレーダビッドソン。
アーサーの話しは率直です。現実そのままです。そしてそのなかに真理があります。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
きょうの午後は、主人の随行で岩山にある盛岡市動物園に。子どもが小さかったころに行って以来、これも久方ぶり。主人は調べたいものがあったようだが、私はもっぱら景色を楽しんだ。
イベントの一つにダチョウの卵焼きがあった。ふつうのニワトリの卵は50グラム。ダチョウは1,5キロ。行った時にはもうガスコンロにのせたフライパンに卵が割り落とされ、けっこう時間が経過していた。訊くと、春になると一週間に2個程度産むらしい。1個産んで2,3日経ってまた1個という具合。試食してみると、ニワトリとほぼ同じ味だが、ダチョウの方がやや淡泊。割るには55キロ必要だという。
たくさんの子どもたちが鹿に葉っぱを食べさせたり、ひよこやモルモット、ウサギをだっこしている。緑につつまれた園内のそちこちに家族連れが見え隠れ。アジサイがきれいに咲いていた。
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屹立する雲のむこうには、久方ぶりに蒼い空が。午後にちょっと区界までミニドライブ。国道106号線を東に。新しくできた路をまだ見ていなかったが、林立する杉林を間近に走るのは楽しかった。
4時ごろに帰宅すると、近所の方から盛岡さんさ踊りのお誘い。主人は区界から帰ったばかりなのと、祭りのような人ごみはできるなら避けて通りたい方。私が祭りは嫌いではないので、お付き合いすることに。さて、神様はきょうの祭りで、いったい何を見せてくださるかしらん。そんな期待がふと浮かんだ。
前の方に陣取った方々の後ろに立って見ていると、踊りながらこちらの方に向かってしきりに手を振っている女性が踊りの一群の中にいた。私にではないだろうと思ったが気をつけてみると、4月に高校の同期会で数十年ぶりに会った旧姓Yさんだった。沿道のあの人垣の中にいた目立たない私をよく見つけてくれたものだ。ほんとうに嬉しかった。学生時代から美しかったが今も変わってはいない。職場の一員としての出場だ。彼女、こんなに踊れるんだ、いつの間に。
神様に期待していると、ちょっといい事がある。また期待させるのも神様かもしれないと思う。ふっと心に通う一瞬。私利私欲、打算からではなく、ふっと心に通った期待には必ず嬉しいこたえが待っているものだ。
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